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18 女風呂を覗く奴は万死に値する

 温泉なんて入るの、何年ぶりだろう。「カクタスの鎧」の女性メンバー三人は、気を遣ってくれたのかリリとマリエルの二人で先に入るよう促してくれた。


 ちゃんとした建物ではないが、木の壁で囲まれた脱衣スペースでそそくさと服を脱ぎ、脱いだ二人分の服に浄化魔法を掛ける。旅の携行品として持っている小さなタオルで体の前を隠しながら温泉の湯が張られている隣に移動した。因みにマリエルはタオルを肩に掛け、何も気にせず歩いている。

 秋の夜はさすがに寒い。湯舟は土を掘って岩を敷き詰めたような物だった。備えられている木桶で体に湯を掛けてから、二人でざぶんと温泉に浸かった。


「ふぃ~~~!」

「あ“ぁぁ~……」


 十一歳と十二歳の少女達がおっさんのような声を出した。世界が変わり文化が違っても、熱い湯に浸かった時に出る声は同じらしい。


 それにしても、とリリは自分の平坦な胸を見下ろしながら思う。十一歳って、こんなにぺたんこだったかな、と。隣のマリエルは、一つしか違わないのに結構膨らんでいる。女性らしさという点においてはまだまだだが、一年でそこまで成長するものだろうか。前世で胸が膨らみ始めたのが何歳だったかはっきりとは思い出せないが、十一ならもう少しこう、成長の兆しがあっても良さそうなのに……。いや、お母さんはちゃんとある。私はお母さんの娘だから大丈夫の筈だ。大丈夫……だよね?


「リリ、どないしたん?」

「ふぇっ!?」

「いや、何かさっきから下ばっかり見てるけど?」

「えーと、マリエルは胸が大きいなーって」

「な、何を言うてるんや!? こんなん大きいうちに入らんやろ!」


 急に恥ずかしくなったのか、マリエルが胸を隠すように両腕を前で交差した。そのせいで谷間が出来る。くっ、十二で谷間とか……。

 その時、何かに見られているような感じがした。男性側とは三メートルはある仕切りがあり、視線はそちらからではない。リリは後ろを振り返った。岩風呂を囲む同じ高さの仕切りの向こうで、黒い靄が立ち昇っていた。それはこちらを窺うように、手のような部分を仕切りの縁に掛け、頭のような部分が仕切りの上に出ている。リリの目には、首の辺りにぼんやりと光る白い球体が見えた。半分以上が仕切りで隠れてしまっている。リリは湯舟の中で膝立ちになり、右手を拳銃の形にする。


ブレット(弾丸)!)


 右手人差し指の先から不可視の弾丸が発射された。それは仕切りに指先大の穴を開け、そのまま瘴魔の弱点を貫通する。秋の夜風が吹き、黒い靄は吹き払われた。


「リリ…………今、何をしたんや……?」


 隣のマリエルが呆然と尋ねる。


「えっと、あの、その……何か見えた?」

「しょ、瘴魔がおったように見えたけど」


 見られていたか……。でも、別に隠している訳ではない。知られたらどう思われるか分からないから、態々自分から言っていないだけだ。マリエルは親友である。彼女には秘密を打ち明けても良いかも知れない。彼女なら、色付きの靄の事を教えてもこれまで通り接してくれるかも知れない。


「あのね、マリエル。これはお母さんしか知らない事なんだけど」

「う、うん」

「私、瘴魔の弱点が見えるの。今のは、それを無属性の魔力弾で撃ち抜いたんだよ」

「瘴魔の弱点……? 瘴魔に弱点なんかあるんか? 初めて聞いたで」

「うーん……。私が弱点って呼んでるだけでそうじゃない可能性もある。ただ、今まで倒した瘴魔は全部弱点に見える場所を撃ち抜いたの」

「ちょ、ちょっと待って! 今まで倒したって? リリが? 一人で?」

「一人の時もあるけど、アルゴと一緒の時が多かったかな」

「倒した……え、これまで何体くらい倒したん?」

「えーと、二十体くらい?」

「に、二十!?」


 本当はこれまで七十体以上の瘴魔を倒している。ダドリーの死後、マルデラ近郊の森では瘴魔が頻繁に発生するようになった。瘴魔鬼の出現が引き金になったのではないかとリリは考えている。父が死んだ原因である瘴魔を殊更憎んでいたリリは、冒険者として薬草採取の依頼を受け、その実森に入って瘴魔を狩っていた。その事実はミリーも知らない。リリ以外に知るのはアルゴだけである。


 アルゴは、リリが瘴魔に対して特効を持っている事を素早く見抜いた。だからずっとリリの好きにさせていた。そうする事で、リリはリリなりに悲しみから立ち直ろうとしていたのだ。アルゴは近くで見守り、万が一の時には自分が盾になるつもりだったが、リリは遠距離から瘴魔を見付け次第狙撃していたので危険は殆ど無かった。この瘴魔狩りと並行して獣も狩らせていた。一年半続いたリリの瘴魔狩りは、マルデラ近郊で瘴魔が全く出現しなくなった事で終わりを告げたのだった。


「リリ、良く聞いてや。十一歳で瘴魔を二十体も倒したって前代未聞やで」

「そ、そうかな?」


 本当の数を言わなくて良かった。


「護衛のウルはんに聞いたんやけど、瘴魔祓い士の資格は単独で三体の瘴魔を倒したら得られるんやって。二十体倒したら、多分三級くらいになれるで」

「ふ、ふ~ん?」

「リリ、あんた才能あんで! 公国では瘴魔祓い士は引く手数多や。さっきも全然ビビっとらんかったし、絶対瘴魔祓い士になった方がええで!」

「あの、マリエル?」

「なんや!?」

「この事は秘密にしておいて欲しいの」

「……なんで?」

「んー……私、あんまり戦うの好きじゃないし、将来の仕事は、もっと色々見たり知ったりしてから決めたいの」

「そ、そうか……それもそうやな。リリは料理も上手やしなぁ。新しい料理とか調味料も作り出しとるし。マルデラを出るのも今回が初めてやもんな。ごめん、うち先走ってもうたわ」

「ううん、謝らなくていいよ。マリエルがそんな風に言ってくれて嬉しかった」

「そうか? うん、まぁ……さっきの事は内緒にするわ」

「ありがと! 将来の事はマリエルにも相談するね!」

「おう! 任せときや!」


 色付きの靄の事は言えなかったが、それもそのうち話せるかも知れない。瘴魔の弱点らしき場所が見える事についても、あまり深掘りされなかった。マリエルの事だから、思い出したら後で追及される可能性はあるが。その時はその時で本当の事を言えば良い。


 その後、肩まで温泉に浸かって体を温め直し、ホカホカになった二人はお湯から上がった。脱衣所の外ではアルゴが待っていたが、恐らく瘴魔の気配に気付いたのだろう。ただ瘴魔ならリリの敵ではない事も知っているので心配はしていなかったようだ。単に寂しくてここで待っていたらしい。瘴魔が出現した事は、他には誰も気付いていなかった。


 天幕に入り、アルゴお気に入りの浄化魔法を掛けてあげると、いつもの蕩けたような顔を見せてくれるのだった。





 翌日の朝から整備された街道を進む。どうやら街道は見晴らしの良い場所を選んで通されているようで、魔物の心配が殆どなかった。仮に魔物が居たとしても、アルゴの気配で近寄って来なかったであろう。


 道が良いため馬車の速度も上がる。夕刻にはヘンリーデルという町に着いた。リリが驚いた事に、この町は小さいながら頑丈そうな高い石壁に囲まれていた。


「ここは公国を興した時、旧シェルタッド王国と一番近い言う事で、砦として使われとったらしい。その名残でこないな壁が残ってるんや」

「なるほど、そうなんだね」


 マリエルが少し誇らしそうに解説してくれる。しかし、砦というのはこんな開けた場所に作っても意味がないのでは? 敵軍が通る場所を遮るように作るものではないのだろうか。そう思ったリリが周囲を見渡してある事に気付いた。


「まさか……ここって、昔は森の中だった?」

「おお! リリちゃん、よう分かったな。そうなんや。左右がなだらかな丘になってるやろ? 昔は崖になってて、木もぎょうさん生えとったらしいで」

「……それを人の手で、ここまでしたんですか?」

「ああ、今の姿になったのは百年前くらいやから、二百年近くかけて整備したっちゅう事やろな」


 前世なら重機を使って数年で整備されるだろう。魔法があるとは言え、伐採した木々や削り取った土を運ぶのは結局人や馬だ。ダンプカーやトラックがある訳ではない。途方もない時間をかけて人力で整備したと思うと畏敬の念が湧いてくる。


 ここで争いが起こったとは信じられないような穏やかな景色。街道は草原に挟まれ、草は半分以上が枯れてリリの髪の毛と同じような色になっている。遥か遠くにある小高い丘から吹き降ろす風に、草が波のように揺れていた。


 頑丈そうな石壁とは裏腹に町に入るのは簡単だった。門兵はおざなりな感じでそれぞれの身分証を確認するだけ。積んでいる荷物は外側をさらっと見るだけだった。これには理由があって、ダルトン商会は国にきちんと登録している商会であり、何度もヘンリーデルを訪れて門兵と顔見知りになっている。要は信用されているという事だ。これ以降の町、さらに首都でさえも、ほぼフリーパスで出入り出来るのだと言う。


 砦跡ながら、内側の町はとてもカラフルで可愛い印象だった。シェルタッド王国で最後に訪れたマクスベイドに近い印象だが、ヘンリーデルの方が更に洗練されている。壁や屋根は区画ごとに同系統の色に塗られ、目に優しい淡い色だ。濃淡で個性を表しているらしい。ピンク、ペイルブルー、ターコイズブルー、レモンイエロー、夕焼けのようなオレンジ色など。通るだけで楽しい街並みである。そして、家々には大きなガラス窓が使われていた。まるでヨーロッパにあるどこかの街に迷い込んだかのようだった。


 宿も、宿と言うよりホテルである。ロビーがあり、さすがにエレベーターはないが五階建ての瀟洒な建物。外壁はクリーム色で屋根が焦げ茶。各部屋にガラス窓がある。一階ロビーの天井からは巨大なシャンデリアが吊り下げられ、淡い光を投げかけていた。見るからにお高い宿だ。


「ふぇ~……」

「ええ宿やろ? これでもヘンリーデルで一番じゃないねんで」

「えぇっ!? ここより凄い所があるんだ……」

「まぁ、うちも泊まったことないけどな」


 部屋は二階で、護衛の冒険者達も同じ宿に泊まる。護衛の宿代は依頼主負担なので別の安宿になるのが普通だが、ガブリエルは部屋が空いていれば極力同じ宿に泊まらせるらしい。そういった細かい配慮が護衛達の信頼に繋がり、いざという時の力の入り具合が変わる。お互いに信頼出来ていないと、依頼主を放って逃げ出してしまう護衛も居るらしい。「カクタスの鎧」とは三年に渡る付き合いで、ガブリエルの努力もあってしっかりとした信頼関係を築けていた。


 こういった事から考えると、ダルトン商会はかなり儲かっているようだ。それでもスナイデル公国の中では中堅の商会なのだと言う。大商会はガラスを他国に輸出したりして、一度で目が飛び出るくらいの金額の取引を行うらしい。ガブリエル曰く、いくら儲かると言っても他国の王族や貴族と付き合うのは性に合わないそうだ。


「マリエル、リリちゃん、飯食いに行くでー」

「「はーい」」


 いつものように、二人部屋のリリ達をガブリエルが迎えに来てくれた。彼はダドリーとは違うタイプだが、娘を愛する父親である事に疑いはない。つっけんどんな喋り方だし、愛しているなんて言葉には出さないが、それでもリリはマリエルの事が少し羨ましいのだった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

次の話を待って下さる読者様がいると思うと力が漲ります!!


今話のタイトルをどこかで見たような気がするあなた! 五月マニアですね笑

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