第十五話 何にでも反応して褒め過ぎるのは対応に困ります
女子更衣室前の廊下では、僕とその隣にいる吉田さんを囲うようにA組の女子達が集まっており、僕の足元には土下座した桃瀬さんがいる。
確認の為にこの場に来た赤崎君は、その光景を見て、一体何をやっているのか不思議そうに見つめていた。
彼に説明を求められた僕は、更衣室の中で自分の身に起きた事を一体どう説明したら良いのか困ってしまう。きちんと説明した方が良いのか悩み、吉田さんに視線を向けると、絶対に言わない方が良いと言いたげな顔つきで首を横に振っている。
周囲の女子達も互いに顔を合わせ困惑し、赤崎君も、僕絡みで何かがあったのは察し始めるけれど、それでも尋ねられるような内容でも無さそうな空気感に、次第に居心地を悪くしている。
誰も何も言えなくて静まったその場に、桃瀬さんが声を出した。
「日和さんが女の子同士の着替えに慣れて無くってね、恥ずかしがっていたから慣れて貰おうと、少しスキンシップを多めにしてたら、私がついムラッと来てやり過ぎちゃって、事故でスカートひん剥いて泣かせちゃったのよ!」
起きた事を正直に話す桃瀬さん。話していく次第に感情が昂ったのか少し大きめな声になり、後半の部分が静かな廊下に響いていく。
そんな事を大きな声で語られ、しかも男子の赤崎君に聞かれて僕は途端に恥ずかしくなる。流石に女子達も桃瀬さんの行動には驚き、思わず南野さん含めた彼女の友人達が止めにかかる。
赤崎君は一瞬キョトンとした顔になるが、大き目な声で聞こえた最後の単語に反応したのか、途端に静かにだけれど、とても真剣な面持ちになって桃瀬さんに詰め寄り出した。
「どういう事だ、涼芽? 何でお前が日和さんを泣かせる事になったんだ……一番最初に彼女を護る騎士を名乗り始めた癖に、その護る対象を泣かせるなんて随分じゃないか……?」
元々端正な顔立ちな事もあって、今の赤崎君はとても凛々しく見え、間近でその表情を見た女子の一部の顔が赤くなる。場の流れが彼に向き、立場を悪くした桃瀬さんが反論する。
「だから、言ったじゃない。私が日和さんにムラムラしちゃったからやり過ぎちゃったって。ホントに凄かったのよ? 焔だって気になっちゃうでしょ? お姫様の事なら何でも知りたくなっちゃったのよ!」
と、桃瀬さん本人は凄く真剣に話すのだけれど、知りたいからと言って許可なく腰を触るのは、くすぐったいし止めて欲しい。
大体、僕の腰回りなんて、そんなに言われる程だろうか。胸や髪の毛みたいに身体が変化した際に大きく変わった部位の一つだと思うけれど、気になって体操服の上から腰回りに手を当てて自分でも確認していたら、側にいる赤崎君がこちらを見ていて、彼と目が合うと、一瞬で顔を赤くして狼狽えだした。
「え? 赤崎君、どうかしましたか? 桃瀬さんに言われて、私自身も気になって確認しているのですが、私の身体がそんなに皆さんを変な気持ちにさせてしまう物なのでしょうか……」
「そ、そんな事、な、無いと思うぞ! 確かに言われたら見てみたい気もするけど……だからって、泣いて嫌がるような事を無理矢理やるのは間違ってる筈だ!」
顔を赤くして、僕から視線を逸らしつつも赤崎君はとても正直な意見を言う。その正直さと真面目さのある言葉に僕は思わず戸惑い、身体の確認を止める。
赤崎君が狼狽えるのを見る桃瀬さんは、不意におどけるような動きで立ち上がり彼の元まで近づいていき、僕達には聞こえない大きさの声で何やら彼の耳元でこっそりと囁き始めた。
男女の枠を越えたような、彼等独自の関係性を見せる桃瀬さんに、赤崎君は赤くなった顔を更に赤くして、耳元で何かを言っていた彼女を払いのける形で語気が強めになり始めた。
「そ、そういう事じゃねえ! ふざけるのも大概にしろよ涼芽! そういう事は、もっと……もっと……って、何言わせようってんだ!?」
そのまま桃瀬さんに掴み掛ろうという雰囲気になり始めたので、僕は慌てて彼の身の前に出て抑える。
このままだと赤崎君が悪者になってしまう流れになりそうだったので、それは良くないと思い何とか止めようとすると、隣にいた吉田さんも一緒になって抑えてくれた。
「だ、ダメですよ、赤崎君! 桃瀬さんに何を言われたのかわかりませんが、それ以上してしまうと、赤崎君は何も悪く無いのに悪者扱いされてしまいます!」
「そ、そうだよ! 桃瀬さんには私達が言っておくから、男子の赤崎君がそうなっちゃうと、日和さんだって困っちゃうよ!」
二人でどうにかして抑えようとする。吉田さんは僕よりも背が低いので、共に二人して見上げる形になる。赤崎君は僕達を見て、一瞬動きが固まると、怒るに怒れない状況に、はぁ、と深く息を吐いた。
数日前の手の怪我の件と言い、またもや僕絡みで事が起こりそうだったので、とにかく彼を宥めたかった。すると赤崎君は、後ろを向いて頭を思いっきり左右に振ると、何とか落ち着いてくれた。
「わかったよ……この場は女子に任せて先に教室に戻るから。確認はしたから早くその馬鹿をどうにかしてくれ……」
事情は知れたとして、後を僕達に任せて元来た廊下の方に身体を向けて教室に報告に戻ろうとする赤崎君。
「それと、日和さん、また変な空気にしてごめん。隣の……吉田さんも、迷惑かける所だったし、ごめんよ、じゃあ」
戻り際にそう謝罪の言葉を受け取る。赤崎君はこちらを見ると落ち着けなくなるのか、全く振り向かずに先に戻ると告げ、そのままスタスタと歩いていく。
突然の彼の登場に、一時はどうしようかと焦ったけれど、ひとまず乗り切れて良かったと吉田さんと二人して安堵する。桃瀬さんはすっかり調子を戻し、今ではケラケラと一人で笑っている。
「いやー、良かった良かった。焔の奴が来た時はヤバいと思ったけど、どうにかなったね! ありがとう日和さん達!」
元はと言えば、原因の殆どは桃瀬さん絡みだというのに、どうしてそんなに気楽にいられるのか。流石にA組の女子達もこれには僕以上に呆れてしまい、今度は桃瀬さんに詰め寄り始めた。
「ちょっと、桃瀬さん、これは酷いわよ! 男子の赤崎君に何を言ったのか知らないけど、真剣に対応してた彼を怒らせてどうするつもりだったの?」
「そうだよチュンちゃん! 赤崎君が変な気を起こしてたらどうするつもりだったのさ! 日和さんだって巻き込む所だったじゃん」
南野さん含めた女子達の真っ当な意見に、桃瀬さんは途端にたじたじになる。困り顔になりなんとか謝罪の言葉を出し始める。
「えっとねー、これには深い事情があってねー……詳しくは言えないんだけど、私はアイツがそういう事する奴じゃないってのを知ってたから、つい、ああいう風にしちゃって……と、とにかく皆迷惑掛けてごめんね! 許してぇ!」
桃瀬さんはそう言って両手を前に合わせてぺこぺこと頭を下げる。女子達一人一人の名前を呼び向き合いながらきちんと頭を下げるその姿勢に、彼女達も怒る気も失せていく。
「そう言えば、赤崎君が桃瀬さんに怒ってた理由って、日和さんを泣かせた事が理由だったよね? 凄い真剣な顔でカッコ良かったねぇ」
吉田さんがふと先程の出来事を思い返している。その言葉に反応する女子も多く、軽く頬を赤くしている子もいた。そう言えばそうだったのを僕も思い、その事に少し疑問を感じたけれど、結構な時間を消費している為、今は教室に戻る事を優先した。
「とりあえず今は早く教室に戻りましょう、先生や男子達を待たせてしまっていますから急ぎましょう」
「日和さんも吉田さんも私がバカやっちゃったせいで迷惑かけてごめんねぇ! これでとりあえず全員に謝り終えたから、さあ戻るわよー」
教室に戻ろうと皆に声を掛けると、桃瀬さんも同時に謝罪にやって来た。謝り終わるとあっという間にけろっとして次に行こうとする彼女に、僕は流石に今回はやり過ぎているなと思い始めた。
「あの、桃瀬さん、今回の件もですけれど、常々から思っている事がありまして……私の事をお姫様扱いして、そう呼ぶのも桃瀬さんの好きにすれば良いと思うのですが、偶に行き過ぎてると思う事もあります」
ここで一度はっきりと言った方が良いと思い、彼女の目を見て丁寧に話す。桃瀬さんは僕の言葉に思わず固まってしまうが、構わず最後まで言い切る。
「私はドレスなんて着た事も無いですし、ダンスの踊り方も知りません。お弁当箱だって、あれ位の量が丁度良いだけで、狙ってやっている訳では無いんです。身体だってこういう風に育っただけですし、私の事で一つ一つそうやって扱われるのは、正直恥ずかしいんです」
数日前からの扱われ方に対して、僕は一つ一つ思い出しながら想像されている事を改めて訂正していく。感謝している部分もあるけれど、これ以上は流石に恥ずかしさが上回ってしまいそうだった。
「あの日の通学路で声を掛けて頂いたのはとても有難かったですけれど、私がどう思っているのかを考えてくれないのでしたなら、今すぐ止めて欲しいのです……」
そう言いきって僕は頭を下げる。僕の喋り方や立ち振る舞いは、正直四天王になった後から身に着けた物だから、練習すれば誰だってそう振る舞える物であるし、それ以外の事は見た目以外は、他の人とそう変わらない筈だ。お姫様の暮らしだなんて全くもって知っている事など、何も無い。
僕はなんてことの無い人間で、ただ、普通では無いのだけれど、それでもここまで持ち上げられるような存在では無いと思っている。特別扱いを控えて欲しくてお願いして頭を上げると、桃瀬さんは震えており、その目には大粒の涙を浮かべていた。
「あっ、うっ……日和さんがぁ、そ、そんな風に、思ってただなんて……ゴメン、ゴメンねぇ……可愛い子と仲良くなれたと思って、浮かれ過ぎてたわ……うう……うわあああん!」
先程までの態度が嘘のように変わり、僕達の前で桃瀬さんは泣き始めた。
◆◇◆
僕にそう言われたのが余程ショックだったのか、わんわんと泣き始めた桃瀬さんは、僕に謝りながら抱き着いて来た。僕を抱く彼女の力は凄く強くて、初めは困惑していた僕も、次第に苦しみ出すと南野さん達数人が慌てて桃瀬さんを引き剝がし始めた。
泣いていた時間はそう長くは無かったけれど、僕に嫌われたと思っているのが相当辛いらしく、今も尚しょんぼりとした桃瀬さんに背中越しに抱き着かれながら教室に向かっている。
「ごめんなさい、ごめんなさい、日和さん……私、女の子ならお姫様扱いして大事に扱えば喜んで貰えると思って、そう扱って来たけど……やり過ぎちゃってたみたい」
「大切にしたいという気持ちは否定しません。ですが、何にでも反応して褒め過ぎるのは対応に困ります」
「で、でもっ、これでも褒め足りない位なのよ? それに毎日のように新しい発見もあって、私だって凄くない所を凄いとは言ってないのよ?」
桃瀬さんは不安そうな顔で、また少し僕を抱きしめる力を強くする。褒め足りないと言われても、そんなにいっぱいあるの? と、思っていると南野さん含めた周りの女子が頷いている。
「確かにチュンちゃんの言う事も一理あるかもね、あの細い腰も、S&Rのエロかわ下着が似合うのも、ムダ毛が無い体質なのも、全部私等からしてみれば凄く羨ましい事ばかりだもの」
先程の更衣室の件で、僕の凄い所と思われる個所を指摘される。正直、気が気じゃなかったので、身体の話とか下着の話をされても余裕が無かった為、未だに良くわからない。それに、僕自身はとても気にしている事を羨ましがられるのはとても恥ずかしい。
「あ、あの、体毛云々の話は控えめに話して下さい……髪の色もあって、意識されると凄い恥ずかしいんです……」
僕が小声でそう言うと、皆一様に僕の髪を見て、その後に上半身や下半身に視線が向き、其処でようやく何かを察してくれた。改めて謝罪を受け取る事になってしまった。
「ホ、ホントにごめんね……日和さんが誉め言葉と受け取れずに、恥ずかしがる理由の一部がようやくわかったわ……」
「褒められて嬉しいと感じる部分もありますし、それが大半なんですけれど、中には対応に困る事もあるんです……それさえわかって頂けたのなら」
僕の体質事情を知るA組の女子達。一部顔を赤くしてこちらを申し訳無く見ている能力者の子もいる中、後ろの桃瀬さんが尋ねて来る。
「じゃあ、褒める内容に気を付けて、お姫様扱いもタイミングに注意すれば大事にしても良いの……? 私の事も、嫌ってない……?」
何だか先程から桃瀬さんの様子がおかしい。大泣きした影響か、今でも瞳は潤んでいて、喋るトーンも落ち着いていて、しおらしくなっているような気もする。
「は、はい、そうして貰えれば別に構いませんし、私は桃瀬さんの事を嫌ってなんていませんよ?」
「ホント? ……ありがとう、嬉しい……! 私、嫌われて無くて良かった……!」
そう言って、安心した顔で僕を一層強く抱きしめる桃瀬さん。普段の彼女は活発でとんでもない事を言う、素敵でカッコいい系の女性を目指しているというのに、今の彼女はその要素は一切無く、ふにゃりと笑う桃瀬さんは、出会って最初に感じた女の子らしい女の子の見た目の印象そのままで、とても可愛らしく見える。
正直、今の桃瀬さんは普段とは別人に感じてしまい、そんな子にここまで密接な距離感でいられると、スタイルの良さも相まって色々と接触しているので、緊張して違う意味で不安になって来る。これはどういう事なのか、事情を知っていそうな南野さんに尋ねてみた。
「……あの、南野さん、桃瀬さんはどうしちゃったんでしょうか? 何だかいつもと印象が違いますし、ここまで変わってしまいますと、これはこれで凄いやり辛いです」
「あー、これねー。実はチュンちゃんってね、大泣きする程ショックな事があると、その悩みの元が解消されるまで抱き着いて来る甘えん坊状態になるのよ」
幼馴染として色々と事情を知っている南野さんは、今の桃瀬さんの状態になってしまう経緯を簡潔に説明してくれる。
その話を聞いて、そんな風になってしまうのかと僕が考えていると、少しふざけた雰囲気になりながら説明は続いていく。
「上っち達みたいに付き合いの長い私達の間では通称『チュンちゃん超美少女モード』って呼んでて、小さい頃はしょっちゅうこうなっちゃって可愛かったのに、中学に上がる頃には滅多に見かけなくなったんだよねー、久しぶりに見て驚いちゃった」
な、成程、そういった状態があったとは。これはレオ様達に報告して良いのか微妙な内容になる。桃瀬さんの意外な部分を知れたのだけれど、幾ら敵対している間柄と言え、女の子をわざと泣かせるような酷い事をレオ様達にして欲しくは無い。
一人考え事をしていると、僕の後ろで桃瀬さんがイヤイヤと首を振り顔を赤くしていた。性格が大きく変わっているのもそうだけれど、それに伴って仕草も何だか幼くなったようにも思えて、本当に別人になってしまったのでは無いかと、心配でドキドキして落ち着けない。
「だって、だって、こうなった私を皆して可愛がるんだもの……私だって恥ずかしいんだから……ねえ、日和さん、もう少しだけこのままでいさせて。教室に戻る頃には落ち着くから……お願い……」
ここまでされると、もう何も言えなくなってしまう。今ではきつく言い過ぎてしまったとも思えて来て、僕が悪い事をしてしまったのではないのかと感じて落ち着けない。教室に着くまで好きにさせよう。
廊下を少し歩いて、ようやくA組の教室が見えて来る。僕が声を掛ける前に、桃瀬さんは自分から離れて行った。それでもシュンとした顔は戻りきらず、教室に入る時に男子達が若干ざわついた。
赤崎君も桃瀬さんの表情には驚いており、一体何を言ったのかと僕を見ている。遅れて来た状況に何があったのかを先生に尋ねられてしまう。
何も無かったとは言えなかったので、正直に僕がこういう場所での着替えに慣れておらず、落ち着くのに時間が掛かってしまったと、どうにか事実が含まれた言い訳を思いついて話し、男子達の視線を集めてしまう恥ずかしい結果でどうにか乗り越えられた。
先生もそれ以上は追及はせずに、視線を向ける男子を注意する形で身体測定を待つ流れになった。
◆◇◆
A組の順番が訪れて、身体測定に向かう。男女で別々に測る為、僕は女子達を先導して保健室に向かう。
男だった僕が女の子になって、女子達を連れて身体測定をするという、この何だか奇妙な状況をあまり深く考えないように歩いていると、あっという間に目的地に辿り着いた。
身長や体重の他に、視力や聴力等々、色々な物を測っていく。出席番号順で測るようで、まずは身長からになる。
「いやー、流石にスリーサイズは学校じゃ測んないかぁ。こんな大勢の前でお腹周り出したく無いもんねぇ」
南野さんが桃瀬さんの隣で会話をしている。彼女は既に元の調子に戻っており、先程の彼女は夢か幻かと思える位に切り替わっている。
「そうよねぇ、私も今腹筋でお腹割れちゃってるから、女の子っぽくないし周りもびっくりしちゃうわ」
「えぇ? お腹割れてんの? 凄いじゃん。それにしてもさっきの日和さんに甘えてるチュンちゃん、久しぶりに見たけどやっぱり可愛かったなぁ~、うへへ」
「ちょ、ちょっと、ホントに止めてよぉ……あの状態になるの、すっごい恥ずかしいんだからさぁ……自分でも抑えられなくなって、大変なんだってば……」
恥ずかしさで赤くなった顔を、手で覆うように隠す桃瀬さん。恥ずかしがる彼女を見つめていると目が合った。
「日和さんも巻き込んじゃってゴメンね。ああなる位に取り乱しちゃうのは私も恥ずかしいから、これからは気を付けるから」
「はい、もうこれ位にしておきましょう。私も同じ目に遭いましたし、お互い様ですよ」
そう言って僕は桃瀬さんに向き合いながら伝える、それで向こうも納得して、ギクシャクする事無くまた元の関係に落ち着く。僕の隣にいた吉田さんも、僕達が変な事にならずに済んだのにホッとして良かったねと僕に笑顔を向ける。
それにしても桃瀬さんはお腹が割れているとは……僕なんて身体を鍛えようと運動をしてもすぐにバテてしまっていたり、それなら栄養を摂って体力を付けようとご飯を多めに食べて苦しくて動けなくなったりと、全然上手く行かなかった昔を思い出してしまい、羨ましく思っていると、保健室の準備が出来たので、出席番号順に並び直す。
一人一人身長計に乗り、身長を測る。測った身長は即座にデータとして保健室備え付けの端末に記録され、学校から各々指定されたパスワードを入力すれば、本人の証明を確認出来れば閲覧可能となる。
今の僕の身長は一五五センチであり、女の子になる前に最後に測った時より三センチは縮んでいた。身体が変化した後の、初めての着替えの時に感じた違和感を改めて認識する。あの時は視点は変わって無いと思っていたのだけれど、全体的に身体が小さくなっていた。
「私は一五九センチだったよー、ほう、吉田さんは一五〇センチなんだー。へぇ、ちっちゃくて可愛いじゃーん」
「うぅ、ギリギリだぁ……これでも去年から毎日牛乳飲んでたんだけどなぁ、やっぱりもっと食べないと大きくならないかな……」
南野さんと吉田さんがそれぞれの身長を確かめ合っている。もう少し背が伸びて欲しいと思っている吉田さんは、桃瀬さんの方を見ながら彼女の真似をした方が良いのか真剣に悩んでいる。吉田さんから視点を向けられた桃瀬さんは、可愛らしい悩みに笑みを浮かべる。
「ふふ、私が言うのもあれだけど、今から食べる量を増やしても横に大きくなるだけよ? 私ももう少し成長したかったけど、去年と同じ一六三センチだもの」
桃瀬さんからの指摘に、ギョッとして思わずお腹を押さえる吉田さん。その姿にケラケラと笑い出す南野さんの側まで桃瀬さんが近づくと、不意に悔しそうな表情になる。
「一八〇センチとは言わないけど、せめて一七〇センチ近くまでは背が欲しかったわっ! 焔達が羨ましいわ! アイツ等ぐんぐん背が伸びてってさ、去年の初めはあんまり変わらなかったのに一気に突き放されちゃった気分よ!」
手を握りこぶしにして、それを胸元に寄せて悔しがる桃瀬さん。ここで僕は逆に三センチ縮んだって言ったらどうなるだろうか、とても口に出して言えない事を思っていると、南野さんが宥めるように反応する。
「まあまあ、でもさチュンちゃん、女同士じゃ無かったらさっきの女子更衣室の件は、日和さんに許して貰えなかったかもよ? あれをやったのがもし男子達だったら、セクハラってレベルじゃない犯罪じゃん」
「何よそれ!? そんな事まず私が許さないわ! ……でもまあ、そういう事ならそれもそうかもしれないわねー。私達女に産まれて良かったわねー、あははは」
あっさりと女同士である事を喜ぶ桃瀬さん。でも僕は産まれはこれでも男だった訳で、もしふとした失敗で性別の件がバレたら、いつか彼女の拳が飛んで来るのではと今の反応でひやひやしてしまう。
この場の会話の流れが、不意に際どい話になってしまうのではないかと身構えていると、吉田さんが顔を赤くしてしまう。
「もし男子があんな事する以前に、お、男の人が女子更衣室に入って来るのがまず犯罪だよっ!? そ、それに、男子が女子の身体を触るのだって、お互いに好きじゃないとダメな事だよ……」
完全に顔を赤くしながら、凄く真っ当な事を言う吉田さん。僕の緊張を他所に、桃瀬さんと南野さんが左右から彼女に抱き着き始めた。
「えー? じゃあ、お互い好きじゃなくても女同士ならこういうのはオッケーなの? 吉田さーん。そんな犯罪級に可愛い事言ってたら、男子より先に女子に狙われちゃうよー?」
「うひゃああ!? は、離して、離してよぉ! 恥ずかしいから止めてってば!」
「お姫様な日和さんもだけど、吉田さんも結構小動物みたいな可愛い反応するのよねぇ。癒し系の女の子と二人も仲良くなれてホントに今幸せだわ……頭撫でちゃいたくなるのよね」
案の定、空気がおかしな方向になってしまう。友達同士で仲良くするのは微笑ましいけれど、男子の目が無いからか、少し過激になってしまいつつある。僕にされるのも恥ずかしくて嫌だけれど、吉田さんも困惑しているので、クラス委員長として止めなければならない。
「もうその辺りにしておいた方が良いですよ? 吉田さんも恥ずかしいと言ってますし、この後もあるんですよ? これ以上騒いでいたら先生が来ちゃいますって」
僕が言い終わると、それに合わせて保健室の先生がこちらを見てわざとらしく咳をして来て、体重測定の用意も出来たと説明も入る。
吉田さんは二人から解放され、慌てた様子で僕の後ろに回る。気まずそうになった二人はぺこぺこと周りに頭を下げて次に移る。
次は体重測定になる。これも一人一人測っていく為、番号順になる。前の順番の女子達が体重計に乗る度に人によって歓喜の声だったり、悲鳴だったりが飛んでいる。
僕は逞しい身体に憧れがあって、少し前までは毎日お風呂上りに自分の部屋に置いてある体重計に乗り、どんなに食べて鍛えても一向に目盛りが増えなかった事に悲しみを覚えていた。
女子だと皆気にしているのか、周りを見れば吉田さんも気にしている様子で、南野さんは桃瀬さんに話しかけている。
「ねえ、チュンちゃん、毎日お昼にあれだけパクパク食べてるけどさぁ、ホントに大丈夫なの?」
「心配ご無用よ、春風。寧ろお昼はいっぱい食べた方が消化効率は良いし、しょっちゅうハードに身体を動かす機会も多いから、あれ位じゃ脂肪を付ける暇も無いもの、ホントはもっと筋肉が欲しいけど、女の子らしく無いのも嫌なのよね」
へー、そうなんだーと、南野さんは桃瀬さんの腕や肩をペタペタと触る。桃瀬さんが身体を触られながらも、真剣な顔でこちらを見る。
「それよりも今は、私よりも日和さんの方よ! 更衣室で見たけど、あの細いのにメリハリのある身体は絶対ヤバい数値をたたき出すに違いないわ!」
A組の女子達の視線が一気に僕に集まる。吉田さんも心なしか真剣に僕を見ている。期待の目を向ける桃瀬さんに、そんな事は無いと断りを入れる。
「そんなに見られましても、私だって普通の人間ですよ? 私の体重なんて見ても全然面白くはありません」
その言葉が挑発と取られたのか、いつもより神経質になっていた女子達が何処か殺気立つような視線で僕を見て来る。一瞬たじろいでしまうけれど、僕の順番が来たので体重計の前に立つ。
体重計に乗る前に、一応半袖の体操服分の重量は差し引いて計測するけど、長袖のままで良いのかと先生に聞かれるが、今日は肌を晒す気分にはどうしてもなれなかったのと、何がどう違うのかわからなかったので、そのままで良いですと断りを入れて体重計に乗る。
計測が済み、出て来た数字は男の頃より数キロも少なかった。身長が減った分体積も減る筈と思っていたら、予想よりも落ちていて驚く。この身体になってからは、身体を鍛えるという行為はせずに、朝起きた時と寝る前にせいぜいストレッチを行う位しかしていない。引っ越しの際に体重計も一応持って来てはいたけれど、鍛えるような無茶をしないなら体重も増えないと思い、測る事はしていなかった。
思っていたより体重が軽かった為、僕も驚いていたけれど、それよりも僕の体重が気になって見に来た女子達の方が驚いていた。桃瀬さん達も唖然としていて、僕が体重計から降りると、途端に肩を掴まれる。
「何処が普通なのよ!? 思った通りの結果だったわよ! 確か自己紹介で甘い物が好きだって言ってたけど、あれは嘘だったの?」
「日和さん軽すぎじゃない! ねえ、普段どんな食生活しているか教えてよ! 何から何まで綺麗過ぎて羨ましいの!」
「減量のミスかと思ったけど、さっきまで同じ設定で測ってるからそんな訳無いんだよね? 身長同じくらいなのに、違い過ぎなんですけど!?」
周りの女子達からも、体重の件でどうやったらそんな風になるのか問われる。そう言われてもどうしてこうなっているのか僕もわからない。僕は甘い物が好きだし、毎日三食食べないと体調にも影響が出る。嘘つき呼ばわりは嫌なので、正直に答えなければ。
「ご、ご飯は毎日なるべく同じ時間にきちんと三食食べてます。甘い物も好きですし、お休みの日には食べてますよ? 人より食べる量が少ないのかもしれませんが、よく噛めばお腹一杯になりますし、好きな物を食べるようにしています」
あんまり一度に多くは食べられないけれど、それでもお腹が空いてしまう時はどうしようもなく空いてしまう。シャドウレコードでグレイスさん達にあれこれ指導して貰っている時に決まった時間にしょっちゅうお腹を鳴らしては、その度に笑われてしまったのを思い出す。
「あ、後は朝起きた時と夜の寝る前にはストレッチをしている位でしょうか……私もこれ以上は良くわからなくて、ご、ごめんなさい……」
何だか良くわからないけれど、とても申し訳ない空気になってしまったので、頭も下げる。これ以上は特に何もやっていない為、納得できない子にもし更に詰め寄られたらどうしようかと思ったが、誰も何も言って来なかった。
先生もこの一部始終を見られていたが、今回の僕の件では何かをするような事は無かった。どういう訳なのか、寧ろ騒ぎが落ち着くまで見守ってくれていた。
この後、桃瀬さんが僕に自分の体重を見せて来たのだが、ヒーローという規格外の生活をしている彼女の体重では、何も参考にならないとA組の女子達に一斉に突っ込まれていた。この後の測定は何事も無く進み、女子更衣室で着替える際に、僕は周りの女子達から畏敬の念を抱かれ、吉田さんを含んだ一部の女子からは憧れの視線が飛んで来た。
 




