第十八話 質問に答える内に勝手に恥ずかしがってしまいました
◆◇◆
「それじゃあねー! 日和さーん、また明日学校でねー!」
「はい、桃瀬さんと赤崎君も、また明日もよろしくお願いしますね」
桃瀬さん達と一緒に帰宅し、僕の住むマンションの近くまで送られて別れる。別れ際に軽く挨拶を済ませ、彼女達の姿が見えなくなるまで手を振って見送る。
ぽつんと僕一人になると、今日の出来事が頭の中を巡り、不意に息を吐く。これから一体どうなるのだろうか。
「これから僕はどうしたら良いんだろう……一人じゃ何も良いアイデアが思い浮かばないや……」
マンションの階段を上り、僕の状況を再確認していく。
護衛対象の件に、桔梗院さんの存在。情報を集めるという点で、やれる事に制限が出来てしまったと僕はそう思い、このままでは学校生活も想定していない良くない方向に事が進みそうだと不安になる。
グレイスさん達に何か助言を求めたくて、自宅の中に置いてある携帯端末で一度連絡しようと考えが向く。入学式の時は、側にグレイスさんがいてくれた為に不安な事もその日の内に解消することが出来た。
改めてその存在に有難さを感じつつ、レオ様にも会議の時以外でも緊急時には何時でも連絡しても良いと言われた事を思い出す。僕一人ではどうしようも出来ない事情でもあるので、今がその時なのではと思うと少しだけ心も軽くなる。
ただ、初めて行う緊急時の連絡は僕一人で報告するには心細い。階段を上り自分の部屋の階に着くと、とある部屋の扉に目が向かう。其処は僕の護衛役として、一緒にここに越してきたメイさんの部屋だった。
桔梗院さんが護衛の影野さんを連れていたのが印象に残っていて、僕もふと、こういう時によく見知った顔の人が側にいて欲しいと感じ、僕の部屋の扉を超えて、メイさんの部屋の扉に立つ。
出掛けていたりはしてないだろうか? 今は部屋にいるのだろうか? と思いつつも、一呼吸して僕はインターホンを押す。
少しすると、部屋の中から音がしてメイさんの声が聴こえる。
『おかえりなさいませ、桜様。今日は一体どうなされましたか? 何か私に用事でもありますのでしょうか?』
「た、ただいま、メイさん。実は、今日学校で起きた出来事について、これからシャドウレコードに報告しようと思っているんだけれど……報告する前に一応メイさんにも話を聞いて貰いたくて……」
『……了解しました、桜様。私で宜しければ、何時でも側についております。ご安心ください』
そう言うと部屋の扉が開かれ、メイさんが出て来る。お弁当を作り始めてから何時も晩ご飯を作る時に一緒に料理を作り、料理方法を教えて貰う為に側にいる機会も多いけれど、何故か今日はメイさんの顔を見ただけでとても落ち着く感じがした。
「急にゴメンね、一人じゃ心細くって、それに僕に関する事で報告する必要があるのに、折角一緒に着いて来て貰っているメイさんがいないんじゃ、何だか仲間外れにしちゃうんじゃないかって思っちゃって……」
僕の言葉に、少し不思議そうな顔をするメイさん。けれど、それも一瞬で表情を戻し微笑んでくれる。
「いえ、桜様を護り、お支えするのが私の使命ですので幾らでも御頼り下さい。ここでは話もなんですし、さあ、早くお部屋に向かいましょう」
僕が今日、メイさんに頼るような行動に出たのは、桔梗院さんは僕に影野さんを自慢していた事もあり、それが何となく気になった為の行動になる。
それなのにメイさんは嫌な顔をせずに、僕に頼られる事がまるで嬉しい事のように振る舞ってくれている。僕の部屋の扉を開けて、一緒に中に入ると僕がゆっくりとくつろげるように、着替え等をしている間に色々と気遣ってくれていたりもしてくれた。
何時もはご飯時に僕に料理の方法を教えに来てくれるメイさんを、それよりも早い時間でわざわざ僕の方から呼んだ事もあり、最初はどうしたのかと不思議そうな顔をしていたが、今はただ静かに何時でも僕が話が出来るタイミングを待っていてくれている。
私服に着替えて、寝室に置いてあったシャドウレコードへの連絡用の携帯端末も持ち、い間に用意されたクッションに座る、同じく横に並べられたクッションにメイさんも一緒に座っている。ちゃぶ台には用意してくれた飲み物がコップに注がれて置かれており、僕はそれを手に取り口にした。
落ち着いて話せる機会が訪れたので、僕は今日の出来事をまずは坦々とメイさんに伝えて行く。
「……と、いう訳なるんだけれど、僕の中ではこういう時にはどうしたら良いのかわからなくって、報告するべき事態だと思うんだよ」
お嬢様として産まれ育った女の子に、女の子としてライバル認定されて、どちらがよりお姫様として相応しいかと言う勝負だなんて、自分でも言ってて良くわからない気持ちになって来る。
もし、これが男らしく逞しい身体に育った僕が、希星高校に入学した先で赤崎君達に目を付けられてからの、男らしさの勝負を申し込まれていたら少しはワクワク出来たのだろうか。
今の身体になった僕では、それも何だか違う気がするなと思いつつも、話せる事は全て話し終わったので、ただ静かに話を聞いてくれていたメイさんに目線を向ける。
話を聞き終わり、メイさんは優しく微笑みながら僕の頭を撫でてくれた。
「それはとても大変な一日でしたね。よく頑張りました桜様。話を聞いて、私の考えも今すぐにでも報告なさった方が宜しいかと思います」
僕よりも少しだけ年上で、それでいて頼りになるメイさんに撫でられる事で、ようやく落ち着けた僕は気持ちがとても楽になる。メイさんもこれはシャドウレコードに報告するべきだと思うらしく、頭を撫でられつつも続けざまに話は続いていく。
「ですが、話の内容に少し桜様の身体的な事情も含まれておりますので、これをグレイス様以外の四天王の方々に知らせるのは、桜様もお恥ずかしい事だと思われますが」
今日の出来事を伝える上で、確かに僕の身体の事も内容に入って来る。思わずあっと声が出て、手にした携帯端末を見つめると、少し顔が熱くなる。メイさんやグレイスさんに伝えるのは、アドバイスを求める身としては必要な事なので、多少恥ずかしくてもきちんと伝えられるのだが、他はそうはいかない。
「ど、どうしよう……今から連絡して、出てくれるのがグレイスさんならそれで良いんだけれど、これがレオ様だったら、僕、ちゃんと伝えられる自信が無いよ……!」
メイさんのお陰で、落ち着く事が出来たのに、連絡した際に向こうに誰がいるのかまでは考えていなかった。今まで僕は誰かから連絡が来た時に受け取る側専門だったので、一人で連絡する側には慣れていない。携帯端末を両手で握り締め、一人困惑してしまう。
「初めて連絡した時は、側にグレイスさんもいたし、全員いる状態だって言うのも知っていたから全く焦る事は無かったのに、どうしよう、どうしよう……!」
「落ち着いて下さい桜様、誰が出られるかわからないような時は口頭でご説明なさるより、一度気にしている部分だけを出来るだけ省いた文章にしてから、後日グレイス様個別で対応願えるか伝える方が宜しいかと」
「そ、そうか……! 何も直接連絡しなくても、一度文章で近況を伝えてから別の日に改めて予定を立てた方が、僕も向こうも確実に相談出来るようになるよね……! そう言えば、僕以外の他の人に連絡する時は前もってそうやっていた覚えがあるよ! メイさんありがとう!」
メイさんのアドバイスにより、僕はこの状況を乗り越えられる方法を見つけられた。自分一人だけだったら、絶対パニックになりながら受け答えをする向こうの四天王の誰かに、事細かに自分の恥ずかしかった出来事まで言っていたかもしれない。
そう考えると、やっぱりメイさんを呼んで側にいて貰っているのは、とても大事な事だった。
僕は作戦用に渡されている専用の携帯端末で、今日の件を文章に纏めて報告をする事にした。向こうに送る文章は、何時誰が読むのかわからないので、着替えや身体測定の部分は省きつつも、今回の件で再度グレイスさんのみを指定した状態で、細かい部分を連絡相談が出来ないかと記載しておく。
文章を確認して送信し、疲れからか、思わず部屋にあった大きいクッションに身体を倒す。我ながらメイさんのいる前でだらしない事をしているなと思いつつも、そんな僕を見てメイさんは何か注意をすると言う事も無く、微笑んでいた。
「お疲れ様です、桜様。時間ももう夕方に入った頃ですし、報告を見て返事が返って来るには時間が掛かるでしょう。少し早いですが、これから夕食の準備をしながらゆっくりと待ちましょう」
部屋に備えかけてある時計を見ると、思っていたよりも時間が経っていた。ここまで付き合ってくれていたメイさんにお礼を言う為に、クッションから身体を起こす。
「そう言えばもうそんな時間になるんだ。メイさんと話をして、それから報告する為の文章を書いているだけで結構時間が掛かっちゃったね。今日は本当にありがとう、メイさん」
「いえ、桜様が身体を変えて女性として潜入生活を行う上で、何か気に病む事が無いように、常に側にいて不安を解消する為に助言を行うのは私の使命ですから」
そう言うメイさんの言葉は、今の僕にはとても心強く感じる。その事に感謝をしながら、二人で晩ご飯の支度をし始める。
何時もよりも少し早い時間に支度に入った為、メイさんも少し手の込んだ料理を僕に教えてくれた。一つ一つ丁寧に工程を教わりつつ、晩ご飯の時間までに作り終えると、携帯端末に返信が来た。
晩ご飯を食べる前に確認しても良いかとメイさんに尋ね、了解を貰うと恐る恐る返事を確認する。
どうやらレオ様達に僕の報告の内容は無事に伝わっており、向こうからも桔梗院家への追加調査を開始すると共に、決して無理はせずに、今は護衛に選ばれた二人の観察を優先するようにと、レオ様からの指示もある。
グレイスさんへの頼みも無事了承されて、土曜日の午前十時頃に連絡をして欲しいと書いてある。無事に報告が出来た事に僕は安堵し、その事をメイさんにも伝えて一緒に食事を摂る事となった。
食事を済ませた後は、メイさんは自分の部屋に戻り、僕も明日のお弁当や授業内容の準備をしてから入浴を済ませて、眠りに就いてその日を終えた。
◆◇◆
護衛の件で生徒会室へ向かい、そこでもう一人の護衛対象になった桔梗院さんとの衝撃的な出会いを経て、日が過ぎて行く。
勝負を持ちかけられた日の翌日、通学路での待ち合わせ場所で桃瀬さん達と登校し、A組の皆と挨拶もして学校生活が始まる。
午前中の授業が終わり、吉田さん達とお昼を食べ、午後の授業も何事も無く済み放課後になる。桃瀬さんと赤崎君は、桔梗院さんが何時僕の元にやって来るか見張っていたけれど、想定していた彼女の突撃は起こらず、他の組の身体測定も何事も無く行われていった。組事に時間を分けて行われている為、その間は何事も無く静かに学校生活を迎えていた。
桔梗院さんとの一件が進展しない限りは、僕の護衛担当は同じA組の桃瀬さんと赤崎君で当面の間は行われていく。この事にガンバルンジャー側からは僕に何も不都合になるという事は言われず、ただ、桃瀬さんが桔梗院さんと仲良くなれるきっかけが得られない事を不満気にしているというだけだった。
その日は結局平穏に済み、家に帰宅してメイさんとゆっくりと過ごしながら週末を迎えた。
そして土曜日になる。約束の時間が来るまでにそわそわしていた僕は、部屋が散らかっていないか確認をして時間を潰していた。因みに、今日は朝からメイさんも僕の部屋にいて貰っていて、今日の連絡の際に一緒にいても良いかと言う許可も貰っている。
「大丈夫ですよ桜様、お部屋は十分に綺麗です。グレイス様に見られても何も注意されるような事はございません」
「そ、そうだよね、僕もわかってはいるんだけれど、なんだか気分が落ち着かなくって、普段とは反対の事を一人でやるって言うのは大変だよ」
部屋の時計を見る。指定された午前十時頃になる。正確にはまだ十時丁度になるには、後十分程早い。
「今日は私もいますのでご安心下さい。そろそろお時間のようですし、グレイス様も普段の桜様の行動を知っておられますし、向こうの方も既に待っておいででしょうから、連絡の方もしても宜しいかと思われます」
少し早いかなと思ったけれど、メイさんにそう言われてしまう。クッションに座り前回やった通りに端末を操作すると、言われた通りに直ぐに通信が出来た。
「うふふ、桜ちゃん、メイちゃん、数日ぶりね! 護衛の件聞いたわよ。私達も思っても無かった事が連続して起きてて大変だったみたいね」
モニターには何時も会議で使用している会議室では無く、自室にいるグレイスさんが映っていた。見た目もこちらに来る時用の姿では無く、グレイスさん本来の赤い髪に紫色の瞳の姿で、服装もそれに合わせた妖艶な物だった。
僕が引っ越す時からグレイスさんは姿を変えていたので、この姿を見るのは久しぶりになる。
「グレイスさん! おはようございます! 僕が引っ越す時に着いて来てくれたグレイスさんの姿は変装していた姿でしたから、その姿を見るのは久しぶりですね」
「そう言えばそうなるのかしらねぇ、桜ちゃんは相変わらず可愛い姿ね。それで、わざわざ私のみで連絡をしたいという事は、レオ様達にあまり相談したくない内容だったりするの?」
モニターの向こうのグレイスさんは、そっと微笑みながら僕を見つめる。話をする為に先日起きた事を思い返すと、いまだに恥ずかしさがあるけれど、助言を貰う為には話をしなければならない。
「そ、そうなんです……実は報告をする前に、一度メイさんにも相談をしていまして、それで、このような方法を取った方が良いと言われたんです」
あら、まあ、とグレイスさんはメイさんをちらりと見つめると、僕に視線を再度向ける。僕は一呼吸おいてから、報告する際に文字には出来なかった身体的な事情を話し始めた。
もう一人の護衛対象の桔梗院さんからの勝負宣言から始まり、提示された勝負内容から、一緒にいた桃瀬さんが彼女に僕の事を何から何まで伝えて、それを何とか乗り切った事まで、一連の流れを一通り話しきる。
それだけで最早頭の中がいっぱいいっぱいになってしまっていた僕は、女の子として真剣に対抗意識を向けて来る桔梗院さんを、今後どうやって対処すれば良いのかを悩んでいる事を、グレイスさんに何とか伝える。
適当にあしらうにも、正面から向き合うにも、知識も経験も何もかもが足りていない。このまま一人で抱えていてはいずれボロが出て、それこそ女の子になった最初に、グレイスさんに言われた通りに周囲から怪しまれる危険すらある。
僕が話し終わるまで、グレイスさんは真面目な顔で真剣に聞いてくれていた。不安になる僕に、グレイスさんはキリっとした目でこちらを見つめて尋ねて来る。
「そうねえ桜ちゃん、一つ聞くけど、身体測定の時に更衣室で周りから下着姿を見られて、その姿を桃瀬さんが桔梗院さんに、耳打ちしながら事細かに伝えたって言うけど、桜ちゃん、その時はちゃんとした下着を身に着けてた?」
グレイスさんの質問の意図がわからない。けれど、これに何か意味があるのかもしれないと僕は考え、きちんと答える事にする。
「は、はい……引っ越しの際にグレイスさん達に連れられた下着屋で購入して貰った、見られても困らない物を言われていた通りに身に着けていました。桃瀬さんを含めた女子達に色々と身体を触られて、とても大変でしたが、似合っているとか、腰が細いとか良くわからない事を言われました」
シャドウレコードが、表向きに経営している会社、S&Rグルーブが販売している下着を身に着けていた筈。ブランド名は何だったのかは余り良く覚えていないけれど、確かにデザインはとても可愛らしい。周りの女子からも似合っているとは言われていたが、いまだに下着姿になった僕自身の姿を、僕は恥ずかしくてまともに見れていない。
家で着替えや入浴をする際に、鏡に映る下着姿の女の子は、どう見ても僕自身だとは頭の中ではわかってはいても、何だかとても良くない物を見ている気持ちになって、凄く悪い事をしてしまっていると思うのだ。
そんな自分自身の事なのにいまだに慣れない複雑な感情で顔が熱くなるけれど、グレイスさんの返事を聞く為にモニターに視線を向ける。
僕の返答を聞きつつ、表情も見ていたであろうグレイスさんは、凄く満足している笑顔を向けていた。
「よくやったわ! 桜ちゃん! お姉さん、桜ちゃんが地味な下着で着替えをしていないか不安だったけど、ちゃんと私の言いつけを守っていてくれたのね!」
「え? は、はい、S&Rグループの、ブランド名は全然覚えていないんですが、僕が見ても……可愛いと思うのを身に着けてました……」
自分で言っていて凄く恥ずかしい。とても仲が良くて、見知っているグレイスさん相手に伝えるだけでもこんなに恥ずかしい思いをしているのだから、レオ様達相手に聞かれていたら僕はすぐにでもその場に倒れてしまうのでは無いかと思ってしまう。
「うん、うん、大丈夫よ桜ちゃん。私とメイちゃんが選んだ下着はね、今の桜ちゃんにとっては、最先端の強化装甲技術で作られたどんな戦闘服よりも、最強で無敵になれる伝説の鎧と言っても過言では無いのよ!」
堂々と自身たっぷりに語るグレイスさんに、僕はどう反応すれば良いのかわからないでいると、側にいるメイさんから補足で説明が入る。
「桜様が今身に着けていらっしゃる下着は、S&Rグループが手掛ける『プリンセスブルーム』と言うブランドの物です。主に一〇代から二〇代の若い女性を対象としたブランドで、コンセプトは”健気でひたむきな女の子が、お姫様として輝けるように”との事で、グレイス様も開発に携わっております」
メイさんからの説明を聞いても、僕の頭がいまいち内容を理解する事は出来なかった。ただ、お姫様という単語は強い印象を受けた。
突然の話について行けずに、二人に置いていかれる僕を他所に、グレイスさんはとても嬉しそうに微笑んでいる。
「デザインに気合を入れて作ったは良いんだけど、やっぱり着る人を選ぶから売上はそこそこなんだけどね、憧れる子は多いから需要自体はとっても高いのよ~。其処にお姫様みたいな女の子になった桜ちゃんが現れた事によって、私の中でも解像度が一気に上がって大満足なの、うっふふ」
「……はぁっ!? え、ええぇっ!?」
微笑みながら、そう話すグレイスさんの視線に、驚き過ぎて、僕は思わず服の上から自分の胸を両腕で隠してしまった。
顔の熱さも限界になり、押さえた胸から心臓の音が腕越しに伝わる。それに、特に悲しい訳では無いのだけれど、どういう訳か何故か視界が徐々に滲んでしまう。そんな僕の姿を見て、グレイスさんとメイさんも慌てた様子になってしまった。
「ちょ、ちょっと!? 桜ちゃん! 決してそう言うつもりじゃないのよ!? 私が言いたかった事はエッチでいやらしい事とは違うのよ! だから、泣かないでぇ! メイちゃんからもどうにかしてよ~!」
今後の事で不安だった僕が、其処に恥ずかしさも加わって、自分でも良くわからない感情になってしまう。
ただ、頭が混乱しすぎただけで、お姫様扱いされ過ぎてどうしたら良いのかわからなくなった前の時とは違って、ただ視界が滲む程度の涙であったが、僕が落ち着くまでグレイスさんはひたすら謝ってくれていた。
落ち着いた後は、質問の意図を最初から説明されるのであった。
「……と、いう訳なのよ。決して恥ずかしがる桜ちゃんを楽しんでた訳じゃ無いのよ、ごめんなさいね」
「いえ、僕も、いまだに自分の裸や下着姿を見慣れていないので、質問に答える内に勝手に恥ずかしがってしまいました……質問の意図も理解しましたし、こちらこそ申し訳ありませんでした」
グレイスさん曰く、僕の身に着けている下着は、憧れからの需要こそは高いものの、着るには相当の容姿やスタイルを要求される代物で、名実共にお姫様な物らしい。
開発に携わっているグレイスさんも認める程にこの下着を着こなしている僕は、着替えの際の出来事があって、其処から桃瀬さんを経由して桔梗院さんにも情報が伝わっている。
つまり僕は、桔梗院さんからの女の子のプライドをかけた真剣勝負に、どうしようか一人で悩んでいた知らない内にこれに真っ向から挑み、全力を出して圧倒していると、グレイスさんからそう分析される。
果たしてそんな事があるのかと思ってしまうが、身体測定が終わった後のA組の女子達の表情や、急遽勝負を取り止めて、完全に勢いを失っていた桔梗院さんを見れば、分析も的を得ているようにも思える。
「今の桜ちゃんはね、女の子としての知識や経験は、それはまだまだ足りて無いと言えるでしょうけど、それでも他の子よりも圧倒的な部分の方があるのよ」
モニターの向こうのグレイスさんは落ち着いた僕を見つめ、一息つきながら説明をしてくれている。
「その圧倒的な部分で、桔梗院さんを静かにさせたのだから、もしまた勝負を挑まれても今回よりも過激な内容にはならないでしょうね」
「ですが、桔梗院さんの言うお姫様の勝負と言うのは、具体的にはどんな事で競うのでしょうか? 僕は最初、経済力や政治力と言った分野で挑まれるのかと思っていましたから、今後何をされるのか全く想像がつかないんです」
僕が思い悩んでいると、グレイスさんはクスクスと笑い出して、僕の言った勝負は無いと言いたげな顔になる。
「ふふ、そんな可愛らしく無い勝負、絶対起きないでしょうね。桜ちゃん相手にそんな勝負を挑んだ所で、何がどうお姫様な結果になるのかしら。それで、どうかしら? まだ不安に思うような事はある?」
グレイスさんの言葉を聞いて思い返す。護衛対象の件は、報告した際に既に返事を貰っている。桔梗院さんの家の件は、僕の調査範囲では無いので無理をする必要は無いと言われている。肝心の桔梗院さんとの勝負も、悩んでいた僕を他所に圧倒的な返事をしていた事になる。今後の勝負内容は、彼女の出方次第になるけれど、グレイスさんはそこまで過激で不安になるような勝負にはならないと予想している。
「今の所、もうこれ以上思い悩んでいてもどうしようも無いのかもしれません。それ位には抱えていた不安や悩みは解消されたと思います。グレイスさん、途中取り乱してしまいましたが、今日は本当にありがとうございました」
「あら、それは良かったわ。また何かあったら連絡して貰って大丈夫だからね。今日はこれからどうするつもりなのかしら?」
グレイスさんから今日の予定を聞かれる。今日は桃瀬さんからの提案で、上田さん達と南野さんと吉田さんも一緒に、周辺にある施設を僕に教えてくれる予定になっている。日曜日には今回の件でメイさんに何かお礼をしたいと尋ねたら、一日一緒にいて欲しいとお願いされている。
「今日はこの後、桃瀬さんの提案で、新しく出来たお友達と一緒に周辺の施設を僕に教えてくれるそうなんです。なので、お昼は珍しく外食になるんです」
「ふふ、それは楽しそうね、私の方も、まだ少し先にはなるんだけど月末にはゴールデンウィークになるじゃない? 桜ちゃんが良かったらだけど、またそっちの方に様子を見に行っても良いかしら?」
「本当ですか! 是非とも来てください! その時はメイさんと三人でまた何処かに出掛けたりしてみたいです」
グレイスさんの提案に、僕は喜んで返事を返す。メイさんの方に顔を向けると、メイさんも嬉しそうに微笑んでいる。
「グレイス様、本日は本当にありがとうございました。私一人では、桜様の悩みを聞く事は出来ますが、其処から問題解決の糸口を見つけ出す事までは出来なかったと思います」
「あら、メイちゃんも気を利かせて、私だけに連絡するように桜ちゃんにアドバイスしたじゃない。それに私だって桜ちゃんを少し泣かせちゃったし、まだまだ未熟者よ。それじゃあゴールデンウィークでまた会えたら、その時にはお友達のお話いっぱい聞かせてね?」
グレイスさんが手を振って別れの挨拶をすると、僕達も手を振って見送って通信を終わらせる。時計を見ると、まだ十一時にはなっていない位だった。
「さて、桜様。この後は外出なさる予定でしたよね? 準備の為にお着替えの方をした方が宜しいかと」
「うん、部屋着のままだと駄目だもんね。あっ、そうだメイさん。僕一人じゃまだこういう時どんな服装が良いのかわからないし、一緒に服を選んでくれる?」
「はい、かしこまりました桜様。とびきり可愛らしい格好にして差し上げます」
とびきり可愛らしい格好というのは断りつつも、メイさんと一緒に外出用の服を選ぶ。着替えて準備を済ませて家を出る。僕が家を出ると同時にメイさんも自分の部屋に戻るみたいで、一緒に外に出る。
「それでは桜様、行ってらっしゃいませ」
「うん、メイさん行ってくるね!」
メイさんに手を振ってマンションを出る。待ち合わせ場所は何時もの通学路と同じ場所。少ししたら桃瀬さんがやって来るので、他の待ち合わせ場所に一緒に向かう。
今日と明日の天気予報は、お出掛けするのにピッタリなのどかな晴れだった。




