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12 マリエルという名の少女

 次の日の昼。ピークを迎える正午の少し前、昨日出会った少女マリエルと、その父らしき男性が「鷹の嘴亭」に来店した。


「こんにちはぁ。マリエルっちゅうもんですけど、リリちゃんはいてますか?」


 乳児をおぶっている綺麗な女性に、マリエルが問い掛ける。


「リリー!? お客さんよ! マリエルちゃん!」

「はーい!」


 リリがエプロンを着けたまま厨房から顔を出すと、オレンジ髪の女の子が目に入る。


「マリエル! 来てくれたんだ!」

「当たり前やん、昨日約束したやんか!」


 リリとマリエルが話している間にも、続々とお客さんが入って来る。


「めちゃめちゃ繁盛してんなぁ。うちらも食べさせてもらっていい?」

「メニュー二つしかないけどいいかな?」

「そうなん?」

「うん。オムレットライスとハンブルグ。多分、どっちも食べた事ない料理だと思うよ?」

「へぇー。じゃあそれ一個ずつお願いするわ」

「じゃあ座って待ってて。作ってくる」

「えっ!? リリが作るん?」

「ん? そうだよー」


 二人掛けの席に座りながら、マリエルは厨房に戻るリリの背中を見送った。


 マリエルは、昨日マルデラの町に着いてからリリとアルゴについて情報収集した。商人にとって情報は命。リリの一つ年上、まだ九歳のマリエルにもその精神は既に叩き込まれている。

 顔を出した商店で、泊まる宿屋の主人から、食事時に隣り合った住民から。そこで知ったのは、リリがつい最近父を亡くした事。その父、冒険者のダドリーは自分を犠牲にして仲間とこの町を救ったのだそうだ。そして、父が死んだ事を受け入れられなかったリリは森へ向かい、一晩を森で過ごして帰って来た時にはあの馬鹿でかい「犬」を連れていた。


「いや、犬ってそんな訳あるかいな! あれはどう見ても狼の魔物やろ!」


 マリエルは教えてくれた人に突っ込んだが、帰ってきた返事は「いや、育ち過ぎた犬だろ?」だった。

 初めて見た時にアルゴを「めっちゃデカいわんちゃん」と呼んだマリエルだが、近くで見たら完全に巨大な狼の魔物であった。だがリリと戯れる姿を見ると、町の住民が「育ち過ぎた犬」と勘違いするのも無理はないと言える。確かに恐怖は感じなかったし、むしろ人懐っこい印象だった。それでアルゴと、アルゴを従魔にしているリリに対してますます興味が湧いた。


 情報を集めると、更にマリエルの好奇心が頭をもたげた。話を聞いた人が全員リリを絶賛したからだ。特に「鷹の嘴亭」のメニューはリリが考案したらしく、それについて大袈裟なくらい褒めていた。


 従魔を連れて薬草を採ってたみたいやけど、冒険者じゃなくて料理人なん? え、どういうこと? 分からないと知りたくなる。それがマリエルという少女だ。

 昨日リリ達に出会ってこの席に座るまでの事を回想していると、テーブルに二つの料理が並べられた。配膳してくれたのは店でリリを呼んでくれた女性。恐らくリリの母親だろう。


「はい、お待ちどうさま。こっちがオムレットライス、こっちがハンブルグよ」


 ダルトン商会の会長である父、ガブリエルを見る。彼はここから遥か西方のベイヤード共和国の出身、若い頃にスナイデル公国に居を移し商売を始めた。公国を中心に、ベイヤード共和国、シェルタッド王国、そして今回から新たにここアルストン王国の四か国を行き来し、多くの物を見て来た生粋の商売人である。扱う商品には香辛料や調味料も含まれており、各地の食べ物にも詳しい。そんな父が、出された料理を見て目を丸くしていた。


「親父殿?」

「おお、すまんなマリエル。こんな料理は初めてや」

「親父殿でも知らん料理か……」


 黄色い卵で何かを包んだ、ころんとした見た目も可愛いオムレットライス。丸めた肉を焼いてソースが掛けられたハンブルグ。何とも食欲をそそる香りが鼻をくすぐる。マリエルは、オムレットライスを一口食べて衝撃を受けた。


「なんやこの、甘じょっぱ酸っぱい調味料は!? めちゃくちゃ美味いやん!」

「ほう……米を野菜や肉と一緒に炒めてるんやな……食べた事ない味や……しかし、癖になる旨さやな……」


 続いてハンブルグをナイフで切ろうとするが、あまりの柔らかさに驚く。


「なんやこれ!? 肉とちゃうんか? めっちゃ柔らかいで!」


 切り分けた小さな塊を口に運び、マリエルは絶句した。


「これは……肉を細かく切ったあとに一塊にしとるんやな……なんや香辛料も入っとる……肉汁がすごいな……いや、これも旨い」


 ガブリエルはハンブルグを冷静に分析した。が、二つの料理は瞬く間になくなった。恍惚とした表情の娘を見て、ガブリエルは苦笑する。自分自身料理についてはかなり食べてきたという自負がある。そんな自分でも驚いたのだ。経験の浅い娘が惚けてしまうのも無理はない。


「マリエル、いつまでも座っとったら営業の邪魔や。行くで」


 ガブリエルは娘の手を引いて立ち上がり、店の入り口付近で立つ女性に声を掛けた。


「ほんまに美味しかったですわ。おいくらになりますか?」

「ありがとうございます。千九百コイルです」


 二品で千九百コイルは、昼食としては少し割高だ。だがここでしか食べられない料理、しかもあの旨さなら安いと感じる。値付けも絶妙やな、とガブリエルは感心した。


「ハッ!? ……リリに、お店が終わった頃にまた来るって伝えといてください!」

「分かったわ。伝えておくわね」


 料理の美味しさに我を忘れていたマリエルだが、ぎりぎりでここに来た本来の目的を思い出した。

 リリには色々聞きたい事がある。こんなん放っておく訳にいかんやろ……。


「なあ親父殿。うち、ここに残っていい? どうせエバーデンに行って帰って来るだけやろ? そんならうちは残りたいんや」


 エバーデンとはクノトォス領の領都である。マルデラの町からは馬車で片道一日かからないくらいの距離だ。


「さっきの料理が気になるんか?」

「それもやし、あの従魔もめっちゃ気になんねん」

「しかしお前だけ置いて行く訳にもいかんやろ」

「リリんとこに泊まる」

「……まぁ、向こうの親御さんがええって言うたらな」

「うん!」


 そして十四時過ぎ、ガブリエルとマリエルのダルトン父娘が再び「鷹の嘴亭」を訪れた。営業を終えて遅い昼食を食べていたミリーが二人に気付く。


「あら、リリ。昼間の……えっとマリエルちゃんだったっけ? いらっしゃったみたい」

「あ、ほんとだ!」


 ガブリエルとマリエルが、窓越しにリリとミリーに会釈した。リリは店の入り口の鍵を開けて二人を招き入れた。


「もうちょっと待ってて、ご飯食べ終わるから」

「早く来てもうたな、ごめんな」

「いいよ、お茶淹れるから座ってて」


 二人にお茶を淹れ、リリは急いで残りの食事を掻き込んだ。ミリーが二人に挨拶する。


「改めまして、リリの母でミリー・オルデンといいます」

「これはご丁寧に。ダルトン商会っちゅう小さな商会をやっとります、ガブリエル・ダルトンいいます。こっちは末娘のマリエルですわ」


 親同士が挨拶を交わした。


「いや、実はマリエルの奴が、私が戻るまでこの町に留まりたいと言い出しまして。それで厚かましいお願いですが、三日、長くて四日の間、娘をミリーさんとリリさんにお預け出来ないかご相談にあがった次第です」


 ガブリエルの喋り方はミリーにとって独特だが、丁寧で嫌味がなく好感が持てた。それに同年代の友達が極端に少ないリリが、同じ年頃の女の子と過ごす時間を作るのはとても有意義に思える。


「え!? マリエル、うちに泊まるの!?」


 リリは既に嬉しそうだ。それならミリーに反対する理由はない。


「ガブリエルさん、うちは全然構いませんよ。娘にとっても、友達が増えるのは良い事ですし」

「そう言っていただけるとほんま助かります。おかしな事したら遠慮なく怒ってもらって構いませんので、ぜひお願いします」

「フフフ。分かりました、お任せくださいな」


 ガブリエルはマリエルに見えないよう、こっそりとミリーに五万コリンを握らせようとしたが、ミリーが固辞した。娘の友達(になりそうな子)を数日預かるのにお金を取る親など居ない。ガブリエルは恐縮しながらお金をしまい、挨拶してから店を出て行った。


「リリ、アルゴはどこにおるん?」

「二階で待ってるよ。一緒に行く?」

「うん!」


 母に二階へマリエルを連れて行って良いか確認を取ってから、リリはマリエルの手を握って階段を上った。


「ここがおうちだよ」

「へぇー、結構広い――うぉっ!?」


 いつもの定位置、踊り場に寝そべっていたアルゴに気付き、マリエルが声を上げた。いつかのジェイクおじさんと一緒だ、と思ってリリがくすくすと笑う。

 アルゴはもちろん、マリエルがリリと一緒に二階へ上がってくることが分かっていた。リリの嬉しそうな雰囲気を感じ取り、アルゴもマリエルに好意的に振る舞うことにした。ごろんと転がり、マリエルにお腹を見せる。


「かっ」

「か?」

「かわええなー! なあリリ、触ってもいい?」

「アルゴ、マリエルが触っても大丈夫?」

「わふっ」

「大丈夫だよ」

「ちょっ、あんたら言葉通じるんかい! え、従魔ってそういう感じやったっけ?」


 後半は呟くように言葉を発したマリエルだが、ふらふらとアルゴに引き寄せられ、恐る恐る喉の辺りに手を伸ばした。愛おしむように優しく撫でる。


「ふわぁ……」

「お腹の毛が一番ふわふわだよ」


 胸の辺りから遠慮がちにお腹まで撫でる。マリエルの頬は心なしか上気している。靄は濃いピンク。彼女がアルゴのことをかなり気に入っているのは間違いないようだ。リリもアルゴが大好きなので、マリエルが怖がらずにアルゴを好きになってくれて嬉しかった。


 しばらくマリエルの好きにさせていると、最初の時のリリと同じようにアルゴのお腹に顔を埋めていた。


「ぷっはぁー! めっちゃふわふわやん! こんなん初めてや」

「良い匂いがするでしょ?」

「それな! 干し藁みたいな、何とも言えんええ匂いや」

「フフフ。ねぇマリエル、アルゴをお散歩に連れて行きたいんだけど、一緒に行く?」

「行く!」


 「鷹の嘴亭」営業中、アルゴは二階でずっと留守番をしている。だから、営業が終わったら外に連れ出したいのだ。狭い家の中では運動不足に陥ってしまう。リリはそんな風に心配して、天気が悪くない日は必ずアルゴと散歩するようにしていた。散歩がてら冒険者の仕事もこなすのだ。

 これまでリリは、魔法の練習でギルドの訓練場に行く以外、家に籠って本ばかり読んでいたので、ミリーはもっと外に出るべきだと思っていた。だからミリーもリリがアルゴと出掛けるのを喜ばしく思っている。


 実際のところ、アルゴはフェンリル(神獣)なので散歩は必要ない。だがリリと出掛けるのはアルゴも嬉しいので特に問題はないようだ。


 リリはマリエルとアルゴを伴って階段を下り、母に一言断ってから西門に向かうのだった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

作者にとって読者様の反応が見えることが何よりの喜びです。

これからも頑張ります!!

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