ニニャータの花占い~ねこ娘とうさぎ少年のちいさな恋のなやみによせて~
猫じゃらしさま主催の「獣人春の恋祭り」に参加しています
春うららかな昼下り。
太陽の光を含み、星のようにきらめく川の水から、飛沫が上がり、魚が一匹飛び跳ねた。そして小さな水輪を水面に重ねた魚が慌ててその輪に潜り込む。
そこには、小さな猫耳の女の子が一人、お気に入りのワンピースが汚れるのも構わずに、春の川原の土手で膝を抱えていた。そして、その視線の先には、大切に握られたシロツメクサが一本あった。
彼女の名前はニニャータ。黒髪に茶色のメッシュがところどころに入るのは、サビ猫特有のものだ。そして、その髪がさらりとその顔に流れる。しかし、いつもなら太陽に輝いて見えるはずなのに、今日はその輝きすら見せない。いつも元気な三角お耳も、力なく萎れているようにさえ見える。
つくしにタンポポ、オオイヌノフグリにカラスノエンドウ、ホトケノザ。そして、シロツメクサが緑の絨毯を彩っているというのに。魚に日向に風に揺れる草花。彼女の大好きなものに囲まれているというのに。春爛漫、そんなお昼寝に最適な昼下がりだというのに。今のニニャータの心の中には、雪が吹雪いていた。
ラビ、怒ってるよね……。
そう思いながら、シロツメクサの花びらを一枚、ちぎった。
だって、急にどんって足を踏み鳴らすんだもの。
だって、急に危険が迫ってるって言うんだもの。
思わず、シャーって言いたくなるじゃない……。
器用に指のお爪に引っかけて、さく、さくっとその小さな花びらを落としていく。
「はぁあ」
大きな溜息が再びシロツメクサに吹き掛けられる前に、その草をパクリと食べてしまった。
ニニャータはただいま絶賛花占い中なのだ。
あの、「すき」「きらい」をする花占い。
しかし、ニニャータの占いは「きらい」「だいじょうぶ」。
ラビの言った危険は蜂だった。
確かに危険。自慢のお鼻が真っ赤になったこともあるし。
だけど、驚いたから飛び跳ねちゃったし、シャーって言って、逃げちゃったし。怒ってるって思われたかもしれない。
ニニャータはシロツメクサを眺めて、短い白い髪を持つ、白ウサギのラビの昨日を思い起こす。
赤い目で、ニニャータを一瞬見つめ、驚いたように固まっていた。その長い耳は警戒を解かず、ピンと立っていた。
きっと自慢のとんがり耳が伏せられて、お目々がまん丸になって……きっと情けなかったに違いない。かわいくなかったに違いない。
あ、また……。
シロツメクサの花びらが「きらい」で止まろうとする。だから、やっぱりパクリと食べた。
「だいじょうぶ」
ニニャータはそう呟いて、シロツメクサをもう一本摘み取る。
あんまり美味しくないのだけれど、ラビがとっても大好きな食べもののお花。だから、ニニャータも食べられるようになろうと頑張っているところなのだ。
美味しく食べて、美味しく……。
お肉が食べたい……。
お魚が食べたい……。
とりあえず、「だいじょうぶ」になるまでは節制しなくちゃ。クローバーのサラダを一緒に美味しいって言って、食べたい。
「だいじょうぶ」になったらまずは、昨日はごめんなさい、を言いに行かなくちゃ……。
そう決意し、またシロツメクサを一本摘む。
「はぁあ……」
幾度となく吐き出される溜息に、しっぽがゆらゆら揺れる。
怒ってるよね……びっくりしたよね……。
シロツメクサを見つめながら、ラビを思う。『草』って言うと怒るけど、ラビと同じ白色。あたしの髪は黒多めの色んな色だけど、真っ白ってとても素敵だなって思う。
白い花の方が緑の草よりも、きっと美味しい気がする。なんとなくだけど……。チョウチョさんもお花に止まるし……。
だけど、ラビが時々、「まだらちゃんは僕の」って友達に言うのは、何でだろう。あたし、真鱈は食べたことないんだよな……美味しいのかな。ラビは食べたことあるのかなぁ。「ちゃん」ってつけて言うくらいだから、きっと好きなんだろうとは思うけど。もし、本当に真鱈が食べられるのなら、一緒に食べて美味しいって言えると思えるのに。
でも、ラビが一番好きなのはクローバーって言ってた。
ラビが大好きな草の花。あたしの食べものには花が咲かないけど。
良いなっていつも思っているんだから……。だから、きっと美味しく食べられるようになるはず。
「はぁあ」
ニニャータは溜息をついて、やはりパクリとする。
美味しくないなぁ……。
❁❁❁❁
真っ暗な押し入れの中にいるのは白ウサギのラビ。真っ白な髪とくるんと丸まったしっぽはお揃いの色をしていた。春の押し入れは、冬や夏に比べれば快適である。なんと言っても落ち着く。まっくら。誰にも見つからない穴蔵である。だけど、ラビの心の中は、どうしようの不安でいっぱいだった。
どうしよう。ぜったいに驚かせちゃったんだ。
だって、お目々がまん丸だったんだもの。
ラビは昨日のニニャータを思い出しながら、真っ暗な押し入れの中に隠れていた。
だって、蜂が来たんだもの。だって、ニニャータったら、きっと動くものに反応しちゃって、またお鼻を刺されるよ。
だから、思わず音を立ててしまったんだけど。知らせなくっちゃって思うと、思わず体が動くんだもの……。なんて馬鹿な僕の足。
飛び跳ねてたし。いつもは金色に輝くお目々は、黒くまん丸だったし。着地したニニャータの耳はぺたんこだったし。
ラビはその様子を思い出しながら、だけど、ちょっとかわいかったなと思い出してしまう。
だめだめ。ニニャータは、ああ見えて怖がりなんだもの。かわいいなんて言ったら、ぜったいに許してくれない。
ラビが首を横に振ると、長くて大きな耳が遅れてふるんと揺れる。どんな危険からも護ってあげなくちゃ。
ラビは勇気を振り絞って押し入れから飛び出した。
謝りに行かなくちゃ。
そうだ、お魚を釣って。
そう思って押し入れの中に入る。そして、閉じこもるを何度も繰り返していた。
僕は食べられないけど……。一緒に食べられたらいいのに。一緒に美味しいって言えたら良いのに。
一度、魚肉ソーセージというものを食べようとしたけれど、やっぱり食べられなかった。どう表現すれば良いのか分からないけれど、どうしても食べものだとは思えない。臭いが……どうも苦手だ。
ニニャータはとっても美味しそうに食べるんだけどな……。
そう思ってもう一度押し入れに入る。
釣り竿に手を伸ばす。そして、考えるのだ。
釣った魚、捌けるのかなぁ……。ニニャータなら器用だし、パクリと食べてくれそうだけど、プレゼントなのに、釣ったままを渡すわけにもいかないし。
真っ暗な中、ラビは再び思案する。気配を消して、じっとする。じっとするのは得意。ニニャータみたいに動くものに反応して付いていくなんて芸当、出来ない。
羨ましいなって思う。あんなに機敏に動けたら、きっとかっこいいって思ってもらえるのに。
逃げるのは得意なんだけどな。キツネさんにも負けないくらいの急カーブとか、とっても得意なんだけどな。追いかけるのは苦手。
だめだめ、逃げてたら、謝りに行けない。謝らないと、一緒に遊んでくれなくなるかもしれない。それはとても寂しい。
そして、ラビは再び明るい部屋へ飛び出す。まっさらな釣り竿を忘れて。
「あ」
その釣り竿だって、この間のニニャータの誕生日にお魚をプレゼントしようと、買ったものなのに。まだ一度も使えていない。結局お魚模様の鞠をプレゼントした。
だめだめ。僕は男なんだから、ちゃんとやる時はやるんだからっ。
ラビは何度目かの正直で、やっと釣り竿を手に、押し入れから飛び出して、一人で拳を天にあげていた。
❁❁❁❁
「ニニャータ?」
ニニャータはその声に思わずシロツメクサをパクリと食べてしまう。まだ、何枚も花びらが残っていたのに。
「何してるの?」
「えっ、あ、その、あのね」
驚いて目がまん丸になる。だけど、飛び跳ねなかったし、シャーとも言わなかった。うん、大丈夫。ニニャータはドキドキする胸に手を宛てて、その声の持ち主であるラビを見つめた。
大きく深呼吸。そう、ほんの少し待ってね。ちゃんと謝るから。
えっとね。
「あのね、昨日はごめんね」
ニニャータが言おうとしていた言葉を、目の前のラビが言っていた。
「どうしてあたしが言おうと思ってた言葉知ってるの?」
その言葉にラビがこてんと首を傾げた。
「どうして、ニニャータが謝るの?」
「だって昨日びっくりさせちゃったでしょう?」
その言葉に今度はきょとんとする。
「びっくりさせたのは、僕の方でしょう?」
「そうなの?」
今度はニニャータが首をこてんと傾げた。
よく分かんない。
だけど、仲直り出来たみたいで、ウキウキしてきた。
「うん。ここクローバーがいっぱい。美味しそう。ねぇ、もしかして、僕のために探してくれたの?」
「うーん、ちょっと違うけど、ラビのためなのは合ってる……のかなぁ。うん、そんな気がする」
その言葉を聞いたラビの笑顔が輝いて、その笑顔を見たニニャータの顔にも笑顔が開く。
「そうなの? 嬉しい。じゃあ、僕も頑張ってお魚釣るから。待っててね」
いつも冷静そうに見えるニニャータが時折見せる、花の咲くような笑顔が、ラビは大好きだった。
「本当に頑張るから」
「う、ん?……」
体の異変を感じたニニャータの声はとても小さくて、嬉しいのに全く弾まない。ラビが「うん?」とニニャータを覗き込んだ。
どうしよう、お腹がちくちくうねうねしてる……。『草』を食べ過ぎたのかもしれない。そう思いながら、ニニャータは必死になって口を押さえた。どうしよう……。
「どうしたの?」
急に顔色が悪くなったニニャータを心配したラビが彼女に尋ねると、その口から恐るべき言葉が発せられた。
「どうしよう、吐きそう……」
「えっ、あ、とにかく、川の畔、そこ行こう」
❁❁❁❁
川の畔には小さな猫耳の女の子と小さなウサギ耳の男の子が寄り添って座っていた。
ウサギの男の子は猫の女の子の背中を優しく擦りながら、伝える。
「無理に食べなくてもいいのに」
「だって、一緒に食べたいんだもん」
小さなウサギの男の子が、辺りを見回した。
「ここだったら、一緒に食べられるよ」
ウサギの男の子、ラビが見回した場所には、たくさんのクローバーとキラキラ輝く川面があった。
「ほら、だって僕の大好きなクローバーもあるし、川にはお魚もいるんだし」
小さな猫の女の子が「ほんとだ……」と、初めて気付いたように目を輝かせると、ウサギの男の子がシロツメクサをその柔らかいまだらの髪に挿した。
「みて、ほら、お花は髪に飾った方がかわいい」
小さな猫の女の子、ニニャータは川に映った自分を眺め、ほんの少しだけ頬を染める。そして、ドキドキしている音に気付かれないようにして、「あ、お魚」と叫んだ。
ウサギの男の子が魚を釣りあげられたかどうかは、またのお話。
(おしまい)