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133 空気を読めない国王

 マデリン王女の治癒を終え、辺境伯に宿まで送ってもらってから、リリは暇を持て余した。


 王都グレゴールに来たのはベイルラッド・クノトォス辺境伯の依頼でマデリン第三王女の皮膚病を治すためだ。結局、それはアルゴによって呪いだったと看破され、変質した皮膚の再生治療も終えたわけだが、再生が問題なく完了したと確認するまでは公国に帰れない。


 ジェイクたち「金色の鷹」は、せっかくだからとグレゴールの冒険者ギルドで依頼を受けて出掛けている。近場の魔物駆除を行うらしい。シャリーとアリシアーナは、リリが王宮に行っている間に王都散策に出掛けたようだ。置き手紙にはそのように書かれている。結果的にリリはアルゴと二人で宿の部屋でゴロゴロしていた。二人で出掛けても良いのだが、何となくそんな気分になれなかった。


『何もすることがないのって久しぶり』

『そうだな。たまにはゆっくりすれば良かろう』

『それもそうだね』


 アルストン王国行きが決まってからは人生で一番というくらい忙しかった。前世で働いていた時もそこまではなかったと思う。馬車で移動している間も特にすることはなかったが、常に誰かが近くにいたので今の状況とは違う。


『ちょっと眠くなってきた』

『皆が戻るまで休めば良い』

『うん……アルゴの隣で寝てもいい?』

『良いに決まっている』


 ベッドの寝心地は文句ないが、例え床の上でもアルゴに寄り添いたい。今はそんな気分だ。リリはベッドから降りて伏せているアルゴの隣に身を横たえた。片足を枕代わりに差し出してくれたので、そこに頭を乗せる。リリはアルゴに抱き着く姿勢になって微睡む。


 初めてアルゴと出会った時。森の中で迷い途方に暮れていた時。まるで父の生まれ変わりのように現れたアルゴは、その晩、今と同じ体勢で私をずっと見守ってくれた。温かくて気持ちが良くて、とっても安心できた。それ以来、アルゴはずっと傍にいてくれる。


『ん……アルゴ、ありがとう』


 リリはそのまま眠りに落ちた。





*****





「ほらアルガン! 見てなさいよ、『雷撃針(ライトニングボルト)』!」


 アネッサが前に突き出した右手から五本の雷針が放たれる。それは二十メートル先に迫った蜘蛛型の魔物、タンザナイトスパイダーを爆散させた。


「うおっ!? それってリリちゃんの!?」

「ええ。グレゴールに来るまでこっそり練習してたのよ。ラーラも雷が使えるようになったわよ?」

「ええ、マジか!?」


 少し離れた場所で、ラーラが両手を前に突き出している。そこに拳より小さな青白い光球が出現して飛翔した。三十メートル先で爆発を起こし、周囲にいる五体の魔物が吹き飛ぶ。その様子を見ていたアルガンに気が付くと、ラーラはニッと笑ってサムズアップした。


「あれは……雷球(ライトニングスフィア)?」

「リリちゃんのよりだいぶ小さいし威力も低いけど。確かにあれは雷球よね」


 ここは王都グレゴールの東、馬車で二時間の所にある街道から少し離れた森の中だ。この森に脅威度B~Aランクの魔物が発生したため、街道に近付く前に国から討伐依頼が下された。「金色の鷹」はその依頼を受けてここまでやって来たのである。


 ところで、何故アネッサとラーラが雷魔法を使えるようになったのか。それには理由がある。


 ファンデルを発ちグレゴールに到着するまでの間、アネッサ、ラーラ、シャリー、アリシアーナの四人に対し、魔力の循環と制御が上達するようアルゴが手助けをした。以前リリにも施したアレの簡易版である。リリの場合は魔力量が常人離れしていたのでアルゴも自身の魔力を存分に流してアシスト出来たが、常人にアルゴの魔力は多過ぎる。そこでそれぞれ数日に分けてほんの僅かずつ魔力を流し、その循環速度を上げると同時に緻密な制御が出来るようにした。その結果、雷魔法も習得したというわけだ。


 これはアルゴが言い出して、リリも賛成したことだった。アルゴはリリと行動を共にする機会が多い四人に、もっと強くなって欲しかった。今後、魔物暴走(スタンピード)や瘴魔の大氾濫が発生した時の戦力になって、少しでもリリの負担が減るようにとの考えからである。


 こうしてアネッサとラーラは冒険者パーティの後衛として比類なき力を手に入れた。前衛のジェイク、アルガンの影が薄くなるのも仕方ない話である。盾役のクライブは元々影が薄いのであまり変わらないのだった。





*****





 王都の散策をするつもりだったシャリーとアリシアーナは、冒険者ギルドの訓練所に来ていた。


 少し街を歩き回ってみたものの、ファンデルとあまり変わり映えしないことが分かった。もっと遠くまで行けば違うのかも知れないが、とにかく近場では興味を引くものがあまりなかったのだ。それならば、今までリリの前で使うのを控えていた雷魔法の練習をしたいと二人の意見が一致したのである。


「姉御、きっとびっくりするぞ!」

「そうですわね。たまには私たちがリリを驚かせたいですわ!」


 いつも驚かされている側なので、今度はリリを驚かせたい。ほんの悪戯心から考え付いたことだ。魔法と仕事に対して真面目な二人にとって、リリのいないこの時間がまたとないチャンスに思えたのだった。


 冒険者ギルドの建物内を通り、裏口から訓練所に出る。ファンデルのギルドにも同じような施設があるので、ここにもあると踏んだがその通りだった。

 向かって左半分が武器を使う前衛職の、右半分が魔法の試射を行うための訓練所だ。高さ五メートルの壁に囲まれ、魔道具を使った結界に覆われている。今は誰も使っていないので、思う存分新しい魔法が試せるというものだ。


「じゃあオレから行くぞ!」


 五十メートル先にある二つの巨岩には、これまで魔法によって付けられた傷が無数に見られる。岩にしか見えないがそれ自体魔道具で、紅炎(プロミネンス)にも耐えるよう作られていた。


獄雷炎(インフェルノ)!」


 上位炎魔法である獄炎(フォルテ)よりはるかに小さな火球が飛ぶ。炎の内側には雷が閉じ込められている。二つの魔法は同時に発現できないので、先に発現させた雷を後から炎で包んでいるのだ。

 着弾した瞬間、巨岩が閃光に包まれた。同時に轟音と衝撃が体を震わせる。一気に放出された雷が岩を穿ち、それを高温の炎が炙る。閃光が消えた後に見えたのは、上半分が跡形もなくなった岩の残骸だった。


「こ、これって弁償しないといけないのか?」

「心配無用ですわ。訓練所の備品は壊れても冒険者に請求しないと書いてありました」

「よ、よかったぁ……」

「次は私ですわ。嵐刃(ストームエッジ)!」


 嵐刃は、風魔法の「風刃」に雷を纏わせたもの。こちらは先に風刃を発生させ、あとから雷を乗せている。

 着弾の瞬間に閃光が迸るのは獄雷炎と同様。違ったのは、吹き飛ばすのではなく巨岩を真っ二つにしたことだった。斜めに切断された岩の上半分がずれて、ズズンと重い音を響かせて地面に倒れた。


「私も成功ですわよ!」

「やったな、アリシア!」

「ええ! シャリーも!」


 超絶美少女二人はお互いの手を取り、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。それだけ見ると微笑ましくなる光景である。だが二人が放った魔法の結果は全く微笑ましいものではなかった。


 満足した二人が訓練所から帰った後、ギルドの職員が点検に来た際。彼は初めて見る凄惨な光景に息を呑んだ。


「…………な、何だこれ?」





 宿に戻った二人は、アルゴに包まるように眠っているリリを見て和んでいる。


(ほんっとうに可愛らしいですわ)

(こうしてるとあんなに強いって信じられないんだぞ)


 アルゴは起きているが、リリを起こさないよう二人は小声で囁く。リリの寝顔は二人から見ても天使のようだった。横向きで体を少し丸め、片手はアルゴの毛を握っている。二人はそれ以上何も言わず、傍に腰を下ろしてその姿を見つめていた。


『リリ、二人が帰って来たぞ?』

「ん……」

『じっくり見られているぞ?』

「んん……うみゅ?」


 念話で語り掛けられたリリは、目を擦りながら体の向きを変える。そこには自分を見つめるシャリーとアリシアーナがいた。


「えっ!?」


 ガバッと起き上がり、きょろきょろと辺りを見回すリリ。一瞬、ここがどこか分からなくなったようだ。


「ただいま戻りましたわ、リリ」

「姉御、ただいま」

「お、おかえり」

「姉御、『うみゅ?』って何だ?」

「へ?」

「シャリー、それは寝言ですわ。あまり言ってはリリが可哀想ですわよ?」

「そ、そうか」


 リリは恥ずかしさのあまり赤くなった顔を両手で覆って俯いた。





 マデリン王女に浄化と治癒の魔法を掛けてから五日目の朝。ベイルラッドがリリの泊まる宿を訪れた。実は昨日の夕方、辺境伯の次男、ヘルツバートがこのことを知らせに来た。治癒が成功し、王女と国王がリリに礼を言いたいそうだ。王女はまだしも国王と会うのは出来ればお断りしたいリリだったが、そうもいかないことは分かっていた。


「リリ? 体調でも悪いのか?」

「あ、いえ。国王陛下とお会いするのが憂鬱なだけです」


 再び王宮へと向かう馬車の中で、リリはベイルラッドの問いに素直過ぎる返事をした。


「くっ……ぶはっ!」


 ベイルラッドが堪らず吹き出す。そんな彼をリリはじっとりした目で眺めた。


「ふっ、すまん。少しは腹芸を覚えるべきだぞ?」

「お礼なんて手紙で十分なんですけど」

「まぁ私もそう申したのだがな。陛下がどうしてもと仰るものだから」


 マデリンは末子なので、国王は特に可愛がっている。元の明るい王女に戻ったと、喜びも一入らしい。その気持ちは分かるし、リリだってマデリンが治って嬉しいが、だからと言って国王に会いたいかと問われれば全くそんな気持ちにはならない。国のトップに会うのがどれだけ緊張を強いるか、相手の気持ちを考えて欲しい。


「城ではなく王宮だし、あくまで私的な会談だ。そこまで畏まる必要はない」

「ええ、そうでしょうとも」


 公国の大公に会うのだって未だに緊張するのに別の国の王様だよ? 緊張しなくていいって言われても無理ってもんだよねぇ。


「すまんな。私の顔を立てると思って我慢してくれ」

「……はい。我儘言ってすみません」


 無情にも馬車は王宮に到着した。先に降りたベイルラッドがリリの手を取ってくれる。そこへアルゴがすかさず寄り添った。リリは空いている手で無意識にアルゴをひと撫でする。

 王宮の前には侍従と侍女がずらりと並び、リリたちを出迎えた。かっちりとした執事服を纏った初老の男性に誘われ、二度目となる王宮に足を踏み入れる。一度目は真っ直ぐ王女の私室へと向かったが、今日は前回と異なり一階の奥へ通された。


 そこは王族が来客をもてなす貴賓室で、いくつもあるうちで小さめの部屋らしい。落ち着いた朱色に塗られた扉の両脇に、全身鎧と槍を持った衛兵が四人立っている。執事は兵に一瞥もくれず扉を軽く叩き、リリたちの来訪を告げた。音もなく扉が内側から開かれると、そこは白と金が溢れた豪華な一室。雪のように白いソファから立ち上がったのはマデリン王女だった。


「リリアージュ様! 見てください、すっかり治りましたの!」


 十二歳の少女らしい溌剌とした笑顔で、マデリンはリリに駆け寄る。部屋にいる侍女や護衛が慌てた顔をした。


 輝かんばかりに美しい白金の長い髪。陶磁器のように白く艶やかな肌。新緑を思わせる緑色の瞳。そして頬をほんのりとピンク色に染めたマデリンは、これぞ王族という美しさだった。


 この前は部屋が暗かったからよく見えなかったんだよね。こんなに可愛い子なら、治るまでさぞ辛かっただろう。治って本当に良かったよ。ここに来るのは心底嫌だったが、マデリンの笑顔が見れて憂鬱な気分が吹き飛ぶ。美少女パワー、恐るべし。


「本来の美しさを取り戻す助力が出来たこと、誇りに存じます」


 リリは貴族の礼を執り、慇懃に返事をする。左後ろで胸を張るアルゴは、何もしなくても神獣の風格を漂わせていた。内心では主の功績を喜び、尻尾を振るのを懸命に堪えているのだが。


 そして、豪奢なローブを纏った人物が立ち上がる。マデリンと同じ色の髪と瞳で笑顔を湛えているが、その視線はリリの価値を測るかのように鋭い。靄を確認するが悪意はないようだ。ただ親愛を示す色もなく、好奇と警戒を示す黄色一色だった。


『あまり良い感じではないな』

『うん。気を付ける』

「お初御目文字いたします。リリアージュ・オルデン・ライダーと申します」

「メイラード・フォン・アルストニアだ。此度のこと感謝する」


 尊大な物言いだが、一国の王なのだ。その言葉が国を動かすのだから、感謝を口にするというのはそれだけで一大事なのだろうとリリには分かっている。気安く感謝を述べる公国の現大公が特別なだけで、代々続く王族とはこんなものだろう。


 だけど、これだけなら手紙で良くない? いや、ベイルラッド様に言付けてくれるだけでもいい。その方がお互い貴重な時間を削らなくて済むのに。


 これで用は済んだと言わんばかりにリリは一礼した。さて帰ろうと踵を返そうとすると、まだ続きがあったようで国王が言葉を続ける。


「その方に褒美を取らす。第三王子の妃となれ」


 おぅ。それが褒美か。


「陛下、お話が違います!」

「ベイルラッド、お主には言っておらん。マデリンも、この者が義理の姉になれば嬉しかろう」

「父上、それはあまりにも――」


 アルゴの魔力が膨れ上がる。体から漏れ出た魔力が、物理的な圧力を伴って国王に向けられた。ふとアルゴの方を見ると、鼻面に皺を寄せて牙を剥き、低い唸り声を出している。どうやらかなり怒っているらしい。国王の顔色が一瞬で青を通り越して白くなる。


「国王陛下、そのお話は慎んで辞退いたします。このままでは城が吹き飛びますので、私はこれでお暇させていただきます」


 マデリンが泣きそうな顔でリリを見つめる。王女殿下には申し訳ないけど、これ以上いたらアルゴがキレる。城どころか王都が消し飛んじゃう。


 ベイルラッドが追い縋るのも振り切り、リリとアルゴは王宮を出た。衛兵たちがぎょっとしたが、気にせずアルゴの背に跨って宿に向かうのだった。

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