100 難しい話の後は魔法で発散
100話まで来ました。これも読んで下さる方のお陰様でございます。
いつもありがとうございます!
シャリーとアリシアーナから特務隊への推薦を頼まれた翌日、担当秘書官のラムリーがリリの自宅にやって来た。
「ラムリーさん、丁度よかった」
「それは良かったっす?」
リビングに通してお茶を淹れ、ラムリーの正面に座った。
「襲撃事件の中間報告に来たっす」
最終試験でのリリ襲撃、さらに入学式の講堂襲撃からほぼ半年が経過している。
「繋がりがややこしくて調査に時間が掛かって申し訳ないっす。まだ確定じゃないっすけど、黒幕はスードランド帝国の領土拡大派の筆頭貴族、ビーストテラン侯爵だと目されてるっす」
簡単にまとめると、スードランド帝国の領土拡大派がスナイデル公国を侵略する準備の一環で、大きな戦力となり得る瘴魔祓い士に打撃を加えようとしている、というのが調査報告の骨子である。
スナイデル公国の南には大河を挟んでリングガルド王国がある。リングガルドは、リリが生まれるより前、二十三年前から貴族の内乱が続いている国だ。
「リングガルドについては公国でもずっと調査していて、内乱のきっかけを作ったのはスードランド帝国でほぼ間違いないそうっす」
スードランド帝国は、リリ達が以前住んでいたアルストン王国の南に位置する大国。西の山脈を隔ててリングガルド王国と接している。
帝国は長い間拡大路線を歩んできたが、大きくなり過ぎた領土で様々な問題が噴出。その中でも、食料問題と併呑した国の元貴族、この二つが特に大きな問題である。これらを解決するため、帝国の皇帝派閥を中心とした内政重視主義派、版図を更に広げることで問題を解決しようとする領土拡大派、これら二つの派閥がお互いに睨みを利かせている。後者の派閥は主に帝国が併呑した国の元貴族で構成されている。
リングガルド王国は帝国が仕掛けた内乱によって疲弊し、最早いつでも侵攻して落とせる状態。だが、帝国が本当に欲しいのはスナイデル公国なのだ。
スナイデル公国は決して大きな国ではない。だが、北の海から採れる塩と海産資源、国内に有するいくつかの鉱山資源、さらに先進的な魔道具の開発力など、帝国から見て大きな魅力がある。
また、公国を落とせばシェルタッド王国・ルノイド共和国・ベイヤード共和国へ侵攻するための強力な橋頭保となるという地理的要因もあった。
「帝国が黒幕っぽいのは分かりましたけど、瘴魔祓い士にちょっかいを掛けると公国への侵略が有利になるんです?」
「祓い士は最上位の炎魔法を使える人が多いっす。例えば五十人の祓い士が侵攻してくる敵軍に紅炎をぶっ放せば、相当な損害を与えることが出来るっすよ」
「なるほど……でもそれは敵も同じでは?」
「我が国ほど紅炎を使える魔術師を抱えている国は他にないっす。帝国でもそれは同じなんす。あ、唯一匹敵するのはクルーセルド王国くらいっすかね」
瘴魔祓い士という資格があり、国が毎月一定の給金を支払う制度があるのは、ここスナイデル公国とクルーセルド王国の二か国のみ。
瘴魔と戦えるだけの炎魔法が使える者はこの二か国にかなり集中している。冒険者より生活が安定するし、人々から尊敬もされるからだ。公国ではそれが原因で安定志向の祓い士が増えているという問題があるわけだが。
「恐らく、リリさんと学院の襲撃は、学院と協会に揺さぶりをかける目的っす。瘴魔祓い士は基本単独で活動してるから、個別に狙われると弱いっす。自分たちが狙われていると思わせるだけで一定以上の効果があると考えられるっす」
スードランド帝国は、リングガルド王国を弱体化させるのに二十年以上を費やしている。襲撃事件は公国に対する攻撃のうち、氷山の一角かも知れない。帝国は望むものを手に入れるためなら数十年単位で侵略を仕掛けてくる。そういう国なのだ。
それでも、内政重視主義派と領土拡大派という二つがお互いを牽制しているので、いきなり大侵攻とはならないだろうというのが大方の予想である。
「瘴魔っていう共通の敵がいるのに、国同士で争ってる場合なんですかねぇ」
「いや、ほんとそうっすよ! 帝国のバカ貴族どもは、もっと国民に目を向けるべきっす!」
そうは言っても、支配者層の欲望は際限がないのだろう。困ったものである。
当面、帝国の動きや怪しい人物については監視を続けるそうだ。公国にも帝国の協力者がいるようなので、その炙り出しを急いでいるらしい。
「私の方もラムリーさんにお願いがあるんです。プレストン長官とお会いする機会を作っていただけませんか?」
「会談の目的は何っすか?」
「特務隊の隊員に推薦したい人がいるんです。それと、祓い士の活動方法についてお話がしたくって」
「推薦! いいっすね。そういうことならすぐに時間作ってくれるはずっす。調整が出来たらお知らせに来るっすよ!」
ラムリーはそう言い残して颯爽と帰っていった。
ふぅ。難しい話をたくさん聞いて、何だか疲れちゃった。演習明けの休みは今日を含めて残り六日、今日もたっぷり魔法の練習をするつもりだったんだけど、どうしようかな……。
――ポポーン、ポポポーン
気の抜けるような音がする。インターフォン魔道具の呼び出し音だ。
「はい、どちら様でしょう?」
『あ、コンラッドです』
「え!? ちょっと待ってください!」
リリは玄関先に置いてある姿見で自分の姿をチェックする。服とか髪とか変じゃないよね。そう言えば、コンラッドさん一人かな? 師匠と一緒かな?
玄関から出て、小走りで門の所へ行く。どうやらコンラッド一人のようだ。
「お待たせしました!」
「急に訪ねてごめん」
「いえ。何かありました?」
「いや、大した用じゃなんだけど……一緒に食事に行くの、いつがいいかと思って」
「一緒に……食事……?」
「あ、ほら。昨日リリがそう言ってくれたから」
……言った。言ったわ。勢い任せで何言っちゃってんの、私? リリは思い出し、急に恥ずかしくなってきた。
「あ、あ、あの、嫌だったら別に――」
「嫌なわけない。二人で食事に行こう」
「はい」
「明日の昼とかどうかな?」
「はい、大丈夫です……ただ、任務が入らなければ、ですけど」
「ハハハ! それはお互い様だね」
「そうですね」
「じゃあ明日、十一時半に迎えに来るよ」
「分かりました。あ、お茶でも召し上がって行きませんか?」
「ありがとう。でも師匠に用事を言いつけられてて。また今度誘ってくれたら嬉しいかな」
「はい、ぜひ!」
ずっと門の所で立ち話だったので、もっと早く家の中に誘えば良かった、と反省するリリ。離れて行くコンラッドの背中を見送りながら、今の会話を反芻していた。
「アハハハ……デートの約束しちゃった」
前世で何度もデートの経験があるはずなのに、まるで初めてのデートのように胸が高鳴る。いや、この世界では確かに初めてのデートなのだ。顔がにやけてしまう。
『何か良いことがあったのか?』
玄関を入るとアルゴに話し掛けられた。
『うん。明日のお昼、コンラッドさんとお食事に行くことになった』
『そうかそうか。リリもそういうお年頃になったというわけだな』
なんだかお父さんと言うよりお祖父ちゃんみたいな言い草だな、と思った。
『何事もなければ良いが』
ハッ! とアルゴを振り返る。今、ゴゴゴゴと背景に擬音を纏った巨大なフラグが立ち上がった幻視が見えた。これはマズい。非常にマズい。こういう時に限って瘴魔が出たり誰かが襲ってきたり、何かしら事件が起こって初デートがふいになるのだ。そして次の約束にも邪魔が入る。そうやって擦れ違いが続くうちにご縁が無いのかもなんて思ってしまって、それでもお互い惹かれ合って諦めきれず、そうこうしているうちに恋のライバルが現れたりして、周りが早くくっついちゃえよとかイライラし始めて、グダグダしてると何年も過ぎて結局あの恋は何だったんだろうってなって……
「いやぁぁあああ!」
リリは頭を抱えて蹲った。
『どうした、リリ!?』
『明日は! 絶対! 食事に行く!』
『う、うむ。行けば良いと思うぞ?』
前世で見たドラマの影響だろう。フラグとか考え過ぎだ。それにドラマみたいなことなんて滅多に起こらないからドラマになるのだ。うん、大丈夫。明日は普通にご飯を食べるだけなんだし。
「よし、アルゴ! 『焔魔の迷宮』に行こう!」
こういう時こそ魔法の練習。計画していたことを計画通りにやるのがいいのだ。決してストレス発散で魔法をぶっ放したいわけじゃないよ?
「雷撃針!」
直径一ミリ、長さ三センチの雷針。それがリリの周囲に百本現れ、迷宮の壁に撃ち込まれる。針は壁に突き刺さった瞬間に極めて小さな爆発を起こし、壁の表面がほんの僅かに削れて黒い焦げ跡を残す。百本なので、それなりの範囲が黒くなった。
『へぇ~! リリの雷魔法、結構すごいね!』
肩に乗ったラルカンが感嘆の声を上げて褒めてくれる。リリはむふっと鼻息を荒くした。
アルゴの背に乗せてもらってやって来た「焔魔の迷宮」五十階層。しばらくするとラルカンも転移してきて、アルゴと一緒にリリの魔法を見てくれているのだ。
「雷球」は威力が大き過ぎる。リリが出した直径二十センチでも、相手が瘴魔王でもなければオーバーキルだし、街中では使えない。それで威力を低くする練習をしていた。ようやく直径一ミリの針状まで小さくすることに成功したのである。
余談だが、リリは魔法を発動する際に「詠唱」を必要としない。魔法名を口にするのは、周囲に何の魔法を発動するか知らせるため。ただ、水魔法についてはこれまで名前を付けていなかったので魔法名すら口にしなかった。リリにとって水魔法は攻撃魔法ではないので不要だと思っていたのだった。
『アルゴ、今の威力はどうだった?』
『うむ。並みの魔物なら跡形もなく消し飛ぶ程度だ』
『百本で?』
『いや、一本で』
『…………』
気軽には使えない。人に向けて放つなど論外。スプラッターな未来しか見えない。
この世界で、魔法の威力を低くするために訓練を重ねているのはリリくらいであろう。普通の魔術師は威力を高めるために四苦八苦するのだ。リリは弱い魔法を撃つのに四苦八苦している。「雷撃針」一本でも魔物を消し飛ばす威力なのは、そこに込められた魔力の大きさが原因である。これでも魔力制御は格段に上達しているのだ。魔力が多過ぎるというのも困ったものであった。
リリは「攻撃」魔法が使えるようになりたいと願った。無論、攻撃魔法なので威力が高い方が良いのだ。ただ、根がビビりなので相手を確実に殺すようなものではなく、無力化できるような魔法も欲しいと思ってしまう。
『ねぇアルゴ。敵を痺れさせて動けなくするような雷魔法はないの?』
『あるぞ?』
『おおぅ! それを教えて欲しい!』
『メルディエールが「すたんがん」と呼んでおった魔法だ』
『あ。もうだいたい分かったかも』
メルディエール様、ほとんど私と変わらない時代の地球から転生したっぽい。そうじゃないと「スタンガン」なんて知らないだろう。この世界に転生したのが千年もずれている理由は分からないが、なんとなくメルディエール様は元日本人じゃないかなって気がする。
スタンガン。黒い筐体の先に電極が付いていて、そこに放電させて相手に触れ、その体に電流を流してビリビリさせるというアレだ。確か電圧の高さよりも電流の方が殺傷力に直接関係しているんじゃなかったかな? 百万ボルトとかの電圧でも、体に流れる電流は数ミリアンペアとかに抑えられていたはず。電気の流れが電流、電気を流す力が電圧だ。
小難しい話はいいか。要は微弱な電流を体に流せば相手をしばらく無力化できる。
リリが想定しているのは、一対一よりも多対一。一対一ならラバーブレットで対処できる。それよりも、取り囲まれて一斉に攻撃された場合に備えたかった。
(全方位に対応できたらカッコイイ……)
アルゴは「スタンガン」と言ったが、リリは別の物をイメージした。映画などで見た記憶がある、怪しい施設を囲む鉄条網だ。それが半球のドーム状にリリを包んでいるイメージ。そこに高い電圧で電気を流す。
「電撃領域!」
一瞬、直径四メートルの眩く光る半球にリリが包まれた。効果の程を試すことは出来ないが、人間なら筋肉が硬直して数分動けなくなるというイメージで発動した。
うん。これなら中に三~四人いても守れそう。誤って死なせてしまうこともないだろう。ぶっつけ本番で人に対して使う前に、出来れば魔物とかで試したいなぁ。
『リリ、今のは何だ?』
『えーと、触れたらビリビリ痺れて動けなくなるの』
『ほう。それが無力化ということか』
『うん。うまく出来たと思う』
アルゴのおかげで魔力制御というものを実感し、以前と比較にならないくらい繊細な魔法を発動できるようになった。
これまでは、魔法を使うこと自体を「楽しい」と思うことはなかった。使えるから使う、そんな感覚だったと思う。もちろん、誰かの役に立てて嬉しいという気持ちはあったし、その結果を喜んでもらえたら更に嬉しかった。
それが昨日から変わった。魔法を使うこと、自分のイメージが形になること、練習次第でイメージに近付いていくことが楽しい。
リリは魔法の楽しさを覚えたのだった。
ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!
気付けば50万文字を超え、これまでで最長の長編となりました。
これも応援して下さる読者様のおかげです。
これからもよろしくお願いいたします!




