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第十三話 私も一緒に誰かとお昼を食べるのは嫌ではありませんから




◆◇◆




 結局の所、僕の知りたかった思い出の詳しい話は出来ずじまいで学校に着いてしまったのだけれど、話を聞いてみたかった相手と、ひとまずはお互いの情報を出し合えたので成果はあったと思う。


 これ以上話を深掘りするには、僕も赤崎君もデリケートな部分もある為、無理強いは出来ない。彼も所々苦しそうな表情で思い出を語っていたので、それを知るにはまだ早いのかもしれない。


 でも話をしてみて、彼が嫌な人では無い事がわかったのが僕にとってはとても大きい。調査をする上で性格に難がある人であったら、調査どころでは無かっただろう。


 週末に思い悩んでいた悩みが全部解決した訳では無いけれど、それでも多少はスッキリした気持ちで行動出来るのは大きい。ただ、悩みを一つ解決しようとして、また一つ別の悩みが出来てしまったのは想定外だった……


 学校に着いて三人でA組まで行き、チャイムが鳴るまでまだ時間があったので、赤崎君は自分の机に鞄を置くと、サッと違う教室に向って行った。一応桃瀬さんが言っていた男除けとしての役目は果たしていたらしく、教室前の廊下にいた男子達は彼を怖がり一目散に散っていき、桃瀬さんが呆れていた。


「はぁー……何なのよ全く、やっぱり今日も懲りずに群がってたわね。悔しいけどアイツも一緒に連れて来たのは正解だったわ」


「おはよー! チュンちゃんと日和さん! 今日もまた男子の群れが来てたねぇ、綺麗所のお二人さんだから一緒にいるだけでもそれだけで男が寄って来て大変ですなぁ」


 教室に入ると、桃瀬さんの友達が数人やって来る。僕は彼女達に軽く挨拶を返し鞄を机に置く。今日は三人で来た事を尋ねられた桃瀬さんは、ただヒーロー活動の一環と詳しい事情は話す事なく流していた。


 桃瀬さんが話しながらこちらに目配せをして来たので、僕もそれに合わせて返事をすると、週末の不審者騒動もあってか彼女達は自然と納得してくれた。


「こないだの事件もあったもんねー、ニュースを観たらチュンちゃん達も出てたけどそんなに凶悪な集団だったの?」


「いやー、強さは良くわかんないんだけど、とにかくいっぱい数がいてさ。支部にいたヒーローをいるだけ出動させたって感じなのよね。調べた結果、連中、自前の筋肉だけで暴れてたっぽくて正確な強さがいまいち把握出来なくってさ」


 能力に制限が掛かるこの場所で、そんな方法で暴れていたとは。ニュースで見た限りでもあの筋肉団は相当数いた筈。僕も一応能力者である都合、引っ越す際にここに来る前に事前にチェックは受けている。それを突破してわざわざ暴れるとは、思わず驚いてしまう。


 その後も他愛の無い会話が数分続き、僕は相槌を打ったりして聞く側に徹していると、時間が来てチャイムが鳴る。赤崎君を含む教室を出ていた生徒がA組に戻って来て、少しして山田先生が教室に入り朝礼が始まる。先生は先週の事件に軽く触れながら、今日の時間割の予定を話していく。


 今日はこの後は始業式があり、その後A組の委員決めだ。僕がなるとしたら保健委員が合ってると自分ではそう思っている。能力を使わざるを得ない状況はそう滅多に無いだろうと考え、なれると良いなと淡い期待を寄せながら時間は過ぎて行った。




◆◇◆




 始業式では全校生徒が集まるので、あまりに生徒が多すぎてそれらしい人物は見つけられず、収穫らしい収穫は無かった。ガンバルンジャーの五人目は、こうなったら最悪桃瀬さんに直接聞きに行くしか無いかと一人でうんうん悩みつつ教室に戻り、委員を決めようとなった時に予想外の出来事が起きる。


「それじゃあ、これからクラスの委員を決めていくぞ。まずはクラスでの委員長を決めようか、これは男女一人ずつから選び、今後A組で何か決め事をする際に司会を務めて貰う事になる。誰かやりたい人はいないか?」


「はいはいはいはーい! 女子の委員長は日和さんが良いと、私は思いまーす!」


「ええぇっ!? も、桃瀬さん!? 私がですか!」


 桃瀬さんが手を挙げて勢い良く席を立ち、A組のクラス委員長に僕を推薦したのだった。

 

 僕が反論する間も無く、男子も女子もこの提案に賛成し、桃瀬さんに喝采が飛ぶ。騒ぐ教室内を先生が何とか場を宥めて僕の意思を尋ねて来た。


「落ち着けお前達、満場一致で賛成するにしてもまずは日和本人の意思を聞いてからだ。それで、日和はどうしたいんだ?」


「ちょっと待ってください……どうして私が委員長なんですか? 私個人としては能力的に保健委員になろうかと思っていたのですが……」


 桃瀬さんからの突然の提案に、思わず僕も席から立ち上がって理由を尋ねた。席が隣通しな為にA組全体の視線が集まるけれど、其処は致し方無い。何だか自信たっぷりな桃瀬さんは僕を諭すかのように理由を話し始める。


「いい? 日和さん、私が貴女を委員長に推す理由は三つあるわ。一つは既にA組の男女問わず興味を持たれている日和さんが委員長なら、教壇に立つだけで視線は自然と集まるし、貴女の話す声を聴きたくて皆静かに耳を傾けるわ」


 目の前に人差し指をピンと立てて理由を述べていく桃瀬さん。その理由に周囲もうんうんと頷き何故か納得している。というより何だろうかその理由って……もし前に出て話す機会があるのなら、ちゃんと聞いては欲しいけれど、そこまでされると若干恐怖を感じてしまう。


「そして二つ目、これは私達というよりかは、他の組が言ってくるかもしれない問題なんだけどね、私か日和さんのどっちかが女子の委員長になっておかないと、絶対尋ねられるわよねぇ。ならホントは私がやるべきってツッコミはわかるわよ、でもどうしても日和さんには保健委員になって欲しく無いの……!」


 二本目の指を立てて苦悶の表情を浮かべる桃瀬さん。まさかとは思うが、三つ目の理由って今朝のあれが原因ですか? 僕の事を、怪我をした人なら何でも能力を使って治そうとする人だと思われているのだろうか……


 僕が内心そう思っているのがまるでわかっているかのように、桃瀬さんは僕を見ながら頷いている。


「そう、三つ目の理由は! 日和さんの能力で保健委員になられたら、癒しの天使なお姫様が爆誕するでしょうね! 私個人としてはとっても捨てがたいんだけど、今朝の焔へのアレを見ちゃったら……! 私、日和さんが見ず知らずの誰かに能力を使ってる所を想像したく無いのよ!」


 やっぱり……僕が能力を使用した時の光景を見ての理由だ。桃瀬さんの勢いのある発言に周囲がざわつく。自己紹介の時にあれだけ興味を持たれたのだから、三つ目の理由が一番周りの納得の度合いが格段に違う。


「あ、アレは、赤崎君が痛そうにしていたし、日常生活にも支障が出ると判断したから使用しただけで、普段から何にでも能力は使用しませんよ!?」


 桃瀬さんにも周りにも妙な誤解はして欲しくは無かったので、僕は能力を使う際にはきちんと怪我の具合を判断してから使用するのだと説明を行ってみる。


「擦り傷切り傷なら消毒して絆創膏を貼るだけですし、打ち身や捻挫なら部位を冷やして湿布をします! 骨が折れるようなもっと大きい怪我なら痛みを和らげる事は出来ても、私では完全に治せないので、学校で使用するのはとても限定的ですよ!?」


 僕は何とかして理由に対しての反論を行った。ただ、それでも回復能力に対する憧れは大きく、桃瀬さんの言う癒しの天使とかいう存在になった僕を想像するA組の一同。そして次に視線は自然と赤崎君へと向かい、一部嫉妬のような感情を含んだ表情をしている人もいる。


 その感情は彼等の想像する、桃瀬さんの言う見ず知らずの誰かへとまた移っていき、A組の僕へ対する思いが一気に爆発し始める。


「ひ、日和さん! ダメよ! 自分を安売りしないでぇ!」「赤崎はヒーローだから日和さんの意思を尊重するけど、他の男にそれは嫌だあああ!」「日和さん可愛いから、そんな能力まで使っちゃったら勘違いする人絶対出て来るわよっ!」 

 

 僕に押し寄せて来る勢いのA組のクラスメイト達、学校での治療は主に保健室の先生が担当するだろうし、僕の担当する範囲はA組が主の筈なので、他の組へそんな事をするのは限りなく無いのだけれど、想像力が暴走した彼等彼女等の剣幕に圧倒される。


「わ、わかりました……皆さんがそこまで言うのでしたら、保健委員は諦めます……誰かが私の能力を見たくて、治せるギリギリの範囲の怪我をされて保健室に来られても、他の保険委員が困りますしね……」


「そうか、それじゃあ日和、委員長の方をやって貰えないか? どうもこの空気になった以上、皆、お前にやって欲しそうにしている。先生も桃瀬の言う通りとは理由は一部違うが、この学校は能力者もいる手前、女子は色々と目立つ日和か桃瀬のどちらかにやって欲しいと思っている」


 少し落ち込みつつも、自分を納得させる理由を考える僕に、先生も若干深刻そうな表情で委員長をやって欲しいと薦めて来る。恐る恐る理由を尋ねると、能力者ではないただ真面目な生徒に委員長をやらせると、夏になる頃には能力者グループと委員長でクラスが二分して荒れてしまうクラスが毎年出るそうだ。


 確かに、今の僕の過剰な持ち上げられ方を見れば、学校に慣れて来た頃には場合によってはとても悪い影響を及ぼしかねない。保健委員は諦めがついたけれど、ここで僕が桃瀬さんを説得して委員長にするには、条件はどちらでも良いのなら、先に別の委員をやりたがっていたと公言している僕では少し理由が弱いと考える。


 この学校に通う事が続く以上、せめてA組の雰囲気は良い方が僕にとっても居心地が良い。僕の存在でその流れが良くも悪くもなってしまうのなら、悪くする理由は無い。


「わかりました、私で良いのでしたらクラス委員長をやります。上手く纏め上げられるか不安ですが、やるからには良い雰囲気のまま一年を過ごせるように頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします」


 思い切って覚悟を決め、挨拶をして頭を下げる。僕なんかで本当に良いのかと思うけれど、僕が委員長になると決めた途端に喝采が飛んで来る。


 この雰囲気なら満場一致で決まったような物だった。確かにこれなら桃瀬さんの言う通りに話を聞いてくれるだろう。反対する人も特にいないという事は、それだけ期待されているのだと思う。


 期待を無下にするのは嫌だし、腹を括って教壇に立って進行を務める事にする。まずは男子の委員長を決める所からだ。




◆◇◆




 男子のクラス委員長を決める際に、一騒動あった事以外は何とか無事に委員を決め終わった。


 僕が早速男子の委員長を決めようと声を掛けると、A組の男子がほぼ全員立候補したのにはびっくりしてしまったが、それも大事にはならずに無事に決まる。


 時刻はすっかりお昼休みに。委員長として教壇に立ってあれこれ決めるのに緊張してしまい、僕は食事前にトイレに行っていた。最初は一人で行こうと思っていたのだけれど、そわそわしていた所を勘の鋭い桃瀬さんに勘付かれてしまい、二人して連れ立って用を足す事に。


 男だった僕が、女子トイレに入るのは未だに罪悪感や違和感があるが、グレイスさんからの徹底した監視もとい教育によって、他に人がいても不審がられない程度には落ち着けるようにはなっていた。


「いやー、それにしても凄かったわねー。なんだかんだ言っててもやっぱり男子達は男子だったわー、逆に感心しちゃったもん私」


 ハンカチで手を拭く僕の隣で、同じくハンカチで手を拭きながら委員決めの感想を呟く桃瀬さん。

 

 男子達の騒動は一旦話し合いで誰が委員長になるかを決めようとしたのだけれど、それでは全く決まる気配が無かったので、最終的に桃瀬さんが無理矢理赤崎君を推薦して決着をつけた。


 当然男子達は納得はしていなかったので、桃瀬さんは僕が他の組の男子達に絡まれた際に、追い払える自信があるかという問いをして、渋々といった形で赤崎君に決まってしまった。


 委員長に選ばれて、僕の隣に立った彼は今朝の出来事もあってかとても顔を赤くしていて、男子からも女子からもからかわれてしまい、それで強面な印象は薄まっていったと思われる。


 その後は順調に話し合いは進み、委員長を決める際に長引いた時間が嘘のようにスムーズに委員は決まっていった。結局桃瀬さんは何処の委員にもならなかったのだけれど。


 女子トイレを出て、教室に戻りながら僕達は会話を続ける。


「桃瀬さんは何処の委員にもなりませんでしたけれど、やりたかった委員は無かったんですか?」


「あっはは、ごめんねー日和さん。あれだけ貴女と焔を推薦だけするだけしておいて、私は何処も選ばなくて。でも、ヒーローである都合上出来ない委員もあったりするのよねー」


 確かに、僕が桃瀬さんをクラス委員長以外だと体育委員が良いのではと先生に提案すると、大慌てで却下されてしまった。ヒーローの肉体基準で采配を決められる役職に着いてしまうと、今後の学校生活に支障をきたす生徒が続出するとの事だった。


 僕と桃瀬さんが話をしながら教室に戻ると、桃瀬さんの友達が数人寄って来て、彼女をお昼に誘いに来た。


「ねぇねぇチュンちゃーん、そろそろ学食に行こうよー。もう私お腹空いちゃって大変なんだよー」


「そういえば、もうそんな時間だったわね。ねえ日和さん、私達学食に行くけど一緒にどう?」


 桃瀬さんから一緒にお昼をどうかと誘われる。その提案は嬉しかったのだけれど、一人暮らしでこれからは自分でもきちんとした料理を覚えようと思っていた僕は、あらかじめお弁当を用意して来ている。桃瀬さんの横で、自分の机を指さしてアピールをしながら誘いに断りをいれる。


「ごめんなさい、折角のお誘いなんですが、私、実はお弁当を用意して来ていて……」


「なっ!? 日和さんの、てっ、手作り弁当ですって……!? なんてことなの……! ぐふっ」


 桃瀬さんは思わずお弁当の単語に驚くと、そのままガクリと膝をつき、その場で突然嘆き始めた。


「まさか日和さんのお姫様力がこれ程だったなんて……! 騎士を自称しておきながら、こんなに圧倒的な女子としての実力差があるだなんて……私はこの戦いにはついて行けない……」


 学食や購買があるからお昼は何もしなくて良いと、楽をしようとしていたらしい桃瀬さんは自分の横着さを嘆き始めた。桃瀬さんの友達も同様にダメージを受けているようで、僕は彼女達に謎の敗北感を与えつつ、とぼとぼと教室を離れる桃瀬さん達を見送る。


「しっかりしてチュンちゃん、傷は確かに大きいけど私らだってこれから努力すれば、料理の一つや二つ位は覚えられる筈だよ……」


「ううっ……無理よぉ……だって私、中学の時貴女は包丁を持つなって家庭科の先生にも怒られたもん……」


「それは料理漫画の真似をして、チュンちゃんが食材を空中で切ろうと振り回してたのがダメだったんでしょうが。しかも生の魚を三枚におろそうとしてたから余計に酷かったしさ……後、さっき床に思いっきり手を付けてたし手を洗っとこうね」


「それじゃあね、日和さん。多分、ご飯食べたらまたチュンちゃんいつもの調子に戻ってると思うから、あんまり気にしないでね」




 桃瀬さん達がいなくなり、随分と静かになった教室に入る。周りを見渡すと結構な人数が教室を離れ、皆思い思いの場所でお昼をとっているのだろう。僕を含めて四分の一程度しか教室には残っていない。


 僕が女の子になる前のシャドウレコードにいた頃は、いつも一人で食事をしていたので、それが何か嫌だったり、寂しさを感じるという事は無い。自分のペースで思いのままに静かに食べる食事も、のんびりとご飯を味わえて悪くは無い。


 早速自分の席に戻り、鞄から包みを取り出して中のお弁当を食べようと用意をしていると、誰かが声を掛けて来た。見上げると其処には一人の女の子が立っていて、手にお弁当箱の包みを持っていた。


「あ、あの、日和さん……もし良かったら私と一緒にお昼食べない……?」


 その子は入学式で、僕の髪の毛を興味津々に見つめていた大人しめな雰囲気をした子だった。確か名前は吉田さんで、委員決めの際に僕の代わりに保健委員になっていたりもしていた。


 入学式の時は彼女はもっと会話をしたがっていたけれど、桃瀬さんの勢いに後ずさり、廊下の男子達との一騒動もあってかそのまま話す機会を逃してしまっていた。今日の彼女は、自身の薄い色合いの茶髪の一部を綺麗に纏め、小さな三つ編みにしていて少しあの時と見た目が違う。


 そんな吉田さんが一人で僕に声を掛けて、一緒にお昼を食べようと誘ってくる。桃瀬さんに誘われて内心嬉しく思っていたのだから、当然吉田さんからの誘いも嫌では無い。


「はい、良いですよ、確か吉田さんでしたよね? 私も一緒に誰かとお昼を食べるのは嫌ではありませんから」


 嬉しくて微笑みながら返事をすると、彼女は一瞬でぱぁっと明るい笑顔になる。桃瀬さん達とは違う、その雰囲気に何だか穏やかな気持ちになる。


 吉田さんは一旦僕の席にお弁当の包みを置くと、自分の机を持ってきて僕の机とくっつけて、向かい合うようにして席に座る。お互いの準備が済むと、ようやく二人でお昼を食べ始める。




 僕のお弁当箱と、吉田さんのお弁当箱は僕の方が少しだけ大きいサイズで、食べる量が変じゃない事に僕は少しホッとしていると、彼女が質問をして来る。


「日和さんもこの位の量なの? 私、誰かとお弁当を食べる時に、よく量が少なくない? って言われたりしてたから」


「そうなんですか? 私はお休みの日はもう少し多めでも良いのですが、これ以上は運動する時とか苦しくて、学校みたいな場所で食べる時は大変なんですよね」


「わ、わかるよ! それすっごくわかる! 日和さんも私と同じタイプで良かったぁ……」


 僕が吉田さんのお弁当箱のサイズにホッとしていたら、彼女も僕のお弁当箱のサイズを見て質問をして来る。苦労を含んだ体験談に、返事を返すと向こうも僕の体験談で思わずホッとしている。


 お互いの体験談を理解出来て、何だかそれが無性に嬉しくて安心していると、それが可笑しく感じてしまい、つい二人してクスクスと笑い合ってしまう。


 こうして話をしてみると、吉田さんは凄く話をしやすくて、楽しくお昼を過ごす事が出来た。彼女も自分でお弁当を作って来ていたらしく、盛り付けも大変可愛らしかったので、是非とも参考にしておきたい。


 お昼を食べ終わっても会話は続き、二人で料理の話題になる。吉田さんも共通の話が出来る存在に心を躍らせ、大人しめな雰囲気はそのままに話をする。


「吉田さんのお弁当の中身、凄く可愛らしかったです。私もあれくらい盛り付けを上手に出来るようになってみたいですね」


「日和さんのお弁当だって、一つ一つ丁寧に作ってあって綺麗だったよ! 最近料理を始めたにしてはとっても上手だよ!」


 吉田さんが僕のお弁当を丁寧で綺麗だったと褒めてくれる。グレイスさんやメイさんに教わりながら一生懸命に作って良かった。こうして褒められると、僕の料理を通して教えてくれた二人まで一緒に褒められたような気持ちになって、何だかとても嬉しくなる。


「ふふ、ありがとうございます。私に料理を教えてくれる人達がいて、多分教え方がとても上手なんだと思います。何だかその人達も褒められてるみたいで嬉しいです」


「良いなぁ、日和さんの筋も良いんだろうけど、そんなに教え方が上手なら私も一度見て貰いたいなぁ……私、少食だけど料理を作る事自体は好きだから」


「吉田さんも料理が上手ですけれど、誰かに教わったりとかはあるんですか?」


「うん、小さい頃にお母さんに教わってたんだけど、最近は共働きで忙しくなっちゃって。私の家、弟妹もいるから、それで私が代わりに料理をしてたら自然と出来るようになったんだ」


 お互いの料理のお手本になった人物を教え合い、どんな人なんだろうかと想像してしまう。僕が吉田さんの家族の話を聞いて思わず想像していると、彼女は更に話を膨らませて来る。


「そういえば日和さんって、甘い物が好きだって言ってたよね? 私も最近練習し始めて、簡単な焼き菓子位なら作れるようになってきてね、日和さんはどんなお菓子が好きなの?」


「お菓子ですか! 焼き菓子と言いますと、クッキーやマフィンやパウンドケーキ等がありますよね。和菓子で言ったらどら焼きやたい焼き等も焼きという文字を使いますから焼き菓子に入るでしょうかね……? 特別な好みは無いのですが、お菓子を想像するだけで楽しくなってきます、あはは」


 焼き菓子と聞いて自然と顔がにやけながら、あれこれ思いついた物を声に出していく。料理のレパートリーを増やしていけたら、僕もいずれ自分で作れるようになってみたい。お菓子で浮かれてしまうのが何だか恥ずかしくて、照れ笑いをすると、吉田さんも笑顔になる。


「日和さんって、ホントに甘い物が好きなんだねー。顔に出ちゃってるよ? それで、あのさ……これからもこうやって一緒にお昼を食べながら、料理の話もしたいから……れ、連絡先教えてくれたら嬉しいんだけど……」


 そう言って吉田さんも照れながら携帯端末を取り出して来た。僕も吉田さんにはもっと料理について話を聞いて見たいので、二つ返事で連絡先を教える。僕の携帯端末に吉田 幸江(ゆきえ)という吉田さんの名前が登録され、新しい友達が出来て思わず笑顔になった。


 二人ですっかり仲良く意気投合してしまったので、自然に和気あいあいとした雰囲気で穏やかに時間が流れていく。


 桃瀬さんの言動には振り回されがちになるけれど、吉田さんとは目線も歩幅も似ているような感じがして、これからも彼女とは楽しくやっていけそうでつい心が嬉しくなる。


 そうこうしている内に桃瀬さん達が教室に帰って来た。




「日和さん、ただいまー。お姫様が一人で寂しくならないように、急いでご飯食べて帰って来たよー……って、あれ!? 隣に誰かいる! 確か吉田さんって言ったっけ?」


「おかえりなさい、桃瀬さん。吉田さんもお弁当仲間でして、話してみればお互い会話も弾み、それで一気に仲良くなりこれからも一緒にお弁当を食べようって、二人で決めたんですよ」


 桃瀬さんの勢いに、相変わらずびっくりしている吉田さんの代わりに僕が説明をする。桃瀬さんは目をぱちくりさせて、机に置いてあった僕達のお弁当箱のサイズに注目する。


「お、お弁当ってこれ? ……二人してこの大きさなの!? ちょ、ちょっと待って! 噓でしょ!? 日和さんのお弁当箱がプリンセスサイズだとしたら、こっちの吉田さんの方は小動物サイズじゃない!?」


 桃瀬さんが驚くと、その友達も驚いていた。というか、プリンセスサイズって何だろう……お弁当箱にそんな概念があるだなんて、聞いた事が無い。


「この大きさは凄いねー……因みにチュンちゃんは食堂で、ラーメン大盛りと牛丼大盛りと親子丼大盛りを食べてたよー? 周りの男子達が凄い顔して見てたよね」


「ちょ、ちょっと、日和さん達にバラさないでよ!? それだけ食べてるのこの二人に知られたら、滅茶苦茶恥ずかしいわ!」


「ブッブー、もう手遅れでーす。てか、日和さんがもしお弁当じゃなくて、一緒に着いて来てくれてたらどっちみちチュンちゃんの食事事情モロバレだったっての」


「そこは……ほら、私だって乙女なんだしー……我慢して日和さんの分量に合わせてたからー……? それよりも、二人共それで足りるの!? 大丈夫? 無理していない?」


 ヒーロー特有の体質なんだろうか、桃瀬さんが良く食べる人だというのがわかった。僕はこの量で十分だけれど、能力者も人によっては違うのだろうか?


 でも、グレイスさんもメイさんもこの前一緒にご飯を食べたけれど、僕とそんなに変わらない量で食事をしていた筈。特にやせ我慢をしていた様子でも無かったし、桃瀬さんだけ特別に大食いなだけだろうか。


「私達のお弁当箱は、そんなに小さいのでしょうか? 確かにこの量では完全に満腹とはなりませんが、それは、お腹一杯だと午後の授業に支障が出てしまうからなんです。腹八分目位はあると思って下さい」


 別に無理はしていない、そう桃瀬さんに伝えると、ようやく勢いに慣れた吉田さんも同意してくれている。


 それを聞いて、桃瀬さんは教室を出る前同様にまたもや膝をついてガックリとしてしまう。


「ま、まさか……日和さんのお姫様っぷりに着いて来れる可愛らしい小動物ちゃんがA組にいたなんて……この桃瀬 涼芽、一生の不覚……! 腹八分目なんて私も同じだって言うのに、どうしてここまで差が開いてしまったのか。ううっ……慢心、カロリーの違い……!」


 桃瀬さんの独特な表現方法に、吉田さんも巻き込まれてしまう。可愛らしい小動物と呼ばれた彼女は、一気に注目を集めてしまい照れてしまった。


「はいはい、チュンちゃん、もうわかったからその辺にしてあげようねー。もうすぐお昼休みも終わるから、それまでにチュンちゃんはまた手を洗いに行ってねー」


「うう……手を洗うのもこれで何回目なのよぉー……」




 そんなこんなでお昼は過ぎて行った。

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