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第十七話 私達はこれから一体何を競って勝負をするというのでしょうか?




 僕の前に立つ桔梗院さんはドンと胸を張って、堂々とした姿勢で一方的に僕をライバルだと言い放つ。


 それだけでは無く、更にはこの学校のお姫様の座を賭けて僕と勝負をしようと対決を申し込んで来た。僕は彼女と出会って間も無いのだけれど、既に何度もその言動に驚くばかりである。


 僕はどう反応すれば良いのかわからず、この勝負に、どう返したら良いのか言葉を出せずにいると、桃瀬さんが桔梗院さんに話し掛ける。


「えっと、桔梗院さん? どうして貴女と日和さんがお姫様勝負なんて事になるの? 桔梗院さんだって負けない位に可愛らしいから、私はお姫様が何人いても嬉しいんだけどなぁー?」


「そうだ、涼芽の言う通り我々は護衛対象が二人ならば、二人共平等に扱うつもりだし、そこに差は無いと約束する。それでも何か気に障るような事があるのなら、今ここで俺達に教えて欲しい」


 桃瀬さんの説得に、青峰先輩も続いて話を続ける。その話を聞いて、桔梗院さんはフンと鼻を鳴らして、青峰先輩の方に顔を向ける。


「あら翠様、護衛は二人ですけど、貴方達ガンバルンジャーは五人なのでしょう? でしたらその内訳の程は一体どのようになさるのでしょうか? まさか、わたくしには影野がいますからその分護衛を減らすとはおっしゃりませんわよね? そのように扱われるわたくし達は本当に平等になるのですか?」


 桔梗院さんの言い分は、ガンバルンジャー五人を二組に分けると、三人と二人になってしまうのではないかという意見だ。僕自身も護衛を分けられてしまうと、今後の調査にも影響が出るかもしれない。


「いや、俺は生徒会長という立場もある故に、学校内では色々な事をやらざるを得ないので俺は後方で全体を見守りつつ、当面の間は日和さんには、同じA組の涼芽と焔を護衛に就け、桔梗院さんには同じC組の彰と、武志を護衛に就けようかと思っている」


 青峰先輩はそう言って、桔梗院さんを説得しようとしている。確かにそれなら人数は二人ずつになるし、僕としても調査に支障が出る範囲もそれ程でも無い。


 それぞれの立場の事情もあるだろうし、護衛対象が二人になった都合、これが無難な手だとは思うけれど、それでも桔梗院さんは不満気な顔をしている。思わず桃瀬さんが彼女に駆け寄ろうとすると、ムッとした表情で僕を睨み付けるような顔になって口を開いた。


「それでしたら貴方達は今、わたくしとそちらの日和さん、どちらをより女性として好意的に見ていらっしゃるのかしら? 聞いた話では、最初は日和さんだけを護衛しようと思っていたらしいじゃありませんか」




 何処かムキになった顔で、桔梗院さんがとんでも無い事を言い放った。その爆弾発言に、ガンバルンジャーの面々は一斉に動きが固まり、彼等の視線は何処か桃瀬さんの方を向いていた。


 視線を向けられている桃瀬さんは、慌てて自身の意見を述べていく。


「え、えーっと……私は、最初に日和さんに出会ってそのまま同じA組にもなっていたから、日和さんについ夢中になっちゃったけど、C組にも桔梗院さんがいるって彰から教えて貰っていたらそっちにも出張してたからっ! こ、これはホントの事よ!? 信じて桔梗院さんっ!」


「貴女には聞いておりませんのよっ! 大体貴女は同性の筈なのに、わたくし達を見る目が嫌らしいのですわっ!」


 桃瀬さんはすぐさま桔梗院さんの側に駆け寄ろうとしたが、そのまま彼女に拒絶される形で距離を取られ、そのショックで思わず床に崩れるようにうな垂れてしまう。


「そんなぁ……私はただ、日和さんとも桔梗院さんとも女の子同士で仲良くしたいだけなのにぃ……それは確かに日和さんからはやり過ぎな所があるって言われたけど、まさか桔梗院さんからも嫌がられるなんて……」


「やり過ぎって一体何をしましたの!? この方本当に大丈夫なんですの?」


 桃瀬さんの独特な接し方に、思わず調子が崩れる桔梗院さん。ガンバルンジャーの他の面々も桃瀬さんをまるで全ての元凶と言わんばかりの視線で見つめている。


 僕はその桃瀬さんから、救いを求めるかのような目で見つめられている。入学当初に助けて貰った恩もあるし、とりあえず僕を護衛する話になった経緯を桔梗院さんに説明する。


「桔梗院さん、私を護衛しようという話になったのは、入学式の際に私が目立ち過ぎたからなんです。その件で桃瀬さんには助けて貰いましたし、不審者事件も起きましたから、それで余計に本気になったんだと思います」


 入学式で僕の身に起きた出来事を話していく。不審者の件もニュースになって報道される程の規模であり、ヒーローであるならばこの行動を起こすのは想像の通りだろうと話す。


 桔梗院さんは僕の話を聞き入り、自身の顎に手を当て何かを考え始める。更に付け加えてもし彼女が僕の立場だったなら、きっと同じ事をしてくれただろうと説得を試みた。


「あの時桔梗院さんが私と同じ事になっていたら、桃瀬さんは同じように助けていた筈です。信じてあげて下さい」


「……ふうん、どうやら噂で聞いた話と合わせて本当のようですわね……まあ、入学初日に他のクラスから突然貴女の騎士だと言い寄って来る女子が来られても、それはそれで困り物でしたけど」


 僕の話を聞いて、桔梗院さんは僕と桃瀬さんを交互に見つめ、少し考えて一応本当の話だと信じてくれた。けれど、彼女が納得したのは護衛の件での話だけで、ガンバルンジャーの面々が女性として好意的に見ているのはどちらなのをはっきりとさせたい様子だった。


「それはそれとしておいて、翠様達はわたくしと日和さん、一体どちらを女性として好意的に見ていらっしゃるのかしら? 護衛対象の異性二人の内どちらか一方を好いている時点で、平等という視点からは程遠いと思いません?」


 ずいっと一歩前に出る桔梗院さんに、思わずたじろぐ青峰先輩達。さっきまでうな垂れていた筈の桃瀬さんはすっかり調子を取り戻して何故か彼女のフォローに入る。


「まあ、護衛として割り振られた側が、もう片方の護衛対象にやたらと情熱的な視線を向けていたら、確かに護られる側としては不満もあるのはわからないでも無い話よねぇ」


 桔梗院さんの言う事に理解出来る部分があるのだろう、立ち上がった桃瀬さんは彼女の言う言葉に耳を傾けてうんうんと頷いている。


「私は両方とも仲良くしたいから、これからは楽しみが二倍になって嬉しいんだけどね」


 調子を取り戻した桃瀬さんは、僕と桔梗院さんどちらも好意的だとアピールをし始める。


 桃瀬さんの思い掛けない行動に林田先輩を除いた他の三人は、僕と桔梗院さんを交互に見ては、的確な言葉が思い浮かばないのか、何も言い出せないまますっかり狼狽えてしまっている。


 どういう訳か、赤崎君は特に狼狽えた表情をしており、僕の顔を見て非常に申し訳無さそうな顔をしている。何も言えない彼等に、桔梗院さんは生徒会室の周りをざっと見渡して、一つ息を吐いた後に僕を見つめて来る。


「翠様達が何もおっしゃらないようでしたら、平等に扱うという保証は何処にもございませんわね。それでしたら尚の事、先程も申し上げた通りにわたくし達でどちらが上なのか、優劣をつけるべきではありません? 日和さん」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべて圧を込めた表情で桔梗院さんは僕を見る。思わず後ずさりそうになるけれど、心の中でグッと堪えていると、話は続いていく。


「それに、このままわたくし達が、はいそうですかとこの話をすんなりと受け入れた所で、周りの目という物はどう動くのでしょうね?」


 周りの目と言われて、僕は心当たりがあり思わずハッとなってしまう。そんな僕の顔を見て確信を得た表情をする桔梗院さん。


「きっとある事無い事勝手に思いますでしょうし、まさかその事を尋ねられる度に、その都度返事をなさるおつもりですの?」


 桔梗院さんのその言葉に、僕は確かになる程と感心してしまう。確かに、入学式の日の件であれだけ騒ぎになって、今日もまた部活勧誘と言う出来事があったばかりだ。僕の見た目は自分で思っているよりも騒ぎの中心になりやすい。


 僕は別にお姫様を名乗りたい訳では無いのだけれど、僕の容姿を好意的に見てくれている人達が多いのも事実。ここで僕が何もしない事で、何か良くない方向に騒がれる事を懸念しているのだろう。


「ですが、それでどうして私と桔梗院さんで、その……お姫様? 勝負という話になるのですか? 私は別に、自分からそう名乗った訳では無いので、出来れば穏便に済ませる方法を探した方が……」


 僕が勝負を避ける方向で行こうとすると、それを良しとしない顔で桔梗院さんが僕を見つめる。僕にぶつかりそうになる勢いで近づいて話掛けて来る。


「それではわたくしが納得出来ませんの! 良いですの? わたくしは由緒正しき桔梗院家の人間でしてよ、見た目にもはっきりと能力者としての証が出ていますし、それでわたくしと同じ立場の者がいらっしゃるのなら、ここでわたくしが上でなければ桔梗院家としても、女としてもプライドが許しませんわ!」


 左右に結んだ青紫の髪を大きく揺らし、ここにいる誰よりも小柄な身体に目には僕に対する対抗心を宿している桔梗院さんが、真剣な顔で僕を見つめている。ここに来て女の子として負けられないと言われてしまい、とても複雑な気持ちになってしまう。けれど、理由はどうであれこんなに真剣な顔をする人を、いい加減な対応であしらう事は僕には出来ない。


 手に自然と力が入り、自然と握りこぶしになる。勝負の結果で今後がどうなるのかはわからないけれど、それでもやるからには桔梗院さんが納得出来るような形で決着がつくまで付き合ってあげたい。


「わ、わかりました……! 桔梗院さんが言う勝負、引き受けます。その勝負で桔梗院さんが勝てば貴女が上で良いです。……ただ、私が勝てば、どちらが上か下かで判断するのは止めて、一緒に穏便に済ませる方向で考えて下さい」


 僕は向かい合う桔梗院さんに、出来る限りのきちんとした対応で勝負を受ける事を伝える。僕が承諾した事が嬉しいのか、桔梗院さんの顔が何処か緩んだ様な気がした。


「フフン、それでこそわたくしが認めたライバルですわ。ただ、自分が勝った時の条件を要求をするとは、既に勝った気になったおつもりですの? こっちも負けてやる気はありませんのよ! お~ほっほっほっほ!」


「ちょっと! 男子達! あんた達がハッキリしないせいで二人が勝負する事になったじゃないの! 私はどっちとも傷ついて欲しく無いのに、そんな事になったらどう責任とるのよ!」


 勝負という物騒な単語で、僕達の周りで桃瀬さんがハラハラとしており、そうなった要因にも不満な声を上げている。


 そう言えばお姫様勝負という言葉だけでは内容を把握出来ない謎の勝負、具体的にどのような事をして勝敗を決めるのだろうか。僕はつい気になって、桔梗院さんに内容を確認する。


「あ、あの、桔梗院さん。それで、私達はこれから一体何を競って勝負をするというのでしょうか? お姫様に相応しい要素を具体的な部分で教えていただけませんか?」


 僕が確認を取ろうとすると、それに桃瀬さんも気になったのか、そう言えば何をどうするのかといった顔で桔梗院さんの方を見ている。蚊帳の外になりつつあった他のガンバルンジャーの面々も、護衛対象同士で暴力的な事はして欲しくは無いといった視線を彼女に向ける。


 視線を集めた桔梗院さんは、自分で言い出した事であるので、既に何で勝負を決めるのかは粗方決めていたようで、とても自身が有り気な顔をしながら僕に話して来る。


「それは既にわたくしの方で決めておりましてよ! お姫様と言えばまずはその可憐な容姿! そして、その容姿に相応しいプロポーション! 丁度この学校では身体測定も始まった事ですし、わたくしと日和さん、よりどちらが周囲を驚かせるお姫様なスタイルなのか、勝負と行きましてよ! わたくしの方が背が低いですが、その分軽いのもわたくし! これはもうこちらの有利ですわね! お~ほっほっほ!」




 一体どんな勝負が用意されているのだろうかと身構えていると、桔梗院さんの口からは思いもしなかった勝負内容が提示された。


 経済力とか、政治力とか、もっと複雑な物で勝負されるのかと思っていたけれど、ここに来てまさかのスタイルでどちらがよりお姫様なのかを決めようという流れになるとは。


 僕達A組は今日既に身体測定を済ませてある。その際に僕は色々と恥ずかしい事も体験してしまった。あの口振りからして、桔梗院さんは多分A組が既に身体測定が済んでいる事は把握していない様子だ。


 僕と桃瀬さんは内容が内容だけに、お互い困惑しながら目を合わせる。ふと、赤崎君の方にも目線を向けると、彼も彼であの時の事を思い出して顔を赤くしていた。


 僕はどうしようか悩んでいると、桃瀬さんが僕だけに聞こえるように、小声で会話できる距離まで近づいてきて、ひそひそと囁いて来た。


「日和さん、どうする……? この際、今日起こった事ありのままに桔梗院さんに全部伝えて良いのなら、私が何とかするけど……? 大丈夫?」


 桃瀬さんからの提案に、僕は周囲を見渡す。一人赤面して頭を抱える赤崎君の他に、青峰先輩と萌黄君がヒソヒソと何やら話をしていて、林田先輩はただ静かに椅子に座っている。何だか不安になって来る光景だったので、小声で桃瀬さんと会話を続ける。


「わ、私の方は桔梗院さんに伝えるのは大丈夫です……ただ、ガンバルンジャーの他の人達に聞かれるのは恥ずかしいので、それだけはどうにか出来ないでしょうか……?」


「それもそうよね……うん、わかった! それはどうにかしてあげるから、じゃあ後は任せて!」


 桃瀬さんはニコリと笑うと、すぐさま作戦を始める。青峰先輩達に生徒会室の外に出るように指示を伝えると、そのまま背中を押し出し彼等を外に出していく。いまいち状況が掴めずどういう事かと尋ねる青峰先輩と萌黄君を、桃瀬さんの指示を直ぐ様に察した赤崎君と、素直に話を聞いた林田先輩が彼等の背中を押して一緒に部屋の外に出て行ってくれた。


 僕と、桔梗院さんと、桃瀬さんと、それに影野さん、と一応は女子だけとなった生徒会室に、少し安堵する。本当は僕も生徒会室から出て行きたかったのだけれど、当事者であり、今の性別は彼女達と同じ僕が出て行く訳にはいかない。


 男子だけを部屋から追い出した光景に、桔梗院さんは困惑し僕に尋ねて来た。


「ちょっと、これはどういうおつもりですの!? 何か殿方には聞かせたく無い事でもありますのかしら?」


「まあ、桔梗院さんの言う通り、あんまりアイツ等には聞かせたく無い話かなー。あのね桔梗院さん、実は今日私達A組は身体測定を済ませちゃったのよ。それで……ちょっと、お耳の方いい?」


 僕に向かう桔梗院さんの側に桃瀬さんはそっと立ち、話し掛けながらそっとその肩に触れて、確認を取ると彼女の耳元に顔を近づけて、部屋の外にいる面々に聞こえないようにぼそぼそと小声で話をし始めた。


 小声で話す桃瀬さんからの話を聞いて、桔梗院さんは僕を見ながら所々で驚きの表情を見せ始めた。彼女も桃瀬さんと同様に、両手で口元を抑えつつ部屋の外になるべく聞こえないように、僕に配慮してくれる形で耳元で聞かされる話に小声で返答をしている。


 何処か楽しそうに僕の話をする桃瀬さんと対照的に、話を聞かされている桔梗院さんは、何故か次第に顔を赤くしている。恐らく更衣室での話をしているのだろう、時々聞こえて来る下着やら腰つきやらムダ毛やらの桔梗院さんの反応に、僕も一緒になって恥ずかしくなって来た。


 それまで顔を赤くして話を聞いていた桔梗院さんが、今度は驚愕と言った顔をして僕を見つめ直す。全て話し終わったのか、桃瀬さんは耳元から離れると、何処か誇らしげな顔になって僕の側に近寄って来た。


「言われた通りに、今日起きた事は全部話しておいたわ! 大丈夫、安心して! 勝負になった以上、やるからには全力って言うし徹底的に伝えたわ!」


 桃瀬さん的には、こういう肉体的には傷が付く可能性が無い方法の勝負には賛成なのだろう。内容を知る前とは随分と様子が変わってしまっていた。


 ただ、僕の心には恥ずかしさがあり、上手く言葉に言い表せない何かがグサグサと刺さって来る。


 僕の為と思っている桃瀬さんのやり切ったという顔を見ると、今更恥ずかしいだのなんだのはとても口には出せず、何とか笑顔を顔に貼りつけて耐えるしかない。


 恥ずかしさを何とか堪えて乗り切ろうとしていると、顔を赤くした桔梗院さんが恐る恐る僕に近付いて来た。その顔は僕に対して若干申し訳無さそうにしつつも、それでも何かを決心したような顔だった。


「あ、あの、日和さん……先程の話が本当かどうか確認するべく、失礼を承知で少し宜しいでしょうか……?」


「えっ? あ、はい……? 失礼というのは一体何か私に気になる事でも?」


「ど、どうしても、言葉だけでは信じがたいのですわ! ですので、直接確かめる必要がありますの!」


 そう言って桔梗院さんは、勢い良く僕の腰に手を伸ばしてきた。より徹底的に確かめる為に制服の上着の上からでは無く、上着の中に手を入れている。


 突然の行為にびっくりするが、真剣そのものな彼女の顔に何も言えず、ただじっと堪える。思いっきり腰に手を当てられ、若干くすぐったさを感じたけれど、一通り触り終わった途端にすぐさま手を引っ込めてくれた。


 手を引っ込めた桔梗院さんは、じっと自分の手を見つめ、とても驚いた表情になっていた。僕の隣にいる桃瀬さんが、にこやかな顔で彼女に話しかける。


「それで、勝負の件はどうする? 当然A組の女子達は大騒ぎになってたわよ。それでいて日和さんったら、数字に出るまで自分の体型の事を普通だって言い張ってたから、罪作りなものよね」


 桃瀬さんに尋ねられて、突然ギョッとした顔つきになる桔梗院さん。困惑しながらも、あれやこれやと何やら考えている素振りをした後、僕達の方に顔を向ける。


「聞けば、既にA組では終わっていらしたのですわね……戦う前から結果が出ていたのでしたら、これはフェアじゃありませんわよね……? どうやらわたくし、その事を把握していませんでしたの。で、ですのでっ、この件は一度無かった事にして、また別の内容で勝負いたしませんこと……?」


 桔梗院さんが別の内容で勝負しようと申し出る。持ち掛けた側からフェアでは無かったと素直に訂正されたので、呆気に取られつつも間違ってはいないので、僕は素直に応じる。


「は、はい、わかりました、別の内容で勝負と言う事ですね。ですが、お姫様を決める勝負は他に何を競えば良いのでしょうか……?」


「ええ~? 良いの? 日和さん。この勝負無かった事にしちゃうの? 折角日和さんの凄い所を周囲にアピールするチャンスなのに」


「や、やめて下さいよ!? こんな勝負内容、ただ私が恥ずかしい思いをするだけじゃないですか!? わざわざ先輩達に廊下に出て行って貰ったのに、それでは意味がありません」


 無効になったこの勝負に、何処か不満気な顔の桃瀬さんだが、内容が内容だけにこのまま無理矢理勝負に持ち込んでしまうと、僕の身体情報を周囲に知らせてしまう事にもなりかねないので、それだけは止めて欲しいとお願いする。僕の言葉に、それもそうかといった顔で桃瀬さんは納得する。


「そう言えばそうだったわね。ごめんね日和さん、じゃあこの勝負は無かった事になったから外に出た連中呼んで来るね」


 桃瀬さんが生徒会室の扉を開き、声を掛けて外にいた面々を中に入れ戻す。青峰先輩からどうなったのかを聞かれ、素直にノーカウントになったと桃瀬さんが伝えると、どういう事なのか困惑しつつも全員部屋の中に入って、また座っていた席に座り直す。




 事情が呑み込めずに、ただ静かにするだけしかない青峰先輩達を他所に、桃瀬さんが桔梗院さんに尋ねる。


「それで、桔梗院さん、貴女が言い出した勝負は日和さんも同意して無効にはなったけど、また違う勝負をするのよね? 内容の方は決まったの? 出来れば私としては、勝負なんてしないで二人で仲良くしてくれたら嬉しいんだけどなぁ」


 桃瀬さんから急かされ、ムッとした顔になる桔梗院さんだったけれど、肝心の勝負内容の方は思いついていなかったようで、あれでもないこれでもないと一人で何も言い返せずに悩んでいた。


 後ろにいる影野さんも、流石にいたたまれなくなり、悩む桔梗院さんの姿を見て口には出さないではいるけれど何処か落ち着かない表情になっている。


 それを見る青峰先輩は、生徒会長としてどうにかこの場を纏めようと深く息を吐いて、声を出す。


「いまいち事情が伝わらないが、桔梗院さんの勝負と言うのはひとまず無効になったのだろう? それについてはまた後日お互いに納得出来る形で話をつけて貰うとして、今日の所はこれで解散としよう」


 話し合いになってから時間も大分経過しているし、桔梗院さんが勝負内容を何も思いつかないのであればここで解散になるのは妥当ではある。


 先輩は続けて今日決まった護衛の振り分けを改めて確認していく。


「それまで護衛の件は先程述べた通りに、涼芽と焔が日和さんを、彰と武志が桔梗院さんを護衛するという形で構わないだろうか? 勿論、勝負について話がしたいのであれば、許可を取れば我々も参加する形にはなるが、この場を使うのも構わない」


 青峰先輩の言葉に、僕は頷きながら返事をして了承した。当面の間は、調査出来る範囲が桃瀬さんと赤崎君が中心になるけれど、これは昨日までと何も変わらないし、内心桃瀬さんだけでも割といっぱいいっぱいだったりもする。


 僕の方はこれで良いとして、一応この後レオ様達に報告する内容をどうしようかと頭の中で考えていると、突然桔梗院さんが立ち上がる。


「日和 桜さん! 今日の所はわたくしも渋々納得してこの場を収めてあげますわ! ですが、いつまでもこのままという訳にはいきませんのよ! また後日、再戦の内容を思いついたら勝負といきましてよ! ですので、これで勝ったつもりで思わないで下さいまし! 帰りますわよっ! 影野!」


 そう言って、桔梗院さんは影野さんを連れてそそくさと生徒会室を出て行った。唖然となる僕達に、いち早く正気になった桃瀬さんは名残惜しそうに尋ねる。


「あーあ、桔梗院さん帰っちゃった。もっと仲良くしたかったのになぁ、ところで一応護衛の影野さんがいるみたいだけど、一人で帰して良かったの?」


 桔梗院さんが出て行って少しばかり疲れた顔を見せる青峰先輩は、一つため息を吐くと、机の上に置かれた電子端末を手に取り、萌黄君達に目線を向ける。


「そうだな、今日は俺達もこれで解散だ。俺はまだ生徒会長としての仕事があるのでここに残るが、お前達は早く家に帰れ。それで彰、武志、桔梗院さんの事はお前達に任せるぞ」

 

 青峰先輩にそう言われた二人は、頭で大きく頷いて立ち上がる。桔梗院さんを追って直ぐ様帰りの準備を進め終わると、ふと萌黄君が僕の方を向いて、話しかけて来た。


「えっと、日和 桜さん。随分と挨拶が遅れちゃったけど、俺は一年C組の萌黄 彰って言うんだ。こんなドタバタしたタイミングで挨拶しちゃってごめんね、また今度ちゃんとした時間が出来れば、改めて自己紹介させてよ! これからよろしくね!」


「は、はい! 日和 桜です、よろしくお願いしますね。萌黄君も、時間が出来ましたら何時でも挨拶に来て構いません。護衛の方もお気をつけて!」


 林田先輩は既に生徒会室から出ており、それに続いて急いでいる萌黄君を、わざわざ呼び止めて長々と挨拶をする訳にもいかず、僕の方も随分と軽めの挨拶になってしまう。せめてもと思い、大きく手を振って見送ると、向こうもこちらを見て軽く笑いながら手を振って生徒会室から出ていった。


 僕が萌黄君を見送ると、鞄を持った桃瀬さんと赤崎君が側にいる。桃瀬さんはニヤニヤとした顔で赤崎君と会話をしている。


「ひとまず良かったじゃない焔、アンタが桔梗院さんの護衛になってたらきっと面倒な事になってたわよね? それにしてもお姫様って、こういう事の積み重ねが大事だって改めて思わない? ねえねえ?」


「うるさいぞ涼芽。俺だって護衛になったら私情を挟まずにちゃんとやってやるさ……それは別として、彰の奴には一度きちんと話し合う必要があるかもな」


 二人の会話の内容に、何の話をしているのだろうかと思っていると、桃瀬さんが近づいてきて腕を絡ませて来る。


「ふっふっふー、これはねー、とびっきり可愛い子を護衛する時に使う、私流の護衛術なのだー。日和さん、改めて護衛の件よろしくお願いするわね!」


 驚く僕に、桃瀬さんはこれが自己流の護衛術なのだとニコニコと微笑みながら教えてくれる。思いっきり距離が近い桃瀬さんに思わず僕は照れてしまうものの、赤崎君も一緒にいるので、改めて護衛についての挨拶をする。


「あの、桃瀬さんに赤崎君も、私の方からも改めまして護衛対象として、これからよろしくお願いします。皆さんとはまだ出会ったばかりですが、護衛とは別に同じ一年A組のクラスメイト同士として、仲良くしてくださいね」


 これからどうなるのかは全く想像がつかないけれど、今は難しい事を考えずにやれる事をやるだけだ。まさかシャドウレコードの僕が正式にガンバルンジャーの護衛対象になるだなんて、この任務を受けた時には全然思いもしなかった。


 桔梗院さんの件も、これから先どうなっていくのかは僕には考えられない。今日の所は何とかうやむやに出来たけれど、また何時どんな内容で勝負を申し込まれるのかわからないので、より一層身を引き締めないといけない。


 僕にやれる事は何でもやる気はあるけれど、それでも色んな事が付け焼刃な状態では、僕一人ではいつかボロが出るかもしれない。こんな時、グレイスさんなら、何か良い方法を教えてくれないだろうか。


 桃瀬さんと赤崎君と他愛の無い会話をしながら家へと帰りつつも、僕の頭の中では色々な事が思い浮かんでいく。

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