第二十三話 一つ手にしてしまうと何だか全部揃えてみたくなりますね
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桔梗院さんが元気を取り戻したとわかると、少し離れた所で様子を見ていた林田先輩が三人を呼びに行ってくれる。そう言えばすっかり忘れていたと桃瀬さんは思い出してしまい、四人が戻って来ると途端に怒りの説教が始まる。
疲れて落ち込む桔梗院さんを放ってしまった事や、人だかりを作る三人を見て更に落ち込んでしまった事や、その後吉田さんのお陰でどうにか元気を戻した事を告げている。
「もしこれで関係が悪化して、護衛の件に悪影響が出たらどうするつもりだったのよ。私、桔梗院さんが別の護衛役を依頼する所なんて見たくないからね!」
桃瀬さんがそう言うと、得意とする自己流の護衛術として僕にして来るように、何時もみたいに桔梗院さんの腕に抱き着こうとしてそっと近づいていく。けれどそれは、割って入る影野さんに阻止される。
「申し訳ありません、桃瀬様。エリカ様とお友達になって頂いたのは非常に有り難いのですが、やはりそれはそれ、これはこれとして、公共の場ですしきちんとした礼節は弁えて貰いたいかと」
「ええっ!? 仲良くなったんだし別に良いじゃない。友達とハグする位、女同士なら良くある事じゃ無いの?」
そのまま問答する二人を他所に、話を聞いて申し訳無さそうにする赤崎君達が桔梗院さんに謝罪を行っている。
もう落ち込んだりはしていないと彼女は言うが、らしくない事をしてしまったとそれでは気が済まない三人。それならばと何かして欲しい事は無いかと林田先輩が提案する。
それを聞いて少し考えこみ、月末から始まる大型連休のいずれかの日に萌黄君と一緒にお出掛けしたいと桔梗院さんは顔を赤くして要求する。
慌てる萌黄君を他所に、赤崎君と青峰先輩はああ、わかった。と、二つ返事で了承してしまう。その話に桃瀬さんも食いついてきて、デートだと大はしゃぎで携帯端末で確認しながら連休のスケジュールを調整していく。
「うん、これで彰の件はオッケーよ! 何時でも大丈夫な日を指定してくれて良いからね桔梗院さん」
にこやかな微笑みでやってやったわと桔梗院さんにアピールする桃瀬さん。桔梗院さんは若干引きながらも出掛ける日を指定して話は解決していく。
その後三人は吉田さんにもお礼を述べて来て、急に視線を向けられた事で吉田さんは恥ずかしさの余り、僕と桃瀬さんの後ろに隠れてしまったりといった事がありながら、うやむやになった勝負分の時間を埋める為に男女に別れて思い思いに遊ぶ事となった。
まずは、もし勝負が続いていたら次は何の勝負を行うつもりだったのかと桃瀬さんが尋ね、僕達はクイズゲームの筐体へと向かう。
「お姫様には的確な知力と判断力も必要だと思いまして、こちらのクイズ形式の勝負を行うつもりでしたわ。今日はもう勝負は行いませんが、遊んでいきますかしら?」
その提案に、折角だからと僕と吉田さんは賛成する。様々なジャンルからランダムにお題が出されるので、得意な分野がそれぞれ違う僕達は二対二のペアになってお互いの知識を共有して協力する。
ランダムにジャンルが選ばれるとはいえ、事前に知識に自信のある分野を選択する事で、お題が出題される確率を上げる事が出来る仕様になっていて、僕は多少心得のある医療の分野を選び、吉田さんは料理の分野を選択していく。
「クイズだなんて緊張するね日和さん、どんな問題が出るのかドキドキしちゃうよ」
「ええ、そうですね、なるべく答えがわかる問題が来て欲しいと思ってしまいますね」
二人で話し合っていると遂に開始となって、出題が行われていく。お互い解いたり、解けなかったり、さらには解ける問題が来ても先に相手に解かれてしまったりと、このゲームもなかなか忙しくて大変である。
吉田さんは回答数は控えめでも丁寧に答えて不正解の数は少なくて、桔梗院さんはあらゆるジャンルで点数を取っていく。影野さんはもしも桔梗院さんが不正解だった時に対応する事に徹していて、それぞれで点数の取り方が違ってくる。
僕はと言えば、自分が思っていた以上に知識に偏りがあり、流行に関するお題だと全く回答出来ずにいたのだけれど、偶に他の三人が頭を抱えて悩むような意地悪な問題は回答出来てしまい、それが意外な高得点の物ばかりだった。
出題が終わり集計に入ると、結果は同点になっていた。もし勝負が続いていたら一勝一敗一引き分けになっていたなと考えていると、桔梗院さんが僕の前に寄って来る。
「日和さん……あ、貴女、流行りの物には全く手を出せずにいるようでしたが、要所要所で難問が出る度に正解していくだなんて、知識の偏り方にも程がありましてよ? 一体どうなっていますのよ……?」
「え、えーっと……実は私自身も驚いていまして、多少心得があるつもりで選んだ医療の分野以外でも何だか難しい問題がありましたね」
腑に落ちない様子の桔梗院さんに、僕は笑って乗り切るしかなかった。そこに観戦していた桃瀬さんが駆け寄ってくる。
「二人共凄かったねー、桔梗院さんは色んなジャンルで答えるし、日和さんは正答率一桁の滅茶苦茶難しい問題だけ答えていくものだから、私驚いちゃったよ」
わからない問題ばかりだったと素直に告白する桃瀬さん。同様に吉田さんも僕達を褒めてくれる。雑学の知識は豊富に知っているのだろうか、桔梗院さんは気を良くして気になる事があるなら何時でも尋ねて来て欲しいと言う。
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次は桃瀬さんを含めた全員で遊べる物は無いかと吉田さんが提案すると、少し考えた後に身体や頭を使わない落ち着いたメダルゲームのコーナーに向かう事になる。
先程青峰先輩がやっていた良くわからないゲームの他にも、魚を釣ってメダルを増やす物や、前後にスライドする床にメダルを落としていく物などがあって、その中で僕達は色んな動物達が競争してどれが一着になるか当てる物を選ぶ事にする。
数多くいる動物の内まず最初にランダムに十頭が選出され、どれが一着になるかの結果は毎回変わるステージとの相性や、コンディションやパラメーターを見ながら予想していくという物だった。
「ねえ、日和さん、どの動物が一番になると思う?」
「うーん、とは言いましても、この大海原ステージという場所でどの動物が早いとかは、やはり海辺に住んでいる動物が早いのでしょうか? 今回だとサメやイルカがいますよ?」
「でも、コンディションとかいうのはどっちも低めだよ? あっ、こっちの波乗りにゃんこは絶好調だって」
「本当ですね、何だか動きも気合が入っているようですし、可愛らしいこの子にしてみましょうか」
ゲーム内の数値等、何がどれ位の影響を与えているのか全くわからない僕と吉田さんは、とりあえず選ばれた中で見た目が好みの動物を選び、桔梗院さんと影野さんは良く吟味して一番可能性が高そうな動物を選んでいる。
「ふふん、二人共全く甘いですわね。わたくし達は今回一着になるのは、このターボボート・ヤギだと予想いたしますわ!」
桔梗院さん達は、ターボ付きボートに乗ったヤギを選択していた。コンディションはこちらの波乗りにゃんこの方が高めだけれど、全体的なスペックはやはりターボ付きという事もあってか、向こうの方が上になる。
「わぁ、ターボ付きボートなんてあるんだ……何だか早そうだね。桃瀬さんはどの子が一着になるか決めた?」
「私もこのゲームの事良くわかんないんだけど、なんとなくこのマンプク艇タコヤキ丸なんかが優勝しそうだと思うんだよね」
桃瀬さんが選択したのは、オール付きボートに乗ったタコだった。脚が八本もあるので、オールを漕ぐ力もなんと八本分を賄えるというスペックが記載されていた。そのまま泳いだ方が早いのではと桔梗院さんが突っ込んでしまっているが、それぞれ動物を選択し終えたのでレースが開始されていく。
まずはスタートダッシュとして、高速ターボを使用したターボボート・ヤギが先頭に走っていく。サメやイルカといった他の動物達もその後ろを泳いでいる。マンプク艇タコヤキ丸も船を漕ぎながらスタートしているが、僕達が選んだ波乗りにゃんこは波に乗るまでに時間が掛かる為最下位だった。
先頭はステージの三分の一まで進みターボボート・ヤギが以前トップだったのだけれど、突如としてボートが止まってしまう。
「一体どうしましたのよ? 急に動きを止めてしまうだなんて……あっ!? ボートに乗ったヤギが船酔いしていますの!」
選択された動物はその動きがピックアップされる事があり、丁度ターボボート・ヤギが画面に映し出される。ボートの上に乗ったヤギは顔を青ざめさせて、苦しそうに画面に見えない位置で船の外に顔を出してしまっている。
「船酔いしてしまうのでしたら、事前に酔い止め対策はしておきなさいよ!」
「なんとまあ、あのヤギはうっかり屋さんでしたとはエリカ様。こうなってしまうと一度陸地に戻らねば酔いは治まらないかと」
一度始まってしまったレースにはこちらから何かを出来る手段は無く、ただ決着が付くまで見守るだけしか出来ない。
そうこうしている内に、ボートの前方に大き目な波がやって来る。そして、その波に揺られて遂にヤギが限界を迎えてリタイアしてしまった。
桔梗院さんが唖然としている中、他の動物がボートをグングンと追い越している。桃瀬さんが選んだマンプク艇タコヤキ丸は船酔いはせずに、えっほえっほとオールを漕いで先に進む。
視点は移り変わり、僕達の選んだ波乗りにゃんこが注目される。いまだに砂浜にいるにゃんこは突如ピクリと反応すると、愛用のサーフボードを手にして走り出す。
目の前には先程の波がやって来て、にゃんこがそれに挑む。今回の波乗りにゃんこのコンディションは絶好調であり、いとも簡単に波に乗る事が出来た。
「わぁ! 凄いね日和さん、にゃんこが波乗りしてるよ!」
「本当ですね、顔はキリっとしていますけれど、猫さんなので見ていて可愛らしいです」
良い波に乗っている波乗りにゃんこは、この波を自分の物にしたかのようにスイスイと動いている。これでようやくレースに参加するのかと僕達が期待していると、しばらく波に乗った後にスタート地点の砂浜に戻って来た。
「あれ……? にゃんこが砂浜に戻って来ちゃったよ?」
「当たり前じゃありませんの……要はサーフィンなのですから、波が向かう方向にしか動けませんわよ」
ポカンとする吉田さんの横から桔梗院さんの指摘が入り、波乗りにゃんこの根本的な問題に僕達は気が付く。砂浜をとことこ歩く波乗りにゃんこは、まるで一仕事終えたと言った風な表情でとても満足げであった。
その可愛らしい風貌とは裏腹に彼(?)は、海の男ならぬ、海のにゃんこであると堂々とした佇まいをしている。この後もどんな波が来ても砂浜に戻ってしまうので、とてもレースには参加出来ないだろう。
「でもまあ、にゃんこさんも満足しているみたいですし、これはこれで良かったのでは?」
「うん、そうだね、失敗してたらかわいそうだし、上手く行って良かったね」
見た目で選んだ選択からの思い掛けない演出を見れて、僕達はこれはこれで面白かったと笑い合う。横で桔梗院さんが呆れつつも、レースは三分の二を消化していた。
ゴール手前には、行く手を阻む海流が流れており、残りの動物達はこれを越えようと海流に逆らって泳ごうとしている。
しかし、その勢いは強く、サメやイルカといった今回はコンディションが低めだった動物は海流に負けてしまい軒並み力尽きてリタイアになってしまう。
まさかこのまま優勝する動物はいないのかと思ってしまうと、ある意外な動物がボートに乗って海流に乗っていた。
桃瀬さんが選んだマンプク艇タコヤキ丸が正解の海流ルートに乗って、スイスイとゴールまで流れていく。まだ体力が残っている動物達も正解のルートに乗るが間に合わず、そのままマンプク艇タコヤキ丸がゴールとなった。
「わあ! 桃瀬さんが優勝だー! やったね、おめでとう!」
「えへへー、ありがとう吉田さん。こうして目一杯喜んで貰えると何だかこっちも嬉しくなるわね」
勝利画面では、タコヤキ丸が優勝トロフィーを掲げている。その後ろにはにゃんこや、船酔いから回復したのか、ヤギも拍手で祝福している。桃瀬さんが選択した対象は大穴のキャラだったらしく、メダルがジャラジャラと出て来る。
これが現金だったらなと呟く桃瀬さんに、納得がいかないと再戦を申し込む桔梗院さん。それならもう一度と皆席に座り次のレースを迎えた。
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結局、次のレースも桃瀬さんの選んだ動物が優勝してしまい、僕達の中でやっぱりヒーローって凄まじいなという結論になった。
その気は無かったとは言え、立て続けに大穴を当てた桃瀬さんは大量のメダルを手にしてしまい、その後は五人で何とかしてそれを消化する形で時間が過ぎていった。
それでも半分以上は手元に残ってしまったので、メダルゲームの受付に返却して今日はもう解散しようかという話になる。
時間を見れば夕方になりつつある。早く帰らないと、晩ご飯を作りに来るメイさんも心配してしまうだろう。
桃瀬さんが赤崎君達を呼びに行っているのを待つ間、あるゲームが僕の視界に入り、ついその近くまで来てしまう。
「どうしたの日和さん? 何か気になる物でもあるの?」
「あ、はい。そういえば先週はこのクレーンゲームに挑んでみて全然物が手に入れられ無かったなって、思い出してしまって」
吉田さんも僕の様子が気になり側で尋ねて来るのでそれに答える。
ガンバルンジャー全員が集合場所に集まるが、僕達が少し離れた所にいるので桃瀬さんが気になってやって来る。
「二人共、何か気になる物でもあるの? 私が代わりに取ってあげようか?」
「ええと、先週の事を思い出してしまいまして、でももう帰らないといけない時間でしょう?」
「そんなに時間が掛かりそうな物なの? そんな物あったかしら?」
「いえ、その、こちらのぬいぐるみが可愛いなと思いまして、先週手に入れられないかと挑みましたけれど全然でして……それにシリーズ物で五種類もあるそうなんです」
僕は少し照れながらも目的の商品に視線を移す。僕達が話していると全員が集まって来て、話を聞いていた桔梗院さんが僕に寄って来る。
「あら、日和さん、ぬいぐるみが気になるだなんて、もっと大人びた方だと思っていましたが、案外子供っぽい趣味がおありですのね」
「えー? そう? それを言ったら桔梗院さんは夜寝る時は大きなぬいぐるみ抱いて寝てそうって、私の中だとそういうイメージがあるんだけど?」
桃瀬さんが自身の中のイメージ像を話し出す。それを聞いて僕達も想像してしまい、大きなぬいぐるみと聞いて、僕は最近時々一緒に寝る際に動物の着ぐるみ姿をしているメイさんみたいなのかなと思い返していると、ついうっかり釣られて吉田さんが続けて想像を述べてしまい、桔梗院さんに怒られてしまう。
「し、失礼な! 見た目だけで判断していませんか!? わたくしそういうのは中学に上がる頃には卒業しましたのよ!」
「ひゃあ!? ご、ごめんなさい……でも、大きなぬいぐるみって可愛いと思うんだけどなぁ、私は羨ましいって思っちゃったよ」
「まあ、幼い頃は特注品の物を幾つか拵えて貰いましたし、今も大事に保管していますけど、それで、日和さんは一体何に興味をお持ちなので?」
吉田さんや桃瀬さん相手にならそこまで意識はしていなかったけれど、こうして集まって来た全員に面と向かって、特に赤崎君達男子相手に話すのは皆は知らない事情とは言え元々男だった僕が、こういうのに興味を持つのはどうだろうと意識してしまい、何だかとても恥ずかしく感じてしまう。
時間もおしてしまうし、早く説明してすぐに解散しよう。そう思いながら少し熱くなる顔を商品に向ける。
「あの、こちらのぬいぐるみが何だかガンバルンジャーの皆さんみたいだなと思いまして、それで、興味を持ちまして……」
僕が視線を向ける先にあるぬいぐるみは、動物を模した戦隊モノモチーフのようなデザインをしたぬいぐるみだった。可愛らしくデフォルメされた手乗りサイズの動物が、偶然なのか企画側が狙ってやっているのかは謎だけれど、ガンバルンジャーの皆とそれぞれ同じ色で構成されていて、僕はそう見えたと話す。
恥ずかしさで恐る恐る振り返ると、赤崎君達はこんな物があったんだなと一様に驚いており、桔梗院さんも驚いた顔で交互に色を見比べている。
「わぁ、ホントだねー! 何だか見覚えがあるなと思ってたんだけど、そういう事だったんだ!」
「そう言われればそうよねぇ、良く気付けたわねー。よーし、それじゃあ日和さんに一個取ってあげ……って、ちょっと! 焔! 割り込まないでよ!」
「う、うるさいっ! こういうのは一番最初は赤い奴からやるもんだろ!」
桃瀬さん達も反応して、何故か一個取ってあげるという流れになり、そこに急に赤崎君が割って入って来る。当然桃瀬さんと口論となり、こういうのは赤いのが一番最初だとヒーロー特有の理論を述べて、無理矢理納得させてクレーンゲームを始める。
携帯端末でお金を入れてから赤崎君はクレーン台を見渡して、目的の物を的確にボタンを押して狙い取る。先週僕が何回もやっても手に入れられ無かったぬいぐるみを、難なく一発で入手してしまう。
ガコンっと音がなり、赤崎君はかがんでぬいぐるみを取り出し、それを僕の前に差し出して来る。
「ほ、ほら、日和さん。興味本位でやったら一発で出来たから、コレ、やるよ」
「えっ……? い、良いんですか? でも、それは赤崎君が手に入れた物ですし、私には……」
「い、良いんだよっ! えーっと、ほら、今日の勝負をさ、うやむやにしちまったお詫びみたいなモンだよ!」
「あっ、は、はい……! あ、ありがとうございます! わぁ、赤い猫さんで可愛らしいですね、ふふ」
興味本位ながらもいざやってみると、普通の男子にはこういう物は可愛らしかったのか、赤崎君が照れながらも、僕に赤色の猫のぬいぐるみを手渡して来る。折角赤崎君が自分で手に入れた物なのだから断ると、今日の勝負へのお詫びだと言われてしまい受け取る事になる。
赤色の猫のぬいぐるみを両手で持ち、欲しかった物が思いがけずに手に入ってつい顔がにやけてしまう。こうなったら五体全部揃えてあげたいなと思い、帰ったらメイさんに今日の報告とお小遣いの相談をしなければと考える。
「ありがとうございます赤崎君。一つ手にしてしまうと何だか全部揃えてみたくなりますね。私ではどれ程掛かるかはわかりませんが、何時か揃えてみせます!」
僕が改めて赤崎君にお礼と決意を述べる。にやけた顔ではしゃぎながらお礼は失礼かと思ったけれど、赤崎君は照れた顔を更に赤くしていた。すると、そんな彼を突然桃瀬さんが後ろから押し出してしまう。
「ちょっと! 焔! 何一人だけ良いカッコしようとしてんのよ! 大体、日和さんに一個取ってあげるって最初に言ったのは私でしょ!? 謎の理論で納得しかけたけど、抜け駆けしないでよ!」
僕が止める間も無く、桃瀬さんもクレーンゲームを始めてしまい、あっという間にぬいぐるみを手に入れてしまった。
ガコンっと音が鳴り、桃色の鳥のぬいぐるみを手にした笑顔の桃瀬さんがやって来る。
「はーい、日和さーん。私も興味本位でやったら出来ちゃったからあげるよー。ほめてほめてー」
「えっ、えーっと……桃瀬さんも、良いんですか? あ、ありがとうございます」
「なーに、良いのよ。焔のバカがお詫びだって言うなら、私も何かしてあげないとね」
「わかりました。桃色の鳥さんだと何だかより桃瀬さんみたいですよね。で、ですが、後三つは流石に私が集めますので……」
桃瀬さんにお礼を言いつつも、これ以上は流石に一度に受け取り過ぎてしまうと断りを入れるが、そうはいかないと今度は青峰先輩が桃瀬さんの後ろにいた。
「悪いが日和さん、どうやらそういう訳にはいかなくなってしまった。何処かのバカがお詫びだと言ってしまい、目の前のお姫様が揃えて上げたいと願ったのならそれを果たすのが俺達の役目だ」
何だかそのまま膝をついて傅いて来そうな雰囲気を感じさせる青峰先輩が、そのまま桃瀬さんと交代してクレーンゲームに挑み始める。
僕の不意を突くように、ごく自然にお姫様呼びされてしまい、動揺してしまって止める事が出来ずに先輩もサッとぬいぐるみを手に入れてしまう。
ガコンっと音が鳴り、青色の犬のぬいぐるみを手にしてキリっとした顔の青峰先輩がやって来る。
「焔が今日の詫びだと言って最初に手渡したのなら、俺にもその責任の一端はある。受け取って欲しい」
「えっ、あ、は、はい……ありがとうございます青峰先輩。で、ですが、流石に三つ目ですし、もう宜しいかと……」
「フッ、そう遠慮する事は無い。金は焔が全部支払うし、俺の後ろには後二人控えている」
「えっ? えぇっ!? 萌黄君に林田先輩までいつの間に!?」
先輩の後ろを見れば、既に順番を待つかのように二人が立ち並んでいた。そのまま僕が断りを入れる前に話し掛けられる。
「先の三人を見てると、俺も何かしてあげたくなっちゃってさ日和さん。それに、焔だけがあの笑顔を独占するのはちょっとゆるせないかなーって」
「そういう訳だから、日和さんは何も遠慮をする必要なんて無いんだよ。これは俺達がやりたくてやるんだ」
「でも、良いんですか……? 最初に引き留めてしまったのは私ですし、これでは皆さんにわがままを言ってしまったみたいになってしまって」
僕が欲しいと思っていて、つい口に出してしまったのは事実だけれど、まさか皆が代わる代わるになって手に入れてくれる事になるとは思ってはいなかった。
それが何だか申し訳無いと感じていると、誰かがそっと僕の肩に触れて来てそのまま軽く抱き着かれてしまう。その側に振り向くと、何故か笑顔を僕に向けている桃瀬さんだった。
「あはは、良いのよ良いのよ、こういうシリーズ物って期間が終わるとあっという間に無くなっちゃうから、気づいた今の内に全部手に入れるのがベストなの」
「そ、そうなんですか? ですが、私のわがままで皆さんを動かしてしまっているようで、それが何だか申し訳無くて」
「いやいや全然わがままじゃないってば、それを言ったら、こっちの都合で日和さん達を勝手にお姫様扱いしている私達の方がわがままって言わない?」
そういう物なんだろうか、ヒーロー特有の欲求をわがままと言い切ってしまう桃瀬さんの言葉を聞いて、何も言えなくなり、そうしている内に萌黄君達二人が手に入れたぬいぐるみを持って僕の前に寄って来る。
「ほら、日和さん。これで俺達全員揃ったよ! やっぱりこういうのは全員いないとしっくり来ないでしょ」
「ああ、それに涼芽が言うようにこれはどちらかと言うと、俺達の方がわがままで勝手にやってる事だから、日和さんが気にする必要は無いさ」
二人は笑顔で僕に手に入れたぬいぐるみを手渡して来る。手にしている三つのぬいぐるみを落としてしまわないように、片手で持ちつつ胸元に寄せて抱き抱えてから、萌黄君が手にしている黄色のうさぎのぬいぐるみを受け取り、続けて林田先輩の緑色の熊のぬいぐるみを受け取る。
五体も揃うと手乗りサイズとは言え僕の手では両手で持たないと持ちきれなくなり、改めて落とさないように胸元を見ながら抱き寄せていると、赤崎君達もやって来る。
ぬいぐるみに気を取られながらも、お礼をしなければならないと少ししてから顔を上げる。
「あの、このぬいぐるみ達、本当に私が貰っても良いんですか?」
「いいのいいの、日和さんみたいな可愛らしい子が貰ってこそ、その子達も喜ぶってものでしょ?」
「本当に良いんですね? あ、後でやっぱり欲しくなったと言われましても、もう返してあげませんからね?」
僕がそう言うと、桃瀬さんが笑顔で頷いて来る。皆がくれると言うので最終的な確認をして了承を貰うと、一度に五体全部揃ってしまった事実を腕の中で感じて来て、嬉しくなってまたもや顔がにやけてしまう。
「改めましてありがとうございます皆さん。こうして見るとやっぱり皆さんみたいですね……あ、あの……? どうかしましたか?」
僕がお礼を言うと、赤崎君は僕を見つつ何故か顔を赤くしていて、青峰先輩達もどうしてか僕を見ている視線が泳いでしまっている。
「い、いや……何でもない、こっちこそそのぬいぐるみを俺達みたいだって言ってくれるのが、う、嬉しいと言うか……」
「あ、ああ、そうだな……こういう場合は逆に俺達の方が礼を言うべきだな……ありがとう、日和さ、ぐふぉっ!?」
どういう訳か桃瀬さんが突然、謎のお礼を言い出した赤崎君達の頭を叩いてしまっている。その隣で萌黄君が桔梗院さんに睨まれてしまいたじろいでいた。
「あの、桃瀬さんに、桔梗院さん? 一体どうしたんですか?」
「うふふふ、いや、何でも無いのよ日和さん。貴女は何も悪く無いから、家に帰る前に店員に頼んで袋を貰いましょうか?」
「今日はもう勝負はしないとは言いましたが、まさか最後の最後でこのような事態が訪れてしまうとは……! わたくしがこんなに羨ましく思える贈り物があるだなんて……! 正直ズルいですわ!」
「ですがエリカ様、日和様に対抗する為とイメージを払拭する為に、ぬいぐるみは卒業と仰られております。それに、お詫びとしてエリカ様は萌黄様とのお出掛け権を既に要求しております」
影野さんの指摘に桔梗院さんが固まり、桃瀬さんと吉田さんにぬいぐるみを良く見せて欲しいと言われ手渡しつつも、袋を貰ってからの解散となった。
家に帰るまでの間、桃瀬さんが急に赤崎君達の頭を叩いた事が僕は気になってしまい、どうしてあんな事をしたのか尋ねてみたが、桃瀬さんは苦笑いしながらただ僕に謝って来るだけで、吉田さんも顔を赤くしてこの話をはぐらかそうとしていた。




