第十話 僕も最初はとても親切な優しい人もいるんだなって、思っていたんです
「うぅー……今日だけでも色んな事があって、しんど過ぎます……」
全身をすっぽり覆えるクッションに身体を預け、僕はそのまま顔を埋めたまま疲労感を口に出してしまう。このクッションはグレイスさんがこういう私物があっても良いんじゃないかと取り寄せて、引っ越しの時に一緒に持ってきた物だ。
今の僕は、自分でもとても人に見せられない位にはだらしなくだらけてしまっている。すぐ側にグレイスさんがいるのにも関わらずにだ。女の子がはしたないとか、制服がシワになるとか、注意が飛んできそうだと思っていたけれど、グレイスさんは何も言わずにただただ一緒にゆっくりしてくれている。
何も言ってこない好意に甘え、あー、うー、と理性の無い怪物のように呻きながら、クッションにずぶずぶ沈んでいく。少ししてようやく落ち着けたので、ゆっくりと身体を起こし服や髪の乱れを直していく。
「すみません、グレイスさん……自分の事で手一杯過ぎて、少し取り乱してしまいました……」
「あら、別に良いのよ。女の子にはそういう時がある物だから、入学式が始まる数日前にドタバタしてたのはメイちゃんにも聞いてるし、体調が万全じゃ無かったんでしょ? 何も無い日にあんな事やっていたらそれは一言言ってたけど、今日は特別よ。それに柄にも無い桜ちゃんの姿が見られたし、うふふ」
「僕の体調が万全じゃないって、そうなんですか? 自分の体調の事なのに、あんまりよくわからないんですけれど……」
「まあ要するに無理は禁物って事よ、また次もやって来る物だから、終わった後も数日は体調には気を付けましょうってお話よ。桜ちゃんの場合は精神的な所が大きいって聞いてるから疲れた時にはリラックスしなきゃねー」
そう言ってグレイスさんはいつものように、もにもにと僕の頬を揉みに来る。僕の来るべき日が訪れた時に側にいれなかった分を取り戻すかのように揉みに来ている。
人によって個人差がある物だと聞いているけれど、こうやって心配されていると言う事は僕はそんなにわかりやすい位に表情に出てしまっていたのだろうか。もっと気を付けていかねば。
頬を存分にこねられて十分堪能したのか、満足したグレイスさんにようやく解放されて、そろそろ会議の為に通信しなければと言う話になる。
「レオ様達との会議もそういえばあったわね。でも、お昼にもなっちゃったしどうする? 桜ちゃんがまだお休みがいるって言うなら、私がレオ様達に伝えて先にお昼ご飯の準備をしちゃっても良いんだけど?」
「いえ、先に会議で良いです。僕自身早くレオ様達の顔が見たいですし、それに想定外の出来事ばかり起きてしまったので相談も兼ねて報告しなければいけない事を、忘れない内に伝えておきたいのです」
「お外でも聞いたけどよっぽど大変だったのね。入学式を無事に終えて、早速お友達が出来てお姉さん嬉しく思っちゃったけど、私の顔を見た途端、桜ちゃんとっても複雑なお顔をしてたもの。うん、それじゃあ早速会議の準備をしましょう、場所はここで良い?」
場所は今僕達がいる、借りている部屋の居間。
部屋を見回して確認する。特にゴミが散らかっていたりはしていない、下着等の見られると恥ずかしい物も、干しっぱなしでは無いし、学校に向かう前にちゃんとしまっているのを思い出す。
部屋の確認をすると、はいと頷き返事をしてすぐさま寝室に置いてあるシャドウレコード専用の携帯端末を持って来る。
◆◇◆
専用の携帯端末を持ってきて、部屋の居間に置いてある昔ながらのちゃぶ台の側に改めて座り直す。このちゃぶ台は僕のお気に入りで数少ない私物の中の一つでもある。
シャドウレコード内の僕の部屋では置く場所が無かったので収納していたのだけれど、引っ越しの際にグレイスさんにも持って行くように薦められた品でもある。
グレイスさんと横並びに座り、僕は手にした携帯端末を起動させる。初めて使う物なので一つ一つグレイスさんと確認しながら操作を行っていく。
「折角久しぶりに全員揃う会議なんだから、もうちょっと大きめの画面が欲しいわね。桜ちゃん、この部屋に置いてある映像出力台ってうちの技術部の特注品だから、専用の操作で携帯端末より大きい画面を用意出来るらしいわよ」
「そうなんですか? えーっと、何処でしょう……あっ、ありました。多分これですかね?」
携帯端末の遠隔操作で部屋の出力台を起動する。専用の表示画面が映し出され通信が始まった。無事僕の生体認証も通り、向こうの会議室との接続が確認出来る。会議室にはレオ様達の姿が映っている。
モニターに映るレオ様にウルフさんにイグアノさん。数日ぶりに三人の顔を見られて思わずホッとする。前に見た時と姿は何も変わっていないのだけれど、今は何だかとても嬉しくてついつい微笑んでしまう。
「お久しぶりですレオ様、ウルフさん、イグアノさん。こうやって通信するのは初めてなので、こちらの姿はちゃんと上手く見えていますでしょうか?」
モニター越しに三人に挨拶をしてみる。しかし、三人は固まっていた。もしかしてこっちの映像は向こうには届いていないのだろうか?
「あれ……? どうかしましたか皆さん……? 僕ですよ僕。シャドウレコードの四天王の一人、ザーコッシュこと桜です」
ザーコッシュと聞いてようやくハッとした三人。さっきはどうして動かなかったのだろうか、映像出力が上手く行っていないのかな?
「大丈夫ですか? ちゃんと見えていますよね? グレイスさんが久しぶりに全員集まって会議が出来ると言っていたので大きい画面で映れる様ようにしてみたのですが……」
「ああ、妙な入れ知恵は隣にいるグレイスの仕業でしたか。桜さんお久しぶりですね、モニターが大きくて随分と迫力ある姿でしたので少々戸惑っていましたが、こちらは大丈夫ですちゃんと見えていますよ」
「うむ、随分と見違えたなザーコッシュ、いや、今は桜か……先程の嬉しそうな表情は雰囲気が以前より柔らかくなっていた。名を言われるまで少し惚けてしまうとは」
ようやくウルフさんとイグアノさんが返事を返してくれる。どうやらこちらが大きい画面を使用したせいで向こうのモニターもそれに影響して大きくなっていたようだ。端末を操作してモニターの大きさを調整するイグアノさんの姿が見える。その様子をしてやったりという表情でニヤニヤして見ているグレイスさん。
「どう、今の桜ちゃんの姿、とっても可愛いでしょ? レオ様以外にも、あんた達にも効いたって事は効果は抜群だったみたいね。それで、レオ様はそろそろ返事をしてあげないと桜ちゃん落ち込んじゃうわよ?」
グレイスさんの言葉で固まっていたのが正気に戻り、ようやく動き始めたレオ様。僕の顔を見て、相変わらず狼狽えてしまっている。僕が女の子になってもうひと月は経っているのに、僕を見て落ち着くまでに少し時間が必要なのは変わっていない。
「レオ様お久しぶりです。僕を見て慌ててしまうのは相変わらずですね、あはは。そろそろ僕を見ても落ち着いていて下さるようになっているのかと思いましたけれど、何も変わらないようなので安心したと言いますか、なんと言いますか」
「さ、桜……! す、すまない、お前を見ると未だに心がざわついてしまうと言うか、しかしその姿は良く似合っている。同じ学び舎で級友となる者達が羨ましくなってしまうな、ははは」
ようやくレオ様と会話をする事が出来た。良く似合っていると言う反応と、級友と言う言葉に、僕は今学校の制服姿でモニターに映っているのを思い出す。それに今朝グレイスさんにも髪型を少し弄って貰っていたので、シャドウレコードに居た頃の僕の雰囲気とはだいぶ変わっていた。
確かにこれでは、一見僕が誰なのかわからないかもしれない。三人からしたら初めて見る姿でもあるので、慣れない反応をしてしまうのも仕方が無い。
僕が自分の姿を改めて見つめ直していると、それを見たレオ様はまた様子がおかしくなり始める。今の姿を褒められて素直に嬉しい反面、僕は少し前まで男だったので、前の姿との違いで違和感を感じてしまっているのでは無いかと思うと申し訳無いという気持ちになってしまう。すると隣のグレイスさんがため息を吐きレオ様を睨むように見ていた。
「ちょっと、レオ様? 私前に言いましたよね、情けないようなら桜ちゃんを任せてられないって。きちんと容姿を褒める所までは良かったですけど、桜ちゃんの前ならもっとしっかりしてあげて下さい。これ以上は私だって考えを変えますよー?」
そう言ってグレイスさんはムスッとした表情で僕に抱き着いて来た。今のグレイスさんは見た目同様に落ち着いた香りをしていて、今朝にも先程にも感じた柔らかさは温かく、前までは顔が熱くなる位恥ずかしかったけれど、どうしてだろうか、今は心地よい優しさを感じてしまいそのまま甘えてしまいそうになる。
グレイスさんの突然の行動に、モニターの向こう側のレオ様は一瞬顔を赤らめるも、グッと堪えたかの様な表情をし、数秒固まったかと思うと大きなため息を吐き、僕が女の子になる前の以前のようなキリっとした顔になった。
「本当に申し訳なかった、桜。俺が悪かった。お前は何も変わらず俺を思って慕ってくれているのに、俺はお前の姿が変わった位で一々動揺し過ぎていた。その事に不安を感じさせてすまない、桜、お前は今も昔も俺にとっても大事な存在だ。いつも大切にしたいとそう思っている、これだけは信じていて欲しい」
レオ様はそう言って僕に謝罪の言葉と大切にしたいとの言葉を掛ける。
その目は真剣そのもので、いつもと変わらない真っすぐな思いで僕を見ていてくれているのが伝わる。
それとは別に、もっと他にも伝えたい言葉を飲み込んでいるのもありそうな雰囲気だったけれど、今はレオ様の言葉と目を信じたいと思ったので、僕がはいと返事をする事でグレイスさんもなんとか納得してくれた。
「グレイスも申し訳ない。俺の態度で桜を不安にさせてしまい、すまなかった。お前も失望させるところだった……情けないと言われる内は俺もまだまだだな」
「私はレオ様よりも桜ちゃんの方が可愛いから、桜ちゃんに優しいだけなんですー。そんな桜ちゃんを不安にさせるのが嫌なだけで、お互いに強い信頼があるならもう何も言いません。そろそろ本題に移りましょ?」
そう言ってグレイスさんは僕に抱き着きながらもにもにと僕のほっぺを揉んでいる。その姿を見てレオ様は若干顔を赤らめつつも、慌てるような姿は見せなくなった。
ようやく落ち着いた横で、イグアノさんが一息ついて話に加わってきた。
「やれやれ、桜さんが今の姿になってから、いつも貴方達三人の間で唐突に青春が始まってしまいますね。これも作戦の部隊が学校なのだからでしょうか、レオさんの遅れてやって来た青春に早く幸せが訪れると良いですねえ、それでは頼みますよ桜さん」
イグアノさんから突然何かを頼まれてしまう、多分会議の本題に移る事を頼んできたのかもしれない。
皆の顔を見て忘れてしまいそうだったけれど、今日の会議の本題は僕にある。ちゃんと上手く説明出来るか不安になる、ガンバルンジャーの情報と僕が学校で注目された事は、とても密接に絡み合っているので一つ一つ思い出して行かねば。
「は、はい! それでは今日の学校で起きた件を報告していきたいと思います……」
◆◇◆
僕は今日起きた出来事を順番通りに思い出し話していく。
まずは最初に通学の際、周囲に遠ざけられ一人になっていた所を、心配した一人の女子生徒に声を掛けられ途端に仲良くなる所から始まる。
一見するといきなり躓きながらも、親切な生徒に助けられ仲が良くなる事は順調な滑り出しだと思えるのだろう、その話に先程買ってきた飲み物を二人分のコップに注いで持ってきたグレイスさんが食いついてくる。
「あらあら、良い話じゃない? なのにどうしてお話はそこからなの? まだ学校にも着いてないじゃない」
「僕も最初はとても親切な優しい人もいるんだなって、思っていたんです。ですが、話をしていく内にお互いの名前を教え合う所まで行って、ここでようやく僕が話していた相手が今回の作戦の調査対象の一人、ガンバピンクだって判明したんです……」
良い話からの衝撃の事実。開幕から敵対組織の重要人物と出くわし、一歩間違えればそのまま作戦失敗になる所だった瞬間に、レオ様達も思わず驚いている。隣にいるグレイスさんにコップを手渡され、そのまま一口付ける。コップに入ったオレンジジュースは、程よい酸味と自然な甘さで一息つくのに丁度良い。
「まあ、始まりからいきなりだったのねぇ。ちょっとレオ様、予定では数日経って桜ちゃんが学校に馴染んだ後に調査開始の筈でしたよね?」
「ああ、桜にいきなり無理をさせるつもりは無かったから、本人のタイミングでいつでも作戦を開始出来るようにそういう調整にしていた。それに桜の容姿は目立ち過ぎるだろうから、何か事を起こせば必ず奴らの目にも入る筈だと踏んでの事だったのだが、まさか向こうから反応を見せるとはな……」
「それからはもうずっとガンバピンク、桃瀬 涼芽さんが一緒でした……気づいた時には希星高校の校門前にいて、更に桃瀬さんの友人達にも目を付けられて距離を置く間も無く、更には教室の組み分けも桃瀬さんと同じでした」
はあ、とため息を吐き、更に一口オレンジジュースを飲む。校門前で上田さん達にもみくちゃにされた部分はレオ様達に言うのは恥ずかしかったので、何とか言い止めてぼかして伝える。イグアノさんは桃瀬さんがガンバピンクだと特定できた経緯を聞いてくる。
「ふむ、ガンバピンクこと桃瀬 涼芽ですか、確かに事前に入手した苗字と一致していますね。それで彼女が調査対象のヒーローだと断定出来たのはどうしてでしょうか」
「桃瀬さんが僕の目の前で群がる男子達を追い払う為に、二度周囲を威圧していたんです。一度目は彼女自身に群がる男子相手にでしたが、二度目は僕も巻き込んでの事でした。僕は全くそういうのは扱えないので尋ねてみました、そうしたら桃瀬さんはあっさりと自分がヒーローだと正直に伝えて来たんです」
僕からの返答に首を傾げるイグアノさん。ヒーローが悪の組織の四天王を護るような構図になっている為か、いまいち状況が掴めないでいる。その顔は一体何がどうなったら僕がヒーローに護られる状況になるのか聞きたそうにしていた。
「皆さんは僕がシャドウレコードの人間だって知っていますけれど、学校の初めて出会う人達は僕の事を全然知りませんよね?」
まず前提として、僕と学校の人達は初対面になると説明し、自分の髪の一部を摘まんで持ちながら目線をそこに移す。
「このような見た目ですし、グレイスさんにも徹底的に身嗜みについても鍛えられましたし、とどめに僕の能力にも周囲の注目が集まりました。男女問わず人が集まって来てしまい、特に男子からの視線が強すぎてそれで」
要するに僕が初日から目立ち過ぎてしまって大騒ぎになってしまい、それで桃瀬さんが僕を助ける形になったと言う事を伝える。
僕からは周囲には何もしていない筈。なのに向こうからグイグイと詰められてそうなってしまった。
こう言うと何だか、僕が自慢しているように感じてしまい背筋がぞわぞわして心地が悪くなっていると、隣にいたグレイスさんは途端に楽し気な表情になり僕を抱きしめて来た。
「凄いじゃない桜ちゃん! これも私や隊員の皆が身嗜みについて色々教えた結果でもあるのよね! お姉さんも鼻が高いわ! 私達が思っていた以上に人気者になっちゃったみたいだし、そんなお顔をしないでもっと誇らしくしちゃっても良いのよ?」
そう言われ、僕は褒められる。今度は胸がむずむずして恥ずかしくなってくる。今日はずっと容姿を褒められっぱなしなので、そうなるように陰で指導してくれた皆には感謝しかない。
「え、えっと、ここまでして下さって本当にありがとうございますグレイスさん。女性隊員の皆さんにも感謝しきれません、僕一人では何をどうすれば良いのかわからなかったので、色々と助かりました。女子からの注目に対処できたのもグレイスさん達のおかげです」
裏で思わぬ貢献の立役者になっていたグレイスさんに、感謝の言葉を伝える。
僕からの感謝の言葉に、グレイスさんはより一層笑顔になり、その勢いでモニターの向こう側のレオ様達にも自慢をし始める。
その勢いに、レオ様は若干戸惑いながらも笑顔を向け、イグアノさんはいまいち納得のいかない様子で僕の報告をまとめている。今の今まで静かに僕の話を聞いていたウルフさんは、何か気になる事があるのか、今度はウルフさんが僕に尋ねて来た。
「なるほど、今までの話は大体わかった。それで桜よ、ガンバピンクはお前の目の前で二度も威圧を見せたのだろう? 口振りからして向こうもお前の能力を把握したと判断出来る。そこまで接触しているのだ、奴のお前への評価が気になる。何か困るような事はされてはいないか?」
う、鋭い……。確かに僕は桃瀬さんから、大半の人が対応に困るような事だけれど、問題と言われれば大半の人は問題とは思わないが、僕にとっては大問題な事をされている。
物凄く言い辛いけれど、ちゃんと言わなければ報告にはならない。腹黒い悪女になる過程をすっ飛ばしていきなりお姫様にされたのだ。自ら望んでなった訳でも無いので何故こうなったのかも相談もしたくて途端に気持ちがしんどくなってくる。
悪役としての偽者のお姫様になるのなら、ちょっと恥ずかしさはあるけれど、僕自身そこまで苦には思わなかった。
だけれど、あれではまるで本物のお姫様のような扱いだ。桃瀬さんの口振りからして一種の職業病のような物だと判断はしているけれど、戦場に出てヒーローと対峙した経験も豊富なレオ様達の判断を聞きたい。
「あ、あの……今から僕の言う事で、決して笑わないで下さいよ……? 僕自身今日はこの事でずっと頭を悩ませていて、桃瀬さんの方も凄く真剣な態度で接して来ているので対応に困っているんです」
「大丈夫よ、桜ちゃんがそんなに悩んでいるんだもの、どんなに些細な事だったとしてもそれが桜ちゃんの悩みなら、私達は真剣に聞いてあげるわ」
僕の肩を抱き、優しく微笑むグレイスさん。レオ様も真剣な顔で僕を見つめ頷いてくる。そんなレオ様の顔を見ていると、家に帰る際に校門前で起きた出来事も思い出してしまう。
途端に顔が熱くなるも、その件は話に関係は無いと全力で頭の片隅に置きながら、話を始める。変な風に思われていないだろうか気になるけれど、今は話さなければ。
「実は、先程学校で注目を集め過ぎたって言いましたよね。それで、桃瀬さんに何かスイッチが入ったようで、途中から僕の事を、お、お姫様っ、なんて呼び始めたんですっ……」
レオ様達にこの事を伝えるのは物凄く恥ずかしい。だって僕は元々男で、ここにいる皆その事を知っている。ただの女の子扱いなら、色々と体験してきたのでまだ大丈夫だけれど、演技でも無い素の僕がそう呼ばれてしまっているのは、僕自身未だに違和感を覚えてしまう。
僕が桃瀬さんにお姫様と呼ばれてしまっている事を伝えると、案の定全員固まっていた。
「へ、変ですよね……? 家を出る前にグレイスさんに指摘された一人称を変えただけなのに、桃瀬さんがそう言いだした途端にクラスの皆もそれに乗っかってしまいまして、そんなに僕はお姫様なのでしょうか……?」
顔の熱さで頭の中がぐるぐるして来た。視界もじわりと滲みだす。お姫様なんて言葉、桃瀬さんは僕に対して最上級の敬意を示しているのは理解しているつもりだけれど、何の仮面も着けていない素顔の僕には荷が重すぎると感じてしまう。
「仕草や言葉遣いもシャドウレコードでザーコッシュとして生きていた頃より変えているつもりはありませんでしたし、グレイスさん達から指導して貰ったのも服装や身嗜み程度です。それなのに、周囲の女の子よりお姫様って事はおかしくありませんか……? 桃瀬さんだって女の子なのに、僕を護る騎士を自称し始めるし……!」
話をしていく内に僕はつい視界が下がってしまう。制服のスカートの端を握りながら恥ずかしさに震えつつ話を続ける。桃瀬さんが僕を護る騎士を自称し始めた事を伝えると、いきなりグレイスさんが息を吹き出して笑い始めた。
「ちょっ! ちょっと! グレイスさん!? 笑わないで下さいって言ったじゃありませんか! 酷いです!」
「あっはは、ご、ごめっ、桜ちゃん、だって私達は桜ちゃんが男共からの良からぬ視線とかに困ってるんじゃないかって思っていたの、そしたらさ、桃瀬さんっていう子が桜ちゃんを護る騎士を名乗りだしたって言いだすもんだから、ね?」
どんな些細な悩みでも、真剣に聞くと言ったのは噓だったのですか!? そう言いたかったのだけれど、僕も震えて来て限界なので、ただただグレイスさんを見つめる事しか出来ない。
「ホントにごめんってば桜ちゃん、ただ、桃瀬さんの言ってる事もわかるのよ。だって今の桜ちゃんホントにお姫様みたいに可愛くて……って、ちょっと!? な、泣かないで桜ちゃん! そんなに恥ずかしがってるなんて思って無かったの! お姉さんが悪かったってばー!」
恥ずかしさのあまり、僕はいつの間にか涙が出ていたようで、それを指摘されてしまうと否定したくても最早我慢する事が出来なくなってしまって、声も上擦ってしまう。
「な、泣いてないでずょ……! 泣いでっなんか……う、うぅ、うわあああん!」
◆◇◆
僕は泣いてしまった。それはもう情けなく泣いてしまった。お姫様呼びがそうとう心苦しく思っていたのか、グレイスさんにも肯定されるともういよいよ我慢が出来なくなってしまった。
ちゃぶ台の上にはティッシュの箱が用意され、僕の横にはゴミ箱が置いてある。泣いては洟をかみ、泣いては洟をかみを繰り返した。僕はお姫様とか関係無くみっともなくティッシュを消費する。
数回やった後、ようやく落ち着けたので、そろそろ話の続きに戻りたい。レオ様達を待たせてしまった事実に途端に申し訳なくなる。今は休憩と称してグレイスさんの端末による遠隔操作で、こちらの音声と映像を遮断している。
僕が設定を元に戻そうとすると、横からグレイスさんから謝罪が入る。
「ごめんね桜ちゃん……私は褒めたつもりで言ったんだけど、まさか泣く程追い詰められていたなんて、知らなかったのよ。これじゃあお姉さん失格だわー……」
どんよりと落ち込んだ表情のグレイスさん。普通は誉め言葉にしかならない言葉を肯定しただけなので、悪気があって言った訳じゃ無いのはわかる。ただ、僕が限界がたまたまあそこだっただけです。
「僕がお姫様だなんて言われた事が無いから、対処の仕方がわからなくて限界が来てしまっただけなんです。でも変じゃないですか? だって一人称以外は本当に何も変えていませんし」
「うーん……私が思うに、何も変えて無いのにそう呼ばれたって言うのなら、桜ちゃんは元からお姫様って言うより王子様だったのかもしれないわね。今は女の子だからそう呼ばれちゃっただけよ」
僕が王子様? 確かに元から僕が変わっていないのだから、お姫様と呼ばれるよりそっちの方がしっくりは来る。でも、僕はそんな呼ばれ方一度もされた事が無い。
「素顔込みの僕の姿がそうだって言いたいんですか? 向こうは僕の事情なんて知りませんし、そう言われればそうなるのかもしれません。ですが今ではもう確かめようがありませんから、グレイスさんのその言葉を信じるしかないですね」
「きっとそうよ、それに潜入する分には何も問題は無いじゃない。お姫様も王子様も大きな違いなんて性別ぐらいでしょ? 難しく考えないでそれ位の認識でいきましょ?」
そう諭され、納得せざるを得ない。不本意な呼ばれ方に泣き出す位取り乱していては、この先やっていけないと思い。認識を改める機会を得たのだと自分を説得する。
レオ様みたいな王子様のような風格は出した覚えは全くないのだけれど、この事をいつまでも考えては埒が明かないので、ここは僕が折れるしかない。気持ちを切り替えてモニターの設定を元に戻す。
パッと画面が表示され、再び三人の顔が映る。モニターの向こうのレオ様達は僕を心配するような顔をしていたので、僕はもう落ち着いている事を伝える。
「突然取り乱したりして申し訳ありませんでした。僕の方はもう気持ちを切り替えましたので大丈夫です。報告の方を続けていきたいのですが宜しいでしょうか?」
「あ、ああ、桜が落ち着いたのならそれでいい。しかし、お姫様か……ガンバピンクの方は相当桜に入れ込んでいるようだな」
「そ、そうですねぇ、初対面の相手にそう言い切ってしまうなど、余程の事態ですよ……私達の方でも過去に連中に何かあったのか調べておきましょうか」
何だかレオ様達の様子がおかしい、何かを言い淀んでいるような、思っている事を口に出してしまわないようにしていると言った表情だ。
向こうでも何かあったのだろうかと考えていると、隣のグレイスさんも三人を見て何も言わずにただムッとした顔になる。
何だか妙な空気感になりつつあるので、僕は気になっていた事を尋ねる事で空気を換えてみる。
「でも妙ですよね、桃瀬さんはヒーロー特有の物だって言ってましたけれど、本当なのでしょうか? 本人曰く、毛色の違う護りたくなるような特別な女の子に飢えているらしいのですが、まさかヒーロー組織全体でそんな意味のわからない事態になっている程でもありませんよね?」
何気無く言ったその言葉に、レオ様達は目を見開いて納得がいったかのような顔で僕を見ていた。
「な、何ですか!? どうして僕を見ているのですか? 何か不味い事が起きてるなら教えて下さいよ!」
「ごめんねぇ、桜ちゃん。言われるまで忘れてたけど、実は私も昔にヒーロー側から似たようなアプローチをされたのを思い出したわ。ただ向こうに尋ねて答えを聞いた訳じゃ無いから、いまいち確証が得られなかったのだけど、あの話ってホントだったのね」
グレイスさんがすかさず僕に謝罪をして、そして自身もヒーロー相手に似たような体験をした事があると告白して来た。グレイスさんの場合は相手が好みでも無かったので軽く一蹴して事無きを得たそうだけれど。
あの話とは一体何の話なんだろう。聞きたいような聞きたくないような妙な気分になるが、僕の今後の進退にも関わる話なのだろうと思い、恐る恐る尋ねるとグレイスさんは続けざまに話し始めた。
「長い事ヒーローをやっていると、自然と本能でそういう子に強く惹かれていくようになる噂があってね、特に強いヒーロー程そういう傾向が強いらしいのよ。でも所詮噂程度の話だったから、余計な事を伝えて桜ちゃんを不安にさせたくは無かったから教えなかったんだけど、まさかホントの話だったなんて……」
グレイスさんの言葉に、レオ様達もしまったという顔をして何だか気まずそうにしている。
ガンバルンジャーは期待の新人ともてはやされる程の凄腕ヒーロー部隊だ。それ位の評価を僕と同じ年で受けているので、最上位では無いにしても警戒するべき相手としては相当なレベルである事は確かである。
そして、強いヒーロー程僕みたいな子を求める傾向が強いらしい。
……そんな人達に目を付けられてしまった事は、ひょっとして今僕は飛んで火にいる夏の虫の如く、相当危険な立場に置かれているのではないだろうか。話を聞いて改めて今後正体がバレでもしたらと思うと、途端に怖くなりぶるりと震えて視界がまたもや滲み出してきた。
「どどど、どうしたら良いのですかぁ……ぼ、僕、もしかしなくても凄い大変な事になっているじゃあないですかぁ……」
「だ、大丈夫よ桜ちゃん! 話を聞いた限りじゃ、向こうが桜ちゃんに危害を与える可能性はほぼゼロに近いから! 安心して? ねっ?」
「ででで、でも、僕は今はこんな姿ですけれど、元は男なんですよぉ……? お姫様なんて向こうのノリで言われた物ですし、いつどんな時に、それも無かった事にされるかわからないじゃないですかぁ!」
「そ、それも大丈夫だから、少なくとも桜ちゃんが今の桜ちゃんのままだったら、絶対に大丈夫よ! 女の子の事で何か困った事があれば私がいるし、もし仮に桜ちゃん自身がガンバルンジャーの前で正体をバラしても向こうも信じようとしないから安心して! それ位桜ちゃんはお姫様なのよ! レオ様達もそう思うでしょ? ねっ? ねっ!」
思いの外危険かもしれない向こうの入れ込み具合に、恐怖で震える僕を、慌てて宥めようとしているグレイスさん。宥めていく中で何かとんでもない事を言い出している気がするけれど、僕はそれ所では無かった。
尚も不安な僕を見て、グレイスさんはレオ様達にも同意を求め出した。
モニターの向こうの三人も剣幕に圧されたのか、僕を見て何か思う所があったのかはわからないけれど、何も言わずに首を縦に振っていた。それでも不安は拭えないでいると、客観的な視点で今の僕がどう見えているのかを、それぞれ語り出し説得が始まるのだった。
◆◇◆
レオ様達の説得を聞いて、僕は何とか落ち着きを取り戻す事が出来た。そして同時にシャドウレコードの四天王として見ると、余りにも悪のイメージとはかけ離れた姿をしていると端的に言われてしまい、徹底的に打ちのめされた。
今は恥ずかしさやら、情けなさやら、頼りなさやらで、複雑な気持ちになり、僕はちゃぶ台に突っ伏してしまっている。
可憐だの、儚いだの、綺麗だの、愛おしいだの、おおよそ悪の組織とは対極に位置するような表現で僕の容姿を説明され続け、最早観念するしかなかった。僕自身はそんな風に思っていなくても、周りからそう言われてしまうのだからもうどうしようも無い。
これは最早何なのだろうか……褒められているのか、貶されているのか良くわからなくなってしまったけれど、要するにいかに今の僕がヒーロー達にうける容姿をしているのかを説明された。
倒れていた身体を何とか起こす、まだ恥ずかしさで顔が熱いけれど何とか話を戻さなければ。
「わかりました……今までヒーロー達と何度も対峙し、僕よりも彼等に詳しい筈の皆さんがそこまで言うのなら、僕自身がガンバルンジャーに危害を加えられる可能性が無いと言う事で話を進めます」
ここで僕が納得出来ないと、安心させようとして更に追加で容姿について言及されてしまいそうな雰囲気だったので、恥ずかしさに耐えつつも無理矢理話を進め、疑問が浮かんだので尋ねる。
「ですが、それだとこのまま行くと僕はヒーロー達と深い関係になってしまうのではありませんか? そうなると情報を集めて抜け出す時が大変だと思うのですが……」
「それなら大丈夫よ。そっちの状況が悪くなれば最悪転校名目で撤退すれば良いだけだから、桜ちゃんはヒーロー達のお姫様として卒業するまで気楽に学生生活を楽しめば良いのよ」
そう言ってグレイスさんは、起き上がった僕の頬を指でぷにぷにと突いてくる。そうか、転校と言う手段があったのかぁ、でも折角上田さん達とも仲良くなれたのに、そういう手段に頼るのは悲しいなぁ。
桃瀬さんについてはあらかた一通り話し終わったような気がする。後は勘が鋭い事が能力だと帰りの話の中で出てきたが、それがどれ位の能力なのかはわからないので、話半分程度に得た情報だと前もって言った上で報告してみた。
この話に一番食いついたのはウルフさんで、前の戦闘での経験も交えて話し出す。
「そうか、ガンバピンクの能力は勘か……確かに、俺との一戦の時、まるで何処を狙って攻撃するかがわかっていたかのように、奴が一番反応良く攻撃を躱していた」
僕の報告に、ウルフさんが自身の交戦時の体感を踏まえてその手の能力であると頷いている。
「まだ確定した訳では無いがその線はかなり濃厚だな。他の男共は手から炎を出したり、水を出したり、脚に雷を纏って素早く動いていたりしていたな」
そういえばこの作戦が始まる最初の会議の時の映像で、良く見えなかったけれど何かが光っている瞬間を見た気がする。これで桃瀬さんの能力を合わせて四人は大体の能力が判明した。残るのは学校で見かけなかった五人目になる。
「桃瀬さんの他に、ウルフさんが語って下さったその三人は恐らくですけれど学校で見かけました。その内の一人は僕と桃瀬さんと同じ組なんです」
「えっ、もう一人同じ組にいるの桜ちゃん? それは大変ねぇ、桃瀬さんって子以外は男子なんでしょ? さっき男子絡みで騒ぎが起きたって言っていたような気がするけどその子は大丈夫なの?」
グレイスさんが途端に心配しだす、まさかもう一人ヒーローが同じ教室にいるとは思っていなかったようだ。
その時は彼は教室にはいなかったので、何もされてはいないと伝えると、ひとまずはホッとしている。
「ただ、その人僕を見るなり、少し様子が変だったんです。名前は赤崎 焔って言って赤い髪に赤い目をしていましたから、恐らくはガンバレッドだと思うんですけれど、何か僕と一緒の孤児院にいたらしいようで、本人から直接自分を覚えていないかって尋ねられたんですよね」
「ええっ!? あらぁ、敵対組織の男の子ともしかして運命の再開!? 桜ちゃんがとてつもない可愛いお姫様になっているからさぞや驚いたでしょうねぇ! あら、でも幼い桜ちゃんは男の子だったから、今の桜ちゃんにその話をするのって何か変よねぇ?」
放課後にA組の教室に残っていた女子達と似たような反応をするグレイスさん。ただ、僕についての詳細を知っている為か、彼の反応について疑問を浮かべている様子だった。
僕と一緒の孤児院に赤崎 焔もいた可能性があると聞いた瞬間、レオ様の顔が真剣になる。イグアノさんとウルフさんも気になるようで今にも尋ねてきそうだった。
孤児院時代の話はあまりしたくは無いのだけれど、グレイスさんの疑問も解消しなければならない。
幼かった僕は孤児院ではしょっちゅう女の子に間違えられ、同じ年頃の女の子からもそういう風に扱われていた事と、それで少し年上の男の子達を筆頭に僕を女の子だと思って虐められていた事を話す。
その話を聞いたグレイスさんは途端に冷ややかな雰囲気になり、赤崎 焔についての追加情報を求めて来た。
「ねぇ桜ちゃん、まさかだとは思うけど、その男の子の中に赤崎 焔って子はいたのかしら……?」
「い、いえ、その中にはいなかったって正直に答えてくれました。ただ、僕の記憶の中だと赤い髪の男の子は孤児院では見かけた事が無くて、その事を伝えると何だか酷く落ち込んだ様子でした」
「えっ? あ、あらぁそうなのー……? 桜ちゃんを虐めてないのなら、それならまあ、いや全く良くは無いのだけど、怒るに怒れなくなっちゃったわぁー、おほほほ」
グレイスさんは怒りの矛先が迷子になり、変に誤魔化すように笑い出した。それでもレオ様は真剣な顔のままで、何かを考えイグアノさんの方を見ている。
「まさか桜と同じ孤児院にヒーローがいたとはな……イグアノ、悪いがこの件について何か情報を探れないか?」
「フフフ、レオさん貴方ならそう言うと思いましたよ。まあ、調査対象の情報を掴むきっかけを得たのは大きいですねぇ」
イグアノさんは情報を得る為に進展が得られたと怪しく笑い出し、そのまま僕にも今後の対応策を提案してくれる。
「後は桜さんの件ですが、話通りならしょっちゅう女の子だと勘違いされていたようですので、仮に一緒の孤児院にいたとしても、ガンバレッドも桜さんを女の子だと思っていた可能性が高そうですね。それに、今は髪が赤いそうですが、その頃はまだ能力に目覚めていなかったのだと思われます」
「つまり、赤崎 焔は桜ちゃんを昔から女の子だと思っているし、その頃は能力にも目覚めていなかったから桜ちゃんも良く覚えてないって事かしら? じゃあ作戦続行には何の問題も無いって事で良いわね」
この件は後で追加で調査をして、何か情報を得られないかの方向で話が進む。僕の件に関しても、もし赤崎 焔が僕に都合が悪い事を言ってきたりしたら、二人の間で所々嚙み合わない所を詰めて無理矢理誤魔化すという、なんとも無茶な方法を取ることにした。
小さい頃の記憶なので押せばどうにかなるとグレイスさんは力押しして、イグアノさんもいじめっ子の中に赤崎 焔もいたかもしれないと、僕が涙目になって周囲に訴えれば向こうの立場が悪くなると、悪女作戦を推奨して来た。
向こうがどれだけ僕の事を勘違いしているかにも寄るので、もし小さい頃の僕を女の子だと思っているのなら何も問題は無いから、出来れば強引な手段は控えておきたい。
二人の提案する作戦に苦笑いしながら返事をすると、ウルフさんが他の二人の情報を聞いてくる。
「ふむ、桜も小さい頃から色々と苦労して来たのだな。俺の持っている情報と桜の証言からして、赤崎 焔がガンバレッドで間違いは無いか。それで、他の二人はお前とは違う組のようだが、見かけたのだろう? どんな姿をしていた」
「はい、まずはガンバブルーからですね、彼は青峰 翠と言う名前で入学式で生徒会長として挨拶に出て来て自らヒーローと名乗っていました。青い髪に眼鏡をしていて、冷静沈着な雰囲気をしていて女子からの評判が凄かったのですが、桃瀬さん曰く実は性格はまるっきり違うとの評でした。」
「へえ、ガンバブルーは生徒会長さんなのねぇ、これまた随分と厄介な肩書きを持っているじゃないの」
「確かに僕もそう思いましたけれど、彼は二年生で生徒会長にされて嫌そうにしていたと桃瀬さんが言っていました。本人も挨拶の際に休みたいと、そう言っていましたし」
「ガンバピンクは随分と仲間の事でぶっちゃけて来ていますね。ガンバルンジャーは思いの外面白そうな組織でこれからが楽しみになってきましたよ」
僕の説明にグレイスさんとイグアノさんがそれぞれ反応する。
僕はちゃんと彼等の事を上手く説明出来ているのだろうか、例え敵ながらも余り適当な事を言ってしまうのは、それは失礼になるかもしれない、だけれど彼等に詳しい筈の桃瀬さんからの評価がそうなので、ただそう伝えるしかない。
ありのままの知り得た情報を報告しているだけなのに、これは告げ口なんじゃ無いのかと思ってしまう。精神衛生的に宜しく無いので、自己嫌悪になる前に伝える事だけ伝えて早く終わらせたい。
「次はガンバイエローになります。名前は萌黄 彰と言う名前で一年C組にいるそうです。新入生代表として挨拶に出て来て、彼もまた挨拶でヒーローだと名乗っています。金髪に目尻の下がった緑色の瞳をしていて、見た目とは裏腹に気弱で真面目な性格だと、桃瀬さんが教室内で女子達に聞かれてそう答えていました、」
「違う組の子なのね、気弱で真面目な子なら誘惑しやすそうだったのに残念だったわね」
「ゆ、誘惑って何ですか? 色仕掛けみたいにやれと? で、でも僕の身体で何処まで出来るでしょうか……」
成程と思い、僕は色仕掛けについて真剣に考える。こうすれば自分で情報を引き出せるし、何だか雰囲気も悪の組織っぽい。これは一石二鳥かもしれない。
隣にいるグレイスさんは比較にならないけれど、それでもスタイルの良さなら桃瀬さんの方が上だった。そんな桃瀬さんを異性として意識していない彼等に、一体僕の身体が何処まで通用するのか……
情報を手に入れる為の手段なら、無論手数が多い方が良い。けれど僕の身体はそういう事をするには色々と薄い気がする。悩みに悩んで身体を触って確認しようとすると、グレイスさんに腕を掴まれ止められる。
「ちょっと、ダメよ!? 冗談に決まっているじゃない! 桜ちゃんがそんな事しちゃダメなのよ!」
「誰かから聞いた話より、直接僕が身体を使って情報を集めた方が正確じゃないですか? そ、それにこうすれば少しでも悪の組織の四天王っぽくなれそうでは……」
「それは私の役目だから! 桜ちゃんがそれをやるのは色々ダメなのよ! もしかしなくてもさっきのイメージの話引きずっちゃってるじゃない! レオ様が悲しむから止めなさい!」
レオ様の名前を出され、思わず身体が固まる。モニターを見るとレオ様は顔を赤くして目線を逸らしていた。
大変お見苦しい姿を見せてしまった事を反省してしまう。
「そ、そんな事をしなくても桜は今でも十分貢献してくれている。元々俺が想定していた事態よりも何倍もの速さで情報が得られた」
モニターの向こうのレオ様は、普段の慌て方とはまた違った慌て方をして僕に語り掛けて来る。
「それに今日はまだ入学式初日だぞ? もし俺がこの作戦に潜入する立場だったら、組み分けを確認して何処に誰が居るのかを確認するだけで精一杯だった。ヒーロー二人といきなり接点を持てる桜はとても凄いんだ! だ、だから身体を使う行為は止めてくれ、頼む」
レオ様が顔を赤くしてそう説得して来た、他でもないレオ様にそう言われてしまうと従うしかない。
身体を使うにしても、もっと別の手段がある筈だし、冷静に考えてみたら色仕掛けをするには肌を露出する訳なのだから、当然下着なんかも見られてしまう。
お姫様扱いからどうにかして抜け出したいあまり、もっと恥ずかしい事をしてしまう所だった。一体今日の僕はどうしちゃったのだろうか。
「申し訳ありませんレオ様……何だか今日の僕はとても変になってしまっているようです。情報は得ましたけれど、それよりも色々な事があり過ぎて追い詰められていました」
「そんなに張りつめなくて良いのよ。私なんか桜ちゃんが一から情報を集めて来るのに、今日から一か月は掛かると思っていたから、今後の予定が全部パーになっちゃったんだから」
グレイスさんはふざけるような口調で、一つのメモ帳を取り出した。メルヘン調な可愛らしい動物のイラストが描かれた表紙に油性マジックで『日和 桜魔性の女強化計画』と書かれている。
「まさかねー、私が考えていた魔性の女路線を軽く上回る、お姫様路線で進んじゃうなんてねぇ。もしかして参考になる所があるかもだから、このメモ帳は桜ちゃんにあげるね」
そう言って、グレイスさんはポンと僕にメモ帳を手渡す。中を開いて確認したいところだけれど、もうこれ以上は疲れて大変そうなので今は止めておこう。
今日一日、一人で緊張していたのが何だったのかと思うと、途端に肩の力が抜ける。すると、ぐぅ、とお腹が鳴ってしまう。そういえば今何時かと思って時計を確認すると、もうお昼も半分以上過ぎてしまっている。
僕のお腹が鳴った事を合図に、今日はこれで解散というムードになった。僕からも出せる情報は出し尽くしたと思うので、もう何も言う事は無い。ただこれからはどういった情報を優先的に集めれば良いのか気になったので、軽く全員に聞いてみようと思う。
「情報を一つ手に入れるのにとても大変なんだなって思いました。なので、レオ様達が知りたい情報があるのならそれを優先的に調べようと思います。何か知りたい情報というのは無いでしょうか?」
「知りたい情報か……そうだな、なら俺は奴らの主義や理念が知りたい。若くして相当な実力を手にした者達だ、我らの脅威になり得る者がどんな考えで動くのかを知っておきたい」
僕の問いに対して、レオ様は今後敵対する可能性がある彼等が、どんな考えで動くのかを知りたがっている。
「情報か、ならば俺は奴らと再び対峙する時、実力がどれ程上がっているのかが気になるな。個人の実力だけで無く、連携の練度もどれ程の物かも把握出来たら、部隊の展開をするべきかの判断にも使える」
ウルフさんは、交戦時の経験から彼等の成長速度を警戒していて、戦い方の意識にも変化があるのかを知りたそうだ。
「そうですねぇ、私は奴らが苦手とする地形や戦術等を知っておきたいですね。どんな些細な事でも構いません、苦手な物やトラウマなんかがあれば教えて下されば、いざという時に役に立ちそうですね」
イグアノさんは、戦闘に組み込めそうな弱点を調べて欲しいようだ。これはもっと踏み込んだ部分なので一番難しいかもしれない。
「うーん、私は桜ちゃんに毎日楽しく過ごしていて欲しいから特に思いつかないのよねぇ。でもしいて言うのなら、桃瀬さんと仲良くして何処で遊んだかとかを教えてくれれば、それで良いわよ。うふふ」
どういう訳か、グレイスさんに関しては桃瀬さんと仲良くなって欲しいと言ってくる。唐突なお姫様扱いに僕は恐怖感すら抱いていたけれど、ちゃんと仲良くなれるのかな。
それぞれ知りたい情報を語ってくれる。グレイスさんだけ何だか方向性が違うような気がするけれど、お腹が空いているので、軽く受け流してメモに留める。
メモをしていると、またもやぐぅ、とお腹が鳴ったので、グレイスさんがケラケラ笑いながら台所に向かう。
「あらあら、桜ちゃんはすっかり腹ペコさんねぇ。もう準備はしてあるから早速お昼を用意してあげるわ。今日は私が腕によりをかけるから晩ご飯も期待しててね」
エプロンを身に着け、てきぱきとフライパンやお皿を取り出すグレイスさん。まだ通信が付いたままなので、それを見てウルフさんとイグアノさんが思わぬ顔を見せる。
「うむ、グレイスの奴は料理が出来たのだな。初耳だぞ」
「知りませんでしたよグレイス。貴女がそのような事が出来るだなんて」
「あら、桜ちゃんまだ通信切って無かったの? 単に振る舞う相手がいなかっただけですからあんた達はこれからも食堂よ」
二人に素っ気なく返事を返して、グレイスさんはキッチンに籠る。本格的に料理の音が聞こえて来たので、そろそろ通信を切ろうとすると、不意にレオ様が声を掛けて来る。
「それでは桜、また次の会議だな。ただ何か緊急の用があれば会議を待たなくてもいつでも連絡してくれれば良い。それと、ガンバルンジャーの動向には気を付けておけ、特にガンバレッドには注意だ」
レオ様は孤児院の件で赤崎 焔を警戒している。僕も彼の言葉が気になるので、それに同意する形ではいと返事をして頷く。すると横で見ていたイグアノさんがニヤニヤして割って入って来た。
「おやおや、レオさんは随分とお姫様が気掛かりなんですね。これも青春ですか、それでは桜さん、私達もグレイスの奴の言葉通りに食堂でランチとなります。では」
イグアノさんの言葉で通信が終わる。最後レオ様が何やら声を上げていたけれど、僕には聞き取れなかった。
何だか大変な一日だったなと思う。まだ朝からお昼までしか経っていないのだけれど、凄く疲れてしまった。来週以降は一体どうなってしまうのかと悩むとお腹の音が鳴り止まないので、僕はもう考えるのを放棄してお昼を待つ事にした。
来週の事は来週の僕に任せる事にして、今は何も考えずにゆっくりと週末を過ごしたい。




