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第三十二話 対処法とは一体何なのでしょうか?


 セッティングは完了し、運動場には十分に模擬戦用のスペースが取られていた。


 午前中は別行動をしていた生徒達も集まっており、僕も桃瀬さんに連れられて南野さん達がいる場所へと向かう。少しすると朝に見た時のように、支部長が赤崎君達を後ろに連れて歩いてやって来るのが見えて来る。


 赤崎君達と景志さん達は、色味は違うけれどお互い支部のトレーニングウェアらしき物を着ており、見分けを付け易くする為にそれぞれの身体的特徴に合わせた色をしている。


 その上に身体のあちこちにはプロテクターを装着している他、胴体には何やら奇妙な模様が入っている防具らしき物を身に着けている。


 僕はそれが一体何なのかが気になったので、素直に桃瀬さんに尋ねる事にした。


「関節や急所を保護する為のプロテクターを身に着けているのはわかりましたけれど、胴体のプロテクターには奇妙な模様が入っているように見えます。桃瀬さん、あれにはどんな機能があるんですか?」


「ああ、あれはね、あっちのモニターに焔達が受けたダメージ量を計測して表示させる為の装置よ。予め体力のゲージを設定しておいて、攻撃で有効打が決まればどんどん減っていくっていう感じなの」


 桃瀬さんが指をさす方向にあるモニターに顔を向ける。僕の他にも南野さん達も初めて見る物だったので、同じように顔を向けている。そこには赤崎君達の顔写真と名前が表示されていて、その横には各々のゲージが映し出されていた。


 それを見て僕達は感心して、南野さんが詳しく聞き出す。


「はえー、凄いねぇ。これから模擬戦が始まるし、まるで格闘系のゲーム画面みたいじゃない?」


「まあ、能力も使っての戦いだから、そんな風に見えるかもね。たまにそういう系の取材も来るみたいよ?」


 まるでゲーム画面みたいだという南野さんの感想に、家がそういう事業も経営している桔梗院さんも会話に加わる。


「ヒーローの方々には広くインスピレーションを頂いていると、その手の部門の声も聞いていますわ。動きもリアリティを追求する上で役に立っているのだとか」


「へえ、じゃあ本当にゲームみたいな感覚なんだねー。チュンちゃん、こういう模擬戦って定期的に行う物なの?」


「多い時には半月に一回程度でやってるかなー。組織内で決め事をする時、話し合いで解決しなかった時にも実力が拮抗してる相手同士だと、この手の手段も多いかなぁ」


 そう言って今回の件に至った経緯を何となく察する桃瀬さん。僕もヒーロー同士の決め事がこんなにも大胆な事を行う物であったのだと驚きつつも、ちゃっかりと娯楽の分野にも情報を開示して、秘密主義の組織の印象を与えないようにする抜け目の無さには感心してしまう。




 そんな話をしている内に装置の最終確認が終わったみたいで、赤崎君達と景志さん達がスペースの真ん中まで移動して、向かい合いながら立っている。


 支部長が審判役を務めるようであり、そして手にした拡声器を顔に近付けていき、そのまま今回の件についての説明が行われていく。


「この場にいる支部の職員達、ならびに希星高校の生徒諸君は既に知っているとは思うが、これより模擬戦を行う赤崎君達ガンバルンジャーは今現在、同じ学校に通う生徒二名の護衛任務に就いている」


 大きな声で支部長が話し始める。その声で静かになった周りが一斉に僕達の方に視線を向ける。先程盛大に顔を真っ赤にした為か、僕を見る視線はより一層強く感じられた。


「今回の模擬戦は、その護衛任務に追加の人員を加えるかどうかを判断する為の物である。比較的歳も近く、実力もやる気も十分な風見君達が立候補してくれたので、この戦いでそれらを判断していきたい」


 支部長がそう言うと、他の若い男性ヒーローや男子生徒達の風見さん達を応援する声が聞こえて来る。


 その応援を聞いて、景志さんは何処か満足気な表情をして堂々と赤崎君達を見ている。


「盛り上がっている所すまないが、今回の補充人員には戦闘力を求めているのは勿論の事だが、私が特に判断したい要素として護衛対象並びに、ガンバルンジャーとも協力関係を築けるかを重要視している事は知って貰いたい」


 それを聞いてどこか勢いを落とす周囲に、眉を吊り上げた桃瀬さんが一歩前に出る。


「元々私が必要以上に周りに自慢したのが今回の事の原因かもしれないけど、それなら私に文句や不満を言えば良いじゃない。模擬戦の相手ならしてあげるから幾らでもかかって来なさいよ」


 先程のアイドル扱いが相当気に入っていないみたいで、桃瀬さんは周囲に向けて戦えるアピールを行うものの、その行動はあまり効果的では無さそうであり、勢いは完全に落ち着くが扱いそのものには変わりが無いように見える。


 当然納得は出来る反応では無かったみたいで、桃瀬さんは機嫌を悪くしてしまう。


「だから何なのよ! その反応は! 私だってヒーローで、いつでも二人を護れる心構えはしてるんだから! もう、焔! 彰! バシッと決めて私達の実力を証明しなさいよね!」


 赤崎君達は桃瀬さんや僕達に何も知らせなかった事に対して、とても気まずそうな顔をしていたが、しっかりしろと桃瀬さんの檄が飛ぶ。


「何も教えなかった事については、後でしっかり謝って貰うわよ! だから、その分きっちり勝ちなさいよね! 日和さんも桔梗院さんも、アンタ達の事信じてるって言ってくれてるのよ!」


 すかさず僕と桔梗院さんは桃瀬さんの側に寄り、彼等を見つめる。二人は目を見開くとそのまま真剣な顔になり、力強く頷いてくれる。


 すると今度は、女子達の黄色い声が赤崎君達を応援し始め、それに感化されたのか再度風見さん達を応援する声も聞こえて来る。


 僕としても、この模擬戦は作戦の今後にも関わって来る物であると理解してはいるけれど、今はただ一個人として結末を見届ける事にしようと考え、応援の声が響く中試合開始の宣言がなされるのだった。




 模擬戦が始まると共に支部長が戦いの邪魔にならないように赤崎君達から十分な距離を取ると、突如四方から薄い透明な壁が張られ始める。周辺の生徒達もその様子に驚きの声をあげると、桃瀬さんから説明がなされる。


「まず模擬戦のフィールドに特殊な結界を張るのよ。これで能力を使った攻撃は結界の外に出る事は無くなるの。それに外と中でお互いの声も聞こえなくなったりもするのよ」


 桃瀬さんからの簡単な説明を聞き、僕は再び結界の中にいる赤崎君達に視線を向ける。両者お互いに睨み合うような形で動きを見せず、その周辺には中の様子を撮影するドローンが飛んでいた。


 ドローンから映像が届き、周辺のモニターに中の様子が映し出されそこでも睨み合う姿が表示され、景志さん達が映し出されると、彼等が口を開く。


「随分と彼女達と仲良さそうじゃないかお前ら。実はヒーロー活動より、女の子と仲良くなる方が得意なのかよ」


「それに加えて涼芽ちゃんにも随分と信頼されてるじゃないか、戦う前にイチャつきやがって。見せつけてるのか? イラつくんだよ」


 モニターから発せられる音声を聞いて思わず呆れた顔になる桃瀬さん。景志さん達が更に険しい顔つきになると、赤崎君がそれらに反論し始める。


「涼芽は俺達の仲間だ。ヒーローで無いならまだしも、同じAクラスのヒーローの一人をそんな風に扱うのは失礼じゃないか?」


「そのAクラスになった途端に、可愛い女の子の護衛に就くとか出来過ぎてるって話なんだよ! あり得ねえだろ普通! 同じ実力だと俺達はまだ認めてねえぞ!」


「それは涼芽が尽力してくれたお陰だ! アイツの頑張りまで出来過ぎてると言うのは許さない! 実力が知りたいのなら今ここで証明してみせる!」


 その言葉が切欠で戦闘が始まる。赤崎君が右手を前に突き出して、一瞬で身体の半分を覆う程の大きさの火の球を生成していき、それを景志さん目掛けて発射する。


 それだけで相当な威力と速度に見える物であったが、景志さんは慌てる様子も無く地面を蹴り上空高く飛び上がっていく。そしてそのまま火の球は誰にも当たる事無く勢い良く直進していき、結界に触れて爆発音を上げながら消失していくのだった。


 周りの生徒達がその光景を間近で見て驚きの声をあげる。僕もシャドウレコードの会議室内で見た映像を思い出し、実物はここまで迫力のある物なのかと思わず息を呑んでしまう。


 それを怖がっていると思われたのか、安心するように桃瀬さんに肩に手を触れられ、結界について補足で説明がされる。


「怖がらなくても大丈夫よ。結界の中だと、どんなに全力を出しても本来の二割程しか実力は出せないから、それでお互い大怪我になるだなんてまず起きないから」


 桃瀬さんからの結界についての説明を聞いていると、青峰先輩からも景志さんの実力に触れられる。


「焔が出した火の球は牽制目的でしかない。事前に集めた情報は一通り焔達にも伝えてある。考え無しに火の球を飛ばしても、まず彼等には命中しないという事は焔も十分把握している」


「ええっ? ならどうやって焔達は戦うのよ? 当たらないなら焔の火力を生かせないじゃないの」


「まあ見ていろ、対処法は考えてはある。それにこの日の為にとっておきの手段も発見した」


 青峰先輩が言うとっておきの手段とは何だろうと、僕はガンバルンジャーの隠された情報があるのかと警戒しつつ、それを見逃すまいと映し出されるモニターと実際の結界内両方に意識を集中させる。




 上空に高く飛び上がり、赤崎君の行動を観察する為に少しその場にとどまっていた景志さんが反撃に移る。


「成程、火の球を飛ばすっていう攻撃手段は一応あるようだが、飛ばした後は細かい操作は出来ないみたいだな。一方向にしか進まねえ攻撃なら対処は楽勝だ! 飛び回って避ける必要すらねえな!」


 そう叫び、景志さんは空中で身体の向きを変え、その脚で空気を蹴るような動作をする。その瞬間彼は素早く滑空し始めて、勢いをつけながら赤崎君目掛けて蹴りを繰り出そうとしている。


 赤崎君も反撃しようと、今度はサッカーボール程の大きさの火の球を数個生成し、それらをすぐさま景志さん目掛けて発射していく。しかし、景志さんの脚に纏った風圧の方が勢いが強く、火の球は全て逸らされていき命中する事無くそれらは別の方向へ飛ばされてしまう。


「ハハッ! 無駄なんだよ! 思った通り、お前の攻撃は風圧で全部逸らせるみたいだなっ! 貰ったぞぉ!」


 攻撃を逸らされた事を知った赤崎君は、すぐさま両腕で身体を守るように防御の体勢を取り、景志さんの蹴りが届く寸前の所で攻撃を防ぐ事が出来た。それでも、蹴りの威力を完全に抑えきる事は出来ずに攻撃を受けた判定になり、赤崎君のゲージが少し削れてしまう。


 僕はこれを打開する方法はあるのだろうかと、思わず青峰先輩の顔を伺うと、先輩はこれを待っていたかのような顔をしていた。


「ぐぅっ……! 彰、今だ! 準備は出来てるか!」


「大丈夫だよ焔! これならいけるよ!」


 赤崎君の後ろで、左腕に弓状の雷エネルギーを纏った萌黄君が、そのまま弓を引くような動作で矢の形に生成した雷エネルギーを、景志さんに目掛けて飛ばすのだった。


「何ぃ!? この状態じゃ避けられねぇし防御するしかねぇ! うおぉぉっ!?」


 萌黄君の攻撃は、火の球よりも遥かに速い攻撃であり、景志さんも咄嗟に防御の体勢を取ろうとしたものの、左腕に直撃してしまい赤崎君と同様にゲージが削られていく。


 だが、その分威力は低めなのだろう、直撃して尚景志さんは素早く距離を取り、鈴斗さんの側に戻って行く。


「おい、景志無事か? 赤崎の火の球は俺でも逸らせそうだが、萌黄の方は雷だ。目で見て判断してたら間に合わないぞ!」


「くそっ! そんな事はわかってるよ! 赤崎から離れるように飛んで逃げる選択をしてたら、その瞬間に攻撃の威力を上げてただろうなアイツ……!」


 景志さんは、萌黄君からの攻撃を受けてまだ痺れがあるのだろうか、左腕をぶんぶんと振りながら厄介そうに警戒の度合いを上げていく。


 赤崎君達も体勢を立て直し、ここからどう動くかの話をしている。


「悪い、焔。威力を上げ過ぎると焔も感電する可能性があったから、控えめに撃っちまった……」


「いや、気にするな。俺達の中で一番加減が難しい能力なのはお前なんだから、攻撃の際の威力の判断は任せる」




 赤崎君達と景志さん達は、またもや睨み合いの状態になる。それだけお互いの実力が近いと判断して警戒しているのだろうか。僕は先程の青峰先輩の顔が気になったので、尋ねる事にした。


「あの、青峰先輩。先程言っていた対処法とは一体何なのでしょうか?」


「そう言えばそうよね。翠、勿体ぶらないでさっさと教えなさいよ」


 どうやら桃瀬さんも気になっていたらしく、僕と同じように青峰先輩へと尋ねる。他にもヒーロー同士の戦いの事については桔梗院さん達や南野さん達も気になっていたみたいで、解説して欲しそうに先輩の側まで寄って来るのだった。


 それにつられて周りの生徒達も今の状況がどうなっているのか、詳しい人物に教えて欲しそうにしている様子であり、密かに聞き耳を立てていて、それを見て青峰先輩はやむを得ず説明してくれるのであった。


「仕方が無いな……ならば、簡潔にだが話すぞ。風見さん達は一見すると、三人共風の能力を使う能力者なんだが、戦闘スタイルは全然違うのは見ればわかるだろう?」


「はい、景志さんは脚に風を纏って空を飛んで戦っていますし、鈴斗さんは腕で風を起こして操るそうですね」


「そう言えば日和さん達、ヒーロー活動記録室で調べて来たって言ってたわね。こんな形でそれが生かされるとはねぇ」


 僕達が事前に情報を把握している事を知ると、青峰先輩は頷いてそのまま話を進めていく。


「それならば余計な説明を省けて都合が良い。景志さんと鈴斗さんは風を操る事が出来て、また、焔同様に遠距離から風を飛ばして攻撃する事も可能だろう。鈴斗さんはその辺りは特に得意だと聞いている」


 鈴斗さんは遠距離攻撃に長けた戦闘スタイルだと、青峰先輩が説明してくれる。けれど、先程は一切攻撃を行う素振りを見せなかったのはどうしてなのだろうか。


 桃瀬さんもその事が不思議に思ったようで、青峰先輩に尋ねる。


「なら、どうしてさっきは景志さんだけが攻撃してたのよ? 遠距離攻撃が得意なら焔達が危ないじゃない」


「そこが重要なんだ。三人共同じ風を操るという事は、それだけ互いに干渉しやすいという事になる。同じ方向に風を飛ばせば文字通り追い風となり威力も増すが、異なる方向から風を与えればそれだけで相殺されかねない状況になる訳だ」


 それを聞いて桃瀬さんは、身近にそういった出来事が起きやすい人物がいるのだろうか、とても納得がいった表情になり青峰先輩を見つめている。


「成程ねぇ、翠、アンタも特に普段から焔と彰相手には、自分の能力が干渉しないように気を遣ってるものね。出会って間も無い頃はしょっちゅう焔の炎を消しちゃったり、彰の電撃で感電しちゃったりで、ケンカばっかりしてたから」


 自分達の昔話を語る桃瀬さん。話を聞いていた周囲も、昔はそんな失敗談があったのかと意外そうな顔をして青峰先輩を見ている。


 周囲からの視線を感じて先輩は軽く咳払いをしてから、再び説明に入る。


「とにかくだ、景志さんは空中からの足技による強襲が得意なんだ。当然そこには全身に風を纏い威力を上げている為、鈴斗さんが挟撃するには予め事前準備が必要になって来る」


「そうなんだ! じゃあ、さっきみたいに焔が景志さんをおびき寄せて攻撃を受けながら反撃して、彰が攻撃に専念すれば勝ち目があるって言う訳ね!」


 それを聞いて桃瀬さんは楽観的に判断するが、青峰先輩はどうやらそうでも無さそうな雰囲気であり、膠着状態になっている現状がそれを物語っているように感じてしまい、僕は赤崎君達の方に視線を向ける。


「俺も涼芽の言う通りだと思っていたのだがな、どうやら流石にAクラスの景志さん達はそんなに単純な人達では無いみたいだ。俺が干渉を克服したように、向こうもそうみたいだな」


 睨み合いの時間は終わりを迎えつつあり、戦いは再開しようとしていた。




 撮影を行うドローンが周囲を飛ぶ音だけが聞こえる模擬戦の舞台で、お互い睨み合いの中、景志さんは鈴斗さんに近付き話し合いをし始める。


「赤崎相手なら楽勝だと思ってたが、どうやらそうもいかないみたいだな。俺達も動きを合わせる必要があるみたいだ」


「ああ、それでどうする景志? 赤崎は下手に近付きさえしなければ火力を無効化したみたいな物だが、萌黄が思ったよりも厄介だ」


 これからどうするかを尋ねる鈴斗さんに、足元を見て何かを思い付いたかの顔をする景志さん。


「要するにアイツ等を動けなくして、視界も見えなくしちまえば良いのさ。俺、良い事思いついたんだがちょっと耳貸せ鈴斗」


 そう言ってモニター越しからも聞こえない位の声量でひそひそと話し合う二人。その光景に周囲もざわつくが、景志さん達はお構いなしといった感じで話し合いを終える。


 その内容はそれ程良い事なのだろうか、突如として二人はとても自信満々な顔つきになり、赤崎君達も思わず警戒している。


「そういう訳で、俺達はお前達の心をへし折る戦術を思い付いちまったけどなぁ! こいつを喰らってコテンパンに叩きのめされたからって泣きべそかくんじゃねえぞぉ! 赤崎ぃ!」


 景志さんが叫びながら地面を蹴り、空高く飛び上がる。それを見た萌黄君がすかさず、無防備な姿に見える景志さんに向かって雷の矢を放とうとするものの、鈴斗さんの突風攻撃によって攻撃を中断させられてしまう。


「そうはいかねえよ萌黄! これから先輩が戦いを面白くしてやろうってんだから、後輩なら少しは空気を読めよ! そういう所が生意気なんだよ!」


 突風に飛ばされないように、萌黄君はその場で踏ん張るしか出来ずにいる。攻撃判定にはなっていないのかゲージには何も反応は無いので、少なくともこれが本命では無いのだろう。


 その隙に空高く飛び上がった景志さんが、攻撃の姿勢に移っていく。赤崎君も防御をしようと構えるが、どうやら狙いは彼等では無く、別の物であった。


 景志さんはその風の勢いの乗った脚を思いっきり蹴ると、大きな風の刃が地面を抉るように直撃して、周辺に大きな土煙が舞い、結界内の視界を悪くしていく。


 赤崎君達の近くを飛んでいたドローンが辛うじて彼等の姿を映してくれるが、どうやら土煙が起きた事で景志さん達の姿を見失ってしまっているようだった。


 いつ攻撃が行われるのかわからないまま赤崎君達は警戒を続けていると、今度は鈴斗さんが更なる行動に移っていく。何とそのまま土煙を自身の風の能力で纏め出し始めていき、赤崎君達の周辺に土煙の渦を留めさせて完全に動けなくさせるのである。


 渦が発生したせいで、赤崎君達の近くを飛び彼等を映していたドローンは風の勢いに耐え切れず安全な場所まで退避してしまい、モニターには景志さん達の姿しか見えなくなってしまう。


 この光景には生徒達は驚くものの、他のヒーローや職員達は多少景志さん達の行動を冷ややかに見る程度の反応をするだけで、桃瀬さん達も多少憤る程度の反応で、審判の支部長に向かうような事はしない。




 その姿に、思わず慌てた桔梗院さんが桃瀬さんを問いただす事になる。


「ど、どういうつもりなんですの!? 桃瀬さん! 彰様達がこのような状態にされているのに、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか!」


「いやー、多少ムッとするけどこれ位で騒いでたら、ウェイクライシスの連中には勝てっこ無いのよね。人質を取られるとか人命に直接関わる事なら滅茶苦茶動揺しちゃうけど、一応これ模擬戦でもあるし」


 桃瀬さんの模擬戦という言葉を聞き、その事を思い出す桔梗院さん。それでもヒーローがこんな行動に出るのが納得はしていないようであり、一体何の意図があるのか桃瀬さんに尋ねている。


「ですが、模擬戦と言えどここまでなさるというのですか? 土煙をあげて視界を塞いで攻撃の判断を鈍らせるだけでしたら、目的は果たしていますのに……」


「凶悪な能力者との戦いを想定した、実戦形式の模擬戦ならこういった思い付く限りの手段は行う事もあるのよ。ただ、今回のこれは景志さん達の個人的な恨みが入っているのよね」


 個人的な恨みという身も蓋もない理由で答える桃瀬さん。青峰先輩も思わず頷いてしまっている。彼等はよくある事だとして軽く受け流しているように見えるけれど、僕としては赤崎君は大切な思い出の相手かもしれないので、そういう理由でああいった事をされるのは不意に昔の事を思い出してしまい、何だか複雑な気持ちになっていく。


 そんな事を思っていると、どういう訳か突然心がざわついてしまう。これは模擬戦であり、ウェイクライシスがこれ位の事をするのも十分知っている筈なのに、僕は今赤崎君の事を心配している。


 何故かとても辛い気持ちになりそうで、モニターに映る光景も見たく無い物に思えて来る。それがどうしてなのか戸惑っていると、不意に誰かが僕の手を握って来て我に返る事が出来た。


「日和さん、大丈夫……? 何だか急に不安そうな顔になっていったから、私、心配で……」


 手を握ってくれたのは吉田さんで、彼女もまた僕の様子を見て不安そうな顔をしていた。正気になった僕は慌ててお礼を言う。


「心配して下さってありがとうございます……赤崎君が個人的な恨みで過剰な攻撃をされているのを見ていたら、何だか急に変な気持ちになってしまって」


 僕がそう言うと、吉田さんは何かを察した様子で恐る恐る尋ねて来た。


「それって、医務室で日和さんが何も言えなかった事と関係があるんだよね? 私達は何となく察したけど、こういう事って自分で答えを見つけないとダメだから、その……」


 吉田さんからの応援に、僕がどう返事をしようかと考えていると、モニターから大きな音が聞こえて来る。


 その音に二人して驚いてしまい、僕達は急いでモニターに目を向けると、土煙の渦の中に猛スピードで攻撃を繰り出したであろう景志さんの姿と、それを辛うじて受けるも攻撃に耐え切れずに萌黄君共々土煙の中から弾き飛ばされる赤崎君の姿があった。


 赤崎君のゲージは戦闘開始時から三割程減っていて、萌黄君の方も少し減ってしまっていた。それよりも、飛ばされた衝撃で二人共土煙を真正面から浴びてしまい、今も尚倒れている姿は全身がすっかりドロドロに汚れてしまっていて、受けたダメージ以上に見た目が物凄い事になっていた。


 最初からこうする事が目的だったと言わんばかりに、それを見た鈴斗さんは渦を解除しており、周囲に公開するような結果となる。そんな赤崎君達の姿を見せられて周囲の女子生徒の中には思わず悲鳴をあげる人も出て来る。


 僕も思わず二人を心配してしまい、大きな声を出すのだけは辛うじて堪えながら桃瀬さんの側まで寄る。


「くっそ……! 派手にやられちまった……! おい、彰、庇ってやったんだから無事だよな?」


「ああ……ありがとう、助かったよ焔。土煙でむせそうで呼吸がし辛くて大変だったよ」


 起き上がりつつ身体の汚れを払いながら、それでも尚落としきれない程になっている赤崎君達に、景志さん達が声を掛ける。


「はっはっは! お姫様の騎士気取り君達が随分と派手にやられてしまったな! そんな土塗れの姿ではお姫様にお目通りする事も叶わないだろうな!」


「そんなカッコ悪い姿を晒してしまったら、あの二人も悲しんでいるだろうな」


 赤崎君達の姿を見て笑っている景志さん達を見て、何がそんなに面白いのか僕には単純に理解出来無くて、個人的な恨みという物でここまでする彼等の方がカッコ悪いと感じてしまっている。


 先程まで僕のせいで理不尽な目に遭う赤崎君を見せられて辛かったのに、今はこの人達にそんな姿を見せたく無いという気持ちが湧いてくる。


 そう思うとお姫様という物は未だに良くわからないけれど、せめて彼等のいう事だけは真っ向から否定したいという感情で、赤崎君達を見守りたくなる。




 結界の中と外では僕達の声は聞こえないというので、僕は自分に出来る精一杯の思いを込めて赤崎君達を見つめていると、少しして桔梗院さんの声が聞こえてくる。


「自分の感情を口には一切出さずに、その立ち姿だけで表現するだなんて……日和さんの思い、伝わりましたわ……! それでこそわたくしがライバルと認めたお方ですわ! わたくしも負けてられませんわね!」


「えっ? き、桔梗院さん? 何ですか突然、一体どうしたんですか?」


 声を掛けられた事で、僕は無意識の内に何かしていた事に気が付く。周りを見れば桃瀬さんや吉田さんも何かに感激したような顔をしていて、結界の中の景志さん達は驚いた顔をしていた。


「ありがとう日和さん、情けない姿を晒してしまったと思ってたが、今の笑顔だけでその思い伝わったから……!」


「へへ、俺達ここから大逆転してみせるから、安心して見ていてよ日和さん!」


 何だか知らない内に、赤崎君達も元気を貰っていたらしく、僕に感謝の言葉を述べてくれる。


 僕が何をしてしまったのか僕自身が良くわからないまま、戦いの流れは変わり始めるのであった。

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