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第二十七話 色々と考えましたけれど、や、やっぱり私からは何も言えません……!




 竹崎さんからの制止が入り、言動を改める支部長。程無くして落ち着いたようで僕達を口説いて来たりはしなくなる。


 僕が感じたみたいにどこか桃瀬さんを彷彿とさせる反応の仕方を、南野さん達も感じていたみたいで、すっかり親しみを覚えたのか距離を近づけている。


 逆に桔梗院さんは警戒してしまい、影野さんの側から動こうとはしなくなる。


「支部長さんのさっきの言動なんか見覚えがあるなぁって思ってたら、あれだ、入学式に日和さんに熱烈なアプローチをしてたチュンちゃんみたいだったなーって」


「あー、ホントだー。確かにチュンちゃんだわー。帰る時に校門でばったり会った時もナイトがどうとかお姫様がどうとかで盛り上がったもんね」


 支部長の側で先程の感想を述べあう南野さん達。桃瀬さんと付き合いが長い彼女達でも印象深く記憶に残っているという事は、余程ヒーロー達のこの行為は独特な物なのだろう。


 それを聞いて支部長は少し困った感じの顔をしながら、後頭部に手を当て苦笑いをする。


「本当に変な所を見せてしまい申し訳無い。ただ、これだけは言わせて欲しい。これはヒーローの本能なだけであって、守るべき存在がいるのなら誰であっても守るのが本来の使命なのだ」


 そう言って今度は南野さん達に視線を向ける支部長。その顔は真面目な物になり、誰もが言葉を呑んでしまう。


「君達も桃瀬君の友人なだけあって皆善性を備えている良い子達だ。君達がいてくれるからあの子も朗らかにいられるのだろう。これからも支えになって欲しい」


 にこりと微笑む支部長。その眼差しは期待を込めた温かい物であり、視線を向けられている先の南野さん達は明るい笑顔で強く頷き、当たり前だと言わんばかりの顔を見せる。


「当然ですよ! チュンちゃんが突然ヒーローになるって言いだした時は驚きましたけど、今では立派になりましたし、私達も応援し続けますから!」


「はっはっは、そうか、ありがとう君達。これからはあの子達の時代でもあるから、いつまでも良き理解者で居続けてくれると私も安心出来る」


 その後は桔梗院さんの警戒を解きつつも他の生徒の所にも巡る必要があるとして、竹崎さんを置いて僕達から離れていく支部長。


 早速男子達が集まっている体験コーナーに顔を覗かせて周囲を驚かせている声が聞こえて来る。声がする方に顔を向けると、男子達に丁寧に装備の使い方を教えて標的を狙うコツ等もアドバイスしている。


 その光景に少し羨ましさを感じつつも、僕はこの場に残って何やら話をしたがっている竹崎さんと話をする事に。




「まずはお礼を言わせて欲しい、日和ちゃん。……メ、メイさんって言うんだな彼女の名前は」


 頬を赤くし照れた表情になりながら僕にお礼を言う竹崎さん。彼の反応に、事情を知っている吉田さん達と、聞き覚えの無い女性の名前に興味を持つ南野さん達で、それぞれ何の話をしているのか理解度が変わって来る。


 竹崎さんの口から出たメイさんという人物が誰なのか、早速南野さん達はあれやこれやを彼に尋ねるが、完全に照れてしまい上手く説明が出来なくなってしまっている。


 そうなって来ると今度は僕の方に質問が飛んで来るので、苦笑いをする吉田さんに見守られながら僕は一部始終を話す事になる。


「――という訳で、竹崎さんが今現在気になっている女性が、私の身の回りのお世話をしてくれているメイさんだったという訳なんです」


「へえー、成程ー。チュンちゃんも言ってた噂の凄い美人さんの一人がその人なんだー。やっぱ可愛い子の周りには美人が集まりやすいのかねぇ」


「チュンちゃんや桔梗院さんみたいに飛びぬけてる子ならそう言えるけどさぁ、それを言ったら私等も美人だって言ってるようなもんだよ春風?」


 僕の話を聞いて、独特な感想を述べる南野さん。それに下橋さんがツッコミを入れてその場に笑いが起きる。僕は顔の良し悪しについてはあまり上手く言及は出来無いけれど、それでも女の子らしさに関しては皆それぞれ見習うべき部分があって、当たり前だけれど僕よりも遥かに上だと思う。


 男であった筈なのに元から男らしさに欠けていた僕は、どういう訳か周囲から想定外の評価をされ続けていて、作戦が終わる頃にはどうなっているのだろうかと思い、連休の時にグレイスさんに一度元に戻れる方法があるのか尋ねた方が良いのではと悩みつつも、メイさんの件ですっかり上田さん達に弄られている竹崎さんを見る。


「お、俺も、教えて貰ったのは名前や職業位なんだ……! メイさんの事はこれ位にしておいて、君らはこれから何処に行きたいんだ!」


 これ以上は耐えられなかったのか、強引に話を切り替えていく竹崎さん。何処に向かうのか尋ねられてまだ決めていない事を南野さんが伝える。


「最初はさ、チュンちゃんの所に行こうとしてたんですよ。でも、今は賑わってそうだから落ち着いてから連絡してって、メールを送って改めて何処行こうか決める途中だったんです」


「そうそう、そこに支部長さんと竹崎さんが来て皆驚いちゃってね。びっくりしたら決めかけてた場所忘れちゃった。ねえ、何処行きたかったんだっけユリ?」


「もう、生物資料室か、ヒーロー活動記録室でしょキョーコ。私等が何の生物なのか話してたらそこで支部長さんに教えて貰っての流れだったじゃん」


 中島さんの説明で、そうだったと直前の記憶を思い出す下橋さん。その話を聞いて竹崎さんは難色を示した顔になる。


「うーん、生物資料室かー……俺は正直言ってあそこはおすすめしないかなぁ……展示されてある資料も対話が出来なかったって言うおっかないバケモンの写真や映像ばっかりだしさ」


「そう言えば、支部長さんも物騒な事言ってたよね? 確か地球外の……てきせい、だっけ?」


「地球外敵性生物ですわ吉田さん。要するに地球に来訪なさり、ピースアライアンスの設立にも手を貸して下さった宇宙の方々や、地球と繋がりを持ち、親交を深める為に交流のある異世界の方々とは別に、地球上のどの生物にも該当しない未知の危険生物の名称の事ですわ」


 いまいち把握しきれていなかった吉田さんに、丁寧に説明する桔梗院さん。地球外敵性生物には未だ知らない情報も多く、ウェイクライシスの中にも躍起になって捕獲を試みようとしている組織もある。


 桔梗院さんの説明に感心する一同。上田さん達は竹崎さんの説明も含めて聞いて途端に興味を無くしてしまい、吉田さんもすっかり怯えて僕の側まで寄って来る。


 怖がる吉田さんを宥めつつも、ヒーロー活動記録室に向かうのが良いのではという流れになり、お礼を述べてから他におすすめの場所は無いか尋ねてみる。


「教えて下さりありがとうございます、竹崎さん。吉田さんの怯え具合からして、何も知らずにその場所に向かっていたらきっと大変な事になっていたかもしれません」


「いやいや、良いって事よ。俺も桃ちゃんの友達には今日を楽しく過ごして欲しいしさ。所で他に聞きたい事は無いかい?」


「はい、それでしたら、他にも私達におすすめの場所が無いか教えて下さるとありがたいのですが」


 僕がそう尋ねると、少し悩む竹崎さん。彼はうんうんと悩みながらも僕達におすすめの場所を考えている。


「申し訳無い、女の子が気に入りそうな場所ってのが中々思いつかなくてよ。やっぱ無難な所だと情報管理室や医務室辺りになるのかなぁ……」


「いえ、施設に詳しい人からの意見を聞けたので参考になりました。それに医務室なら私の能力的に興味もありますし、考えて頂いてありがとうございます」


「男子だったらなぁ、ここが一番のおすすめスポットだし、重機もある倉庫やトレーニングルームや模擬戦を行う運動場なんかを推すんだけどなぁ。でも、日和ちゃん達ならどこでも職員達は大歓迎すると思うぞ」


 何処でも大歓迎という謎の後押しをされ、赤崎君の言っていた事を思い出し苦笑いしつつも彼等の圧に対し気を引き締める。


 その横で南野さん達が竹崎さんが挙げてくれた場所について話し合う。


「医務室なら日和さんも興味があるみたいだし、私も回復能力って具体的にどんな感じなのか気になるし、見に行っても良いと思うなぁ」


「さっきメモを取ってた時も少し羨ましいって言ってたもんね。まぁ、羨ましく思わない方が珍しいしね。じゃあ他にそこに行くとして、そう言えば前に教室でチュンちゃんがトレーニングがどうのこうのって嘆いてた気が」


 僕の能力の事もあり、吉田さんと南野さんの会話から医務室に向かう事もほぼ決まりつつある。桔梗院さんも相槌を打ち同意していて、上田さんが桃瀬さんの話を聞いている。


「チュンちゃんがトレーニングで嘆いてたってどういう事なの? 腹筋を鍛え過ぎてお腹割れてるって言うのは本人から聞いてるけど」


「いや、チュンちゃん自体の話じゃなくてね、下のクラスのヒーローのトレーニング効率が悪いって言っててね。身体のケアとか基本的な事は全部日和さんの方が適切で詳しいとか言ってたよね?」


 そう言って南野さんが僕の方に顔を向けて確認を取って来る。僕も桃瀬さんからいきなり手を掴まれた事は覚えているので、はいと頷き吉田さんもそんな話があったなと先週の出来事を思い返し、お昼休みに軽く話した程度の他愛の無い事もあったなと話題を変えようとした所に、この話を一人だけ食い入るような目で聞いていた人物がいた。


「桃ちゃんが言っていたってその話、本当なのか君達……?」


「ど、どうしたんですか竹崎さん? ええ、話の流れ的には私が普段から行っているストレッチの話から広がっていった話なんですけれど」


 竹崎さんからこの話について尋ねられる、元々僕がきっかけになった話だったのでそうだと返すと、彼は目を見開いて何やら動揺してしまう。


「な、なんてこった……! こうしちゃいられねぇ! 日和ちゃんみたいな子にダメ出しされたとなっちゃあ、今後の全体の士気に関わっちまう……! わ、悪い、俺は今からトレーニングルームに行くから、申し訳無いけどこの辺でお別れだ!」


 そう言い残し、何やら険しい表情で急いでこの場を離れていく竹崎さん。僕達とヒーローとでは何か考えている事が違うのだろうか、誰もがポカンとした表情となって走り去る彼を見つめてしまう。


「全体の士気に関わるとか、そんな重大な話してたっけ……? それに日和さんがダメ出しするって、そんな性格の悪い事しに行く訳無いじゃん?」


「そ、そうですね……あはは、指摘を行うにしてもまずはきちんと相手に確認を取る必要もありますから。士気の方にもそこまで悪影響は与えないかと……」


 呆気にとられながらも、正気に戻りつつある南野さんと話をする。幾ら何でも僕が今からトレーニングルームに向かって、そこにいる彼等の悪い所を指摘しただけで士気に影響を及ぼせるという訳は無いとは思う。


 近所の学校に通う生徒として潜入しているという特殊な状況とは言え、まさかそんなに単純な事でヒーローの急所を突けるのなら、今尚もピースアライアンスと対抗しているウェイクライシスという勢力の存在意義とは一体何なのかと、僕自身が真剣にレオ様達に議題として挙げる必要がある。


 いつまでもここにいるのも時間を無駄にしてしまうので、とりあえず目的の場所に選んだ二か所に向かいつつ、竹崎さんの慌て具合に興味を持った南野さんから、暇があればトレーニングルームの様子も伺いに行こうという話になった。




◆◇◆




 まずはヒーロー活動記録室へと向かった僕達。そこには歴代の著名な各ヒーロー達の活動記録の他に顔写真や大まかなプロフィールが掲載されていた。


 ピースアライアンスの法によって、支部内の展示物においてもガンバルンジャー達の顔はまだ公にはされていなかったけれど、同年代の学生同士である僕達には丸わかりであり、彼等個人は特に秘匿したい感じには思えない。


 そんな様子の僕を気になったのか、吉田さんに声を掛けられる。


「日和さん、何だか考えこんだ顔になってるけど、どうかしたの?」


「いえ、ここの展示物のガンバルンジャーの皆さんは顔が隠れているのを見て、法で隠す必要があるのは把握していますが、それで入学式の事を少し思い出してしまって」


「あー、そうだよねぇ。私もA組の教室に入って名前を確認した時凄くびっくりしたもん。桃瀬さんは有名人だから知ってたし、その桃瀬さんと一緒にいる日和さんも凄い綺麗で大変だったよー」


 にこやかな顔でそう振り返る吉田さん。入学式の話と聞いて上田さん達も寄って来る。


「チュンちゃんは私等同級生達の間じゃ、中学が違ってても誰でも知ってるレベルだったもんね。だからあの時男子達も騒いでた訳だし」


「でもさ、引っ越して来た日和さんはチュンちゃんがヒーローだって、本人に教えて貰うまで全く知らなかった訳でしょ? そう考えるとピースアライアンスってちゃんと仕事してたんだ」


 上田さんが僕に桃瀬さんの事を説明してくれる。そしてその説明を聞いて中島さんが顔が隠れている展示物を見ながら、改めてピースアライアンスの仕事ぶりを認識している。


 既定の年齢に達していないヒーローの動向を探る為に他所の敵対組織が潜入して、人物を特定して怪しまれないように近づいて接触するという事自体が非常に困難な故に、その為、出会って即座に友達となりヒーローの護衛対象にまでなってしまった僕の事を、ピースアライアンス側は全く警戒していない証明がここでなされる。


 特に桃瀬さんに至っては自身の能力で勘が非常に鋭い為、僕が少しでも彼等の思うような不審な人物であったのなら、初日で何か勘付かれていただろう。


 その後グレイスさん達にも絶対に大丈夫だと言われた事を思い出し、自称とは言え悪の組織を名乗る存在の一員としては、ここまで正反対の存在として認識されているとなんだか少し寂しくなってしまう。


 そんな寂しさを感じる僕を見てか、急に吉田さん達が慌てだしている。


「ひ、日和さん? 大丈夫? 私達何か変な事でも言っちゃったかな!? ご、ごめんね」


「えっ? あっ、大丈夫ですよ吉田さん。心配してくれてありがとうございます、今まで不安に感じていた事が杞憂だった事と、桃瀬さんが有名人だったのを皆さんが知っていたのを、私が知らなかったのがちょっと」


「いやいや、大丈夫じゃないじゃん! チュンちゃんの事言わなかったのゴメンって! で、でも、もう結構一緒にいるんだから何となく察せたよね?」


 確かに、あの時の騒ぎの理由を考えればこの話は納得出来る。慌てた皆にそれっぽく笑って誤魔化して落ち着かせてから、竹崎さんや例の風の三兄弟等の現役で活動しているヒーローの活動も見ていく。




 なにか今後の為に役に立てる情報が見つけられないかと注意深く調べると、趣味や好みの物や得意な戦闘スタイル等といった、外からの情報収集ではなかなか判別する事が出来ないプライベートに関わる細かな部分を知る事が出来た。


 他の人は主にこのヒーローは何処で何をしたのかといった、華々しい部分を見ていて、僕みたいな事をしているのは返って妙に見えたらしく、南野さん達に不思議がられる。


「随分細かな所を見てるんだ日和さん。竹崎さんの趣味とか調べてどうするのさ?」


「そんなに変でしょうか? メイさんの件もありますし、竹崎さんが何に興味を持っているのか把握しておいた方が、メイさんに尋ねられた時にある程度答えられるのが良いかと思いまして」


「ああ、成程ねー。そのメイさんって人とよっぽど仲が良いんだ。さっき聞いた話からしても少し歳の離れたお姉さんみたいな感じなんだね」


 桃瀬さんや竹崎さんからも美人と評されているメイさん。そんな人と仲が良く、まるでお姉さんのようだと南野さんは羨ましそうに僕を見ている。


「お姉さんみたいですか……はい、確かにそう言われてしまえばその言葉がなんだか一番合っているように思えますね」


「それだけに大事なお姉さんに寄って来る竹崎さんが気になっちゃうんだー? 日和さんもきっちり妹ムーブしてて可愛いねえ」


 話を聞いていた上田さんにもそう揶揄われてしまう。その代わり風の三兄弟等他のヒーロー達の細かな情報を見ていたのも、大事なお姉さんを取られたく無い妹分として警戒していると思われたので、これ以上詮索される事は無かった。


 それからお姉さんの事を心配するよりも、まずは僕自身が狙われないように気を付けろとも南野さんに指摘され、ガンバルンジャーの萌黄君の情報をじっと見ていた桔梗院さんにも飛び火する。


 少なくとも僕よりは気を付けていると、桔梗院さんが顔を赤くして反論しながらも他の生徒達の迷惑にならない程度に賑やかに室内を見て回った。




 ヒーロー活動記録室を見て回り、次は皆で医務室へと向かう。消毒液や薬品等の匂いがほのかにしており、辺りを見渡すだけでも怪我の治療を行う為の大小様々な機具が設置されている。


 するとそこでは能力者では無いけれど、医療技術を学びここで働いている職員達がいて、僕と桔梗院さんは話題の子達だと注目されてしまい比較的歳が近そうな若い女性職員達を中心に囲まれてしまう。


「貴女達、涼芽ちゃんのお友達でしょー? うわぁ、この子本当に凄く不思議な髪の色してるねー」


「こっちの子もちっちゃくて可愛いねぇ。確か桔梗院の家のお嬢様なんだっけ? 涼芽ちゃんから話は聞いてるよー」


 僕達が桃瀬さんの友達という事もあってか、何だか距離感が近めな職員達に一通り囲まれた後にようやく解放される。


 予めこうなる事は教えられてはいて、医務室に入る前の廊下で気合も入れて予想よりも強く絡まれる事も無かったけれど、それでも謎の疲労感はあるので一呼吸おいて落ち着かせる。


 吉田さんからも軽く心配されながらも、今度は僕の能力について尋ねられる。


「日和さんって言うんだっけ? 涼芽ちゃんが前に回復能力が扱えるお友達が出来たって凄くはしゃいでたんだよね」


「はい、とは言いましてもまだ初級の段階までしか扱えませんし、大怪我には対応出来ませんけれど」


「それでも一通りは全部扱える凄い子だってのは聞いてるよ? そこまで詳細な部分まで覚えようって人は今まで聞いた事が無いんだけど」


 職員からそう言われ、上田さん達もそんなに凄いのかと話を聞いている。シャドウレコードの皆の役に立ちたくて必死に知識を頭に詰め込んだ結果が変な方向に作用してしまい、僕はただ苦笑いするしかない。


「へぇー、回復能力者自体が凄く珍しいとは聞いてるけど、その中でも日和さんってかなり異例なんですか?」


「この手の能力者は病院みたいに、専門の施設に配属されるのがお決まりなのよね。その上で内科とか外科とかのその人の得意不得意で初めから扱えないって事もあるみたいだから、この子みたいに初級とは言え全部扱えるって言うのは希少中の希少な存在なの」


 そんな事実があったとは知らなかった。職員からの話を聞いて誰よりも僕が驚いてしまい、吉田さんがそれに反応する。


「私達よりも驚いちゃうなんて、日和さんも全然知らなかったんだー。今まで勉強熱心って印象だったけど、なんかもう色々と凄すぎだね……」


「希少な能力者だと、同じ能力が使える人と出会う事自体が中々無いからね。一応セントラルの本部には専門の回復能力者がいるんだけど、どうしても絶対数が少ない能力の人間は、求められる要素が強い所に回されがちなんだよねー」


 職員は異様に驚いてしまった僕を見てくすりと笑いながら、この国のヒーロー支部には僕と同じ回復能力者はいなくて、ここから離れた所にある大病院でなら勤めている人がいると説明してくれて、その人は僕よりも能力は上だけれど内科専門なのだという。


 だから自己紹介の時に桃瀬さんは、A組の誰よりも目を輝かせて僕を見ていたのかと理解する。医務室の職員達から名前で呼ばれる位に親しい仲であるのなら、先程の回復能力関連の話も知っていても不思議では無い。


 僕はじっと自分の手を見つめる。今までもっと能力の効果を上げたいと思う事はあったけれど、一通り扱える事には何も不思議だと思わなかった。もしかしたらこれからもっと効果が上がる分野と、勉強しても全く伸びない分野があるのかもしれない。


 ここで僕の能力について詳しく知れる機会が得られたのはとても重要だ。ピースアライアンスの情報共有の質の高さも知れたし、レオ様達に良い知らせを伝えられると思うと嬉しくなる。


「良かったね日和さん。何だかとっても嬉しそうにしてるし、ここに来て正解だったね」


「はい、そうですね。何せ私自身全く知らなかった事でしたから、具体的な目標を決められる良い機会を得られましたし、竹崎さんには後でお礼を言いませんとね」


 とりあえずはこれまで通り、能力に関しては一通り出来る範囲で習得して行く事は変えるつもりは無い、寧ろ何処まで伸びるのか今は楽しみになりつつある。一緒に喜んでくれる吉田さんと笑顔になり、僕についての職員達の話も今度は桔梗院さんに変わっていく。




 色々と職員達と会話をして僕は解放され、彼女達の興味は桔梗院さんへと向かっている。


 桔梗院さんも、僕と同じように髪の色や桃瀬さんとの関係のあれこれを聞かれ、南野さんと吉田さんが最初は僕と勝負をしようと教室までやって来た事を話している。


「そう言えば桔梗院さん、日和さんとの勝負ってこれからも続けていく感じなの?」


「ええ、当たり前ですわ。幾ら多少仲良くはなったとはいえ桔梗院家たる者、一度言い出したからにはきちんと落としどころはつけませんと」


「チュンちゃんも吉田さんも言ってたけど、二人ともお姫様で良いと私も思うんだけどなぁー。どっちも違う方向性で可愛いし、後はよりどっちが好みかって話じゃない?」


 これからも勝負を続けると改めて宣言する桔梗院さんに対して、南野さんは半ば呆れ気味にお姫様が二人いても良いのではと言う。上田さん達一同もそれに概ね同意しているのか首を縦に振りうんうんと頷いている。


 それを見た職員はふと疑問に思ったのか、桔梗院さんにとある事を尋ねてきた。


「話を聞いた限りだと、最初は特別能力者入学枠っていうので入学して来た者同士で、どちらがよりガンバルンジャーに相応しいかって勝負だったんだね?」


「ええ、そこは変わりませんわ。護衛対象が二人いる以上、個人で優先するべき対象というのはどうしても発生するものですから」


「あー、シビアな考え方だけど、それはヒーローにとっても長年解決出来無い問題でもあるからねぇ。怪我を負って弱気になったヒーローも零しがちなのよね」


 南野さん達にはあまり理解して貰えない桔梗院さんの考え方に、思わず共感する職員達。護らねばならない物が多いヒーローが抱える問題に、南野さん達がハッとした表情で思い詰めてしまう。


 途端に空気が重くなっていくのを察して、慌てて職員達がフォローに入り彼女達を宥めていく。


「ああっ、そんなに暗い顔にならないで皆! 私達もお姫様が二人なのは賛成なんだよ? ご、ごめんね、話がちょっと脱線しかけちゃってたわ」


 慌てふためきながら、職員が僕に視線を向ける。


「涼芽ちゃんがね、羨ましそうに日和さんが能力を使って赤崎君の怪我した手を治してたって言ってたのよ。桔梗院さんにもそういう話はあったりする?」


「いえ、お生憎様ですけど、わたくしの能力は日和さんと同じ位には希少ですが、周りに公表するリスクの方が大きいので使用には制限を掛けてありますの」


 職員からの質問に、桔梗院さんが自身の事情を話す。そういえば僕は彼女が一体何の能力を持っているのかは全く知らない。ただ、僕の能力と同様に希少性は高いらしく、そうなって来ると家柄もある為か周りにも教えない方が得だと判断しているようだ。


 もし自力でヒーローになれる程に戦いに秀でた身体能力を持っているなら、そのままピースアライアンスの組織に所属すれば手出しはされないだろうけれど、僕達はそこまで肉体に影響は出なかった。


 また希少能力の中にも、回復能力のように公にした方が良い能力と、そうでない能力があり、後者の能力は危険性が高い可能性があり、シャドウレコード内でも敵対する時には用心するように、リスト化されていた事もあってか大体の見当がついてしまう。


 桔梗院さんの事情を察したのか、職員達はそれ以上は触れようとせずに、能力を知りたそうにしている南野さん達をやんわりと諭していく。


 僕もこれ以上は皆の為にもならないと判断し、先程の赤崎君の話題について触れる事にした。


「あの、赤崎君の怪我の話なんですけれど、見た所十分すぎる程の治療は行えると思うのですが、その日はどうしたのでしょうか?」


 あの時は僕の能力できちんと治ってはくれたけれど、怪我の程度がもう少し酷かったならどうだったか怪しかった。思っていた通りにここの設備と人員ならば十分に治せる範囲の怪我だったらしく、僕の質問に対し、職員が少し食い気味に答えてくれる。


「いやー、私達もねちゃんと治した方が良いよって言ったんだけどさ、何だか戒めだとか言って治そうとしなかったのよね。しっかり鍛えていたから骨には異常は無かったけど皆心配してたわ」


「そうそう、それで次の週になると綺麗さっぱり治ってるのに驚いたし、赤崎君も随分とスッキリした顔をしてたから何事なのかと涼芽ちゃんに尋ねたって訳」


 なんとか赤崎君の怪我の話で上手く話題を変える事が出来た。僕達も知らない医務室でのやり取りの後に、赤崎君の印象の話もする事によって上田さん達も話に乗って来る。


「まさか入学式の帰りでチュンちゃんと別れた後で、ここでそんな面白い話が起こってたなんて。赤崎君も何でそんな事に?」


「彼は元からヒーロー活動には積極的ではあったんだけどね、でも、ケガの治療でここに訪れる時は何処か陰のある表情しちゃっててね。手の怪我が治ってからはそれも綺麗さっぱり無くなったのよ」


「少し前までは中学生だったし、最初はヒーローとは違う思春期特有の病気なのかなって皆思ってたんだけど、それにしては不必要に気取る様子も無かったから本当に悩み事があったみたいね」


 思春期でヒーロー活動に従事する子達には、より一層そういった傾向になりがちなのだと職員が説明する。けれど赤崎君達はAクラスに上れる実力もあり、今回の件でそれも解消されたので何か訳ありの事情があったのだと彼女達は推測している。


 何があったのかと赤崎君に尋ねても、何でも無いと話して貰えず、桃瀬さんも赤崎君を羨ましがるだけでそれ以上ははぐらかされていたらしく、皆の顔が一斉に何か知っていそうな僕に向く。


 皆の視線に、僕が知っている事なら話してあげようかと少し悩むけれど、当の本人である赤崎君が何も話していないのならば、僕もきちんと彼の事情を教えて貰う前に言いふらしてしまうのは、とても失礼な行為なのではと考える。


 それにこの事は、僕自身も深く追求出来ずにいる事でもある為、もし、ホムラ君が別にいたのならホムラ君も裏切ってしまう事になってしまう。


 僕はもう一度ホムラ君に会って、きちんと感謝の気持ちを伝えたいし、忘れてしまっていた事を謝りたい。当時の彼の微笑んだ顔を思い出すと何故か不意に赤崎君の顔が重なり出す。


 体格も髪の色も全然違う筈で、まだ同一人物なのかも確かめた訳でも無いのに、想像の中の彼等が急に重なって見えてしまった事で何だか不思議な気持ちになってしまう。


 ひょっとして、ホムラ君と赤崎君が同じであって欲しいと、内心そう思っているのではと意識してしまうと、顔が熱くなって来る。このまま何も言わないのもまずいと思い、何とか精一杯言葉にしなければ。


「あ、あの……色々と考えましたけれど、や、やっぱり私からは何も言えません……! まだ私自身も赤崎君には聞いておかないといけない事もありますから、そ、それを確かめない限りは……!」


 そう言った後で、今後きちんと確かめる機会が訪れたとして、その事を皆に言えるのかと考えるととてもでは無いが、言える訳が無いと思ってしまう。そう思うとまた顔が熱くなり、一人で慌ててしまいそうになる。


「ねえ、上っち……今の日和さんの姿、何だか凄く見覚えがあるよね?」


「ユリも気づいちゃった? あの時と全く同じでとっても可愛いよねー。まさか赤崎君にもこうなるとはねえ」


「二人共、楽しんでないでまずは日和さんを落ち着かせないとだよ? 優しくしとかないと進展があっても教えてくれないかもよ?」


 僕を見て、何やら三人で言い合ってた上田さん達が僕の側まで寄って来てくれて、どうにか落ち着かせてくれる。吉田さん達も心配して少し遅れて寄って来てはくれたけれど、何やら三人に不思議がっていた。


 そして僕の代わりにニヤニヤした表情を浮かべる上田さんが、職員達に断りを入れてくれる。


「どうやら私達のお姫様は話せない事情があるらしいので、申し訳無いですけどこの話はこの辺りで」


「あー、うん、なるほどねぇ……何となくだけどこっちもわかっちゃったし、これ以上は野暮になるよねー」


 僕の表情と慌てている様子を見て、この場にいた全員が何かを察したらしく、妙に微笑ましい顔をして優しく宥めて来る。


 彼女達のその表情は、このなんとも言葉に出来ない不思議な感情の意味を知っているように思えてしまい、答えを教えて貰おうとこちらから尋ねてしまうと、途端に抜け出す事の出来ない底なしの沼に引きずり込んで来そうな感じがしてしまう。


 僕からはまだ尋ねる勇気が湧いては来なかったので、今は彼女達の親切心だけを受け取りどうにか落ち着いてから医務室を後にする。

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