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19 バルトシーデルの街

 ヘンリーデルを発ったリリ達は、北西に向かって進んだ。ランデル、クルスモーデルと首都に近付くにつれて次第に大きくなっていく町に立ち寄る。それぞれの町は、次第に膨れ上がっていく人口に対処するため、一部の防壁を取り壊して町が拡張されていた。防壁は新たに作り直され、古い物と比べると真新しい色をしている。いずれまた取り壊すだろうに、いちいち壁を作り直さなければならないとは難儀なことだ、とリリは思った。


 この世界では人同士の争いの他に、魔物や瘴魔といった敵性生物も居る。いや、瘴魔は生物ではなさそうだが、とにかくそういう敵が居る。人間が住まう領域はそれらのせいで狭められており、常に防護を意識しなければならない。十一年生きてそういう考えにも慣れたが、どうしても安全だった前世と比べてしまう。と言っても「高科亜美」が暮らしていた国が特に安全だっただけだし、その国でも若くして死んでしまった訳だが。


 そんな事を考えながら、ヘンリーデルを発って七日後、首都の一つ前の都市バルトシーデルに到着した。


「ねぇマリエル、ちょっと不思議に思う事があるんだけど」

「どないしたん?」

「公国にも貴族様は居るんでしょ?」

「ああ、おるで」

「でも全然会わないね」

「せやな。ファンデル以外では滅多に会わへんかな。会いたいんかいな?」


 ファンデルとはスナイデル公国の首都である。


「ううん、ただ王国では偶に見掛けたから」

()うても特に良いことあらへんで。まぁアルストンやシェルタッドみたいにガチガチの特権階級って訳やないから、向こうよりはマシかも知れんけど」

「公国の貴族様は王国とは違うの?」

「仕組み自体はあんま変わらんと思うけど、平民の権利がちゃんと守られてるんや。例えその領地に住んでても貴族が自分勝手に処罰したらあかんのや。平民は国民、つまり国の為に尽くし、その代わりに国が守る民って考えやな」


 封建制度は色濃く残っているが、平民など家畜と同じと考える貴族は居ない、或いは少ないって事だろうか。まぁいずれにせよ、貴族とは関わり合いになりたくないリリである。貴族の事を聞いたのは、知らずに出会って無礼を働くリスクを減らしたかったからだ。


「この街も大きいねー。ファンデルはこれより大きいって事だよね」

「そうやなあ。ここまで来ると帰って来たなーって実感が湧くわ」


 ファンデルに住むマリエルにとって、隣のバルトシーデルは慣れ親しんだ街なのだろう。小さな町で、住民と殆ど顔見知りのマルデラで育ったリリは、前世の記憶があっても大きな街では少し落ち着かない気持ちになる。

 こんな大きな街でも住めばそのうち慣れるのだろう。ただ、どちらが好きかと聞かれたら、迷わずマルデラと答えるだろう。前世では都会に住んでいたのに不思議なものだ。


 東側の門から街に入り、そのまま大通りを直進して西門の近くに宿を取る。明日は朝出発すれば昼過ぎにはファンデルに到着する予定だ。時刻は夕方に近いが、夕食にはまだ早い。


「ちょっと時間あるから街をブラブラする?」

「いいね、行ってみたい!」


 部屋に荷物を置きガブリエルに一言断って、リリはマリエルとアルゴと一緒に街に繰り出した。アルゴはリリとマリエルの間に入り、常に周囲を警戒してくれる。行き交う人はアルゴを見て一瞬ギョッとした顔をするが、あからさまに怖がる人は居なかった。少女二人が隣を歩いているのに、大人の自分が怖がるのはみっともないと思っているのかも知れない。


 アルゴは人がどれだけ多くても落ち着き払っている。視覚だけでなく嗅覚、聴覚をフルに働かせ、悪意を持つ者を寄せ付けない。そもそも何らかの悪意を持つ者はリリに見分けられる。人間だけでなく、獣や魔物の敵意もリリには靄で分かる。アルゴとリリに悟られずに害を与えようとするのは不可能に近いのだ。


 宿の近くには料理屋や旅行に必要な品を扱う店、武器屋、薬屋、服屋などがあった。どの店もガラス越しに店内が見えるようになっており、所謂露店はない。それでも人通りはかなり多く店の出入りも頻繁で、活気というか熱気のようなものが感じられた。


「あんま入りたいような店はないなぁ」

「うーん、でも見てるだけでも楽しいよ?」

「そう言ってもらえて良かったわ」


 その時、二十メートルくらい先に灰色の靄を顔に纏わりつかせた男が見えた。男はこちらに背を向けて歩いている。その先に幼い女の子の手を引いてこちらに歩いて来る女性が見えた。男と女性達の距離が近付くと、男の靄が濃い灰色に変わる。腰の後ろに回した右手がそこに差したナイフの柄に掛かった。


 飛び出そうとするアルゴを宥め、リリがいつもとは異なるブレット(弾丸)を放つ。それは魔力を極小に抑え、大きさを拳大に調整したもの。イメージは暴動鎮圧用のゴム弾だ。殺傷力はないが当たればかなり痛い。至近距離で当たり所が悪いと骨折くらいはする。この三年間でリリが習得した非殺傷系の攻撃手段。その名もラバーブレット(ゴム弾)だ。何の捻りもないそのままの名前である。


 ラバーブレットは狙い通りに男の左太腿に直撃した。


「いてぇっ!?」


 完全に意識の外から強い衝撃を受け、男は思わずナイフを取り落としてその場に蹲る。女性は女の子の手を引き、男を大きく避けて離れて行った。地面に落ちたナイフと男を見比べ、野次馬が集まって来る。巡回の衛兵も走って来た。これで男が犯罪に走ることはないだろう。


「リリ、今何かしたやろ」

「あ、うん。あの人がナイフを取り出すのが見えたから、弱めの魔力弾をちょっとね」

「よう気付いたなぁ」

「えへへ。一応冒険者だから」

「リリは護衛としてもやっていけそうやなぁ」


 そう言うマリエルを、アルゴが自分の鼻で小突く。


「アルゴも気付いてたよ? むしろ私より早く気づいてたみたい」

「そうなん!? アルゴも凄いなぁ」


 マリエルに褒められて尻尾をブンブン振るアルゴ。どうやら護衛として自分の方が適していると主張したかったらしい。


「わぁ! おっきなわんちゃん!」


 気付くと、先程の女性と女の子がこちらに歩いて来ていた。女の子がアルゴに駆け寄る。


「ミーシャ! 危ないわよ!?」


 女性が慌てて追いかけて来る。ミーシャというのが女の子の名前らしい。リリは膝を折ってミーシャと目線を合わせた。


「大丈夫だよ。この子はアルゴって言うの。撫でてみる?」

「いいの!?」

「アルゴ、いいよね?」

「わふぅ」

「ほらいいって」

「ほんと?」


 母親らしき女性が傍に来て、リリ達に目礼した。ミーシャは恐る恐るアルゴに手を伸ばし、その横腹辺りを撫でる。アルゴは地面に伏せ、ミーシャが撫でやすいよう姿勢を変えた。


「うわぁー! すっごいふわふわであったかいね!」


 ミーシャの反応を見て、リリは自分が初めてアルゴと会った時を思い出した。多分この女の子と同じ反応をした筈。何だか懐かしくて自然と笑顔が零れる。


「おねえちゃん、ありがとう! アルゴ、ばいばーい!」


 モフモフを堪能し、ミーシャは名残惜しそうに母と去って行く。リリとマリエルは手を振り、アルゴは尻尾を振って見送った。


「さて、うちらも戻ろっか?」

「そうだね」

「わぅ!」


 二人と一頭は踵を返し宿へと向かった。





*****





 ファンデル郊外に居を構えるマルベリーアン・クリープスの元に、公国騎士団から緊急の伝令が届いたのはその日の夜だった。


「特級瘴魔祓い士、マルベリーアン・クリープス殿! 第二騎士団から緊急依頼です!」

「……そんな馬鹿デカい声を出さなくても聞こえてるよ。全く、人を年寄り扱いしやがって」


 公国で三人しかいない特級瘴魔祓い士の一人、マルベリーアンは六十一歳。年寄り扱いが気になるお年頃であった。背中の真ん中辺りまで伸ばした濃い紫色の髪は依然として艶やかだ。女性としては背が高く姿勢も若々しい。何より、赤みがかった紫色の瞳は生気に溢れている。


「コンラッド! 行くよ、準備しな!」

「はい、師匠!」


 マルベリーアンから呼ばれたのは、瘴魔祓い士見習いのコンラッド・カークス、十五歳。枯草色の髪を短く刈り、濃い青い瞳には少しばかり緊張の色が浮かんでいる。背はマルベリーアンより低く、体つきも華奢だ。

 師匠の所に緊急依頼が来たと言う事は、一級以下の瘴魔祓い士では太刀打ちできないと判断されたと言う事に他ならない。つまり、「瘴魔王級」の難事である。普通の人間にとって、それは災厄以外の何物でもない。今からそれに立ち向かわなければならないと思えば、緊張するのも当然と言うべきであった。


「状況は馬車の中でご説明します!」

「だからデカい声出すなって……」


 コンラッドが、マルベリーアン愛用のローブを持って走って来る。白地に金糸で刺繍の施されたそれは、特級瘴魔祓い士の証。颯爽と羽織り、騎士団の馬車に乗り込んだ。コンラッドも隣に座る。


「ファンデル東方の街道から北に百メートル地点で、瘴魔鬼二体、瘴魔八体が確認されました。それらは現在更に東へ移動し、このままではバルトシーデルに向かうと予想されています」

「鬼が二に雑魚が八か。あたしじゃなくても良かったんじゃないかい?」


 馬車の中に予め待機していた騎士団の中隊長がマルベリーアンに状況を説明する。コンラッドは空気に徹していた。


「現在、一級の皆さんは南方の瘴魔災害の対処に出払っています」

「特級は……ああ、どっか別の国に出張中か」

「左様でございます」

「まぁいいか。時間はどれくらい残されてるんだい?」

「……我々が到着する頃には、恐らくバルトシーデルの五分の一程度が被害に遭うかと」

「……もっと急ぎな!」


 瘴魔に対して対抗手段を持たない騎士がその侵攻を止めようとしても、無駄に命を散らすだけだ。その為に瘴魔祓い士が居るし、戦いがなくても毎月少なくない給金が国から支払われている。もちろん出動したら倒した瘴魔の数や脅威度に応じて報奨金も支払われる。瘴魔祓い士の等級に応じて追加報酬も出る仕組みだ。マルベリーアンのような特級が動けば、一度の出動で最低でも平民の家族が三か月暮らしていけるだけの報奨金になる。


 マルベリーアンは金に困っている訳ではない。むしろ生きている間に使いきれない程の金が貯まっている。瘴魔祓い士をいつ引退しても問題ないのだ。だが、特級は自分を含めて国に三人しか居ない。後進を育てなければ引退もままならないという状況であった。


「コンラッド、今回はあんたも手伝いな」

「は、はい」


 現在のところ、弟子はコンラッド一人のみ。彼は優秀ではあるが気が弱い。実力だけならとっくに三級、或いは二級程度はあるのだが、独り立ちさせるにはまだ不安が残る。だから瘴魔祓い士「見習い」なのだ。もっと経験を積ませれば大成する可能性はあると見ている。


 だが今はそんな事どうでもいい。一刻も早くバルトシーデルに着かなければ。何の罪もない何千人もの人々が犠牲になってしまう。一人でも多くの人を助けたい。馬車の中で、逸る気持ちを何とか押さえつけようとするマルベリーアンは、口や態度が悪くとも、紛れもなく人を助ける事を己の使命とし、その覚悟を決めた人物であった。

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