第二十八話 う、浮世離れですか……はい、つくづくすみません……
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医務室では個人的に気になっていた情報を思い掛けない形で聞く事が出来た。その会話の途中で、僕とは違いあまり持っている能力を深掘りされたく無さそうだった桔梗院さんへの矛先を逸らす為に、僕が治療した赤崎君の手の怪我の話をしたらまさかあんな流れになるとは……
怪我を治した事自体は別に良いも悪いも関係無く、僕自身放っては置けないと思ったからした事で、そこについては問題は無かった。
赤崎君が手を怪我する程の何か事情があった事と、僕の昔の思い出に関係性があるらしいのが重要な話であり、いつかその事で二人でちゃんと話し合ってスッキリとさせておきたい。
その筈なんだけれど、今は顔を思い浮かべると何故か顔が熱くなってしまう。この感情のきちんとした呼び方を探さないといけない限り、これから先の作戦行動にも影響があるのではと悩んでしまいそうになる。
けれど、僕の素性を知らない上田さん達にこの話をするのは事態をややこしくしてしまいそうな気がするし、それは吉田さん達や桔梗院さん達も同様になる。そうなると残るのは桃瀬さんだけになってしまうが、彼女にだけはこの話はしない方が良いのではと背筋がぞわりと震える。
医務室を出て少し離れた場所にある簡易休憩所で次に何処へ行こうか話し合う上田さん達。僕は気を取り直して冷静になるべく、お手洗いへ向かうと言ってこの場から離れる。
お手洗いへは一緒に吉田さんも付いて来て、何やら僕に話をしたがっている雰囲気の桔梗院さんも珍しく影野さんを休憩所に置いて一人で僕と一緒になっている。
余計な事は考えずに用を済ませ手を洗い、三人で帰りの廊下を歩く。まさか一人でお手洗いへ行きたいなんて言えず、一緒について来た二人のお陰かどうかはわからないけれど、無心になれた僕はどうにか落ち着くと、こちらを見ている桔梗院さんに気が付く。
「あの、どうかしましたか桔梗院さん? そういえば影野さんを連れていない姿は初めて見ますね」
「影野も連れて来ようとしましたけど、自分は催していないとか言ってわたくしだけお手洗いへ向かわせるだなんて……気を遣っているのかふざけているのか全くわかりませんわ」
僕が声を掛けると、ようやく話が出来るきっかけが出来たと胸を撫で下ろす桔梗院さん。僕達の空気に何かを感じたのか、吉田さんがそわそわしだす。
「あ、あの、もしかしたら二人だけでお話がしたいなら、私先に戻って皆にも待って貰うように言って来るけど?」
「いえ、お気遣い結構ですわ吉田さん。全く、影野にも貴女位の親しみやすい愛嬌があれば、時折見せる突拍子の無い言動も可愛げが出るというのに……」
唐突に褒められ思わずその場で照れだす吉田さん。僕達は足を止め、桔梗院さんの話を聞く事にする。
「その、日和さんには先程の件に関しましてお礼を言うべきだと思いましたので、機会をうかがっておりましたの」
「お礼って何か桔梗院さんにしてあげたの日和さん? もしかして医務室で何か?」
「わたくしの能力についてあれ以上詮索しないように、日和さんは話題を自分に向けて下さり助かりましたわ。ですがその結果焔様との件を深掘りされる形になり、ご迷惑をおかけすることになって」
「い、いえ、気にしないで下さい。あの件はお互いまだ聞きたい事もありますし、能力についても本来ならば桔梗院さんの対応の方がごく自然でしょうから」
桔梗院さんから、医務室での件でお礼を言われ、僕はまた少し顔が熱くなっていくと感じつつも返事をする。能力を知りたそうにしていた吉田さんは、認識を改めて申し訳無さそうな顔になってしまう。
「気にする必要はありませんわ吉田さん。親しくなった者同士ならば、お互いの事を知りたがるのはごく自然の感情ですから」
「だ、だけど……日和さんも言ってた通り、知らなかったとは言え私達桔梗院さんに凄く失礼な事しちゃったんだよね? ご、ごめんなさい!」
ぷるぷると身体を震わせながら、桔梗院さんに頭を下げる吉田さん。桔梗院さんも少し困った顔をして吉田さんの肩に手を触れる。
「ですから、気にしなくても良いのですわ。学生として学校に通うには、わたくしの能力は少々物騒な呼ばれ方をされているだけですから。きちんとピースアライアンスの庇護を受けて、能力の使用も行わなければ貴女達と何も変わりませんし」
そう言って吉田さんを宥める桔梗院さん。その話し方に彼女も彼女なりに相応に苦労して来た様子が見られる。けれどきちんとした知識を身に着け、自身の持つ能力について扱い方を熟知しているのだろうか、その表情には何処にも嫌悪感は無さそうであり、それを見る吉田さんもすっかり落ち着いている。
「吉田さんがそんなに深刻に思い詰める事ではありませんわ。何せわたくし、既に自分の能力は使いこなせておりますもの。ただ、この平和な国でそれを扱うとなるとヒーローの皆様にもご迷惑をおかけしてしまうので、今はこうしてのんびりとさせて貰っていますのよ」
吉田さんの目の前で胸を張り、普段のように堂々としている桔梗院さん。能力とは別に彼女には令嬢としての振る舞いも求められる為、そちらの方を優先する為にも能力を公にしない方針を取っていると改めて吉田さんに説明する。
「そ、そうなんだぁ、自己紹介の時に日和さんは明かしてくれたから、てっきり他の能力者の人もそうなのかなって思っちゃってた」
「ごくありふれた能力であれば、仲良くなれば自ずと打ち明けてくれるようになると思いますわ。日和さんの回復能力のように希少な能力でありながら、自他共に危険性が皆無な物の方が特殊ですのよ?」
「あの時を思い返してみれば私の方こそ、もっと慎重になるべきでしたね。希少な能力であるのは把握していましたけれど、大きな騒ぎになるとは思いもしませんでしたし……」
当時を振り返り、僕は自分の行動が迂闊だったのではと改めて反省する。幾ら出会いがしらで桃瀬さんと遭遇し、そのままあれよあれよと妙な扱われ方をされていったとは言え、能力を明かしたのが止めになってしまった感じなのは否めない。
「ですが日和さんは能力的にも最低限自衛出来るような手段は持ち合わせてはいませんでしょう? 桃瀬さんも同じ教室にいらっしゃったのなら、先に公表したのは結果的にそれが正しい選択ですわ」
「そ、そうでしょうか……? 正しかったと言って下さるのはありがたいのですけれど、穏便に済ませる方法もあったのではと考えてしまいまして」
騒ぎになったのは事実であるし、今も尚僕への周囲の注目は続いている。その事で悩んでいると桔梗院さんは呆れた顔をして首を振る。
「何をおっしゃいますやら、そもそも穏便に済ませる方法なんて貴女にはありませんのよ? この数日勝負を挑む際に会話もいたしましたが、何もかもが浮世離れしている自覚をお持ちなさい?」
「う、浮世離れですか……はい、つくづくすみません……な、何しろ高校に入学する際に生活スタイルも大きく変わりましたので、こればかりはまだ戸惑う事が多くて……」
本当に何もかもが変わってしまったので、普通の女の子にとっては一体何が当たり前なのか一つ一つ手探りで確かめている状況である。そんな公に出来ない事情を持つ僕には、回復能力という公表出来る物があった事はそう考えると好都合なのかと思ってしまう。
桔梗院さんの指摘に、吉田さんも何か思う所があるのかうんうんと頷いてしまっており、笑って誤魔化すしかなかった。
「ですが、まあ、そうやって思いがけず注目を集めて下さったお陰で、わたくしもさほど負担が大きくならずに適度に刺激のある学校生活を迎えられていますもの。それに、お互い競い合える関係になって下さった事で好転する物もありましたし」
そう言って桔梗院さんは穏やかな微笑みを僕達に向ける。そして、これでこの話は終わりと言わんばかりに影野さん達を待たせてしまっていると、休憩所へ戻るように急かされ吉田さんがそれに笑顔で返事をするので、つられて僕も自然な笑みを浮かべつつ戻って行く。
僕達が休憩所に戻って来ると、南野さんが携帯端末を手にして僕達に近寄って来る。その後ろでは上田さん達に質問攻めを受けながらも、顔色一つ変えずに淡々と質問に答える影野さんの姿が見える。
冷静沈着に思える影野さんの振る舞いに、クールビューティーだと上田さん達も盛り上がっており、主より先に周囲と打ち解けているその姿に桔梗院さんも驚いてしまっている。
「おかえり、日和さん達。おや、桔梗院さんはどうしちゃったの?」
「あはは、影野さんが上田さん達と仲良く話し合っているのに驚いてしまったようですね」
南野さんも影野さん達の光景を見ると納得して、それなら問題無いと判断したのか携帯端末に届いたメールの内容を僕達に話してくれる。
「たった今さっきチュンちゃんから連絡が来てね、今も尚、人が途切れる様子が無いらしくて午前中にガンバルンジャーの所に訪れるのは難しそうなんだって」
南野さん宛てのメール曰く、最初は女子生徒達が多く来たそうで、僕達以外の桃瀬さんの友達の他に、赤崎君達に対して様々な反応を見せる女子達が大勢いたのだという。
護衛対象の僕と桔梗院さんとの関係を探ろうとする子や、逆に僕達や桃瀬さんに対抗心を燃やしている子もいたりして、女の子一人一人に真摯に対応するようにと予め桃瀬さんから釘を刺されていた赤崎君達は、どういう訳か女の子慣れしている林田先輩を除いて疲弊してしまったようだ。
「林田先輩はあまり疲れていなさそうなのは、何か理由でもあるのでしょうか? 一番大柄ですけれど、性格は穏和で優しくて話しやすい人でしたから、交流の幅が広いとか?」
「うーん、先輩の事はチュンちゃんに聞いてみないとわかんないかなぁ。日和さんはそう言うけど、普通の子は大きすぎる男の人ってあんまり話しかけ辛いと思うんだけどねぇ」
「ですが、わたくしの護衛を務めて下さる時の武志様は、常に適切な距離感を保って下さいますし、大柄ですけど彼等の先輩の竹崎様という方に比べますと、あまり圧という物自体を感じさせませんわ」
僕の疑問に南野さんからは別の意見が出て来るが、桔梗院さんも話に加わって来て護衛としての感想を述べる。
このままでは謎は深まる一方で、埒が明かないとして南野さんはこの話を桃瀬さんに尋ねるという形で先に進ませる。
そして女子達の次は一階の体験コーナーで支部長におだてられたのだろうか、妙に張り切った男子達が押し寄せて来て、桃瀬さんに対して熱烈な自慢が行われたそうだ。
女の子相手には真摯に対応しなさいと言っていた桃瀬さんだったが、現役のヒーローに自慢をする男子相手には多少素っ気ない対応をしたらしく、軽く自分達の戦闘経験を話すと彼等はあっという間に意気消沈したという。
大きな波は乗り越えたようではあるが、それでもまだ人の出入りは頻繁に行われており、今は人数よりもヒーローに対する熱量が大きめの純粋なファンの生徒達の対応をしているらしく、これには赤崎君達も感化され時間をかけているのだとか。
「熱心に応援してくれてる子達相手だと、そりゃ取られる時間も多くなりがちだよね。それ位詳しい子達だと、二人にも絡んで来そうだってチュンちゃんのメールにも書いてあるし、なら午後に訪れようかなって話になったの」
南野さんがそう言いながらメールの内容を締めくくる。熱心なファンに相手に対応している赤崎君達に水を差すのも何だか気が引けるので、その意見に僕達は同意して休憩所に設置された時計で時刻を確認する。
「向かうのは午後からという事なのはわかりましたが、まだお昼には時間もありますし後一か所位は向かえそうですよ? 慌てて別れてしまった竹崎さんのその後の事も気になりますし、そちらに向かうのはどうでしょうか?」
「おっ? やっぱり日和さんも気になるよね? ちょっと確認しに行くって程度なら邪魔にならないだろうし、丁度時間も潰せそうだし行っちゃおうか?」
僕が竹崎さんの様子を見に行こうと提案すると、別れた際に興味を持っていた南野さんもそれに賛成して上田さん達にも確認を取って同意を得ている。
桔梗院さんも他に向かいたい所は特に思い浮かば無いみたいで、一緒に着いて来てくれる。休憩所を離れ案内板を頼りに、竹崎さんが向かったであろうトレーニングルームへと僕達も向かって行く。
トレーニングルームへ向かい、すぐ近くの廊下まで来ると何やら異様な気配がするのが感じられたのか、突如影野さんが真剣な表情で僕達に警戒を促して来る。
「エリカ様、日和様達も少々お待ち下さい。何やら目的のトレーニングルームの方向から妙な雰囲気が感じられます」
影野さんからそう忠告され足を止めて静かにすると、ここはヒーロー支部の内部である筈なのに誰かの呻くような声が聞こえてくる。何事かと影野さんが前に出て警戒態勢を取り、吉田さん達も不安がり彼女の指示に従いながらゆっくりと室内を確認していく。
するとそこには、男女問わず相当な数のヒーローと思われる運動用の軽装をした人達が部屋の中で倒れており、誰がどんなヒーローなのかは把握こそは出来ていないが、皆僕達とそう歳は離れていない若手の人達であり竹崎さんと別れる前にした会話から察するに、桃瀬さんも言っていた下級のヒーローという事になるのだろうか。
どうして倒れているのかはわからないけれど、影野さんに危険性が無いか確認して貰いながら部屋の中に入り、倒れているヒーローの側まで近づき、僕は声を掛けつつ彼等が倒れている原因を確かめる。
「だ、大丈夫ですか!? この部屋で一体何があったんですか!?」
ヒーローの様子を見ると、息が荒く汗も大量にかいているようだが特に目立つ外傷等は見つからず、トレーニングルームの中も身体を鍛える機具が使用されていたのか乱雑に置かれているぐらいで、誰かが戦闘を行った形跡も見当たら無い。
影野さんもひとまず危険性が無いと判断して警戒を解き、廊下で様子を見ていた桔梗院さん達も室内に入って来る。
すると僕達の気配に気が付いたのか、倒れていた彼等はどうにかして首を僕の方に向ける。心配して声を掛けようとするが、何故か彼等は僕を見て笑みを浮かべていた。
「おお……お姫様だ……! 俺の目の前に本物のお姫様がいる……!」「涼芽ちゃんが言ってた通りだ……! 凄く可愛い……」「お嬢様もいるぞ……他の子も皆可愛いなぁ……」「くっそー……赤崎達が……羨ましい……」「万全の状態なら……もっと、話せたのに……」
非常事態ならば、敵対関係であれども能力を使う事を考えていたが、全員意識ははっきりとしており想定していた事態では無いのだと感じられる。
それでも何があったのか事情を話せそうな人はいないのかと困っていると、誰かが僕の近くまで来ていて、その気配に顔を上げるとそこには少し気落ちした様子の竹崎さんがいた。
「心配を掛けちまってすまない日和ちゃん……倒れてるこいつらを助けようとしてくれたんだろ? ただの疲労でぶっ倒れてるだけだから大丈夫だ」
「た、竹崎さん……ただの疲労でって言いますけれど、一体ここで何があったんですか? 私達と別れた後でこんな事を……?」
僕が事情を尋ねると、竹崎さんはトレーニングメニューをこなしていた彼等に気合を入れるべく、先週学校内での桃瀬さんと僕の話をした所、そこまで言われてしまっているのならと熱が入ってしまったみたいで、無茶をするなとの制止も聞かずに僕達が来る頃にはこうなってしまったという。
こうなってしまっては最早見学どころでは無くなってしまい、この場をどうにかするには人手がいると僕は医務室へとこの状況を知らせた方が良いのではと竹崎さんに伝える。
「倒れる位にいきなり身体を過度に鍛えるだなんて、ヒーローとはいえ無茶ですよ! このままだと体調にも影響が出てくる恐れもあります!」
「あ、ああ……確かに汗で身体を冷やしちまうとまずいな。俺はこの部屋の通信端末で医務室に連絡するから、すまないが日和ちゃん達は奥の部屋に置いてあるタオルとドリンクを運んできてくれないか? 多分大半の奴は手渡したら受け取れるとは思うから、もし反応が鈍い奴がいたら俺に教えてくれ」
こうして手分けして行動する事になる、こうなった原因に僕が関わっている事に皆に謝ると、僕のせいでは無いと笑顔で返される。幸い対応出来ない程に様子がおかしい人はいなかったけれど、すぐに駆けつけた医務室の職員達からは竹崎さん含めたヒーロー達全員へ、キツめの説教がなされていた。
その後の対応は職員が引き受けてくれるという事で僕達は解放され、時刻も丁度お昼になっていた。
◆◇◆
お昼休みとなり、桃瀬さんから連絡が来て食堂まで案内してくれるという事で合流する事になった。医務室近くの休憩所で待っていると少しして桃瀬さんがやって来る。
「お待たせ、皆。ここに来る前に竹崎さんが起こした騒ぎを聞いちゃったんだけど、変な事に巻き込んじゃってごめんね!」
やって来て早々に、話を聞いてきたという桃瀬さんに勢い良く頭を下げられる。僕や吉田さんが困惑する中、南野さん達は見慣れているのかあまり驚いていない。
「今回の事は、具体的に誰が悪いって訳じゃ無いと思うよチュンちゃん? 最終的に職員さんに怒られてたのは竹崎さん達だし」
「でも春風、若手のヒーロー達は私達と歳が近いからって理由で、良い所を見せようと張り切り過ぎる所があるかもって私が警戒しておけば」
「そこまでするとチュンちゃんに重荷になっちゃうじゃん。私達もいつ日和さん達にがっついて来るのか心配してたけど、なんか向こうの方から自爆してくれて結果オーライって奴なんじゃない?」
そう言いながら南野さんはおかしな事があったかのようにニヤリと微笑み、頭を上げた桃瀬さんもそれを見て落ち着いた顔になる。
「日和さん達に何も無かったのなら、少し妙な気もするけどそれで良かったって言えるのかしらねぇ? 考えちゃうとお腹が空いちゃうわ」
「桃瀬さんが気になっていたという事は、支部長や他のヒーローの人からもいつか指摘されていたかもしれませんし、やり方は無茶でしたけれど、自主的に取り組み始めるのは良い事ですよ」
シャドウレコードにとっては、ヒーローの戦力強化に繋がりそうな要素は警戒すべき事実ではあるけれど、現状をこの目で見た僕からすると自滅しかねない程の危うい物を含んでいる彼等の行動は、それ自体が弱点にも思えてしまう。
「あの、桃瀬さん。もしかしてヒーローの皆さんは、倒れる位自分を追い込む事によってその後格段に強くなるといった、独自の特訓方法を編み出していたりとかあるのですか?」
「えっ? いや、そんな漫画みたいな事ある訳無いわよ。それで強くなれるんならとっくに私達もやってるし、地道なトレーニングと能力との組み合わせを研究してここまで来たんだから」
一応念の為に、もしかしたらこの可能性があって無茶をしたのではと思い付いた事を尋ねたが、そんな漫画のような事は起こった事が無いと桃瀬さんにハッキリと否定され、南野さんたちからも冗談を言っているのかと笑われてしまう。
元々の僕の任務は潜入と調査のみで、ヒーロー支部の破壊工作等の危険な任務は命じられてはいないので、とりあえずこの一件はこんな奇妙な事が起きたという報告で済ませる事として、冗談で言ったつもりでは無い僕の質問で一段落着いたので食堂に向かう事にする。
「それじゃあ、食堂の方まで案内宜しく頼むよチュンちゃん。私は上っち達と一緒にご飯食べるからまた別れちゃうけど」
「ああ、そう言えばそうだったわね。私が提案したとはいえ、いざ実際そうなると寂しくなっちゃうわ」
桃瀬さんは少し寂しそうな顔になりながらも、案内しようと食堂の方へと身体を向けて歩き始める。僕達もそれに着いて行こうとした瞬間、桔梗院さんが止めに入る。
「お、お待ち下さい桃瀬さん。この後の昼食の件ですが、行動を共に致しまして皆さんの人となり等を把握しました。で、ですから、皆さんとならご一緒しても構いませんわ」
少しだけ顔を俯かせ赤く染めながらも、その目だけはしっかりと桃瀬さんを見ており、桔梗院さんから提案の変更がされる。
それを聞いた桃瀬さんは、一瞬驚きながらもすぐに表情を明るくして桔梗院さんをまじまじと見つめている。
「ほ、ほんと? 春風達も一緒で大丈夫なの?」
「え、ええ、人となりを知れたと言いましたでしょう? それに今までご友人と離れて職務に追われ折角再会しましたのに、わたくしの都合でまた離れさせるだなんて、狭量な心だとも思われたくありませんもの」
そう言うと耐え切れなくなったのか、ぷいっと顔を背ける桔梗院さん。その仕草が琴線に触れたのか凄くにこやかな笑みを浮かべ始める桃瀬さん。
「えへへ、桔梗院さんがデレてくれてるよぉ。ねぇねぇ、影野さん? 私今とっても感激しているの。だから桔梗院さんを抱きしめて良い? こんな可愛い姿を見せられたら我慢出来無くて……」
「いけません、桃瀬様。幾らエリカ様の珍しい仕草が見られたとしても、このような人の往来がある所では耐え忍んで下さいませ」
いきなり桔梗院さんに抱き着くという行動はせず、まずは影野さんに尋ねるまでに行動を改めだした桃瀬さん。それでも駄目であると制止され、影野さんに間に入られて視界に映らないように立ち塞がれてしまっている。
「ええ? まだ駄目なの? 私結構我慢してまずは影野さんに尋ねたって言うのに……」
「親しき仲にも何とかってやつだよチュンちゃん。日和さんが余りにも寛容過ぎただけで、桔梗院さんの反応の方が普通なんだってー」
桃瀬さんは上田さん達に宥められ、桔梗院さんの側には笑顔の吉田さんがいて、何やら話し合っている。
「見なよチュンちゃん、吉田さんは凄く自然に桔梗院さんと話せてるよね? あれが本来あるべき友達との距離感って言えるでしょ? 抱き着くのはやっぱ駄目なんだってば」
南野さんからも指摘されるも、それでも尚女の子と仲良くなるには抱き着くのが一番だと譲る気は見せず、そのまま食堂に向かう事になる。
その道中で抱き着く事のメリットを真剣に語る桃瀬さんの姿に僕達は何やら異様な物を感じ取り、影野さんの語ったプレッシャーとはこういう物なのかと皆息を呑んでしまった。
桃瀬さんの話を聞きながら、食堂へと着く。話しながらだとあっという間に移動してしまい、僕ももうお腹が空いて仕方が無い。
何処か座れそうな場所を探してみるが、中々の大人数で行動をしている為か全員が座れるとなると長テーブルの席になりそうだった。
「席はあそこの長テーブルしか全員で座れそうな場所は無いけど、日和さんや桔梗院さんは大丈夫?」
「はい、教室でそれぞれの机を並べるのとは違って、同じテーブルに皆で並んで座って食事をするのも楽しそうですね」
「わたくしもこういう場所は学校で慣れましたから、心配なさらなくても大丈夫ですわ」
こういう場所に来ると、何だかシャドウレコードの食堂を思い出してしまう。女の子になってからは女性隊員に積極的に食事に誘われていたなと思いつつ、ここには一体どんなメニューがあるのだろうかと期待してしまう。
僕が一人でワクワクしていると、その横で吉田さんに意外そうな顔をされてしまう。
「へー、日和さんは全然緊張しないんだね、私はこういう場所に来るのは殆ど無いから緊張しちゃうんだけど、慣れてたりするの?」
「はい、引っ越しする前に暮らしていた場所で、似たような施設をよく利用していましたから。ただ、適切に食べきれる量に食事を提供して貰うのには結構時間が掛かりましたけれど」
食事には期待もあれど、苦労もあったなと思い返す。四天王になる前は組織内で一番若い事もあり、育ち盛りの男の子なんだからもっとしっかり食べなさいと、よく好意で食事を盛られてしまい、僕は食べきるのに一苦労する事が度々あった。
何度か経験していく内に、時間が掛かり過ぎていると食堂側にも伝わり、話し合ってどうにか適量にして貰う事が出来た。
僕はその話で男だった事は大人と子供で大きさが違うという事にしたりしてどうにかぼかしつつ、吉田さんに話していく。
「そうなんだー。やっぱり子供だと大人の量はきびしいもんね。それにいずれ成長するからっていっても、食べられる量が増えるかは人それぞれだよね」
「あはは、日和さんも吉田さんも心配しなくても、ここには色んな人が来訪して来るから食べる分量も結構細かく指定出来たりするのよ」
僕達が少し不安になっていた部分を解消するかのように、桃瀬さんが会話に加わって来る。それを聞いて吉田さんはそれなら良かったと安心した顔になる。
僕もそれならば受付にあれこれ指定しなくても良くなるとホッとして、分量を確認出来る方法を桃瀬さんに尋ねる。
「それでは選べる分量の目安というのはどちらで確認出来ますか? メニューを選ぶ前に量を把握しておきたくて」
「それならあっちに食品サンプルがあるから皆で見てみよっか、ホントにいっぱいあるから驚いちゃうよ?」
そう言って桃瀬さんが案内してくれる。南野さん達も興味があるのか楽しそうについて来てくれる。
食品サンプルの置かれた場所へとやって来る。他にも多数の生徒が確認の為に見物に来ており、何だか盛り上がっている。僕達も見てみるとそこには普段食べきれる程度の量のサンプルもあるのだけれど、それから先の大盛りの量が桁違いになって来る。
「ひえー、何これぇ……ホントにこんな量のご飯食べきれる人っているの? チュンちゃん」
「凄いねぇー、私達全員でこれ注文しても全然余っちゃう量だよ」
「ホントだねぇ、ヒーローの胃袋どうなってるのさー、チュンちゃんでも無理じゃない? この量」
僕と吉田さんがあまりの大きさに言葉を出せない横で、上田さん達が面白そうに桃瀬さんに尋ねている。
「この量を食べきれるのは、燃費の激しい能力を所持してるSクラスのヒーローになるわね。私だって流石にこの量は無理よ。でもきっといつか食べきれる程のヒーローになってみせるわ!」
そう決意を誓う桃瀬さんにまだ上を目指すのかと素直に感心する上田さん達。普段僕が食べる食事の何日分に相当するのか全く見当がつかない量を食べきってしまう位に、桃瀬さん達ガンバルンジャーは成長してしまうのだろうかと、別の事を考えていないとお腹がいっぱいになってしまいそうだった。




