幕間話 一般生徒から見た日和 桜の印象と桔梗院 エリカの事情
幕間話です
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お昼休みの時間に桔梗院 エリカが、日和 桜のいる一年A組に新しい勝負を提案しに行った同じ時刻の事。場所は一年C組の教室。
ガンバルンジャーのガンバレッドこと、赤崎 焔は同じ組織に所属しているガンバイエローの萌黄 彰の元へ訪れて、昼食を取りながらお互いの近況を語り合っていた。
とは言っても、一方的に彰が日和 桜の事について焔に聞いているだけなのであった。
「それで焔、最近日和さんとはどうなの? 順調に仲良く出来てるの?」
「うるせえよ彰。基本的には涼芽の方が付きっ切りだから、俺の出番はあんまり無いっての」
彰からの問いに素っ気なく返す焔。しかし、それでは彰は納得は出来ず、周りで話を聞いていたC組の生徒達も彰を援護するように、二人の会話に加わる。
「えぇ~? 赤崎君、出番は無いって言うけど、この前の部活勧誘の時に上級生達から迷惑行為を受けてる日和さんを庇って助けたんでしょ? それで何も無いなんて言わせないよ~?」
「そうだぜ赤崎、何ちゃっかりとイケメンムーブしてんのさ。それに怪我した右手を日和さんに治して貰ったって彰からも聞いてんだぜこっちは」
C組でもその手の話題には興味津々の生徒達が、焔に問い詰める。女子達は焔が桜を助けた状況に興味を持っており、男子達は桜が自身の能力を使用して焔の手を治した事を羨ましがっていた。
「おい、何周りに言いふらしてんだよ」
「だって! 完全に役得じゃないか! 涼芽だって羨ましがってたし、焔だけズルいよ!」
「うるせぇ」
彰が思わず席から立ち上がる勢いで大声を出し、焔に詰め寄る。すかさず焔も席から立ち上がり、桜に治療して貰い完全に治っている右手でゴスリと彰の頭をチョップする。
痛みで頭を押さえながら悶える彰を見て、周囲の男子達のテンションを落とした所で、焔は再び席に座る。
「全く、お前らみたいなのがいるせいで、涼芽の奴があの後すっかり過保護モードに入って日和さんを無理矢理クラス委員長にさせたんだぞ」
そうなったのは、元はと言えば焔が右手を怪我する位の事をしたからじゃないかと、恨めし気な顔で焔を睨む彰。同様に男子達も羨ましい事には変わりは無いので焔を見ている。
そんな男子達を見て、焔の言葉を聞いて入学式でのある場面を思い出す女子達。
「でも、過保護と言っても、入学式の時に日和さんと桃瀬さん見たさにA組の教室に群がる男子達から日和さんを庇ったのは桃瀬さんだよね?」
「そうじゃん、それでその後にお姫様扱いからの騎士宣言でしょ? 初日からそれなら過保護になるのは当たり前だよね~」
一部の女子が涼芽のカッコ良さに熱が入った反応をし、あの時廊下にいた一部の男子がその時を思い出してたじろいでしまう。
焔もその日の事を思い出し、彰の顔を見ながら、こいつの元には行かずにA組に留まっていたらと、軽く後悔している。
その後、他愛の無い話を挟みながら、二人の護衛の話になる。
「それにしてもよ、赤崎の奴は右手の件もだけど、今は桃瀬さんと一緒に日和さんの登下校に付き合ってるんだろ?」
「何でお前だけそんなに役得なんだよー? 正しく両手に花状態じゃねえか! これで羨ましがらない男なんて男じゃねえよ!」
男子達は焔の今の状況に憤る。女子達は焔の顔を見ながら、まあ焔ならそれ位の事は良いかと、彼が二人と一緒にいる事には不満は無い。
確かに涼芽の苗字には桃という単語が含まれているし、文字通り桜の名前は花の名前である。そんな二人を容姿も含めて両手に花と形容するのは、自然とも言える。
だがしかし、桜が実は男だったという事実は、幼少期に同じ孤児院にいた焔を含めてこの学校の全員が知らない事であった。
同時に涼芽の内面を詳しく知る焔は、男子達に酷く呆れてしまっている。
「日和さんは確かに花って言っても過言では無いがな……けど涼芽の奴はそんな大層な物かよ」
内心では初恋の相手である桜に今も尚惚れている焔は、ちゃっかりと桜の事はその通りだと褒めつつも、涼芽についてはぞんざいな評価を下す。
「何言ってんだ赤崎! 桃瀬さんが花じゃないってふざけた事を言うな!」
「そうよっ! 桃瀬さんは私達にも親切だし、強くてカッコ良いけどちゃんと美人じゃない!」
当然その評価には納得はいかない男子女子含めた一斉から焔は詰められるが、涼芽は活発過ぎて花のような御淑やかさには欠けるなと彰も同様に思ってはいるので、この光景を見て苦笑いするしかなかった。
周りからの反論を大人しく受け止めた焔は、花と言う単語で今はこの教室にはいないある人物を思い出す。
「……花と言えば、C組の花の桔梗院はどうしたんだ彰? 用事が無い限りは何時もお前にくっついてる筈なのに、今日は此処にいないんだな」
焔の問いかけに、周囲の生徒達は一斉に固まってしまう。焔としても護衛対象であるエリカは若干苦手意識はあるものの、A組とC組とで教室が離れてはいる為、距離を置きたければそれは容易ではあった。
だが、C組の生徒達は違う。此処には彰がいるので普段のエリカの興味は彼に集中してはいるが、基本的に誰に対しても圧のある対応をするので、彼等彼女等はそれに思い悩んでいた。
「桔梗院さんかぁ……確かにあの子も苗字に桔梗が入ってるもんな……見た目だけなら日和さんと同じ位可愛いけど……」
「授業中みたいに静かにしてる時は、抱きしめたい位に小さくて可愛らしいのに、話すととても怖いのよね……もう少しどうにか出来たら仲良くなりたいのに……」
C組の一番の花である彼女は、同様に生徒達一同の悩みの種と化してしまっていた。これからこの現状をどうしたものかと彰も悩んでいると、話の中心となっていた張本人が、影野という護衛役の少女と共に教室に戻って来る。
焔が教室の時計を見る、時刻は既にお昼休みも後一〇分程の時間。今日は何処かで食事を済ませて来たのかとエリカを見ながら考えると、彼女は彰の方を見て、教室内でさっきまで何の話をしていたのかを問いただして来た。
「ねえ、彰様? 先程まで教室の方が賑やかだったようですけど、一体何のお話をしていらしていたのかしら?」
「えっ!? えーっと、そうだねぇ……俺と焔が話をしてたら、周りがそれに乗っかって来ちゃったって感じかなぁ……」
「何を慌ててんだ彰、俺とお前でお互いの護衛対象についての近況報告をしていただけだろ」
言葉が詰まってしまう彰に、焔が正直に話の内容を伝え、思わず反応するエリカに彼は話を続ける。
「涼芽の奴が、桔梗院とも仲良くしたいってうるさくて、どうにかしろと彰にずっと突っかかっているそうだ。今日は何処に行っていたのかは知らないけど、張り切り過ぎな涼芽と出くわさなかったか?」
自分を心配しているかのような焔の問いかけに、エリカはそれに頷き、数十分前にA組で涼芽と出くわした事を思い出し少し機嫌が悪くなる。
「勿論出会いましたわよ。あの方はどうしてわたくしに対してといい、日和さんに対しても、何故ああいう風な態度を取るのでしょうか? 女同士とはいえ、まず話が終わる前に抱き着こうとして来るのはどうかと思いますわよ?」
エリカは涼芽についての文句を彰と焔にする。ガンバルンジャーも涼芽の行動については手を焼いている場面もあるようで、二人は思わず苦笑いになる。
だがしかし、結果として彼女の行為はしばらくすると事態を好転させるきっかけにもなるので、活動して以来それが大きな問題となる事は無かった。
「まあまあ、エリカちゃん。涼芽のアレは君と仲良くなりたいが為の行動なんだ。俺達が言っても止めないし、本人曰く交友関係を良くする必勝法らしいよ?」
「ああ、あれでいて悪気は無いのは桔梗院にも伝わるだろう? それに、男の俺達には出来ない事でもあるし、涼芽が仲良く出来ないと俺達も困る」
「それは、そうですけど。ですが、まずは仲良くなりたいのでしたら、もう少し控えめにして頂きたいのですわ。フレンドリー過ぎてはしたないとは思わないのかしら」
二人からの説得のような言葉を受けて、エリカはそれを理解しつつも頬を赤らめつつも涼芽への不満を口にする。
桔梗院家の産まれとして、令嬢としての教育を受けたエリカにとっては、幾ら悪気は無かろうがまだ其処まで仲良くなってはいない涼芽の行動は、品が無いようにも見えるのである。
「そうは言っても、涼芽があんな反応をするのは相当珍しいんだ。今と同じ事が前にあったのは、半年位前の異世界での小国のお姫様への護衛任務の時だったかな」
「わたくし達以外にも同じ事をしていらっしゃったの!? それも小国とは言え異世界のお姫様相手にですの!?」
彰からの過去の例に思わず驚くエリカ。お姫様相手と同じ反応と言われて、内心では満更でも無さそうなエリカであったが、それ以上に無礼に当たるのではと疑問に思ってしまう。
「相手は俺達よりも歳が下だったから、最初は無礼だとお姫様本人からも怒られて多少はぎくしゃくしたが、どういう訳か知らない間に涼芽は姉のように懐かれていた」
エリカの疑問に答えるように会話を続ける焔。結果として焔達の知らない間に涼芽が護衛対象に懐かれる位に親しくなっていたという話を聞かされてしまうと、エリカはそれ以上は何も言えなくなってしまった。
同時に自身もいつの間にか涼芽に懐いてしまうのかと思うと、思わず身震いしてしまう。
「でもしかし、涼芽がやり過ぎて無いか俺は心配だよ焔。日和さんの方は大丈夫かい?」
「一回、身体測定の時に着替えの際にやり過ぎてたな……俺が確認に行ったら何故か涼芽が日和さんに土下座していた」
なんだそれと呆れる彰。話す途中でその時に涼芽からこっそりと耳打ちされた桜の事を思い出してしまい、若干顔を赤くする焔。
その時に耳打ちされた内容は、主に桜の身体つきについての感想であった。細い腰に、スベスベの肌に、顔を赤くして恥ずかしがる桜の可愛らしさを自慢気に話す涼芽を、羨ましいと思いつつも好きな子を辱める怒りもあって、あの時の焔はどうにかなりそうになっていた。
それを桜自身と、新しく出来た桜の友人である吉田さんに止められて何とか焔は落ち着き、こんな事で取り乱すようではまだまだだなと、あの日は自宅に戻ると一人で猛省していた。
そんな焔の顔を見てエリカは、生徒会室で取り乱していた焔の姿を思い出す。彰も同様にごく自然と桜の事を話し出して心配もしている。
もしかしたら二人共桜に気が有るのではと、そう考えるとエリカは何だか対抗心が出て来る。生徒会室では涼芽以外からはちゃんとした回答を得られなかったので、教室に大勢の生徒がいる中で、二人に対してつい意地悪な質問をするのだった。
「もしかして、お二人はわたくしよりも日和さんの方が気になっていらっしゃるのかしら?」
この場では敢えて女性としてという一文を省いて二人に尋ねる。思わず身体が固まる二人に、静かにこの場を見守っていた周囲は固まってしまう二人の様子に疑問を浮かべる。
その反応に、エリカは気を悪くしながら続けざまに二人を問いただす。
「わたくしと日和さんでは一体何が違うというのですか? 其処まであからさまにされてしまえば、わたくしで無くても失礼でしてよ」
エリカの後ろにいる護衛役の影野も、今まで静かに様子を見守っていたが、二人の反応に冷たい視線を浴びせる。その視線は、これでよく平等に扱う等と言えたなと、同じ護衛の任に就く者としての訴えの視線でもある。
徹底的にエリカに仕え、始めからエリカのみを護衛する立場であるという、意思表示を周囲に示す影野の方が、護衛としては誠実であった。
影野からの視線に、彰は動揺してしまう。だが、焔は桜への想いを既にガンバルンジャー内では打ち明けている。そういう意味では自分はもう平等に二人を見られないのだろうと覚悟した焔は、真剣な眼でエリカを見ながら、本心を打ち明ける。
「確かに、俺は日和さんの方が気になってる。これは本当に護衛対象に対して申し訳無いと思う、すまない」
取り繕う事も無く、正直に告白し頭を下げて謝罪もする焔にエリカは思わず眼を見開く。エリカ自身も焔と桜の過去の関係については、噂話程度に耳にしている。
どうやらそれは焔の態度からして、ある程度は本当の事であると察する。エリカも家柄を守る為に見栄を張る事はあるが、初めから自身に脈が無い相手の周りに取り付いて、場をかき乱すような野暮な性格はしていない。
ここで正直に話してくれたので、エリカは焔に固執する理由等無いし、内心では彼を許す事にする。もし、今後自分と桜が同時に危機に陥った際には、彼は迷わず桜の方に向かうのだろうと考える。
「まあ、良いでしょう。焔様は正直におっしゃられましたので、わたくしは別に気にしませんわ。護衛対象も日和さんの方ですし、これからもそちらを優先すれば宜しいですわ」
「ほ、本当か! ありがとう、助かる! だが、内心では優先順位を付けてしまうとは、ヒーローとして情けなくてすまない……」
どうしても護衛対象としてエリカより桜の方を優先してしまいそうになる焔は、己の感情を優先する事を恥じてしまう。
本心でどちらも平等に扱おうとしている涼芽には敵いそうに無いなと思っていると、エリカから自分と桜とでは何処が違うのかを聞かれる。
「それで、焔様には過去の事情もあるでしょうけど、具体的にはどのような部分がわたくしと日和さんとでは違うのでしょうか?」
「そうだな、まず明確に違うと感じたのは、日和さんには自然と周りと仲良くなる人当たりの良さがある」
エリカの質問に正直に対応する焔、人当たりが良い桜に対してエリカの人当たりはさほど良くは無い。それ所か常に周りを威圧して人を遠ざけているような雰囲気は桜とは正反対と言える。
焔からの指摘に、エリカ自身もハッとなり、そういえばそうだなと桜との違いを認識する。もうすぐお昼休みも終わりそうになっているので、焔は簡潔になるように話を続ける。
「日和さんはクラス委員長になった際に、A組の雰囲気を良くしたいとも言っていた。周りもそれを歓迎して応援していた。後は涼芽の介入もあっての事だが、既にA組の生徒以外にも友人もいるみたいだ」
桜は既にA組の外にも友達がいると告げる焔に、エリカはギョッとした顔で驚く。エリカには今まで友達と呼べるような親しい間柄の人物は存在しなかった。側には常に影野がいるので、大半の事は彼女がどうにかしてくれていた。
「日和さんは一際目立つ見た目をしているが、それに付随して性格も良い。そんな彼女と仲良くしたいと思っている連中はこの学校だけでも山のようにいる筈だ」
焔は先程の、桜と仲が良い自分を羨ましがるC組の生徒達の事を思い返す。周りの一同も焔の発言を否定せずに反論の言葉を出せずにいるのがその証明となる。
「それで桔梗院。お前にはこの学校で友達と呼べる存在の奴はいるのか?」
友達という単語に思わず固まってしまうエリカ。
「お、お友達と呼べるような存在はいませんの……わたくしは影野を信頼していますし、影野もわたくしに付き従ってはくれていますが、主従関係がある以上、対等な付き合いとは呼べませんわ……」
自身が求めていた桜との明確な違いの差を存分に指摘され、このままでは桜に勝てないと判断したエリカは、焔にどうすれば良いのか尋ねる。
「焔様。わたくしお友達の作り方等、全然わかりませんの……一体どうすれば宜しいのでしょうか! お、お教えくださいませ!」
偉そうにエリカに言ったものの、焔もあまり積極的に友達を作るようなタイプでは無かった。ただ男でヒーローの彼の周りには、黙っていてもその実力を認めて背中を追いかける連中がいるのも事実であった。
自分のやり方はエリカには全く真似出来ないと思った焔は、丁度目の前に都合の良い存在がいる事に気が付く。
「桔梗院、それに詳しい奴なら丁度このC組にいる。彰、お前の護衛対象なんだから後は任せたぞ」
お昼休みももう終わりに近づいていたので、焔は後の事を彰に押し付けるような形でC組の教室を後にする。彰は焔に反論する間も無く、エリカに詰め寄られる。
「彰様! どうかわたくしにお友達の作り方を、どうかお教えくださいませ! 貴方だけが頼りなんですの!」
小さな身体で縋るように必死に見上げながら、彰に頼み事をするエリカ。その顔は何時ものような威圧する覇気を含んだ物では無く、見た目相応の少女が困り事に真剣に悩んでいる物だった。
雰囲気が違うエリカの顔に、彰も無下にする事が出来なかった。周囲も何時もと違うエリカの顔つきに思わずときめいてしまう。もしこの場に涼芽がいたら、彼女に抱き着こうとしていただろう。
動揺を押さえながらも、彰はエリカに対してまずはありきたりな部分から提案する。
「そ、そうだね。男の俺が何処まで女の子の友達の作り方をサポート出来るかはわからないけど、こういう時は基本は共通の趣味や話題を見つけて、エリカちゃん自身の得意な事をアピールすれば良いと思うんだけど……」
其処まで言って彰は、そういえば自己紹介の時のエリカは相当ひどい事になっていたなと固まる。
エリカ自身も、今はしおらしくなっているが、彼女自身も盛大に場が凍った記憶を思い出してしまう。
因みにではあるが、彰が彼女の事をエリカちゃんと名前で呼んでいるのも、自己紹介の時に自分の事を名前で呼べと彰に強要した事がきっかけである。
「……えっと、エリカちゃん。あの時とは違う趣味や得意な事って何か無いのかな?」
「……申し訳無いのですが、全く思いつきませんの……」
完全に勢いを無くす二人に周囲も固まってしまう。其処に丁度チャイムが鳴って無理矢理この話は終わりを迎えた。
このままでは流石にエリカが可哀想だと思った彰は、せめて最後に一声掛ける。
「あはは、前途多難だね。まずは些細な事でも良いから新しい趣味を作る所からだね……俺にも出来そうな趣味なら一緒にやってみようよ」
「は、はいっ……! わかりましたわ! 頑張りますの!」
エリカの目に気合が宿る。後は彼女の頑張り次第だが、それでも駄目だったら最悪の事態になる前に涼芽に協力を頼もうと考える彰。
涼芽なら彼女と同性だし、自分がカバーしきれないもっと深い所にまで話が出来るだろう。
そう思いつつ、彰は自分の席に座り、エリカも影野と一緒に自分の席に向かって、午後の授業が始まろうとしていた。
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新しい趣味を作ろうと話し合ったあの日から数日程が過ぎた。エリカは影野と共に、桔梗院家の自室にて既に何度目かになる今後の作戦会議を行っていた。
「まさか日和さんがあれ程までに身体が柔らかかったとは……! もし、勝負をしていたら確実にわたくしの負けでしたわ……!」
この数日で体力測定は終わり、桜はその柔軟性を周囲に披露していたという。他の種目ではエリカと似たり寄ったりの成績であったが、身体の柔らかさでは完全に負けていたので、勝負を取り止めて良かったと内心でそう思うのであった。
動きやすい運動用のトレーニング用ウェアを着て、影野の補助を入れつつも彼女が用意してくれたストレッチ等の運動を行っており、少しでも身体を柔らかくしようとしている。
数十分程のストレッチも終わり、自室に置いてある専用の体重計に乗るエリカ。だが、数日程度では結果は思うような数字は出ずに苦い顔になる。
「ぬぅ……! やはり今日もグラム単位で変わる程度しか変化がありませんの……!」
「当たり前ですエリカ様。まずは少しづつ身体を動かしていき、これから運動に対応出来るようにする所から始めていますから」
「ねえ、影野? 本当にこれで効果はあるんですの?」
「正直な事を申し上げますと、エリカ様の身長では大きな数字にはなりにくいと思います。ですが、何もしないのであれば日和様とは今後大きな差になるかと」
「むぅ……せめてわたくしにも、あのようなくびれが出来れば少しは自身に繋がりますと言うのに……!」
自身のお腹に手を当てて、恨めしそうにお腹のお肉を摘まむエリカ。彼女の身長は一四五センチ程であり、桜とは一〇センチも違いがある。
背もスタイルも何もかもが桜には劣っていると思うエリカ。特殊な嗜好を持つ者には十分に魅力的に映るその体型では、当然身に着けている下着も見た目相応に子供っぽさが残る物しか身に着けられない。
彼女の部屋にあるタンスの奥には、桜に対抗するべく人知れずこっそりと購入したが、全然体型に似合わず着用を諦めたS&Rグループの商品である例の下着が眠ってある。
「待っていなさい日和さん……何時の日にかわたくしも貴女のようにスタイル抜群の女になって見せますわ……!」
ここ数日で新たに出来た目標に向かって、自身の女としてのプライドを賭けて熱意と脂肪を燃やさんとするエリカ。そして、桜に対抗するべく他の作戦について動き出す。
「まあ身体の方は日々努力していくとして、当面の問題はお友達作りの方ですわ! 日和さんよりも多くのお友達を作り上げて、わたくしの方がよりお姫様に相応しいと周囲の支持を集める事も重要だと、わたくし気が付きましたの!」
もし、今後勝負に勝った所で、自称するだけではお姫様に認められないのではと、数日前のC組での焔と彰の反応を見て悟ったエリカ。
ならば交友関係を広げ、周囲が自然と自分の事をお姫様だと持ち上げるように、働きかける必要だと考える。それにこれは、入学式の時点で既に桜の方は、泣く程困惑する位には自然と持ち上げられている。
A組の癒し姫等と言う呼び名で密かに囁かれている時点で、この事に気が付くべきであったと数日前にエリカは強く後悔していた。孤高であるだけではお嬢様ではいられても、皆に認められるお姫様にはなれないのだ。
「わたくしでも容易く出来て、尚且つ日和さんのように人当たりが良くて周囲のウケも良い趣味や特技は無いのかしら?」
エリカは考える。そしてふと、桜が友達だと言ったとある少女を思い出す。あの吉田という桜の友達は、お弁当から始まり、話も合い、お互い意気投合して仲良くなったという。
彼女は多少気が弱い部分も見られたが、それでも容姿は桜の側にいても違和感は無い位には整ってはおり、大人しめと形容出来る雰囲気は、あの涼芽よりも友達と呼ぶに相応しいとエリカはそう感じる。
自分にもあれ位の友達がいればとエリカは考えるが、しかし、産まれながらのお嬢様であるエリカは料理等した事が無かった。
確かに料理が出来るのであれば、人当たりも良く見えるだろうし、ウケも良い事だろう。だが、桔梗院家としての家柄を考えてみた場合は、いざ台所に立った所で何をやっているのだと仕えている使用人達に止められる事間違い無しである。
「日和さんの家柄も相当な物でしょうけど、一人暮らしという社会経験を兼ねた名目があるのでしたら、ある程度は自分の事は自分で出来なければなりませんものね……成程、上手くやりましたわね」
桜側からして見ればそんな意図等全然無いのだが、エリカは桜のやり方を評価する。倒すべき相手の戦略を分析し、これに負けずに更に上にも立てる方法を考えていると、影野が提案する。
「でしたら、エリカ様。先日桔梗院家が手掛けるアミューズメント施設が近場にオープンいたしました。視察という名目で其処に訪れれば新たな趣味も見つけられるのでは?」
「そ、それですわ! 娯楽分野で日和さんよりも明るい事を披露出来れば、周囲の興味も惹けますし、勝負の内容にも出来ますわ!」
この間新設したゲームセンターが近場にあるのを気が付くエリカ。娯楽で桜に優位を取る事が出来れば、両方を同時に果たせると途端に気を良くする。
上機嫌のエリカに、ならばと影野は更に提案をする。
「それでしたら、あの吉田様という日和様のご友人も連れて、エリカ様と私で二対二の勝負をするというのはいかがでしょう? 先日、あの方は日和様の従者になるのも良いかなとおっしゃられていましたので」
「成程! お姫様と従者として、息の合う所を見せるという訳ね! そうと決まれば早速明日にでも勝負を申し込みに行きますわよ! おーっほっほっほ!」
次の勝負内容も思いつき、テンションが上がるエリカ。
こうして、桜の知らない所で次の勝負が決められて行くのであった。




