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第三十四話 そんな都合の良い使い方なんて出来無い筈です




◆◇◆




 赤崎君の容態を確かめるべく、医務室へと向かう僕達。違う場所で戦闘を見ていた千里さんを呼び出し来て貰うのを待ちつつ、桃瀬さんが南野さん達に医務室近くの休憩室で待つように指示している。


「はぁ、景志達の奴……派手に負けて、これで少しは懲りてくれれば良いんだけどなぁ……それで、支部長話って何ですか?」


 少しして千里さんが何かを呟きながらやって来る。自分達が派手に負けてしまったとはいえ、模擬戦の中での話という事もあってか、結果については彼は特に焦る様子でも無かった。


「うむ、千里君。まずは彼等の容態でも確認するとしよう。それにしても景志君も鈴斗君もほぼ一撃で気絶させられたというのに、そこについては懸念は無いのかね?」


「赤崎達を見くびって痛い目を見たのはこっちの方ですからね。とは言え、景志も本気だったのは見てわかりましたけど。途中まで日和さん達にしか興味が無かったのに、最後は赤崎に意識が向いていた」


 千里さんはそう言うと、ガンバルンジャーの方を一瞥しただけでそれからは何も話す事は無く静かになる。僕が説明をしておきたい人物は揃ったので、これ以上空気が気まずくなる前に医務室の中へと向かう。




 支部長が先頭に立ち医務室の扉を開けると、すぐに気絶から復帰したのか中から景志さん達が飛び出そうとしていた。彼等は支部長を見て驚いて立ち止まり、僕達の中に千里さんがいたので彼に声を掛ける。


「せ、千里……何だお前、こっちに来てやがったのか……そ、その、何だ……」


「何処に行こうとしてたんだ景志に鈴斗? 模擬戦に負けたのが納得いかなくて、試合会場でも見に行くつもりだったのか?」


 千里さんの指摘は図星だったのか、景志さん達は慌てだす。


「だ、だがよぉ、千里お前は納得出来るのかよ……? 一撃だぜ? しかも、俺達に勝ったっていう赤崎もこっちに来て伸びてやがるしよ……」


「その事について説明があるって言うからわざわざ来たんだよ。折角俺達に親しくしてくれたお姫様の不興を買う行為までして、それで無様な結果まで晒してくれてさ。全く、とんだお兄様方だな」


 何一つ表情を変える事無くそう詰める千里さんに、景志さん達は静かになってしまう。そこに彼等を追いかけに職員が来たので、支部長が彼女に赤崎君のいる場所まで案内を命じてようやく彼の下まで向かうのだった。


 医務室と言っても、主な患者は支部のヒーローとそれに準ずる職に就いている人達で、それらを率先して治療しなければいけない為か、午前中には職員達に話し掛けられた為向かう事が無かった奥に入ると、まるで相当な規模の病院のような雰囲気があり、明るく清潔にされた通路を歩いて赤崎君が運ばれた部屋まで着き、皆でドアの前に集まる。


 彼が寝ている部屋は個室になっていて、現在の状態が職員から語られる。


「赤崎君なんですけど、目立った外傷も無く命に別状も無いのですが、どういう訳か目覚めない状態が続いています。中に入って様子を見てみますか?」


「可能なのかね。うむ、わかった。だが流石にこの人数が一斉に入るのは駄目だろうから、まず誰が入ろうか」


 流石に集まっているのは大人数な為に、支部長がそう言うと、職員が中に入るべき人間を決める事になった。


「それでしたら、まずは支部長と、それと青峰君か林田君かのどちらかと、後は日和さんが入るべきですかね」


「わ、私も……ですか? 中に入っても良いんですか……?」


 思ってもみなかった事に、僕は驚いて首を左右に動かし周りにいる人達を見てしまう。支部長はここの最高責任者でもあるので状況確認の為に必要な事なのは理解出来る。先輩達のどちらかもガンバルンジャーの中で一人だけという事で納得出来るので、そうなると僕は場違いなのではと感じて慌ててしまう。


 そんな僕の肩に誰かがそっと手を触れて来るので、それに顔を向けると桃瀬さんだった。


「焔が早く起きて来るように、日和さんが中に入って声を掛けてあげて? お姫様が優しく起こしに来てくれたら、もしかしたらアイツもびっくりして起き上がってくるかもだから、ね?」


 桃瀬さんの口調はいつもと変わらない、僕への独特な扱いの仕方なのだけれど、その声はどこか優しくて穏やかに感じられ、彼女は続けざまに話し掛けて来る。


「それに、アイツが倒れた時に誰よりも日和さんが取り乱していたから。そんな姿をこっちも見ちゃったら、どうにかして早く安心させたくて」


「わかりました……気を遣って下さってありがとうございます。起きてくれるかわかりませんが、声を掛けて来ますね」


 赤崎君が倒れてしまった時の事は、気が動転していて自分でも自然に身体が動いていた為か、あんまり覚えていない。ただ、周りから僕の事を見ればとても目立つ行動をとってしまっていたらしく、それを桃瀬さんから教えられてしまう。


 そんな彼女の気遣いに感謝して、僕達はドアを開けて赤崎君のいる部屋の中に入っていく。




 部屋の中には僕と支部長と、青峰先輩が入る。傷病者が静かに心と身体を休める為の場所でもあるので、シンプルかつあまり物も置いておらず、大き目のベッドに寝かせられている赤崎君の姿があった。


「ここにある機械を使い、軽く赤崎君の脳波等も調べてみたのですが特に異常が見当たらず、このまま目を覚ます事が無い場合、もっと大きな病院の協力も必要かと……」


「ふむ、そうなった場合、彼の保護者への連絡も考えなければだな。日和君、桃瀬君が言うようにもしかして君の声で目を覚ますかもしれないから、これから話に入る前に少し赤崎君に声を掛けてあげて欲しい」


 支部長からもそう言われ、僕は返事をして頷くと部屋に置いてある椅子を動かして赤崎君の側に座る。


 声を掛ける前に赤崎君の姿を改めて見てみると、怪我の具合を確認する為だったのか模擬戦で汚れていた身体は綺麗に拭き取られていて、着ている物もいつの日か僕が触手に襲われた時に着ていた物と似たような格好をしていた。


 まだ模擬戦が終わってから一時間も経っていない時間でありながらも、その間に着替えや検査など色々されても尚一切反応を示さないというのは、確かにもっと細かな設備を備えつつ専門の医療を行える病院への連絡を検討する段階かもしれない。


 僕には強化付与の能力による後遺症であると断定出来るけれど、ヒーロー支部からしてみれば原因がわからない状態なので、病院には果たしてそういった資料や文献があるのだろうかと考えてしまう。


 強化付与の能力者は一体何人いるのだろうか。回復能力の能力者ですら僕はまだ一度も出会った事も無いというのに、そう思うと何故か胸がずきりと痛みだす。


 かつて僕がそうだったように、命に別状が無いのなら赤崎君も暫くすればいつか目を覚ます筈だ。でも、それは何も知らない皆からすれば長い時間を過ごすような感覚になる。


 そんな思いをするのはとても悲しくて、辛い事では無いかと感じてしまい、僕の視界も滲んでしまう。


 桃瀬さん達は、僕が声を掛ければもしかしたら赤崎君も目を覚ますかもと、淡く期待している。そう思われるのも無理は無く、今の僕は、彼等にとってのお姫様であり、回復能力も持っていて、訳ありな事情も抱えた特別な存在の女の子として見られている。


 本当の事も幾つか混ざってはいるけれど、実際の僕なんてちっぽけで情けなくて頼り無い、ただのひ弱な存在でしかないのだと叫んでしまいそうになる。こんな僕が一体どんな言葉を掛けたら赤崎君は目を覚ますというのかなんて全然わからない。


 それでも彼に何かをしてあげたいという気持ちもあり、僕は一言彼の名前を呟いた後、怪我を治した時みたいに赤崎君の手を両手で包むように握る。


 そしてその手を持ち上げつつも、僕の顔を近づけて目を覚まして欲しいと目を瞑り心の中で静かに願いこむ。ただ何となく言葉を掛けるよりも、こちらの方が通じてくれるのでは無いのかとそう思ったからだ。


 こんな事で本当に目が覚めてくれるのかどうかは僕にもわからない。後少しだけこのままでいても何も起きなかったら、駄目だったと素直に謝ろうとそう思っていた時、突如赤崎君の手がピクリと動き始めたので、僕は驚いて目を開ける。




「う……あ……日、和……さん……」


「あ、赤崎君!? そ、そうです……! 私ですよ……!」


「焔!? 支部長! ほ、焔の意識が、戻った……!? おい、俺だっ! 翠だ! わかるか焔!?」


 支部長と職員も驚いてベッドの前に近付き、僕に続いて青峰先輩が呼びかけると、赤崎君は目を瞑ったままではあるが、少しうるさそうに顔を歪めつつ先輩の名前を呼んで反応してくれる。


「す、凄い……! 私驚きましたよ……何しても反応が無かったのに、日和さんの思いを込めた呼びかけにはきちんと応じるだなんて……!」


 確認の為に職員に場所を代わり、僕は自分のハンカチで目元を拭いつつ説明を聞く。


 意識が戻った赤崎君が完全に目が覚めるには少し時間が掛かりそうだと職員に説明され、後は静かにしてあげた方が良いと言われ、任せるように部屋に職員を残してこの場を離れる。


 ドアの向こうの通路では桃瀬さん達も喜びの表情を浮かべていて、部屋から出た途端に桃瀬さんが近づいて来て感謝された。


「ありがとう日和さん! びっくりする事は無かったけど、それでも目を覚ましてくれたわ……! ねえ、こんな事を聞くのは失礼かもだけど、これって私達の知らない回復能力の使い方だったりする?」


 桃瀬さんから突然妙な事を聞かれて、僕はそんな事は出来ないと首を振る。


「そ、それは、聞いた事がありません……この能力はあくまで怪我や病気を治す為の物です。そんな都合の良い使い方なんて出来無い筈です……」


「じゃあ、本当に日和さんの呼び掛けに反応したんだ……ご、ごめんね、私もなんか動転しちゃって変な事尋ねちゃったわ。何て言うか、それ位凄い事が起きちゃったから」


 桃瀬さんが途端にそわそわし始める横で、支部長がまだ僕に話があるという顔で彼女を止めに入る。


「ひとまず赤崎君の様子は把握出来たが、肝心のどうして今回の事になったのかの解明がまだだよ桃瀬君。君の気持ちも私も理解出来るがね、原因の究明も大事なのだよ」


 そう言って真面目な顔になった支部長が、僕に目線を向ける。その顔を見て改めて覚悟を決め、僕はゆっくりと頷いて返事をした。




◆◇◆




 赤崎君がいる部屋から少し離れた広めに用意されたスペースに移動して、僕は支部長に説明を求められる事になる。


「さて、ここでなら良いだろうか。日和君、君が知っている事を我々にも教えて貰えないだろうか」


 僕は周囲を見渡す。声が良く響きそうだと思える静かなこの場所で、皆一同に目線を僕に向けている。強化付与の能力の事についてどれ位伝えれば良いのかはわからないけれど、その危険性を知っている身として、自分では無く相手に意図しない負担を与えてしまう事の怖さは、きちんと伝えなければと感じてしまう。


 今回の一件で、もし何も知らないまま今後この中の誰かが同じ事をしたらと、そう思えば思う程身体が震えてしまいそうになる。そうなって欲しくはないのでどうにか堪えつつも、僕は一呼吸おいてから話す事にした。


「私も自分の知っている事を一体どれだけお伝えすれば良いのか、判断出来無いのですが、赤崎君が意識を失ってしまった原因は、青峰先輩の話に出て来た疑似的に再現したという強化付与の能力の影響なんです……」


 誰に顔を向けて説明すれば良いのかわからなくなり、つい俯きがちになりながらもまずは原因について話す。これできちんとした説明になっているのかは不安ではあるが、僕の口から出た単語を聞いて全員が驚きの声をあげている。


 驚く皆を代表してなのか、支部長に問い質されたので顔を向ける。


「待ちたまえ、日和君。強化付与の能力について君は何を知っているんだ……? 青峰君、この話は本当なのかね?」


「は、はい……だが、俺達はそんな影響が出るとは知りませんでしたよ……!? 知っていたら強化付与の能力を作戦に組み込む事は無かった……!」


 青峰先輩も本当に何も知らなかった様子で、その顔は酷く後悔した表情だった。僕は支部長からの質問に答える。


「詳しく話す事は出来ませんが、能力の効果そのものを知ってます。強化付与は対象に絶大な効果を与えてくれますが、本来この能力の恩恵を得られるのはヒーローのように身体能力に秀でた人達だけになります」


「ええ、そこまでは翠も似たような事を私達に話してくれたわよ。でも、本当はヒーローのような人達限定の効果だってのは初耳よ?」


 先輩の話を聞いていた桃瀬さんが、同じくその話を聞いていた桔梗院さんに顔を向けて確認し合っている。二人は自分達の記憶を思い出し互いにそうだったと頷き合う。


 二人の確認が終わると、僕は更に捕捉で説明を加える。


「それと、対象になった人の元の身体能力が高ければ高い程、強化付与の効果はより高くなっていくんです」


「成程、日和君の話の信ぴょう性はどれ程の物かを確かめる手段は我々には無いが、少なくともこの話をする君の様子を見れば、嘘をついているとは到底思えないね」


「ねえ、翠? アンタ達、資料室にある文献を見たとか言ってなかった? それさえあれば、日和さんの話とどれだけ差があるのかわかるんじゃない?」


 僕の説明を聞いて、静かに納得する支部長に、青峰先輩達に情報の出所を尋ねる桃瀬さん。僕もどうしてこんな中途半端に情報が伝わっているのかを知りたくて、ふと先輩達の方に顔を向ける。


 けれど、先輩達はただ残念そうに首を振り何も言わず、その代わりに支部長が続けて僕に話し掛けて来るのだった。


「残念だが、恐らくその文献に記載されている内容が、ここの支部で知る事が出来る情報の全てだろう。それ以上の確かな情報が集まらなかった為か、長らく誰も見向きすらしなかった程の物だ」


 支部長からの補足で入る現状の説明に、僕はそれに納得するしかなかった。けれどそう話す支部長の顔は何だかまるで、先輩達にすら隠している情報を抱えていそうな影のある感じがした。


 ふとした違和感を覚える僕に、先輩達を庇うように今度は竹崎さんが僕に話し掛けて来る。


「で、でもよ、日和ちゃん。こんな凄い能力があるってわかったなら、翠達位若い奴だと使いたくなったりするもんだぜ。何て言うか……その、それ位こいつ等も今回の事に真剣だったというか……」


「その気持ちは、わかるわよ……? でも、それならどうして日和さんはあんなに取り乱したのよ? 最初に強化付与が影響してるって話してもくれてるし、再現に失敗したからって話じゃなさそうじゃない?」


 竹崎さんの意見に、桃瀬さんは一定の理解を示しながらも、僕の様子がおかしくなった事について疑問を浮かべている。


 話す覚悟はしたけれど、これを教えてしまった後を考えてしまうと、今の関係までもが変わってしまいそうでやっぱり怖い。それでも言わなければとどうにかそんな感情を抑える。




「強化付与がそれだけの能力でしたら、私もどれだけ良かったかと思います……ですが、本来は絶大な効果を与えた分だけ、元の発動者への負荷も大きくなっていき、最悪の場合……そのまま命を……」


 僕は強化付与の最大の代償について説明する。最後は言葉に詰まってしまい、上手く伝わっているのか不安になる。


「な、何よそれ……その話が本当なら、焔の命が危なかったって事……? でも、それなら彰が付与した筈なのに、どうして焔が倒れる事になったのよ?」


 驚いた表情の桃瀬さんが、すかさず萌黄君に顔を向ける。桔梗院さんも同じように彼を見つめており、彼等が慌ててしまう前に話を続ける。


「赤崎君が倒れてしまったのは、行ったのが疑似的な強化付与だったからです。萌黄君からのエネルギーを受け取った際に、赤崎君のゲージが大きく減っていったのを確認しています。それがそのままリスク分となってしまい、自分自身が全部負担する形になってしまったのだと思います」


「そ、そんなっ!? 俺と焔で事前に話した時に、結界内で出せるだけのエネルギーを与えてくれって言われたから……じゃあ、焔が動けたのも制限が掛けられた環境の中だったからって事なのかい……?」


「恐らく、そうだと思います……もし、何の制限も無い環境で最大限のエネルギーを与えてしまった場合、どうなっていたのかは私にもわかりません……」


 僕がそう説明すると、萌黄君は言葉を失ってしまいその場でうな垂れてしまう。見るに見かねて桔梗院さんが側に寄るのだけれど、かける言葉が見つからないようで、彼女はただ静かに彼の手を握っている。


 実際に使用者が命を落とす程の規模の付与がどの程度なのかは、僕も把握は出来ていない。でも、疑似的な強化付与の場合、与えられる効果に対してリスクの方が大きすぎるように思えた。


 僕の件があり情報として知っていながらも、今までシャドウレコードの皆が一切これを真似して行わなかったのは、リスクをきちんと調べた結果なのでは無いかと考える。




「とりあえず、日和さんがどうして取り乱していたのかの理由はこれで良くわかったわ。事情はともかく、教えてくれてありがとうね」


 僕の側まで来た桃瀬さんの手が肩にそっと触れられる。彼女の顔は不安な僕を落ち着かせようとしてくれているのか、優しく微笑んでいる。けれどそれとは対照的に、青峰先輩には僕に対して疑問を浮かべた視線を向けられてしまう。


「待て涼芽、お前は何も思わないのか? 日和さんの警告は確かに有り難いが、支部長も言っていた通りここにすら存在しない情報の出所はどこなのかとか、何故日和さんが詳細を知っているのかとか気にはならないのか?」


「そんな事気にしたってしょうがないじゃない! 私は、焔に対しての行動と正直に話してくれた事で、これ以上日和さんに何も聞かないって決めたの! あんなに辛そうに話してたのに何も感じなかったの!?」


「ほ、焔が目を覚ます切欠になってくれた事は、俺も礼を言いたい。だ、だが、それとこれとは話が別なんだ……! 俺達は何も知らないまま、焔を……!」


 苦悩した表情を浮かべる青峰先輩。もし、僕が事前に模擬戦で強化付与を使う事を知っていたら、きちんと彼等を止められたのだろうか。


 リスクがある事を話して何故それを知っているのかと問い質されるのを恐れて、もしかしたら何も起きないかもしれないと期待して、何も言えないまま模擬戦を観戦していたかもしれない。


 そもそも今日の事を知ってしまっていたら、僕は吉田さん達と共にまともに見学出来ていたのだろうか?


 僕はどうすれば良かったのかわからないように、それは先輩達も同様であり、周囲を黙らせるような圧倒的な勝利は望めないけれど、もっと他に戦い方はあったのかもしれない。


 彼等がどうしてこんな方法を選んだのかの理由も、その根底が僕達の為を思っての事でもあるのを知っているので、何も言えない事に胸が苦しくなってしまう。


「ご、ごめんなさい青峰先輩……どうして私が強化付与の事を知っているのかについては、何も言えないんです……情報の出所についても、同じく何も……」


 僕がそれしか言えないと、林田先輩が青峰先輩の肩を掴んで止めに入る。


「もうよそう、翠。これ以上日和さんを問い詰めたって、俺達が選択した結果は変わらないよ。この事を知らなかったらまた同じ事をしていたかもしれない。彼女はそれが怖くて、勇気を出して教えてくれたのを感謝しなければ」


 その言葉を聞いて、青峰先輩はハッとしたような顔になり、落ち着きを取り戻す。


「そう、だな……申し訳ない日和さん。君にあたった所で意味は無かった……それと焔の件は感謝しているのは本当だ、アイツを起こしてくれてありがとう」


 先輩に頭を下げられてお礼を言われ、僕はそれを素直に受け取る。萌黄君も側にいる桔梗院さんに励まされどうにか持ち直している。桃瀬さんをはじめとしたガンバルンジャーの面々は、尚も概ね好意的に僕を見てくれているのでひとまず安心する。




 ガンバルンジャーの皆は僕がこれ以上は何も言えないとわかると、そこから先の詮索はしないという選択をしてくれた。


 回復能力が扱えると自己紹介の時に教えただけでも学校でも相当な騒ぎようだったのに、それよりも希少なこの能力を扱えると知られたら、僕はどうなってしまうのだろうか。


 そんな事をぼんやりと考え始めていると、この場にいるとある一人だけがまだ僕の件について納得できていないようで、僕はまだ支部長から追及されてしまうのだった。


「待って欲しい、日和君。桃瀬君達は君の行動と説明に概ね納得したようだが、私は長い事この界隈にいた為か幾つか腑に落ちない所があるのだ……」


 先程まで静かに僕の話を聞いていた筈の支部長の様子が何だかおかしい。安易な気持ちで強化付与を使用して欲しく無かった為に、あまりにも詳細に話し過ぎてしまっただろうかと内心で焦ってしまう。


「二十年……そう、今からおおよそ二十年も昔の事になる。我々が強化付与についての情報を得たのは、それが最初にして最後だった」


「そんな昔の事なんですか? それって私達が生まれて来る前じゃないですか。それが日和さんと何の関係が……?」


「ピースアライアンス側で最後に確認された強化付与の能力者の情報がそれなのだよ。更にその能力者はどの陣営にも所属していなかった為か、詳しい事を知る前に消息が絶たれてしまったのだ」


 支部長の言葉に、桃瀬さんも思わず質問してしまっている。文献として残されたのが、そんな昔の物だったとは僕も驚いてしまう。そして、その能力者自身も消息が不明という事を聞かされて、僕は何故だか嫌な予感がして胸がざわついて来る。


「日和君、最初に君と面と向かって話をした時に、君は生まれた時から孤児院にいたというような話をしていたね……? 出自不明であり、希少な回復能力者にして、二十年程前というタイミング……そして強化付与の情報まで知っている……これは、妙だ……」


 自分だけが知っている情報を元に何か確信を得たのか、支部長が自らの考察を僕に向けて来る。それが意味している事が、一体何なのか僕には全くわからない。


 僕の出自がどこの誰なのかなんて、今まで気にしては来なかった。それだけレオ様達に拾われてから大切にされてきたのでそんなに思い悩む事も無く、ただ、とても希少な能力を持っている事だけは疑問ではあったけれど、希少過ぎて一体何から調べたら良いのかすらわからないので、いつしか大切にされて来た分の恩返しをする為の努力に夢中になっていった。


 僕は突然の出来事に頭が混乱してしまう。何も知らないしわからないので言葉が出せないでいると、突如支部長に肩を掴まれてしまう。


「頼む! 日和君! 君の出自について、君自身何か知っている事は無いのかね!? 君は何を知っている? 私に教えてくれないか!?」


「し、知りません……私、本当に何も知らないんです……! そんな事、今まで考えた事もありませんでしたから、私が生まれる前に何かが起きて、それが私の生まれに影響しているんだなんて言われましても、突然過ぎます……!」


 思わず目を瞑りながら首を振って否定してしまう。すると肩を掴まれる感触がしなくなったので恐る恐る目を開けると、支部長は何やら悲しみが混じった悔し気な目をしていて、どこか思い詰めた表情で僕を見つめていた。


 そんな支部長に向かって、僕を庇うように桃瀬さんが間に割って入って来る。


「もう止めてあげて下さい支部長! そんな生まれて来る前の事なんて、それが日和さんにとっての幸せに繋がらないのなら、無理に詮索するべきではありません!」


「しかし、桃瀬君……もし、日和君の出自が私の想像通りならば、我々はこれについて果たさなければならない義務があるのだ……」


 僕を庇う桃瀬さんに対して、今まで見せて来た姿とは違い何処か落ち着きが無くなっている支部長。僕は一体どうしたら良いのか困惑していると、通路側から誰かの声が聞こえて来る。




「昔、何かが起きたから、それを果たさなければならないというのがピースアライアンスの義務だとして、日和さんは民間人ですよ、落ち着いて下さい」


 その声の主は、意識が戻り完全に目が覚めた赤崎君だった。

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