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*異世界恋愛*

妹に婚約者を奪われた日に、神社の狐から恋人役を演じてほしいと頼まれました。

 





 お人好しの姉、器量良しの妹。千種(ちぐさ)家の姉妹を評する言葉だ。


 妹の(あさひ)は大きな瞳の愛くるしい少女。どこへ行っても話題の中心。

 反対に、姉の瑞穂(みずほ)

 数少ない楽しみは三味線と読書。むしろ、それ以外は姉を羨ましがった妹に譲ってしまった。

 つげ櫛も、美しい着物も、隣国への留学も。

 そして。


「ただいま戻りました」


 ある日、瑞穂が三味線の稽古から帰宅すると、居間には両親と旭、瑞穂の婚約者である公人(きみと)がいた。

 公人と瑞穂は両家が決めた婚約者であり、商家の千種家へ婿入りすることが決まっている。


 これまでならば公人は瑞穂の隣に座るのが常だった。

 しかし、公人は旭に寄り添っていた。見つめ合うふたりに隙間はなく、瑞穂が帰ってきたことにもしばらくの間気づいていなかった。


「公人君。瑞穂が帰ってきたぞ」


 姉妹の父親に促されて、公人は気まずそうに咳払いをした。

 公人が口を開くより先に頬を紅潮させた旭が告げる。


「お姉様、ごめんなさい。わたくし、公人さんのことを好きになってしまいましたの」


 入口に立ったままの瑞穂は、旭と公人を交互に見た。


「お父様もお母様も、公人さんの了承があればお姉様ではなくわたくしが公人さんと結婚していいと言ってくださったの」

「隣国で見聞を広めてきた旭なら、公人君と共に千種家を盛り上げてくれるだろう」


 父親が己の髭を撫でる。

 瑞穂の意志は関係なく、旭と公人の関係は公認となっていることが伝わってきた。


(……しかたない)


 理解した瑞穂は、口角に力を入れた。


「そうね。公人さんと旭、とてもお似合いだと思うわ!」


 そして、努めて明るく声を張り上げた。


「これからのことをお話しに来たのでしょう? わたしは外を散歩してまいりますのでゆっくりとなさってください」

「ほんとうに瑞穂は気が利くわね。しばらく帰ってこなくていいわよ」


 そんな母親は、瑞穂を見ようともしなかった。





 瑞穂が訪れたのは近所にある稲荷神社。

 ちょうど今は紅葉の季節だ。

 鮮やかな紅色に負けない朱塗りの鳥居をくぐり、瑞穂は境内をのんびりと歩いた。


 瑞穂の着物は、枯葉色。

 まるで紅葉のなかに埋もれてしまいそうだった。


 稲荷神社は、五穀豊穣と商売繁盛の神様である。

 商家の長女として参拝するのが瑞穂の日課となっていた。朝に参拝は済ませていたが、行くところが思いつかずにまた来てしまった。

 手水舎を過ぎて拝殿まで辿り着くと、顔を上に向ける。


「神様、お願いします。旭と公人さんが末永く睦まじくありますように」

「お前は馬鹿か?」

「きゃっ!?」


 突如降ってきたのは男性の低い声。


 ぐわんぐわん、と紅葉が空中で渦を巻き――


 さらりと流れる銀髪の、糸目の男が立っていた。

 灰色の着流しが様になっている。

 手には、煙管(きせる)を持っていた。


(見るからに、人ならざる者……。とても美しい御方。だけど)


「境内は禁煙ですよ?」

「おい、娘。驚くところが違うだろ」

「どこからどう見てもあやかしにしか見えませんが、神社内に現れるということは悪しき存在ではないかと思いまして」

「豪胆なやつめ。……まぁいい。俺はこの神社の狐で、名前を(しろがね)という。毎日毎日飽きもせず参拝するお前に頼みがある」



「俺の恋人を演じてほしいんだ。神の宴、その間だけでいい」



 銀の頼みを聞いた瑞穂は、流石に驚かざるをえなかった。


「こ、恋人!?」

「この社に祀られている神は全国の稲荷神社を回っていて、それはそれはたいそう忙しい神様なんだが、数百年ぶりにうちに来てくれるという報せがあってな。それだけならよかったのに、よその狐を連れてくるから結婚しろとぬかしやがった。よく知らない狐なんて御免だと言ってやったら、じゃあ他にいい狐を連れてこい。いないなら主の命に従えと無茶を言ってきやがった」


 銀は忌々しそうに語った。


「あの、しろ様」

「あぁん?」

「すみません。しろがね、は呼びづらくって。駄目でしょうか」

「かまわん。だが、様付はやめろ」

「しろさん」

「何だ」

「すみません。呼んでみただけです」


 銀が睨んでくるので、瑞穂はぷるぷると首を左右に振った。

 しかし、確実に胸は高鳴っていた。


(旭以外から頼みごとをされるなんて初めてのこと。しかも、お相手は神様の遣い……。うまく演じることができるかどうかは分からないけれど、全力を尽くそう)


「しかと演じてみせますので、お手柔らかにお願いします」

「おぅ、頼んだぞ。とりあえずその地味な着物をなんとかするか」


 ぱちん。


 銀が指を鳴らすと、瑞穂の着物は金糸で刺繡の施された、鮮やかな紅色に変化した。


「これは……!」

「うん、似合ってる。地味な着物ばかり着ているが、紅色が似合うに違いないと思って眺めていたんだ」


 さらりととんでもないことを言ってのける銀だったが、瑞穂はそわそわとしながら返す。


「派手すぎやしませんか?」

「俺の嫁さん候補なんだからそれくらいでいいんだよ」

「お嫁さんの、候補」


(公人さんには言われたこともなかったから、なんだか、こそばゆい。演技とはいえども)


 そもそも瑞穂は公人と手すら繋いだことがなかったのだ。


(悲しいとも、悔しいとも思わなかったしなぁ)


 婚約破棄は、妥当と言われれば妥当なのかもしれない。


「あとは、これをつけろ」


 ぽんと銀から手渡されたのは練り香水。

 蓋を開けると、椿に何かが混じったような香りがした。


「狐の香りだ。これをつけておけば、人間に化けるのが上手い狐だと思わせることができるはずだ」

「ありがとうございます。えぇと」


 どこにつければいいか戸惑っているのに気づいた銀は、渡したばかりの練り香水を奪った。


「首の後ろがいい」

「ひゃっ!?」


 銀は香水を指につけて、すっと瑞穂のうなじに載せた。

 そのままうなじに鼻を近づける。


「よし。いい感じに香ってるぞ」


 銀が顔を離すのと同時に、瑞穂は両手でうなじをおさえた。

 顔は真っ赤。涙目で銀を見上げるも、銀は一切動じない。


「さぁ行くぞ」

「今からですか?!」

「今からだ。出されたものは決して口にしてはいけない。それだけ覚えておけば大丈夫だ」


 銀が瑞穂に手を差し出した。

 恐る恐る瑞穂が銀の手を取ると、そのまま腕を組む形になる。

 ぴたりと密着することで、香りがふたりを包み込む。


(緊張で心臓が口から飛び出しそう。だけど、がんばろう)


「きゃあっ!」


 ぶわぁっ、と紅葉が渦を巻いて――




 瑞穂が目を開けると、そこはまるで雲のようなふわふわした空間だった。

 金色や銀色に光輝く人型の存在が宴会を開いていた。

 宙に浮く酒、食べ物、見たことのないものばかり。


 物珍しさに瑞穂はきょろきょろと辺りを見渡してしまう。

 すると、ばちっと視線が合った。


(しろがね)、銀。その子があんたのいいひとかい?』


 人型のようで人間じゃないふしぎな何かが、銀と瑞穂へ話しかけてきた。

 すると銀は瑞穂を抱き寄せて、髪に口づける。


(い、いきなり!? 平常心、平常心……)


 瑞穂は動揺を必死に隠して、黙ってにこにことする。


「あぁ、そうだ。べっぴんさんだろ。だから縁談は要らねぇ」

『そうかい、そうかい。めでたいねぇ。お嬢さん、あんた、歌は得意かい』

「歌は苦手ですが、三味線なら」

『ほぅ。よかったら一曲弾いてくれないかい』

「すみません。三味線は持ってきていないので……」

「三味線ならあるぞ」


 ぽんっ!


 銀の手には、いつの間にか三味線があった。


(ばち)もある」

「なんと用意のいい」


 ぽろん♪


 瑞穂は三味線を弾き始めた。

 すると周りには神々が集まってきて、音楽に合わせて踊り出す。


 ♪

 ♪ ♪

 ♪ ♪ ♪


(楽しい……! 三味線を弾いていてこんなに楽しいのは久しぶり……)


 いつからだったのか。

 何をしても褒められることはなく、諦めてしまったのは。

 それでも続けてきたことを、瑞穂は心から嬉しく思った。


 ♪ ♪ ♪

 ♪ ♪

 ♪


 どんどん音楽は明るく速くなっていく。

 一曲終わると拍手喝采!

 瑞穂は神々に囲まれもてはやされた。


『なんてすばらしい演奏なんだ!』

『もっと聴きたいですねぇ』

『すてきなお嬢さん。一杯どうぞ』

「ありがとうございま……」


 ぺしっ。


 神が差し出した盃を、銀は横から奪って一気に飲み干した。


「しろさん!?」

「ちょっと来い」


 銀は瑞穂の腕を取ってずんずんと雲の外へ歩いて行く。


「この馬鹿! 神から出されたもんを口にするなって言っただろうが。眷属になっちまうと、人間の国には帰れないぞ」

「……申し訳、ありません」


 うなだれる瑞穂を見て、銀は気まずそうに髪をかきむしった。


「……悪い。言い過ぎた」

「いえ、わたしも楽しくなってしまって、つい」


(それに、帰れなくてもいい、……って言ったらもっと怒るだろうか)


 瑞穂は言葉を飲み込んで、無理やり笑顔をつくってみせた。


「狐を演じるのは大変でしたが、しろさんの恋人を演じるのは楽しかったです。ほんとうにありがとうございました」

「だったら、演技ではなくて、本物の恋人になればもっと楽しいんじゃないか?」


 瑞穂は驚いて、ぽかんと口を開けた。


「ずっと見てきた。毎日真面目に参拝する、お前のことを」

「しろさん……?」

「お前の話を聞いてきたのは()じゃなくて俺だ。だから、どうやったら幸せになれるのか、俺が一番考えられる。自信は、ある」


(そんな風に思ってくれてた、なんて)


 照れる銀。

 彼の手を、瑞穂は両手でぎゅっと握った。


「わたし、しろさんとなら幸せに暮らせそうな気がします」


 ぱちぱちぱち!


『おめでとーう!』

『やったね、銀!!』


「えっ?!」


 音のした方を見ると、なんと神々が瑞穂と銀のことを見守っていた。


『気になる人間がいるって言うからどんな娘かと思えば』

『いい子だし』

『三味線はうまいし』

『すばらしい!!』


(つまり、最初から狐ではなくて人間だと知られていた……?)


 つつー、と瑞穂は視線を銀へと向ける。


「……しろさん?」

「すまん」


 謝っているようで、悪びれていなかった。

 もはや開き直っている。

 ぷっと瑞穂は吹き出した。


「すっかり騙されてしまいました。演じるのが、お上手ですね?」

「騙して連れてきて悪かった。だけど、今言ったのは本当の気持ちだから」


 ぎゅっ、と銀は瑞穂を抱きしめた。

 ひゅーひゅーと一層歓声が上がる。

 瑞穂も、精一杯銀のことを抱きしめ返した。


「よろしくお願いしますっ!」


 なお、その後。

 ふたりを祝福する宴は、三日三晩続き。

 人間の国に戻った瑞穂は、銀と結婚することを家族に報告し、たいそう驚かれたのだった。





 

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