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第九話 はい、良いですよ。一緒に帰る位なら付き合います




◆◇◆




 今日の学校は終わり、後は家に帰るだけになる。ピースアライアンスが管理する都市部の街では、宇宙技術と異世界の技術を取り込んで地球の技術も飛躍的に進歩している為、電子化が進んでおり、プリントやコピー用紙などと言った紙を使った印刷媒体は文化遺産としての技術体系では保存されているが、近年では主流から大きく外れ、教科書の類い等も教室の教卓を介して机に立体資料を出力する仕様になっている。

 

 その為、より一層生徒の自主性が尊重され、ノートに自ら書き込むと言った行為がとても大事になって来る。そうやって自ら一つ一つ字を書き、文を作って、ノートを埋めて行く事が何よりの貴重な財産となり、その行程が自らの心の自信を育むとか何とかかんとからしい。


 一応、テスト期間中には範囲を纏めた電子端末が貸し出されるようなので、最悪これで一夜漬けをする生徒もいたりするのかもしれない。


 これらの話は全部入学式の途中や先生の話で語られていた事なので、誰にも怪しまれないように円滑な学校生活を送る為に、僕はこれに従う事にする。


 来週の予定を一通りメモして確認し忘れが無いのも確かめた後、メモを鞄に仕舞い教室に備え付けられた時計を見る。他にもメモを書いているクラスメイトがいるので、あながちおかしな行為では無いようだ。


 まだ午前中で、もうすぐ十一時になろうとしている。家に帰ってすぐに会議を始めるとお昼の時間と被ってしまいそうだと考えていると、不意に桃瀬さんから声を掛けられる。




「ねえ、日和さん。今日はもう学校は終わりだけど、この後は何か予定でもある?」


「はい、昨日から泊まり込みで私の事を見に来てくれている保護者代わりの人が家で待っているので、すぐに帰って今日はその人とゆっくり過ごす予定です」


「えっ!? 泊まり込みで! 大丈夫なのそれ!」


 家に帰る準備をしていると桃瀬さんにこれからの予定を聞かれ、僕は当たり障りの無い部分での予定を話す。


 でも、どういう訳かそれを心配されてしまい、家に来ている人はグレイスさんであると名前は伏せつつもやんわりと伝える。


「大丈夫も何も、その人は女性ですよ? ええと、朝にも言いましたけれど私に身嗜みについて教えて下さっている人です。今日の入学式が心配だと言って忙しい中来て下さったんです。そして案の定、外に出る前に一人で不安になっていた私を手助けしてくれました。あはは……」


「ああ、今朝言ってた例の大人のお姉さんね! 厳しいって人らしいけど思ってたより優しいのね。良いなぁ、私も泊まり込みで日和さんとオシャレの勉強してみたいなぁ」


 話の途中の単語に過剰に反応するが、グレイスさんが来ているのは事実なので、朝の質問にも答えとして出した例の人だと伝えると、途端に納得して今度は羨ましがっている。


 グレイスさんが来ていると話すと、その手の話題に興味津々だった女子が反応し、僕と桃瀬さんの話に混ざり、オシャレの話題が始まりだした。


 早く帰りたかったのだけれど、自分から女子の輪を乱す度胸も無いし、無碍にしてしまうのもA組から孤立してしまう危険がある。


 僕が話に出した手前、一つずつ話題を消化しようと思っていたら、今度は桃瀬さんを呼ぶ男子の声が不意に掛かる。




「おい、涼芽。今日は定期ミーティングの日だろ、早く済ませてサッサと飯食いてえから、行くぞ、オラ」


 そこには例の赤崎 焔がいた。桃瀬さん達もこの後定期ミーティングとやらがあるらしい。急にやって来た彼はそのままズンズンと桃瀬さんの近くに立ち並ぶ。


 にらみつける様に桃瀬さんを見つめる彼は、こうしてみると結構身長がある。イグアノさんと同じくらいだろうか、僕とは頭一つ分違いそうだ。ただ、イグアノさんとは違って体格が良いので対象が僕ではないにしろ、間近に迫られると何だかそのまま襲い掛かってきそうで少し怖い。


 機嫌が悪そうな顔と迫力のある体型に、僕の他にも怖がっている女子がいた。でも仮にもヒーローなんだし正体がバレたならまだしも、まだ彼とは何もトラブルを起こしてはいないので、怖がるのは失礼だと思って桃瀬さんの近くから離れないでいると、何気なくこちらを見た彼と目が合う。すると、彼は一瞬目を見開き固まったかと思ったら、何だかぎこちなく僕に話し掛けて来るのだった。


「な、なあ、お前……確か日和って言ったか? 昔、孤児院にいたって言ってたよな。そ、そこで、俺達出会わなかったか……?」


 意外な人物からの思い掛けない突然の告白に教室の空気が固まる。そして少しして時は動き出し、男女問わず驚愕の声で溢れ出した。


 教室に残っていたクラスメイト達は全員こちらを見ている。中でも桃瀬さんが一番驚いた表情をしており、食って掛かる勢いで彼に問いただす。


「焔! あ、アンタっ! どういうつもり!? 日和さんとそんな昔から知り合いだったって言うの!? 何でこんな大事な事言わないのよ! ちゃんと説明しなさいよ!」


 桃瀬さんは思わず彼の両肩を掴み、前後に力強く揺らしながら尋ねている。不機嫌そうな顔をしていたけれど、何の抵抗もせずに赤崎 焔はただ静かにこちらを見ている。


 孤児院に赤崎 焔なんて名前の子がいたなんて知らないし、その時に赤い髪の男の子なんて見た事が無い。彼の頭髪は随分と目立つ。そんな髪の子がいたって言うならちゃんと記憶に残っている筈だ。


 僕はシャドウレコードに拾われるまでの、孤児院にいた時の記憶を思い返す。確かあの頃は、僕は名前と見た目のせいで、しょっちゅう女の子に間違えられて、女子達にも女の子扱いされていてずっとおままごととか花冠とか作って遊んでいた記憶がある。


 そうして女子達と遊んでいると、少し年上の男子達が僕にちょっかいを掛けて来て、何処からか捕まえて来た虫やらトカゲやらを投げつけられて、それが嫌で何度も泣かされていた。一緒に遊んでいた女子達は僕を庇ってくれていたけれど、最終的に男子達をいつも叱っていたのは孤児院の大人や更に年上の孤児達だった。


 記憶を思い返してみても、やはり赤い髪の男の子なんて見た事が無い。騒ぐ桃瀬さんに、僕から返事を聞くまで何も言う素振りを見せない赤崎 焔。僕と彼を見て、ありもしない関係性を思い浮かべてそうな周りの女子達。男子もその後ろで聞き耳を立てて話を聞いている。混沌とし始めた教室を鎮めなければ。




「す、すみません、孤児院での記憶を思い返してみても、赤崎君みたいな赤い髪をした男の子は見た事が無いと思います……」


 彼のような珍しい髪の色をしていた子がいたならば、どんなに記憶が朧気であっても忘れる事は無いと話す。それを聞いて、桃瀬さんも動きを止めて僕を見つめて話を聞いている。


「能力に目覚める前だったのなら、覚えていないのは仕方が無いのですが、ただ、あの頃の男子の思い出は、私が女子と遊んでいるとよく、少し年上の男子達が集まって悪戯をしたりしてきて、その度に泣かされてばかりで余り良い記憶とは言えないのですが……」


 こうなっては仕方が無いので正直に話してみる。本当に嫌だった思い出しか無いので、今でもはっきり覚えている。シャドウレコードに拾われた当時は、イグアノさんの意地悪そうな顔を見ては怖くて良く泣いていたのも思い出してしまった。


 もし、彼があの男子達の中にいたとしたのなら、僕はかなり幻滅してしまい桃瀬さんには悪いけれど、ヒーローを見る目自体も変わってしまいそうだ。僕の話を聞いて、素敵な再開を期待していた女子達は、一瞬固まった後どういう事なのかと言いたげな冷ややかな視線を彼に向け、男子達は何だかバツが悪そうな顔をしていた。桃瀬さんに至っては目から殺気が出ているような気がする。


 僕のその話を聞いた彼が、今度は何だか悔しそうな複雑な表情を浮かべながら慌てて口を開く。


「ち、違うっ! 俺は決してそんな事はしていない……! た、ただお前によく似た奴が、昔一緒の孤児院にいた気がしたんだ……そっか、お互い覚えていたら名前と顔を見たらすぐにわかるよな……何か、嫌な事を聞いてすまなかった。涼芽も……悪い、俺先に行ってるわ……」


 何だか煮え切らない様子で話を一方的に終えられてしまった。変に注目を集めたと思ったら、そのまま勝手に意気消沈して彼はとぼとぼと教室を出てしまう。


 何だか微妙な空気になり、またもや固まってしまう教室。そんな時、教室の扉が開き一度職員室に戻っていた山田先生が現れる。


「お前達、まだ残っていたのか! 早く帰れと言っただろう。もう今日は教室の扉を閉めるから、さあ早くここから出て行って家に帰りなさい、さあほらほら」


 山田先生の登場で、教室での流れは一気に終わりを迎え、ようやくこれで家に帰れる事になった。




◆◇◆




「あーあ、もうちょっと話したかったけど先生に怒られちゃったね。日和さん、一緒に帰りましょ?」


 教室を出て、桃瀬さんが一緒に帰ろうと誘う。教室に残っていた他の女子達は、それぞれに予定があるのだろう、既に散り散りになっていた。


 登校する際に通学路で偶然出会ったのだから、途中までは方向が一緒なのだろう。一人で帰るのも心細かったのでこれには返事をしておく。


「はい、良いですよ。一緒に帰る位なら付き合います。あっ、でもさっきの赤崎君達との用事の件は大丈夫なんですか?」


 何か定期ミーティングとか言っていたような気がする。僕に付き合って遅刻して怒られたりしたら、敵ながら何だか申し訳ない。僕に対して暴走気味な所がある桃瀬さんだけれど、言動には好意や善意があるのは伝って来るので、少し心配にもなる。


「ああ、それなら大丈夫よ! 場所は街中にあるから一旦家に帰ってから行くのも、日和さんを家まで送って行くのもそんなに時間が変わらないし、それだったら日和さんを送って直接その場所に行くだけだから!」


 な、成程。でも女の子がそんなノリで大丈夫なんだろうか、ヒーローと言えど仮にも同年代の男女なのだから、相手からどう見られているのかとか気にしないんだろうか? グレイスさんは、会議に出る際には徹底的に僕の身嗜みについて見てくれていたし、グレイスさん自身も身嗜みはしっかりしていた。


 僕がそう思っていると、はっきりと顔に出ていたのか、それを見た桃瀬さんがすかさず言葉を続ける。


「いや、別に同じ組織のメンバーってだけで、何度も言うけどそういう関係じゃないからね!? それに戦場でお互い汗だくで泥だらけになったりもしてるから、最早異性として見られて無いっていうか、今更私だけ意識しても焔達から笑われるだけだしさ」


 そういう特別な関係にはなってはいないのだと、僕に勘違いされたくないのだろう桃瀬さんは慌ててそう言う。


 その勢いに少したじろぎながらも聞いていると、桃瀬さんは一息吐く。


「まあ、そこに日和さんみたいな綺麗で可愛らしい女の子でも一緒だったら、皆、気を遣ってると思うけどさー」


「そ、そうなんですか……何だか桃瀬さんも苦労しているんですね。赤崎君も萌黄君も青峰先輩も皆さん女の子に人気がありそうな見た目ですから、そういう意識はしっかりしているのかと思っていました」


 僕はガンバルンジャーについて何かしら情報を落とせないかと、桃瀬さんの話に乗っかってそれとなく聞いてみるのだった。すると、彼女は僕に聞いて欲しそうな顔でヒーローの事情を話して来る。


「奴らも男だし意識が無い訳じゃ無いのよ。でも、普通の女の子じゃ住む世界が違い過ぎてダメだって言うのよね。ホント贅沢だわ」


 そう話す桃瀬さんは少し呆れ気味な顔で、彼等について話していく。住む世界とは何だろうかと考えていると、話は続いていく。


「でもまあ、ヒーローやっていると私含めて皆、特別な女の子との出会いを求めているっていうか、毛色が違っていてそれでいて護りたくなるような子に飢えているっていうのは界隈じゃよく聞く話だったりするのよねー」


 一種の職業病と呼べる物なのか、ヒーローにも特殊な事情があるみたいだ。毛色が違っていて護りたくなるような子かあ……成程、僕の事をやたらと特別視している桃瀬さんもどうやらその病気らしい。


 今もこうして、僕と一緒に玄関前まで一緒に廊下を歩いているだけで何処かうきうきとしている。彼女の光り輝くような目を見ていると、シャドウレコードの四天王の僕が、その対象になっている事に申し訳なさを感じてしまう。




 靴を履き替えて、校門まで行くと、今朝ここでひと騒動あった上田さん達とまた出会った。


 身長差もあり、それぞれ違う雰囲気の見た目をした仲良しトリオは僕と桃瀬さんを見ると、すぐさま側まで駆け寄ってきた。


「あっ、チュンちゃんと日和さんじゃん! 今朝ぶりだねぇ。ねぇねぇチュンちゃん、A組にお姫様が入学してきたってなんかクラスの男子共がバカ騒いでたんだけど、それってもしかしなくても日和さんの事だったりする?」


 明るい茶髪に緩いウェーブのかかった髪をした上田さんが元気良く僕達に話し掛けて来る。


 上田さん達の組にも早速、僕の騒動の余波が伝わっている。上田さん達はニヤニヤしながら桃瀬さんを見ており、一体誰がこの話を焚き付けたのか見当がついているような素振りだった。


 僕は彼女達にただ苦笑いする事でそれに答え、僕の事を最初にお姫様呼びし始めた桃瀬さんの方にチラリと目線を向けた。上田さん達と僕からの目線に耐え切れず、たじろぎながら桃瀬さんは話し出す。


「だ、だって……困っていた日和さんを一番最初に助けたのは私なのよ? 雰囲気が違い過ぎて誰も近づけない、右も左もわからない様子で一歩一歩不安に歩きながら、今にも泣きだして消えてしまいそうだった儚くて可憐な美少女をお姫様扱いして何が悪いの!?」


 大きな声で校門前で僕の事をそう言い出す桃瀬さん。他人からはそんな風に見えている事を改めて感じて僕にも思わぬ形で飛び火してしまい、恥ずかしくなってしまう。


「しかも希少な能力者だったりするし、私が言わなくても今朝廊下に居た男共が自然にそう呼びそうだったから、それが嫌でならせめて私からそう呼ぶようにしたのよ!」


「ああー、それでチュンちゃんはいきなり日和さんをお姫様呼びするようにしたんだぁ、あの時の日和さんそんな感じだったもんね、バカ騒いでいた男子も日和さんの能力でえらく興奮してたわ。『癒し姫最高!』とか叫んでたし、自分の知らない所で勝手にそう呼ばれだしたら、確かに怖くて気色悪いと思うわぁ……」


 ショートボブの茶髪に、髪色に合わせた眼鏡をかけた中島さんはうんうんと桃瀬さんの話に納得する様子を見せる。


「チュンちゃんの勘って凄い当たるもんね。それがチュンちゃんの能力なんだっけ。まあ、日和さんの見た目と雰囲気で更に言葉遣いとか性格も含めたら、勘とか無くてもお姫様って呼びたくもなるよね。まず私達とは育ち方から違うっての」


 黒いロングヘアにたれ目が特徴的の下橋さんは僕を見ながら、そう評価をする。


 桃瀬さん以外の三人の評価も大体同意見であり、周囲の騒ぎぶりに僕も困惑してしまう。


 僕の知らない所でそんな事まで起きているとは。A組でもそう騒いでいた男子がいたのだし、直接問われなくても別に隠していたい能力では無いし、外で会話をしていると其処から話が広がる物なので、特定する気は無い。


 後、桃瀬さんの能力は勘に関係する能力なのか。直接聞いてみないとわからないけれど、覚えておこう。


 ただ、言葉遣いに関しては、そこまでの物だろうか? シャドウレコード内では立場もあるし、こう話すのが普通だと思っていたんだけれど、外でだと妙に浮いてしまったのかな。


 会話中の四人に背を向けて、僕についてああだこうだと上田さん達が桃瀬さんを弄って盛り上がっているのを利用し、こっそりとつい口元に手を添えむにむにと触ってしまう。




「それで後は、何でナイトな訳? 男子にけん制する目的もあったんなら、チュンちゃんだったらそこは無理矢理にでも王子様って名乗りそうなのに、中途半端に自重するような性格でも無いじゃん」


「だ、だって、日和さんが自分には既にカッコ良くて素敵な大人の男の人がいるって言ってたから……」


『えええっ!?』


 下橋さんの何故ナイトか? という問いに、少ししょぼくれた表情で話しだした桃瀬さんの言葉に思わず驚愕する三人。驚いたのは僕も同じで、慌てて桃瀬さんの方に振り向く。


「ちょ、ちょっと桃瀬さん!? わ、私が桃瀬さんにそう言ったのですか!? 覚えが無いのですけれど、何時頃の事でしょうか!?」


「ええっ!? 日和さん覚えてないの? 今朝に私がデリカシーの無い事言っちゃって慌ててた時に、凄い幸せそうな顔で私に似ている大事な男性がいるって思い出してたじゃない」


 あっ、あの時の事なんだ。確かナンパがどうとかで一人で慌てている桃瀬さんの姿が、何処かレオ様に似ていたから、思い出し笑いをしていた時だ。


 確かにレオ様は王子様みたいな見た目だし、僕にとってはとても大事な人だけれど、凄い幸せそうな顔をしながらそれを言っていたっていうの?


 ちょっと待って欲しい、桃瀬さんから見て今の僕はお姫様で……? その桃瀬さんが見ず知らずのレオ様を王子様と思ってて……? えっ? えっ? 何だか急に体が熱く感じてきた。




「うわぁ! 日和さん凄い顔真っ赤だよ! ちょっとチュンちゃん! これチュンちゃんのせいじゃない!?」


「ええっ!? これも私のせいだって言うの!? またデリカシーでやらかしちゃった!? うわーゴメンって日和さーん!」


 顔が熱く、胸の鼓動が急に早くなる。王子様としてのレオ様は確かに適任だけれど、その横に並び立つお姫様が僕だって事!? レオ様の事は尊敬しているし、あの居心地の良い場所にいつまでも側にいたい気持ちもある。でもそれは四天王としての話だし、そもそも僕とレオ様は元々男同士で、そんな関係では無いと言わなければ。


「あ、あのっ……違うんですっ、ぼっ……わ、私とその人は……そのっ、兄と妹のような関係でしてっ……!」


 慌ててしまい、一人称が崩れかけてしまう。胸を抑えて深呼吸して落ち着こうとしても触れた手が感じる胸の鼓動は段々と早くなっていく気がする。


「身寄りの無い私を拾って下さった格好良くて素敵な大事な人なんですが、私はただその人の事を、あっ、兄のように尊敬しているだけなんですっ!」


 一体、僕はどうしてしまったのだろうか。ただ違うと説明するだけなのにとても難しく感じてしまい、変な事は言っていないだろうか。


「その人も、私の事を妹のようにしか見ていない筈ですし……そんな、王子様とお姫様だなんてとても……!」


 突然湧いて来たこの感情は何なんだろう、僕もお姫様と慣れていない呼ばれ方をされてしまっているからだろうか? こんな話、誰に相談すれば。




「おっとー……これはー? どう思いますか、審判の中島さん?」


「うーん、司会の上田さん。これは、日和選手のご馳走様完全ノックアウト勝ちですねぇー、見て下さいこの表情、男子が見たら一撃必殺ですよ色んな意味で」


「成程ー、一撃必殺ですかー。確かにこれはとても可愛らしい表情をしております」


「血の繋がり等一切無い相手を兄のようと慕う一方で、こんな初々しい反応をするなんて、我らのお姫様は純情な乙女でもありました。いやー素晴らしい、今日のお昼はこれで良いかもしれません」


 上田さんと中島さんが今の僕の姿を見てふざけるように感想を言い合っている。ここで真面目に反応されても僕も困ってしまう所だったので、これはこれで気が紛れて助かってしまう。


「片や対戦相手のチュンちゃん選手は、デリカシー暴投でレッドカード一発反則負け、退場ですねー。お姫様にこんな顔させるナイトなんてねぇ、退場ですよ退場」


「そういや私等、お昼どうするかでここにいたんだよね。日和さんが落ち着いたら改めて決めようか」


 僕の言い分はどうやら、余り意味は無かったようです。でもどういう訳か効果はあったようで、彼女達はこれ以上この話をする気は無さそうだった。


 突然のこと過ぎて、思わず一人称が崩れかけたけれど、そこにも触れないでくれている三人の大雑把とも寛容とも言える対応には今はとても助かっている。多分この感じだと、僕が自己紹介で言った事は三人の耳にも届く位に広まっているのかもしれない。


 僕が落ち着けるようにと、下橋さんからは深呼吸の誘導を受けている。まだ若干身体は熱いけれど、吸って吐いてを何度か繰り返すと、幾分落ち着く事が出来た。


 三人からレッドカードで退場宣告を受けた桃瀬さんはと言うと、少し離れた所でいじけていた。




◆◇◆




 完全に落ち着きを取り戻した僕は、お昼をどうするか決めかねていた上田さん達とも一緒に帰りの道を歩く。


 途中でお昼をどうするのか僕にも聞いて来たので、正直に昨日からグレイスさんが来ている事を彼女達に教え、お昼は家で食べると言う事も伝える。


「という訳で、今日はその人と一緒にいるつもりなんです。折角誘って頂いたのですが、それを断るようでごめんなさい」


「いやいや、先に予定が決まっていたなら、そっちを優先するのは当たり前じゃん? こっちも日和さんの都合も知らずにいきなり誘っちゃってごめんね」


「チュンちゃんも予定入ってるんでしょ? 確か例のヒーロー会議だっけ、じゃあお昼は私等三人で行こうかー。あ、そうだ、また突然誘って予定が埋まってる事が無いように日和さんの連絡先教えてよ!」


 中島さんが僕の連絡先を知りたいと携帯端末を取り出した。それに続いて上田さんと下橋さんも期待を込めた顔でそれに続く。


 それなら自分も、と桃瀬さんも圧を掛けて来るので、円滑に周囲に溶け込む為の手段として、連絡先を教える位ならと、僕は事前に用意された市販の携帯端末を取り出して彼女達と番号やアドレスを交換する。


「わかりました。私達随分と打ち解け合いましたし、これで連絡先を知らないと言うのも少し変な話ですしね。確かこうやって、こうでしたよね? あっ、ちゃんと届きました!」




 上田 佳澄(かすみ)、中島 百合花(ゆりか)、下橋 響子(きょうこ)、桃瀬 涼芽とそれぞれ四人の名前が端末のアドレス帳に記載される。


 同年代の人と、こうやってお互いの連絡先を教え合うのは初めてだったので、ちゃんと違和感なく上手くやれているだろうか? 少し不安だったけれど、携帯端末を持った彼女達はうんうんと頷きながら楽しそうにしているので、失敗とかはして無さそうなのでホッとする。


「じゃあさ、お互い連絡先も知れた事だしさ、早速メールするから日和さん、記念に一枚写真撮らせてよ?」


 え? メールをするのに写真? 良くわからずに曖昧に頷くと、下橋さんがパシャリと携帯端末のカメラ機能で僕を撮影し、すかさず僕の端末に下橋さんからのメールの着信が届く。


 添付された画像を開くと、そこには僕の姿が写っていた。真新しい学生服に身を包んだ不思議な髪の色と瞳の色をした女の子のその表情は、随分と気の抜けた感じの顔で、間抜けな瞬間を撮られてしまったと、少し恥ずかしくなる。


「うわー、日和さん写真写りも凄く可愛いね! ねぇ、後で私等にもこの写真頂戴よ、アンタ一人で堪能するのはズルいっての」


「じゃあさ、折角だし五人で写真撮ろうよ! 日和さん、良いでしょ?」


 桃瀬さんがこの機を逃すまいと写真をせがむ。グイグイと勢い良く話が進んだので、そのまま五人で集合写真を撮る事になる。


 僕が真ん中で、その左右に桃瀬さんより少し背が低い上田さんと僕より背の低い中島さんに挟まれて、後ろは桃瀬さんと一番背の高い下橋さんだ。下橋さんが携帯端末を操作し、ポーズを決める四人とは裏腹に、全くタイミングが掴めず、僕はどうしたら良いのかわからず少し慌てたままパシャリと撮影される。


 写真はそのままメールで送付され、僕の端末にも届く。写真に写ったその姿は、僕だけ一人慌てているので、何だか滑稽に見えて恥ずかしい。


「ちょっと、下橋さんっ、この写真私だけ酷い状態じゃないですか!? せめてタイミングだけでも教えて下さいよ!」


「いやー、それでも日和さん滅茶苦茶可愛いじゃん! これで酷い状態だっていうなら、世の中の女子の大半は絶望してしまうって、お姫様は時に残酷でいていらっしゃるわー」


「写真を撮られるなら、私はもっとこう、気合の入ったキリっとした感じで行きたかったんです! 何ですか、この写真では隙だらけでどうぞ狙って下さいって顔をしていませんか?」


「えー? 今日初めて会ったばかりだけど、日和さんって教室でもずっとこんな感じの顔してたよ? 騎士として見守っていた私が言うんだから間違いないわよ」


「うーわ、チュンちゃん何気に気持ち悪い事言ってるー。でもこれで、私等も日和さんと友達になったね。えっへへー、来週早速クラスで自慢しちゃおうよ! 男子がヤバそうだけど、そこは写真にチュンちゃんもいるし、何とかなるでしょ」


 そう言って上田さんが僕の肩を抱き寄せ、ギュっと近づいて来た。今朝よりも更に接し方が強く、完全に気を許した距離感に思わずびっくりしてしまう。でも、距離を置かれるよりかはこうやって親密に近づかれた方が上手くやれて行けそうな気がする。

 

 僕からこんな事は絶対に出来ないけれど、向こうから来るのならある程度は受け入れた方が良いのかもしれない。


 これが女子の友達の距離感なのかと、僕は自分の知らない世界を再認識する。これが友達という物なんですね。


 桃瀬さんの反応は終始おかしいけれど、この感じだと彼女が少し変わっているのだと改めて確認出来る。教室の内外で友達がいる彼女は、悪い人では無いのは確かなのだけれど、やっぱりまだ慣れない。


 改めて端末に写る自分の写真を見てみる。僕自身は自分の顔は思いのほか酷い写り方をしているなぁと感じるのだけれど、周りからの評価は悪くは無い。これも認識の違いなのかと考えると共に、初めて出来た同じ年の友達から、好意的に見てくれている事自体には何だか胸がじんわりと温かさを感じてしまう。


 今まで体験したことの無い、新しい経験を一つ一つ大事に感じているのを他所に、彼女達の話は別の方向に流れつつある。




「そういやチュンちゃん、今日のヒーローの会議ってまた何かあったの?」


「んー、機密情報も扱ってるからあんまり詳しくは言えないんだけどさぁ、最近不審者の目撃情報が増えて来てるのよねえ……」


 写真撮影ですっかり調子を取り戻した桃瀬さんが、自分が言える範囲で内容を語り出す。不審者が増えているという話に、上田さん達は露骨に嫌悪感を顔に表した。


「うわー……不審者とか最悪じゃん、春先になると増えるって昔からの諺にもあるって聞いた事があるけど、なんでまた増えてるのさ」


「概ね考えられる事と言えば、私等の部隊、ガンバルンジャーの存在かなぁ。メディアとかが今期待の若手のエースとか言っちゃって騒ぐから、悪い奴らが情報欲しさに集まって来てるのよねぇ、全く」


 桃瀬さんの正確な情報分析に思わずドキリとしてしまう。そうです、今ここに悪い奴が存在しています。情報欲しさに学校まで潜入している組織はシャドウレコードだけですよね?


 年齢制限で情報の開示にもピースアライアンスが介入しているから、僕は今こうして命懸けでここにいます。友達が出来て浮かれてしまっていたけれど、本来の目的はこっちだった事を忘れていた訳では無い。


「不審者とか怖いよねぇ、日和さん。引っ越してきた早々に滅茶苦茶タイミング悪くて最悪だよね。日和さんも凄い目立つから不審者に目を付けられないか不安になっちゃうよね」


「あっ! そうじゃん! 日和さんみたいなめっちゃ可愛い能力持ちの子とか不審者が狙うに決まってるじゃん! 私のヒーローとしての勘もそう言ってるわ!」


 ヒーローとしての勘を即座に発動させた桃瀬さんは、そのまま何かを呟き始める。


「でもどうしよ、一応本部にさっき撮った写真付きで申告したらあっという間に護衛の許可は降りそうだけど、それでも申請には時間が掛かるし、今出来る事と言えば、自警団の巡回ルートにこの辺りを加える位しか出来ないし……」


 桃瀬さんが真面目な顔で何かとんでもない事を言い出した。上田さん達もこの案自体には凄い納得した表情で頷いている。


 どちらかと言えば、僕が不審者側なんですけれど、ピースアライアンス自体がまさかこんなに特別な女の子とやらに飢えているとは……僕自身の受け入れは僕が思っている以上にすんなりとは行きそうだけれど、そうなって来ると今度は情報を集めきった後に抜け出すのが大変そうだ。


 ちょっと選り好みが激しすぎでは無いだろうか、シャドウレコードも悪の組織らしからぬ側面もあるけれど、秩序側のピースアライアンス自体がそんな状態になりつつあるとは、色んな意味で不安になって来る。


「あ、あはは……不審者とか怖いですよね……桃瀬さんもヒーローとしての視点からのお気遣い頂き、ありがとうございます。でも、不審者が狙うとしたら私だけじゃない可能性もあるかもしれませんから、上田さん達も十分気を付けて下さいね?」


「えー? 私等なんか狙っても、大した成果なんて得られないと思うし、向こうからしてみたらこんな危険地帯、狙うとしたら日和さんみたいな子に限定して来るのは、なんか統計とかでそういうデータがあるっぽいよ?」


 そういえばそうでしたよね、闇雲に誰かを襲ってもここでは一瞬で制限解除したヒーローがやって来るような危険地帯でした。すぐさま飛んで来ると言う事は監視も相当な物では無いだろうか。一体どういう仕組み何だろう……


 僕はシャドウレコードの人間で、一応護衛にもメイさんがすぐ側にいる。余程の事が無い限りそういう心配は無いのだろうけれど、それでもウェイクライシスの他の組織には僕の存在は知られていない。


 そう言う連中からしてみれば、僕はよっぽど美味しそうな餌に見えるのだろうか、同業者からの横やりにも気を付けなければと思うと、途端に憂鬱になる。


 一人で気落ちしていると、その表情がまた桃瀬さんの変なスイッチを押してしまったのか、瞬時にキリっとした顔つきになり僕の手を握り締め励ましてくる。


「大丈夫、そんなに不安にならないで。日和さんと一番最初に出会ったのは私だもの。それなら私達ガンバルンジャー全員が全身全霊を掛けて貴女を護り抜くって改めて誓うわ」


 突然手を握られてしまい戸惑う僕を他所に、そのままの顔つきで安心して欲しいと話し続ける桃瀬さん。


「他のメンバーが文句を言ってきてもあいつ等は馬鹿だし、それに特別な女の子にも飢えてるから、日和さんみたいな子に頼って貰えるなら喜んで協力してくれると思うわ。だから私のお姫様はいつも側で笑顔でいて欲しいの」


「あはは……どうもありがとうございます……そう言って貰えるのはとても頼りになります。ですが、無理はしないでくださいね……」


 桃瀬さんのこの妙なノリは何なんだろう、ヒーローをやっていると少なからず誰でもこうなってしまうものなのだろうか。ガンバルンジャー全員がこんなノリで僕に接して来られるのは、凄く疲れてしまいそう。




 こうして僕の家までの道のりを、賑やかに過ごしていく。途中道を抜けた通りに何があるとか、美味しい甘い物のお店があるとか、可愛い小物が売ってあるお店等を紹介して貰った。

 

 週末で一度に全部は見て回れる程、道に詳しくは無いので、時間に余裕があれば今度一緒に見て回ろうという話になった。良いお店であればメイさんとも一緒に見て回りたいと思う。


 そうこうしているうちに僕の住む家の近くまで来てしまう。この辺りが家の近くだと告げると、桃瀬さん達は何だか名残惜しそうにしている。


「この辺りが日和さんの住む家の近くかぁー、巡回のルートに加えるのを忘れずにメモしとかないと。街の地図は頭に叩き込んでるんだけど、中学にはこういう場所に友達は住んで無かったから自分が護ってる街だって言うのに、何だか妙な気分だわ」


「ここで日和さんとはお別れかー、チュンちゃんも予定があるからこの後別行動になるし、花が二つも消えると何だか急に寂しいねぇ」


「ちょっと、私等も花の女子高生だっての! まあ、日和さんやチュンちゃんにはどうしても敵わない部分があるのはわかるけどさぁ、まだまだこれからっしょ!」


「じゃあね、日和さん。また今度学校でねー。お互い連絡先も教え合ったし、何かあったらまた誘うねー、バイバイ」 


「はい、上田さん達も今日は朝から色々ありましたけれど、私とお友達になって下さってありがとうございます。この辺りの事はまだ何も知らないので、お互い予定が空いてる時は誘ってきて下さい。それではまた来週学校で」


 テクテクと元来た道を戻って行く桃瀬さん達。今日は何だか疲労感が凄いけれど、悪い気分では無い。


 僕は自然とにこやかな顔になりながら、彼女達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。姿が見えなくなって数秒経ち、しんと静かになった歩道を見て思わず息が漏れる。




 少しぼんやりしながら頭の中で今日の出来事を思い返していると、急に背中に柔らかい物に抱き着かれて、びっくりして後ろを振り向くとグレイスさんが僕に抱き着いて来ていた。


「うひゃぁ! 何ですかいきなり!? って、グレイスさんじゃないですか、どうして抱き着いてきたりして……」


「おかえりー、桜ちゃーん。もうすぐ桜ちゃんが帰って来ると思って、近くのコンビニに行ってプリンと飲み物を買いに行ってたのよー。そうしたら丁度桜ちゃんが早速女の子のお友達を作って仲良く帰ってきたからちょっと隠れて見てたのよ、うふふ」


 そう言うと、グレイスさんは抱き着くのを止めてスッと僕から離れる。おっとりとした雰囲気に落ち着いた服装で買い物袋を手にして、柔らかな微笑みを向けてくる。


「入学早々に女の子のお友達を作れるなんて、桜ちゃん結構女の子の才能ありありなのね。話を聞いてた限りだとお互い連絡先も交換し合ってるみたいで微笑ましいわぁ。それでどうだった? 結構注目されたりしちゃったんでしょ?」


 そうでした。この後報告があったんだった。学校初日から周囲の僕への印象は何やらとんでもない方向に向かって行ってしまった。想定外の出来事が多すぎて、ちゃんと逐一報告出来るのだろうか不安だ。


「それなんですが、グレイスさん……僕についてなんですけれど、予想以上の事ばかり起きちゃいまして……今日だけでもいっぱいいっぱいでした……こういう時どうしたら良いんでしょうか……?」


「あら? そんなに大変だったの? うん、ここじゃあ何だし、とりあえずお家に入りましょうね? もしレオ様達に相談しづらい事もあるなら会議の後で、ゆっくり聞いてあげるからね桜ちゃん」


 グレイスさんは優しく微笑みながら僕の肩に手を触れ、そのままマンションの部屋まで歩くように促される。一緒に僕の部屋に入り、ようやく一呼吸吐いて落ち着くと、僕は部屋に置いてある大きめのクッションに倒れこむように飛びついてしまう。

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