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21 バルトシーデル東門付近

 リリとアルゴが東門の方へ向かうと、リリが見た事のないような数の人が集まっていた。東門も閉じられており、避難して来た人々がこの周辺に留まっている為だ。夜中に起こされて皆不機嫌な顔をしている。いつまでもこんな場所に留められたら暴動が起きてもおかしくない。リリは苛立つ集団を見て怖くなった。


 こんなに大勢の人が居る中、マリエル達を探すなんて無理だ……。ああ、どうしよう。知らない国の知らない街で孤立してしまった。リリは自分でも驚く程心細くなって、隣のアルゴの首を無意識に掴んだ。あの時は後先考えずに飛び出してしまった。


「わふぅ?」

「アルゴ、マリエル達がどこに居るか分かる?」

「わぅ!」

「よかったー!」


 アルゴにはマリエル達の居場所が分かるらしい。リリは心から安堵した。


「あっ! おっきなわんちゃん! おねえちゃんも!」


 その時何となく聞き覚えのある声がした。


「あ、ミーシャちゃん!」


 昨日、夕飯前に街をぶらついた時に出会った少女だった。ミーシャを挟むように、昨日も見た母親らしき女性と、もう一人、少しぽっちゃりした優しそうな男性が居た。恐らくミーシャの父親だろう。二人がリリに目礼したので、リリも会釈を返す。


「おねえちゃん、瘴魔が来るらしいよ……大丈夫かなぁ?」

「うん、きっと大丈夫だよ。強い人達が街を守ってくれてるから」

「ほんと?」

「ほんとだよ。もう少し我慢したらおうちに帰れるからね」


 不安そうなミーシャの頭を撫でていると安心したのか、ミーシャはアルゴに手を伸ばした。ミーシャが撫でやすいようにアルゴは伏せの姿勢になる。しばらく好きにさせていると、アルゴが頭を起こして左側を向いた。


「リリ!!」


 その声にリリは立ち上がり、声の主を探す。


「リリー!!」


 左側の人混みからオレンジ色の頭が飛び出して来るのが見えた。


「マリエル!!」


 親友の顔を見てリリは思わず涙ぐんでしまった。ついさっき感じた孤独感が安堵によって上書きされる。二人は道の真ん中で抱き合った。


「良かった、無事で……もう、心配したんやで!?」

「ごめん……」

「そんで……片付いたんか?」

「……うん。アルゴのおかげで」

「そうか! ようやったな、リリ!」

「えへへ」


 ミーシャに別れを告げ、マリエルに連れられてガブリエル達の所へ向かう。


「それやったら、もう宿に戻れるんちゃう?」

「それが、外が真っ暗だから瘴魔がもう居ないって分からないみたいで」

「あー……そうか、言うても信じひんやろうしなぁ」

「そうなんだよねぇ……」


 瘴魔の脅威が無くなった事を外に居る兵士達が確認するまで、避難命令は解除されないだろう。それには夜が明けて明るくなる必要がありそうだ。つまり朝まではこの状態が続きそうである。


「リリちゃん……どこ行っとったんや!?」


 ガブリエルからは、赤い靄と淡いピンクの靄が半分ずつ発生していた。怒っているが、リリが無事で安心しているのだ。


「ガブリエルさん、ごめんなさい……」

「ほんま、何かあったらミリーさんに顔向け出来んやないか。あんま心配させんといてな?」

「はい、本当にごめんなさい」


 リリが瘴魔と瘴魔鬼を倒さなければ、さっきのミーシャとその両親、それにマリエルやガブリエル、「カクタスの鎧」の皆も無事では済まなかったかも知れない。それどころか、バルトシーデルに住む人の五分の一が犠牲になっていた可能性があるのだ。だがリリは誇ったり驕ったりしない。皆を心配させず、もっと上手くやれたのではないかと悩んでしまう。


 実際には、リリとアルゴはこの街を救った英雄と言っても過言ではない。しかしリリはその偉業とも言うべき行動を「出来るからやっただけ」くらいに思っている。やった事を後悔はしていないが、心配を掛けたことは反省していた。


「親父殿、リリを怒らんといてや!」

「え? いや怒っとらんで……心配しただけや」

「いーや、さっきの言い方は怒ってる時の言い方やった!」

「そ、そうか? 済まんかったな、リリちゃん。怒ってへんからな?」

「いえ、悪いのは私なので」


 マリエルがリリを庇ってくれたが、心配を掛けたのは事実だ。「カクタスの鎧」の皆は何も言わないが、本当は文句の一つも言いたいだろう。

 大人になったら、こんな風に心配してくれる人は居なくなる。子供は困難や危険からなるべく遠ざけて守るべき存在。大人は困難や危険を一緒に乗り越える存在。人々は無意識にそうやって区別する。当たり前だ、子供は力も弱く経験も少ないのだから。


 心配を掛けるのは嫌だけど、誰も心配してくれなくなったらそれも嫌だな、とリリは思った。


「まぁみんな無事で何よりや……あ」


 ガブリエルが失言に気付く。この場に居ない者が一人居るのだ。瘴魔祓い士のウル・ハートリッチ。「カクタスの鎧」に助っ人として参加している女性だ。


「ウルは……ああ見えてタフだ。きっと生き残る筈だ」


 リーダーのジャネットが遠い目をしながら呟く。生き残るも何も、ウルは現在西門の外で焚き火に当たり、「暇だな~」と言いながらゆっくりお茶を飲んでいるのだが、瘴魔が全て倒された事はリリとアルゴ、マリエル以外知らないので仕方ない。「カクタスの鎧」のメンバーは全員沈痛な面持ちである。ウルが死地に向かったと思っているからだ。後で戦闘すら無かったと聞いたら皆どんな顔をするのだろう。


 もう何も心配要らないとリリは教えたかったが、何を根拠に、と聞かれるに決まっている。マリエルは、恐らくリリよりも皆に伝えたい筈だ。「カクタスの鎧」との付き合いはマリエルの方がずっと長くて濃いのだから。


「うぅ……」


 マリエルが唸っていた。やはり、安全である事を教えたいが上手い言い方を思い付かないのだろう。


「兎に角、今は兵隊さん達の指示に従うしかない。いざという時の為に体力を温存しとこうや」


 ガブリエルに促され、人混みから少し離れた道端に全員座った。アルゴはリリに寄り添うように横たわり、リリとマリエルはアルゴにもたれて寛いだ。


「はぁ……早よ夜が明けんかな……」

「ほんとそうだね……」


 秋の夜は冷える。背中に感じるアルゴの温かさが有り難かった。三時間後にようやく空が白み始め、更に一時間してようやく避難命令が解除された。

 街の人々は疲れた顔で、それでもどこかほっとした顔でそれぞれの家路につく。あまり眠れなかった面々を慮ってガブリエルがもう一泊しようかと提案したが、バルトシーデルから首都ファンデルまでは半日も掛からない。それならファンデルに帰ってからゆっくりしたいと誰からともなく言い出した。


 西門からウルが戻り、皆から質問攻めに遭う。しかしウルとしても何が起こったのか分からない。とにかく瘴魔と瘴魔鬼の襲撃は無かった。いや、正確には防壁のすぐ近くで戦いの痕が見付かったが、そこで何があったのかは誰にも分からなかった。


「もし誰かが瘴魔鬼と戦って倒したなら、名乗り出ないのはおかしいのよ。だって凄い報奨金が貰えるのよ? それに街を救ったんだから大変名誉な事でしょ? 私なら直ぐに名乗り出るわ」


 ほー。瘴魔を倒すと報奨金が貰えるのか。リリはこれまで相当な数の瘴魔を倒してきたが、それでお金を受け取った事はない。誰も知らないのだから当然である。マリエルも言っていたが、瘴魔祓い士が稼げるのは本当らしい。稼げるからなりたいか、と問われれば首を傾げてしまうが。

 実際の所、リリはアルゴというパートナーがいれば、瘴魔祓い士としてそこそこやっていけそうな気はしていた。瘴魔を倒し、人々を助ける。それは意義深い仕事だと思う。ではそれを自分がやりたいか、自分自身に問うてみると「まだ分からない」というのが正直な答えだった。


 瘴魔を倒すのは楽しいか? 別に楽しくはない。

 瘴魔を倒したいか? それは倒したい。父の仇でもある。

 人々を救いたいか? そんな大それた事は考えていない。ただ大切な人は守りたい。


 仕事というのは楽しい事ばかりではなく、嫌な事や苦しい事もある。自分が好きな事を仕事にしてさえそうだ。仕事はお金を稼ぐ為にするもので、好きな事は趣味として楽しむと割り切っている人も居る。ただ、自分の得意な事を仕事にすれば、その仕事が上手くいき、結果的に沢山のお金を稼げる確率は高くなるのだろう。


 瘴魔を倒すのは得意か? …………得意だ。他の人ほど苦労せずに倒せる。


「うーん……」

「なんやリリ、また考え事か?」

「うん……瘴魔祓い士って仕事、実際どうなのかなぁと思って」

「お!? やる気になったんかいな?」

「うーん、それもまだ分かんないんだよね」

「なんやねんそれ!? まぁええわ。ファンデルに着いたら会わせたい人が居るから。その人に会って、色々聞いてみたらええと思うで」

「会わせたい人?」

「フッフッフ。まぁ楽しみにしとき!」


 出発した馬車の中では、すっかりいつもの調子に戻ったマリエルと、寝不足気味のリリが話をしていた。足元ではアルゴが大きな口を開いて欠伸をしている。あと一時間もすればスナイデル公国の首都ファンデルに着くそうだ。もっとワクワクしても良い筈なのに、寝不足のせいかいまいちテンションが上がらないリリであった。


「着くころに起こしたるから、それまで寝とき?」

「そう? そうさせてもらおうかな……」


 馬車に設えられたソファに深く腰を沈め、リリはウトウトし始めた。起きているのか眠っているのか判然としない、暗闇をふわふわと漂っている感覚。徐々に深く沈んでいこうとしていた時、ふいに浮上しなければという感覚に囚われた。


「……リリ、リリ! もうすぐ着くで!」


 マリエルに肩を揺すられて目覚める。意外と頭がすっきりしたようだ。幌馬車の後部から身を乗り出して前方を見ると、バルトシーデルより遥かに高い防壁、遥かに大きな都市が目の前に迫っていた。


「すごい……これがファンデル……」


 シェルタッド王国の王都シュエルタクスと比べて、まず防壁が白い。陽光が当たって白さが際立っている。壁の高さは二十メートルくらいだろうか。前世なら六~七階建てのビルと同じ高さだ。それくらいのビルなら見慣れている筈なのに、遥か横方向に続く壁はその高さ以上に威容を誇っているように見えた。


 壁の向こうには、壁よりも高い建物が沢山見える。リリは馬車で眠っていた事を少し後悔した。もっと遠くから、この首都の全景を見たかった。


 壁にある門は巨大で、用途別に列を作るようだ。初めて入街する人、二度目以降の人、ファンデルに居住している人、の三つに大きく分けられ、更に商用、旅行、公務で区分されているようだ。リリ達はファンデル居住で商用の列に並んだ。


「私はファンデルに住んでないけど大丈夫?」

「居住者と一緒やったらこっちでええねん」

「そっか。良かった」


 列は思ったよりも早く進んでリリ達の番になるが、マリエルが教えてくれた通り、冒険者証と従魔登録証明書を確認されただけで問題なく通過出来た。厚みが八メートルくらいある壁を通過すると、目の前が一気に開け、光と喧騒に包まれる。


 一か月近い旅路の末、リリはスナイデル公国の首都ファンデルに到着した。

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