11 リリ、冒険者登録する
タイトルとあらすじを変更しました。
四日後。町の南部にある墓地で、世界がその死を悼んでいるかのように今にも振り出しそうな曇り空の中、ダドリーの葬儀がしめやかに執り行われた。
ダドリーはマルデラの町を救った英雄と称えられ、多くの住民が参列した。そこには重傷を負ったジェイクとクライブ、パーティ仲間であるアルガンとアネッサの姿もあった。
リリは生まれて初めて真っ黒なワンピースに袖を通した。葬儀の為だけにミリーが買ってくれた服だ。ミリーも同じように真っ黒なジャケットとロングスカート、顔は黒いベールで覆い隠している。小型の馬サイズで定着したアルゴもリリの隣に大人しく座っていた。
この世界では、死者は一時の安息を得た後に地上で新たな生を受けると信じられている。前世の知識でいう輪廻転生と同様だろう。この墓地には多くの死者が眠りに就き、次の生を待っている。
大切な者を失っても、残された者は悲しみや苦しみを抱えて生き続けなければならない。何だか不公平だな、とリリは思った。
今日までに何度も泣いて、もう涙は涸れたと思っていた。遺体のない棺が埋葬され、その上に小さな墓石が安置される。それを見つめながら、リリはまた声もなく涙を流した。
参列者一人ひとりに感謝を述べた後、リリ達は家に戻った。
ダドリーの葬儀から一週間後、「鷹の嘴亭」は営業を再開した。待ちかねた様に常連客が列を成し、再開初日から大忙しとなった。そしてその日の夕方、リリ達の家をジェイクが訪れた。
「ジェイクおじさん! もう体は大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫――うぉ!?」
階段を上り切った踊り場にアルゴが寝そべっていた為に、ジェイクが驚きの声を上げた。
「ア、アルゴか……びっくりさせんなよ」
アルゴは片目だけ開いてジェイクを見たが「フン」と鼻息を出してまた目を瞑った。
「ジェイク、どうしたの?」
キッチンから手を拭きながら顔を出したのはミリー。ミルケは寝室でお昼寝中だ。
「よぉ、ミリー。この家、防犯対策万全だな……。ああ、このアルゴの事で話があってな」
ダイニングテーブルを挟んでミリーはジェイクと向かい合った。リリが全員分の紅茶を淹れてテーブルに置き、母の隣に座る。
「私も聞いていい?」
「勿論だ。リリにも関係ある話だからな」
ジェイクは紅茶をひと口飲んでから話し始める。
「結論から言う。リリ、お前は冒険者登録しろ。それでアルゴを従魔として登録するんだ」
この世界では冒険者登録に年齢制限はない。貧しい家庭の子や孤児が生活費を稼ぐ手段として門戸を開いている。ただ、成人である十五歳までは最低のFランクから昇格することはなく、受けられる依頼も町中のお遣いや近場での薬草採取などに限られる。年少者の安全を考慮したルールだ。
「別に冒険者として活動しろって話じゃない。ただ、考えて欲しいんだが、この町ではアルゴは受け入れられてるが、もし他の町に行きたくなった時、アルゴを置いて行きたくはねぇだろ?」
「わふっ!?」
置いて行かれると聞いてアルゴが慌てたような鳴き声を出した。
「それはもちろん。……そっか、従魔として登録しておけば他の町に入る時に便利なんだね?」
「そういう事。一生マルデラから出ねぇってんなら無理にとは言わねぇが、そういう訳にもいかんだろ?」
リリはどこか別の所に行くなんて考えていなかったが、前世でも旅行くらいはした。この世界でもどこかへ行く機会があるに違いない。
「そうね……リリとアルゴの為にも、それが一番良さそうね」
「ああ。ただ、もちろん従魔の主人としての責任があるぞ? もし罪のない人を従魔が襲ったら、その従魔は処分され主人は奴隷落ちだ」
権利と義務は表裏一体である。従魔を知らない町に連れ込める代わりに主人が安全を担保するのはある意味当然だ。
「アルゴならその点大丈夫だよ。あとはアルゴが従魔になってもいいかだねぇ」
リリがそう言いながらアルゴを見ると、その場に姿勢よくお座りして尻尾をブンブン振っていた。傍に行って首を撫でながら尋ねる。
「アルゴは私の従魔になってもいいの?」
「わふっ!」
返事をして、リリの頬をぺろぺろ舐めるアルゴ。
「フフフ! アルゴ、従魔になってくれるって!」
「そ、そうなのか?」
「ええ、そうみたい。あの子達、お互いの言ってる事がちゃんと分かってるんじゃないかって時々思うわ」
翌日の午後三時。リリはミリーとジェイク、そしてアルゴを伴って冒険者ギルドにやって来た。最初に町に入ってきた時より二回り小さくなっているアルゴだが、これまで誰も疑問に思っていない。最初に見た者は、驚きと恐怖のせいで大きく見えたのだろうと勝手に勘違いしていた。
「あら、リリちゃん久しぶり。今日も訓練?」
「違います! 私、冒険者になります!」
「え?」
受付の女性職員は、困った顔で後ろに立つミリーとジェイクを見た。
「冒険者になって、アルゴを従魔登録します!」
「あ……なるほど、そういう事ね。ギルドマスターに許可を取るからちょっと待っててくれる?」
「はい!」
ギルドには何度も来ているので、職員はだいたい顔見知りだ。ギルドマスターには会った事がないが。冒険者登録して従魔登録すれば堂々とアルゴを連れて歩けるし、他の町にだって行ける。そう思うと嬉しくて、リリのテンションはいつもより高い。
そのまましばらく待っていると、先程の女性職員と共に一人の女性が階段を下りてやって来た。
「ミリー、久しぶりだね。ジェイク、体はもういいのかい?」
「アンヌマリーさん、久しぶり」
「ああ、もう問題ねぇ」
母とジェイクは顔見知りのようだ。その女性がリリに話し掛ける。
「あんたがリリアージュ・オルデンだね?」
「は、はい」
その女性には、淡いピンクと薄い黄色の靄が纏わりついていた。親愛と好奇心。
「あたしは、冒険者ギルド・マルデラ支部でマスターを務めてるアンヌマリー・ケイマンだよ。あたしもリリって呼んでいいかい?」
「あ、はいもちろんです、アンヌマリーさん!」
「あー、話は変わるけど、あんたうちで模写士として働く気はないかい?」
「モシャシ?」
「絵を描く仕事さ」
「なるほど……ごめんなさい、今は決められないです」
リリは絵を仕事にするつもりはない。漠然と「鷹の嘴亭」を継ぐのかな、と考えているがそれもまだ分からない。将来自分がどんな仕事をするか決めるには、八歳という年齢は早過ぎる。
「もう、アンヌマリーさん! リリはまだ八歳よ?」
「そうか、気が早過ぎたね……えーと、要はそのデカいわんころを従魔にしたいから冒険者登録するってんだろ?」
「そうだよ。何か問題か?」
ジェイクが少し苛ついた声を出すが、アンヌマリーはそれを無視した。
「リリ、従魔が問題を起こしたら主人が責任を取らなくちゃいけない。その覚悟はあるのかい?」
「はい、あります」
リリはアンヌマリーの目を真っ直ぐ見つめ返して答えた。アンヌマリーの眼差しは鋭いがリリは目を逸らさない。
「フッ。分かったよ、認めようじゃないか。この子の手続きと、従魔登録をしてやんな」
アンヌマリーが職員に指示し、彼女も嬉しそうにカウンターの中に戻り、書類を用意し始めた。
「ミリー、ダドリーは本当に残念だった。町を救ってくれたこと、礼を言わせておくれ」
「いえ……はい、彼も喜ぶでしょう」
「リリは……さすがはあんたとダドリーの娘だ。しっかりした良い子だね」
「ええ、自慢の娘です」
カウンターの端に手を掛け、背伸びしながら書類に記入するリリを眺める二人の視線には、優しさと慈愛がこもっていた。
「はい、これがリリちゃんの冒険者証。こっちが従魔の登録証明書よ。無くさないようにね」
「はい!」
リリは満面の笑顔で母の元へ走り、出来たばかりの冒険者証と従魔証明書を掲げた。
「お母さん見て! 私、冒険者になった!」
「ウフフ! そうね」
「ほら、アルゴも従魔になったよ!」
「ええ。ジェイクとアルゴにも見せてあげたら?」
「うん!」
リリは同じようにジェイクに見せ、アルゴにも見せた。リリがアルゴの太い首に抱き着くと、尻尾が残像を残す速さで振られる。
こうして、リリの冒険者登録とアルゴの従魔登録が無事済んだのだった。
夏がもうすぐ終わる頃。マルデラの住民達もすっかりアルゴに慣れた。その姿を見ても、道の端に避けたり目を逸らしたりする人は居なくなった。少なくとも町に住んでいる人達の間では、アルゴは少々育ち過ぎたリリの忠犬という認識である。犬好きで物怖じしない者の中にはアルゴを撫でる猛者も現れ始めた。
「鷹の嘴亭」の営業が終わると、リリはアルゴと共に冒険者の仕事を積極的にこなすようになった。とは言っても町中のお遣いや東西の門から近い範囲での薬草採取などだ。アルゴと一緒に居ると危険な獣や魔物が近付いて来ないようで、これまで危ない目に遭った事はない。年少者が受けられる依頼で稼げるお金は微々たるものだが、稼いだお金は全て母に預けている。
その日も西門から出た先の街道近くで、いつものように薬草採取をしていたリリとアルゴの傍を三台の馬車が通り過ぎようとしていた。隊商の馬車だ。騎乗した護衛の冒険者が馬車の前後に六騎居る。先頭と後尾の御者台に座っているのも護衛の冒険者のようだ。その全員がアルゴを見てぎょっとした顔になり、中には剣の柄に手を掛ける者も居た。
「あ、この子は大丈夫です、私の従魔なので! アルゴ、伏せ!」
無用の争いを避ける為、リリの方から声を掛けた。「伏せ」の指示を出したのも従魔である事を示すのが目的である。それでも冒険者達は警戒を緩めない。護衛なのだから当然だとも言えた。
「えぇっ!? めっちゃデカいわんちゃんやなぁ!」
その時、真ん中の馬車の荷台から少女が一人飛び降りて嬌声を上げた。その子はリリと同じくらいの歳に見える。オレンジ色の髪をボブカットにした、明るい緑の瞳が印象的な少女。護衛が止める間もなく、その子がリリとアルゴに走り寄って来る。
「この子あんたの従魔なん? すっごいなぁ、あんた!」
「えへへ。この子はアルゴっていうの。私はリリ」
「へぇー、リリとアルゴかぁ! うちはマリエルや」
マリエルから発する靄は濃い黄色。そこに少しピンクが混ざっている。強い好奇心と、恐らくはアルゴに向けられた親愛だろう。
「こらこらマリエル! 馬車から飛び降りたらあかん言うてるやろ?」
気付けば馬車は三台とも停車し、中年で小太りの男性が近付いて来た。その左右を護衛の冒険者が固め、油断なく周囲を警戒している。
「親父殿! せやけど、こんな立派なわんちゃん見た事ないやろ!?」
「そりゃそうやけど……ごめんなぁ、うちの娘が」
男性の最後の言葉はリリに向けられたものだ。薄い黄色、黄緑。警戒と恐縮。悪い人ではなさそうである。
「ほらマリエル、早よ行くで!」
「ああん……リリ、うちらマルデラに行くんやけど、リリはマルデラの子ぉ?」
「そうだよ」
「ほなら、町で会われへん? もっとアルゴと仲良うなりたいねん」
「だったら、私のうちは料理屋だから、明日のお昼に食べにおいでよ!」
「ほんま!? 行く行く、絶対行くわ! 何ていうお店なん?」
「『鷹の嘴亭』だよ」
「『鷹の嘴亭』やな、覚えた! 絶対行くからな、忘れんといてや!」
マリエルは父に腕を引っ張られて馬車に放り込まれた。最後まで「また明日なー!」と叫んでいた。それから直ぐに三台の馬車は出発した。元気な子だったなー。マリエルの姿を思い返したリリは、自然と笑みがこぼれた。
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