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128 懐かしい人

 シャリー、アリシアーナ、ラムリーから質問攻めにあうリリだが、自分自身何が起こったのかよく分からない。唯一分かるのは、雷神殲怒(みかづちのいかり)が思った以上の威力だったことである。


 雷神殲怒を使うのは二度目だが、一度目は海に放ってあまりの眩しさに視界が塞がれ、ちゃんと威力を確かめていなかったことを今更ながら思い出した。


「姉御、あれは雷の神位魔法か?」

「あー、そうとも言うね」

「神位!? 失われた魔法の上に神位ですの!?」

「さすがっす! リリさんがまた伝説を作ったっす!!」


 いや、伝説なんか作りたくない。


 護衛騎士によると、リリが一撃で倒したのは、瘴魔が七十三体、瘴魔鬼が四体、瘴魔王が一体だったそうな。あの一瞬でよく分かるなと感心していると、感心するのはそこじゃないとシャリーから突っ込まれた。


 やがてバルトシーデルから街の祓い士たちを迎えに四台の馬車がやって来て、疲れ切った彼らは這う這うの体で馬車に乗り込んだ。


「リリさん。やっぱりリリさんはリリさんですね!」

「えーと、それはどういう意味かな?」

「言葉で言い表せないくらい凄い人ってことです!」

「そ、そんなことないよ。私たちが来るまで頑張ってたベルちゃんだって凄いよ」

「私はまだまだです。でも、少しでもリリさんに近付けるように頑張ります!」


 ベルはキラキラした目を向けながら、豊かな胸の前で小さく拳を握った。

 ……豊かな、胸? 二年前はぺったんこだった気がするんだけど? 神様、これは不公平じゃないでしょうか。


「ベルちゃん。もし気が向いたらファンデルに来て。今、魔法の講習もやってるからさ」

「そうなんですか!? 分かりました、時間が出来たらぜひ!」

「うん。また会える日を楽しみにしとくね」

「はい!」


 無茶しないでね、という言葉をリリは飲み込んだ。自分が安心したいだけの言葉なんてただの無責任だ。彼女は立派な瘴魔祓い士なんだから、生きて、また会える日を楽しみにする。それだけでいい。


 バルトシーデルに戻る馬車を見送ると、リリは再び黒々とした風景に向き直る。


「さてと。瘴気溜まりを浄化しないとね」

「……ここ、歩けるのか?」


 かなり大きな土塊ごと耕されたような、見るからに足を取られそうな眼前の風景に、シャリーが当然の疑問を呈した。


「ここを歩くくらいなら大回りした方が早いですわ」

「そ、そうだよね。なんかごめん」


 魔法を放ったのはリリだし、その威力をきちんと把握していなかったのもリリだ。


「いいえ、謝る必要なんてありませんわ。気分がすっきりしましたもの!」

「そうだぞ、姉御! すっげー魔法だったぞ!」


 落ち込みかけたリリだったが、二人の言葉で気分が持ち直した。


『我が乗せて行こう。瘴気溜まりの浄化だけならリリ一人で十分だろう』

『それもそうだね。お願いしていい?』

『もちろん』


 アルゴなら足場が悪くても全く問題ないし、現場にもすぐに辿り着く。


「私がアルゴに乗せてもらって瘴気溜まりを浄化してくるよ」

「姉御なら一人でも大丈夫か」

「でもリリ一人に任せるのは何だか職務放棄のような気がしますわ」

「いや、こんな風にしちゃったのは私だし、すぐ終わらせてくるから。二人は馬車でゆっくりしてて」


 目の前の惨状を生み出したのは確かに自分なので、その罪悪感を払拭するために、リリはアルゴの背に乗って瘴気溜まりがあるという廃村に向かった。


 俯瞰視を使っていると、一分も経たずにその村が見えてきた。


『あそこかな?』

『恐らく。瘴魔が残っているかも知れんから気を抜くなよ?』

『そうだね、分かった』


 この辺りまで来ると雷神殲怒の影響も届いていない。だから瘴魔がいる可能性はある、と言うよりその可能性が高い。索敵マップを起ち上げると、案の定赤い点がかなりの数見えた。


『これ、爆発球エクスプロードスフィアを撃ち込んでいいと思う?』

『む? ここも焼け野原にするのか?』

『…………やっぱ浄化魔法にしとこう』


 大き目の爆発球を試してみようと考えたがアルゴの言葉で思い止まった。アルゴも悪気があって言ったわけではない。むしろリリの強力な魔法を見るのは、アルゴにとっては痛快である。神獣にとって、かつて人間が住んでいた村がどうなろうが関心はない。

 しかしリリにとっては、例え現在誰も住んでいなくても、かつて人の営みがあった場所を文字通り焼け野原にするのはやはり罪悪感が勝る。神聖浄化魔法で十分対応できるのだから尚更である。


 ゆっくりと廃村に近付くと、マップの赤い点が一斉にこちらへ向かって来た。


「神聖浄化!」


 村全体が有効範囲に入ることを確信してから魔法を放つ。金色の光が村を覆い、それに触れた瘴魔が次々と黒い塵となって消える。村の北端辺りにあった瘴気溜まりも一気に浄化されていく。


「ん?」


 確かな手応えがあったのに、マップに赤い点が一つだけ残っている。何だこれ?

 リリが小首を傾げた次の瞬間、地面が大きく隆起してリリに迫って来た。


「爆発球!」


 反射的に隆起の先端に向けて爆発球を放つ。直後にその場を無属性のドームで覆えば、そこは正に火炎地獄の様相を呈する。しかし、直前に地面の隆起が凹んで地中に潜って逃げられた。現にマップにはまだ赤い点が表示されている。


『サンドサーペントだな』

『サンド……なに?』

『サンドサーペント、地中を移動する蛇の魔物だ』


 瘴魔王が地中から出現したのを先程見たから、また瘴魔王かと思った。なんだ、魔物かぁ。しかし、やけに大きい気がするけど。


電撃領域(スタンエリア)、強!」


 リリが自身を電撃のドームで覆った次の瞬間、地中から巨大な蛇が飛び掛かってきた。頭部は蛇というより空想上の竜のようだ。三角形で角のような後ろ向きの突起が沢山付いている。リリを一飲み出来そうな口を開いて電撃領域に嚙みついた。


――バッチン!


 電撃を口に食らい、弾かれたように仰け反るサンドサーペント。体の半分がまだ地中に埋まっていたので、反対側にビタン! と叩き付けられた。巨体のため土埃が舞う。


「ライトニン――」

『待て。こいつの魔石は結構大きいはずだ』

『そうなの?』


 魔法を放とうとしたリリをアルゴが止めた。雷球や爆発球だと魔石まで跡形もなくなってしまう。まだピクピク痙攣しているサンドサーペントに向かってアルゴが風刃(ウインドエッジ)を放ち、その太い首を切断して止めを刺した。


『皮も素材としては結構良いらしいぞ?』

『……持って帰れないよ』

『では魔石だけにしておくか』


 切断した首から三メートルほど離れた場所に、アルゴが再び風刃を放って両断する。


『リリ、ここに魔石が見えるだろう? 抜き取れるか?』

『やってみる』


 切断面にズブリと両腕を突っ込み、腰を落としてウンウン唸りながら、リリはサッカーボール大の魔石を何とか取り出した。水球を生み出して血塗れの魔石と手を洗う。


 血を落とした魔石を太陽に翳せば、ルビーのような透明度であることが見て取れた。ワイバーン程ではないが、これもなかなかの値打ちものだろう。


 ……そう言えば、ワイバーンの魔石っていくらで売れたのか聞いてないな。ま、いっか。ウエストポーチから大きめの布を取り出して包む。風呂敷で包んだスイカのようである。


 索敵マップで赤い点が残っていないことを確認し、念の為に瘴気溜まりがあった場所に行ってみた。そこは廃棄されたゴミの山だった。これを放置していたらまた瘴気溜まりになるかも知れない。


『ここだけ燃やした方が良いよね?』

『敢えて残して瘴魔を生み出すという手もあるぞ。その方が稼げるであろう?』


 魔石についてもそうだが、アルゴはリリの懐を温めたいらしい。


『……いや、燃やそう』


 自分の稼ぎより人命の方がずっと大事。リリがじっとりした視線をアルゴに向けると彼は目を逸らした。そして小さめの爆発球を出してゴミの山に放ち、そこを無属性のドームで覆った。ゴミは一瞬で炭と灰に変わる。燃え尽きた後、水球を放って念入りに消火した。


『よし、戻ろう』

『うむ!』


 みんなが待つ場所に戻ると魔石について根掘り葉掘り聞かれた。リリは「(しろがね)の狼」の四人で魔石の売却金を分けるつもりだったが、一人で倒したのだからリリ個人の物だと言われ、渋々受け入れた。

 その後はバルトシーデルで一泊してファンデルに戻ることになった。約束通り美味しい料理にありつけたシャリーが大層喜んだのは言うまでもない。





 翌日の昼ごろ、ファンデルに戻って来たリリの伝言板(テレボード)がメッセージを受信した。


『任務からお戻りになったら大公邸にいらしてください。クノトォス辺境伯様がお待ちです』


 エリザベートは昨夜このメッセージを送ってくれたようだ。リリたちが持つ伝言板はファンデルの防壁内でしか送受信出来ないが、圏外の間に送られたメッセージは保存され、受信出来る状態になったらこうして届くようになっている。


『今戻りました。着替えてから向かいます』


 リリは簡単に返信を送った。


「アリシア、任務完了の報告は任せていい?」

「いいですわ。用事がありますの?」

「うん。ベイルラッド様に会えるみたいだから、大公邸に行ってくる」

「おー。姉御が世話になったっていう強い人だな?」

「そ、そうだね」


 シャリーの中で、ベイルラッド様の印象は「強い人」のようだ。お願いだから会うことになっても「勝負だ!」とか言わないで欲しい。


「ラムリーさん、私先に帰ります。シャリー、アリシア、おつかれさま!」


 リリはそう言ってまだ動いている馬車から飛び出す。そこにアルゴが待ち構えていて、そのまま跨って走り去った。


「曲芸師みたいだな」

「余程早く会いたいのでしょうね」

「副長官の仕事も溜まってるのに、やれやれっす……」


 馬車に残された三人がアルゴに跨るリリの背を見送りながら呟いた。





 リリとアルゴが自宅に戻ると、いつもの馬車が門の前に停まっていた。


「え、もしかしてずっと待っててくれたんですか!?」

「あ、いえ。連絡を受けて先程参りました」


 エリザベート様に返信してから五分も経ってないけど? もしかして私に気を遣わせないように嘘ついてる? それとも本当にこの五分で来たの? 謎だ。


「すぐ着替えるので少し待っててください!」

「お気遣いなく、ゆっくりご準備ください」


 御者の男性は丁寧な物腰で答える。リリは帰宅の挨拶もそこそこにシャワーを浴びてドレスに着替えた。授爵して急いで作ったうちの一着である。ケイトリンから誕生日にもらった生地は、現在ドレスに仕立ててもらっている最中でまだ出来上がっていない。今ある中で一番気に入っている、濃い青色の大人っぽいドレスを選んだ。首元が低い詰襟状になっている、長袖のエンパイアラインだ。露出はほとんどなく、細かな刺繍や袖と裾に施されたフリルが地味な印象を払拭している。


『変じゃない?』

『似合っているぞ』

『フフ。ありがと』


 アルゴにチェックしてもらい、真っ白なコートを羽織りハンドバッグを手にして階下に降りる。


「あら?」


 滅多に着ないドレス姿に、ミリーが不思議そうな声を出した。


「ベイルラッド様に会ってくる!」

「そうなのね。くれぐれもよろしく伝えてね?」

「うん! 行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 玄関を飛び出し、御者に待ってくれていた礼を言って馬車に乗った。その後ろをアルゴが悠々と付いて来る。いつもの通り、貴族区、続いて中央区の防壁を通り抜け、馬車は大公邸の馬車寄せに停まった。これまたいつものように、執事のラングルドと数人の侍女が出迎えてくれた。


「ラングルドさん、こんにちは!」

「オルデン・ライダー準男爵様、アルゴ様。ようこそお越し下さりました」


 これまで数回顔を合わせているラングルドは、リリに向かって丁寧に頭を下げた。


「出来ればリリって呼んでください」


 リリ好みのおじいちゃん執事であるラングルドから頭を下げられると何だか居た堪れない気持ちになる。せめて名前で呼んで欲しいとお願いすると、ラングルドは皺を深めてにっこりと微笑んでくれた。


「かしこまりました、リリ様。それではご案内いたします」


 ラングルドと侍女たちに案内されて向かったのは、これまで行ったことのない応接間だった。これ、侍女の方たちって必要かな? ラングルドさん一人で良くない?


「オルデン・ライダー準男爵様とアルゴ様がご到着なされました」


 ラングルドが扉に向かって告げると内側から開かれる。入室を促されて足を踏み入れると、懐かしい人物が立ち上がって迎えてくれた。


「リリ!」

「ベイルラッド様!」


 リリはドレスの裾を少し持ち上げ、ベイルラッドの前に駆け寄る。抱き着きたい衝動を堪え、淑女の礼を執った。


「ご無沙汰しております、ベイルラッド様」

「息災そうで何よりだ、リリ。本当に……すっかり大人になったな」


 数年ぶりに会う娘に向けるような慈愛に満ちた目を、ベイルラッドはリリに向ける。そして彼女に向かって大きく両手を広げた。リリは堪えきれなくなって、辺境伯の大きな体に抱き着いたのだった。

ブックマーク、評価、いいねして下さった読者様、本当にありがとうございます!

第七章は明日の129話で終わりです。

第八章の開始まで少しお時間をいただきますm(_ _)m

気長にお待ちいただければ幸いです。

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