第三十話 どうやら空気になれる能力があるみたいなんです
彼等は一体何を見たのか、僕達の立っている位置では支部長の後ろ姿しか見えないけれど、現役のAクラスのヒーローが大人しくしてしまう程の何かが支部長にはあるのだろうと、僕は内心で警戒しているとすぐ横に桔梗院さんがやって来て小声で話し掛けて来る。
「日和さん、貴女は風見様達を見てどう思われましたか?」
「最後に自己紹介した千里さんを信じるのであれば、景志さんと鈴斗さんには気を付けるべきなんでしょうか……?」
「それもありますし、桃瀬さんによって既にご友人達は距離を置いていますから、彼女達の身の安全を確保する為にも彼等の前で迂闊に名前を出すべきでは無いのでしょう」
桔梗院さんはそう言って僕に南野さん達の名前を言わないように注意を促して来た。影野さんも後ろに下がらせて南野さん達と一緒にいるので、先程の桃瀬さんの対応を見ての指示なのだろう。
すぐさま桃瀬さんも僕達の側まで駆け寄って来て警戒しながら庇うように前に立つと、何も心配はいらないと支部長が振り返りそう言うのだった。
「桃瀬君が風見君達を警戒するのはいつもの事として仕方が無いが、だが彼等はヒーローなのだ。度が過ぎれば当然本部から懲罰部隊がやって来る位は知っている」
忠告をするかのように支部長の説明が入ると、景志さんは背筋をピンと伸ばしている。その姿を見ればひとまずは先程のような急に口説かれそうになる事は無いのだろうけれど、それでも桃瀬さんの後ろにいた方が良いのだろう。
このまま緊張した空気が続くのかと思いきや、気だるげな顔で千里さんが景志さんを見ながらわざとらしくため息を吐いた。
「はぁー……全く、誰かさんのせいで桃瀬がずっと警戒しっぱなしじゃんか。これでもし懲罰部隊まで呼ばれでもしたら、アイツらに誰が悪いかなんて見分けがつく訳無いし俺まで巻き添え食らって最悪なんですけど」
「何だとぉ? 何故俺だけ責められないといけないんだ。他のヒーロー連中だって可愛い子が目の前にいたらアピール位するだろうが。それに、何だ? お前こそ涼芽ちゃんの事を苗字で呼んで無害アピールのつもりか?」
「いや、ただでさえ好感度低いのに名前で呼ぶとか、馴れ馴れし過ぎてヤバい奴でしょ……それに俺達もう成人してメディアにも期待の若手ヒーローって取り沙汰されてるんだからさ、後輩に迷惑をかけてるかどうか位考えろよ……」
景志さんと千里さんがまたもや口論を始める。支部長に止められた手前、何割かトーンダウンしながらの物ではあるが、同じ顔同士の言い争いの為か見ていて妙な光景に見えてしまう。
目の前で言い争う千里さんの言い分を聞いて、桃瀬さんは少しだけ警戒を緩めたように思えたので、僕と桔梗院さんは彼等について尋ねる事にした。
「あの、桃瀬さん。風見さん達っていつもこうなのでしょうか……?」
「うん、そうなのよ。一人だけまともな対応してくれるのが、せめてもの救いだけど、他の二人がアレ過ぎて私達の友達に近寄らせたく無いのよ」
「あ、あはは……今は性格がわかりやすく表情に出てはいますけれど、それでも顔は皆さん同じですし、もし真顔で詰め寄られてしまうとこちらからでは判別出来ませんね」
「そう、それが怖いのよ! 前に千里さんが一人で声を掛けに来たのかと思って対応してたら、妙な違和感があって警戒すると、後から本物の千里さんが止めに入って来るなんて事もあったのよ!」
もしもそうされてしまうと厄介だなと、僕が考えていた事を話すと、桃瀬さんは既に似たような事をされていたと僕達に明かす。
僕は今後敵対した時に、そういった戦術を取られたら判別する手段が無いと警戒する為の感想であったのに、まさか彼等は既にそれを味方である筈の桃瀬さんに実行していたとは……
そんな事をされてしまった経験があるのならば、桃瀬さんもこれだけの反応をするのも理解出来てしまう。どうにかして判別する手段は無いのかと尋ねると、桔梗院さんが僕に情報を教えてくれる。
「確か風見様達はそれぞれ名前に合ったトレードマークを、身体の何処かに身に着けている筈ですわ」
「おお、その通りだよ! 桔梗院さん! 何だかんだ言われてるけど、俺達の事知ってくれて嬉しいよ! もしかしてこれって運命ってやつなのかな?」
僕達が話し合っている所に、突如景志さんが割り込んで来る。千里さんとの口論よりも僕達の事を優先したようで、会話が聞こえていたのか何なのかはわからないけれど、彼の後ろには呆気に取られた顔の千里さんが見える。
僕達は音も無く近付いて来た彼の顔に驚いてしまい、一歩後ろに下がってしまう。それでも尚も諦めずに一歩前に近付く景志さんに、支部長が咳払いして止めに入ってくれる。
すかさず桃瀬さんも目つきを鋭くして彼を睨むのだけれど、景志さんは悪びれた様子も無く三歩程後ろに下がっていく。
「そんな熱烈な視線を向けられると俺も照れちゃうぜ涼芽ちゃん。俺達のトレードマークについてだっけ? ほら見てよコレ、俺はネックレスをしてるんだけどカッコいいでしょ?」
そう言って景志さんは、自分からトレードマークを僕達に見せて来る。良く見るとそれは風見鶏を模したデザインのネックレスであり、自慢気な顔からしてとても気に入っている物であると判断出来る。
お気に入りのネックレスを見せて来る景志さんを見て、鈴斗さんも僕達の前に寄って来る。そして彼は耳にかかった髪をかき分け耳に着けたピアスをアピールしている。
「お、俺は、景志の奴とは違ってピアスにしてるぞ。一応俺達の名前と合わせた物をモチーフにしてある。景志のけいで、風見鶏をもじってて、俺の場合は苗字の風と名前の鈴で風鈴になる」
成程、自分達の名前と風を操る能力に合わせて、関わりのある物をモチーフとして選んでいるのだろう。
桃瀬さんと桔梗院さんは実際に物を見せられていても、いまいちな反応だけれど、彼等の目を見れば考えた上でのこだわりのある部分なのだというのは伝わって来る。僕もレオ様から頂いた仮面は今でも大事な物であるし、普段からこだわって身に着けている物を自慢したい気持ちはわかる。
景志さん達は残る千里さんも僕達に身に着けている物を見せるように急かしている。ため息を吐きながら渋々といった表情で彼は右腕に着けたブレスレットを見せて来る。
「俺のはこれだよ。無数の風船が空に浮かんでるってイメージで用意して貰ったんだけど、俺の場合は千里のせんから風船な訳だよ」
そうして三人揃ってアピールをして来る訳なのだけれど、それらを見た桔梗院さんは彼等に対して指摘を行う。
「成程、風見様達のトレードマークとやらは見せて貰いましたわ。ですが、わたくしから意見させていただきますと、貴方達のそれらは地味としか言えませんわ」
率直に地味だと指摘する桔梗院さん。僕は初対面の相手に言い過ぎではと心配するが、以外にも彼等は素直にその言葉を受け取ったのか若干落ち込んでしまっている。
「そうなのかなぁ。でも俺達三つ子で能力も全員風系統で統一感があってカッコいいと思うんだけど。物自体は気に入ってるし、性格は全然違うからそこでわかって欲しいけどなぁ」
「実は午前中に支部を離れてたのも、君ら二人の印象に残る何かインパクトある物が無いかって俺と景志で考えて、三人で街を見て回ってたんだ」
「俺はこいつらと見分けがつく物が欲しくて普段から調べてたんだよね。でもいつもは一人で抜け駆けするなって喧嘩になるけど、今日は何だか意見が合致しちゃってさ」
そういう理由で午前中は支部を離れていたと話す三人。桃瀬さんはすっかり呆れていて、桔梗院さんも複雑な顔をしている。僕も午前中は色々と支部内を観て回り有益な情報を得られた事もあってか、彼等の突然の思い付きによる行動に助けられた部分もあるけれど、このまま三人ほぼ一緒の見た目でいられるのも厄介ではあると感じてしまう。
「あの、自分達で考えてこだわった物を身に着ける事は、何と言いますか私にもわかる部分もありますし、とても素敵だと思います。ですが、一般の目線だとそれだけでは実際に活動中の風見さん達は判別出来ません」
「そうよね、同じ見た目してこんな間違い探しみたいな違いをアピールされても、私も全然わかんないしさ」
「ちょ、涼芽ちゃん、流石にそれは酷くない……? そっちの日和さんは俺達の事わかってくれてるのにさぁ、それなら違いのわかる子とかもっといたりするでしょ?」
「前々から言いたかったんだけど、景志さん、アンタ女の子に夢見過ぎなのよ。興味も無い相手の事なんか普通は詳しく知ろうとはしないし、それでも話を聞いてくれて気に掛けてくれる日和さんがとても優しい子なだけなの!」
そう景志さんに言い放つ桃瀬さん。先程までの絡まれ方を見る限り、普段からああいう接し方をされて来て相当溜まっている物もあったのだろう、彼への当たりはなんだか強く感じてしまう。
僕としてはどうにかして彼等の見分けがつけられるようにならないかが今は重要なので、妙に脱線しかけている話を何とか戻していく。
「えっと、私達は午前中にヒーロー活動記録室に向かいまして、公になっている三人の情報を調べてきました。ですので、インパクトを求めるのでしたらそこに手を加えてみるというのはどうでしょうか?」
ヒーローの衣装のデザイン作成等にはまるで素人ではあるけれど、既に公にしている部分に手を加えられないだろうかと提案してみる。
この場には支部長もいるので何か特別な事情があって、デザイン変更は無理であるならばはっきりと無理と言われるだろうとの考えもあり、僕としては少し大胆な行動に出ると、割と案外支部長も含めて乗り気になっていた。
「ふむ、そういう方向から変更を加えてみるというのは、私としてもヒーローの個性を引き出す上で妥当な案だと考えるよ。護衛対象である日和君の視点から、見分けをつけやすくして欲しいと意見が出るのはとても重要な事だ」
「そうですわよね。わたくしも非常時に咄嗟に見分けがついた方が、指示を受け取りやすいと思いますわ。既に公開している情報を元に変更を加えるという点も、民間人からして見てもとてもわかりやすい筈ですもの」
僕は改めて風見三兄弟の姿を見てみる。三人共明るいエメラルドグリーンの髪の色に、青い色をした目であり、性格の差による顔の雰囲気と身に着けている物以外は、髪型や制服姿等含めてほぼ一緒である。
ヒーロー活動記録室に飾られていた出動時の衣装も同様であり、傍目から見たら誰が誰なのかそれこそわからないかもしれない。僕は三人の能力の特徴を思い出していると、支部長から声を掛けられる。
「それで、日和君。活動記録室にて調べて貰った風見君達の情報を君はどれ位把握しているのかね?」
「そうですね、確か景志さんは脚から風を起こして気の向くままに空を駆ける事が出来て、鈴斗さんが腕から風を起こして風向きや風圧を与える事が出来て、千里さんは幾つもの空気の膜を風船のように浮かばせてそれら全てと視界を共有出来るんでしたか?」
「それでしたら、景志様は脚や靴に何かしらの意匠を加えてみたり、鈴斗様は腕の印象を強くしてみたりと考える事が出来ますわね。千里様も視界を共有出来るという点で案を考えていくべきかと」
支部長から試されるかのように調べた情報を尋ねられ、僕は実際に見て記憶している通りに答えていく。
僕の返答に支部長は正解だと大きく頷き、桔梗院さんもこの話に乗り意見を述べていく。これ以上話を広げていく前に当人達の意見も聞いておかなければと彼等の方に顔を向けると、景志さん達は何やら目を見開いて震えている。
やっぱり部外者が勝手にあれこれ意見してしまうのは不味かったのかと不安になるが、そうではなく彼等は僕に感激していたようだった。
「す、すげぇ……! 初対面なのに俺達についてこんなに考えてくれてる上に、ちゃんと能力についてまで知ってるなんてよ……!」
「ああ、俺も今、猛烈に感激している……! こんな事考えるより、午前中に会っといた方が良かったのではと思ってたが、街に出て正解だった……!」
「景志達程じゃないけど、俺も流石に日和さんの対応は嬉しいって思うな……正直第一印象は良くなかっただろうに、こんな良い子だとは」
彼等は僕に対して異様に感激し始めている。一体どうしてしまったのかと桃瀬さんに聞いて見ると、渋々ながらも答えてくれる。
「実力はあるんだけど、見た通りなんか女の子への距離感が変でしょ? そのせいで他の女性ヒーローからも距離を取られがちで女の子に飢えてるのよ。そこに日和さんの対応が真に求めていた物だった訳よ」
そ、そんな事情があったとは……僕は意図せずに彼等を喜ばせる対応をしていたようだった。十分に警戒するべき脅威と判断しての物だった筈なのに、ヒーロー恐るべし。
何処か不機嫌そうな顔の桃瀬さんからそう言った事情を聞くと、景志さんは満面の笑みを浮かべて僕と桔梗院さんにお礼を述べる。
「ありがとう! 日和さん! それに桔梗院さんも! いつも色んな子に運命を感じたって言って来たけど、心の底から本当の運命の相手なのではって思えたのはこれが初めてだ!」
「あ、あはは……運命ですか、景志さんは上位のヒーローなんですから、そんな風に言われてしまうと萎縮してしまいますね」
景志さんにそう言われ、少し前にこれと全く同じ事を言われてしまったのを思い出してしまう。すぐ側にいる僕にそう言った張本人は、聞き捨てならないといった顔で彼と向き合う。
「ちょっと! 日和さん達は私の運命のお姫様達なんだから! それはもう私が既にそう言ってるのよ、後から同じ事言ったってインパクトに欠けるわ!」
「ええっ? 涼芽ちゃんも同じ事を言ったのかい? ならそれこそもう運命じゃん! 俺達だってお姫様を護りたいって気持ちは一緒だぜ?」
「嫌よ! 二人と先に出会えたのは奇跡みたいな物だけど、私達に仲良くしてくれたのは日和さん達の意思なんだから、それを後から他のヒーローに便乗されるのは違うでしょ!」
桃瀬さんと景志さんが僕達に感じた運命について言い争う。そんなとんでもない感情を向けられている事について、桔梗院さんも困惑した表情を見せている。
以前行った会議にて、より強いヒーロー程そう言った傾向も強いと教えて貰ってはいる。感情の度合いで見たならば、恐らく両者は同じ位であると判断出来る。
言う側はあまりにも堂々とした態度をしているけれど、考える時間が増えれば増える程僕としては周囲にいる生徒達の視線が気になってしまう。色んな出来事があって多少は心境にも余裕が生まれてはいるが、それでもやっぱりお姫様扱いというのは妙な気持ちにさせられる。
僕も桔梗院さんもどうしたら良いのか困っていると、ようやく支部長が桃瀬さん達を止めに入る。
「君達の情熱は私にも伝わった。私もお姫様という響きには心を動かされる物を感じるよ。だが、その肝心のお姫様達を困らせてしまうのは良く無いとは思わないかい?」
支部長からの言葉を聞いて、二人が止まる。そして桃瀬さんは僕達を見て謝るのだった。
「ご、ごめんね二人共! 私の意地の張り合いに二人を巻き込んじゃってた……」
「大丈夫ですよ、桃瀬さん。赤崎君達とは事情を共有出来ていませんし、仕方が無い部分もありましたから」
「そうでしたわ。同じヒーローという事で話をしてみましたが、この後彼等とは何かあるのでしたわね。わたくし達も少々迂闊だったのかしら」
桃瀬さんの今の状況なら、教えてくれた過去の経験も加えて彼等に警戒する判断をするのはごく自然だ。すると景志さん達は不思議そうな顔をしている。
「え? 涼芽ちゃんアイツ等から何も聞かされて無いの? 俺はてっきり、この後俺等が赤崎達と一戦やり合うからピリピリした態度を取られてるのかと」
「いや、お前の場合は日頃の行いのせいだろ……いい加減桃瀬の事つけ狙うの止めろよ。日和さん達にも印象悪いぞそれ」
「そうだぞ、お前のせいで涼芽ちゃん即座に一緒にいた友達を避難させてただろ。俺達が女の子と仲良くなれるチャンスまで奪うな」
今景志さんの口からさらっと大事な事が出て来た気がする。一戦やり合うという事は、何か勝負を行うのだろう。
その言葉に勿論僕達以上に桃瀬さんが一番驚いてしまい、それは本当なのかと支部長に確認している。
「支部長! 今の話ホントなんですか!? 私、何も聞かされていないんですけど!」
「ああ、本当だとも。今日の午後の予定として、赤崎君と萌黄君の二名と景志君と鈴斗君の二名で、この後模擬戦を行う事が決まっている」
支部長からの突然の発表に、僕達の様子を見ていた周囲の生徒達もざわつき始める。少し離れた所で南野さん達も驚いていた。
「これはピースアライアンスとしての決定事項でもあるのだ。護衛対象である君達二人を、ガンバルンジャー一組だけに集中させるのはどうなのかと、他のヒーローからの抗議の声もあっての事だ」
そういう訳で、今日の模擬戦が行われるのだと支部長が話す。相手が景志さん達なのは、以前ゲームセンターで出会った時の竹崎さんも話していた通り、ガンバルンジャーに次いで僕達と歳が近くて実力も同じAクラスであり、それでいて強い対抗心を抱いているからなのだろう。
護衛対象になってから今現在まで僕達は穏やかに過ごしているけれど、今後どうなるのかは誰にも予想は出来無い。例の不審者騒動も未だ警戒中の筈で、裏で活動中の他のウェイクライシスの組織の動きも気になる。
それだけ彼等の中では僕達の事をとても重要視しているのが伝わって来る。調査任務への影響はどれ程の物かはまだわからないけれど、追加で三人のヒーローも今後警戒する可能性があるのは大変そうだ。
僕がそう考えていると、扱われ方に疑問を感じた桔梗院さんが模擬戦に対して意見する。
「護衛しきれるのかと抗議なされる気持ちは理解出来ますが、これでは何だかわたくし達が決闘の戦利品みたいな扱いですわ。幾ら彰様達よりも実力が上であっても、それで信頼関係を築けと後で言われましても無理ですわよ」
「申し訳ない、桔梗院君。だがこの件は既に君の家にも通達を行い許可も得ている。それに君も日和君相手に似たような事を言った覚えは無いかね?」
そう言われた桔梗院さんはそれ以上は何も言い返せ無くなり、思い悩んだ顔で僕を見ている。
「私は気にしていませんよ桔梗院さん。私との勝負の件は色々と事情があっての事だったのは、話を聞いてみてわかりましたし、今回もきっと同じなんだと思います。ただ、桃瀬さんに何も教えていないのはどうしてなんでしょうか?」
「恐らくだが、桃瀬君がこの事を知れば、君達の前で自然に振る舞えなくなるからと判断したのだろう。桃瀬君、君は良くも悪くも嘘を吐けない性格でもあるし、後で赤崎君達にもどういう考えだったのか尋ねてみると良いのではないだろうか」
桃瀬さんの代わりに僕が疑問に思っている事を支部長に聞いてみると、知れば桃瀬さんや僕達に影響を与えるからだろうという答えが返って来る。
思い当たる節があるのか、それを聞いた桃瀬さんはぐっと何かを堪える顔になりながらも、納得していく。
「わかり、ました……思った事をすぐに口にしているって、よく友達からも言われていますし、私が模擬戦の事を知っていたら、二人にも黙っていられなかったと思います……なので、詳しい話は焔達に後できっちり説明して貰います」
桃瀬さんは少し震えているようで、手も力強く握りこぶしになっている。それがなんだか心配だったのでそっと肩に手を触れると、ゆっくりとこちらに目線を向けたと思うと微笑まれて彼女の震えも止まる。
僕だけに聞こえる程度の声で桃瀬さんからお礼を言われると、僕は支部長の方に身体を向き直す。彼も桃瀬さんの事が心配だったのかなんだか困ったような顔をしていたと思っていたら、コホンと咳払いをして一瞬で元に戻る。
「それと、この模擬戦の勝敗や結果で、ガンバルンジャーが護衛の任務を外される事は無いというのは予め伝えておくよ。これはあくまで追加の護衛が必要かどうかを判断して、本部や他のヒーロー達を説得させる為の物でもあるので、君達にとって最悪の事態にはならない事は私が保証しよう」
それを聞いた桃瀬さんは驚いた顔で支部長を見つめている。僕も桔梗院さんもガンバルンジャーが護衛から外れる事は無いと聞いて、何だか急に安心してしまう。
「そ、それ、ホントなんですか支部長? 私はてっきり、私が関われない事の結果次第で二人と離れ離れになってしまうのかなって不安になって」
「何を言っているんだい桃瀬君。護衛任務に関しては君が一番信頼関係を築いているのだから、そこを無くしてしまう事はまずありえないからね」
支部長からの高評価を受け、桃瀬さんは僕を見て途端に笑顔になっていく。
「そ、そっかぁ……私が一番信頼関係を築いてるんだってさ。そう言われちゃうと何だか急に嬉しくなっちゃうよ、えへへ」
それは交友関係が広い桃瀬さんだからこそ出来る芸当でもあり、実際それで僕も入学式には助けられた事もある。女同士だからという理由で多少過剰な部分もあるけれど、最近は適度な距離感がわかりつつあるのか僕が桃瀬さんに慣れて来てしまったのか、落ち着いて来たようにも思える。
急に喜び始めた桃瀬さんに呆れた顔をしながら、桔梗院さんも僕達の近くまで寄って来る。
「模擬戦という言葉には驚きましたけど、Aクラス同士のヒーローの勝負という事は、要はここで彰様達が良い結果を出せればその実力は存分に証明され、結果的に口出しも無くせるという事ですわよね?」
「ああ、その通りだよ。故に景志君達を選んだ。君達の護衛に名乗りを上げたいのならば、まずは相応の実績を証明して貰わないとという事だね。実績を兼ね備えつつ友人にもなれた桃瀬君はそれだけ大事な存在でもある」
「えへへ、そんなにおだてないで下さいよ支部長。今日まで何も教えて貰えなかった分、それだけ焔達も自信があるって事なんでしょ? もし情けない結果を見せよう物なら、今度は私が全員ボコボコにするだけなんだから」
笑顔でそう言ってのける桃瀬さん。ただその笑顔の裏にはしっかりと、何も話して貰えなかった怒りの感情も加わっているような気がして、もしかしたら本当にそんな事をやってのけてしまいそうな気迫を感じる。
模擬戦の事は僕達にも隠し通されていた話でもあり、思い掛けないタイミングで今の赤崎君達の実力の一部を伺える機会が来た事には、僕も気になっている。
赤崎君が身内相手に一体どんな戦い方をするのかも興味があり、病弱で僕よりも身体が細かったホムラ君とは、本当に同一人物なのかと何か探れるきっかけが得られるかもしれないと考える。もしホムラ君が健康な身体になりヒーローになっていたとしたら、一体どんな戦い方をするのだろうかと思っていると、景志さん達の騒ぐ声がする。
「おいおーいっ! 俺達の事忘れて貰っちゃ困るぜ涼芽ちゃん! 赤崎と萌黄の野郎をカッコ良くコテンパンに叩きのめして、日和さん達に実力を証明するのはこの俺景志様なんだぜ!」
「そうだ、俺達だってAクラス。二人を護れる立派なヒーローである事はこの勝負できっちりと証明してみせる。そして、その実力を見れば涼芽ちゃん含めた君達三人はきっと俺達の事を見直す筈だ」
「実力をきちんと知って欲しいのはわかるけど、三人と仲良くしたいならもっとやり方があるだろ鈴斗……これじゃ悪役の立ち位置だぞ俺等、ヒーローなら強さより志で勝負すれば良いのにさ」
景志さんと鈴斗さんが僕達に勝利宣言を行う。一方で千里さんは呆れた様子であった。同じヒーローに対抗心を燃やす所はヒーローらしいとは思えるが、ガンバルンジャーは護衛を外される事は無いと言われている訳だし、彼等と仲良くする気はあるのだろうか。
「熱意があるのは伝わりました。ですが、先程も支部長さんが話して下さったように、これは追加の護衛を決める為の勝負ですよね? 赤崎君達とは仲良くなろうとは考え無いのですか?」
僕がそう尋ねると、景志さんと鈴斗さんは嫌そうな顔をして首を大きく横に振ってしまい、すぐ側で千里さんが頭を抱えてしまう。
「おい、お前ら、この模擬戦は日和さんも言ってくれたように、俺達の実力とガンバルンジャーとも連携が取れる強さを持った追加の護衛役を証明する為の勝負だぞ?」
「いーやーだ! ホントなら彼女達の護衛は俺達だけでも十分なんだ! 俺達が上で、赤崎達が下だ!」
「そうだ千里! 俺達は三人で、赤崎達は涼芽ちゃんを入れて五人だ! なら三人でAクラスの俺達の方が強い筈だ! それに、お姫様の側にいて良い騎士は涼芽ちゃん一人だけで、俺達は空気に徹するべしなんだ!」
千里さんの意見を無視して、景志さんと鈴斗さんはよくわからない事を言い始める。僕としてはそうなってしまうと調査任務に影響が出てしまい非常に困ってしまうので、姿形の無い空気では無く実態でいて欲しいのだけれど。
そしてそのまま彼等は周囲の生徒達に高らかに宣言し始める。
「この場にいる生徒諸君に宣言しよう! この後の模擬戦で、俺達風見三兄弟がガンバルンジャーに勝利した場合、我らの運命の姫君達の側に並び立つ騎士は、涼芽ちゃんのみにするべきだと、そう本部に申告してみせよう! そして赤崎達含めた俺達はただひたすらに風に舞う空気に徹し、彼女達の平穏を築き上げてみせる!」
そのよくわからない宣言は一部生徒達の理解を得てしまう。支持する生徒は特に男子達が多く、彼等は瞬く間に景志さん達を応援するようになるのだった。
あまりにも自信満々にそう宣言する彼等は風の能力者でもある為、もしかして本当に身体を空気に変える能力を持っているのではと、ヒーロー活動記録室には記載されていない裏の情報がある事に驚き、僕は急いでメモを取る事にした。
「日和さん? いきなりメモを取るだなんて、一体どうしましたの?」
「き、桔梗院さん、景志さん達は公にされている能力以外にも、どうやら空気になれる能力があるみたいなんです。あんなに堂々とそう宣言するという事は余程凄い能力の筈なのでは!?」
「落ち着いて日和さん。あれはそういう意味じゃないからね、アイツ等実際に空気になれる訳じゃ無いのよ。そういったジャンルに疎いだろうし、今度ユリにでも教えて貰おっか?」
メモを取り始めた僕を、桃瀬さんはそんな能力では無いと優しく止めてくれる。そしてこの手の話は中島さんが詳しいと言って、今度どういった意味なのか教えて貰える流れになるのだった。




