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第七話 あの場面は声を出しても良かったんですね




◆◇◆




 まさかこんな筈では……


 学校に向かう途中、同じ学校に通う生徒達に通学路で尋常では無い僕の容姿を一目見て遠ざけられてしまい、独りで不安になっていた所を親切に声を掛けてくれた子がまさか、レオ様達に調査を命ぜられた対象人物の一人だったとは……


 校門で突然のハプニングもあったけれど、家を出る前にグレイスさんから貰ったアドバイスで、それを女子の輪に入るきっかけにする事も出来て、我ながら幸先が良いと思っていた手前、こんなにストレートに事が進んでしまうだなんて。


 グレイスさん曰く、レオ様達も入学初日で繋がりが出来るとは思っていないと言って下さっていたので、当然僕もそう急がなくて良いと思っていたから、まだ心の準備なんて出来ていない。


 組み分け表を見た後、玄関で上田さん達と別れ、桃瀬さんと一緒に一年A組の教室まで向かいドアを開けると、先にA組に着いていたクラスメイト達の視線を一瞬で集めてしまい、今度は教室の女子達に囲まれて質問攻めに会っている。




「うわぁ、日和さんって間近で見るとホントに綺麗だよねぇ……良いなぁ、この髪の毛、先っぽで色が変わってるしなんかキラキラしてない?」


「さっきの校門でのアレも見てたけど、肌もすべすべだよね! ねぇ、化粧水何使ってたりするの? ほっぺもっちもちで柔らかすぎだよ~」


「日和さんって最近引っ越してきたって桃瀬さんから聞いたんだけど、どんな所からやって来たの? セントラルとか? もしかして遠縁に王国の血筋とかいたりして!」


 何とか自分の席まで辿り着いたものの、そこで女子達に髪やら肌やらを弄られてしまっている。あれこれ尋ねられても一度には答え切れないので困ってしまう。


「あ、あのっ、大勢に囲まれて身体中触られながら一度にそう色々質問されたら、集中して答えられないというか……」


「うわー、日和さん女子にモテモテじゃんねぇ。でも私が一番最初に声掛けて仲良くなったんだから、日和さんを手に入れたいならまず私を倒してからにして貰おうか~ふっふっふ~」


 同じクラスになった女子達に囲まれてまたもやもみくちゃにされ、話を聞く所では無かった僕を助けるように桃瀬さんも身を乗り出してくる。


 効果があったのか、僕を執拗に弄り倒していた女子達の手が一瞬止まる。


「あー、桃瀬さんずるーい、そんな事言われたらこのクラスの女子じゃ誰も桃瀬さんに勝てないってー」


「あっはは、冗談よ冗談。まあでも、質問するなら一人ずつ順番にしてあげないと、日和さん答えられなくて困ってたし」


 それもそっかー、と僕弄りも落ち着き、色々知りたい女子達の質問に答えていく。




 とは言っても聞かれた内容には髪色とか目の色等の生まれつきの物もあるので、そう答えるしか無い物もあったけれど、住んでいた場所はS&Rグループの近辺にして、髪や肌のケアについてはグレイスさんからオススメされて、今現在も使っている物をグレイスさんの存在込みでそのまま答えていく。


 まだ若いからか、そこまで種類は多くないのだけれど、それでもやっぱり女の子は体調が変わりやすいから肌には気を遣いなさいとグレイスさんからの指導もあり、化粧水や乳液等、肌に合う物を幾つか試す等の徹底したこだわりで短期間で鍛えられた。その結果今こうして女子達が真剣な顔で僕の話を聞き入っているので、グレイスさんにはつくづく助けられている。

 

 家に帰ったらちゃんとお礼を言っておこう。


「へー、良いなぁ、化粧の事を教えてくれる大人のお姉さんがいるとか羨ましいなぁ。でも、そんな事を教えてくれる人が身近にいるなんてやっぱり日和さんってお嬢様なんじゃないの?」


 実際どうなんだろうか……? 僕はひと月前まで男だったので、こういう所でボロが出ないように徹底して教えられていただけなんだけれど、どうにか誤魔化さなければ。


「元々オシャレや身嗜みには厳しい人なんです。私の周りには大人の人ばかりいたので、早く私も大人になろうと勉強ばかりしていたら、それだけでは周りから浮いてしまうと言われて、高校に入る少し前から教わり始めたんです」


「日和さん位に目立つ外見してたら、確かに身嗜みにも気を遣わないと勿体ないよねー。私らはただ羨ましいと思ってたけど、周りからそう思われる位には日和さんも努力してるって事なんだ……ひえー、能力者も大変なんだねぇー」


 グレイスさんは四天王の中だとウルフさんやイグアノさんには素っ気ない対応をする部分もあったけれど、元から僕には優しかった。


 そして女の子になってからは特段親しくなり始めた。けれど、それと同時に僕の為だと徹底して女の子としての身嗜みを教えてくるようにもなった。


 趣味と実益を兼ねて、僕に構ってくるようになっただけなんだけれど、僕自身の外見と能力者特有の特殊な事情も相まって、周りの女子達は何だか僕の話を苦労話だと認識し始めた。


 僕の話を聞いた桃瀬さんは、彼女にも理解出来る部分があったのか腕を組みながら頷いている。


「私も能力者なんだけど、発現してるのは目の色程度で、髪の色は普通なのよねー。これで名前の通り髪が桃色とかだったら、今頃この世を呪ってたかもしれないわねぇ……日和さんみたいな髪の色の雰囲気と性格が一致してる能力者って、なかなかいないのよねー、あっはは」


「えー、そうなんだぁー、でもチュンちゃんも髪の色の雰囲気と性格が一致してない? それより髪の毛ピンク色のチュンちゃんかー……うげぇ、想像したら気分悪くなってきた……」


「おぉー? もしかして喧嘩売ってるー? 髪がピンク色した私がどんな性格しているかって想像したんでしょー? ちょっとー、教えなさいよぉー」


 女子達が気になっていたであろう質問にもあらかた答え終わり、桃瀬さんが自虐的に自身の髪の毛事情を語り、元々桃瀬さんの友人の子がそれに乗っかる形で女子達の話題も桃瀬さんに流れ始めていく。


 僕はシャドウレコードの中で生活の殆どを済ませて来たようなものなので、四天王を名乗っている割には実は外の事情はあまり知らない。なので、桃瀬さんの言った事が本当なのかどうかが気になってしょうがない。


 髪の色の雰囲気と性格かぁ、グレイスさんは妖艶な感じだし、イグアノさんは怪しい感じだし、レオ様は王子様な感じだと思っていたのだけれど、皆それぞれ僕も知らない様な性格を隠しているのかな。


 そんな事を考えながら僕は自分の髪の一部を摘まんで、それをぼんやりと見つめてみた。さっき桃瀬さんが言った事が気になる。一体僕は今、周りからどういう子だと思われているのだろうか……?




「あれ? どうしたの、日和さん? 自分の髪の毛眺めてるけど何かあったの? もしかしてさっき私達が滅茶苦茶触ってたから、何か悪い事でもしちゃった……?」


 僕の側で桃瀬さんと女子達の絡みを楽しそうに見ていた小柄で大人しめな雰囲気の子が、僕が自分の髪を摘まんで見ていたのに気が付いて声を掛けて来た。


 この子は僕の髪を触る際に、恐る恐る大事そうに眺めていた子なので、万が一の事が起こってしまったのではないかと不安そうな顔で尋ねて来る。


「いえ、そう言う訳では無いんですけれど、先程の話を聞いて私って一体周りからどういう風に見られているのかなって、改めて少し気になっただけなんです」


「い、いや何も無かったなら良かったよ! そ、そうだねぇ日和さんをどう思ってるのかなんだよね、さっきも聞いてくる子がいたけど私も最初は日和さんの事、綺麗で可愛いしどこかのお嬢様なのかと思っちゃったよ!」


 僕は自分がどういう風に見られているのかが気になり、ふと話し掛けて来た彼女に尋ねてみる。彼女は彼女で僕に話を振られる事を想像していなかったのか、少し慌てた様子で僕をどう思っているのか答えてくれる。


 女子達の評価は概ね高評価なのだけれど、どういう訳か僕の想像以上に評価が高い気がしてしまう。グレイスさんの気合の入りようが凄かったのかと考えていると、突然桃瀬さんがグイっとやって来る。


「いいえっ! 日和さんはお嬢様ってレベルじゃないわ! 実は亡国のお姫様なのよ! 今は無きサクラ王国のサクラ姫とかそんな感じのお姫様なのよ! 最初は私もお嬢様がお忍びで入学してきたのかと思ったけど、私のヒーローとしての勘がビビッと感じて、日和さんのランクを更に上げる事にしたわ!」


 友人とふざけ合っていた桃瀬さんが、いきなり勢い良くそう言い放つ。僕の隣にいた大人しそうな子はその勢いにびっくりして、後ずさってしまった。


 というよりか、サクラ王国のサクラ姫って何なんだ一体。僕は少し前まで男だったからそんなお姫様は元より実在しないし、ネーミングがあまりにも適当過ぎる。桃瀬さんの発言に若干呆れてしまうが、どう思われているのかは少しは把握出来た。


「ちょっとー、チュンちゃーん? 何その王国。日和さんがお嬢様通り越してまるでお姫様みたいだってのはわかるけどさー、適当にも程があるよー。日和さんだって若干引いちゃってるじゃん」


 桃瀬さんの側にいる友人の子も、そのネーミングセンスには呆れた表情をしていた。でも、そんな事はお構い無しに桃瀬さんは自身の右手を握り、周囲に声高にアピールし始める。


「私のネーミングセンスについてはどうだっていいのよっ! 大事なのは日和さんがどう見えるかって事よ! 私はね、通学路で日和さんを一目見た時に何か強い使命的な物を感じ取ったのよ。それで話して名前を聞いて運命まで感じたわ!」


 何だか桃瀬さんがやたらとテンション高く凄い発言をしている。さっきまで友人とふざけ合っていたりはしていたけれど、一体どうしたのだろうか。


 桃瀬さんは僕との出会いに使命や運命を感じたと説明し始める。もしその感じた物がヒーロー特有の特殊能力の類いであるならば、僕は自分の身を守る為にも警戒度を引き上げなければいけないと注意深く話を聞く。


「ヒーローとしての勘が彼女に何か強い物を訴えているのだから、多分日和さんは私にとってのお姫様で、私は彼女を護る騎士(ナイト)か何かなのよ! きっとそうであって欲しいっ!」


 僕をお姫様に例えて、自信を騎士だと表現する桃瀬さん。どうしよう、話について行けない。僕のような反応をする生徒が大半の中、桃瀬さんの話に憧れの眼差しを向けている生徒もいるのも事実。突然どうしてしまったのだろうか。


 何だか周りに威嚇するように話している風に感じられたので、僕は周囲を見渡す。すると廊下には無数の男子の人だかりが出来ていた。

 

 A組の男子ならば教室の中に入れば良いだけなので、あそこにいるのは恐らくA組以外の男子なのだろう。あまりの光景に驚いてしまい、声が出そうになってしまったので、失礼にならないようについ手で口元を押さえてしまった。


 僕が廊下を見たので、A 組の女子達も廊下に視線が向き、各々、一様に驚いてしまっている。


 まだ入学式も始まる前なのに、彼等は自分の教室にいないで大丈夫なのだろうか。


「うわぁ! 何この人だかり! 全部男子じゃん、いつの間にいたのよ!?」


「お前ら! 何やってんだよ!? もうすぐ先生来るから教室帰れって!」


「うるせぇ! A組の男子ばかりズルいぞ! 俺達だって桃瀬さんや、そっちの日和さんの姿を見に来たって良いだろ!? クラスに超が付く程とびきり可愛い美少女が二人もいるなんて羨ましいんだよっ!」


「そうだそうだ!」「A組の男子だからって二人にカッコつけてんじゃねえよ!」「日和さんがこっちに気づくまでお前ら俺等を認識してなかった癖に!」「もうちょっとだけ! もうちょっとだけ見ていたい!」「桃瀬さーん! こっち見てー!」


 廊下の男子達に、女子の他にも教室の男子数人が至極真っ当に反応する。しかし、それが火に油を注ぐきっかけになり、彼等の勢いは増してしまった。


 自分達の教室にも同じ数だけ女子はいる筈なのに、その存在を無視して桃瀬さんと僕を名指しで見に来て良いのだろうか? まだ入学初日だというのに、物珍しさだけでホイホイと来てしまった彼等のこの先の学校生活はどうなるのだろうか……


 僕が心の中で男子達の今後を案じていると、桃瀬さんが廊下に振り向き一歩前に出る。


 先程玄関前の組み分け表の所で見た姿と同じ姿だ。今度は真横で見るので、一際凛々しくなった彼女の真剣な表情が窺える。


 僕に接して来るような親しみやすい雰囲気とも、先程のテンション高く話す時とも違う、まるで戦場に出る時のような凛とした空気を纏っている。


 表情を変えた彼女の姿に、教室中が飲み込まれ一瞬で静かになる。その空気は廊下にも伝わり、男子達は思わずのけぞってしまう。




「そんなに大勢で押し寄せて来て騒いで、やり過ぎよ。日和さんだって怖がってるじゃない。男子達の群れを見て驚きはしても、悲鳴を上げるのは抑えてくれる優しい子にこれ以上気を遣わせるなんて、貴方達男として情けないわよ」


 堂々とした桃瀬さんの言葉と態度に、廊下の男子達は心を折られたのか、逃げるように散り散りに退散していく。


 僕は男子達を案じてはいたが、怖がってはいない……筈。桃瀬さんからどう見えていたのかはわからないけれど、多分、都合が良い表現を選んで言葉にしたのだろう。


 教室が静かになると、生徒達の誰かのため息が聞こえ、それをきっかけに皆また元の雰囲気に戻りだす。


「はぁー……何だったのあの男子達。日和さん、大丈夫? あんな大勢の男子に名指しで呼ばれて怖かったでしょうに良く我慢出来てたね、凄いよ!」


「ホントそれよね! 私があの立場だったら気味が悪くて泣き叫んでるよー。日和さんってば、口元を抑えて耐えてるんだもの、上品過ぎてそっちにビックリしちゃったわ! 桃瀬さんも良くアレに耐えれたよねー」


 クラスの女子達が僕を心配する言葉を掛けてくれる。シャドウレコードの四天王として立ち振る舞い方に気を遣っていたのが役に立っただろうか。


「あ、あはは、傷つけないようについ咄嗟に声を抑えてしまっただけなんですが、あの場面は声を出しても良かったんですね。桃瀬さんもありがとうございます。私ではどうしようも出来なかったので、せめて追い払うのに説得力があるような振る舞いにはなっていたでしょうか?」


 部下達がいる手前、僕も桃瀬さんみたいにもっと堂々としていたいのだけれど、グレイスさんからはこっちの方が周りのウケが良い筈とオススメされたのだ。立ち振る舞いにウケの良し悪しがあるのだろうか?


 自分が理由で集まっていた部分もあるのだろうけれど、僕も男子達に名指しで呼ばれていた事もあってか、ここは素直に桃瀬さんにお礼を言う。


 すると彼女はとてもうきうきとした笑みを浮かべて顔を僕に向けて、やりたい事が出来たと喜んでしまっている。


「うん! 日和さんの見た目の雰囲気と相まって、最高に良かったよ! さしずめ暴漢の群れに襲われて内心は怖い筈なのに、国の為、民の為を思い気丈に立ち向かうお姫様って感じで感激したわ! 私はそれを颯爽と救い出す騎士で、正に憧れていたシチュエーションなのよ!」


 正直、桃瀬さんが何を言っているのか僕にはよくわからないが、周りにはそれで伝わる子達もいて、うんうんと頷いてしまっている。そんな彼女の独特な表現に慣れているのか、桃瀬さんの友人は軽いノリでその表現に乗っかる会話をする。


「あはは何それー、日和さんがお姫様で、チュンちゃんがそれを護る騎士様なら、私らはお城に仕える従者って事ー? 私もお姫様は無理でもお嬢様役がやりたいよー。廊下の男子を追い払おうとしてたクラスの男子はへっぽこな兵士で良いけどさぁ」


「おっ? 俺等もその話に加わっても良いの? やったー! 正直役に立たなかったし、それでも仲間になれるならこの際へっぽこでもなんでも良いや!」


 桃瀬さんの僕の例えに友人の子がそれに乗っかり、教室の男子も巻き込んで和気あいあいとした雰囲気になる。


 教室の雰囲気が良い事なのはそれ自体はとても良いのだけれど、ただ、お姫様の役が僕になってしまったのは、どうしてこうなってしまったという思いがある。


 確かに、ここに来る前の会議で作戦の為なら、周りを欺く悪いお姫様になるみたいな事は言った。しかし、このお姫様は僕が自ら望んでやった訳では無いし、欺く必要も無い程に何故か周りが勝手にどんどん僕をお姫様にしていく。


 話の主体は桃瀬さんなので、これがガンバルンジャーの作戦の内かもしれないと思うと、何だか身震いがして来る。


「どうしたの日和さん!? 今頃震えだして……やっぱり、あの男子達が怖かったの? 大丈夫、これからはこの騎士の私が貴女を護るから、運命に誓って貴女を不安になんてさせないから、だから安心して、ね? お姫様(プリンセス)


 思わず震えてしまった僕に対して、その場に跪いて真剣な眼差しで両手を握って来る桃瀬さん。僕は今、貴女を恐れて震えています。本来なら敵対する筈の二人がどうして運命で主従関係になるのか。

 

 これでもし、僕の正体がバレて、更に元々男だった事が知られると、一体何をされるのか想像すると怖くて堪った物じゃない。早く家に帰って、助けを求めたい。


 騎士モードに入っている桃瀬さんを振り解く度胸も無い僕は、彼女が満足するまで苦笑いするしかなかった。




 桃瀬さんの独特な価値観やその行動が周囲に知れ渡るものの、Aクラスのヒーローという肩書を持っている為か、ヒーローとはそういう物なのだろうと僕というお姫様を犠牲にしつつも好意的に受け入れられ始めた頃に、ふと教室内の男子が何かを思い出すのだった。


「そういや、このクラスには桃瀬さんの他にもアイツがいたよなー。ってか、アイツが最初からここにいたら他クラスのアホ共もビビッて教室まで近寄って来なかったんじゃねえの?」


「あー、赤崎君だっけ。出席番号だとクラスの一番先頭で机も廊下側だけど、確かに教室にいなかったよねー。机に鞄があるから来てる筈なんだけどなー、いてくれたら最初からあんな騒ぎにならずに済んでたかもね」


 えっ? 今なんて言った? まさかこのA組にもう一人ガンバルンジャーがいるっていうの!?


 震えを抑え、何とか桃瀬さんから解放された僕は、恐る恐る教室の正面にある今や黒板の代わりとなった電子ボードに目をやる。


 電子ボードにはクラスメイトの名前が出席番号順に並んで表示されており、確かに一番先頭に赤崎という名前がある。


 教室に入った途端、女子達にもみくちゃにされ、おまけにあの騒ぎで僕は自分の机の位置を把握するだけで精一杯で、まだ他の人の名前を確認出来ていなかった。


(ほむら)のバカなんて、いなくても私がいるから別に良いのよ。っていうか、何で同じクラスに同じ組織のヒーローを二人置くわけ? 今日はたまたまいなかったけど、アイツがいたら私の活躍全部取られてたって事じゃん! 嫌よ! あいつが騎士だなんて! 私のお姫様は私が護るんだから!」


 突然、隣の席に座る桃瀬さんが、自分の妄想でぷりぷりと怒り出した。桃瀬さんは出席番号が離れているけれど、席順が一巡して僕の隣の席になっている。


 成程、ガンバレッドは下の名前は焔って言うのか。同じ教室に二人も調査対象のヒーローがいるのは大きな誤算だけれど、他のメンバーは全員男子なので、桃瀬さん並みにフレンドリーに接して来る事は無い筈。


 一体どんな人なんだろうなぁ。いたらビビッて男子が寄ってこないって言われていたから、よっぽど怖い人なのかもしれない。


 僕も自分の想像上の赤崎 焔に怖くなっていると、チャイムが鳴りだす。もうすぐしたら先生が来て入学式の説明になる。


 クラスメイトがそれぞれ自分の席に座り始めていると、教室の扉が勢いよく開かれる。そこには赤い髪で長身の端正な顔立ちの少年がいた。


 そしてそのまま自分の席にドカッと座る。その席は出席番号で一番最初の席だったので、やっぱり彼が赤崎 焔で間違いない。顔つきは僕と同じ歳とは思えないくらい迫力があり、瞳も赤くて鋭くて、制服越しでもわかるくらいに身体もしっかりしている。


 確かに彼が最初から教室にいたら、騒ぎなんて起こさせないという雰囲気を感じる。クラスメイトや桃瀬さんの評価は間違いではなさそうである。正体がバレないようにこちらからは余り関わらないようにしておきたい。


 教室の全員が席に着いて少しして、また扉が開き、今度はスーツ姿の大人の男性が入って来る。


 そのまま教壇に立ち、挨拶をし始める。


「おはようございます、皆さん。俺はこの一年A組の担任の山田です。ここに向かう途中、廊下で慌てている男子共を見かけたんだが、概ね気になる女子がいたけど、相手にされず逃げ帰ってると言った感じだったな。何かあったのか? まあ、それは置いておいて、今日はこの後の入学式の説明をして、それが終わり次第教室に戻って順番に自己紹介をして貰います。後は今後の日程を伝えて解散になります。本格的な授業になるのは来週以降になるのでそのつもりで」


 山田先生は事情を把握しているのかしていないのか解らないけれど、自身が廊下で見た光景を軽く流して淡々と伝えるべき事を優先させて話していく。


 式の後に教室で自己紹介か、あれだけ目立ってしまっていたのだから、順番が回って来たら殆どの子が僕に注目するんだろうなぁ……上手く自己紹介できるかなぁ。緊張してきた……今からでも何を言うべきか考えておかないと。


 山田先生が少し話した後に、自身の腕時計で時間を確認して、そろそろ時間になると移動を始めるように伝える。A組から順番に移動を始めるようで、ぞろぞろと生徒全員で体育館に向かう。

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