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109 天恵の重み

「な、なぁミリー。リリは良くない天恵(ギフト)だったのか?」

「そんなの私に聞かれても分からないわよ。あの子は話したくなったら話してくれるわ。それまで待ちましょう」


 神殿から自宅へ戻る間、リリは誰とも一言も喋らなかった。アルゴと念話さえしなかった。眉間に皺を寄せ、ずっと考え事をしながら歩いていた。


 天恵が「ウジャトの目」だったこと、これは想定内である。国に報告されることも然り。魔法適性についてはどうでも良いとすら思っていた。国がどんな反応を見せるか不安はあるが、それはまぁいい。


 そんなことより、女神ミュールが最後に言ったことが引っ掛かる。


『今後もあなたが良いと思うことに力を振るいなさい。例えそれが国を滅ぼすようなことであっても、躊躇わずに』

『難しい選択を迫られたら、正しいことを選ぶのではなく心の赴くまま振る舞いなさい』


 まるで、私が国に戦争を仕掛けるみたいじゃない。しかも、そのせいでその国が滅びる可能性があるってこと? 選択が難しい時は、善悪じゃなくて感情のままに力を使えってことなのかな?


 女神の言葉をどう解釈すれば良いのか、それに悩んで一人考え事をしていたのだ。


 アルゴは、女神とリリの間でどんな会話があったか概ね分かっていた。だからリリをそっとしておいた。

 一方、神殿に行く時とは雰囲気がまるで変わってしまったリリに、ミリーやジェイクたちは戸惑うばかりだ。いつもなら冗談交じりで話し掛けるが、祝福の儀の後ということで何が地雷か分からない。それで話し掛けるのを躊躇っているうちに家に到着してしまった。


「よし、考えても分からん!」


 門の前で、リリが突然宣言した。その顔はいつもの明るく可愛らしいものに戻っていた。この時、リリ自身気付いていなかった。女神から掛けられた言葉の意味を考えることで、本当の自分の気持ちから目を逸らしていたことに。


「さぁ、お祝いするわよ! みんな、入って入って!」

「そ、そうだな!」

「「「「お邪魔します!」」」」


 リビングの広いテーブルに、昨夜から作っておいた料理を並べていく。必要なものは温め直し、最後の盛り付けを行う。リリはいつも通りそれを手伝った。リリとミルケは果実水を、大人たちはワインを片手に乾杯の準備をする。


「あれ? 私、天恵が何だったか言ったっけ?」

「言ってないわよ? 教えてくれるの?」

「当たり前じゃん。『ウジャトの目』だったよ」


 さらりと爆弾が落とされる。ここにいる全員が、リリの天恵は恐らく「ウジャトの目」だろうと聞かされていた。だがアルゴとミルケ以外は、出来れば違っていてくれ、と願っていた。リリが面倒事に巻き込まれない天恵なら何でもいい、と。


 しかし現実は、やはり「ウジャトの目」だった。


「リリ、おめでとう!」


 ミリーが先陣を切った。そう、これはお祝いなのだ。成人は十五歳だが、祝福の儀を経たらもう大人と同等に見做される。そのお祝いなのだ。


「「「「「リリ、おめでとう!」」」」」

「おねえちゃん、おめでとー!」

「わふっ!」


 全員から口にされる祝いの言葉。それは素直に嬉しい。でもリリは言わねばならなかった。


「みんな、ありがとう。そしてごめんなさい。私が『ウジャトの目』を授かったせいで、みんなに心配をかけるかも――」


 リリの言葉を遮るようにミリーが力いっぱい抱きしめる。


「謝ることなんてない。あなたは何も悪いことなんてしてないんだから。大丈夫、お母さんがあなたを守るわ」

「うぅ……うぐっ、ひっぐ」


 リリは、今まで抑えていた涙が堪え切れなくなった。


 望んで「ウジャトの目」を授かったわけではない。目が良くなるように望んだだけだ。歴史に名を残すような人が授かった希少な天恵が欲しいなんて一度も思ったことはない。私はそんな凄い人間じゃない。勝手に期待されてもそれに応える自信なんてない。


 だけど授かってしまった。今日、それが確定してしまった。その結果どんなことになるのか不安で押し潰されそうになる。自分の天恵のせいで、大切な誰かが傷付くことにならないだろうか? みんなに迷惑をかけてしまうのではないだろうか?


 この時、ジェイクたちもようやく気付いた。リリはその小さな肩で「ウジャトの目」という重圧に耐えようとしていたのだ。その上、自分たちに心配をかけたくないと思っている。


「リリ、すまねぇ。俺としたことが弱気になっちまってた。お前のことは俺が命に代えても守る」


 ジェイクはリリの背中から、ミリーごと抱きしめた。


「リリちゃん、ジェイクさんだけじゃ頼りないから、俺たちだって守るからね?」

「ああ。今までも、これからも、ずっとだ」


 アルガンとクライブが傍に来てリリの肩に手を置いた。


「私だって。レイシアを救ってくれた恩は、まだ返せてないんだから!」

「年の離れた妹を苛める奴は私が許さないわ!」


 ラーラとアネッサは、両側からリリの手を握ってくれた。


「お、おねえぢゃんはぼぐがま“も”る!!」


 ミルケは泣きながらミリーとリリの間に無理やり体を押し込んできた。


 みんなみんな、ありがとう。みんなみんな、大好きだよ。





 一頻り泣いてすっきりした後、腫れた目に自分で治癒(ヒール)を掛けたリリは、モリモリと料理を頬張った。大人たちも落ち着いて、ワイン片手に食事を楽しんでいる。リリの隣にアルゴがそっと寄り添い、先程から念話で会話していた。


『良い者たちに囲まれているな』

『うん。恵まれてると思う』

『神眼に責任は伴わん。ウジャトの目などと勝手に名付けて有り難がっているのは人間の都合に過ぎんのだ。女神の言う通り、リリは思うままに生きれば良い』

『うん』

『それを邪魔するものは何であろうと我が排除する。だから安心せよ』

『うん。ありがとう、アルゴ。大好き』


 アルゴの尻尾が遠慮がちに揺れる。室内だし食事中なのでかなり自制しているのだ。


 スタートは湿っぽくなってしまったが、リリは改めて思い直した。一人で全て抱える必要なんてないんだ。ここには、家族と家族同然の人たちがいて、みんなが頼っていいって言ってくれてる。

 だから、みんなに甘えさせてもらおう。一人で解決できないことは、今までのように力を貸してもらおう。


 そう考えたら、どんなことにも立ち向かえそうな気がした。





 それから十日ほどの間に、リリは近しい人全てに天恵のことを伝えた。マルベリーアン、コンラッド、マリエル、シャリー、アリシアーナ、ラムリー、プレストン長官の七人だ。


 全員に共通して言われたことは、「ウジャトの目」を授かってもリリはリリである、ということ。天恵で付き合いが変わるわけではない、これまでと何ら変わることはない、と言ってもらえた。その上で、困ったことがあったらいつでも力になる、と付け加えられた。リリはみんなの優しさに、またちょっと泣いてしまったのだった。


 「ウジャトの目」ショックとも言える十日が過ぎ、リリの気持ちにも整理がついた。開き直ったとも言う。今のリリは「来るなら来いやぁ!」という気分である。そして、いよいよ大公の長女、エリザベート・バスタルド・スナイデルの美容治癒を施術する日を迎えた。


 いつものように、マリエルが御者を務める馬車でファンデルの文字通りど真ん中を目指す。貴族区の防壁を抜け、真っ直ぐ進むと更に高い防壁が行く手を阻む。その先は中央街区、まさにスナイデル公国の中枢を担う場所だ。中央街区には省庁、官庁、大公館と大公邸、そして近衛騎士団の団舎のみが置かれている。


 中央街区の真ん中にあるのが大公館。その北に隣接するのが大公邸だ。リリとマリエルが向かっているのはこの大公邸になる。


 貴族区もそうだが、当然のことながら中央街区は入区に厳しい制限が掛けられている。平民だけでなく貴族でも通行証、或いは召喚状や招待状を持っていなければ通行できない。


 いつも飄々としているマリエルも、さすがに今日は緊張しているようだ。エリザベート・バスタルドの名で招待状を貰っているのだが、門兵に渡す手が震えているように見える。その緊張がリリにも伝わり、いつも以上に緊張してしてしまう。


 中央街区の整備された道をゆっくり進むと瀟洒なお屋敷が見えてきた。それは、大公とその家族が住んでいる割には質素とさえ言えそうな屋敷だった。メイルラード侯爵邸の方が大きいのではなかろうか。横に広い三階建てだが、作りも凝った所はなくシンプル。黄色味がかった外壁、焦げ茶色の屋根と窓枠。ファサードに三角屋根と細い円柱があるものの、特に意匠が凝らされている印象はない。


 一言で表すと「普通」であった。もちろん平民の家と比べると豪邸なのだが。


 騎士による何重ものチェックを受け、ようやく大公邸の馬車寄せに到着した。悪いことをしているわけでもないのに、カノンに変装したリリはずっとドキドキしっ放しである。


 玄関の前には侍女と執事が待ち構えていた。クノトォス辺境伯家の執事、ボームスさんを彷彿とさせる、銀色がかった白髪が渋いおじいちゃん執事さんだ。


「執事のラングルドと申します。ようこそお越しくださいました」


 ラングルドさんは、どこの馬の骨とも知れぬ小娘二人にとても丁寧に接してくれた。好感度爆上がりである。リリとマリエルも挨拶を返し、ラングルドさんに案内されて大公邸の中に入った。


 外観と同様に一見質素な内装だが、よく見ると全ての調度品が上品かつ洗練されていた。床に敷かれた絨毯にはシミ一つなく、足音を完全に吸収する上に歩き心地が抜群。天井から下がるシャンデリアは仄かな光を投げかけ、あちこちに活けられた生花からは瑞々しい花の香りが漂ってくる。


 これが、この国で一番偉い方が住んでいるお屋敷か。訪れる人をリラックスさせようという心遣いが随所で見られた。リリたちの緊張もいつの間にか解けている。


「こちらでエリザベート様がお待ちでございます」


 広い廊下を歩き、控え目な装飾が施された扉の前で足を止めた。


「エリザベート様、マリエル・ダルトン様とカノン・ウィザーノット様をお連れしました」


 大きな扉が音もなく開かれる。そこは大きな窓ガラスから花が咲き誇る庭が見渡せる、広い応接間だった。そして、応接間にはそぐわない猫足のついた浴槽が二つ並んでいる。


「まぁまぁ、よく来てくれました! どうぞこちらへ」


 金髪碧眼、細身で人形のように美しい顔をした女性が、満面の笑みで迎えてくれた。


「マリエル・ダルトンと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」

「カノン・ウィザーノットと申します。美容治癒の施術を担当いたします」

「思っていたよりずっと若い方なのね! キャスリーからお話は聞いています。お話だけではとても信じられませんが、本人を見たら一目瞭然ですわね!」


 大公の娘と聞いてどんな我儘娘かと構えていたが、とても気さくで接しやすい女性だった。


「ご存じとは思いますが、私は年下の夫を婿に迎えていますの。それで、お恥ずかしい話ですが……夫をもう一度夢中にさせたいのです!」


 バスタルド公爵家の長女としては他国へ嫁ぐわけにもいかず、かと言って他の公爵家に嫁ぐと血が濃くなり過ぎる。家格の釣り合う相手がいない、という公爵家独特の悩みを抱えていたが、侯爵家の次男を婿に取ることで折り合いを付けた。

 三人の子供たちは立派に成長し、それぞれ重職に就いている。子が独立し、自分たちのことを顧みる余裕も生まれたが、長年連れ添った夫婦はもはや男女というよりも家族。それはそれで良いものだが、このまま老いていくのも何だか悔しい。何か良い手はないかと考えていたところに、見違えるほど若返ったキャスリー・メイルラードとお茶会をする機会があったのだと言う。


 このまま放っておいたら熟年夫婦の夜の営みについて愚痴を聞かされそうだったので、早速施術に入ることにした。


 二人の侍女を残し、他は全員退室する。


「カノンさん、服を脱いだ方が良いのですよね?」

「はい、お願いします」


 リリは背を向けてしばらく待つ。貴族女性は幼い頃から侍女が風呂に入れて世話をするし、大人になってもそうらしい。だから同じ女性に裸を見られるのは抵抗がない、というのはマリエルから聞いた話である。これまで施術した貴族女性は皆、体を隠そうともせず堂々としていた。見ているこちらが恥ずかしくなるほどだ。


「もうよろしいですわよ?」


 リリが振り返ると全裸のエリザベートが寝台に横たわっていた。やはり、というか今までの女性の中で一番堂々としている。あまりジロジロ見るのは失礼なので、リリは寝台の横に据えられた椅子に座り、まずは浄化魔法を発動した。淡い金色の光がエリザベートを一瞬包み、その後すぐに黄緑色の眩い光が応接間を満たす。


「はい、終わりました」

「も、もうですの!?」

「はい、大丈夫ですよ」


 エリザベートは侍女の手を借りて氷風呂に頭まで浸かる。耐えられなくなったら隣に置かれた湯の入った浴槽へ。そしてまた氷風呂へ。これも既に見慣れた光景だ。


 アルゴによって魔力の制御が段違いに上手くなった現在、魔法の発動時間が短縮されたと同時に、副作用である耐え難い痒みも以前の十分から五分程度で治まるようになった。効率よく皮膚が再生されるからだろう。瘡蓋も五日ほどで綺麗になくなるようだ。


「はぁ……聞いていたほど酷い痒みではありませんでしたわ」

「それは良かったです」

「このような恰好で申し訳ないのですけれど、少し話をさせていただいてもよろしいかしら? カノン・ウィザーノットさん、いえ、リリアージュ・オルデンさん?」

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