第十四話 そういえば今日は、身体測定のある日でしたね
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A組のクラス委員長になり、吉田さんとも仲良くなってから既に三日は経った。
今、僕は廊下を歩いていると、部活勧誘という名目で見知らぬ男子の上級生達に囲まれてしまっていた。
「君が一年A組の日和さんだね? 単刀直入に言って、俺達サッカー部のマネージャーになって欲しいんだ」「ちょっと待てコラ、日和さんに先に目を付けてたのは俺等野球部だっての!」「日和さん! 俺達柔道部ならこんな奴らすぐにでも追い払ってみせるぜ、是非ともうちに来てくれ」「我々、剣道部は日和さんに来て欲しいと願っている!」
「え、えっと……皆さん、私に部活に来て欲しいと言う事は、マネージャーとして来て欲しいという事ですよね……?」
桃瀬さんも赤崎君も、所用でヒーロー支部への招集を受けて、今日は午前の授業は少し遅れるとの事で、僕は先生からクラス委員長の雑用を任され、一人で廊下を歩いていた事の出来事だった。
桃瀬さん達がいない分、ここが狙い目と言わんばかりに僕を勧誘しに来た上級生達。この勧誘も初めの内は、女子が多い文化系の部活の上級生が僕に興味を持って、わざわざA組や他の組まで出向いて親切に部活の内容を説明してくれていた。
僕の本来の目的はガンバルンジャーの調査なので、彼等が何処かの部活動に入部するという事情でも無い限り、調査よりも優先は出来ない事情がある為、表向きの理由として、まだ引っ越してきたばかりでまずは生活に慣れたいとやんわりと断っていた。
僕がそう頭を下げて断ると、彼女達は僕の理由に納得してくれて、落ち着いたらで良いから気が向いたら遊びに来て欲しいと、すぐに引いてくれていた。
僕が釣れなくても、一部の部活では興味を持ったA組のクラスメイトもいたので、彼女達の新入生の勧誘は概ね成功していると思える。
僕が今まで、比較的活動が緩そうな文化系の部活の勧誘を断って来たのに、運動系の部活なんて出来る訳が無い。それに女子の運動部ならまだしも、今来ているのは全員男子の部活だ。他の部へのけん制の為なのか、複数人で集まって僕を囲み、逃げ出す事も出来ない。
ここで僕を囲っているのは少なくとも、サッカー部に、野球部に、柔道部に、剣道部等がいるらしい。彼等の後ろを見渡すと、背が高い黒い人だかりが出来ているので、他の部活動の人もいるのかもしれない。
「あの、私はこちらに引っ越して来て、まだどちらに何があるのかだとか、把握も出来ていない段階でして、これからの生活の事を考えるとまずそちらを優先していきたいのですが……」
前に断った時と同様の理由で、やんわりと他にやる事があると断りを入れる。そもそもの話、男子ばかりの部活動に女子がマネージャーとして入部するというのは、中々にハードルが高く思える。でも、僕は元々男だからこの場合はどっちになるんだろう? と、思考が現実逃避しかけようとした時、不意に肩を掴まれる。
「あー、それは大変だねぇ。でも把握していくのにさ、日和さん一人じゃ寂しくない? その点俺等サッカー部ならこいつ等より色々君に教えられるよ? 大丈夫だって! 楽しい所とかいっぱい知ってるし、遅くなっても一人で帰さないから安心してよ」
「えっ? あ、あの、ちょっと……」
サッカー部の上級生に肩を掴まれ、グイっと顔が近づいてくる。色々教えられると言われても、まず僕は貴方の名前すら把握していない。
そういえばここにいる人達全員が僕の名前を知っているのに、僕はまだ誰の名前も教えて貰っていない。振り解こうにも彼等をなんと呼べば良いのかわからずに困っていると、人だかりの外から聞き馴染みのある声がした。
「日和さんは別に寂しくなんかありませんよ。先輩達に教わらなくても、既に一緒に見て回ってくれる友達がいるみたいなんで」
「ゲッ……お前は、赤崎……!」
声がした方向に顔を向けると、言葉遣いを意識しながらも、少し不機嫌そうな表情でこちらを見る赤崎君がいた。
赤い髪に赤い瞳は、人が大勢いるこの場所では良く目立ち、普通のトーンで話す声も、戦場でも良く聴こえるようにする為に声の発し方から違うのだろうか、耳に残り易く感じる。この中で一番大柄な柔道部の上級生も、彼のその鍛えられた体格には思わず威圧されていた。
赤崎君がスタスタとこちらに歩いてきて、僕の肩に乗った手を軽く振り払うかのように持ち上げて動かし、そのまま上級生から僕を庇うかの如く、彼等の前に出る。
「大体なんですか、揃いも揃って女の子一人を逃げられないように囲うとか、マネージャーとして勧誘するにしては、余りにも誠意が無さ過ぎでは?」
そう赤崎君がきっぱりと言い放つ。彼自身、何か思う所があったのかその表情は真剣そのもので、誰かを威圧している訳では無く、別の感情へ訴えかけるかのような強い物がある。
赤崎君の言葉と表情に、大半の上級生の顔が申し訳無さそうに勢いを失い、ばつが悪いといった感じでこちらを見ている。それでもまだ一部の上級生は、彼に向かって自分達の正当性を主張しようとしていた。
「なんだよ……ナイト気取りだか知らないけど、自分達のお姫様が取られそうだからって横から出しゃばるなよ……! ヒーロー様がそんなに偉いかよ、こっちはただ部活への勧誘をしてただけだぜ? 別に問題なんて無いだろ」
「ほう、部活の勧誘だから問題が無いというか。だが、そもそもこの時期での勧誘は正式な部員獲得が主で、マネージャーの勧誘はそれが終わり顧問の許可を得てからだと、生徒会でも説明した筈なんだが?」
僕達のいる人だかりの方に向かって、追加で声を掛けてくる人がいた。赤崎君に詰め寄る上級生がそちらに視線を向けると、途端に表情が変わり青ざめていく。声の主はこの学校の生徒会長にもなっていて、ヒーローでもあるガンバブルーこと青峰 翠先輩だった。
「毎年毎年、まだ何も知らない一年の女子生徒に声を掛け、無理矢理マネージャーへ勧誘する部活があるとは聞いてはいたが、今年のそれは規模が大きすぎるな。まだ体験入部の段階だろうに随分と調子が良いではないか?」
赤崎君同様、僕を庇うように側まで来た青峰先輩は、不機嫌を通り越して完全に怒りの表情を彼等に向けていた。
まだ二年生でありながらも、生徒会長という肩書はこの場では非常に有効だったようで、違反を指摘された彼等は一目散に逃げだしていった。そんな事情を全く知らなかった僕は、突然起きた出来事と、後からお出しされた情報の多さに、何処に感情を向けて良いのか方向性を見失ってしまいポカンとなる。
思考が追い付かず数秒固まっていた僕は、突如誰かに抱きしめられる。其処で思考が現実に戻り、抱き着いて来た人物を確かめると、それは桃瀬さんだった。
「日和さん! 大丈夫だった? あんなに大勢の上級生に囲まれて、とても怖かったでしょうに……私の勘で、何か良く無い事が起こるかもしれないって言ったら、二人共急いで飛び出しちゃってさ」
急いで来たという割には、汗もかかず息も一つも切らさないで颯爽とやって来た二人。能力制限でヒーローでも人並みの動きしか出来ないというのに、それでも常人離れした体力は流石といった所。
僕の安全を確認して落ち着いた桃瀬さんに離れて貰い、お礼を言おうと彼等の側に行く。頭一つ分程身長差があるので見上げるように視線を向けると、何故か二人の顔が赤くなるのだけれど、まずはお礼を言わなければと疑問をひとまず置いておく。
「助けてくれてありがとうございます、赤崎君。どうしても一人で出歩かなければならない時に囲まれてしまいまして、勧誘を断っても諦めて貰えず、皆さんの名前も知りませんでしたから、どうしようも出来ず困っていた所でした」
「あ、ああ、クラス委員長の用事だったのか……まさか学校内でヒーローの招集を狙われるなんて思いもしなかったから驚いたよ。でも、今日は何とか間に合って本当に良かった……」
まずは赤崎君にお礼を言う。同じクラス委員長の彼には事前に先生から説明があったのだろう、今日の日程を把握していそうである。僕を助けられた事が嬉しいのか、彼の表情は心の底からホッとした表情をしていた。
「フッ、焔の奴め、涼芽からの予感を聞かされた時は、どんな凶悪怪人が出没した時よりも血相を変えて飛び出して行ったからな。焔の珍しい顔が見れて驚いたぞ」
「青峰先輩もありがとうございました。入学式の挨拶の時に名前は知っていますが、初対面ですよね? 初めまして、私は日和 桜と言います。桃瀬さんと赤崎君とは同じA組で、二人にはいつも仲良くして貰っています」
先輩にもお礼を言い、初対面なので軽く自己紹介もしておく。先輩は赤崎君の隣に立ち、ここに来る前の彼の珍しいという表情について語っていた。
僕はどんな凶悪怪人よりも厄介なシャドウレコードの四天王なので、血相を変えて飛び出すのはある意味正解かもしれない。ただ、今の僕はそんな存在だとは微塵も思われていないので、違う意味なんだろう。
「う、うむ、初めまして……だな。いや、君の事は涼芽や焔からは話で聞いていて、こっちは既に知っていた気になっていた……日和 桜さんだな、改めて名を言うが俺は青峰 翠だ。一応この学校の生徒会長もやっている」
先程までのクールな雰囲気の先輩とは裏腹に、僕への挨拶を返す先輩は何処か動きがぎこちなくなっている。お礼と挨拶を済ませると丁度チャイムが鳴り始める。
「むっ、これはいかんな、急いで教室に向かわねば。この件は早速生徒会にも報告しておく、後の事は焔達に任せるぞ! それではな日和さん」
そう言って早歩きで自分の教室に向って行く青峰先輩。僕達も三人で急いで教室に向かう。
◆◇◆
桃瀬さんと赤崎君は午前中の授業に途中から加わり、それからは僕への勧誘は無く、時間は進みお昼になる。
僕と吉田さんは、あの日に二人で一緒にお弁当を食べようと決めて、今日も仲良くお昼を食べている。ただ、一緒にお昼を食べる人数は増えていて、僕の隣には購買でパンを沢山買ってきた桃瀬さんと、彼女の友達がいる。
「でさ、なんとしてでも日和さんをマネージャーにしようと目論んでた連中なんだけど、午前での一件で生徒会長の青峰先輩にバレちゃったじゃない? それで今、お昼もロクに食べずに生徒会が動いてるっぽいよ?」
僕の知らない所で、事が進んでいるという情報を桃瀬さんの友達である、南野 春風さんから聞かされる。黒髪のショートヘアーで、桃瀬さん同様に活発そうな彼女は、部活勧誘の始まったその日から体験入部に行っており、手にした携帯端末から先輩や他の組の子から様々な情報を集めている。
南野さんは、上田さん達とも仲が良く、たまたま食堂で彼女達と会った時に三人が僕の連絡先を知っている事を自慢されたらしい。
それで南野さんが桃瀬さんに尋ねると、入学式が終わった後の一件を説明され、教室に戻って来た南野さんに半ば強引に連絡先を聞かれ、交換する事となった。
彼女は桃瀬さんと良く一緒にいる事が多く、桃瀬さんの独自の言動の意味を、僕にも教えてくれたり、そのテンションにも着いて行ける人物でもある。時折、解釈に困る時もあるので、付き合いが長い南野さんの存在は非常に有り難かった。
「あら、翠も余計な仕事を増やされて、結構ご立腹じゃないの。それに、ナンパ感覚で日和さんに手を出そうとしていた輩もいたみたいだし、私も腹が立ってたのよね」
買ってきたコロッケパンをムシャムシャ食べながら、桃瀬さんが呟く。僕と吉田さんは既にお弁当を食べ終わっており、今は彼女の食べっぷりをただただ眺めている。
「それにしても、相変わらずチュンちゃんは良く食べるよねー。今食べてるのがコロッケパンで、さっきカツサンド食べてなかった?」
南野さんも食べっぷりに呆れてしまっている。桃瀬さんが買ってきたパンは、コロッケパンに、カツサンドに、焼きそばパンに、タマゴサンドに、ハムサンド。それに甘い物として、チョココロネとメロンパンが置いてある。
総菜パンはコロッケパンが最後であり、チョココロネとメロンパンは食後のデザートとして頂くようだ。食べっぷりもそうだけれど、僕としては炭水化物ばかり食べていて、大丈夫なのかと心配になる。
「桃瀬さんは凄い食べますね……ですが、パンだけなのは栄養面で大丈夫なのでしょうか……? 普段はきちんとお野菜も食べていますか?」
「大丈夫よ! 日和さん! 心配してくれてありがとうね、コロッケパンはジャガイモを使っているからちゃんと野菜も入っているし安心して!」
「チュンちゃん? ジャガイモが野菜はちょっと無理があるんじゃないかなー? 吉田さんもそう思うよねぇ?」
「で、でも……ジャガイモだってナス科だし、一応分類上はナスやトマトと同じだから、正直どうなんだろう?」
桃瀬さんの言うジャガイモが野菜と言う主張に、僕達はそれぞれ疑問を浮かべる。コロッケパンも食べ終わり、彼女はチョココロネに手を伸ばす。
「はぁ……しっかし、この後の事もあるのにチュンちゃんは、よくもまあ食が進むねえ……私なんか数日前から今日が気になって食べる量を意識してるのにさー、あーあ、せめてお昼前だったらなあー」
「そう思うなら、常に日頃から意識していれば良いのよ、春風。そんな事を二、三日やった所で結果なんて変わらないんだから無駄な努力よ」
妙に余裕を持った態度で、憂鬱そうにしている南野さんに指摘する桃瀬さん。彼女の言葉は周囲にも影響して、心なしか苦々しい声を出す女子が他にも数人いた。
桃瀬さんを別世界の人間を見るかのような視線で唖然としている吉田さんに、僕はさっきから何の話をしているのか気になると、そういえば今日は身体測定でこの後体操服に着替える必要があったのを思い出す。その事を意識すると途端に恥ずかしくなってしまう。
「そういえば今日は、身体測定のある日でしたね……午前中にクラス委員長の用事があったのも、その件の事だったのを忘れていました……」
部活勧誘の一件で、身体測定の事をすっかり忘れてしまっていた。どうしよう、着替えの為に女子更衣室に行かなければならないし、全員の着替えが済んだらクラス委員長として先生に報告する義務もある。
グレイスさんの言いつけをちゃんと守って、見られても困らない下着はきちんと身に着けてはいる筈。だけれども、女子達に着替えを見られるのは恥ずかしいし、他人の着替えで僕が動揺してしまうかもしれなくて不安になってきた。
一人であれこれ考えてしまい、恥ずかしさと不安で固まっていると、一体どうしたのかと桃瀬さん達が僕を気にして声を掛けてくる。
「どうしたのよ、日和さん? 貴女も実は体重が気になってたりしてた?」
「いえ、私の体重なんて普通だと思いますし、知った所で面白くありませんよ……それよりも、この後着替えがありますよね? 大勢の人の前で服を脱ぐ必要があるのでしょう……? 私、そういった経験はあんまり無くて……」
自分の言葉で口に出すと、それだけで顔が熱くなる。恥ずかしさで視線は下を向いてしまうし、じっと出来なくなって膝の上で手を組んでもじもじさせてしまう。
これまでの人生を振り返ってみても、本当にそういった経験が少ないのを再認識してしまうだけだ。孤児院にいた時から僕は特殊な扱われ方をされて来ていたので、自然と一人で着替えをする習慣が身についてしまっていた。
ましてや今回の件は女子更衣室に行かなければならない。幾ら今の僕の身体が完全に女の子だったとしても、男だった時の方が圧倒的に長い訳で、申し訳無さの方が遥かに大きくあって、それを開き直れるような度胸も無い。
こんな僕の反応を見て、吉田さんは僕の事情を完全に理解している訳では無いけれど、それでも共感出来る部分もあったようで声を掛けてくれる。
「わかるよー、日和さんの言いたい事ー。私達仲良くなったって言っても、知り合ってまだ数日しか経ってないもんね。私だって日和さん達なら一緒に着替えても良いと思うけど、それでもA組の女子全員と着替えるのは、ちょっと恥ずかしいと思うし」
僕に優しく微笑みかける吉田さんに対して、桃瀬さんと南野さんはそんな事は、今まで特に気にした事が無さそうな表情をしている。
「ねえ、チュンちゃん。吉田さんの言いたい事はわかるんだけどさー、それでも日和さんはちょっと初心過ぎない? この前してくれた過去の話から男子慣れしてないって事はあり得るけど、私等は女子同士なんだしさー、恥ずかしがって距離を置かれるのは寂しいよねぇ?」
南野さんの指摘はごもっともです。彼女は僕を完全に女の子だと思っている訳だから、着替えでこんな反応になる僕がおかしく見えてしまうのかもしれない。けれど、恥ずかしい物は恥ずかしいし、仕方が無い。髪や目の色を尋ねられるのとはハードルが違う。
なけなしの勇気を振り絞って、着替え中は目を瞑りながら着替えようかと考えていると、少し何かを思っていた桃瀬さんが助け舟を出すかのように話し出す。
「まあ、待ちなさいよ春風。確かに普通の女の子だったなら、女の子同士の着替えに慣れてないだなんて変に感じるかもしれないわ。でも、日和さんは能力者よ? 私と初めて会った時にも既に周りから距離を置かれていたし、私も能力者だからそれだけで色々察しちゃったのよ」
な、なるほど……僕に対して、そんな解釈の仕方があったとは。切なげな顔で話す桃瀬さんの言葉で、二人はハッとした顔になり、僕の方を見て完全に言葉を失ってしまう。
二人は今何を思って僕を見ているのだろうか、ただ単に、僕が女の子じゃなかったから女の子としての経験値が皆無に等しいだなんて、とてもじゃないが言える筈が無い。
とりあえず、今は桃瀬さんの話に合わせてこの場を乗り切ろうと思っていたら、続けざまに桃瀬さんが話し出す。
「という訳で、日和さんに慣れて貰う為に、私はこの後女子更衣室で徹底的にスキンシップを行う事にするわ! この際だからお姫様には勇気を出して貰わなきゃね! 皆もそう思うでしょ?」
そう言って、桃瀬さんは僕達の会話を聞いていた周りの女子達を焚き付けていた。彼女達はすっかり乗り気になっており、南野さんもそう言う事ならと、桃瀬さん側に回っていた。唯一、吉田さんは状況が飲み込めておらず、良くわからないまま話に乗っている。
僕を見てニコニコと微笑む桃瀬さんの目には、何だか良くない物が宿っているような気がして、僕は身震いがした。
◆◇◆
お昼休みも終わり、身体測定の為に僕達は女子更衣室にやって来た。
もうこうなったらササっと体操服に着替えて、廊下に出て皆を待てば良いと思い中に入ると、何故か女子達に囲まれて今は桃瀬さんに壁際に追い込まれてしまっている。
「ねぇ日和さん、もしかして恥ずかしいからって早く着替えてすぐに外に出ようって思ってない?」
僕の考えが読まれているのか、桃瀬さんは手を伸ばしてグイグイと僕に詰め寄って来る。彼女の手がそっと僕の肩に触れ、次第に首元に近付いてくる。緊張からか、肌に手が触れた瞬間に身体が反応し、つい小さく声が出る。
「大丈夫、ここにいる皆、貴女に酷い事をしようって訳じゃ無いのよ。ただ、その綺麗なお肌やスタイルが気になってしょうがないだけだから。少し確認したいだけなの」
女子達が僕を見る目つきが妙だ。入学式から気になってしょうがなかった事を知れる、絶好の機会だと言わんばかりの雰囲気だ。
数に圧倒され、そのまま成す術無く僕は抵抗むなしく、制服を脱がされるのであった。
一人で着替えられると言っても、彼女達の勢いは収まらず、僕はあっという間に制服のシャツからはだけた肌を触られる。桃瀬さん達はこれがスキンシップと言い張り、その手の知識に乏しい僕では判断が追い付かず、為すがままにされていく。
「日和さんって肌スベスベよねぇ、羨ましいなぁ……これって全身脱毛とかやってるの?」
「い、いえっ、体質なんです……全く生えて来なくて気にしてて……」
「何それ、羨まし過ぎ! じゃあ全くって言うと下もなの?」
スキンシップ強めな女子達の視線が、僕のスカートの方に目が行く。彼女達の強い視線に耐え切れず、僕は咄嗟にスカートを手で押さえてしまう。その反応が答え合わせのようになってしまって、なんだか余計に恥ずかしくなる。
「なる程ねぇ……日和さんのそこはそうなんだぁ……じゃあ、ここはどうなってるのかなぁ?」
僕の反応に嬉しそうな表情の桃瀬さんが、それでもまだ満足し足りないと言った目つきで腰に手を伸ばしてきた。腕や肩を触られて身動きが取れない所に腰まで触られて、くすぐったさを感じる。
「ひゃあぁぁっ! だ、だめ、桃瀬さん、そこはやめて下さい!」
「何この腰つき!? 細すぎでしょ、内臓とか何処なのよ!? 休日はドレス着て、お城の舞踏会でダンスでもしてるっていうの?」
ドレスなんて着た事は無いし、ダンスも踊る相手なんていないし、踊り方も知らない。彼女達の手は次第に胸や脇腹まで伸びていき、とうとう耐え切れなくなって無理矢理振り解いてしまう。
その際、桃瀬さんの手の位置が悪く、彼女の手がスカートのホックに当たって脱げてしまう。意識が足に向いてしまい、振り解いた勢いをどうにも出来ずに転んでしまう。
「いたたっ……もう、変な所を触らないで下さいよぉ……勝手に服を脱がすのも……って、あ、ああ……ひぃゃぁあぁ……」
振り解いた勢いでスカートまで膝の辺りまで脱げてしまい、ショーツまで見えてしまっている。制服のシャツも脱がされた際に片腕しか腕が通っておらず、ブラも丸見えになっていて、僕は慌てて腕で身体を隠す事しか出来なくて、それでも全然隠せなくて頭がパニックになってしまう。
「や、やだ……み、見ないで下さい……恥ずかしいです……」
「うわぁ……これ日和さんえっち過ぎてヤバいって……しかも着てる下着はよく見たらS&Rブランドの新作じゃん。あそこの下着、質が良い割にお手頃価格なのも多いから好きだけど、可愛すぎるのも多いから、日和さんみたいに可愛く無いと中々着る勇気出ないんだよね」
「あそこの下着、ここまで似合ってる子初めて見た……プロポーション凄すぎでしょ……ってか、日和さん顔真っ赤になってない? ねえ、桃瀬さん、これって私達やり過ぎじゃない?」
僕は女子達に囲まれ服を脱がされ、挙句の果てに着ている下着の品評までされ始めている。似合わない下着を着て、変に思われて困る事にはならなかったけれど、この状況はとても恥ずかしいし、別の意味で困る事になってしまった。
ほぼ裸で身体が少し寒く感じるとのは別に、顔だけはとても熱く感じる。転んだ際の身体の痛みもあって、視界が滲んでしまう。これ以上は耐えられないので、どうにか止めてくれるように頼むしかない。
「も、もう、やめて下さい……スキンシップと言われたので受け入れてましたけれど、これ以上は耐えられません……」
顔を上げると、目から涙が零れ落ちそうになる。そのせいか知らないけれど、皆の動きが固まる。手で拭おうにも両手は身体を隠すので精一杯な為身動きが取れない。
すると、更衣室の入り口で固まっていた吉田さんが急いで駆け寄って来て、僕の身体を隠すように前でしゃがみ込み、持っていたハンカチで目元を拭いてくれた。
「大丈夫? 日和さんが辛くなるまで来られなくてごめんね……ほら、隅っこの方が空いてるから一緒に着替えよう? そのままじゃあ立てないだろうし、皆から隠しておいてあげるからスカートも直そうね」
そう言って、何とか立って歩けるような格好になるまで吉田さんが僕の前でいてくれる。スカートを元の位置に戻し、この後着替えもある為、シャツは両腕だけ通して腕で胸元を隠すようにして立ち上がる。
僕の体操服の入った袋と脱がされた制服の上着を持って、更衣室の隅に行こうとすると、何かを覚悟したかのような表情の吉田さんが桃瀬さん達の方に振り向く。
「あ、あの! 皆これはやり過ぎだと思うよ! 日和さんに慣れて貰いたいのはわかるし、お肌が綺麗なのも羨ましいのはわかるけどさ、それから先は、さ、流石に、ダメだよ!? スキンシップってこういう事じゃ無いと私は思うよ! も、桃瀬さんも、ナイトって自称するなら、あんな事お姫様にしないで欲しかったな……」
震える声で皆に主張する吉田さん。言うだけ言うと、そのまま振り返って両手が塞がっている僕の背に軽く手を触れ、隅に移動して着替えを始める。
僕が着替える間、空気は静まり返っていた。隣にいる吉田さんも何処か顔を赤くして一緒に着替えを始める。まだ肌寒いかもしれないと思って長袖を持って来ていたのだけれど、この騒動で僕は完全に肌を出せなくなったので自然と上下にそれを着る。ズボンも少し行儀が悪い気がするけれど、スカートを穿いたまま穿けると吉田さんが教えてくれる。
幸い制服はシャツが多少変なシワが出来た程度で、ボタンが取れたりはしていなかった。スカートも何処も破れたりもせず無事で、まだ着て少ししか経っていない物だったので不安だったのだけれど、それにも安心する。
着替えが終わり、吉田さんと一緒に更衣室を出る。その間、桃瀬さんが何か言いたそうな雰囲気だったけれど、吉田さんに庇われた手前、更衣室の中では反応が出来ずに、クラス委員長の役目もあるので他の人が出て来るのをすぐ側の廊下で待つ事になる。
少しして、着替えが済んで桃瀬さん含めた僕を囲っていた女子達が出て来る。すると、出て来てすぐに桃瀬さんが僕の目の前に駆け出し、滑り込むような勢いで土下座をして来た。
「日和さあああんっ! ホントにごめんなさあああい! 私が! 全部、私が悪かったのよおおおおっ! スカートを押さえる仕草にムラッと来ちゃって、細すぎる腰つきについ理性がっ! ホントにホントにごめんなさい! 気が済むまで謝るから、だから嫌いにならないでぇ!」
その勢いに続くかのように、周りの女子達もワッと駆け寄り僕に謝罪をし始める。流石に桃瀬さんみたいに土下座まではしてはいないけれど、皆深々と頭を下げている。あの時は恥ずかしかったが、少し時間が経って頭も落ち着いているので、僕はこれを早々に解決する方向に動きたかった。
「あ、あの、皆さん落ち着いて下さい。怒るのは既に吉田さんがして下さいましたし、わ、私も身体を見せ慣れていなかった為、過剰に反応してしまった所もあります。ですので、次からはもう少し控えめに接して頂ければ、私もどうにか乗り越えていきますから……」
ここはどうにかして皆を宥める。こんな僕が恥ずかしくなるような事で騒ぎを大きくしたくは無いし、A組の女子達とは仲良くしていきたい。僕は何も怒っていない事を伝えると、彼女達は次第に落ち着きを取り戻していく。ただ一人、盛大に土下座をしている桃瀬さんだけは別で、尚も僕に縋るように謝罪をしている。
「ホントに? ホントに怒って無いの? でも! それでも、私の落ち度はまだ何も解決してないの! 貴女に酷い事をしてしまった私を罰して! これじゃあ貴女の騎士失格だわ!」
自分が気が済まないのか、桃瀬さんが僕に何か罰を求めて来る。そんな事はしなくても良いと宥めても、それでも土下座を止めてくれない。どうしたら良いのか困っていると、ふと、僕を呼ぶ男の人の声がした。
「あの、日和さん、A組の女子が着替えから中々教室に戻ってこないから、どうしたのか様子を見て来いって担任に頼まれて来たんだけどさ、其処で馬鹿やって騒いでる涼芽は一体どうしたんだ……?」
振り向くと其処には、僕と同じ男子のクラス委員長になった赤崎君がいた。この状況をどうやって説明しようか、僕含めた全員が固まってしまった。




