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第二十五話 その目を見ると安心出来るんです




◆◇◆




 翌日を迎え、いよいよヒーロー支部へと社会科見学へと向かうこととなった僕達一年生。朝はいつも通り学校へ向かい、朝のホームルームで出席を確認してから組単位で集まり徒歩で支部へと移動する事になる。


 学校から徒歩で二〇分弱程の距離にある支部へ向かうまでは、赤崎君や桃瀬さんのように既に支部でヒーロー側として活動している生徒も、一度学校に来てから一緒に向かうみたいだった。


 成人して自立するまでの期間中の学生とヒーロー活動を両立する為には、互いのするべき手順を出来るだけ踏んでおく事も重要なのだと山田先生は話し、もしかしたら僕も似たような物なのかなと内心で自分の境遇を思い返す。


 まさかウェイクライシス側の人間が今はまだ学校に通う一人の生徒であり、更にはヒーローに護られる側の大事な存在としてこうして堂々とピースアライアンスの施設に潜入を行えるという異例の事態に、緊張し過ぎて変にやらかさないだろうかと、出発前の集合時に自分を落ち着かせる為に深呼吸を行う。


 集合場所である校門前の周りを見ればまだ集まりきっていない組もあり、もう少し時間が掛かりそうだと思える。


 すると、点呼を終えて集まりを確認した後に、A組の男子のクラス委員長である赤崎君が僕を心配して声を掛けてくれた。


「日和さん、大丈夫か? 何か少し落ち着いていないように見えるけど」


「あ、赤崎君、すみません、やっぱり当日が訪れますとあれこれ考えてしまって……それに桃瀬さんからヒーローの事情を聞いていますと、私がどう見られているのか気になりますから」


 毎日のように目を輝かせて楽しそうに僕の側にいてくれる桃瀬さんの姿を見ていると、支部内の人達も似たような反応を見せて来るのではと、容易に想像できてしまう。


 もしシャドウレコードの隊員達以上に盛り上がられてしまうのであるなら、調査どころでは無くなってしまう可能性もあり、折角の潜入の機会が無駄になればレオ様達に何と報告すれば良いのか。


 僕がそう悩んでいると、赤崎君も何だか申し訳無さそうな表情になってしまい、右手の指で自身の頬を掻きながら言葉を選びつつ僕に状況を話してくれる。


「あー……そういう事か……涼芽も事ある毎に色んな奴に写真を見せては、日和さんの事を自慢してたからなぁ……申し訳無いけど、多分相当騒がれると思う……ごめん……」


「そんな、赤崎君が謝る事ではありませんから。出発前に事情はわかりましたし、事前に心構えをするだけでも気持ちが楽になるような気がしますし、教えてくれてありがとうございます」


「いや、本当なら護衛の件が決まった段階で、こういう事は組織内にもあまり公にしないのが鉄則なんだ……! それで今回の件になったって側面もあるから、本当にごめん!」


 赤崎君が思わず頭を下げて僕に謝罪をして来る。その様子を見てA組の皆がどうしたのかと気になってしまい、見かねた桃瀬さんが僕達の前にやって来る。


「ちょっと! 何人聞きの悪い事日和さんに話してんのよ! 支部長だって、日和さんの容姿なら遅かれ早かれ支部内でも騒ぎになってたって言ってたわよ」


「だからって、自分から言いふらして行く奴があるか! そのせいで竹崎さんや他の先輩達から絡まれるのは俺達なんだぞ!」


「あら、何よ、それを言うなら焔だって周りにカッコつけて絶対に日和さんを護り抜いて見せるって、言ってのけて黙らせてたじゃない」


 僕の知らない所で、赤崎君達の方でも色々とあったらしくて、桃瀬さんが言った事は本当だったのかぎくりとした顔になり赤面しながら固まってしまう赤崎君。


 それを見て桃瀬さんが僕の方を見て、その時の赤崎君がしていた顔真似らしき表情をして来て、こんな顔だったと教えてくれる。


 A組の皆もそれを見て、各々違う反応をしている。男子達は主に赤崎君をからかったり、何やら恨み言めいた言葉を呟いていたりしていて、女子達は微笑ましい物を見るような目で赤崎君を見ていたり、桃瀬さんの顔真似の感想を述べている。


 そうしていると先生達同士での確認も済んだのか、山田先生が戻って来るとすかさず事態を収拾しようと南野さんが桃瀬さんを止めに入ってくれる。


「ほーら、チュンちゃん、もう先生も来たしそろそろ赤崎君を弄るの止めなってば。幾ら日和さんの側にいられないからってやきもちを妬くのはそれ位にしときなよ?」


「むぅ、ホントね……いい? 焔、今日はとても大事な日なんでしょ? 一体何をするのか知らないけど、日和さんの前では情けない事はしないでよね?」


 そう言って、桃瀬さんは自分の列に戻って行く。その言葉の感じからして、桃瀬さんは今日支部で何かがあるのは把握はしているみたいだったけれど、詳しい内容までは知らされていないのだろうか。


 思わず赤崎君の顔を見ると、僕の視線にも気が付かない様子で、頬を赤くしながらムッとした目付きで背を向けて列に戻る桃瀬さんのポニーテールを睨んでいた。


 先生からも準備が整ったので出発するように言われ、少しだけ落ち着かない様子になった赤崎君にどうにか声を掛けてから、慌ててA組を先導するように校門を出る。




◆◇◆




 学校を離れ、ヒーロー支部へと向けて出発した僕達。けれど、僕が先導できたのは学校から離れて少しした所までであり、それから先は少し歩いて頭を冷やせたと僕に言って来た赤崎君に任せる形で共に先頭を歩いて行く事になる。


 引っ越しする際に、学校やヒーロー支部等の周辺地図は受け取ってはいて、きちんと頭にも記憶していたつもりであったけれど、昨日職員室で先生からも場所の把握は大丈夫かと聞かれてしまい、一緒に地図を確認していたりもする。


 それなのにいざ実際に歩いてみると、実物大の道のりと様々な建造物を眺めながら進むのは色々と感覚が違うように思えて来る。やはり自分から向かう機会が訪れなかった場所に初めて行くのには、長年シャドウレコード内で完結していた生活を送っていた身からすると、経験不足を実感してしまう。


 もしかして僕は方向音痴の可能性があるのかもしれないと、内心で考えていると、不意に赤崎君が声を掛けて来る。


「俺は何時も支部に向かうのにこの道を使ってる筈なのに、まだ街の地形に慣れて無い日和さんに、初めて歩く場所を先導させてしまうのは迂闊だった」


「はい、やはり初めて歩く場所というのは、何だか新鮮に感じてしまいまして、先程から私は辺りを見てばかりで赤崎君に任せっきりになってごめんなさい……」


「いや、俺じゃなくて涼芽が側にいたら、色々と建物を見て回る日和さんの姿を見て楽しんでいただろうな。それに、今日俺が学生側としてA組にしてやれる事はこれ位しか無いからな」


 赤崎君のその言葉で、社会科見学が無事に終わり、帰りの際もまた先頭を歩かなければならないという事ばかりに意識が向いていた事に気が付き、一番前を歩く僕が忙しなくキョロキョロとしていたらA組の皆を不安にさせていないだろうかと気になってしまい、恐る恐る後ろを向くと、何故か微笑みながら僕を見ていた女子と目が合う。


「す、すみません……慣れない道でしたので、先頭を歩く私がこんなに忙しなくしていては不安になりませんでしたか?」


「あっははっ、いやいや全然、隣に赤崎君がいるんだし道を間違える筈なんてないでしょー? それより日和さん、ちゃんと前を見て歩かないと危ないよー?」


 僕を見て笑顔で答える女子の言う通り、相槌を打ってから急いで前を向き直す。幸い転びそうになるような事にはならなかったが、指摘された通り後ろを振り向きながら歩くのは誰であっても危ないので、思い掛けない反応をしていたのがつい気になってしまっても再度振り返って尋ねる訳にはいかない。


 後ろを見た際に他にも数人の姿が一瞬ではあるけれど確認出来たが、どういう訳か男子も女子も皆僕を見て楽しそうにしていて、街並みの風景を見ながら道を覚えていかなければならない他に、後ろの反応も気になってしまうと、話し声が聞こえて来る。


「いやー、特等席で眺められるだなんてねぇー、今日ばかりは出席番号が最初で良かったと思うわぁー」


「何となくだけど、桃瀬さんの気持ちも少しだけわかったような気もするしね」


 そう言ってクスクスと笑い合う女子達の会話に、そんなに僕の様子が可笑しかったのだろうかと気になりつつも、隣の赤崎君からもう少しで目的地だと告げられ、もうそんなに歩いていたのかとハッとして意識をヒーロー支部の方へと向ける。




 進行方向の道を見渡してみると『東の国ヒーロー支部』と書かれた看板があるのが良く見える。看板のすぐ側にはこの街でも一際大きな建物が中央に建設されていて、その建物を取り囲むように街のビルと同じ大きさの建物が幾つも建ち並んでいる。


 写真や映像では見た事はあったけれど実物を間近で見るのは初めてであり、これ程の規模の建物がどっしりと構えるかのように存在する事に、僕は思わず息を呑んでしまい、隣にいる赤崎君もどこか誇らしげな表情で僕に説明してくれる。


「日和さん、あそこが俺達が所属しているこの国のヒーロー支部になる。学校よりデカくてびっくりするよな?」


「うわぁ……ほ、本当ですね……希星高校も結構大きな学校ですけれど、ここの建物の方が大きいです」


「ここよりもセントラルにある本部はもっと大きいんだ。と言っても、俺達もAクラスになった時に行っただけなんだけどな」


 こんなに大きな建物が地上で堂々と存在する事なんて、今の時代だとピースアライアンスにしか出来ない事だと思う。


 その事を肌身を持って理解出来てしまう僕は、赤崎君が珍しく僕に自慢するかのように嬉しそうにしているのも、なんとなくではあるけれど伝わって来る。


 シャドウレコード自体も結構巨大な組織ではあるが、施設の大半は地下に存在している為、その中で生活をしていても具体的な大きさを実感する事は難しい。


 誰の目から見ても強大だと思えるその組織力の誇示と、街中でそれを行えるのも圧倒的な民衆の支持を得られる活動方針から来るものだ。支持して従うだけで平和を維持してくれるというのなら、其処に所属する組織の拠点は大きければ大きい程、民衆も安心出来るといえる。


 A組の皆も、思わず感嘆の声をあげており、恐らく今の所、僕自身が周りから浮いているといった反応はしていないと思われる。ただ想定していた規模よりも遥かに大きな規模に、はたして今日はあまり緊張せずに自然体でヒーロー達相手に振る舞えるのだろうかと考えてしまう。


 支部に近付けば近付く程、その考えが大きくなっていきそうな所に正門前まで近づき、先生が受付に中に入れるように話をしに行く都合で少し待つ事になる。


 このタイミングで少しだけ猶予が得られた事に息を吐いて、どうにかして落ち着く事にする。鞄を持っていない方の手で胸を少し押さえると、徒歩で来たにしては胸の鼓動が早く動いているのが感じられる。


 もし、学校に入学した初日から今日までのドタバタお姫様扱いを経験していなかったらと思うと、今頃僕はヒーローと触れ合うのが恐ろし過ぎて、この場で腰を抜かして泣き出していたかもしれない……


 桃瀬さんと出会ってそのままなし崩し的にガンバルンジャーと仲良くなってしまった事は、円滑に作戦を遂行する上で必要な条件なのだったのではと今はそう感じてしまう。


 ここまでレオ様含めた全員の想定の範囲外の出来事ばかりが起こっているのだけれど、敵の本拠地であるヒーロー支部の中には一体何が待ち受けているのだろうか……




 内心でそんな事を考えているのが赤崎君は気になってしまったのか、心配そうに僕を見ていたらしく、先程までの誇らしげな表情とは意識を変えた声色で話しかけられてしまう。


「どうしたんだ日和さん? やっぱり涼芽に過度に持ち上げられ過ぎたのが怖かったりするのか?」


 心配する赤崎君の予想は、今の僕の緊張している理由の一部に当て嵌まる。それと同時にメイさんから貰った、今日は彼等を信じて堂々とするというアドバイスをまるっきり実行出来ていない事に気が付く。


 昨日ちゃんと自分の中で決意して今日に挑もうとしていた筈なのに、これではメイさんにも赤崎君達にも申し訳無くなってしまう。怖い物は怖いけれど、ここで震えてしまっては今日も晩ご飯を作りに来るメイさんにどんな顔をして会えと言うのだろうか。


 赤崎君に見られてはいるけれど、それに構わず首を左右に振って意識を改めるように、自分の中でキリっとした顔のイメージを思い浮かべながらそれと同じ表情になる。


「心配をかけてしまってごめんなさい。確かに桃瀬さんにどれ程持ち上げられてしまっているのかは気にはなりますけれど、私と最初に仲良くしてくれたのも桃瀬さんなんです。それなら良い方向に持ち上げてくれている筈だと信じられますから」


 僕は自分の中で最高にキリっとした顔をイメージしたまま、それを崩さないように赤崎君に微笑む。


 すると、赤崎君は僕を見て急に顔を赤くしてしまい、目だけをこちらに向けたまま顔を逸らしてしまう。何だか思っていたのと違う表情をされてしまうが、僕は彼にもちゃんと言葉にして伝えなければならない事があると思ったので、それを口にする。


「赤崎君だって、私の知らない所で頑張ってくれていたのは学校を出る前に聞いています。ですから今度は支部内で誰から何を言われても皆さんを信じますよ」


 きっと入学式の時よりも濃厚な反応をされるのだろう。少なくとも当初の桃瀬さんと似たような熱烈なアプローチも飛んで来るのかもしれない。


 未だに自分の事なのにいまいち自覚が出来ていない僕だけれど、シャドウレコードの隊員の他にもこの街で会った人達は皆似た反応をして来たので、僕を女の子として見た時の容姿に関しては相当な位置に存在しているみたいである。


 けれど、これに開き直って最大限に活用出来るようにしてしまえる性格だったならば、多分誰とも仲良く出来ずにいたのかもしれない。それ位、今の僕は不安定な状態でここにいる。


 そんな僕なんだけれど、色んな人達に必要とされている。こんな状況に心が耐えられる内は、真剣に向き合うべきなんだろうと思ってしまう。それに今の状況を不快に感じていたらとっくに限界を迎えている筈なので、不本意なのだがきっと僕の内心には言葉で表せない何かがあるのかもしれない。


「赤崎君は何時も真剣な目で私を見守ってくれていますからね。今だって顔は逸らしてしまいましたけれど目でちゃんと私を見ようとしてくれているから、その目を見ると安心出来るんです」


 自分でそう言うと、何だかいつの間にか本当に落ち着いてしまっている。そう感じると先程までしていたキリっとした顔のイメージも何処かに消え去ってしまう。


 堂々とする為に思い浮かべた表情である筈なのに、それが必要無いのだろうか余り長続きしなかった事にひとりでに可笑しくなってしまうのだった。僕の笑い顔がそんなに面白かったのだろうか、赤崎君もいつの間にか顔をこっちに向けていた。


「その、なんというか……ありがとう、日和さん。涼芽だけじゃなくて俺みたいなのも信じてくれてさ。俺だって、今の日和さんの顔はとても落ち着けるっていうか……」


「ほーう。随分と嬉しそうじゃない焔ー? 日和さんを励まそうとしたのは褒めてあげるけど、A組の皆も見てるんだから程々にしておきなさいよ?」


 不意に赤崎君に声を掛けてくる桃瀬さん。いつもなら僕の側でいて、こういう時に励ましてきてくれそうな彼女だったが、今日僕の側にいたのは同じクラス委員長の赤崎君であった為か何処か不機嫌そうな顔をしながら僕達を見ていた。


 つい赤崎君と二人で話し込んでしまい、今日はあまり桃瀬さんと接点が無かったので機嫌が悪そうな顔をされてしまうと申し訳無くなってしまう。


 赤崎君はびっくりしてしまったのか、僕の側にいてくれたのに急にのけぞって距離を置かれてしまう。そしてそのまま桃瀬さんと口論となる。


「す、涼芽!? 驚くだろ! 一体いつの間にいたんだ!」


「いつも何も、最初からA組全体で行動してたからずっと一緒でしたけどー?」


「そ、それは……! そうだけど……なら、俺達の会話は何処まで聞いてたんだ!」


「私が日和さんの事を過度に持ち上げたって脅してる所からでーす。そんな事は無いわよ、私は見たままありのままの日和さんを自慢してただけだもの」


 ずっと一緒に行動していて、最初から話を聞いていたと指摘する桃瀬さんに、赤崎君はまたもや固まってしまう。そこに先生が戻って来てようやく支部の中に入れると僕達の後ろで待っていた皆もはしゃいでいる。


 先生が受付に話をしていた間に、更に後ろをよく見ると既に他の組も僕達の後ろに並んでいて、僕達同様に金髪と青紫髪の目立つ髪の色をした、C組のクラス委員長の萌黄君と桔梗院さんが仲良さそうに何かを話し合っているのを見つける。


 僕よりも穏やかそうにクラス委員長としての役割を果たしていそうな桔梗院さんの姿に、向こうは順調そうだと思いながら、支部の中に入っていく。




 受付を通して、正門が開かれヒーロー支部の内部へと入っていく。ここで先生からの指示が入り、赤崎君達とは別行動となる。他の組もちらほらと何人か別行動となる生徒も離れていき、C組も自信満々に萌黄君を見送る桔梗院さんの姿があった。


 こちらも赤崎君達をA組一同で見送っている。


「それじゃあ日和さんに春風に吉田さん達に皆、私達そろそろ自分達の持ち場に向かうね」


「はい、ガンバルンジャーの所には頃合いを見てから伺いますね。桃瀬さんは約束しましたお昼にまた会いましょう」


 そう言って僕は手を振って赤崎君達と別れる。皆こなれたように各々の施設へと迷いなく進んでいき、A組も数人減ってしまい先生が残った僕達に指示を出す。


「よし、それじゃあ残ったA組はまずはこれから向かう所があるから、先生について来るように」


「わかりました山田先生、所でどちらに向かうんですか?」


「まずはここの代表である支部長の歓迎の挨拶があるんだ。屋外の運動スペースの一角に集まるようにとの事らしいぞ」


 支部長からの挨拶と聞いて、途端にテンションが上がる一同。それもその筈であり、今ここの支部長を務めている人物は元とはいえAクラスを超えた存在であるSクラスまで上りつめた実力者でもあるからだ。


 十年前までは現役であったのだから、小さい頃からこの街に住んでいる皆にとってはある意味ガンバルンジャーよりも親しみを感じる人物なのかもしれない。


 先生にとっても若い頃からの憧れの存在の一人でもあるので、非常に嬉しそうに僕達を引き連れて目的の場所まで向って行く。


 支部の入り口から離れ、建物内に設置された運動場へと向かう生徒達一同。陸上競技場かと思ってしまう位に本格的な景色に、一瞬ここが本当にヒーロー支部なのかと考えると、先生が施設について説明してくれる。


「運動部に所属している生徒の中にはここの存在を知っている者もいるのではないかと思うが、実際に大きな規模の大会になって来るとこの場所が会場として選ばれる事もあるんだ」


 まさか本当に競技場として使われる事もあるのかと感心してしまう。確かに様々な場所から参加するとなると、ヒーロー組織が管理している場所であればセキュリティ面においても安心安全なのかもしれない。


 でも、それだと僕みたいな存在に出入りされる可能性もあるのではと考えてしまうが、そこは誰でも知っている規模の大会に敢えて提供する事で、不審な人物をおびき寄せる罠になっているのかもしれないし、それこそもし何かが起きたとしても、出場者や観客含めた全員を守り抜けるという余裕の表れなのかもしれない。


 というよりか、まずこの街に入るには諸々のチェックが入る事を思い出し、能力も制限されてしまう環境下では大暴れするのはまず不可能に近い事を忘れてしまっていた。


 その事を考えてしまうと、尚更僕自身、大変複雑な気分になってしまう為これ以上は後々施設内を見学して回って調べる事にしようと、無理矢理思考を切り替える。


 他の組も全員、A組の横に列を作って並び終わりつつあるので、丁度いいタイミングだと思うと、前から数人の支部の職員達が歩いてやって来る。


 きっちりとした支部の制服を着た職員を連れて、白を基調とした職員とはデザインが違う制服を着た五〇代位であろう白髪の男性が、にこやかな笑みを浮かべて僕達の前までやって来る。


 その姿を見て、生徒達が声をあげて盛り上がっていく。静かにするように先生達からの注意が入るが、男性は構わないといった対応を取り一通り僕達の事を見渡してから挨拶に入る。


「目の前にいる若い子達にはしゃがれてしまうと、私もついつい嬉しくなってしまうな。現役を退いてこの歳になっても喜んで貰える立場でいられる事は有難いと思うね。皆、今日は朝早くから見学に来てくれて有難う。私がここの支部長をやっている真宮寺だ、よろしく頼むよ」


 そう落ち着いた大人な話し方且つ、耳に良く通るようなヒーロー特有のハッキリとした声量で生徒全員に挨拶をする真宮寺という名前の支部長。


 前線を退いたとは言え、背丈は職員達と並んでいると一番高く、背筋も年齢の割にピンとしていて体型もスラっとしている。その佇まいは元Sクラスヒーローとしての威厳と風格を今でも保っていて、実は戦おうと思えば戦えてしまえるのではないかと思わせて来る。


 今は笑顔で、生徒達からの質問に幾つか答えて場を和ませているけれど、僕は自分の正体を勘付かれないように考えてしまい、内心ではヒヤヒヤしている。


 桃瀬さん達の話しぶりからして、既にこの真宮寺という人に僕の写真を見せて護衛の件の話になっているので、当然向こうに僕の顔は知られている。もし彼から話し掛けられてしまっても、決して二人きりの時が無いようにと気を付けなければ。


 僕としてはあちこち観て回ってレオ様達に報告出来そうな情報が一つでも欲しい所だけれど、そこまでして吉田さん達を連れまわすリスクの事も考えると、なるべく目立たなくしておきたいが、赤崎君からも心配されてしまったようにこれもそうは出来ない筈。彼のお陰で僕も落ち着く事は出来たけれど、油断してはならない。




 これからどう動けば良いのかを悩んでいると挨拶も終わり、建物内に入るように案内される。まずは地球の環境が変化してからどのような出来事があって、何をしてピースアライアンスという組織が出来たのかという様々な資料が展示されたスペースへとやって来る。


 僕としてはシャドウレコードの四天王として、どのような経緯を経て今の社会が形成されたのか等はある程度知識としてレオ様達から教えて貰っている。もしかしたら何か報告出来ないかと記述に相違があるのではないかと気を取り直して、鞄から筆記用具とメモ帳を取り出して注意深くメモを取りながら観ていくが、僕の記憶の中にある情報と比べて特に気になる箇所は見当たらなかった。


 そうしていると、いつの間にか吉田さんと南野さんがすぐ側まで来ていたらしく、二人に気が付かなかった僕は声を掛けられてしまう。


「ちょっとー、日和さーん? 私達に気が付いてよー?」


「あっ、南野さんに吉田さん。二人に気が付かなくて、ご、ごめんなさい」


「凄いね日和さん。私達なんて数十年前は今と全く違う世界だった位しか把握してなかったって言うのに、メモを取る位に真剣に学ぼうとしてるなんて」


 吉田さんがそう言うと、南野さんもそうだと反応する。二人の反応を見て僕は周りを見渡すと、他の生徒達も初めて知るような事ばかりを見て行く様子であり、各々新鮮な反応を見せている。


 数人、真面目そうな見た目の生徒が熱心に見て回っている位で、僕のようにメモを取っている生徒はごく少数であった。


「ねえ、これってもしかしてさぁ、私達も日和さんみたいにメモを取った方が良い系のやつ?」


 南野さんが僕にそう尋ねて来る。吉田さんも何だかそわそわとしだして鞄を両手で持ち始めると、そこに先生が感心した表情でやって来る。


「日和は随分と真面目だなぁ。こんなにヒーロー史に興味を持ってくれるのは先生は感心するぞ! 因みになんだが、ここら辺の歴史は社会科見学が終わればおさらいとして授業でも軽く触れていくし、来月のテストにも範囲として出すから今から日和の成績が楽しみだ」


「えぇっ!? それホントですか!? じゃあ私達もメモ取らないとじゃん!」


「いやいや、記憶力に自身があるのなら別にそこまではしなくてもいいぞ。ただ、期間前になって忘れるような事があったら、日和に泣いて縋る事になるかもしれないな。じゃあ先生は他の生徒の様子も見なきゃだからこの辺で」


「あっ、ちょ、ちょっと先生! せめて何をメモすれば良いのか教えてよ~! ねえ、日和さん、何処からメモすればいい? 教えて教えて~」


「い、いきなり言われたらびっくりしちゃうね。今からでも間に合うかなぁ……不安だから後でもう一回見て回りたいな」


 そう言って先生は離れていく。南野さん達は慌てた様子で鞄を開き僕に何をメモしていたのか尋ねて来る。周りにいた生徒達も、先程の話が聞こえていたのか同様の声が聞こえる。


 僕の悩んでいた事や考えている事とは全く無縁な二人の反応を見ていると、何だか可愛く思えてしまい、つい微笑んでしまう。その反応を南野さんに怒られてしまうけれど、すると何故だかはわからないが急に今日は上手く行けそうな気がして来て、考え過ぎていただけかもしれないと途端に気持ちも楽になって来る。


 油断しない事は依然変わりは無いのだけれど、それでも僕の気持ちは自然になったような気がする。赤崎君や吉田さん達には後でお礼を言わなければなと考えると、より笑顔になりそうになる。


「ふふ、ごめんなさい。ここに来るまでにあれこれと一人で考え事ばかりしてしまっていて。そう思うと私ももしかしたら見落としていた箇所もありそうですから、吉田さんの言う通りもう一度見て回りましょうか」


 僕がそう言うと、先程まで慌てふためいていた二人の顔もぱあっと明るくなる。今度は三人でメモを取りながらもう一度展示スペースを見て回ると、自由探索の時間になるのだった。

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