まくあい ガンバルンジャーサイド 入学式終わりのミーティング
幕間の話です。主人公から離れた話なので視点が変わります。
◆◇◆
ピースアライアンスが統括し、管理を行っている平和地帯の一つ、東の国。その都市には街中の治安維持を行う為に様々な施設が存在する。
都市部の中心には必ず、ピースアライアンスのヒーロー組織が活動の拠点にしている支部が建設されている。
その支部に向かい、軽やかな足取りで歩を進める一人の少女がいた。希星高校と呼ばれるとある高校の真新しい制服を着こなし、明るめの茶髪を一纏めにポニーテールにした、前髪にピンク色のヘアピンを付けたほんのりと瞳が桃色に見える少女だ。
彼女は一見すると、新進気鋭のアイドルやモデルのようにも見える。その健康的な身体つきと、活発そうな顔はとても整っており、街を歩く人々も自然と視線を向けている。
そんな彼女の名前は桃瀬 涼芽。れっきとしたピースアライアンスに所属するヒーローの一人で、若干十五歳でAクラスに昇格し、次代の一角を担う新世代のヒーローとして注目を集めている。
入学早々、毛先がほのかに桜色に見える、白く輝くような銀髪に、黄金の瞳を持つ可憐な少女と出会い、その子と無事に友達になり先程彼女を家まで送り届けて、今は自分の胸の中に秘めているとある願望を叶えてくれそうなその少女の事を思うと、心躍る気持ちでいた。
進む先にある信号が赤く光り、足を止める。信号を待つ間、ふと携帯端末を手にし先程友人達と撮影した一枚の画像を眺める。
そこには今日初めて出会い、仲良くなった少女の姿も写っていた。とても魅力的な姿をした彼女と、今後親しくなれるかを考える。そして、ヒーローとして対処しなければならない最近の不審者事件についても頭を過ぎっていく。
そこで彼女、桃瀬 涼芽は考えた。
携帯端末に保存されたこの画像を、今向かおうとしている支部から、セントラルにある本部の人間に見せ、自分達の通う高校にこのような美少女が入学して来たと報告し、不審者への護衛の許可を貰い、事件が落ち着くまで彼女の専属の護衛になろうと考えた。
画像の少女、日和 桜はその類まれな容姿の他に、希少能力の回復能力を十五歳という年齢で、初級でありながらも一通り扱えるという才女だ。それに何処かの国のお姫様とでも言わんばかりの風貌までをも兼ね備えている。
画像を見せれば、絶対に本部の人間も騒ぐ程の姿をしている、この日和 桜という少女。ピースアライアンスとしても、親交を深めたいという思いになるだろう。
正義の味方である、ピースアライアンスに所属しているヒーローと言えど人間である。世間では超人として持て囃されているが、欲が無い訳では無い。疲れたら眠りたくもなるし、腹が減っては戦は出来ない。これはガンバルンジャーとて例外では無い。
基本的にヒーローは特別な女の子との出会いに飢えている。容姿が整っていれば稀に男の子にも反応するという。
これは強いヒーロー程より顕著に表れ、下手をすると組織としてのモチベーションにも繋がる程の懸念事項でもあった。
彼等彼女等も人並みに欲求がある、そしてそれが強ければ強い程、正義のヒーローとしての強い感情への側面にも繋がっている。まだ年若く、学生としての側面もあるガンバルンジャーは相応に刺激が強い物に惹かれてしまう。
これを抑制して、理性ある行動に慎めという方が残酷な話だ。過去に理性を求め、冷静な行動を優先した結果、ヒーローとしての大事な物を失い判断力が鈍って大惨事を引き起こした事例もあったりする。
組織の人間もこの数十年で失敗や経験を積んで、歩んできた過程でもある。希少な能力者でもある日和 桜という少女を庇護下に置いた方が、ピースアライアンスにとっても利があると涼芽は考える。
そうと決まれば行動は早い方が良い。涼芽は人当たりが良い笑顔を浮かべ、信号が青くなった横断歩道を歩き、何処か足取りも早くなったような彼女は颯爽と支部へ向かう。
ただ、二つ、日和 桜には重大な問題点がある。
それは、彼女がウェイクライシス側の人間であり、その中でも最大組織にあたるシャドウレコードの四天王ザーコッシュである事と、日和 桜が元は男の子であった事は、誰も知る由も無いのであった。
最も、元は男の子であった事はこの際些細な問題に過ぎないのかもしれない……
この日和 桜と言う少女、もし仮に彼女が男の子だったとしても、その容姿は彼等の琴線に触れる程だったであろう事をここに書き留めておく。
◆◇◆
場所は変わって東の国の都市の中央に建造されている、ヒーロー組織の支部。ここにはガンバルンジャーの他にも数多くのヒーローが所属している。
Aクラスのヒーローはガンバルンジャーの他に現在では三組程在籍しており、時期や災害等様々な状況に合わせて変動している。それより下位のクラスのヒーローは戦闘出動の際に、彼等の補佐を任されたり、出張任務で護衛を務めたり、自警団の一員として警察組織と協力し、都市の巡回も行っている。
他の三組のヒーロー部隊達は皆成人した歳の為、何処かの組織が学生として潜入するような無茶な作戦をしなくても、ある程度は自然に情報が集まるのだ。
彼等は東の国の都市の最大戦力として位置しており、それより上位のヒーロー達はセントラルや宇宙や異世界での活動がメインとなる。
Aクラスにもなると、専用の階が割り振られ、ガンバルンジャーは主にそこでミーティングや鍛錬を行っている。
ガンバルンジャー専用のミーティングルームには、同じ学校の制服を着た四人の少年と、白衣を着た一人の獣人がいた。
体裁より、現場主義派のガンバルンジャーのミーティングルームは実に簡素な装いをしており、会議に使う金があるなら、武装や強化に回したいという情熱の表れでもある。
「ねえねえ、焔の組はどんな感じだった? 俺のC組はさぁ、焔がいなくなった途端、俺に声を掛けてくる女子ばっかりでホント大変だったんだよ」
「さあな、そんなに知りたきゃ、涼芽にでも聞いてくれよ……」
「その涼芽はまだここに来ていないようだが、一体何をしている。おい焔、同じ組だったのだからちゃんと今日の予定を伝えたんだろうな?」
「一応伝えた……仲良くなった女子がいるからそいつに付きっ切りなんだろ、知らねえよ」
会話をしている三人の少年はそれぞれ赤崎 焔、萌黄 彰、青峰 翠と言う。
赤い髪に赤い目をした端正な顔立ちの少年が赤崎 焔で、今は何だか不機嫌気味に彼等の話に答えている。
彼等はそれぞれ他愛の無い話をして涼芽を待っていたが、青い髪に眼鏡を掛けた焔より一つ年上の少年、青峰 翠がついにしびれを切らし、何故涼芽は遅れているのかと焔に問いただしていた。
「えぇ!? 涼芽が仲良くなった女子って、もしかしてA組に現れたって言うお姫様って子かい? 俺の組でも男子が凄い噂してたよ!」
焔が言う、涼芽が仲良くなった女子の話題に興味津々に食いつく、金髪に目尻が垂れ下がった緑色の目をした少年、萌黄 彰。自分もC組の女子達の注目の的であったのに、興味は別の所にある。
そこに今まで彼等三人の話を静かに聞いていたもう一人までもが、彰の発した単語に興味を惹かれて話に加わって来る。
「おやおや、今年の新入生にはお姫様が入学して来たのかい、焔? でもそんな出自が特殊な子は俺達に事前に通達が来てもおかしく無い筈だろう? 説明してくれないか?」
「た、武志さん……!? 違うんだ、お姫様って言ったって、実はそれを言い出したのは涼芽の奴なんだ! た、確かに、見た目は周りとは違うんだけどよ……」
何か事情を知っている焔に、落ち着いて問いただすガンバルンジャー最後の五人目。彼の名は林田 武志という。この中で誰よりも大柄で、新緑の髪を短く切りそろえている彼はチーム内での信頼も厚い。今日はボランティアで入学式の椅子や机を運搬する係に勤めていた。
「ふむ、確かに武志の言う通り、その子が本当にお姫様なら事前に生徒会長でもある俺に何の通達も無いのは奇妙な話だ。涼芽の奴め、一体何を企んでいる……?」
翠までもがお姫様の話題に興味を持ち、四人の間の空気感が混沌になりつつあった。
お姫様という単語に、異様に反応を示すガンバルンジャー。それもその筈、話は半年前の彼等がまだAクラスに昇格する前まで遡る。彼等は護衛任務でとある異世界の小国のお姫様の護衛を任されていた。
そこで出会ったお姫様は一〇歳と幼く、彼等が選ばれたのも、実力があり一番歳が近い者だったからである。その幼くとも可憐な容姿をした少女は、心を十分に刺激する程の存在だった。たった二週間の護衛任務でありながら、彼等とお姫様との関係はとても良好に進み、双方にとって綺麗で大切な良き思い出となった。
Aクラスになった今、無理を言えば多少の無茶は通り、またいつでも彼女には会いには行ける。しかし、今の彼女の国の問題はガンバルンジャーの活躍によって解決し、平和になっている。緊急の要件でも無い限りヒーローが向かうには行き辛い。それに彼女はまだ年端も行かない少女。お姫様にとって清く正しいヒーローで在りたい彼等は、彼女を欲望の捌け口にしない為にも耐えるように自重していた。
故に今、彼等は特別な女の子への欠乏症を患わってしまっている。特に涼芽は最終的にはお姫様から姉のように慕われていた。故にこの中で一番そういう出会いを求めていたのは涼芽であった。
そんな涼芽が入学早々に、同じ組の女子をお姫様呼びしあっという間に教室の外にも広がる騒ぎになった。翠は一瞬涼芽の頭がおかしくなったのかと思ったが、彰の反応と焔の表情から実際にそう呼ばれる程の少女がいたのだろうと推測する。
入学式での挨拶が面倒で、ロクな確認もせずに早々に切り上げたのを今になって惜しく感じてしまっていた。
彰も同様に、挨拶の際は焔をチラッと見ただけでA組の詳細などは確認していない。髪の色が多少変わった子は各組にもちらほらといたが、気弱な性格な為、挨拶に気を取られ過ぎていて失敗しないようにするのが精一杯だった。
お姫様に気を取られ、思考が明後日の方向に向かう翠と彰の二人と、異様に不機嫌な態度を表に出し始めた焔、武志とこの部屋にいるもう一人の獣人は一体どうしたものかと互いに顔を合わせた。
「根湖田博士、何だか三人の様子が途端に変になりましたね……一体どうしたんでしょうか」
妙な空気が流れ出した部屋で、耐え切れず武志は白衣を着た獣人に声を掛ける。真っ白な体毛に全身を覆われた二足歩行の猫のような容姿をした愛らしい見た目の獣人、根湖田博士はガンバルンジャー専属の博士である。現地から送られてくる映像を元に敵性生物の分析に、武装や戦術、ありとあらゆる面で彼等を日々サポートしていた。
「ウニャー……全く、また何時もの発作なのニャ。話を進めようにも肝心の涼芽がいないのだから、今は放って置くしか無いのニャ」
幼馴染の彼女を作り、ヒーロー特有の職業病を乗り越えている武志と、人間ではない根湖田博士しかこの場には正気の者はいない。しんと静まり返った部屋で備え付けの時計の進む音だけが聞こえる。
下手に触れて彼等を刺激するよりも、全員が集まって話を進めるまで静かにした方が良いと判断した二人は、ただ時が来るのを待つ事になった。
数分してようやく、涼芽が部屋に訪れる。彼女は何処かうきうきした表情を浮かべながらも、まずは遅れて来てしまった事を謝罪し始める。
「皆、遅れて来てごめん! ちょっと不審者の件でミーティングで伝えたい事とか考えながら歩いてたから、時間とか見てなかったわ!」
「遅いぞ涼芽、その伝えたい事とは何だ。まさか例の件では無いだろうな、彰曰く既に噂になっているらしいぞ」
「うわぁ、友達を送ってく途中でも聞かされたけど、ホントに噂になってんだ。まぁ、ちょっと見て頂戴よきっと気に入る子なんだから」
噂になる程の騒ぎだと詰め寄る翠に、その言葉だけで即座に察し自身の携帯端末を手にする涼芽。部屋に置いてあるパソコンに画像を転送すると、モニターに送った画像を表示する為にパソコンを操作する。
「え? 何やってるの涼芽? もしかして噂のお姫様の写真でも撮ったっていうの?」
「ええ、そのまさかよ彰。その場にはちゃんと他の友人もいたし、本人の許可も取った上での撮影だから私が無理矢理やった訳じゃ無いわよ」
マウスを数回クリックし、画像フォルダを開く。涼芽が騒ぎ立てる噂の子とは一体どれ程の姿なのか期待する翠と彰。
少し離れた所で苛立つような顔でそれを見る焔に、何時もそういう話題になら二人と一緒に食いついている焔の変わった様子が気になる武志。
根湖田博士はようやく全員揃ったので、お茶を淹れに横のドアから給湯室に向かっていた。
半年前の出来事で必要以上にお姫様には目が肥えているガンバルンジャー、モニターには涼芽が用意した日和 桜の写真が表示され、想像以上の容姿に思わず驚く二人。
「凄い……! まさかこれ程とは、なんと可憐な少女なのだ……!」
「うわー……凄い綺麗な子だねぇ……こんな子と一緒の組になれるだなんて、二人が羨ましいよー」
写真に写るその少女は、独特な髪の色に、透き通るように純粋そうな黄金の瞳をしていた。
桜の花びらを宿したのかと思える髪の毛先に、春の日差しで輝くように白く光る銀の髪がふわりと舞い、瞳は何処か遠くを見つめるかの如く澄んでいる。
身体の線は細めでありつつ顔立ちはあどけない幼さを残しており、白く滑らかな頬は血色が良くて、か弱そうな容姿に見えるものの姿勢はしっかりとしている為、何処かの国の令嬢とも姫君とも思える気品を漂わせている。
同時に、ふとした瞬間にいなくなってしまいそうな、春の陽気が見せる一瞬の優しい夢のような儚さも感じられた。
今まさに、彼等が欲し求めていた護りたくなるような特別な女の子がそこに写っていた。側にいて一言励ましの言葉を貰うだけで、何処までも頑張れそうな、そんな女の子がそこにはいた。
写真一枚で激しくテンションが上がる二人。後ろでその光景を見ていた武志も、モニターを見て、半年前に出会った小国のお姫様と並び立っても見劣りしない所か、年相応に育っている彼女はそれ以上かもしれないと思わず息を呑む。
お茶を淹れに部屋を離れていた根湖田博士も戻って来て、騒ぎはより一層増す。涼芽の予想通り、日和 桜の容姿はヒーローにとって大変受けが良い。
自身の能力か、思い立ったら即提案が良いと涼芽の勘もそう告げている。勢い良く立ち上がり、早速自身の思いついた案を皆に聞かせる。
「……という訳で、私はこれからこの方向で行きたいと思ってるのよ。不審者対策は出来るし、日和さんを護衛しつつ仲良くも出来るし、私達はお姫様の騎士気分を味わえるし、最高の案じゃない?」
自信に満ちた表情で、涼芽は語る。焔以外のメンバーも良い案だと大いに納得する。
「フッ、良いだろう。涼芽の案に俺は乗るぞ! 幸い俺は生徒会長の身、学校内での事なら多少は融通が利く。お前の案が進みやすくなるように裏で手回しも出来る」
「俺も賛成だよ! 日和さんって言うのかぁ。涼芽の言う通りの子なら、俺達にもあまりがっついて来なさそうだし、俺でも仲良く出来そうで楽しみだなぁー」
「はははっ、俺はあんまりその子と会う機会は無さそうだから裏でこっそり見張っておくけど、お前達ががっつき過ぎて嫌われないようにしておけよ? それじゃあ主な護衛は組も一緒な涼芽と焔に任せて良いかな?」
これは自分達でも納得の案だと、ノリノリで今後の方針を固める四人。報告と提案はまだこれからだが、本部の人間も彼等と同じヒーロー、あの画像を見せたら自分達以上に好反応を示すだろうし、気持ちも理解して貰える。
極めつけはお姫様は希少な能力者でもある事で、この案は確定したも同然の内容だった。
早速武志が、今後の活動内容を決めようと焔を含めて話を進めていると、突然ドゴンと机を殴る音がした。
その音のした方に振り向く四人、驚く根湖田博士。
機嫌の悪さを最高潮にした焔が机を殴ったのだった。
ここはピースアライアンスの管理している都市の中。例えヒーローで在っても、非常事態以外では力のほぼ全ては制限されている。そんな中でも殴られた衝撃で机は凹み、能力では無い彼の素の身体能力の高さが窺えた。
「悪いが俺はその話、全く乗り気じゃねえんだっ! そんなにやりたいならお前らだけでやれよ!」
思わず怒鳴り散らすかのように言い放つ焔、その余りの機嫌の悪さに一体どうしたのかと尋ねる翠や彰や武志。
根湖田博士はその余りの剣幕に驚き、部屋に置いてある壊されたくない機材を焔から遠ざけようとしている。
「ブニャー! 焔がお怒りなのニャ! 質素な机と言えど、造りはしっかりとしていたのニャ! それニャのにあんな風にするニャんて、他の機材じゃ耐えられないのニャー! フニャー!」
「おい! 突然何だ焔! 何時もならここで俺達と一緒にノリノリでカッコつけてる所じゃないか! 乗り気じゃないとはどういう事だ!」
「うるせぇ! とにかく俺はやりたくねえんだよ! ほっといてくれ!」
焔の突然の態度に、思わず翠も声を荒げて問いただす。機嫌の悪さの原因は何なのかはわからないが、何時ものノリでは無いと疑問に思った事を口に出して問う。
二人の一触即発な雰囲気に、思わずおびえる彰。焔を宥めようと彼に近付く武志。教室のある一件をふと思い出した涼芽は、焔の機嫌の悪さの原因がそこにあると考えて、冷めた口調で言い放った。
「もしかして、焔、アンタ日和さんとの昔の事で実は彼女を虐めてた側にいたんじゃないでしょうね? 今更ヒーローとして出て来てはバツが悪いってレベルじゃないから、顔を合わせたくも無いんでしょ?」
「ち、違うっ!? 俺を、あんな奴らと一緒にするんじゃねえっ! それ以上ふざけた事を言ったら、涼芽でもブッ飛ばすからな!」
「おい、どういう事だ? 虐めとか何の話だ? 焔、お前日和さんと昔何かあったのか? ちゃんと説明しろ」
涼芽から放たれた突然の情報に、事情がわからずトーンダウンしながらも尋ねる翠。あからさまに動揺した態度で完全に否定した焔は、何も言いたくないのか黙り込む。
彰と武志も、焔の様子が気になり知ってる事があるなら話して欲しそうに涼芽を見つめる。何も喋ろうとしない焔に呆れ、ため息を吐きながら涼芽は日和 桜と赤崎 焔の関係を、話で聞いて知った部分だけを話す。
自分の知っている部分だけを一通り話した涼芽。根湖田博士も含めて焔の事情の一部を把握した一同。
全員の視線は焔に向けられている。彼は自分が座っていた椅子に座り直し、今は力無くうな垂れてしまっている。
もう此処まで来ると本人から直接事情を聴くしかない。焔が喋り出すのを待っていると、ぽつりぽつりと小声で何かを話し出した。
「……つこぃ、だったんだ……れにとって、……らちゃ……は、はつ……んだ……」
「なんだ? よく聞き取れないぞ焔、何時ものお前ならもっと馬鹿みたいな大声で話すだろ」
小声で何かを話した焔、しかし、声が小さすぎて良く聞き取れなかった。思わずそれを煽るように尋ねる翠。
言い方が良く無かったのか、焔は思わず顔を上げ、口を思い切り噛み締めてわなわなと震えていた。その余りの形相に謝罪しようとする翠だったが、すかさず焔は叫ぶように先程の言葉をもう一度言うのだった。
「は、初恋だったんだよっ! 俺にとっての! 桜ちゃんは俺の初恋の相手だったんだよっ!」
突然の告白に、しんと静まるミーティングルーム。そして数秒の後に大声を上げる一同。思わぬ衝撃に話の続きを聞くのに少し時間が必要だった。
◆◇◆
日和 桜は赤崎 焔にとっての初恋の相手だった。その事実に、思わず茶化してはいけない雰囲気になり、途端に真剣な空気になり話の続きを待つ涼芽達。
特に涼芽は、また自身のデリカシーの無さで仲間である焔を疑い、追い詰めるような形で彼の大事な心の部分を晒してしまった事を後悔し、思わず床の上に正座になって待っている。根湖田博士を除く三人も連帯責任と言わんばかりに何も言わなくても正座になった。
こうなっては今はもう報告とか護衛とか仲良し作戦とかの話をしている場合ではない。それよりも大事な話が始まったので、部屋の空気はとてつもなく神妙となっている。
頭が落ち着き、観念した焔は孤児院時代の話をぽつぽつと語り出す。
「俺は当時、能力も何も無いガキだったんだ。そして同じ孤児院の中に桜ちゃんはいたんだ……一度だって忘れたことはねえ、あの髪の色に目の色に、日和 桜って名前の女の子。俺が初めて恋したあの桜ちゃんと全部一緒なんだ……!」
孤児院にいた当時は、何の能力も発現していない子供だったと語る焔、話の中で何気無く桜ちゃんと親しく呼ぶ事にムッとする涼芽だったが、続きが気になるので今は静かにしている。
焔の記憶と現実ではとある一か所だけ違う部分があるのだが、周囲も同じ勘違いをしょっちゅうしていたし、同年代の女の子も自分達と同じ存在として扱っていたので、今現在では勘違いして貰った方が都合が良い。
「桜ちゃんは孤児院の女の子の中でも一際輝いてた。いつもままごと遊びを楽しそうにしていて、とても可愛かったんだ。俺はそんな桜ちゃんの笑顔が大好きだった……」
あの特徴的な容姿はそのままで、小さい頃の桜を想像する涼芽。まだ出会って間もないのだが、何故か容易に想像出来た。そんな幼い桜が笑顔で楽しそうにままごと遊びをしている姿を思い浮かべると、自然と口が緩みにやけそうになってしまう。
慌てて口元を引き締め、焔の話の続きを聞く。
「それなのに、あいつ等はいつも桜ちゃん達が遊んでいる場所を荒らして来やがってたんだ……! 人形は蹴飛ばされ、摘んできた花は踏み潰され、滅茶苦茶にした挙句嫌がる桜ちゃんに虫やトカゲやら投げつけて逃げてくんだ……! でもあの頃の俺は、何もできない位に病弱で身体もガリガリで、臆病な弱虫だった……!」
今でも鮮明に覚えている程だ、苦々しい表情で語る焔にとってそれはとても悔しい経験だった。何時も窓から外の様子を見ていたのだろう。初恋の女の子がただそんな酷い目に遭うのを眺める事しか出来なかったなんて、彼にとっても地獄のような日々だった筈だ。
その話を聞いて、例え想像の中であっても涼芽は許せなかった。今すぐ自分の想像の中に飛び込んで幼い桜を助け出したくなってしまう。それ程までに愛おしく感じる彼女に酷い事をする輩に怒りを覚えていく。
「例え、身体の調子が悪くなってでも、もし、一度でも勇気を出してあいつ等に立ち向かえていたら、桜ちゃんはもしかして俺の事を覚えていてくれたかもしれないと思うと、途端に情けなくなっちまってさ……今更どんな顔してあの子と向き合えって言うんだ……」
「で、でも今はちゃんと強くなったんだ、昔はどうであれ、悔しい思いをした結果きちんと努力したんだろ? それが今のお前じゃないか焔! 大丈夫だって、今度は絶対護れるよ!」
そう焔を励ます彰、実際焔は凄い努力をしていると彰以外の全員もそう思っている。事実ガンバルンジャーの中で一番の実力者は焔だ。
今のお前なら絶対に結果を残せると、今の自分を彼女に覚えて貰えば良いじゃないかと、同じ男として翠や武志も彼を励まそうとする。
ただ、焔は諦めたように冷ややかに笑いながら話を続ける。
「俺が能力に目覚めた時を教えてやろうか? 初恋の女の子一人まともに救えずにおどおどした日々を過ごしていたら、ある日突然王子様みたいな奴が現れて、そいつが桜ちゃんを救うように引き取って行ったんだ」
焔は何か疲れ切った顔をしているが、机を殴った手を思い切り握り締め、その手は小刻みに震えていた。
「桜ちゃんは凄い嬉しそうな顔でそいつに抱きかかえられて俺の前からいなくなった。それから数日経って俺は能力が発現したんだ」
物凄い間の悪さに、全員が絶句した。ヒーローは自分が能力に目覚めた瞬間という物は絶対に忘れない。
ようやく好きな女の子を護れるような力を手に入れても、その肝心の女の子は自分の目の前から既にいなくなっていた。
当時の焔のその絶望はメンバー全員がすぐに想像出来た。そしてもっと勇気を出していれば、もっと早く能力が使えていたらという焔の悔しさも悲しい程に伝わって来る。
「確かに悔しさを力にして今があるさ、でも俺の間の悪さは致命的だ。肝心な時に側にいないんじゃ、何も成長してないのと同じだ……朝の最初に桜ちゃんに声を掛けたのは涼芽で、二度も危機から護ったのも涼芽だ。俺じゃない、こんな俺じゃ騎士なんて名乗る資格すらない……お前が羨ましいよ涼芽」
自身の間の悪さに自棄になり、思わず苦笑いする焔。
組み分け表をもっと注意深く見れば、自分の組に日和 桜という名前はあったのに、一番最初に自分の名前を見つけてしまえば後はもうどうでも良くなり、教室での席順もろくに確認もしないですぐさま教室を飛び出し、携帯端末で彰の組を教えて貰ってそっちに向かってしまった。
教室に戻れば人だかりで中心の人物は見えなかったし、入学式の移動も行くのも帰るのも一番最初で後ろなんてよく見ていなかった。日和 桜という存在に気が付いたのは自己紹介の時にようやくという程だった。
焔の間の悪さは最早呪いのように思えて来るが、それで良いのかと涼芽は少し苛立ってきた。我々は悪党も泣き出すガンバルンジャーである、そのガンバルンジャーがこの程度で諦めてしまって良いのかと、もっと頑張れる筈だと。そう思った涼芽は焔に檄を飛ばす。
「ちょっと! 焔! アンタ言うだけ言っていきなり諦めるなんて情けないわよ! ガンバルンジャーでしょ、もうちょっと頑張りなさいよ!」
思わず正座から立ち上がり、そのまま焔を睨むように見つめ話し出す涼芽。彼女の突然の行動に、一緒に正座をしていた三人は思わず驚いてしまう。
「情けないのが何? そんな自分が嫌だから変えたくて頑張って来たんでしょ! 日和さんの記憶とは違う姿になったんだから、向こうが覚えてないのは当たり前よ! 間が悪いのだって、一度や二度なんて大した事無いわ!」
そう叫ぶように話しながら、ずんずんと焔の前まで向って行く。そして彼の両肩を自身の手で掴んでいく。
「そもそも初恋の女の子が同じ高校に入学して来るなんてどうやって察しろって言うのよ! そんな簡単にわかったら恋愛なんて入学試験より楽勝じゃない!」
幾ら特別な能力者も入学出来る学校であっても、たったそれだけで初恋の相手が入学する事を察するなど、感知に長けた涼芽の能力でも不可能に近い。
思う事をそのままダイレクトに伝える涼芽。久しぶりに出会ってすぐに自分の恋を諦めて良いのかと、もう少し頑張れと叫ぶ。ここで諦める位踏ん切りが良いのならフンギルンジャーに改名してやろうかとも思った。
涼芽の言葉に、自分の気持ちを改めて再確認する焔。脳裏に浮かぶのは桜の笑顔、しかしどうしても桜が孤児院から出て行ったあの日が頭から離れない。
「お、俺は、桜ちゃんが今でも好きだ……! それだけは変わらない、で、でも孤児院のあの日がずっと忘れられない……今の桜ちゃんはお姫様みたいに綺麗になったんだ、きっとあの王子様みたいな奴に釣り合うように努力して来たんじゃないかって……なら、俺はもう遅すぎたんじゃないのか……?」
自分の思いを正直に告げ、それでも何もかも手遅れなのでは無いかと、先程語った話と照らし合わせて今の桜の姿を見てそう思う焔。
確かに王子様みたいな存在は今の桜にはいるが、桜自身はそれを否定していたのを知っている涼芽。
敵に塩を送るようだと嫌々ながらも、しかし焔にやる気になって貰わねば、今後の活動にも影響を及ぼしかねない今回の事態。ここで焔の心を折ってしまっては大幅な戦力ダウンになってしまう。それに自分が焚き付けたのだ、完全に望みが無くなった訳では無い事を教えるのが筋という物。
涼芽は焔に自分の知っている情報を正直に話す。
「確かに王子様がいるのは私も帰りに本人に聞いたわ。でもね、日和さんはその人の事を慕ってはいたけど、兄のような存在だって言ってたわ。それに向こうも日和さんの事を妹のような存在だって思ってるみたいよ」
焔の顔をしっかりと見ながらそう伝える涼芽。それを聞いてハッとした表情になる焔に、但し、と付け加える。
「まだそういう関係じゃないみたいだけど、顔を真っ赤にしながらそう言っていたから時間の問題かもしれないわよ。それで、アンタはどうしたいの?」
相当深い仲になっているようだが、まだそういう関係でも無いという。ただ、このまま何もしなければいずれそうなって行ってもおかしくは無いと、涼芽はそう考えている。
横やりになるような形にはなるが、それでもまだ自分にも何か出来る事があるんじゃないかと思う焔。涼芽の情報に、諦めかけていた感情がふつふつと熱く煮えるような感覚を覚える。
目の輝きを取り戻し始めた焔に、翠や彰も思わず沸き立つ。
「焔、お前はまだ始まったばかりだ、そして俺達はお前の事情を知ってしまった。これがどういう結果になるかはわからないが、簡単には諦めたくないって気持ちは俺達も同じだ」
「そうだよ焔! 俺達はお前の仲間であり味方なんだ! 一度どん底に落ちたら後は這い上がれば良いだけだよ!」
「翠、彰……俺、まだ諦めなくても良いんだな……? 好きだって思いを捨てなくて良いんだな……! やってみるよ、望みは薄いけど俺はまだ諦めきれないから、これからもう一度始めるぞ!」
二人に勇気を貰い、もう一度再起すると宣言する焔。何やら思う所がある武志は、焔の肩をポンと叩き念の為に釘を刺しておく。
「焔、一応言っておくがお前の思いは向こうは知らないのだろう? 何せ記憶に無い位に姿が変わったんだってね、まずは孤児院にいた頃のお前を正直に伝えてみる事をオススメするよ」
武志からの言葉に、そう言えばまだ桜に孤児院にいた頃の詳細な自分の姿を伝えていなかったと気が付く焔。当時の自分はとても情けない存在だったと思っている焔は、正直にそれを伝えるのが恥ずかしくて躊躇ってしまっていた。
「虐めっ子だと思われていたら初めから脈なしだからね。それで、何か好感情があるような出来事を思い出してくれれば話は進むかもしれない。何も無かったら別の方法を考えよう、決して一人で暴走するのはダメだよ」
その言葉にそうだったと焔は気が付く。まずは虐めに加担していない事をもっとしっかり伝えるべきだったと後悔する。気付きを得て素直に武志へ頷く。
「わ、わかりました武志さん! やっぱこういう時は武志さんが一番頼りになりますね!」
ガンバルンジャーの中で唯一の恋人持ちの武志、こういう時に頼りになると素直に尊敬する焔。
ただ武志は集まった情報を纏め、シンプルに道を示しただけに過ぎない。アドバイスでも何でもないと思う武志は乾いた笑いを出すしかなかった。
こうして何とか焔も立ち直り、秘密を共有することでチームとしての結束力も高まった。涼芽の思惑通り、お姫様を護る騎士は五人となった。
日和 桜本人の知らない所で、ピースアライアンスの猛烈なアプローチが始まる。
日和 桜、通常の少年ルート→焔、ストレートに思いは変わらず無事BL
日和 桜、女装男の娘ルート→焔、情報量の多さに脳が破壊されヤンホモ化
日和 桜、TS女の子ルート→今ココ




