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144/146

144 集結

「その節は、父の無思慮な発言、大変申し訳ございませんでした」


 領主別邸の応接間。侍女がソファーの後ろにずらりと並ぶ中、マデリンが立ったまま頭を下げた。侍女も一緒に頭を下げる。


「頭をお上げください、マディー様! 私はもう気にしていませんから!」


 リリはわたわたと手を振り、マデリンに頭を上げてもらう。


「そう言っていただけて安心しました。それとは別に、わたくしを治療して下さったこと、心から感謝しますわ」

「感謝のお言葉、痛み入ります。お役に立てて何よりです」


 リリの隣には、スーパーバイザーとしてアリシアーナがいる。


「こちらはスナイデル公国で宰相を務めているホランド・メイルラード侯爵家の令嬢です」

「お初御目文字いたします。アリシアーナ・メイルラードと申します」


 アリシアーナは美しいカーテシーを披露した。マデリンも同じようにして挨拶を交わす。そしてようやく三人がソファーに座った。領主別邸のメイドがすかさずお茶を淹れてくれる。

 マデリンの侍女が手紙を取り出して彼女に渡した。王女はそれを優雅な手つきでローテーブルに置き、リリの方へ差し出す。


「父上からの私的な手紙を預かって参りました。お返事は不要です」


 私的な、と言っても封蠟には王家の紋章が浮き上がっている。中身はリリへの謝罪が丁寧に綴られていた。余程マデリンから怒られたのだろう。本当にあの国王が書いたのか、と疑ってしまうくらい心が込められていた。


「陛下のお気持ちは確と受け取りました。先程も申しましたが私は気にしておりませんので……ただ、アルゴの気に障ったようなので、あのようなことが二度とないようにお伝えいただけましたら」


 マデリンはリリの後ろで背もたれに顎を乗せているアルゴを見て、真剣な顔で頷いた。


「父上にはしっかり伝えます」


 これで謝罪や感謝といった堅苦しい話は終わりだ。マデリンの肩から力が抜けたように見える。心なしか後ろに控える侍女たちの顔からも険が取れたように感じた。


「ところでリリ様のご活躍、聞いておりますわ! 帝国で起きた魔物暴走(スタンピード)を何か所もお止めになったんでしょう?」


 先程までと違って、マデリンの顔が一際明るくなった。

 リリはマデリンに敬称を止めてくれとお願いしているが、聞き入れてくれないので諦めている。


「私一人の功績ではありません。アルゴ――神獣や仲間たちの助けがあってこそです」


 魔物暴走に関することは冒険者ギルドに報告しているので、マデリンが知っていても不思議ではなかった。


「リリ様の、その謙虚なお考えが人を惹きつけるのでしょうね」

「そ、そうでしょうか……」


 そんなこと面と向かって言われても「はいそうですね」とは言えない。真っ直ぐに褒められてもじもじしてしまうリリである。


「マデリン王女殿下、発言をお許しいただけますか?」

「もちろんです。公式な場ではありませんから、私の許可を求める必要はありません」

「ありがとうございます。リリは瘴魔祓い士として稀有な才能を持っていますし、魔術師としても同様です。失われたと言われている雷魔法を初めて見せられた時は本当に驚きましたわ」

「雷……」


 何故か隣のアリシアーナがドヤ顔だ。リリはますます居た堪れなくなって、体を小さくする。


「こと魔法による戦闘では、リリに勝てるのは神獣くらいではないでしょうか?」

「アリシア、それは言い過ぎだよ……」

「いいえ! 実際多くの祓い士、魔術師を見てきましたが、魔物数百体を一撃で葬る魔法を放てるのはリリくらいですわ!!」

「アリシア……?」


 アリシアーナは自分で話していてだんだんヒートアップしたようだ。頬を紅潮させて鼻息も荒い。そしてそんな彼女の言葉に、マデリン王女まで頬を薄っすらピンク色に染めて目をキラキラさせている。


「凄いですわ……」


 後ろに立つ侍女までもが、リリに畏敬のこもった視線を向けていた。何だこれ……。


「あの、マデリン殿下? 私、そんな大したことないですからね?」

「まあ! やっぱり謙虚な方ですわ!」


 リリが否定しても、マデリンの中ではますます評価が上がる。その後、アリシアーナがリリの武勇伝を披露し、王女からの評価はうなぎ登り。リリはずっと苦笑いを浮かべるという地獄のような時間を過ごすのだった。





 領主別邸にマデリン王女が滞在するということで、王女の侍女八名のうち二人だけが屋敷に泊まり、六名は宿舎から通うという形になった。元々派遣されていたメイドと合わせて十六名。この他に料理人も二人いて、屋敷は一挙に賑やかになった。


 準男爵のリリより遥かに高位であるマデリン王女がいることで、使用人や侍女の視線が分散されたのは良いことだ。どうぞ私にお構いなく、王女殿下のお世話をお願いします。


 そして王女がやって来た翌日には、シェルタッド王国からも応援部隊が到着した。部隊を率いていたのは、王都冒険者ギルドのギルマスでシャリーの祖父、グエンだった。


「おぉ!? グエンさん、お久しぶりです!」


 若葉色のサラサラ髪、十二~十三歳の中性的な顔立ち。以前会った時から少しも変わっていない。


 シェルタッド王国の部隊は五十名と少数だが、王国でも精鋭と言われる魔術師を連れて来てくれたらしい。彼らに宛がわれた宿舎の前で再会の挨拶を交わす。


「やあリリちゃん。シャリエットが世話になってるね」

「じいちゃん久しぶり!」

「やあ、シャリエット。随分大人っぽくなったねぇ」

「じいちゃんこそ、ちょっと老けたな!」


 え? 私にはシャリーも出会った時とちっとも変わらないように見えるんだけど。エルフ同士だと僅かな違いでも分かるのかな?


「まぁ冗談はさておき」


 エルフジョークだった!?


「リリちゃんはまた……魔力量が馬鹿げてるね。本当に人間?」

「人間ですっ!」

「あはは……エルフでも君ほどの者はいないよ。それで、シャリエットの手紙で知ったんだけど……雷、使えるんだって?」

「えぇ……はい」

「暇なとき見せて?」

「わ、分かりました」


 以前からそうだったが、グエンは何を考えているのかよく分からない。ただ魔法に対する興味は人一倍強いようだ。


「あの、グエンさん?」

「うん?」

「どうしてここに?」

「孫が危険な場所に居るのに、僕が安全な場所で胡坐をかいてるわけにいかないでしょ?」

「……ありがとうございます」


 グエンはそう言ってひらひらと手を振りながら宿舎に入っていった。ジェイクによれば、彼は風属性の神位魔法「極大暴風雨(ギガ・テンペスト)」を使えるらしい。強力な戦力になるのは間違いない。


「シャリー、グエンさんと会うの久しぶりでしょ? こっちに泊まる?」

「なんでだ? この前会ったばっかだぞ?」

「そ、それならいいんだけど」


 長命種であるエルフにとって、数年会わないというのは久しぶりという感覚ではないようだ。淡々としているようにも見えるが、種族の特性なら文句を言う筋合いはない。


 グエンが到着した翌日から、リリは魔法講習を頻繁に頼まれるようになった。


 サウステルの外、東側を魔法の訓練所として使っている。反対の西側は騎士や兵士、魔法を使わない冒険者たちの訓練所だ。訓練所と言ってもただの野原であるが。一応東側には、アルゴが土魔法で巨大な壁を作ってくれている。


「さあリリちゃん! 雷魔法を見せておくれ!」


 グエンが少年のように目を輝かせて声を上げる。見た目は少年、中身はおじいちゃん。リリにショタ趣味はないが、見た目と実年齢がこうも違うと頭が混乱する。考えても仕方ないので早速魔法を使うことにした。


「えー、雷魔法は威力が高いので弱めに撃ちます。雷球(ライトニングスフィア)!」


 見たい人先着二十名にサングラスを渡し、リリの拳大で雷球を放った。青白い軌跡を残し、五十メートル離れた土壁に当たる。迸る閃光と轟音。


「「「「「うぉおおおお!?」」」」」


 野太い声が上がり、土煙が晴れると土壁の一部が消失していた。アルゴがじっとりした目をリリに向け、リリはそっと視線を逸らした。


「これが失われた魔法……面白い!」


 グエンは俄然興味を掻き立てられたようで、リリに根掘り葉掘り聞いてくる。タジタジになったリリだが、そこへ救世主が現れた。


「じいちゃん! これを見てくれ!」

「雷魔法の基本は雷がどういうものか知ることですわ!」


 公国魔術師団が国から持って来てくれたそれは、リリが鍛冶職人に作ってもらった金属球と羊毛の布。静電気の実験で使った神器である。今でも初めて魔法講習を受ける人には、希望すれば見せてあげているそうだ。


 しかし、ここは明る過ぎる。バチッとなっても多分見えない。


 そんな風に考えていると、アルゴが気を利かせて土のドームを作ってくれた。かまくらのような形だ。シャリーがグエンの手を引いて中に入り、その後ろにアリシアーナも続いた。中から「おおっ!?」と声が聞こえた。しばらくするとグエンが出て来て、シェルタッド王国から連れて来た魔術師たちに中へ入るよう促す。すぐに「「「おおっ!?」」」とさっきとは違う声が上がり、シャリーとアリシアーナがかまくらから出て来た。


「じいちゃん、夢中になってるんだぞ」

「やはり、あれは分かりやすいですわね」


 静電気の実験を見たことのない者には珍しいのだろう。


 静電気が見えたからと言って雷魔法が使えるようになるわけではない。今ではシャリー、アリシアーナ、アネッサ、ラーラの四人も使えるが、これはアルゴによって魔力の循環と制御が格段に上手くなったからだ。


 しかし、それがなくても使えるようになる者がそのうち現れてもおかしくはない。何と言っても魔法はイメージが全て。この世界の理に反しない限り、イメージと魔力さえあれば実現するのが魔法なのだから。


 リリにとっての誤算は、雷球を使った所をマデリン王女に見られていたことだった。屋敷に戻ってから王女に質問攻めにあい、その日は夜遅くまで解放してもらえなかった。





 リリはコンラッドとの時間も出来るだけ作るようにした。彼は自分に宛がわれた宿舎から、毎日屋敷に顔を出していた。生来の人好きのする性格で、コンラッドはジェイクたちとも次第に打ち解けていった。シャリーとアリシアーナに関しては、任務で何度も一緒になっているので既に仲は良い。リリとしては、ジェイクがコンラッドに対して蟠りなく接してくれるようになったのが非常に嬉しかった。


 今日、リリはコンラッドと一緒に昼食を摂りに街中へ出掛けた。


「随分人が増えました」

「そうだろうね。結局六百人近くが滞在してるんだっけ?」

「そうです。元々住民は千五百人くらいだったらしいです」


 短期間で四割も人口が増えれば街も賑やかになるというものだ。元からサウステルに住み商売を営む人々は特需に沸いている状態だった。特に飲食店、服屋、武器・防具屋が恩恵を受けていた。そういった店に商材を卸すため商人も多く出入りしていて、宿屋も賑わっているようだった。


 アルストン王国は、宿舎とそこでの食事を提供する他、街で使える商品券を発行して応援部隊に配布していた。それで足りない分は自腹を切って下さいという形である。これには部隊の者たち全員が感謝し、自腹も切って大いにお金を落としている。


 このサウステルにはスードランド帝国北部で好まれる料理を提供する店もあった。スパイスやハーブがふんだんに使われた煮込み肉がメインである。リリとコンラッドはそんな一軒で食事していた。


「これ美味しい……何のスパイスだろ?」

「うん……少し辛いけど美味しいね」

「お肉も歯がいらないくらいホロホロですね」

「この煮汁にパンを浸しても美味い」


 婚約したばかりなのに、甘い会話ではなく料理について語っていた。料理好きなリリは、知らない味に出会うとどうしても気になってしまうのだ。

 知り合ってからそれなりの年月が経っているので、お互い気心は知れている。相手に必要以上に気を遣わず、居心地よく過ごせる。普通のことかも知れないが、リリはそれで心から満足していた。


 コンラッドはそんなリリが愛おしくて仕方がない。四つ年下のリリは時折やけに大人っぽいことを言ったり、年齢よりも幼い言動を見せたりと彼を飽きさせない。天真爛漫で人に優しく謙虚。自分の功績を鼻にかけるような所が一切ないのだが、それは凄いことだと思っている。コンラッドにとって、リリは心から尊敬できる女性なのだ。


「アルゴ、お待たせ!」

「わふ!」


 店の外で待ってくれていたアルゴには、スパイス控えめで焼いてもらった特大の骨付き肉を献上した。店から借りた大皿に載せると、バリバリと小気味いい音を立ててモリモリ食べてくれる。リリは腰を下ろしてそんなアルゴを微笑ましく見つめた。コンラッドから同じように微笑ましく見つめられているのには気付かない。


 魔法で出した水をアルゴに飲んでもらい、大皿も軽く洗って店に返した。


「コンラッドさん、どこか行きたい所あります?」

「ううん、ない。リリは?」

「そうですねぇ……だったら――」


 次の行き先を提案しようとしたその時、リリの頭上に影が差す。


『リリ! いよいよ始まりそうだぞ!』


 それは瘴魔の大氾濫発生を監視してくれていたノアだった。

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