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第三話 そこまで子供じゃありません。やり方だけ教えて下されば、僕一人でもちゃんと出来ますよ




 グレイスさんはこのまま僕の部屋で朝まで変な事を言い続けてくるのかと思っていたらそうでもなく、僕が普通に受け答え出来るとわかると割とあっさりと僕を解放してくれた。


 服や下着をどうにかしましょうと言われ、下着なら間に合わせがあると女性隊員用に用意されてある未使用の下着を渡された。


 ショーツというらしい物体の詳細な名称を教えられ、このショーツは食い込みが少ないとか、屋外での活動にも最適等と力説されたけれど、よくわからないので手渡された下着を手にし、ベッドから降りてこれを穿く事にする。


 いつまでも裸のままなのは嫌なので、下着の包装をさっと剥がしショーツを手に取る。いざ穿こうと足を上げようとすると、視線を感じる。


「あの……グレイスさん、そんなに真剣に見つめられると恥ずかしくて穿きにくいんですけれど……」


「大丈夫よ桜ちゃん、これも訓練の一環! 着替え中に同性から不意に向けられる視線に耐える特訓よ! 何もしないからさあ早くささっと着替えましょう。風邪を引いたら大変だわ」


 グレイスさんは視線を逸らさず、ただただ裸の僕を見つめている。テコでも動きそうも無い様子なので、僕は諦めて背を向けて下着を穿く事にした。


 足を交互に通し、くいっと下着を上げてぴったりフィットする所で止める。お尻がすっぽり綺麗に収まってるのになんとも言えない気持ちになり、グレイスさんに変じゃないか尋ねる。


「グレイスさん、この下着ってこんな感じで穿けば良いんですか? こんなきっちり包むような感じなんですね……」


「うん、大体そうよ。上のブラの方はワイヤーもホックも無いパッドだけのやつだから、胸に違和感無いようにすればいいだけよ」


 そう言われ、上のブラの方も着る。本格的な物は胸のサイズをきちっと測らないといけないと力説を聞きながらスポッと着て、髪の毛がブラの中に入って無いか掬い上げつつ、言われた通りに胸の位置を整える。


「おお、なんだか胸がぷるぷる揺れなくなったような気がします」


「上も下もちゃんと着れたようでよかったわぁ。後はとりあえず上にパジャマでも着れば眠れると思うわよ。今日はもう私も一旦部屋に戻るね、本当は一緒に桜ちゃんと寝たいんだけどそれはまた今度にするわ、じゃあまた朝に様子を見にくるわね」


 そう言ってグレイスさんは部屋から出て行く。また朝来るのかと思いつつ、僕は収納スペースに入れてあるパジャマを着る。


 半日意識が無かったのにまた眠れるのかと思ったけれど、パジャマを着た途端すぐに眠気が来て、すぐさま部屋の電気を消してベッドに横になる。


 昨日までと違う柔らかさが増した身体と常に密着している下着に、なんだか違和感を覚えるが、急な変化に身体はまだ疲れているのか眠気の方が勝ったのですぐに眠りにつけた。




◆◇◆




 目覚まし時計にいつもセットしておいたアラーム音が鳴り、僕は目を覚ます。あくびをしながら起き上がると長くなった髪が乱れていて、頬にかかる。


 口に髪が入ると嫌なので、ぼんやりと手で髪を纏め肩の後ろに流していると、来客を知らせる部屋のベルが鳴り、起きてるか確認してくるグレイスさんの声が聞こえたので、ドアのロックを外しに立ち上がる。


 軽く挨拶し、ドアのロックを外す。そこにはいつもの戦闘服姿のグレイスさんがいた。


「おはよう、桜ちゃん。どう、よく眠れた? 私はこれから学校に潜入するまでに桜ちゃんをどう可愛くするかの方針でワクワクしちゃって、少ししか眠れなかったわぁ。うふふ」


 グレイスさんはそう微笑みながら一緒に部屋の中に入る。手に紙袋を持っていたので、中に何が入っているのかを尋ねたら、着替え用の未使用の下着、ヘアブラシや髪留めにドライヤー、シャンプーやトリートメントに、洗顔フォームに幾つかの化粧品等、他にも色々入っていた。


「一応、数日分の替えの下着と、お化粧道具とか、髪の毛のケアをする物とか、予備でとっておいた新品の私の私物の中で色々持って来てあげたわ!」


 女性用の日用品等は全く縁が無かった為に、男性用の物とは色味やデザインが全く違う事に戸惑いつつも、ひとまずお礼を言うと、グレイスさんはこれでもまだ足りないと言いたげな顔をしていた。


「ほんとはねぇ、お洋服も用意したかったんだけど私のサイズじゃ全然合う服無いし、こればっかりは外に出ないと用意出来ないから、今日にでも桜ちゃんと背丈の近い部下に頼んで用意してもらわないとね」


「随分と色々とありますね、ブラシやドライヤーとかは使い方はわかるんですが、化粧までやるんだ……」


 持って来て貰った色々な物を手に取り、僕が今まで使ってきた身の回りの道具より高価そうな品に思わず声が出た。下着は今着ているのと同じ物なので少し安心する。


「まだまだ全然足りないわ。部屋に置く姿見も欲しいし、下着だってもっと可愛いの一緒に見て回りたいし、長くなった髪のケアの仕方も教えたいし、勿論お化粧は絶対覚えて貰わないと潜入する時に困るわよ」


「そ、そんなにやるんですか。下着とか今着てるこれとかじゃダメなんですか?」


 下着はこれで良いのではないかと思い、尋ねてみる。すると、グレイスさんは少しプリプリと怒りながら僕に説明してきた。


「当たり前でしょ、スポーツとかやってる子ならそういう形のでも通せるけど、桜ちゃん体育会系じゃないわよねぇ? もし学校で下着を見られた時、それで変に思われたら困るのは桜ちゃんなのよ。それに女の子には色々あるから、そういう日が訪れた時用にもっと厚手の下着も必要になるし」


「な、なるほど。そうなんですね。そういう日とかは良くわかんないんですけれど、僕が不審に思われ無いように全部必要になるんですね……」


「もう少し日を置いて、桜ちゃんが落ち着いたらきちんと説明してあげるけど、この中に体温計も用意してきたから毎朝起きたら横になったまますぐにそれで熱を測って、明日からは毎日記録しておいてくれたら助かるわ」


 ふう、と一息吐きながら用意してきた紙袋を探りだし、お目当ての物を見つけたグレイスさん。


 机の上に置かれた体温計のパッケージには婦人体温計と書かれてある。こんな物があるんだと思い、体温計というと体調が悪い時に腋に挟んで熱を測る為に使うイメージの物だったけれど、どうやらこれは朝起きてすぐ横になったまま口にくわえて測る物らしい。


 体温計を眺めて口に意識が向かうと、ぐぅ、とお腹が鳴る。昨日半日意識を失った後、今日の朝まで何も食べていない。




「グレイスさん、僕お腹が空きました。ですが、着替えがありませんし、パジャマ姿の状態で食堂に向かうのは他の隊員もいますしどうしたら……」


「困ったけど、しょうがないわねぇ、今日はもうとりあえずいつもの制服姿で良いんじゃないかしら。それなら桜ちゃんが誰なのかは一応わかる筈だし。ほら、これで髪を纏めて顔を洗って着替えましょう」


 グレイスさんが渡してくれたヘアバンドを頭に巻いて洗面台で歯を磨き、顔を洗い、パジャマを脱いで収納スペースを開け、いつもザーコッシュとして着ている服を手に取る。


 この服がここにあるという事は、あの後グレイスさんが僕を運ぶ際に一緒に持って来てくれた事になる。その隣には僕の仮面も置いてあった。


 普段のようにサッと僕の服を着たつもりなのに、なんだか凄い違和感を感じる。


 いつも見ている視点と変わらないので、身長はほぼ変わって無い筈なのに身体はだいぶ変わっていて、ズボンを穿いて、ベルトを腰の位置に留めようとしたらベルトの穴が定まらないので何とか無理やり誤魔化した。シャツも上着も、肩幅が余り気味で何だか細かい所で服が落ち着かない。


「あらら、今の桜ちゃんじゃその服も随分着た印象が変わるのね。昨日身体を見た感じでこうなるんじゃとは思ってたけど、線が細かった身体が細いままメリハリが丸く付いちゃったのね。やっぱり早い所お洋服がいるわねぇ」


 今の僕の姿を見て、そう評価される。気になって洗面台に行くと、僕と同じ髪の色と目の色をした、僕の服を着た女の子が立っている。


 顔もそんなに大きく変わっていない筈。頼りない顔つきはそのままに大きく変わった所は髪が長くなっただけ。ドタバタしながら洗面台の鏡の前に立った僕の後ろに、ヘアブラシを持ったグレイスさんが近づいて来た。


「これじゃあ、どう見ても男装した女の子よねぇ、髪の毛が長くなっただけなのにどうしてかしらねぇ、ブラッシングも教えるからそれが終わったら一緒に食堂まで行きましょ桜ちゃん」


 そう言われ髪を梳かされる、長い髪は大丈夫そうに見えて結構絡まってる事があるので、寝る前や起きた時は勿論、気になったら鏡で見て確認した方がいいとの事だ。


 仮面を着けた方がいいか迷っていると、グレイスさんにこれから素顔で活動する事になるのだから慣れる為に着けない方が良いと言われ、手をとられてそのまま一緒に部屋の外に出て食堂まで連れてかれる。




「あ、あの、グレイスさんっ、ほんとにこの姿で出てきて大丈夫なんですか? こんな弱そうで頼りない顔、隊員達に見せてなんて言われるか……」


「だーいじょうぶよぉ、桜ちゃん。ザーコッシュ君が弱いのはここにいる人達は皆知っているし、そんな子の顔がこんな顔だった所で幻滅される事なんて無いわ。寧ろ想像以上だったって騒ぎになるんじゃないかしら?」


「想像以上に弱そうだって事ですか!? ……うぅっ、僕の顔はそこまで貧弱な顔なんですね……」


「まあ、桜ちゃんの顔は戦う者としての顔だったら確かに〇点かもしれないけど、その逆だったら一体どんな点数が貰えるんでしょうねぇ、うふふ」


 食堂までの通路を一緒に歩いているだけなのに、戸惑う僕に何だかとてもうきうきとした口調で話し掛けて来るグレイスさん。


 今の僕が誰なのかわからないかもしれないと不安になるが、僕の方に顔を向け笑顔で大丈夫だと言われてしまうとそれを否定は出来なくなってしまう。




 グレイスさんと一緒に食堂に着く、隊員も利用するので朝のこの時間帯は大勢の人で賑わっている。


 普段の僕なら、結構長くシャドウレコードにいる人以外だと自分の隊に配属されている隊員位しか僕に声を掛けてこないが、今日の僕は服はいつもの格好だけれど、身体は女の子になっていて仮面も着けてない状態なので、食堂にいた全員が僕を見ている。ような気がした。


 見知らぬ女の子が、ザーコッシュの服を着てしかも四天王に連れられて食堂にやってきたのだから、組織に忠誠を誓っている立場の者なら、ここで騒がない方がおかしい。


「誰だあの子……?」「着ている服装や髪の色はザーコッシュ様と同じだが……?」「だがあの子は女の子だよな?」「グレイス様とはどういう関係なんだ……?」「何もわからん……誰か尋ねて来いよ……」


 案の定ざわついてしまった食堂。管理職に就いている、中年の男性隊員が周囲の空気を見かねて恐る恐るグレイスさんに挨拶してきた。


「おはようございます、グレイス様。私はイグアノ隊第三部隊の補給班の指揮を務めております、隊員ナンバー六八〇であります。周りの兵共々気になる次第なので、失礼を承知で伺いますが……そちらのザーコッシュ様の衣装を着ていらっしゃる可憐な少女は一体どちら様でしょうか……?」


「おはよう、ナンバー六八〇。やっぱり皆気になっちゃってる感じ? んっふふー、皆が気になってるこの可憐な女の子はねぇ、なんとこの度情報収集の任務でガンバルンジャーが通う学校に潜入する事が決まって、素性を分からなくする為に性別が女の子になった四天王のザーコッシュ君事、桜ちゃんよ!」


『えええっ!?』


 グレイスさんの紹介で、僕の事が隊員達に知れ渡る。食堂にいる人だけでも結構な動揺が伝わったようで、これは日を改めて朝礼とか人が集まる場面できちんと挨拶しなければいけないかもと考える。後でレオ様達に相談しようと思う。


 しかし、僕の事を可憐な少女とは。確かに僕が弱いのは皆知っているので、物は言いようなんだなぁ。


「ザーコッシュ君の時はいつも皆の前では仮面を着けてたけど、顔は今と全然変わって無いのは私含めてレオ様達全員確認済みよ。女の子にする時に私も立ち会ってたから、この桜ちゃんがザーコッシュ君本人なのは私が保証するわ!」


 満面の笑みを浮かべて、まるで僕の事を自慢するかのように説明しだすグレイスさん。


 そこに今まで顔を隠して来た事に対して、密かに思い悩んでいた事情までも話されていく。


「この子ってば、規則に則って素性を隠す為なのもそうだけど、自分では頼りない顔って思ってたらしくって、素顔を晒すと皆の士気を下げてしまうかもしれないって気にしてて仮面を着けてたんですって。そんな事無いのにねぇ、ほんと生真面目さんで可愛いわぁ、うふふ」


 以前、素顔を晒した事がある人の前だけについ零してしまった事を隊員達の前でバラされてしまい、僕は慌ててグレイスさんの口を覆うように前に出て、そのまま挨拶をする。


「ちょ、ちょっと、グレイスさんっ、そんな事まで言わなくても良いじゃないですか! あ、あの、皆さんおはようございますっ! 僕はザーコッシュを改めまして、本名は日和 桜と言います」


 グレイスさんに名前まで明かされてしまったので、グレイスさんが言っている桜ちゃんとは誰なのかという説明を含めて、僕は自分の本名を正直に明かす事にした。


「え、えっと、こんな強さの欠片も無い姿の僕ですが、シャドウレコードの為に四天王の一人として、大事な任務をこなせるように務めていく覚悟です! ですから、これからも皆さんよろしくお願いしますっ」


 隊員達の前で、僕は頭を勢いよく下げた。


 数秒して手を叩く音が聞こえ、頭を上げると隊員達が拍手で迎えてくれた。こんな僕でもちゃんと受け入れてくれる事に安堵すると、緊張がとけたのか勢いよくお腹が鳴ってしまった。


 そんな僕の姿が面白かったのか、隣のグレイスさんは声を押し殺して笑っていた。お腹が空いてしょうがないのと恥ずかしさで、僕は速足でご飯を選ぶ注文パネルに向かう。




 焼き魚の定食を選び、携帯している電子端末で代金を引き落とし、注文が厨房に届くのを確認する。グレイスさんも選び終わり、注文した料理が出来るまで空いている席を見つけ並んで座る。


「朝はいつもこれくらいの時間に一人で食べるんですけれど、今日はグレイスさんと一緒ですね」


「そうねぇ、私はいつも遅くに来るから時々入れ違いで見かけるくらいよね」


「それにしても今日はいつもより、食堂が賑やかな気がします。やっぱり僕のせいでしょうか」


 少し遠くの席で、隊員達が話し合っている。素性を隠し、身元を特定されないようにする為に屋外活動では戦闘服に覆面姿が徹底されているけれど、組織の基地内では食堂みたいに食事の邪魔になりそうな場合があるような所では、素顔になってもいい場所はあるし、服だって戦闘服とは別の制服姿になっている。


 そういう場所があるのに、僕はずっと仮面を着けていた。さっきの隊員達の反応からして僕が気にしすぎていただけかもしれないと思うと、空回りしてたなぁ、とため息が出る。


「桜ちゃん、どうしたの? もしかして仮面の件でまだ思う所があるの?」


「ああ、いえ、グレイスさんの言った通り僕が気にしすぎてたのかなって。でも僕は本当にレオ様達みたいに強くて逞しい顔に憧れてたんです」


「んー、私は今の桜ちゃんの顔の方が良いと思うけどなぁ、そうじゃなかったらこんな女の子にする作戦なんて提案しなかったし、レオ様も桜ちゃんの顔は前々から気に入ってると思うんだけどねぇ、あの仮面だってレオ様からの大事な贈り物なんでしょ?」


 レオ様は僕の素顔を気に入ってる? 僕個人としてはもっと頼りがいのある逞しい顔になって、レオ様の側に立つのに相応しい存在になりたかったけれど、レオ様が今の僕の顔の方が好みだって言うのなら、なんだか複雑な気持ちになる。


「何か起きてしまう前に、桜ちゃんの顔を隠して護りたかった位には、桜ちゃんの事大事にしたかったみたいだし、それ程までに素顔を知ってる人間は少ない方が良いと思ってた訳よね」


 今の僕の顔がレオ様の好みだと言うグレイスさんは、僕が知らなかったその内情まで話してくれる。大事にしたいと思われているのは嬉しいのだけれど、それは僕がまだ年若い子供だからという事もあるのだろうか。


「まあ、男の子の頃からこの顔だった訳だから、今この場を見れば隠しておいて正解だったかしらね……最も、言い換えてみたらレオ様本人が一番どうにかなってしまう所だったって事よねぇ、うふふふふ」


 レオ様が僕の顔見るとどうにかなってしまう? だから仮面を僕に贈ったという。好みの顔なのに、隠しておかないといけないってどういう事なんだろう。


 何かを企んでいるかのような、怪しい微笑みを僕に向けるグレイスさん。


「もしかして、レオ様は、強すぎて僕みたいな見るからに弱そうな人を見ると、何か良くないスイッチか何かが入ってしまい暴走してしまうタイプの人だったって事ですか!?」


 お腹が空いてしまい、上手く考えが纏まらない頭でそれでも何とかして、僕は自分の考えをグレイスさんに尋ねる。


「悪の組織のリーダーを名乗っている割に悪癖なんか一切無いとは思ってたんですが、まさかそんな事態になっているなんて……どうしようグレイスさん! この姿でレオ様に会ったらきっと暴走するんじゃ……」


「あらあら、桜ちゃんお腹が空きすぎて、変な事を言うようになってきたわね。もしそんな面白い事になっても頑張らなきゃいけないのはレオ様だから、桜ちゃんは作戦が上手く行く事だけ考えましょ」


 お腹が空くと、何だか良くない事を考えてしまうのは僕の悪い癖だ。先程までグレイスさんは怪しげな笑みを浮かべていたのに、僕の考えを聞くと途端にそれを崩して数日前から向けて来る様になった微笑みに変わっていく。


 前途多難だわ、とグレイスさんが呟くと端末に料理が出来た通知が来たので、二人で取りに行く。結構な時間ご飯を食べてなかったので、ぱくぱく進む。全部食べ終わると適度な満腹感なので、胃はあんまり縮んでなくてホッとするのだった。




◆◇◆




 ご飯を食べ、食堂を出て会議室に向かう途中、色々お腹に入れたので催してしまう。


 トイレに行きたくて一旦部屋に戻りたいとグレイスさんに伝えると、女子トイレの方が近いと言われそのまま近くのトイレまで連れられてしまう。


「だ、大丈夫なんですか? 僕が入って騒ぎになりませんか?」


「私もいるし、こんな所で何も起きないわよ」


 昨日まで男だった身の僕が、女性用のトイレを使用する事に不安を覚えたのでそう尋ねるのだけれど、グレイスさんは何の問題も無いと言った顔をしている。


 それと、性別が変わり気を失って半日は時間が経っていたというのに、その間何も無いという事はおかしいと思ったので聞いてみた。


「そういえば僕って半日気を失ってましたよね、その時に盛大にやらかしてたりはしてませんよね……」


「そういえば、気を失っちゃってすぐにメアリーちゃんを引き剥がしてたら何処から何がとは言わないけど、ブルブル震えながら気持ち良さそうにいっぱい噴き出しちゃって大変だったわぁ」


 何で半日以上気を失ってたのにさっきご飯を食べるまで何も感じなかったのが気になっていたが、どうやら僕は、僕の知らない所でグレイスさんの目の前で既に何から何まで粗相をしてしまっていたようだ。


「そのお陰で半日トイレに行かなくても大丈夫だったのかしらね、だから失敗してもちゃんと面倒見てあげるわ」


 その彼女がニコニコの顔で僕の面倒を見てくれる宣言をしている。


 何もかも受け入れて色々教えてくれているグレイスさん相手に、これ以上抵抗しても恥ずかしいと感じているのは僕だけなので、もう用を足す事だけを考える事にした。


 女子トイレは洗面所と個室しかなく、違和感だけがある。手前のドアを開け中に入り、ドアを閉めカギをかける。


「あら、私が見てなくてもちゃんと一人で出来る?」


「そこまで子供じゃありません。やり方だけ教えて下されば、僕一人でもちゃんと出来ますよ」


 この歳になって、他人に色々と見られながら用を足す事なんて、恥ずかし過ぎてとてもじゃないが出来る訳が無い。


 あれこれ気づかれないように、顔や動揺を見られない事を利用して冷静さを装いながら答える。


「うふふ、そんなに怒らないでよ、ごめんなさいねぇ。女の子って一度出ちゃったら結構音が凄いのよね、大抵の子は気にしちゃうから横にある音姫を使うのよ、終わったらトイレットペーパーで押さえるように拭いてね。男の子と違って残ってるから拭かないと大変よ」


 そんな事はお見通しかのようにグレイスさんは余裕のある返事をして来て、僕の顔だけが熱くなってしまう。けれど、尿意は限界近くまで来てしまっているので、僕はズボンを脱いで無心になるように心掛ける。


 教わったようにトイレで用を足す。自分の身体の事なのに一々騒いでいては身が持たないと感じ、頭の中を無にする。


 決してショーツを脱いだら、何も無い股間を見て驚いたりとかはしていない、決して。


 水を流し、トイレのドアを開ける。グレイスさんは僕が事を終えるまで待っていてくれていた。


「大丈夫? 顔が真っ赤よ桜ちゃん。もし限界だと思ったら今日はもうお部屋に戻ってゆっくり休んでもいいのよ? 身体もそうだけど、心も色々追い付かない事だらけだし、無理はしちゃダメよ」


「だ、大丈夫です……僕の身体だから早く色々慣れたいんです。た、たかが身体の形が変わっただけですっ、病気とかじゃ無いんですから大丈夫です……レオ様達だって待たせる訳にはいきません。早く行きましょう」


 トイレから出て来た僕の様子を見て、グレイスさんに気を遣われてしまう。だがしかし、こんな事で一々戸惑ってしまっていては身が持たないとも思い、何とか自分を奮い立たせていく。


 女子トイレの洗面台で手を洗いハンカチで拭く、その間ふと鏡を見ると指摘された通り、鏡に映った僕の顔はまだ赤くなっている。


 トイレから出て落ち着くまで息を整える、その間グレイスさんは隣で何も言わずに手を握ってくれていた。


 数分して落ち着いたのか、顔を触りもう顔が熱くなってない事を確認したので、ようやく会議室に向かう。

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