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22 首都ファンデル

 スナイデル公国の首都ファンデルは、リリが想像していた何倍もスケールが大きかった。東門から入街したリリは、ガブリエルとマリエルに断ってからアルゴと共に馬車を降り、徒歩で馬車について行った。

 門を抜けた先は噴水を中心にした広いロータリーになっており、馬車は時計回りに進んで目的地に続く街路に曲がるようだ。馬車が通る道の端に歩道が作られ、食べ物の露店が数多く並んでいる。肉串の焼ける香ばしい匂い、小麦粉を使った甘い菓子の焼ける匂い、香辛料のスパイシーな匂い。様々な匂いが一帯に広がっている。まず、この辺りに居る人の数が凄かった。ここだけでマルデラの住民全部より多いかも知れない。


 街路の先は両側にびっしりと建物が並んでいる。殆どが五階以上、中には十階を超える建物もある。最早ビル街だ。それら全ての建物で大きな窓ガラスが使われ、それが他の町と一線を画す印象を与える。窓ガラスだけで近代的に見えるのだ。

 街路に面した一階部分は特に大きなガラスが使われ、店内の様子や取り扱っている商品が見えるようになっている。まさにショーウインドウである。そしてビルの色が優しい。生成り色、淡いベージュ、ごく薄い黄色や青、ピンク。どぎつくならず、街として調和するように配慮されている。歩くだけでワクワクする、ヨーロッパの街に迷い込んだかのようだ。


 ダルトン商会の馬車はロータリーから北西方向に向かう街路を曲がった。


「わふっ!」

「おっと! ありがとう、アルゴ」


 きょろきょろと辺りを見回していたリリは危うく馬車に置いて行かれそうになる。アルゴが教えてくれたので小走りで追い掛けた。街の中では、馬車は歩くより少し速い程度の速度しか出してはいけないらしい。おかげでリリもたまに小走りになれば追いつける。

 驚いたことに、大きな交差点には制服を着た衛兵が立ち交通整理をしていた。衛兵は濃い赤に大きな金色のボタンが付いた上着と、白いズボンという目立つ格好をしている。ダルトン商会の馬車が丁度そこで停止したので、リリは走って行って飛び乗った。後ろからアルゴも続く。


「おっ、おかえり」

「ただいま!」

「わふぅ!」

「何か面白いもんでもあった?」

「凄いね、この街は! 今まで見たどの街より凄いよ!」

「はっはっは! リリちゃんに喜んでもろてこっちも嬉しいわ」


 マリエルの問いにテンション高く答えたリリだが、ガブリエルから返事があった。


「あと十五分くらいで商会に着くからな。そこで荷物を降ろしたら、歩いて十分くらいで家や」


 ダルトン商会は小売りではなく卸を中心に行っており、商店街の近くに建物があるそうだ。自宅も利便性を考えて商会の近くに購入したと言う。ガブリエルの言葉通り、十五分程で商会の建物に着いた。そこはクリームがかった淡いオレンジ色が特徴の五階建ての建物。やはり一階部分は大きな窓ガラスが使われている。

 オレンジはマリエルの髪色より柔らかい色が使われている。他の建物との調和を考えてこの色にしたのだろうが、オレンジを使ったのはやはりマリエルへの愛情だろうか。


「いや、うちやなくてオカンの色やと思う」

「何言うてんねん。お前の色でもあるっちゅうねん」


 どうやらマリエルの母親もオレンジの髪色をしているようだ。ガブリエルは少し照れているようだが、いずれにしても家族への愛情を示しているのだろう。


「じゃあ俺達はここで失礼するよ」


 護衛を務めてくれた「カクタスの鎧」のリーダー、ジャネットがガブリエルに声を掛ける。


「みんな、今回もほんまおおきにな。またひと月後に頼むわ」

「ああ、またひと月後」


 何年も護衛を務めているので別れはあっさりしたものだ。リリは一人一人にお礼を言って、またひと月後の再会を約束した。


「おう、帰ったでー!」

「父さん、お帰り。無事で何よりです」

「リリちゃん、紹介するわ。これがうちの長男でファンデルの商売を任せとるキースや」


 ガブリエルを二十歳若くしたような青年がリリを認めて笑顔になった。


「君がリリちゃんかぁ。妹からしつこいくらい話を聞かされてるよ。キース・ダルトンだ」


 キースが右手を差し出したのでリリも握り返した。


「はじめまして、リリアージュ・オルデンです」

「初めてだけど初めての気がしないなぁ」

「もう、キース兄ちゃん! あんま気安くせんといてくれる?」

「ああ、ごめんごめん」


 キースが人好きのする笑顔でリリの手を離す。


「えーと、お兄さんはガブリエルさん達と話し方が違うんですね?」

「僕らはファンデルで生まれ育ったから。父さんは西のベイヤード共和国出身で、その訛りが抜けないんだよ。マリエルは父さんを真似してるだけ」

「真似言うな! うちはこの喋り方が気に入ってんねん!」

「はいはい」


 前世の記憶にある関西弁っぽい喋り方は、スナイデル公国の方言ではなく更に西にあるベイヤード共和国のものだとリリはこの時初めて知った。


「キース、荷下ろしするから手伝ってくれや」

「はーい」


 ガブリエルに呼ばれたキースは建物を出て行った。


「お兄さん、良い人そうだね」

「あれはよそ行きの顔や。商売人やから表面を取り繕うのが上手いねん」

「そ、そうなんだ」

「キース兄ちゃんが一番上で、その次のリサ姉ちゃんはもう嫁いどる。下のカルバン兄ちゃんは別の所で商売の勉強してるんや」

「へぇー。マリエルは四人兄妹なんだ」

「せや。うちが一番下。親父殿の傍で商売の基本を教えてもろてるんや」


 ダルトン家の子供達は皆、しっかりと自分の道を歩んでいるらしい。リリと一つしか変わらないマリエルさえ、将来立派な商人になる為ガブリエルに同行している。リリは素直に凄いな、と思った。


 この辺りの国では十五歳で成人と見做される。十四歳になる年に「祝福の儀」を受けるのも同じだ。祝福の儀とは、神から授かったと考えられている「天恵(ギフト)」を調べる儀式である。天恵とは、人が持つ能力の中で特に優れているものを言う。大きく分けると剛力、俊足などの身体能力系と、暗算、速読と言った非身体能力系がある。特殊系として魔力増強、精神異常耐性、回復力向上といったものもある。

 祝福の儀では同時に魔法適性診断も行う。この世界では魔法を使える人が割と居るのだが、リリの火・水・風のように生活にちょっと役立つレベルの魔法が大半だ。魔法適性診断でその人がどの属性魔法に最も適しているか調べるのだが、適しているからと言って必ずしもその魔法を使えるとは限らないのが難しい所である。


 話を少し戻そう。優れている能力が分かる祝福の儀だが、将来を決める上でももっと早く行うべきではないか。リリもそう思った事があるが、実は体がある程度成長しなければ天恵を確実に判別出来ないらしい。昔は六歳~十歳で祝福の儀を行っていたのだが、殆どの者で天恵を確認できなかったと言う。その後長年かけて研究され今の十四歳に落ち着いた。

 十五歳になると平民は殆ど仕事に出る。その為、天恵を知る前にだいたい仕事を決めてしまっている。それでも祝福の儀を行うのは、国にとって有用な天恵を持つ者を見出す為である。とは言っても、そのような者は稀なのだが。


 マリエルは十二歳で、当然まだ祝福の儀を受けていない。自分の天恵、つまり何に優れているかを知る前に、もう商人になろうと決めている。

 マリエルが早過ぎる訳ではない。十二歳くらいになると、多くの子供が将来の仕事を意識し始める。ただマリエルのように経験を積んでいる子は、家や親の仕事を継ぐつもりの子が殆どだ。


 リリも料理屋の娘として、また冒険者の娘としても経験を積んでいる。ただ自分の「仕事」としては意識していないだけである。だからマリエルの事を凄いなと思うのだ。


「よっしゃ終わったでー。ほな家に行こか」


 荷下ろしを終えたガブリエルはあとの事を長男のキースに任せ、リリを自宅に誘う。


「あの、ガブリエルさん。今更ですけど、アルゴも行って大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫や。カミさんは動物好きやから」

「そうやで! うちの動物好きはオカン譲りやねん!」


 そうは言ってもサイズがサイズだからなぁ……本当に大丈夫だろうか? そんなリリの心配は杞憂に終わる。


「まぁまぁまぁまぁ! おっきなわんちゃん!」


 家に到着すると、玄関を開けた途端にマリエルのお母さんらしき人がアルゴに抱き着いた。リリだけでなく、ガブリエルとマリエルもそっちのけである。


「んん、コホン! プリミア、お客さん連れて来たで」

「あら、あなた。おかえりなさい。マリエルも」

「オカン、ただいま!」

「あらあらあら、あなたがリリちゃん? まぁ、マリエルが言ってた通りのお嬢ちゃんね!」

「あ、えーと、はじめまして、リリアージュ・オルデンです」

「これはご丁寧に。マリエルの母、プリミアです。さぁさぁ、上がって! わんちゃんも一緒で大丈夫よ!」


 マリエルの母プリミアは、オレンジ色の髪と明るい緑色の瞳がマリエルそっくりで、少し垂れ目の可愛らしい女性だった。喋り方はおっとりしているが、いきなりアルゴに抱き着くくらい度胸が据わっている。無謀と言うべきか。いずれにせよ、アルゴも家に入れて貰えて何よりだ。


 ダルトン家は商会の建物から十分ほど郊外に向かった場所に建つ二階建ての一軒家だった。商会の建物と同じ色の外壁で、遠くからでもひと目で分かった。

 家に入るとアルゴがあちこちの匂いを嗅ぎ始める。リビングに案内されてもずっと匂い確認を行っており、しばらくして満足したのかリリの足元で落ち着いた。


「プリミア、今晩はリリちゃん達に魚食わしてやりたいんや」

「まぁ、いいわね! お外で食べます?」

「そうやな、帰ったばっかりで買い物もしてへんやろ? 『シーマスター』でええかな?」

「シーマスターやったら間違いあらへんな! うち予約して来るわ!」

「おお、頼むわマリエル」


 マリエルも昨夜はあまり寝てない筈なのに、どこからあの元気が湧いてくるのだろう。リリは子供らしからぬ疑問を抱くのだった。プリミアは人数分のお茶を淹れてくれた後、アルゴを抱え込むようにわしゃわしゃしていた。かなりアルゴのことが気に入ったようだ。やがてマリエルが戻ってきて自室に案内してくれた。二階の一室である。


「ここがうちの部屋やで!」

「わぁ! 可愛いお部屋だね!」


 普段の口調からは想像し難い、乙女チックな部屋。家具は白で統一され、カーテンは淡いピンク。天井からは小さなシャンデリアを模した魔道具ランプが吊り下がり、部屋のあちこちに動物のぬいぐるみが置かれている。動物大好きを自称しているのは伊達ではない。


 そんな中、リリはある物を見付けて固まってしまった。


「リリ? どないしたん?」

「マ、マリエル……あれって絵の具……?」

「絵の具? ああ、そうやで。小さい時に親父殿が買うてくれたんやけど、うちは絵心が絶望的やってん」

「……見てもいい?」

「かまへんで」


 リリは箱の中にきちんと並んでいる絵の具を宝物のようにそっと手に取った。チューブに入ったそれは水彩絵の具だ。色は二十四色。絵筆とパレットもまるで新品のように棚に保管されていた。


「なんやリリ、絵ぇに興味あるん?」

「……お父さんが亡くなる直前に家族の似顔絵を描いたの……お父さん、すっごく喜んでくれて……マルデラには絵の具がなかったから、それに色を付けられなかったの」


 家族四人の絵を描いて以来、リリは今でも偶に絵を描いていた。ミルケの成長していく姿、母の姿、アルゴ、そして父の姿を思い出しながら。リリはダドリーの顔を忘れたくなかった。だから何枚も描いている。


「そうやったんか……そや、うちの絵ぇ、描いてくれへん?」

「いいよ! この絵の具、使っていい?」

「ええで!」


 夕飯に出掛けるまで、リリはマリエルが椅子に座っている姿を一生懸命描いた。マリエルの白い肌は、赤と白、黄色、ピンクを少しずつ混ぜて。綺麗なオレンジ色の髪は、赤と黄色を混ぜて。何種類も濃淡を作り、少しずつ色を載せていく。透明感のある明るい緑色の瞳は特に気を遣った。アルゴはずっとリリの足元で目を閉じていた。


「ふぅ、出来たよ」

「ほんま? …………な、なんやこれはっ!? めちゃくちゃ上手やんか!」


 絵を見たマリエルは、その絵を持って階下へとすっ飛んで行った。リリとアルゴは部屋に置いてけぼりである。すると階下から「何じゃこりゃあ!?」「まぁー!」とくぐもった声が聞こえてきた。直後にドスドスと階段を上る音が聞こえ、マリエルの部屋にガブリエルとプリミアが飛び込んで来た。


「リリちゃん、これはリリちゃんが描いたんかっ!?」

「は、はい」

「この絵ぇ、買い取らせてくれっ!」

「いやいやいやいや。差し上げますよ」

「なっ……ええんか? ……ほんまに?」

「ええ、もちろん」


 リリとしては気楽に描いただけなのに、ガブリエルにとってはお金を払う程の価値があるらしい。


「リリちゃん……料理だけやのうて絵ぇも上手いとは……恐ろしい子や」


 何やらブツブツ呟くガブリエルとその家族と共に、リリとアルゴは「シーマスター」なる店に向かった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

メンタルが豆腐なので、読者様からの反応がないと「この話、面白くないのかな……」「別の話を書いた方がいいのかな……」と弱気になってしまいます。

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[一言] ここまで読んでとても面白かったです。 作者様のモチベになりますように!★5!
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