16 シェルタッド王国横断
盗賊騒ぎの後は特に問題なくカリヌランに到着した。リリにとって初めて訪れる別の国の別の町。
「ふわぁ…………あんまりマルデラと変わらない?」
「そりゃそうや。ちょっと移動したくらいではそれ程変わらんて」
「そうなの?」
幌馬車の荷台から身を乗り出すように町の様子を見ていたリリだが、期待していた異国情緒感が皆無だった。
「リリちゃん。水を差すようやけど、三百年前まではアルストン王国とシェルタッド王国は同じ一つの国やったんや」
「え!? そうなんですか?」
「うん。せやから町の造りとか文化とかは今でも似てるんや。王都を過ぎて更に西に行けば少し違ってくるけどな」
ガブリエルが補足説明をしてくれる。アルストン王国を始めとする、大陸中西部の国々はどれも小国で、併合と分割を繰り返している。アルストンとシェルタッドは、三百年前は「メルタリカ王国」という一つの国だったらしい。ダルトン商会が拠点を置くスナイデル公国は、その時の争乱を避けて興された新しい国だと言う。
「三百年前、『ウジャトの目』いう天恵を授かった女性がおってな。何でも『聖女様』と呼ばれて、未来まで見通したって逸話が残ってる。その女性の婿はんが興した国がスナイデル公国なんや」
「へぇー!」
公国は新しい国なので、旧メルタリカ王国とは異なる文化が芽生えた。その影響はこのシェルタッド王国北西部にも見られるそうだ。スナイデル公国まで行けば、リリが期待する異国の雰囲気を堪能出来そうである。
カリヌランで宿を取り一泊。翌日は朝から出発して次の町、ポリモーラに向かった。馬車で二日かからないくらいの距離である。野営を挟んで次の日の昼過ぎに到着した。
ボリモーラはカリヌランの倍近い大きな街だった。人口もその分多くて活気がある。
「こんな大きな町、初めてだよ!」
「フッフッフ。こんくらいで驚いてたらあかんで」
マリエルの予告通り、更に西に一日進むとボリモーラよりかなり大きなファリストンという街に着いた。
「ふぇー!」
「全く、リリはいちいち反応がかわいいなぁ」
マリエルに茶化されて、リリがぷくっと頬を膨らませる。
「だってー」
「いや、そこがリリのええとこやねんで?」
「そ、そう?」
ファリストンから馬車で半日の距離に王都シュエルタクスがある。ファリストンは王都の衛星都市と言える。ボリモーラでも偶に見られた四階建て以上の建物が、ファリストンでは当たり前のように乱立していた。
前世では高層建築が当たり前に存在していた記憶があるが、十一歳まで育ったマルデラには平屋と二階建てしかなかったのでそういうものだと思っていた。このファリストンには八階建てもあるそうだ。防壁に囲まれ土地が限られた都市で人口が増えれば、建物が上に伸びるのも道理である。
カリヌランはマルデラと同じような人の高さくらいの石壁で町を囲っていたが、ボリモーラからもっと高い石壁になり、ファリストンは高さ五メートルはある分厚い壁で覆われていた。
「やっぱり魔物から守る為にこんな立派な壁があるの?」
「どっちかって言うと人間同士の争いの名残って聞いたで。結果的に魔物除けになってるみたいやけど」
「そうなんだ……国が割れたっていう三百年前からあるってことかな」
「多分そうやろうなぁ」
ファリストンで一泊した後は、王都シュエルタクスへ。自分が住んでいるアルストン王国の王都も行った事がないリリだが、隣国の王都を先に訪れた。ファリストンからシュエルタクスまでは延々と農地が続いている。見渡す限りの麦畑、秋が深まったこの季節は身をたっぷり付けた穂が頭を垂れて、金色の雲の中を進んでいるようだった。
王都の防壁はかなり遠くからも見えていた。外壁の高さは十メートル。都市は外側から平民区、貴族区、王族区と別れており、それぞれの境にまた壁があるそうだ。リリ達は東側から王都に入り、ぐるっと北の方へ回りそこで宿を取った。
「せっかくの旅やのに、一泊ずつしか出来んくてごめんな」
「全然いいよ、むしろ色んな町が見れて楽しいよ!」
マリエルが言う通り、それぞれの町には一泊しかしない。荷馬車にはアルストン王国で仕入れた商品が積まれており、一部はここシュエルタクスの商会に卸し、残りは全てスナイデル公国に持ち帰る。ダルトン商会は遊びで旅をしている訳ではなく、あくまで商売なのでゆっくり観光する時間はない。
ただ、拠点でありダルトン家がある公国には一か月程度滞在する予定だ。マリエルがあちこち案内すると張り切っている。
シュエルタクスはさすが王都、人や商店の多さと活気はこれまでと桁違いだった。宿は中の上といったランク、リリとマリエルは同じ部屋。アルゴも一緒だ。部屋の殆どをベッドが占領しており、それほど広い部屋ではない。だがベッドが今までにないフカフカ具合である。勿論アルゴのお腹には到底及ばないが、ベッドとしては間違いなくナンバーワンであった。
「マリエル、リリちゃん、飯食いに行くでー」
「「はーい」」
ガブリエルから声を掛けられ、リリ、マリエル、アルゴは部屋を出た。シュエルタクスに来たら必ず立ち寄る店があると言う。大衆店なので従魔も入れるそうだ。
「ここは川魚が旨いんやで」
「公国に行ったら海の魚も食べられるけど、この辺は肉が多いやろ? 魚と言えば川か湖で獲るんやけど、この店のは絶品なんや」
マリエルの言葉をガブリエルが詳しく説明してくれる。マルデラの近くには川も湖もないため、魚は干し魚しか手に入らず、しかも高価。リリも憶えている限りで数回しか食べたことがない。それもあまり美味しいとは言えなかった。前世ではかなり魚を食べた記憶があるので、きっと好きだったに違いない。美味しかった記憶も薄っすらとある。
その店は「リバーサイド」といったが、店の傍には川どころか水路すらない。ちょっとお洒落な店を想像したのだが、完全に大衆居酒屋の雰囲気であった。店内には炭火で焼ける魚の香ばしい匂いが立ち込めている。アルゴが場所を取るので六人席に案内してもらい、ゆったりと腰を落ち着けた。
因みにアルゴだが、人間と同じ味付けの物を食べる。最初はリリも気を遣って味付けしないで、茹でたり焼いたりしただけの肉を出していたのだが、アルゴはあまり嬉しそうではなかった。何となく会話が通じるリリは、アルゴが自分達と同じものを食べたがっており、食べても問題ない事が分かったので、同じように調理したものを一緒に食べている。アルゴが一番好きな料理はリリの作ったハンブルグ(ハンバーグ)である。
ガブリエルはワインを、リリとマリエルは果実水を、アルゴには水を頼み、料理はお任せで出してもらう事にした。サラダ、魚の切り身が入ったシチュー、柔らかい白パン、塊肉の煮込みと続き、遂にメインディッシュが登場する。
「これやこれ! これが旨いんや」
「うちもこの店ではこれがいっちゃん好きなんや!」
ガブリエルとマリエルが興奮を隠しきれないその料理は、川魚を一匹丸ごと、塩を振って炭火で焼いただけのシンプルなものだった。リリとしては初めて見る魚だが、それは前世で見た「ヤマメ」にそっくりだった。
「これは『リバルモン』っていう魚でな。生きたまま運んで、丸一日真水で泳がせて臭みを抜いてるらしい。見た目シンプルやけど手間が掛かってるんや」
粗塩をたっぷりまぶし、串に刺して囲炉裏端でじっくり焼いたような見た目。これは絶対美味しいやつだと確信した。食べるのが箸ではなくナイフとフォークというのは少し違和感があるが、真ん中にナイフを入れると真っ白でホクホクとした身が現れる。適当な大きさの身を皮と一緒に口に運ぶと――。
「っ!? …………んー!!」
皮の塩気とパリッとした触感、それが身の柔らかさと甘みを引き立てる。リリは目を閉じてじっくりと味わった。
「リリ!? なんで泣いてんの!?」
あまりの懐かしい味に、リリは知らず知らずのうちに涙を流していた。マリエルに指摘されるまで気付かず、恥ずかしくなって服の袖で拭う。
「な、なんか懐かしくなっちゃって……」
「食べたことあるん?」
「ううん、無いと思うんだけど」
「ま、それだけ美味しいっちゅうこっちゃな!」
マリエルがリリの背中をバシバシ叩く。リリが一口食べて泣いている間に、アルゴは一匹を骨ごと完食していた。ガブリエルがアルゴのためにリバルモンの塩焼きをお代わりしてくれる。
「そんなに喜んでくれると連れて来た僕も嬉しいわぁ」
「えへへ……」
リリは照れ笑いする。前世のどこかで食べた事があるのだろうか。はっきりした記憶はないが、舌と鼻が憶えていたのかも知れない。お母さんとミルケにも食べさせてあげたいな。お父さんは食べた事あったのかな……。
懐かしさと切なさが綯い交ぜになり、目をうるうるとさせながら食事を堪能するリリだった。
王都シュエルタクスの北門を出て、一行は進路を北西に取った。目的地のスナイデル公国はシェルタッド王国の北西部と国境を接している。
「王都から真っ直ぐ西に行くとリングガルド王国の北部やねん。うちらの国はリングガルドの北っちゅうこっちゃな」
スナイデル公国を超えて更に西へ行くと、ガブリエルの出身国であるベイヤード共和国がある。ダルトン商会はベイヤード共和国、スナイデル公国、シェルタッド王国、そしてリリが住むアルストン王国の四か国を移動して商いを行っている。
「ダルトン商会はリングガルド王国には行かないんですか?」
「あそこは二十年くらい前から物騒やねん。貴族同士が争って内乱がしょっちゅう起こっとる。商売するには向かんとこや」
どうやらリングガルド王国内では争いが絶えないらしい。そんな国と接しているスナイデル公国は大丈夫なのだろうか?
「このシェルタッド王国もそうやけど、うちとこもリングガルドとの国境付近には軍が駐屯して警戒しとる。今んとこは大丈夫や」
それからリリ達一行は、三つの町を経由して北西の国境に向かった。国境に一番近い町はマクスベイドといい、それまでとかなり雰囲気が違った。マクスベイドの町を見なければ感じなかったと思うが、それまでの町は王都を含めてよく言えば活気に溢れ、悪く言えば雑多でごみごみしていたのだと気付いた。
この町は道路を先に作って計画的に建物が建てられたようで全体的にすっきりとしている。通りに面した建物は二階建てが多く、明るい青や黄色、オレンジといったカラフルな色に塗られていた。前世の知識で言うとチリのパルパライソが整然とした町になった印象である。
それに、建物には所々で透明度の高い「ガラス」が使われていた。
「綺麗なガラスが使われてるんだねー!」
「よう気付いたな。スナイデル公国はガラス作りの技術が発達してて他国に輸出してるんや。平民ではあまり見ぃひんけど、眼鏡のレンズも作られてんねんで!」
「へぇ、眼鏡……」
眼鏡という言葉を耳にして、リリの視界がぐらりと揺れた。頭がぐるぐる回っているようで、真っ直ぐ座っていられなくなり、馬車の床に倒れた。
「リリ? どないしたんや!?」
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