第二十九話 甘口のカレーライスも置いてありますか?
桁違いの大きさの食品サンプルを見て僕と吉田さんは言葉を失いつつも、桃瀬さんは前に約束した通りに桔梗院さんにガンバルンジャーの好物を教えている。
「それでねー、お待ちかねの彰の好物なんだけどね、ここのから揚げ定食は絶品だって前に笑顔で言ってたのよね。いつも特盛を頼んで美味しそうにパクパク食べてるもの」
「な、成程……そうなのですね。ならばわたくしもそれを注文してお味の方を確かめてみますわ! 影野、貴女も一緒に付き合いなさい」
「了解しましたエリカ様。鶏肉の調理工程から、味付けに使われる調味料に、その他の食材等調べ上げて桔梗院家の料理人にも再現出来るように尽力致します」
桔梗院さん達は萌黄君の舌と胃袋を満足させたいが為に、いつになく真剣な表情をしている。それを見て僕は、もし仮に今後の作戦に必要な手段としてここの料理の味を覚える事になったとしたら、一体どんな方法を取るのが一番適切な行動なのだろうかと考えてしまう。
そもそもあまり食べられない僕では、一度に料理の味を全て覚える自信が無い。その分よく噛んで料理一つ一つ味わって食べるようには心がけてはいるのだけれど、再現するとなると料理の腕前も必要になって来る。
ならばメイさんと一緒に料理の腕を磨きつつ、ここへ何度も足繁く通う必要があるのだろう。ピースアライアンスと関わりがある桔梗院さんならば、何かと理由を付けてここに来るのも容易な事も考えると、僕がそこまで信頼されるようになるにはまずは様々な人たちとの接点が必要だと思う。
そうなると本来の目的を見失ってしまいそうだなという結論になり、僕はこれ以上は考えるのを止める事にして目の前の食品サンプルを見ながら何を食べようか決めようとしていると、桃瀬さんに声を掛けられる。
「どう? 日和さん。皆の好物を一通り教えたけど、日和さんは焔の好物を注文しようとは考えたりはしない?」
「赤崎君の好物ですか、先程お聞きしましたけれど確かカレーライスをよく注文するそうですね」
桃瀬さんに尋ねられた事で、僕は食品サンプルの中からカレーライスを目で探し出し始めて少しして見つける。カレーライスと言っても、スパイスの種類や具材の大きさや隠し味等で味や食べ応えが変わって来るのだろう。
ぼんやりと少し眺めてから、今教わっている料理のレパートリーと比較してこれならば調理自体は比較的容易そうだなと思うものの、僕としてはある一点が気掛かりであった。
「あの、こちらからも一つお聞きしますが、量はともかくとして赤崎君は一体どれ程の辛さが好みなのでしょうか……?」
「あっ……そ、そういえばアイツ結構辛めの味付けが好みだったような気がするわ……ひ、日和さんは辛いのダメだって言ってたわよね……? どれ位までならいけそうなの?」
僕が辛さについて聞くと、桃瀬さんは途端にしまったと言いたげな顔になり、気まずそうに僕が食べられる辛さの限界について確かめられる。
この話に南野さんと吉田さんも話に加わってきて、お互いカレーライスの奥深さについて話していた。
「そっかー、カレーだと量だけじゃなくて辛さの好みも変わって来るしね。チュンちゃん、やっぱヒーローにも辛いのだったり酸っぱいのだったりと言った好みの味付けってあったりするの?」
「私もあんまり辛くし過ぎると食べられないから、カレーを作る時はよく弟から物足りないって言われちゃうなぁ……最近は個別に調味料を追加で足して貰ってるけど、辛さを合わせるのって難しいよ」
料理経験が豊富な吉田さんからの意見に、完全に失敗した顔になる桃瀬さん。まだ僕は何も答えていないのにそんな顔をするのは早いのではと感じる。
「春風の言う通り、能力者として能力が発現すると体質が変わるって割とあるのよね。アイツの場合、なんか身体機能が上がった他に辛い食べ物が食べられるようになったとかでさー……」
何だか意気消沈して、しょんぼりとした顔になる桃瀬さん。そうか赤崎君は体質が変わって辛い物を受け付けられるようになったのか。本当に好き好んで辛い味付けを食べているのか気になる所ではあるけれど、今は桃瀬さんの落ち込み具合が気になって仕方が無い。
「赤崎君が辛い味付けにしたがるのはわかりましたけれど、どうして桃瀬さんはそんなに落ち込んでいるんですか? まだ私、どれ位辛いのに耐えられるか言っていませんよね?」
「だ、だって、辛さを尋ねてくるだなんて、どう見たって日和さん中辛も無理そうな雰囲気じゃない……? 甘い物好きなのは知ってるからそれで余計にね?」
桃瀬さんの意見に、南野さんも納得した表情でうんうんと頷いてしまい、吉田さんも苦笑いしている。更に上田さん達も既に何を食べるか決めたのか僕達の会話に加わって来て、少し離れた所で桔梗院さん達も待たせてしまっている。
その予想は概ね当たっていて、僕の舌では中辛程度の辛さでも駄目かもしれない。それでもお水を飲みながら頑張れば何とか食べきれるかもとは思いつつも、無理をして苦しくなれば午後に支障をきたす恐れがある。妙に注目されてしまった事に恥ずかしさを感じつつも、これ以上皆を待たせる訳にもいかないので正直に告白する事にした。
「も、桃瀬さんの意見に反論したい所でしたが、正直な所、中辛でも辛いと感じてしまいそうなのは事実です……あの、桃瀬さん、ここの食堂って甘口のカレーライスも置いてありますか?」
随分と子供舌だなと笑われてしまうのではと、顔を俯かせてしまいそうになりながらそう尋ねる。それでも結局の所、どんなに辛さを抑えていても本格的な味付けにするには最低でも中辛程度にはしなければいけないのだと、残念そうだけど何処か満足そうな顔をした桃瀬さんに言われてしまい、僕は恥ずかしい思いをしながら別の物を注文するのだった。
◆◇◆
幅広くあったメニューの中で僕は煮魚定食を注文して、ここまでに色々な事があって頭を使っていた為か、丁度良い分量で食べきれた。
普段から桃瀬さん達を満足させているだけの事はあり、魚は柔らかいまま味も良く染みていて、備え付けもバランスよく用意され食べる人の栄養管理の事も考えられているようだった。
衣食住に力を入れている表向きの企業であるS&Rグループの影響もあってか、シャドウレコードの食堂のレベルは相当高い物であると、昔イグアノさんが自信満々に僕に教えてくれた事もあり、それを踏まえて比べてみてもここの食堂の味はほぼ同じ位と思える。
他の料理も食べ比べてみない事には詳細な評価はつけられないけれど、またここに訪れる機会は果たしてあるのだろうか。幾ら護衛対象だからといっても、特別な用事が無い限りはそう易々と足を運んで来られるような場所では無い筈だ。
お昼ご飯を食べ終わり手を合わせた後に、料理を待つ間に予め用意していたお茶を飲みながらそんな事を考えていると、僕の食べる様子を見ていたのだろうか上田さんに声を掛けられる。
「いやー、日和さんってご飯の食べ方も綺麗なんだなぁー。今もお茶を飲んでる姿ですら様になってるし」
「前に遊びに行った時も、凄く上品にご飯を食べてるなって思ってたけど、春風達お昼は毎日これを見て過ごしてるの? 逆にプレッシャーにならないの?」
「そう感じそうな時はチュンちゃんの方を見てるから大丈夫だよ。こうも極端な例がすぐ側にあると、ご飯の食べ方は自由で良いんだって思えるから」
中島さんに聞かれた南野さんは、丁度ご飯を食べ終わった桃瀬さんの方を見てそう答える。ここの食堂の最大規模の量は食べきれないと言っていた桃瀬さんだったが、今現在食べきった量も相当な物だったと思う。
その姿を、食べっぷりを初めて見た桔梗院さんも驚いた顔をしており、同時に僕についても感想を述べるのであった。
「前々から聞いてはいましたが、桃瀬さんの食べる量は凄まじいですわね……それに比べて日和さんは普段からその量なんですの? わたくし並のサイズを注文いたしましたのに、それよりも少なめの量を丁寧に食べるだなんて」
「えっと、同じ場所で一緒に食事をしているから極端に見えるだけで、個別で見た場合だと案外普通に見えたりするものなのでは?」
皆からの感想について、食事中は食べる事に集中したい僕は出された料理に目が向きがちになる。たまに僕が食べ終わった後も食事が続いている桃瀬さんの食べる量に驚く事はあったけれど、僕自身にまで感想を述べられるとは。
でも確かに、僕と桃瀬さんとでは食べる量で大きな差があるのに、食べ終わる時間がほぼ一緒では余計に注目されてしまうのかもしれない。そう思うと少しマイペース過ぎたのかも。
「でもそうですね、私も食べる速度がゆっくりし過ぎているのかもしれません。これからはもっとテキパキと食べる事を心掛けてみましょうか」
「そういう意味で言った訳ではありませんわ。ですが、これが日和さんの美容の秘訣なのかもしれませんわね……影野はどう思いますの?」
「私からして見れば誤差の範囲内ですよエリカ様。健康的な体型を維持するのに食事量を減らすのはご法度です。私も桃瀬様程ではありませんが多めの量を頂いておりますし、満足出来る量というのは人それぞれでございます」
僕に影響を受けた桔梗院さんから意見を聞かれた影野さんは、独自の価値観で返事をする。
二人の食べ終わった食器を見ると、確かに影野さんの方が多めに盛られる分だけ食器も大きい。普段から護衛を務めている分、それだけ使うエネルギーも大きいのだろうか。
一緒に食事をするのは初めてであり、人数も多い分気にする人は気になってしまうのではと考えていると、桃瀬さんが苦笑いで会話に加わる。
「えーっとね、私はヒーローとしての身体の機能とね、特に能力に制限を掛けてない上に直ぐに異常を察知出来るように常時発動しているような物だから、それだけいっぱい食べちゃうのよね。それに日和さんみたいに特に制限がかかって無くても、食事量に影響を与えない能力もあるからホントに人それぞれなのよ」
少し困ったような顔でそう締めくくろうとする桃瀬さん。彼女にそう言われてしまえばそれ以上何も言える人はおらず、話題が変わろうとした所で上田さんから質問が入る。
「じゃあチュンちゃん、日和さんの食べる姿はどう思う? 私達も見習うべきかな?」
「えっ? それは別にどっちでも良いんじゃない? 寧ろ私は理想通りで嬉しいし、見てるとなんだか食欲も湧いちゃうしで願ったりかなったりだわ」
桃瀬さんからの返答を聞いて、上田さん達は軽く引いてしまう。僕も、理想通りで嬉しいというのは不本意ではあるけれどまだ言っている事の理解は出来る。ただ、僕を見ていると食欲が湧いてくるというのはまるで意味がわからなかった。
「日和さんを見てるとね、何だか食後のデザートが思い浮かんできちゃうのよね。ふわふわの綿菓子の上で過ごしてて、寝る時はパンケーキとかで寝てそうじゃない?」
「ああ、そう言われたら何となくわかるかもー。日和さん甘い物大好きだし、さっきの甘口のカレーがあるか聞いて来るのも予想通りだったし、そう言ってたら甘い物食べたくなってきた」
「な、なんですか、甘い物は好きですけれど、そんな生活はしていませんよ!? 私の住んでいる所までいつも護衛で送って下さるから知っている筈じゃないですか。寝る時も普通のお布団を使っていますし」
僕はすかさず桃瀬さんの奇妙な印象を訂正する。僕を見ていたら甘い物が食べたくなるというのは流石に意味がわからない。でも南野さんも便乗しているし、先程は引いていた上田さん達も何故か同意している。
そんな僕の反応がツボに入ったのか、桃瀬さんが笑い出してしまう。ケラケラと笑いながらも僕へ軽い謝罪を行う。
「あはは、ごめんね日和さん。私も甘い物は好きな方だから、ここの食堂でも食後に追加で注文しちゃうのよ。皆も良かったら一緒にどう?」
そう桃瀬さんは自身が食堂でよく頼んでいる好物を明かしてくれる。そういえば他の四人の好物は話してくれてはいたが桃瀬さんはまだであった。甘い物と聞いて皆も興味を持った事で、食べ終わった食器を戻しに行くついでに注文してみる流れになる。
食後の桃瀬さんが注文するという事で、一体どんな物が待ち受けているのだろうかと身構えていると、何とそれは以外にも普通のサイズの容器に入った焼きプリンであった。皆一同がそんな考えをしているのに気が付かれたのか、桃瀬さんは少し恥ずかしそうにしている。
「い、幾ら甘い物は別腹だって言ったって、食後のデザートも大盛りな訳ないでしょ? これはゆっくりと味わって食べる用のプリンなんだからね」
「へえ、チュンちゃんにも味わって食べる物があったんだね。いつもは凄い量を勢いよく食べてるじゃない?」
「まあ、失礼ねぇー、いつもだってちゃんと味わって食べてるわよ。ただお腹が空いているから夢中になっちゃうってだけなんだから」
むっとしながらふくれっ面になる桃瀬さん。そんな顔を見せるのは珍しいのか、南野さん達も笑い出して、それを見ながら僕は吉田さんと共に、目の前のプリンに興味を向ける。
「桃瀬さんが普段から注文しているだけあって、美味しそうですね」
「うん、ホントだね! それにこれ位の大きさなら私も何とか食べきれそうだよ。目の前に甘い物を出されちゃったら、妥協したくないし」
会話も程々にして、皆でプリンを食べる事に。丁寧に作られていて口に入れるととても滑らかであり、甘さも丁度良く感じられる。確かにこれはゆっくりと味わって食べて行かなければ勿体無いと思える程の美味しさで、皆静かに味わっている。
桔梗院さんもプリンを口に入れた途端に思わず目を見開き、食べ終わると桃瀬さんに感想を述べていた。
プリンの味を褒められて、まるで自分の事のように照れる桃瀬さんに、上田さん達も話し掛ける。
「それにしても、学校の行事なのにお昼の時間をこんなに自由にしちゃって良いのかな? 修学旅行みたいに皆一斉に指定された席に座って、決められた物を食べるのかと思ってたからさ」
「それは私みたいに、もうここで働いてるような子もいるからね。普段の人付き合いもあるし、流石に今日だけ学生だからって畏まっちゃっても困るわよ」
「それもそっかー、後それとなんだけどね、チュンちゃん午前中はずっとガンバルンジャーとして案内してたじゃない? だから赤崎君達もここにいるのかなって思ってたけど全然見かけないのはどうして?」
「ああー、それはねぇ、何か焔達に男だけで話し合う事があるって言われて追い出されちゃったから、多分自分達の階で食べてるんじゃない? 私の前で隠し事なんてそうそう出来っこ無いって知ってる筈なのに、頑なに言わないのよね。そろそろ何を隠してるのか教えて欲しいんだけどなぁ」
そう言って桃瀬さんは頬杖をついてため息を吐いてしまう。その言葉にお弁当を作れるように料理を勉強しようと計画している上田さん達や、隠し事ばかりの僕はドキリとしながらも、恐る恐る例の件の事なのかと尋ねてみる。
「あ、あの、赤崎君達だけで話し合っている内容とは、もしかして例の三兄弟との事でしょうか?」
「うん、私も絶対そうなんじゃないかって思ってるのよねぇ。当日になっても教えてくれないなんてよっぽどじゃない?」
呆れた表情で僕の尋ねた事に返事をする桃瀬さん。すると突然食堂がざわつき始め、食堂の外を見ると辺りを見渡す支部長がいて、僕達の姿を見つけたのか一直線にやって来る。背後に一緒について来る人影もあり、よく見るとそれは先生達だった。
食堂にいる他の生徒達がざわめく中、支部長を先頭にして僕達A組の先生に、桔梗院さんと上田さん達のいる組の先生達が僕達の座っているテーブルの前に立ち並ぶ。
皆を代表して桃瀬さんが率先して椅子から立ち上がり、支部長達へ対応をする。
「一体どうしたんですか支部長? 先生も一緒に連れて来て何かあったんですか?」
「桃瀬君か、日和君達と一緒に食事をしていたのだね。彼女の髪の色はとても良く目立つので一瞬で見つけられたよ。教師達を連れて来たのはトレーニングルームの一件で助けられた事で、彼女達へのお礼と状況報告の為でもあるのだ」
あの後医務室から支部長へと報告が届いて、事情を確認する為に先生達も呼ばれたのだという。山田先生に関しては憧れの支部長と面と向かって会話をする機会が得られたという事で、何処か上機嫌になっている。
「倒れている若手ヒーロー達の発見と容態の確認に、その後のすぐに医務室の職員へ連絡を提案する等適切な措置と判断には救われたよ」
「い、いえ、あそこには結構な数の人達が倒れていましたし、その直前に医務室に立ち寄っていたからそう判断する事が出来ただけですから」
お礼を言われるという事で僕達も立ち上がり、支部長の話を聞く事にする。生徒達の目線が一斉にこちらへと向かって来てしまい、そういうのに慣れていない吉田さん達はすっかり緊張してしまっているので、あの場で一番関わっているであろう僕が返答する。
「ただの肉体疲労とは言え、酷使した分数日は彼等の活動に影響が出るそうだ。竹崎君はそういった細かい部分を判断するのは苦手だからね、彼一人だとそのまま放って置かれていただろう」
「ですが、元はと言えば私達が竹崎さんに不用意に発言してしまったのが発端ですし、赤崎君達からも私は目立ってしまうと言われていたのに、不必要に騒ぎを起こしてしまいごめんなさい」
僕としても騒ぎを起こすつもりは無かったし、きっかけが他愛の無い学校での会話から始まった事とは言え、影響を与えてしまった事を謝罪すると、支部長は笑い出してしまう。
「はっはっは、何も君が謝るという事は無いというのに、本当に優しい子だな。その会話をしていた時には桃瀬君もいたのだろう? この事は私も懸念していた事実でもあるし、こうなる前に上手く解消出来なかった私にこそ全ての責任がある」
そう言って支部長は僕の肩に手を触れて励まして来る。その手は軽く乗せられた程度ではあるのに、肩に感じる感触からは長い事戦いの場にいた事が伝わって来て、シャドウレコードにいるベテランの隊員の手にレオ様達に近い圧倒的な実力者の雰囲気が加わっているようだった。
敵対関係であれば恐怖しか感じさせない威圧感があるその手の持ち主の目は、護るべき存在であると言わんばかりに僕を見つめていて、ハラハラすれば良いのか安心すれば良いのか内心は複雑になってしまい、これ以上は何も言い出せなくなってしまった所でこの話は後日感謝状を学校に贈るという事で終わりを迎えるのだった。
そのまま先生達は食堂で遅れて昼食をとるという事で支部長と別れ、食事を済ませた僕達は食堂の外に出て支部長に午後の予定を尋ねられる。
「所で君達は午後は何処を見学しに行くんだい? 特に日和君と桔梗院君は私からも一度会って貰いたいヒーローがいるのだけどね」
支部長の会って貰いたいヒーローという言葉に、桃瀬さんが急に警戒し始める。そのまま支部長と僕達の間に割って入るように立ち桃瀬さんが話し始める。
「支部長、そのヒーローってあの三兄弟の事ですか?」
「ああ、本来なら午前中に私立ち会いの下に会わせる予定だったのだがね、彼等は文字通り飛んで出て行ってしまって会わせられなかったのだ。ここに来る前にもうすぐ帰ると連絡はあったのだが」
桃瀬さんが尋ねると、支部長が少し困った顔をしながら頷いて見せる。その直後に建物の中である筈なのに突如風が吹いて来て、僕達はその方向に顔を向けた。
「会話中の所、たった今戻って来ましたよ支部長! それに丁度護衛対象の子達に、涼芽ちゃんも一緒ってのはなんてベストタイミングなんだろうな!」
風が吹いて来た方向から陽気な声が聞こえて来て、明るいエメラルドグリーンの髪色に青い目の色をした三人組がやって来る。
三人が僕達の前まで近づいて来ると、周りにいた生徒達からも歓声と驚きの声が上がる。ヒーロー活動記録室でも確認した通りの特徴を持った彼等は、例の風の三兄弟であり、正式な名前は風見三兄弟と呼ばれて活動を行っている。
同じ髪の色に同じ目の色をした彼等は、三つ子として産まれて来て能力も同じ風を扱うヒーローであり、ガンバルンジャーと腕も競い合う若手のAクラスとして東の国でも注目株の存在になる。
先程の支部長の飛んで出て行ったとの発言や、建物内で風を起こしたりと、Aクラスのヒーローとして特例を与えられているのか能力を使用しているようでもある。
一体何をして来るかわからず僕は用心していると、彼等の一人が駆け寄って来て、桃瀬さんと影野さんが僕達の前に立ってそれを止めに入るのだけれど、彼の表情は喜びを見せている。
「これって俺からのアプローチに対しての涼芽ちゃんの熱い返事って奴かな? その隣の子も結構可愛いねぇ、クール系のお嬢さんはお名前なんて言うの?」
「そんな訳無いでしょ、相変わらず気色悪いわね。今日は学校の子達も来てるんだからあまり変な事しないでよね」
桃瀬さんは軽くあしらい彼を止める、それでも警戒はしているようであり一緒にいる影野さんにはあまり触れさせずに桃瀬さん一人で対応している。
他の二人はゆっくりと歩いて桃瀬さんの側にいる彼の近くまで来ている。
「おい、一人ではしゃぐなよ景志。俺達まだ彼女達に挨拶もしてないんだからさ、一人で変な事やって全体の印象を下げられても困るんだよ」
「そうだぞ、同じ顔なんだしいい迷惑だ馬鹿」
そう言って二人は景志と呼ばれた彼の左右に並び立つ。三つ子というだけあってか、並ぶと本当にそっくりではあるけれど、よく見るとそれぞれなんだか表情が違って見える。
真ん中の景志という人は陽気そうな顔をしていて、僕から見て左側の人は眉に力が入っているように見え、右側の人は何だか顔全体が脱力しているようだった。
尚も警戒する桃瀬さんを支部長が宥めてから代わりに前に立って、改めて僕達の方に振り向いて三人の紹介をしてくれる。
「日和君に桔梗院君。それに桃瀬君のお友達の皆も、まずは彼等が驚かせてしまって申し訳ない。彼等は一応Aクラスヒーローであり、我が支部でもエースの一角を務めて貰っている風見君達だ」
「まずは俺から挨拶させてもらうぜ、俺は風見 景志って言うんだ。ってか周りにいる子達って涼芽ちゃんのお友達なんだ? 日和って子と桔梗院って子は涼芽ちゃんと同じ位別格だけど、お友達も結構可愛いじゃん? お名前教えてよ?」
何だか妙なノリのまま出会い頭でそう言われてしまい、南野さん達は全員何処か引いてしまっている。桃瀬さんも小声で名前を教えない方が良いと警告している。僕もあまり近づかないようにしようと考えていると、左側の人が景志さんの服の首回りを掴んで止めに入っている。
「だからはしゃぐなって言ってるだろ、景志! お前のそのノリのせいで俺達まで女の子達に距離を取られるんだぞ! いい加減にしろ! ……はぁ、君達、景志がはしゃいですまない。俺は風見 鈴斗って言うんだ。涼芽ちゃんもいつも悪いな」
「そう思うなら、その馬鹿に首輪つけて柱に繋いでおきなさいよね。ホント危なっかしいんだから」
鈴斗さんは申し訳無さそうに桃瀬さんに謝りつつ、景志さんをそのまま自分の後ろまで追いやっていく。僕達が見えないと揉めつつも最後の一人が自己紹介を始める。
「あいつらいつも喧嘩ばかりして正反対に見えるけど、ホントは両方女の子に飢えてるだけだから注意しといた方が良いよ? 俺は風見 千里。日和さんと桔梗院さんだっけ? これからよろしく頼むよ」
何だか気の抜けた顔でそう言い終わると、千里さんはそのままそそくさと引っ込んでいく。けれど彼の言い分にカチンときたのか、喧嘩をし始めた景志さん達が彼に詰め寄っていく。
「おい千里! お前何傍観者気取って彼女達の好感度を稼ごうとしてんだ! お前だって女の子大好きだろ!」
「そうだぞ! 人聞きの悪い事を言うな! 俺まで景志と同列に語るな!」
「はぁ……マジでダルいわ……そりゃ人並みに興味位はあるけどさ、お前らみたいに極端じゃないだけなんだけど」
三人は言い争いになり、景志さんが手を出そうとした瞬間、支部長が止めに入る。後ろ姿で表情は見えないけれど、どういう訳か景志さんと鈴斗さんは支部長を見てすっかり大人しくなってしまっていた。
桃瀬さんは大きくため息を吐き、桔梗院さんも様子を伺っていて、南野さん達は桃瀬さんに言われたのか少し離れた所まで移動していた。
長男:風見景志 女の子が大好き オープン
次男:風見鈴斗 女の子が大好き ムッツリ
三男:風見千里 女の子は普通に好き 無気力




