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30 エルフさんとの出会い

 訓練所は三十メートル四方の空き地だった。地面は土で三方を石壁に囲まれている。目の前の冒険者は本当にやる気のようだ。十一歳の華奢な女の子に大人げないこと甚だしい。だが、彼を焚きつけたのはウルである。責任取って代わって欲しい、リリは心からそう思った。


 男性は鞘付きのロングソードをだらんと構えている。彼の名はザック・ランバート。二十歳でここシュエルタクスを本拠地にするBランク冒険者だ。さっきはついカッとなってしまったが、訓練所に来るまでに頭が冷えた。そもそも、目の前の少女が自分に喧嘩を売ったのではない。端に控えている赤髪の女が原因だ。

 少女は武器すら持たず、おどおどしている。これでは自分が少女を苛めているようにしか見えない。だが、あれ程巨大な狼を従えているのだ。見た目通りではないと考えた方が良いだろう。先輩冒険者として少し稽古をつけてやる。そう、これは稽古だ。決して苛めではない。ここまで来て後に引けなくなったザックは、そう自分を納得させた。


「最初の一発は受けてやる。好きに攻撃しろ」

「ええぇ……」


 やっぱり止めようという言葉を期待していたリリは軽く絶望した。


「リリちゃん! 殺しちゃ駄目よ? 手加減しなさい!」


 ウルの絶対に不要なアドバイスのせいで、それまで黄色かった靄が徐々に赤みを帯びる。男性のこめかみに青筋が浮いたような気がした。仕方なくリリは右手を掲げる。


「はぁ……(ラバーブレット(ゴム弾))」

「うぉっ!?」


 男性はリリのラバーブレットを反射的に剣で弾いた。最初の一発は受けてやるって言ったのに。弾いたじゃん。


 ザックの天恵(ギフト)は「反射速度向上」。人間の生理的限界である百ミリ秒を更に短縮し、彼は最高約六十ミリ秒で反応出来るのだ。


 半ば呆れ顔で、リリはラバーブレットを連射する。もちろん危険な場所は狙っていない。剣を持つ右手や肩、太腿辺りだけを狙う。だが男性は三発連続で弾いた。この人凄い。見えてるのか、それとも獣並みに勘が鋭いのか。


 ブレット(弾丸)に比べ、ラバーブレット(ゴム弾)は弾速が遥かに遅い。さらにリリの拳より少し小さいくらいの魔力弾なので、空気の揺らめきが見える。それでも普通の矢よりは早いので、それを弾くザックの能力が素晴らしいと言えるだろう。


「ぐはぁっ!?」


 しかし、四発目、五発目をそれぞれ右肩と左腿に喰らった。ラバーブレットは()()。三発弾いて手が痺れ、剣を落としてしまったのだ。

 威力をかなり弱めたとは言え、人を無力化する為に編み出した技だ。まともに喰らえば普通は立っていられない。


 ザックはその場に両手両膝を突いた。だが、さすがはB級冒険者。剣を拾ってリリに向かって飛び掛かろうとする。


「ザック、何やってんの?」


 リリはラバーブレットを撃とうと身構えたが、ザックと呼ばれた男性は空中で何者かに襟首を掴まれて止まった。彼の動きに集中していたリリは、その何者かがどこから現れたのかまるで分からなかった。


「ぐぇ……ギルマス、首が締まる」

「こんな幼気な少女に本気で向かうとか、恥ずかしくないの?」

「ぅ……す、すんません」


 襟を離された男性はギルマスと呼ばれた少年のような者に謝った。


「謝るのは僕じゃないでしょ?」

「……嬢ちゃん、悪かった」


 ザックがリリに向かって頭を下げた。


「あ、いえ……あの、お怪我はないですか?」

「え? あー、大丈夫だ」


 そう言ってザックは訓練所から出て行く。


「君も怪我はないかな?」

「あ、はい。大丈夫です……えーと、助けていただいてありがとうございました?」


 あのままザックが突っ込んで来たら、多分怪我をしたのはザックの方だった。だから自分が礼を言うべきか途中で分からなくなったリリは語尾が疑問形になった。


「アハハ! 助かったのはザックの方でしょ。あー、僕はここのギルマスやってるチャリグエン・クルルーシカ・バルト・ミルカーシュ。長いからみんな『グエン』って呼ぶよ。見ての通りエルフさ」

「やっぱり! エルフさんなんですね!」


 見た目の年齢はマリエルと同じくらい。若葉色のサラサラした髪、中性的で少年のような顔立ち、そして木の葉のように先が尖った耳。前世の漫画やアニメで見たエルフが目の前に居た。この世界にエルフって存在したんだ!


「あー、エルフを見るのは初めてかい?」

「はいっ! お会い出来て光栄です!!」


 リリはグエンの両手を握って上下にブンブン振った。ファンタジーと言えばエルフ。これまでも魔物や瘴魔、冒険者に魔法とファンタジー要素を数多く目にしてきた筈なのに、何故かエルフにだけ特別テンションが上がるリリであった。


「アハハ……ところで、君が使ってたの無属性の魔力弾だよね?」

「はい! あ、リリって呼んでください」

「リリちゃんね。魔力弾以外にも魔法が使えるのかい?」

「うーん、あんまり得意じゃないかもです」

「そうなの!? いや、あの魔力弾の威力と精度は一流の魔術師みたいだったけど……僕の勘違いか」


 後半は独り言のような呟きだった。そこへアルゴとウルがやって来た。


「グエンさん、お久しぶりです」

「やあウルちゃん。君お姉さんなんだから、下らない事は止めなきゃ」

「だって、あのザックって冒険者、いっつも瘴魔祓い士を馬鹿にするんですよ!? 実戦で役に立たないとか、炎バカとか」


 ウルがザックを煽ったのは、これまでに積み重なった因縁があったかららしい。それなら因縁は自分で晴らして欲しかった、とリリは思った。


「リリちゃんは瘴魔祓い士を目指してるんですよ!」

「あ、いえ、まだ決めた訳じゃないです」

「へぇー、じゃあやっぱり炎か浄化の魔法が使えるんじゃん」

「それがその……」


 炎魔法は使えない。火魔法は薪に火を点ける程度。浄化魔法も、それが本当に浄化魔法か疑わしい。魔法をきちんと習った事が無く、魔力の込め方も分からない。リリは正直に話した。


「それで瘴魔祓い士を目指すの?」

「リリちゃんしか出来ない倒し方があるんです!」

「あの、ウルさん……あんまり広めない方がいいって、アンさんが」

「ハッ!?」


 ウルが慌てたように両手で口を押さえる。


「アンさんって、もしかしてマルベリーアン・クリープス?」

「あ、はい。そうです」

「へぇ」


 グエンは何事か考えるように顎に手を当て遠い目をする。見た目は少年なのにその仕草は老齢の男性を思わせた。多くのファンタジー作品で描かれるように、グエンも見た目通りの年齢ではないのかも知れない。

 そしてグエンはふと、リリの隣に大人しく座りゆらゆらと尻尾を振っているアルゴに目を止めた。


「……この子はリリちゃんの従魔?」

「はい。アルゴっていいます」


 すると、グエンはアルゴの顔の横に手を添えて、その頭に自分の額を当てた。グエンとアルゴはそのまま目を閉じて、たっぷり一分ほどしてから離れた。


「うーん、実に興味深い。だけど、残念ながら僕には余裕がない」

「グエンさん?」

「ああ、ごめん。僕の天恵(ギフト)は『親交』。敵意のない相手なら、額と額を触れさせることでお互いの考えが読める。アルゴは物凄く頭が良さそうだったから試してみた。事前に言わなくてごめんね?」

「はぁ」

「アルゴから、リリちゃんに魔法を教えてくれって頼まれたんだけど、ほら、僕これでも一応ギルマスだから。割と忙しいんだよねぇ」


 グエンは軽い感じでそう言って肩を竦めた。


「あの、私もここには家に帰る途中に寄っただけで」

「そうなんだね。家はどこなの?」

「アルストン王国のマルデラっていう町です」

「マルデラ……冒険者ギルドのギルマス、まだアンヌマリー・ケイマンかなぁ?」

「私が旅に出る二か月ちょっと前はそうでしたよ」

「おお! じゃあちょっとアンヌマリーに手紙を書くよ。リリちゃんに魔法を教えるように」

「え……初めて会ったのに、そこまでしていただいていいんですか?」

「ん。これは個人的な興味だから。気にしないで」


 そう言ってグエンはひらひらと手を振りながら訓練所を出て行く。


「……リリちゃん。凄い人から気に入られたわね」

「凄い人、なんですか?」

「ええ。グエンさん、ああ見えて二百歳近いんだけど、大陸最高の魔術師と呼ばれてるの」

「に、にひゃく!?」


 想像していた年齢の十倍以上だったため、リリは変な声が出た。やっぱりエルフさんって長寿なんだ……。二百歳のインパクトが強過ぎて、大陸最高のくだりは聞き逃していた。二百年も生きているなら、マルベリーアンやアンヌマリーを知っていて、呼び捨てにしてもおかしくない。


 ギルドの裏口から受付のある建物内部に戻ると、ザックの姿は消え、さっき居た冒険者の大半が居なくなっていた。ほんの十分ほど待っているとグエンが戻ってきて、リリに手紙を押し付けた。


「リリちゃん、マルデラに帰ったらこれをアンヌマリーに渡してね」

「分かりました! グエンさん、ありがとうございます!」

「うん。またシュエルタクスに来たらギルドにも顔出してね」

「はい!」


 リリはグエンに向かって頭を下げた。ああ見えて随分おじいちゃんだ。お年寄りには敬意を払わないと。リリはそんな風に思っていたが、実はこの世界のエルフは千年を超えて生きている者も多く、同じエルフからだと二百歳はまだ若輩と見られる年齢なのであった。





 ギルドお勧めの宿は従魔と一緒に泊まれる所だった。ダルトン商会の隊商が到着したら、「カクタスの鎧」の誰かがギルドに顔を出し、リリ達が泊まっている宿を教える手筈になっている。


「あの、ウルさん。私お金持ってないんです」

「アハハ、大丈夫よ。クリープス様から預かってるから。足りなかったら請求しろって言われたけど、絶対足りるわ」


 ルノイド共和国の瘴魔殲滅戦で活躍したリリには、他の瘴魔祓い士との話し合いで正当な報酬を渡すべきだと決まったそうだ。


「正当な報酬って?」

「スナイデル公国の瘴魔祓い士が仕事した時の報酬よ。祓い士は級に応じて国から決まった手当を毎月受け取るんだけど、それ以外に出来高報酬もあるの」


 瘴魔を倒すと「出来高」としてカウントされるとは。何だか世知辛いな、とリリは思った。


「瘴魔一体が三千スニード。瘴魔鬼は一体五万スニード。だからリリちゃんは……二十二万九千スニードを受け取る権利があるってわけ」


 リリが倒したのは瘴魔四十三体、瘴魔鬼二体。それで二十二万九千スニードになるらしい。アルストン王国の通貨なら二千二百九十万コイル(1コイル=約1円)。因みに、「鷹の嘴亭」の売り上げは、一日七万~八万コイルである。約三百日分の売り上げを数時間で稼いでしまった。いや、移動に費やした日数で考えるべきか。それにしたって、料理と違って材料費も掛かっていない。要するに丸儲けである。額が大き過ぎてリリは実感が湧かなかった。


「…………瘴魔祓い士って、稼げるんですね?」

「まあ今回みたいなのはそう頻繁にはないけどね。こっちは命張ってるんだから、稼げないとやってられないわよ」


 ウルの言う事は尤もだ。普通の人は瘴魔に抗う術を持たない。リリも、瘴魔について初めて母に尋ねた時、「出会ったら一目散に逃げなさい」と言われた。普通はそうなのだ。

 リリはブレットで遠くから弱点を撃ち抜いて倒すから忘れがちだが、瘴魔祓い士でさえ一歩間違えれば命を落とす相手なのだ。気を引き締めなきゃ、とリリは改めて思った。


「そんな訳で、今は私よりリリちゃんの方がずっとお金持ちなのよ。だから夕食、奢ってくれない?」

「い、良いですよ」

「やった! お酒も飲んでいい?」

「まぁ、程々にしてくださいね?」


 冒険者ギルドの一幕といい、今の感じといい、もしかしたらウルさんって駄目な大人なのかも知れない。最初に会った時はカッコイイ女の人だと思ったのにな……。ウルのような大人にはならない、とリリは改めて思った。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

急に寒くなって、指が思うように動きません(笑)

今年も残りわずかですが、年内は毎日更新出来るよう頑張ります!!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  >僕これでも一応ギルマスだから。割と忙しいんだよね  と言っておきながら同じくギルマスのアンヌマリーにリリへの魔法指導を振っている(笑) そして誰もそれにツッコんでない(笑) 簡単に詐…
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