124 リリ、褒賞を決める
「リリ、大丈夫か? これ飲み」
マリエルとアルゴに挟まれるようにして、リリは中央公園のベンチに腰掛ける。商業ギルドで白目を剥いてから、マリエルが何とか外に担ぎ出し、そこからアルゴの背に乗せてここまでやって来た。
「あ、ありがと……」
リリはマリエルが買って来てくれた果実水を一気に飲み干した。
まぁまぁ稼いでいる自覚はあった。それでも百万スニード、多くても二百万スニードくらいだろうと思っていた。だが、現実にはその三倍以上のお金が口座に入っていた。リリはまだ知らないが、冒険者ギルドの口座に四百五十万スニード以上、国立預金両替機関の口座に五十万スニード以上が入っている。つまり、十四歳にしてリリは一千万スニード以上(10億円以上)の資産を持っていた。どこのお貴族様だろう。
この世界では、平民が大金を使うような機会があまりない。それこそ家を買ったり、何か商売を始めたりする時くらいだ。もちろん貴族が好むような服飾品や宝飾品は目が飛び出るような値段だが、リリはそもそもそういう物に興味がない。まだ酒も飲まないリリは、外食でめちゃくちゃ贅沢したと思っても四十スニードも使わない。と言うか、平民が行く店はそれ以上高い所がないのである。
「一体どうしたんや? 急に気分が悪なったんか?」
「ごめん。残高が思ったより多くて」
「そ、そうか。それは良かった、んか?」
マリエルとアルゴに挟まれ、平穏な公園の景色を見ているうちにリリは落ち着きを取り戻した。お金は無いより有る方が良いに決まっている……と思う。
「うん、たぶん良かったんだと思う。マリエル、例の試作、お金が必要だったら遠慮なく言ってね?」
「お、おう」
よし、残高のことは忘れよう。あれは夢だ。リリは現実逃避することに決めた。ただ、馬車の乗り心地改善に役立つなら惜しみなくお金を出すつもりだ。
商業ギルドで白目を剥いてから二週間。リリはエリザベートの呼び出しを受けて大公館に赴いた。エリザベートとはそれまでに何度もメッセージのやり取りをしており、今日は帝国貴族の侵攻を止めたことに対する褒賞が授与されるのだと分かっていた。
リリは最初頑なに断ったものの、これは国の威信に関わることだからと言われ、泣く泣く受けることにしたのだった。褒賞の内容も、授爵、報奨金、国に望む制度の三つから選ぶか、他にあれば望みを言って欲しいと事前に知らされている。リリは自分でよく考え、ミリーとジェイク、マルベリーアン、コンラッド、マリエル、シャリー、アリシアーナらと相談の上、望むものを既に決めていた。
今日も紋章が入っていない豪奢な馬車に揺られ、大公館までやって来た。馬車から降りるとすかさずアルゴが隣に寄り添う。
「リリさん、よくお越しくださいました」
大公館の入口ではエリザベートが出迎えに来てくれていた。大公の長女が直々に出迎えることで、ここで働く者にリリが重要人物であることを示すためである。
エリザベートと二名の護衛騎士に先導され、リリとアルゴはその後ろを付いて行く。入口から真っ直ぐ奥まで進んだ所にこれまで見た中で最大の扉があった。扉をそんなに大きくする意味があるのだろうか? その左右には全身鎧の騎士が立っている。彼らがエリザベートの姿を認めると扉を開いてくれた。
大理石の床の中央には赤い絨毯が敷かれ、奥の高くなった場所に大公が玉座に腰を下ろしていた。左右の壁際には、恐らく公国貴族と思われる人々がずらりと並んでいる。あちこちに鎧姿の騎士が立っており、物々しい雰囲気だ。ここはそう、謁見の間である。
エリザベートにエスコートされる形で、リリは大公の前まで進んで膝を突き首を垂れた。アルゴはその右後ろに座る。
「リリアージュ・オルデン・ライダー。面を上げよ」
宰相が重々しく口を開く。
「皆も知っての通り、貴殿の働きにより帝国との戦争が無血で回避された。公国を代表して謝意を示し、ここに褒賞を授与する」
こちらは大公の言葉だ。働き、と言っても働いてないんだけどなぁ。働いたのはラルカンとノアで、私はアルゴに乗っけてもらっただけだし。
大公が玉座から立ち上がり、リリの前で膝を突いて目線を合わせた。その行為に周りの貴族から騒めきが上がる。
「リリ殿。事前にエリザベートから伝えたが、望みは決めてきたかな?」
大公がリリだけに聞こえる声で尋ねた。
「はい。今朝心を決めました」
「そうか。ホランドが読み上げるから希望を言ってくれ」
「分かりました」
それだけ言って大公は玉座に座り直した。
「公国が検討したのは、授爵、報奨金――」
「爵位を賜りたく存じます」
「「え?」」
「あ、あの、爵位を賜りたく存じます」
「「「え、ほんとに?」」」
大公、宰相、エリザベートの三人が目を丸くして思わず素で声を漏らした。
貴族になることはリリが一番嫌がることだろう。大公、宰相、エリザベートは最初にそう結論付け、授爵は早々に検討から除外していた。それにも関わらずのリリの返答である。三人は度肝を抜かれていた。
貴族になるということは、スナイデル公国に忠誠を誓い、国に縛られることに他ならない。それは寧ろ大公や宰相の望みであった。言い方は悪いが「ウジャトの目」を授かった者と神獣が公国のものになるのだ。それは国の為に尽くしてくれるということである。
もちろんリリも授爵の意味は良く分かっている。公国の貴族になれば大公の命令には逆らえない。どこか別の国に移住することも気軽には出来ない。
だが、それらはデメリットには成り得ないと踏んだ。神獣がいる限り、誰が大公になろうとリリに理不尽な要求はしないだろう。それにリリはこの国が好きだ。死ぬまで公国に住んでも良いと思うくらいには、スナイデル公国を気に入っていた。
リリが爵位を授かろうとした本当の理由は、自分にとって大切な人たちを守りたいからだった。貴族の家族や友人というだけで、平民よりも手出しがしにくくなるのは確実だ。それにリリが授爵すると言うことは、リリが貴族家当主になると言うことである。他国の貴族を害そうとすれば国際問題だ。また、その家族はもちろん庇護する友人を害そうとすれば大きな問題になる。それこそ帝国貴族が公国に侵攻するのを正当化したように、大義名分として十分成り立つのだ。
柵が増えるのは煩わしいが、それを遥かに上回るメリットがある、とリリは考えた。リリが相談した相手は皆、リリの考えに賛同してくれた。最後まで悩んだが、こんな機会は二度とないだろうし、それなら貴族になってみようと決心したのだ。どうせ一代限りの騎士爵か、せいぜい準男爵くらいで、高位の爵位なんて授かる筈がないという打算もあった。
「そ、そうか。爵位を望むのだな?」
「はい、叶うならば」
「うむ…………リリ殿、少し別室に来てくれるかね? 宰相、エリザベート、一緒に来てくれ」
リリとアルゴは、そのまま大公の執務室に通された。
「リリ殿、本当に良いのかね?」
相手は年端も行かぬ少女だ。貴族になるというのがどういうことか分かっていない可能性がある。だから、大公は改めてリリに尋ねた。
「私はこの国が好きです。今も祓い士として国のために働いていますから、それほど大きく変わらないと思っています。大切な人を守るためには、貴族になるのが一番だと考えたんです」
「それは嬉しい言葉だが……その、神獣様は?」
「私がしたいようにすればいいと言ってくれました」
本当は、リリがしたいようにすればいい、敵は全部我が排除してやる、とアルゴは言ってくれたのだが、大公たちの心の安寧のために後半は省いた。ちなみに、ラルカンとノアも同じようなことを言ってくれた。
「そう、か……いや実は、リリ殿は貴族になるのを嫌がるだろうと思って、授爵については具体的に決めておらんのだよ」
「あ、それは別に急いでないので、ゆっくりで問題ありません」
「そう言ってくれると助かる。授爵に当たって何か希望があるかね?」
「あの、家は今のままでも大丈夫ですか?」
「あー、本来なら貴族区に居を構えて欲しいところだが、これは警備の都合だから、リリ殿は神獣様がいらっしゃるから問題ないだろう。そうだな、ホランド?」
「え、ええ。本人がそれで良いと言うなら」
貴族になったからと言って貴族区に住まなければならないというわけではないらしい。あの家は気に入っているから、引っ越しせずに済んで良かった。
「それと、マナーや礼儀などは全然ダメなんですけど、大丈夫でしょうか?」
「それは構わない。地方の領主などは元農民もいるし」
「あ、そうでした。領地は要らないです。領地経営なんて絶対無理なので」
「うむ。法衣貴族だと国の仕事に就いてもらう必要があるが……瘴魔対策庁か防衛省辺りで良いか」
「プレストン長官とも面識があるのですから、副長官はいかがですか?」
「ええ!? いえいえ、私は一介の祓い士ですから。そんな責任ある役職は要りません!」
「そういう訳にもいかんのだよ。まぁ名前だけの役職だと思ってくれて良いから」
「えぇぇ……」
なんだ、名前だけって。そんなんでいいのか。
「爵位は準男爵が妥当だな。功績によって陞爵もある。ホランド、準男爵の俸禄はいくらだったかな?」
「年六十万スニードです」
「戦争を回避した英雄に対して少な過ぎる気もするが……」
だから、英雄は私じゃないんだってば! アルゴとラルカンとノアが英雄だから!
「リリさん、準男爵になっても祓い士はお続けになるの?」
「続けたいと思っていますが、いいでしょうか?」
「そうですねぇ……当主が祓い士というのは前代未聞だと思うのだけど。お父様、どうかしら?」
「リリ殿が爵位を得ようとも、自由意志を最大限尊重することに変わりはない。だからリリ殿が続けたいと言うのなら構わない。ただし瘴魔対策庁副長官の任は受けて欲しい」
うぅぅ……。公国魔術師団特別顧問に続き瘴魔対策庁の副長官とは。無駄に偉そうな肩書ばっかり増えていく。
「わ、分かりました。謹んで拝命いたします」
「うむうむ! ではそれで決まりだな!」
大公と宰相は上機嫌で頷き合い、エリザベートは苦笑を浮かべている。授爵について具体的に決めていないと言っていた割に、とんとん拍子で決まった。リリが心変わりしないうちに確定したかったのだろう。
その後、謁見の間にて列席した貴族の前で簡易の授爵式が執り行われ、リリは正式にスナイデル公国の準男爵となり、同時に瘴魔対策庁副長官となった。後日、宰相に呼び出されたプレストン長官がそのことを聞かされ、顎が外れるほど口を開いて驚いたとか。
リリが準男爵になってから一か月後。今日はリリが初めて公国魔術師団特別顧問として魔法指南を行う日だ。これは簡単に「魔法講習」と呼ぶことに決めた。
リリとアルゴは、馬車なら北門を出て街道を三十分、そこから東に十分ほど歩いた場所に来ていた。ここはシャリーとアリシアーナ、たまにラーラとアネッサと共に魔法の訓練を行っている場所だ。目の前には巨大な岩山があり、周辺は草木も生えていない荒野の様相を呈している。ちなみにリリはアルゴに乗せてもらったので、自宅からここに来るまで五分もかかっていない。
今日は、公国魔術師団から六名が参加している。その他の参加者は、シャリー、アリシアーナ、ラーラ、アネッサと身内の四名。そして最初の講習ということで、エリザベートとボウマン・バトラー公国魔術師団長も来ていた。ボウマン団長と魔術師団の六名とは初対面である。
「えー、特別顧問のリリアージュ・オルデン・ライダーと申します。これから魔法の講習を行っていくわけですが、みなさんにどんな魔法を使えるようになっていただきたいのか、それをご覧に入れたいと思います」
身内とエリザベートはリリの話をうんうんと頷きながら聞いているが、初対面の七名は恐らくリリを軽んじているのだろう。それが態度に現れていた。エリザベートがいるから余計な口は挟まないが、命令されて嫌々やって来たという態度を隠そうともしていない。
「えー、先に覚えておいて欲しいのですが、全く同じ魔法を習得する必要はありません。各自のイメージに沿った、威力が同等以上の魔法を習得していただきたいと考えています。じゃあ先に炎系から行きますね。爆発球」
リリが何気なく放った爆発球が離れた場所にある岩山に直撃する。今日は敢えて無属性のドームで覆っていない。そのせいで、爆音と振動と熱波が体を襲う。初対面組は小さく「ひぃ」と悲鳴のような声を漏らして後退った。
リリの爆発球は、最上位魔法の紅炎を遥かに凌駕する威力がある。炎の神位魔法は人間では使い手がいないので、実質これまでは紅炎が全属性の中でも一番威力の高い魔法と見做されてきた。
しかしリリの放った爆発球は、誰が見ても紅炎より威力がある。現に岩山は大きな穴を穿たれ、その縁は岩が溶けてオレンジ色になっていた。
この時点で公国魔術師団から来た七名は、リリのことを「やべぇヤツ」と認識した。
「じゃあ、次は雷魔法なんですけど、一応これを付けてもらえますか?」
リリが袋から取り出したのは、レンズの部分が黒くなった眼鏡。つまりサングラスである。マリエルの伝手を使い、眼鏡店に特注したものだ。ガラス製品の製造が盛んなスナイデル公国だからこそ作れた一品である。参加人数が分からなかったので、一応二十本作ってきた。
サングラスを掛ける意味が分からず、魔術師団組は訝し気な顔をしながら装着する。リリも含めて全員が黒いサングラスを掛けたので、傍から見れば異様な一団である。
「じゃあ行きますよ? 雷球」
今度は岩山に当たった瞬間に無属性のドームで覆った。それでも凄まじい振動が伝わってくる。サングラス越しだと、ドームの中で無数の閃光が迸っているのが見えて、リリは「ほぉー!」と思わず声を出した。これまでただひたすら眩しくて、自分でもちゃんと見たことがなかったからだ。
「あれが雷魔法!」
「あれは稲妻を閉じ込めてるのか!?」
「め、目がぁぁあああ!」
直接見ようとして眩しさに目をやられた人がいたようだ。
「こ、これはいつまで魔法が続くんだ?」
「おいおい……岩山がなくなるぞ」
たっぷり五分ほど経って、ようやく光が消えた。サングラスを外して岩山の様子を見ると、爆発球の倍くらい山肌が削られていた。
「はい、今のが雷魔法です。今日はみなさんがイメージを作る助けになるかと思い、実演させていただきました。次の講習ではもう少し詳しく二つの魔法について解説したいと思います。次からはデンズリード魔法学院の一画に魔法講習の場を作っていただきましたので、そちらにお集まりください。今日はどうもありがとうございました」
次はいつ講習が出来るか分からないので決まり次第通達します、と言って解散した。ところが――。
「顧問! あれはどうやって雷を閉じ込めてるんですか!?」
「顧問!! いつから雷魔法を使えるようになったんでしょうか!?」
「顧問!! 消費魔力量はどれくらい――」
「「「顧問!」」」
リリは公国魔術師団組に囲まれた。そこには師団長も含まれている。公国魔術師団は魔法のエキスパートが集まっており、自分たちこそ至高の魔術師と自負している。そして魔法に対する探究心は常人の比ではない。失われた魔法と言われている「雷魔法」を目の前にして、プライドの高い魔法オタクである彼らのテンションはぶち上がっていた。
リリがその勢いに「ちょっと怖い」と感じて後退ると、アルゴがすかさずリリを背に乗せて走り去る。魔法バカたちはそれを呆然と見送るのだった。
評価、ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!
素敵なレビューをいただいてから、普段の三~四倍くらいにPVが増えてびっくりしております。
それに伴ってポイントも増え、喜びで震えが止まりません(笑)
本当なら、この勢いに乗って更新をガンガン続けたいところなのですが……
ストックがもう切れます!!!
なんとか第七章の最後までは毎日投稿できそうですが、そこから少しお時間をいただくことになりそうです(泣)
あと五~六話で七章が終わります。更新が止まっても、生温かい気持ちでお待ちいただければ幸いです。




