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127 雷神殲怒

 あっという間に年末になった。大公館では時の大公が新年を寿ぐ祝賀会が毎年開催され、国中の貴族が集うのだが、リリは参加を辞退した。何が悲しくて新年を知らない貴族と過ごして気を遣わなければならないのか。エリザベートは大層がっかりした様子だったが、新年は家族と過ごすのがオルデン・ライダー家の伝統なんです、と言って断った。伝統も何も、オルデン・ライダー家が出来てまだ一年くらいしか経っていないのだが。


 成人祝いの後、コンラッドとは何回も会ったが普通に接してくれたので胸を撫で下ろしている。出来れば酔っ払った自分のことは永遠に忘れて欲しい。


 魔法講習は爆発球エクスプロードスフィアの再現に成功した魔術師を三名輩出できたので、普段の講習は彼らに任せている。残念ながら雷球(ライトニングスフィア)の方はまだ誰も再現出来ていないが、そう遠くない将来、雷魔法を使える魔術師も現れそうである。


 マリエルに任せた馬車改造事業は順調だ。ファンデルの公用馬車全てに改造を施すことが決まり、提携の職人や鍛冶師を大幅に増やして現在大忙しである。部品取り付けの工房をダルトン商会が新たに作り、人も新たに雇用した。そんな中でも、月に二~三件は美容治癒をこなしている。未だに新規の予約が入っているらしい。


 瘴魔対策庁副長官としては、週に一~二日特務隊本部で業務に当たっている。特務隊に所属する瘴魔祓い士は現在三十名。オルデン隊の成功により、複数人でパーティを組むことが推奨されていた。リリはシャリー、アリシアーナと共に連携の講習を行っている。もちろん仕事はそれだけではない。各地の瘴魔出現報告と討伐報告を分析し、何らかのパターンを見出せないか考察している。また個々の祓い士を年齢、性別、実績、得意魔法、協調性でグループ分けし、誰と誰を組ませるのが最適か検討を重ねていた。


 こんな風に過ごしていると、たまに入る瘴魔討伐の任務が待ち遠しいくらいだった。難しいことを考えず、気の合う仲間と瘴魔を倒すのは丁度良いストレス発散になる。瘴魔を倒してストレスを発散しているのは、この世界でリリだけではないだろうか。


 そうして年が明けてひと月半が経った頃、エリザベートから「アルストン王国のクノトォス辺境伯が大公館に到着した」と連絡が入った。リリは直ぐにでも会いに行きたかったが、行っても問題ないのなら「到着したから来て欲しい」というメッセージのはずだ。だから、逸る気持ちを抑えて連絡を待つことにした。


『アルゴ、ベイルラッド様のこと覚えてる?』

『もちろんだ。我を撫でるのが好きだったようだからな』


 ベイルラッド様だけじゃなくて、ケイトリン様もカリナン様もアルゴにメロメロだったと思う。


『ファンデルに来てるんだって!』

『うむ。我の探知範囲内だから知っているぞ?』

『おお、それは凄い』


 探知の範囲内なら覚えている人がそこにいるか分かるのか。改めてアルゴの凄さに感心する。当のアルゴはリリに褒められてご機嫌である。


「姉御、なんかソワソワしてるな?」

「いつにも増して落ち着きがないですわ」

「ちょっと、アリシア!? 私、そんなに落ち着きないの!?」


 今日は特務隊本部で打ち合わせという名のおしゃべりを行っていた。一応、仕事の話もきちんとしてはいる。してはいるが、脱線しがちなだけである。成人したからと言って急に大人の落ち着きが出るわけもないのだが、アリシアからそんな風に見られていたとはちょっぴりショックだった。


「落ち着きがないと言うか、小動物みたいで可愛らしいと思っていますわ」

「そ、そっか」

「それで、何かあったのか?」

「あー、前住んでた所でお世話になった方が来てるんだ」

「前って、アルストン王国か?」

「うん、そう」


 リリはベイルラッド・クノトォス辺境伯との関わりについて説明した。


「なるほど、その辺境伯様はリリの恩人というわけですね?」

「そうだね。すっごく親身になって下さった方だね」

「強いのか?」

「え?」

「その『へんきょーはく』って強いのか?」

「あー、えー、たぶん?」

「そうか!」


 私はそう思わないけど、一般的に怖そうな見た目ではあると思う。って言うかシャリー。何で強いか聞いた? 挑むの? 止めてね?


 その後、ラムリーが祓い士の名簿を持って来たので、それぞれの特性を見て分類する作業に忙殺された。どうも特務隊の祓い士だけではなく、目ぼしい祓い士全てについて名簿を作成しているようだ。アリシアーナとシャリーも手伝ってくれたので、何とか夕方までに終えてアルゴと一緒に自宅へ戻った。その日はエリザベートから追加の連絡はなかった。





 翌日は朝から瘴魔討伐任務が入った。ファンデルから東に半日の所にあるバルトシーデルをさらに超えた辺りで瘴気溜まりが見つかり、瘴魔鬼を含む群れが出現したのだ。瘴気溜まりの規模が中~大、それに伴って瘴魔が増える可能性、そして瘴魔王が発生する可能性があるため、現在他の任務に就いていないリリたちオルデン隊が適任であると判断が下された。


 バルトシーデルでは、デンズリード魔法学院で同級生だったベル・クリンデルが瘴魔祓い士として活動している。学院で唯一リリより年下だった妹キャラの女の子だ。彼女が実家のあるバルトシーデルに帰ってもうすぐ二年。元気にしているだろうか。


 クノトォス辺境伯ともまだ会えていないのに遠方の任務が入るなんてついてない。だが、特務隊に入ると決めた時からこういった事態は覚悟の上だった。文句を言っても始まらない。


 念の為、二泊分の用意をして待っていると、程なくして特務隊の馬車が到着した。護衛は馬に乗った騎士が四名。御者も騎士が務めてくれる。馬車にはラムリーとアリシアーナが既に乗っていた。リリも乗り込んでシャリーを迎えに行く。アルゴも馬車の後ろから付いて来てくれる。


 走り始めてすぐに分かった。乗り心地が改善された馬車だ。これも公用馬車の一台だが、宰相が特務隊の馬車を優先してくれたようである。乗り心地が良くなるのはもちろんだが、速度も上げられるので、現場に急いで駆け付ける必要のある馬車が優先されたのだろう。


「うちの馬車もそうですが、これに乗ると他の馬車には乗れなくなりますわね」

「そうだよね。私の馬車も最初の頃に改造してもらったんだけど、お父さんたちが大喜びだったよ」


 リリの馬車はほとんどジェイクたち「金色の鷹」が利用している。実際、改造してからリリはまだ乗っていないのだが、ジェイクやアルガンから「いかに感動的な乗り心地だったか」は教えてもらった。


「おはよー!」

「「「おはよう」」っす」


 やがてシャリーが元気な挨拶と共に乗り込んで来た。このまま東門から現場に向かうのだ。


「最新の情報っす。バルトシーデルの東、街道をおよそ五キロ進み、北に二キロ行った辺りに瘴気溜まりがあるっす。最後の報告では瘴魔が約四十、鬼が三で、王は今のところ確認されてないっす」


 瘴気溜まりが放置されていれば瘴魔は増え続ける。瘴神が教えてくれたように、魂の欠片を一度にたくさん取り込めば瘴魔王が発生してしまう。王の出現頻度から考えて、その現象はかなり稀なはずだが、王がいないと高を括るわけにはいかない。脅威度は、考えられる中で最も高く想定した方が生存率が確実に上がるのだから。


「近くに町や村がありますか?」

「瘴気溜まりは廃村になった場所に出来たみたいっすね。今は誰も住んでいないっす。瘴魔の群れは徐々に西南西に向かっているようで、このままいくとバルトシーデルにぶち当たるっす」

「それは大変だ。急がないと」


 今まで二頭で引いていた馬車を、今回は四頭で引いている。普通の馬車の二倍以上の速度が出ているが、それでも乗り心地は普通の馬車より遥かに良い。

 ファンデルからバルトシーデルまで通常半日かかるが、四時間も経たないうちに防壁が見えてきた。


「このまま街の東側に向かうっす」


 防壁に沿って作られている道を南回りで半周する。このペースなら、現場近くまであと十分ほどで着きそうだ。


「あーあ、昼飯は食いっぱぐれそうだぞ……」


 シャリーが心底残念そうに呟く。


「なるべく早く終わらせて、バルトシーデルで何か美味しい物を食べよ?」

「そうだな、そうするぞ!」


 シャリーのモチベーションが復活した。


『北東方向に瘴魔と鬼の気配がするぞ』

『距離はどれくらい?』

『直線で二キロだ』

『了解』


 リリも索敵マップを立ち上げて確認する。マップの端の方に、赤い点がうじゃうじゃ集まっているのが分かった。その手前に、黄色と青の点がいくつかある。


「北東に針路を取ってください!」


 リリは御者台と繋がる窓を開けて叫んだ。街道の左右は草原が広がり、背の低い木が疎らに生えている。馬車で何とか近くまでは行けるだろう。


 街道を逸れたせいで揺れが大きくなるがこれはどうしようもない。そもそも馬車に悪路走破性は求められていないのだ。天井と窓枠に手を伸ばし、馬車の中で転がらないよう中腰になって踏ん張る。三分ほど耐えていると馬車が急激に速度を落とした。


「百メートル先、交戦中です!」


 馬上の騎士が馬車に近付いて教えてくれた。


「よし、行こう!」

「おう!」

「はいですわ!」


 百メートルか……この距離なら神聖浄化魔法が十分届く。リリは走りながら自分の前方二十メートル地点を中心に神聖浄化魔法を発動した。その有効範囲は優に半径五百メートルに及ぶ。金色の光が草原一杯に広がり、そこにいた瘴魔と瘴魔鬼が黒い塵となって消滅していく。


 リリの移動に伴って魔法の範囲も交戦地点に近付いた。そこには、バルトシーデルで活動していると思われる瘴魔祓い士が十五人おり、半数がその場にへたり込んでいた。残り半数も疲労困憊の様子だ。リリたちの到着まで、街へ近付けまいと瘴魔と戦い続けていたのだろう。


 索敵マップを注意深く視ると、まだ北東方向に瘴魔がかなりの数いることが確認できた。


「シャリー、アリシア! 北東方向を警戒して!」

「「了解!」ですわ!」

「治癒魔法が必要な方はいますか!?」


 オルデン隊の護衛騎士たちが倒れている祓い士や別の騎士を確認する。何人かが手を挙げたので順番に治癒(ヒール)を掛けていった。


「リリさん!?」

「うえ? ベルちゃん!?」


 名前を呼ばれて振り返った先には、リリより少し背の高い、スタイルの良い()()が立っていた。

 ……ほんの二年前は、ちっちゃくて可愛い妹って感じだったのに。すっかりお姉ちゃんじゃん。


「お久しぶりです!」

「うん久しぶり……随分背が伸びたねぇ」

「えへへ……急に伸びたんです」


 小さく整った顔と可愛らしい声は確かにベルだった。


「ベルちゃんも来てたんだ」

「バルトシーデルは祓い士がそんなにいなくて。まだ四級ですけど、街の危機を放っておけませんから」

「そっか。偉いね」

「えへへ」


 リリは思わずベルの頭を撫でた。今ではリリより高い位置に頭があるが、学院生の頃は魔法が上達したらよくこうして頭を撫でて褒めたものだった。そうしていると、ベルの両目から涙が溢れだした。


「ベ、ベルちゃん!?」

「す、すみません……正直、もう駄目かと思ってたので……リリさんたちが来てくれて安心したら、泣けてきちゃいました」

「うん、よく頑張ったね。あとは任せて、少し休んでてね」

「あ、ありがとう、ございます」


 ベルは安堵の笑顔をリリに向けると、他の祓い士たちが座って休んでいる場所に向かった。護衛騎士たちがそこを囲んで周囲を警戒してくれている。


「リリ、来たぞ!」

「鬼もいますわ!」


 北東方向を警戒し、散発的に近付いてきた瘴魔を倒していたシャリーとアリシアーナ。二人の目がこちらへ迫る黒い群れを捉えていた。


『アルゴ、向こうに人はいる?』

『ん? いや、おらんな』

『よし。ベルをいじめた奴らをぶっ飛ばす!』


 ベルを直接いじめたわけではないのだが、この際細かいことはいいだろう。


「みなさん、目を瞑って耳を塞いでください!」


 リリは後方にいる祓い士や騎士たちに向かって叫んだ。


「姉御、何すんだ!?」

「リリ!?」

「二人とも下がって!」


 ベルを泣かせたこと、絶対許せない。


 何かを察した二人は慌ててリリの後ろに下がった。シャリーはアルゴに隠れるように、アリシアーナはシャリーの後ろについて二人ともポケットから取り出したサングラスを掛ける。二人の様子を見ていたリリも、思い出したようにサングラスを掛けた。


「いくよ! 雷神殲怒(みかづちのいかり)!」


 直径五十センチほどの雷球がリリの眼前に出現する。サングラス越しだと、球の内側で荒れ狂う稲妻の凄まじさが良く分かった。


『リリ、王が来ているぞ!』


 横目でマップを確認するが、目立つような赤い点はない。と思っていたら、五十メートル先の地面が爆ぜ、地中から四つ足の黒い物体が現れた。リリはその瘴魔王に向けて雷球を放つ。


 白い光の尾を残し、雷球が瘴魔王に直撃した。次の瞬間、解放された稲妻が扇状に地面すれすれを走る。ほんの僅か遅れて地面が抉れ、土くれや草木が空に舞い上がった。刹那、星が爆発したかのように視界一面が白く塗り潰され、立っていられないほど地面が揺れた。


 凄まじい衝撃波がリリたちにも届く。アルゴはシャリーとアリシアーナを置いてリリの前まで瞬時に移動し、広範囲に風の障壁を張った。サングラスのおかげで辛うじて見えていた景色も、壁のように立ちはだかる土埃で全く見えなくなる。


 三十秒ほどで振動が収まり、土埃が風で流されて徐々に向こう側の景色が見えてきた。リリはサングラスを外して見えた光景に愕然とした。


「ふぇ……」


 地面は数メートルの深さで抉れ、それがずっと先まで続いている。まるで巨人が荒っぽく土を起こしたかのように黒々としたそれは、扇状に五百メートルほど先まで続いていた。普通に立っているリリから見ると、辺り一面大惨事に見える。


 瘴魔はもちろん、鬼や王すら跡形もなく消えていた。

評価、ブックマーク、いいねして下さった読者様、本当にありがとうございます!


レビューをいただいてからブックマークや評価をして下さる方が増えて、本日4/25、注目度ランキングの9位にランクインすることが出来ました!

自分の作品がなろうの表紙に表示されるなんて……夢が一つ叶いました。

これも応援して下さった読者様のお陰様です。

本当に感謝いたします。

これからもぜひ、よろしくお願いいたします!

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