117 マリエルは風魔法を覚えた!
秋も深まり、リリは十四歳の誕生日を迎えた。去年は誕生日という名の盛大な飲み会が開催されたが、今年は家族だけで少し豪華な食事を食べ、祝福の言葉を掛けられて終わった。
誕生日が過ぎてしばらくすると、シャリーとアリシアーナが四級瘴魔祓い士に昇級した。ついでにリリは二級へ昇級した。国から支給される毎月の給金は、四級で二千五百スニード、二級は五千スニードとなる。ただし、その他に討伐報酬もある。瘴魔一体につき三千スニード、瘴魔鬼は一体五万スニード。瘴魔王は定額ではなく、最低百万スニードである。
リリたちオルデン隊は、この半年で三百二十六体の瘴魔と十九体の瘴魔鬼を討伐した。討伐報酬の合計は百九十二万八千スニード(日本円で約1億9280万円)である。討伐報酬は三人で等分に分けている。このペースだと、年間で一人あたま百二十万スニード(1億2000万円)以上稼ぐ勢いだ。それだけ多くの瘴魔が出現しているということなので、多く稼ぐことが良いことなのか、リリにも判然としなかった。
このようにかなり稼いでいるリリたちだが、三人の生活は驚くほど変わらなかった。アリシアーナは元々侯爵令嬢で、実家は唸る程お金を持っている。だから少しばかり稼ぎが増えても大して変わらない。リリはそもそも物欲があまりない。たまにミルケと買い物に行った時に好きな物を何でも買ってあげる姉バカぶりを発揮するくらいである。シャリーは、稼ぎの半分を両親に送っていて、残り半分は堅実に貯金している。彼女の場合、お金が沢山あってもどう使えば良いか分かっていない節がある。
「三人には、もっとド派手にお金を使って欲しいっす」
最早行きつけとなったカフェ「アンティクース」に、リリとシャリー、アリシアーナ、それにオルデン隊の担当秘書官であるラムリーの四人が集まりお茶していた。
「え、どうしてです?」
「これでも結構使ってるぞ?」
ラムリーの言葉に、リリとシャリーが首を傾げながら答えた。アリシアーナは転移して遊びに来たラルカンを膝に乗せ、うっとりした顔でその背中を撫でている。
「特務隊に入ったら稼げるって思わせるんっすよ!」
「ええっ!?」
「確かに激務かも知れないっすよ? だけど、最年少祓い士であるお三方がベテランの祓い士より稼いでるのは事実っす。祓い士になったからには夢を追って欲しいっす!」
ラムリーは一人興奮して、最後にはよく分からないことを口走っていた。リリはそれほど激務だとは思っていない。実際、討伐任務が入るのは月に三回前後である。
「だけど、お金を目的にするのもちょっと違うんじゃないですか?」
「ノンノン! 国民の安全のために体を張って瘴魔を倒す、その正当な報酬っす! 要は特務隊に入れば瘴魔狩り放題ってことなんす!」
狩り放題って……。
「オルデン隊のようにパーティを組めば危険度もグッと下がるっす。ソロで祓い士やるより安全で、その上稼げるなんて最高じゃないっすか!」
「しぃーっ! ラムリーさん、声が大きい」
ラムリーは興奮して椅子から立ち上がり、ケーキ用のフォークを指揮棒のように振って力説した。隣のリリに肩を押さえられ、ラムリーは大人しく椅子に座り直した。
「言いたいことは分かったぞ。オレたちの羽振りがいいって思わせたいんだな?」
「そうそう、その通りっす!」
「よし、分かった! お姉さん、ミートパイとクリームパスタ追加で!」
ケーキとお茶を嗜む女子会だったのに、シャリーががっつり食事メニューを追加した。シャリーが考える羽振りの良さはせいぜいこの程度なのだ。
特務隊は優れた人材を常に求めているから、多くの祓い士に特務隊のことをアピールしたいラムリーの気持ちは分かる。だが、あまりお金目的の人が増えるのは嫌だ。それに、オルデン隊は確かに危なげなく立ち回っているが、他の祓い士がパーティを組んだからと言って必ず危険度が下がるとは言えない。リリたちはSランク冒険者の戦い方を間近に見て学び、自分たちの戦い方について常に改善を意識している。何よりも、リリたち三人はお互いを信頼していた。その信頼こそが最も重要だと思っている。
「お待ちどうさま、ミートパイとクリームパスタよ!」
リリが思索に耽っていたら、テーブルに湯気の立つパイとパスタ、人数分の取り皿が置かれた。シャリー以外の三人がそれを呆然と見つめる。
「シャリー、本当に食べるの?」
「おう! 食べ物を粗末にしちゃダメだからな!」
リリたちはお昼を別の店で食べた後に洋服や雑貨をぶらぶらと見て、それからこの店にやって来た。先程ケーキも食べたばかりだし、お腹は全く空いていないのだ。
だがシャリーの言うことは正論。食べ物を粗末にしたら罰が当たる。リリは虚ろな目をしながら、パイをほんの一口分切り分けて自分の皿に置いた。アリシアーナとラムリーも光を失った目でパイとパスタを黙々と口に運んだ。
「ふーっ! 贅沢したぞ!」
ようやく食べきった時、シャリーは満足そうに宣言し、三人はお腹を押さえて天を仰いでいた。ラムリーは、シャリーの前で二度と散財するように言わないと固く誓ったのだった。リリはお腹が膨れすぎて動けず、店の外に待機していたアルゴに乗せてもらって家に帰った。
マリエルと一緒に行っている美容治癒は、これまで通りカノン・ウィザーノットとして当面行うこととし、相変わらず月に三~四件のペースで施術を行っている。誘拐事件の後、マリエルには自衛のために風魔法を練習してもらっていたが、遂に実戦レベルの風爆を習得した。
「風爆!」
東門から三十分ほど離れた草原に練習のため訪れたリリ、マリエル、アルゴ。専らアルゴが教え、リリは通訳を行っていた。
マリエルが魔法を唱えると、手をかざした方向に空気の塊が押し出される。それは地面を五メートルほど削ってから消えた。
「おおっ!? マリエル、すごいよ!」
「ほんま!? 上手く出来てた?」
『うむ。今の魔法なら人間の四~五人は弾き飛ばせるな』
「人なら四~五人弾き飛ばせるって!」
「おーっ! 十分やんか!」
これまで魔法を全く使ったことのないマリエルだったが、三か月も掛からずに実戦で使える風魔法を習得した。一番驚いているのはマリエル本人である。リリはマリエルの手を取り、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現した。
「これで前よりは安心かな。でも練習は継続だよ?」
「分かってるって! そのうち迷宮にでも連れてってーや」
魔法が使えるようになったからと言って、即実戦で使えるとは限らない。敵意を剥き出しにする人間や魔物を目の前にして、魔法で最も重要なイメージを即座に、且つ正確に思い描く必要がある。それを成すには、繰り返し練習して体に覚え込ませること、そして実際に敵を前にして実戦に臨むことが重要だ。
「そうだね。だったら、マリエルも冒険者登録しておく?」
「おおぅ! ウチが冒険者かぁ。そうやな、近いうちに登録しとくわ!」
シャリーとアリシアーナも冒険者登録してるから、そのうち四人で迷宮に行ってみるのもいいかも。以前「紅蓮の空」と一緒に行った「群狼の迷宮」なら近いし、ちょうどいいかも知れない。
「登録したら教えてね。シャリーとアリシアーナも誘って迷宮に行ってみよう」
「それは楽しそうや。そん時はよろしくな!」
「うん!」
そろそろ帰ろうか、と言おうとした時、リリのポシェットの中で伝言板が震えた。取り出して送信者を確認する。
「あ。エリザベート様からメッセージだ」
「あの方からよく連絡来るん?」
「最初は毎日来てたけど、ここ最近はあんまり来てなかったねぇ。えーと、重要な話があるから明日大公邸に来ていただけませんか、だって」
「ちょ、そんなんウチが聞いてもええんか!?」
「いいっていいって。はい、分かりました。送信、と」
「軽っ! なんか軽いな!」
「そう? いっつもこんな感じだよ?」
リリはしょっちゅうエリザベートとやり取りしているので忘れがちだが、相手は国のトップの長女である。まぁ、エリザベートの方も「畏まらないで欲しい」と言っているのでこれで良いのだろう。マリエルにとっては貴族の頂点に立つ女性なので、リリの気安さに驚いていた。
「さて、そろそろ帰ろうか。アルゴに乗せてもらう?」
「ええの!?」
『構わんぞ』
「アルゴは良いよって」
「じゃあ乗りたい!」
リリが前、マリエルが後ろに乗り、アルゴが走り始めた。マリエルはリリの腰に手を回し、背中に胸を押し付けている。
むぅ。私も多少成長したけど、マリエルは相変わらずおっきい。背中に当たる柔らかい感触は心地よいが、自分と比べてしまって複雑な気分になるリリであった。
翌朝、リリとアルゴは迎えの馬車で大公邸に向かった。最近は大公家の紋章が入っていない馬車を使ってくれている。平民街で大公家の馬車は非常に目立つので、ありがたい心遣いだった。
アルゴはリリと一心同体と見做されており、同行を許されて……と言うよりも、ぜひ一緒に来て欲しいと言われている。大公家として、リリと神獣の関係を大切に考えていることを示しているのだ。だから、アルゴは貴族街に入ると気配を露わにし、堂々と馬車の後ろを付いて来る。
カノン・ウィザーノットとして訪れた時を含めて、大公邸に訪れるのは三度目。まだまだ慣れることは出来ないし、慣れたいとも思わなかった。かと言ってエリザベートと会うのが嫌というわけではない。嫌ではないが、やはりどうしても緊張してしまうし、大公邸の侍従や侍女がリリに対してとても慇懃に接してくるのが居たたまれないのである。
今日もリリ好みのおじいちゃん執事、ラングルドが出迎えてくれた。
「ようこそオルデン様、アルゴ様。こちらへどうぞ」
ラングルドから「様」付けで呼ばれると背中が擽ったくなる。挨拶を交わした後、ラングルドに従って付いて行く。まだおどおどしているリリと違ってアルゴは堂々としたものだ。歩く姿には風格さえ漂っている。
「こちらに皆様お揃いでございます」
「皆様?」
見たこともない巨大な扉の前でラングルドが足を止めた。扉の両脇には剣呑な目をした男性が二人控えている。左に立つ男には見覚えがあった。クリステラ村でマリエル誘拐の裏にいた者たちを捕えた時に見かけた。つまり、近衛騎士か情報部の者だろう。リリがその男性に目礼すると、男性も頷きを返してくれた。
それにしても、皆様ってどういうことだろう。エリザベート様だけじゃないのかな? リリは索敵マップで扉の向こうを確認した。青い点が四つ、黄色い点が十個以上ある。少なくとも敵意のある人はいないようだ。
ラングルドが中に声を掛けると扉が開く。そこは天井が非常に高く、学院の教室ほどもある広い応接間。床から天井まである大きな窓ガラスから燦燦と陽の光が入っていて明るい。部屋のあちこちに扉の所にいたのと同じ目をした男性が立っており、侍女や侍従も多く控えている。
部屋の中央に配置されたソファセットから、見慣れた人物が立ち上がった。
「アリシア!?」
「リリ、来ましたわね!」
続いてエリザベートと、見知らぬ男性二人が立ち上がった。リリはラングルドに促されそちらに近付く。
「エリザベート様、こんにちは」
「御機嫌よう、リリさん。呼び立てしてごめんなさいね?」
「それは構わないですが」
知らない男性二人からの視線を感じて居心地が悪くなる。ただ、マップの点は青だ。
「オルデン殿。カルキュリア・バスタルド・スナイデルだ。よく来てくれた」
「いつも娘が世話になっている。アリシアーナの父で宰相を務めているホランド・メイルラードだ」
男性たちから名を告げられ、リリは目を瞬かせた。突然のことで思考が追い付かない。カルキュリア・バスタルドって…………大公様じゃん!? それに、アリシアのお父さん? え、宰相?
「っ!? リリアージュ・オルデンと申します。お、お目にかかれて光栄です」
リリは弾かれたように二人に向かって深く頭を下げた。
「神獣様にご挨拶申し上げてもよろしいか?」
大公の言葉を聞いて、アルゴは鷹揚に頷いた。
「はい、大丈夫です」
大公と宰相がアルゴの前に片膝を突く。それと同時に、リリ以外の部屋にいた全員が同じ姿勢をとった。いや、アリシア、貴女アルゴとは何度も会ってるじゃん。警護と思しき男たち、侍女や侍従に混ざってアリシアーナまで膝を突いて俯くので、リリは何だか変な気分になる。
「神獣フェンリル様。現在大公を務めるカルキュリア・バスタルド・スナイデルでございます。スナイデル公国を代表して、この国にお留まりいただき深謝申し上げます」
「神獣様。宰相を仰せつかっております、ホランド・メイルラードと申します。娘のアリシアーナともども、よろしくお願いいたします」
アルゴは二人を見定めるように見つめ、やがて一つ頷いた。
『我が主を守ることが我の務め。それだけ覚えておけば良い』
そう言い放ち、早く自分の言葉を伝えろと言わんばかりにリリを見つめる。
「え、それ私が言うの?」
『リリしか居らんだろう』
「えぇぇ……あの、アルゴは私を守ってくれているので、それを覚えていて欲しいそうです」
リリは少しだけ表現を変えて二人に伝えた。大公と宰相はアルゴに向かって深く頷いてゆっくりと立ち上がる。周囲で膝を突いていた者たちも、それを見て全員元の姿勢に戻った。
「ご挨拶も済んだことですし、リリさんもこちらにお座りになって?」
エリザベートの言葉で、緊張していた場が和む。リリは促されたソファに腰を下ろし、アルゴはその後ろに控える。リリの隣にアリシアーナが座ってくれた。左手にエリザベート、向かいに大公と宰相。
えーと、一体何のお話でしょうか?




