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105 魔法で山を消し飛ばすのはロマンだよね

「じゃあ爆発魔法から行くね? 爆発球エクスプロードスフィア!」


 直径二十センチの火球が、視認ギリギリの速さで岩肌に向かう。着弾の瞬間、リリは半径三メートルのドームで着弾点を覆った。


「「なっ!?」」


 くぐもった爆発音、足裏に届く振動。ドームに遮られた炎は、シャリーとアリシアーナの目には半球の業火にしか見えない。三十秒程で炎が消え、山肌は新たに洞窟が出来たように深く抉れていた。


 シャリーとアリシアーナは、その様子に目を見開き、口をぱくぱく開け閉めしながら呆然と見ている。アルゴは機嫌良さそうに尻尾をゆっくりと振っていた。


「今のは何ですの!?」

「どうやったんだ、姉御!?」

「やっぱりそうなるよね……」


 リリはまず、無属性で作った透明なカプセルを手の上に出現させた。


「これはね、無属性の球なんだ」


 二人は恐る恐る指先でつつく。まるで空気の歪みのようだが、確かに存在しているのが分かった。


「この中に、水素っていう燃える空気を思いっ切り詰め込むの。その周りを火で囲んで目標に放つ。球が割れると水素に引火して大爆発を起こすってわけ」


 そして、爆発の範囲を限定するために、着弾点の周りを同じ無属性の球で囲んでいるのだ、と説明した。


「いやまず、無属性でそんな球を作れるなんて聞いたことないぞ!?」


 そんなこと言われても出来ちゃったんだもん。たぶん、ずっと無属性の魔力弾を使ってたからだと思うけど。


「それに、その『すいそ』って何ですの!?」


 水素については一旦忘れて欲しい。燃えるガスというものがあって、その一種だと思ってもらえれば。


「と、とにかく、これはそういう魔法だから。じゃあ次、雷行くよ?」


 二人は納得がいっていない顔をしているが、前世の記憶があるリリからすれば、そもそも魔法って何? という話なのだ。魔法はイメージが全て。これで乗り切ろう。


「あ、眩しいから直視しない方がいいかも。雷球(ライトニングスフィア)!」


 岩肌に当たった雷球も、同じように無属性のドームで覆う。その中で雷が縦横無尽に炸裂し、真っ白の眩い光と振動がしばらく続く。


「こ、これはいつまで続くんですの……?」

「あの山、なくなるんじゃねぇか……?」


 いやいや、山がなくなるなんて、そんな訳ない……ないよね? でもそんな凄い魔法ってちょっと憧れるなぁ。


『もう少し大きい球を作れば、山ごと消し飛ぶな』


 アルゴが念話で教えてくれたが、リリは聞かなかったことにした。やっぱり自然破壊は良くないと思うの。


 たっぷり五分程経ってからようやく雷が静まった。ドームを解除した後には、爆発球で出来た洞窟の二倍くらいの新たな洞窟が生まれていた。


「「…………」」


 もはや何も言えなくなってしまった二人。球を大きくすればもっと威力が高くなることは黙っておこう、そうしよう。


「これ、姉御が一人いれば解決なんじゃねぇか?」

「シャリー、それは違うよ? どんなに威力が高くても、一度に色んな方向を攻撃できるわけじゃない。それに、その攻撃が効かない敵がいるかも知れない。だからパーティを組むんだよ」

「そうか……そうだな!」

「一番強いリリがそう言うんですから、パーティはやっぱり必要ってことですわね!」


 一番強いかどうかはさておき、パーティの必要性は伝わったようだ。今日の目的は、お互いの能力を確認し合うこと。これについては十分達成と言えるだろう。次はポジションを決め、どの方向の敵を担当するかを決めるのだが、これは「金色の鷹」の戦いを見てからの方がイメージしやすいかも知れない。


「よし、今日は帰ろうか」

「おう!」

「はい!」


 またアルゴが先頭を歩き、三人はその後ろを並んで歩く。街道に到着すると疲れた顔のセバスに迎えられた。アリシアーナの顔を見てあからさまにホッとしている。そんなに心配性で、この先大丈夫なのだろうか。


 眉間に皺を寄せて青白い顔をしているセバスのことは棚上げし、リリたちは魔法談義に花を咲かせながら帰途に就いたのだった。





 それから二日後。「名もなき迷宮」へ行く日となった。


 ジェイク、アルガン、アネッサ、クライブ、ラーラの五人は、リリの誕生会という名の飲み会でアリシアーナとも面識がある。シャリーは一緒に旅をしたので言わずもがなだ。


 シャリーは既に冒険者登録をしていたが、アリシアーナはまだだったので前日に登録していた。


 今回はリリも初めて通る西門から出発である。リリが購入し、「金色の鷹」が維持・管理している馬車で北区の貴族区へ続く門に向かい、そこでアリシアーナを拾った。シャリーはリリの家まで来ていたので既に一緒だ。客車にはリリたち三人とラーラ。御者台にジェイクとアルガン。アネッサとクライブはそれぞれ馬に乗っている。アルゴはいつもの通り馬車の後ろからひっそりと付いて来る。


「迷宮までは半日の距離よ。今夜はそこで野営して、明日の朝イチから迷宮に入るからね」


 今回の依頼は調査である。迷宮の難易度は、おおよそ五階層までに出て来る魔物の強さで判断できるそうだ。だから最大で五階層まで挑むことになる。魔物の強ささえ分かれば良いのだが、新しい迷宮のため地図はない。次の階層へ続く階段や坂を探すのに時間がかかるから、通常なら数日泊まり込みになる案件だ。


「アルゴがいてくれて助かるわぁ!」


 そう。探知に優れたアルゴがいるおかげで、五階層まで行って戻るのに一日で済む可能性が高い。報酬的に旨味のある依頼ではないので、全員がさっさと終わらせたいと思っている。実は、ジェイクがリリを誘ったのもそれが理由だったりする。


「どんな魔物がいるのかな?」

「一階層しか見てないらしいけど、そこはリザード系が多かったみたいよ?」


 トカゲか……。ラルカンみたいに可愛かったらどうしよう? などと心配するリリだが、リザード系の魔物は体長一メートル以上あり、獰猛な顔付きをしている。ラルカンとは似ても似つかないので安心して欲しい。


 その後は、一昨日見たリリの魔法がいかに規格外だったか、シャリーとアリシアーナが競うようにラーラに聞かせていた。時折ラーラから呆れた目で見られたが、リリとしては心外である。だってラーラはリリの魔法の師匠なのだから。師匠の教えのおかげで、弟子は立派に成長しました。ラーラがリリの心の声を聞いたらこう言っただろう。私、そんなつもりじゃなかった、と。


「そう言えば、今回セバスさんは来なかったんだね?」

「来てもセバスが役に立つ場面はないですわ、と言ってお留守番させましたわ」

「そ、そうなんだね」


 悔しがってハンカチの端を噛んでいるセバスの姿が目に浮かぶ。


「なぁ姉御、オレたちも魔物を倒していいのか?」


 シャリーの問い掛けに、リリはラーラを見た。ラーラは軽く頷いて返す。


「一番の目的はSランクパーティの連携を見ることだからね。彼らの邪魔にならなければ倒してもいいと思うよ?」


 リリの答えにシャリーは嬉しそうに頷いた。リリたち三人は「金色の鷹」から少し離れて後ろから見学する予定だ。だから後方から来る魔物は倒しても問題ないだろう。


 何度か休憩を挟みつつ西に向かい、野営ポイントに到着した。これまで通って来た街道をさらに西に進むと、リッツラーデルという大きな街があるそうだ。今回新たに出来た迷宮は、ファンデルとリッツラーデルの中間辺りに位置することになる。


 男性陣が手早く三つの天幕を張り、女性陣は夕食の準備を行う。石を積んで簡易の竃を作り、薪になる木を拾って火を熾す。料理担当はもちろんリリ。竃の準備が行われている間に食材を刻んで下準備を済ませる。

 本当なら、街から半日の距離なので買って来たり持って来たりした料理で済ませても良いのだ。だが、「金色の鷹」メンバー全員一致でリリに料理して欲しいと頼んだ。リリも料理は好きなので快諾した。


 メニューは簡単なシチュー。小麦粉を使ったルーを持って来たので、具材を煮込んだら溶かし込むだけだ。そこにリリ特製調味料からハーブ塩や胡椒、いくつかの香草を加えてオリジナリティを出していく。街で買ってきたパンをスライスすれば出来上がりである。


「何ですか、これは!? 野営とは思えない深みのある味ですわ!」

「そうだろ? 姉御の料理は絶品なんだぞ!」


 シャリーはシュエルタクスからファンデルまでの旅で何度もリリの料理を口にしていたが、アリシアーナは演習でも別の組だったため初めてだ。侯爵令嬢の口にも合ったようでリリも安心した。「金色の鷹」のメンバーは、ジェイク以外が久しぶりに食べるリリの料理に夢中でがっついている。何故かジェイクも張り合ってがっついていた。


 みんなで夕食の後片付けをしたあとは寝るだけだが、交代で見張りをすることになっている。これまでの旅で野営するときは「金色の鷹」が全部やってくれていた。しかし今回はリリたちも見張りを体験しようということになった。


 三交代で、最初がシャリー、ラーラ、クライブ、一番きつい真ん中がリリ、ジェイク、アルガン、最後がアリシアーナ、アネッサという組み合わせである。真ん中がきついのは睡眠が切れ切れになるからだ。


 女子用の天幕でアルゴに寄り添って眠っていたリリをシャリーが揺り起こす。


「姉御、交代の時間だぞ?」


 アリシアーナが眠っているので小声である。


「ん~……むにゃむにゃ……」

『リリ、起きよ……リリっ!』

『ふぁい!?』


 アルゴに念話で起こされたリリは、眠い目を擦りながら天幕の外に出る。小さな水球を出して顔を洗い、タオルで拭くと少し頭がしゃっきりとした。焚き火を囲むように、既にジェイクとアルガンが丸太を椅子にして座っている。


「よう、起きたか」

「二番目はきついよねぇ」

「全然寝た気がしない」


 二人は今起きたばかりとは思えないくらい、目もパッチリ開いて普段通りだ。さすがSランク。野営の見張りは慣れたものなのだろう。アルガンから湯気の立つ紅茶のカップを両手で受け取り、息を吹きかけながら啜る。リリが適当な丸太に腰掛けると、アルゴも隣に寝そべった。


 時折パチパチと爆ぜる音がする焚き火はオレンジ色の優しい明かりを投げかけている。ゆらゆらと揺れる炎を見ていると催眠術に掛けられたように瞼が重くなった。リリは眠気を吹き飛ばすように頭を振る。黙っているから眠くなるんだ。こういう時は喋らないと。


「見張りの時はどんな話をするの?」

「あ~、特に何も」

「あんまり話さないね」

「えぇぇ……」


 それで居眠りしないって凄いよね?


「周りを警戒しなきゃならねぇからな。武器や防具の手入れをしたり、火を絶やさないようにしたり、眠くなったらその辺を歩き回ったりだな」

「そ、そっか」


 リリは索敵マップを起動しているので、敵意のある生き物が近付けばすぐに分かる。便利な能力だが、マップに頼ると眠くなってしまうなんて考えもしなかった。


 特に何も話さないと言いながらも、二人はリリに気を遣ってポツポツと話し掛けてくれる。それでも気を抜けば眠ってしまいそうで、リリは十分おきに立ち上がってはその辺を歩き回った。


 あと少しで交代という時間。アルゴがむくっと起き上がり、暗がりの向こうを睨んだ。


「むっ?」


 リリのマップにも赤い点がいくつか映ったと思うと、物凄い速さで迫って来た。


『アルゴ?』

『レッサーワイバーンの群れだ。何もしなければ通過するだろう』


 リリの様子に何かを感じたジェイクが問い掛ける。


「リリ、何か来るのか?」

「あー、レッサーワイバーンの群れだって」

「「何っ!?」」


 ジェイクとアルゴは武器を手に取って立ち上がった。


「何もしなければ通り過ぎるってアルゴが言ってるよ」

「ほ、ほんとかよ……」


 それから一分ほど、三人は息を殺しながら群れが頭上を通過するのを待った。リリは索敵マップを見つめ、いつでも魔法が撃てるように準備する。すぐに遠くで雷が鳴るようなゴロゴロとした音が聞こえ、何か大きな物が立て続けに月明かりを過るのを感じた。ゴロゴロ音が遠ざかり、また元の静寂の中、焚き火が爆ぜる音が聞こえる。三人は同時に息を吐いた。


「……レッサーワイバーンって、強いの?」

「ああ、すげぇ強いぞ? 亜竜だからな。久しぶりに見たぜ」


 この世界に(ドラゴン)はいないと聞いたが、亜竜はいるのか。


「人が住んでる所には滅多に来ないんだよ」

「そうなんだ」

「前に戦った時は死ぬかと思ったもんな」

「そんなに!?」


 ほんの一瞬、遠くからシルエットを見ただけだから、その脅威度が分からない。


「体長は翼を含めずに十メートル以上。鱗がバカみたいに硬くて剣が通らないし、魔法も半端な威力だと弾くんだよね」

「えぇぇ……どうやって倒したの?」

「そん時ゃ、俺たちがヤツの気を引きながら、ダドリーとアネッサが魔法を撃ちまくってなんとか倒した」

「ほぇぇ」


 通り過ぎてくれて本当に良かった。


『フン。あれは少し大きな飛びトカゲだ。リリの雷球なら一撃だな』

『……ほんと?』

『ああ。何なら何体か呼び寄せるか?』

『それは絶対にやめて』


 倒せなかったら誰かが怪我するかも知れないし、倒したら倒したでなんだか面倒臭い予感がする。


『面白いと思うがな』

『いや、面白くないと思う』


 アルゴには申し訳ないが、こちらを襲って来ない限りわざわざちょっかいを出す気はさらさらない。


『あ……』

『どうした?』

『今フラグが立った気がする』

『ふっ……メルディエールも良くそんな言葉を口にしておったな』


 その後は特に魔物が襲ってくることもなく交代の時間になった。アリシアーナは肩を揺するとすぐに目を覚まし、意気揚々と見張りに向かった。


 リリは、レッサーワイバーンの群れと遭遇しかけたことでアドレナリンが放出され、結局朝まで寝付けなかった。口の端から涎を垂らしてぐっすり眠るシャリーを少し恨めしく思いながら、朝食の準備を始めるリリだった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

そのひと手間が作者の執筆意欲を掻き立てるのです。

そう、掻き立てるのです!(大事なので2回言いました)

今後もよろしくお願いいたします!!

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