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129 辺境伯の頼み事

第七章はこの話でおしまいです。

「アルゴ様もお変わりなく」


 リリが離れると、ベイルラッド・クノトォス辺境伯はアルゴの前に膝を突いた。彼は辺境伯の顔に自分の顔を近付ける。


「アルゴ、ベイルラッド様に撫でて欲しいみたいです」

「なっ!?」


 一瞬驚いたベイルラッドだったが、すぐに両手でアルゴを撫で始めた。その様子に、初めて辺境伯とアルゴが会った時のことを思い出す。あの時はベイルラッド様が撫でたくて堪らないって顔をしてたんだよねぇ。


「さぁさぁ、ご挨拶がお済みでしたらお二人ともこちらにお掛けになって?」


 そこでようやく、リリは応接間にエリザベートもいたことに気付く。よく見回すと侍女や侍従も何人かいた。衆目の中でベイルラッドに抱き着いたと思うと気恥ずかしさがこみ上げる。


「リリ。色々話を聞かせてもらおうか」


 ふかふかのソファーに腰を下ろしたリリは、マルデラを離れてからのことを辺境伯に促されるまま語って聞かせた。辺境伯は時折相槌を打ち、呆れたり驚いたり憤ったりしながら聞いてくれた。


「なるほど。帝国の軍を退けたから叙爵されたのだな?」

「退けたのはアルゴや他の神獣たちのおかげなんですけどね」

「神獣()()?」


 あ。ラルカンのことは伝えたけど、ノアのことはエリザベート様にも言ってなかったな。


炎龍(サラマンドラ)のラルカン、黒影鳥(カラドリウス)のノアです」

「ちょっとお待ちいただけるかしら。カラドリウス様のことは初耳でしてよ?」


 これ以上神獣がスナイデル公国にいる事実を大公たちが知れば、心労が重なると思ってリリは告げるのを控えていた。そもそもノアはずっと公国にいるのか分からない。鳥だから、あちこち気の向くままに飛んでいっているのではないかと考えている。リリがそう言うと、エリザベートはにっこりと笑いながら言葉にした。


「リリさん? 今度から新たな神獣様と縁を結んだらすぐに報告してくださいますね?」

「は、はい。すぐに報告します」

「よろしい」


 エリザベートの迫力ある笑顔が、いつもの優し気な笑顔に戻ってリリは胸を撫で下ろした。


 その後、ベイルラッドが簡単に近況を教えてくれて、手紙にも書かれていたリリへの「頼み事」を切り出した。


「頼みと言うのは、マデリン・フォン・アルストニア様の治療だ」


 アルストン王国の第三王女、十二歳のマデリン・フォン・アルストニアは国王の七人いる子供の末子で、国王が目の中に入れても痛くないと言って憚らないほど可愛がられているらしい。

 そのマデリンが奇妙な皮膚病に冒されたのは約一年前。体のあちこちが鱗のようになり、範囲が徐々に広がっている。王国内の優秀な治癒魔術師が何人も治療に当たっているが、今のところ目ぼしい成果が上がっていない。


「王はマデリン様のご病気を隠していらっしゃったのだが、痺れを切らして数名の高位貴族にご相談なされた。その時にリリのことを思い出したのだ」


 息子カリナンの下半身不随を治した縁でリリとベイルラッド辺境伯家は親しくしている。ベイルラッドがリリを知るきっかけは、重度の火傷痕を治した治癒魔術師がいるという情報だった。


「公国民となり瘴魔祓い士になったからには、王家と(いえど)も簡単に囲い込みは出来ん。しかも準男爵になったというではないか。貴族であれば、より一層リリの身は安全だ。変な気を起こす王国貴族もいまい」


 リリに話す前に、カルキュリア大公に話は通した。大公からは「リリ殿が引き受けると言うなら、国として否やはない」と返答をもらった。


「もちろん、無理にとは言わないが――」

「ベイルラッド様のお願いを断るわけないじゃないですか」


 リリは辺境伯の言葉を遮って即答した。


「ただ、見たこともない症状ですから必ず治療できるとは言えません。その代わり、全力で治療に当たることをお約束します」

「ありがとう。その言葉だけで十分だよ」


 言葉にはしなかったが、リリに治せないなら王女の皮膚病は誰にも治せないだろうとベイルラッドは確信していた。リリが引き受けてくれたことでずっしりと重かった肩の荷を下ろした気分だ。


「ところでベイルラッド様?」

「ん?」

「王国に戻るまで、三日ほど馬車をお借りできませんか?」

「馬車? 私のか?」

「はい」

「それは構わんが……何をするのか聞いても良いかね?」


 リリが「馬車」と言い出したので、横で聞いていたエリザベートがニヤニヤしている。


「改造します!」

「改造」

「改造と言っても、いくつかの部品を取り付けるだけです。それで乗り心地が劇的に良くなるんですよ?」

「そ、そうなのか」


 ベイルラッドは助けを求める目をエリザベートに向けた。


「フフフ。辺境伯様、そのお話は本当でございますわよ? 何せファンデルの公用馬車全てに取り付けることが決まったくらいで。我が家の馬車にはいち早く付けてもらいました。後で少しお乗りになられますか?」

「そうなのですね。しかし、それを何故リリが?」

「リリさんと、お友達のマリエル・ダルトンさんが発案し、開発したからですわ」


 ベイルラッドはぎょっとした目でリリを見た。


「ベイルラッド様にプレゼントです。お受けした恩には全然足りませんけど」

「いや、きちんと払うぞ?」

「駄目です! そこは素直に受け取ってください!」

「お、おう……では有り難く」


 あわよくばアルストン王国にも販路が開けるかも知れない。いつも販路開拓までマリエルに任せっぱなしなので、たまには自分も役に立ちたいという打算もあった。

 辺境伯領までは一か月の長旅だ。馬車の乗り心地は旅の快適度に直結する。それに旅程も短くなるかも……って、あれ? ベイルラッド様って馬車何台で来てるのかな?


「あ、あの、ベイルラッド様? 馬車は何台ありますか?」

「ん? 二台だが」


 ふー、良かったぁ。十台とかで来てたらどうしようかと思った。


「二台だと五日くらいかかるかも知れませんけど、大丈夫ですか?」

「リリさん。多少出発が遅れても、あの馬車なら遅れを取り戻してまだ余裕があるのではないかしら」


 ああ、そうだよね。たぶん、一か月かかる旅程が半分から三分の二くらいには短縮される。不思議そうな顔の辺境伯に、リリは速度も上がることを説明した。それなら問題ない、とベイルラッドも納得してくれた。


 それからは、具体的にリリがいつ頃王国に来れるかの話に移る。公国魔術師団特別顧問、瘴魔対策庁副長官というリリにとっては有難迷惑な役職があり、それなりに仕事があるのですぐに発つというわけにもいかない。マリエルとの美容治癒のスケジュールや、シャリーやアリシアーナを二人だけで活動させるかという問題もある。


「色々調整するのに一か月はかかりそうです」

「うむ。マデリン王女のご病気はすぐ命に関わるというわけではない。だからしっかりと準備をしてからで構わない」


 そして嬉しいことに、リリの護衛として「金色の鷹」に依頼を出してくれると言う。それなら道中の気疲れもない。


 ファンデルを出発する前に手紙を出すという約束をして、その日は大公邸を辞去することになった。ベイルラッドの馬車は、明日ダルトン商会に持ち込んでくれるそうだ。マリエルには、ベイルラッドが到着したその日に話をしておいたので問題ないが、後でひと言伝えるつもりだ。


 名残惜しいが、ベイルラッドが出立する日に見送る約束をして、リリはアルゴと共に自宅へ帰るのだった。





 それからの一か月間は怒涛の毎日だった。


 辺境伯の馬車が完成するまでに、シャリーとアリシアーナの二人がリリの旅に同行したいと言ってくれたので、瘴魔対策庁へ三人分の休暇届を提出した。休暇の期間は二か月としたが、場合によっては延長の可能性があると予め伝えておいた。


 馬車の乗り心地に甚く感動したベイルラッド辺境伯一行を見送った後は、「魔法講習」について、公国魔術師団・冒険者ギルド・瘴魔祓い士協会・瘴魔対策庁と協議を行った。受講者は軒並み魔法の制御や威力が向上しており受講希望者が後を絶たないため、各所に希望者の調整を依頼。

 さらに爆発球エクスプロードスフィアを会得した三人を中心にして九人の講師を任命し、リリが不在の間は彼ら・彼女らに講習を一任した。


 合間で瘴魔討伐の任務をこなし、空いている時間は可能な限り美容治癒を詰め込んだ。この件はマリエルに任せっぱなしである。しばらくファンデルを離れるので、どうしても遅らせることが出来ない顧客を優先して施術した。


 ジェイクたち「金色の鷹」も、一か月後に出発出来るように依頼を調整している。


 「金色の鷹」が護衛をするので、当然ジェイクも家を空けることになる。ミリーとミルケを二か月家に残すのはいかがなものか、家族で協議した。ミリーの「大丈夫、家のことは任せていってらっしゃい」という言葉で、母と弟の残留が決まった。


 ついでに、自宅に遊びに来たラルカンとノアにもアルストン王国行きを伝えたが、ラルカンは探知範囲外でも覚えている魔力を目指して転移可能らしく、ノアは王国なら近いね、と言ってのけた。神獣の距離感は分からない。


 マリエルには美容治癒の予約延期に加えて馬車改造事業も任せている状態でリリは罪悪感を抱えている。しかしマリエル本人はベイルラッド辺境伯の馬車を足掛かりにアルストン王国にも販路が広がる可能性に心を躍らせていた。商人として、忙しいほど燃えるそうだ。無理だけはしないように、とリリはマリエルを気遣うのだった。


 そして出発を五日後に控えた日。エリザベートから大公邸に呼び出された。


「リリさんにこれをお預けします」


 そういってエリザベートが指し示したものは、幅と奥行きが五十センチ、高さが百二十センチほどある黒い箱。前世なら小型の冷蔵庫と思う物体だ。


「何ですか、これ?」

「通信魔道具です」

「通信魔道具……伝言板(テレボード)なら持ってますけど」

「それはファンデル市内しか使えませんでしょう? これはアルストン王国でも連絡が取れるのです」


 その魔道具は、アルストン王国はおろか大陸の端と端でも通信できるらしい。筐体の内側には複雑な魔法陣がびっしりと刻まれ、大量の魔石も入っている。なんと声のやり取りが出来るそうだ。


 つまり携帯電話……だと思うけど、デカすぎる。


「国家機密ですわ」

「えぇぇ……」


 そんなものは預かりたくない。


「いつ魔物暴走(スタンピード)が、そして瘴魔の大氾濫が起きるか分かりません。リリさんにもいち早くその情報を知らせたいですし、リリさんが何かの異常に気付いたらこちらに知らせていただきたいのです」

「な、なるほど……確かに、何か起こった時は悠長に手紙のやり取りをしてる場合じゃないですよね」


 そう納得して、通信魔道具にリリの魔力を登録した。こうすることでリリ以外の者は使えないし、リリの許可なく移動することも出来ないそうだ。


 何だか首に鈴を付けられた気分だが、状況を考えると致し方ない。その後、大公邸の侍従六名と魔道具師二名でリリの馬車に通信魔道具を備え付けたのだった。





 出発を翌日に控えた日。朝一番でベイルラッド辺境伯に出発を知らせる手紙を出したリリは、コンラッドと待ち合わせをしていた。特に何かしようと約束したわけでもなく、二か月くらい会えないと思ったら急に会いたくなったのだ。伝言板で連絡すると、コンラッドは快く応じてくれた。


「コンラッドさん、お待たせしました!」

「やあ、リリ! 僕も今来たところだよ」


 アルゴもいるので二人きりではないが、こういう時、アルゴは空気を読んで邪魔しないようにしてくれる。ダルトン商会の前で待ち合わせて、そのままブラブラを街を歩いた。


「コンラッドさんも来れたら良かったのに」

「優秀な祓い士が三人も休みを取るんだ。その分僕が働かないと」


 コンラッドは茶目っ気たっぷりにそんなことを言う。


「でも本当は来たかった?」

「……そうだねぇ。いつか、二人で旅行に行きたいね」

「そう、ですね」


 コンラッドと泊りで出掛けたこともある。と言っても瘴魔の討伐任務で、二人きりではないし色気も一切ない。


「任務なしで、行きたいですねぇ」

「そうだよね」


 コンラッドとはそう頻繁に会うわけではない。それでも、変に緊張することもなく寧ろ居心地よく感じる。自分の年齢だと、もっと燃え上がるような恋をするのだろうか。何だか熟年夫婦のような穏やかさだなと思い、リリはクスクスと笑った。


「どうしたの?」

「いえ……コンラッドさんは穏やかだな、と思って」

「リリだってそうじゃない?」

「そうですかね?」

「うん。昔から大人っぽいよね」


 まぁ前世の記憶があるからなぁ。


「帰って来たら、また遊んでくれますか?」

「もちろん。僕の方こそお願いしたいよ。リリのことが……好きだから」

「っ!?」


 リリは目を丸くしてコンラッドの顔を見た。彼は耳まで赤く染めてリリから顔を背けている。それを見て、リリの顔も赤くなった。


 夕方の傾いた陽が、ファンデルの街と二人を染めている。今なら赤くなっても言い訳出来るかも。いや、言い訳なんかする必要ないか。だってコンラッドさんだもん。


 リリはそっとコンラッドの手を握る。彼はしっかりと握り返してくれた。そのまま無言で歩き続けた。その後ろを、アルゴは機嫌よく尻尾を振りながら付いて行くのだった。

ブックマーク、評価、いいねして下さった読者様、本当にありがとうございます!

本日4/27、注目度ランキングで1位になりました。これも応援して下さる読者様のお陰様でございます。

この波に乗って……と行きたいところなのですが、従前の後書きの通りストックがありません!私のバカ!

悔やんでも、無いものは仕方ない……せっかくの波に乗れないのも私らしい所です。

第八章で完結の予定ですが、最後まで連投できるようお時間をいただきたいと思います。

目安として2~3週間ほど更新の間が空きます。

それでも、リリの物語の行く末が気になる方、楽しみにして下さっている方、ぜひブックマークや評価をしてお待ちいただければと存じます。

更新できなくてもブックマークや評価が増えれば、その分再開が早まります!ええ、きっと早まりますよ!

ということでしばらくお休みしますが、必ず再会しますので楽しみにお待ちいただければ幸いです。

よろしくお願いいたします!!

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