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第十六話 その頼りになりそうな体格が何だか羨ましくて




◆◇◆




 身体測定を終えて、着替えも済ませ教室に戻り放課後になる。今日はもう帰るだけかと僕は頭の中で思いながら鞄を確認していると、自身の携帯端末を見ていた桃瀬さんに呼び止められる。


「これから帰る所をごめんなんだけど日和さん、ちょっと時間を貰えないかな? 付き合って欲しい所があるのよ」


「どうしたんですか? 今日はもう予定はありませんから、時間は空いていますけれど」


「いやあ、それがねぇ、翠の奴が午前中の部活勧誘の一件についての顛末を日和さんに知らせたいのと、私達の護衛の件について生徒会室で話があるらしいのよ」


 桃瀬さんは手に持っている携帯端末を見ながら、青峰先輩から届いたであろうメールの内容を簡単に教えてくれる。部活勧誘の件は、お昼に何やら生徒会が動いていると聞いた。放課後になって僕が呼ばれると言う事は、どうやらその話は本当だったようだ。


 もう一つの護衛の件というのは、今までの桃瀬さんの口振りや僕に対する対応から見て、順調そうに思えた話が、もしかしたら何かあったのかもしれない。


 どちらの話も、もう少し詳しく知るには教室では知れないので、話が終わり次第すぐに帰れるように鞄を持って、桃瀬さんと一緒に教室を出て生徒会室に向かう事にする。




 A組を出て廊下を少し歩き、生徒会室まで案内をする為に僕の前を歩いている桃瀬さんに、僕は尋ねてみた。


「あの、部活の一件は青峰先輩から聞くとして、護衛の件で話があるとは一体どうしたのですか? この前メールで教えて貰った時はとても順調そうな感じのように思えたのですが」


 確かガンバルンジャー総出で僕を護衛するとか何とかの話が、ピースアライアンスの本部の方にもすんなりと通ったという話だった筈。


 僕がその事を尋ねると、桃瀬さんは申し訳なさそうにチラリとこちらに振り向く。


「確かに私も他の連中も、日和さんを護ろうとノリノリで動いていたし、本部へ知らせたら手際良く申請も通ったのよ。ただね、追加でもう一人護衛しろって突然本部が言ってきたのよ」


 護衛対象が僕の他にもう一人追加で指示されているのか、ただ、そうなるとガンバルンジャー全員を纏めて調査するタイミングが減って、報告内容にも支障が出るかも知れない。


 桃瀬さんの話を聞いて、頭の中でこれからどうなるのか考えていると、更に話は続いていく。


「ほら、この学校には特別能力者入学枠ってあるじゃない? 私と焔と彰と、それに日和さんもその枠で入学してるでしょ? 一年生で後何人いるのかは知らないんだけど、護衛対象になってる子もその枠なのよ」


 鞄を片手で持っている桃瀬さんは、空いているもう片方の手で指折り数えながら僕に説明する。五本の指で人数を数えると、首を傾げてこれ以上は考えたく無さそうな表情になりながらため息をつくと、視線を前に向き直して軽く首を左右に振っている。


 特別能力者入学枠、僕は潜入の為にレオ様に言われてその枠で入学試験を受けたのだが、そう言えば定員はあったかどうかは今ではよく覚えていない。視線を前に戻した際に、首を振っていた桃瀬さんの緩く揺れるポニーテールを見ると、これ以上は桃瀬さんも知らないように思える。




◆◇◆




 呼ばれた用件の内容が内容なだけに、切り替えられるような話題も特に思いつかず、少しの間とはいえお互い無言になってしまう。


 気まずい空気になりそうかと思っていたら、どうやら目的の生徒会室に辿り着いたようだった。内心で安堵していると、桃瀬さんは既に何度もこの場所に来た事があるのか、特に臆するといった様子も無しに、勢い良く扉を開けた。


「翠ー、日和さんを連れてやって来たわよー? って、あれ? 武志さんと二人だけって事は、彰たちまだ来てないの?」


 桃瀬さんに付いて行くように、一緒に生徒会室の中に入っていくと、簡素な事務用の机に備え付けで用意された椅子に青峰先輩が座っており、机を挟んで誰かが立って話をしていた。


 その人は桃瀬さんからは武志さんと呼ばれ、青峰先輩とも親し気な雰囲気で会話をしていた。深緑色の髪を短く切りそろえている彼は、とても筋肉質で逞しい身体つきをしており、制服も特注品なのだろうか、青峰先輩や赤崎君よりも大柄な体格をしている。


 二人の知り合いで、今ここにいると言う事は、彼がガンバルンジャーの五人目なのだろうか。失礼かもしれないけれど、まじまじと観察している僕を見て、向こうの方から挨拶される。


「やあ、初めましてだね。涼芽や、今はここに来ていない焔から君の話は聞いているよ。俺の名前は林田 武志と言って、勿論俺もヒーローの一人でガンバルンジャーの一員だ。日和 桜さん、これから宜しくお願いするよ」


「ようこそ生徒会室へ、日和さん。因みに武志は俺と同じ歳で、生徒会には所属はしていないが、それでもボランティアとして色々と裏方を引き受けてくれている、見た目通りの頼もしい奴だ」


 そう挨拶されると、青峰先輩が椅子から立ち上がり、林田先輩の隣に並ぶ。思っていた通り、彼はガンバルンジャーのメンバーで、僕が気になっていた五人目だった。


 二人に声を掛けられて、ボーっとしている訳にもいかず、一呼吸ついてから僕も挨拶を返す。


「こちらこそ初めまして、林田先輩ですね。私は日和 桜と言います。赤崎君や、青峰先輩も随分と背が高いと思っていたのですが、それよりも大きくて逞しい人がいたので、つい、挨拶もしていないのに気になってしまいました」


 挨拶もせずにまじまじと見つめていた事につい頭を下げてしまう。少しして恐る恐る頭を上げて、見上げる様に視線を向けると、林田先輩は少し困ったように頬を掻いていた。


「ハハハッ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。日和さんみたいな子に頭を下げられると、こっちも困ってしまうよ。見ての通り、俺は図体が大きいから怖がらせてしまったかい?」


「い、いえっ、先輩が怖いという訳では無いんです。寧ろその逆で、私自身少し前まで自分の身体がもっと逞しければ良かったのにと思っていたので、その頼りになりそうな体格が何だか羨ましくて、つい……」


 ここに来る前の作戦会議で見た映像より、こうして間近で見ると更に一層逞しさが伝わって来る。これまで大きくて迫力のある体型の人達は何度も見る機会があったけれど、林田先輩はその人達とは違って、僕に対してガツガツとした雰囲気は無く、何だか安心出来る穏やかな印象を受ける。


 男だった少し前までは、こんな風になりたいと憧れていた理想的な姿が目の前に立っていて、つい、本音が少し漏れ出てしまう。


「おや、女の子でも羨ましいと思える物なのかい? 涼芽だって鍛え方を気にして鍛錬を行っているというのに、日和さんみたいな子からそういう言葉が出るのは珍しいね」


 林田先輩は、僕から出た思い掛けない言葉に疑問を浮かべている。確かにこの姿でそう思っていると伝えるのは変に見えるかもしれない。僕は内心慌てながらも、どうにかして言い訳を考える。


「えーっと、その……じ、実は私、高校に入学する前は、早く大人になりたいと思っていまして……」


 早くシャドウレコードに貢献出来るような存在に、なりたいと思っていたのは紛れも無い本心である。それをそのまま言ってしまうとまずいので、上手くぼかしつつもこれだけでは少し言い訳が弱いのではと思い、僕自身の体験も話す事にした。


「それで、身体を鍛えようと思って運動をしてもすぐに疲れてしまったり、体力を付けようと普段より多めに食事をしては、苦しくなって動けなくなったりと、失敗ばかりしていまして……あはは」


 何とか言い訳を言葉にする事が出来た。ただ、これはあまり言いたく無い、嘘偽りの無い僕の失敗談でもある為とても恥ずかしい。思わず顔も熱くなるが先輩達には通じたようで、納得してくれた。


「なるほど、そういう事情があったんだね。気持ちは理解したよ。憧れに思って貰えるのは嬉しいけど、日和さんが俺みたいになるのはオススメは出来ないかな。ほら、一人おっかない顔で君を見てるのがいるし」


 そう言われ、先輩の視線が向いている先に顔を向ける。其処には桃瀬さんが仰天しながら慌てている姿が見えた。


 僕が顔を向けると、血相を変えた桃瀬さんが僕に詰め寄り、身体を振るわせながら両手で僕の肩を掴んで必死の説得が始まった。


「だだだだ、駄目よ、日和さん……! 武志さんが素敵な人なのは私達が良く知っているけど、人には向き不向きがあるものよ……! 例えムキムキマッチョな日和さんでも護衛はこなしてみせるけど、そんな姿になったら私悲しくなっちゃうから!」


 両手でガクガクと僕の肩を揺らす桃瀬さん。その慌てっぷりに僕の頭も揺らされる。あまり長い事こうされると気分が悪くなってしまいそうなので、彼女に落ち着いて貰う為に返事をする。


「お、落ち着いて下さい、い、今は無茶な運動はしていませんからっ! 大人になるのは身体を大きくする事じゃ無いと周りからも諭されましたので、あくまで羨ましいと思うだけです!」


「ほ、ホントに……? 良かったぁ……でもまあ、日和さんは驚く程細いから、逆にそう思っちゃう事もあるんだ。もし身体を鍛えたいと思ったら私がいつでも話を聞くから、これからは一人で無茶な事はしないでね?」


 僕の言葉を聞いて、ようやく動きが止まり落ち着く桃瀬さん。僕の話を聞いてどう思ったのか、今度は心配するかのように優しい視線を向けられる。


 ヒーローは体力自慢が得意分野の一つでもある為、先輩二人も僕を見て、ゆっくりと頷いて微笑みを浮かべている。そういう事情なら何時でも相談に乗ってあげるよと言いたげな表情に、僕はただ控えめに笑い返す事しか出来なかった。




◆◇◆




 林田先輩との挨拶も済ませ、僕の身体事情の話もそこそこに切り上げて、僕は簡素な机に並べられた一人用の椅子に腰掛ける。隣には桃瀬さんも並んで座り、まだ全員来ていない為林田先輩は立ったままでいる。


 もう一人の護衛対象がまだ来ないようなので、都合が良いと判断した青峰先輩は午前中に起きた一件の話をし始めた。


「日和さん、午前中の件だが、早々に生徒会を動かした事で今日中にケリがついたよ。先生方も協力してくれて無理矢理なマネージャー勧誘には、今後注意深く目を光らせるようだ」


「あら、そうなの。翠もやる時はやるのねー。日和さんへの件以外でも以前から他の一年の女子も私に相談に来る子もいたし、一件落着ね」


「そんな事になっていたのか、まあ、先生方は大分怒っていたし、今回の件に関わっていない他の部活動の面々も勧誘に支障が出ると言っていたから、連中は今頃肩身が狭い思いをしているだろう」


 青峰先輩の話に、桃瀬さんが返事をする。僕の件以外でも結構な事態になりかけていたとは。でも、どうしてそんな事が起こるのだろうかと思っていたら、林田先輩が僕の顔に考えていた事が出ていたのだろうか、話に加わる。


「恐らく声を掛けられた女子は、何らかの能力者なんだろうね。俺達ヒーロー組織に所属出来るような戦闘に秀でた能力では無いが、日常生活に役に立つ能力なら引く手数多だろう」


 先輩の意見に、桃瀬さんが正解と言いたげな表情で頷く。確かに能力者なら、髪や目の色が違う人達は多いし、僕なんかはその最たる例になる。


 こういった無理矢理な勧誘は毎年あると、僕を助けに来てくれた時に青峰先輩はそう言っていたし、それが今年は規模が大きいとも言っていた。やっぱり特別能力者入学枠が影響しているのかもしれない。僕だけならともかく、他にも勧誘があるのは何だか申し訳無い気持ちになって来る。


「あの、この件で私が呼ばれたのは、やはり私の入学が影響しているのでしょうか? それとも今年の特別能力者入学枠は予想より多くの人が入学したのですか?」


 気になって、つい僕は青峰先輩に尋ねてしまう。自分でも何だか奇妙な質問をしてしまったなと思うけれど、護衛対象の件もあって、聞かずにはいられなかった。


「確かに、日和さんの能力はこの学校でもかなり希少になる。だが、一番の理由は物珍しさから来る突発的な物だ」


 先輩は僕に顔を向けて、端的に理由を説明してくれる。


「それに、何も知らない女子を丸め込んで、あわよくば縁を作ろうとする邪まな理由も含まれている。悪いのはルールを破る連中だから、君が悪いと言う事では無い」


 青峰先輩は僕のせいでは無いと、説明してくれた。隣に座っている桃瀬さんも、いつの間にか僕の肩に手を触れていて微笑んでいる。複雑な感情を無理矢理飲み込んで僕は、続けざまに話す先輩の言葉を聞く。


「特別能力者も、今年は日和さんの他に涼芽に、焔に、彰もいるから多いのかもしれない。それでも基本この枠で入学して来る者達は、多くても一学年では両手で収まる程度だ」


 特別能力者自体はそこまで多くは入学して来ないと、先輩は言う。希少な能力者の為の枠なのだから当然と言えば当然だろうか。


「そして、将来ピースアライアンスに所属するか、既にしている者かになる。例外なのは日和さんと、今回呼んだもう一人位だな」


 この入学枠にそう言った事情があったとは。この枠で大丈夫だとおっしゃったレオ様は、詳しい事情を知っていて僕に薦めたのだろうか。


 いや、前の報告で予想以上だと反応していたので、多分知らずに手続きをしてしまったのかもしれない。


 自己紹介の時に物凄い反応があったのは、能力の他に、こういう事だったのかと納得出来る。ガンバルンジャーも友好的なのも、色々と納得してしまう。とりあえず一度、次の報告でレオ様に尋ねる必要がある。


 そうなると、僕の肩に触れる桃瀬さんの熱量の高さを改めて感じ取ってしまい、思わず震えそうになった所で、生徒会室の扉が勢い良く開いた。




 ガラリと勢い良く開く扉に、僕達の視線は向かう。


 そこには赤崎君と萌黄君を左右に並べるように前に立つ一人の少女がいた。彼女がもう一人の護衛対象なのだろうか、腰に手を当てて僕達を威圧するかのような視線を感じる。


 思わず声を出せずにいると、彼女は堂々と部屋の中に入って来る。よく見ると背丈は吉田さんや中島さんよりも低く、青紫色の髪の毛を左右で結んであり、毛先が軽く巻かれてある。


 威圧する視線はつり上がっており、彼女の青い瞳は何故か僕を睨み付けていて、そのまま僕の側まで歩いてきて、頭のてっぺんから足のつま先まで見つめられると、ようやく喋り出した。


「話で聞いた特徴からして、どうやら貴女が、日和 桜さんですわよね?」


「は、はい……私がそうですけれど、貴女は……?」


 彼女から尋ねられて、そうですと返事をする。初めて見る子なので僕は名前を知らない。僕よりも小柄のにやたらと威圧感のある彼女は、腰に手を当てニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「あら、わたくしの名前を把握していないとは、やはり余所者と言った所ですわね。わたくしは桔梗院 エリカと申しますの」


 そう名乗った彼女は軽く微笑すると、僕に対して何か言いたい事があるのか続けざまに話をするのだった。


「貴女、A組では癒し姫等と呼ばれているようですが、見た目が珍しく、相応に手入れもこなしているようですけど、それでもわたくしの方が産まれも育ちも女として格上なのですわ~! お~っほっほっほ!」


 桔梗院 エリカと名乗った少女は、今まで出会った事の無いタイプの子な為、思わずあっけに取られてしまう。


 彼女の後ろにいた赤崎君と萌黄君も生徒会室に入って来て、それぞれ疲労感のある顔をしていた。二人の後ろにももう一人、切り揃えた長い黒髪の見た事の無い少女がいて、その子も部屋に入ると、静かに扉を閉めてそのまま桔梗院さんの横に立ち並ぶ。


 赤崎君は疲れた顔で桃瀬さんの横に座ると、何処か機嫌が悪そうに桔梗院さんを見ていた。


「何? どうしたのよ焔? あの子何だか日和さんをライバル視してるようだけど、何か言われたの?」


「別に……ただ、俺としては彰の奴を無性にぶん殴りたくなってしょうがない……」


 来て早々、おっかない事を言い出した赤崎君。隣にいる桃瀬さんはきょとんとなり、どういった事情なのか小声で問いただしている。その会話で、赤崎君に殴られそうになっている萌黄君は慌てて彼に駆け寄る。


「ご、ごめんって焔! 俺一人じゃ、エリカちゃんを呼び出すだなんてことしたら、その後教室で何言われるか怖くって、焔が必要だったんだよ!」


「お前、あの日に言った事忘れた訳じゃないよな!? それなのに何で俺まで巻き込んで来るんだよ! 一人でどうにかしろよ!」


 ひたすら謝罪をする萌黄君に、何か約束事をしていたのにそれを裏切られて怒る赤崎君。事情を知っていそうな桃瀬さんは二人を見て呆れた顔をしている。


 ひとしきり笑って、満足した桔梗院さんの横に青峰先輩が並ぶ。何故か先輩も彼女が来てから少し疲れた顔になっていた。


「桔梗院さん、日和さん、二人共今日はよく来てくれた。日和さんに説明すると、彼女は桔梗院家の家の者であり、この学校やピースアライアンスに寄付を行っている家の人間になる。桔梗院さんも、日和さんはまだここに越して来て日が浅いから、知らないのが普通なんだ」


 生徒会長という立場で、何とかこの場を取り仕切ろうとする青峰先輩。僕達に説明を行うという名目で桔梗院さんも席に座らせる。




 席に座る前に桔梗院さんは、萌黄君を無理矢理引っ張って、隣通しで座りこんだ。生徒会室に来て早々に席に座った赤崎君は、この流れを回避している。


 桔梗院さんの隣にいた少女は、彼女の席の後ろに立っており、その細身のすらりとした姿は、凛とした印象を受ける。青峰先輩に席に座るように促されるが、首を振って断る為、そのまま話が始まる。


「桔梗院さん、日和さん、わざわざこうして二人を呼んだのは他でも無い、ピースアライアンスからの指示で、この度二人は正式にガンバルンジャー管轄の護衛対象になった事を伝える」


 青峰先輩の言葉に、それぞれが反応する。僕はここに来る途中で桃瀬さんから話を聞いていたので、その事では驚くことは無かった。ただ、桔梗院さんとは今後どうやって接して良いのかがわからない。


 桃瀬さんは、見た目が小さくて可愛らしい桔梗院さんと仲良くなりたそうな視線を彼女に向けている。しかし、彼女が僕をライバル視している事には、僕同様に困惑していた。


 青峰先輩は一度深く息を吐き、僕達の反応を注意深く見ている。赤崎君は腕を組んでじっとしていて、林田先輩と萌黄君はそんな赤崎君の様子にただ苦笑いを浮かべている。


 生徒会室が妙な空気になった時、桔梗院さんが声を上げる。


「あら、わざわざそのような事をなさらずとも、わたくしには既に護衛がいましてよ。影野!」


 桔梗院さんが手拍子をすると、影野と呼ばれた少女が前に出る。この学校の制服を着ていると言う事は、彼女も生徒なのだろうかと考えていると、桔梗院さんが勢い良く立ち上がる。


「この影野は、わたくし専属の護衛でしてよ! ヒーロー程の腕では無いのですが、それでも護衛を務めるには十分な実力者ですわ! 桔梗院家たる者、何処ぞの小綺麗なだけの庶民の小娘とは違って護衛の一人二人は自前で用意出来ますのよ! お~っほっほっほ!」


 影野さんは、改めて見てみると、背丈は桃瀬さんと同じ位だろうか、そこまで大きくは無いのだろうけれど、桔梗院さんの前に立つと、その身長差は随分と印象的に見える。横に座らされた萌黄君も慌てて立ち上がり、補足するように説明が入る。


「えっと、皆は初めて会うしわからないと思うから、俺が説明するんだけど、影野さんは俺と桔梗院さんと一緒の一年C組の子で、代々桔梗院家に仕えている護衛の一族なんだ。これは俺が彼女達から直々に聞かされた話で、実際に確認もしているから本当だよ」


 彼の説明を受けて、影野さんは頭を下げる。自前の護衛を紹介出来て何処か誇らしげな桔梗院さんは、その勢いのまま僕に話し掛けて来る。


「それで、日和さん。貴女は確かこちらに越して来て一人暮らしだと聞いておりましてよ? 特別能力者として入学出来るような方が、護衛も無しに普段は一体どのように過ごしていらっしゃるのかしら?」


 桔梗院さんから、僕の護衛の有無について尋ねられる。一応メイさんが彼女にとっての影野さんのような存在ではあるのだけれど、どこまで説明すればいいのか困ってしまう。


 そして彼女は、護衛の件も気になっている様子だが、それよりももっと気になっている事があるのか妙な事を尋ねだす。


「まさか庶民と言うのは仮の姿で、周りから持て囃されていらっしゃるように本当に王族とかではございませんわよね?」




 産まれも育ちも本物のお嬢様である桔梗院さんは、僕の事情が気になるのか奇妙な質問をして来る。自分と同様に、ピースアライアンス直々に護衛対象として指名される位には特別な存在である僕は、彼女からしてみれば謎だらけでとてもちぐはぐとしていて、浮いて見えているのかもしれない。


 周りから担ぎ上げられたなんちゃってお姫様である僕は、今とても窮地に追い込まれている。


 実はシャドウレコードの四天王の一人で、情報が少ないヒーロー部隊の調査をする為に身体を女の子にされて、潜入任務を行っていますだなんて、こんな事馬鹿正直に言える訳が無い。


 ガンバルンジャーも全員いるこの場で、余り迂闊な事は言えない。けれど幸い、僕の産まれや育ちの事情は彼等はある程度は把握しているので、明かして困らない程度に説明してみる。


「その、産まれについては私にもわからないので、何も言える事は無いのですが、今はこちらの土地のマンションに住まいを借りまして、私の借りている部屋の隣には身の回りの事を支えて下さっている人が、一緒に住んでいます」


 メイさんとグレイスさんの存在を桔梗院さんに話す事にした。二人はどういう訳か、先日の不審者事件でガンバルンジャーとも接触していたりもする。


「それに、時々保護者代わりの人も仕事で忙しい合間に来て下さるので、完全に私一人で暮らしている訳では無いんです。この事は入学式の日に桃瀬さんにも話してあります」


 僕はそう言って桃瀬さんの方に顔を向けると、彼女は頷いてその話が本当だと証明してくれる。詳しく問い詰められたら、彼等が彼女達に接触した時の話もすれば嘘は言っていない事は納得して貰える筈だ。


 僕の話を聞いて、桔梗院さんは一応納得はしてくれたようだった。


「ふうん、まあ嘘では無さそうですわね。まさか、うら若き少女の身の回りの事を任されるような方が殿方である筈はありえませんし、保護者代わりの方と言うのも噂で流れて来る話通りですし」


 噂話という言葉で、僕の知らない内に僕の事は大部分に広まっているようだった。あまり変な内容で広まっていないと良いのだけれど。


「どうやらただの庶民の小娘と言う訳では無いようですわね。貴女が養子に入った家柄も相当な物なのでしょう」


 桔梗院さんは僕に対する態度を改め、何処か真剣な顔つきになる。どうやら彼女の中で、僕の評価が数段階上がっているようだった。


「お金に余裕が無い者でしたら、越して来るのは貴女一人だけでしょうし、同じタイミングで隣に人を住まわせる為に部屋を借りるのも、不動産事情に明るい者がいないとストレートに事が進みませんわ。住む場所もただのマンションに見せかけて、裏ではセキュリティがしっかりしているのでしょう」


 桔梗院さんのつり上がった青い瞳が、僕を鋭く見つめている。そして、彼女の言っている事は殆ど合っている。僕の借りたマンションは周りにどんな人が住んでいるのかは把握はしていないが、S&Rグループが管理している物ではあるし、管理人もシャドウレコードの人間だとグレイスさんが言っていた。


 ただ、メイさんと部屋を別けた理由は、僕が殿方の方だった訳で、今は同性になったとはいえ僕が女性と一緒に住むのにどうしても抵抗があったからだ。


 もっと普通な能力であれば、こんなややこしい事態にならずに、距離を取って落ち着いて調査を行えたのかもしれない。桔梗院さんの推理に、ガンバルンジャーの面々は驚いているし、桃瀬さんに至っては何だかまたもや目が輝いている。


「へぇ……やっぱり日和さんって、良い所のお家の子なんだぁ……通りで所々で志が高い所がある訳ねぇ、やっぱり私のお姫様はこうでなくっちゃあ、えへへ」


 桃瀬さんが僕にうっとりしている横で、赤崎君が話について行けずに疑問に思った事を口にする。


「部屋を別けて住むのがどうして家柄に繋がるんだ? 確かにもう一人一緒に住むなんて相当金がかかる事なのはわかるけど……」


「わざわざ別の部屋を用意して住まわせるのは、その方が日和さんの従者である証拠ですわ焔様。そして他所から来て住むのにマンションを選ぶと言う事は、そこを管理している縁者でもいらっしゃるのでしょう」


 赤崎君の疑問に、桔梗院さんが答える。彼女の言っている事は客観的に見たら大体合っているので、訂正しようが無い。ただ、任務を遂行する為に用意された物が、何故こうも変な方向に解釈されていくのか。どうにかして僕の印象を少しでも変えなければ。


「あ、あの、確かに私の周りの人達はとても良い人で、凄い人ばかりです……ですが、それは私が凄いという訳では無いんです……! なので、それを私が凄いみたいに語るのは止めて下さい!」


 僕の声で、生徒会室は静かになる。集まる視線に一呼吸して、僕は立ち上がりここに来た理由を語る。


「私は私に良くしてくれる人達に恩を返したくて、ここにやって来ました。これから沢山努力して、周りから頼られるような素敵な存在になるんです」


 僕はここに来てまだ何も成し遂げてはいない。寧ろここから始まっていくのだと気合を入れ直す機会かもしれないと思った。


「今住んでいるお家も、身の回りの面倒を見てくれる人も、全て用意された物ではあります。いつかそれらに恩返しをする為に、立派な大人になってこれから凄くなるんです!」


 言いたい事は言えたので、僕は落ち着こうと深く呼吸をする。一息して落ち着くと、桔梗院さんが僕の前までやって来た。


 鋭いながらも先程とは違って威圧感が無い真剣な眼差しで僕を見ると、不意に話し始める。


「最初は侮っていて申し訳ありませんでしたわ。与えられた家柄を驕らず、自分の物と他人の物は分別して考える高潔な姿勢。周囲からの好意への恩返しをするという理想ある志。まるで見た目通りのお姫様ですわね……フフン、やはり貴女はわたくしの倒すべきライバルですわ」


 桔梗院さんにあまり褒められたくない容姿の褒められ方をされたと思いきや、突然ライバルと言われてしまう。


 僕は誰かと戦うつもりは無いし、この流れでどうしてそうなるのか困惑する僕を他所に、彼女はまたもや不敵な笑みを浮かべる。


「ですが、この学校にお姫様は二人もいるべきでは無いのですわ! 日和 桜さん! よりどちらが護られるに相応しいお姫様か勝負と行きましてよ! わたくしと貴女で勝った方が真のお姫様なのですわ!」


 僕の何かが、彼女を刺激してしまったのだろう。でも、それがどうしてお姫様勝負になるのかはわからない。


 僕がそう名乗っている訳では無いのに、周りが僕をそうさせたがるというのか。

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