◆エピローグ
船は一日で海を渡った。
リドゲートの方がずっと速い。浅瀬があって迂回するからだと説明されたが、アジュールの陸地が一度見えただけにもどかしかった。
一日経つと、ルシィの体力も回復していた。まだ疲れは残るものの、立っていられる。
ルシィは甲板の上で到着を待った。
さようならと言ったアンセルムは、もうルシィの前に立たなかった。それでいいとルシィも思う。
甲板の船べりで自分の手を見つめる。やはり、魔力は底をついていた。
それを感じるたび、胸が痛む。自分が不完全で欠けてしまった存在だと認識させられるから。
以前とは違い、再び戻るという希望はない。もう、ルシィはずっとこのままだ。それを思うと涙が零れそうになる。
寂しいという感情そのものだ。ひどく虚ろな気分だった。
たったひとつの希望は、シェブロンの町にある。
軍艦がシェブロン港に近づくと、そこには物々しい警備が敷かれていた。クリフたちだけではなく、王都から派遣された魔術師、騎士といった面々が駐屯している。アンセルムのことだから、ルシィを送り届けた後にはアジュールの国王にも謁見して事情を話すのではないかと思う。
クリフも説明はしてあるはずだ。
アジュールの兵たちが軍艦を攻撃することはなかった。ただ緊張の面持ちでいるだけだ。
軍艦が速度を落とし波止場へ近づくと、そこにクリフの姿を見つけた。少し瘦せたのではないかと思える。
その後ろにはトリスと自警団長、それからセイディがハンナと一緒にいるのも見えた。二人は場違いなようで肩身が狭そうだったけれど、ルシィを出迎えに来てくれたのだ。
たった一ヶ月だが、離れていた懐かしい顔ぶれにルシィの心音が速まる。
海鳥がクァ、と鳴いた。ルシィはハッとして空を見上げる。
光が眩しくて、手を翳して目を庇った。しかし、海鳥が鳴く声は絶え間なくルシィの耳に届く。
跳ね橋が下ろされ、波止場に道が繋がる。ルシィは挨拶も何もかもがどうでもよくなって跳ね橋を駆けた。
誰も止めない。その場にいた大勢の人々がルシィを見守った。
ルシィが足をもつれさせながら走りきると、波止場でクリフが腕を広げて迎え入れてくれた。ルシィはその途端、クリフの腕に飛び込んで号泣した。
本当に、子供のように泣きじゃくったのだ。誇り高い魔女であったルシィが。
クリフは戸惑いながらもルシィを抱き留める。
しかし、クリフが予想していたどんな言葉とも違うことをルシィは言ったのだろう。
「――聞こえないの」
「えっ?」
「動物たちの声がなんにも聞こえないの! 前は、魔法が使えなくったって聞こえていたのに、何を言っているのか、もうわからない!」
動物たちの言葉がわかる、この力だけは残ると思っていた。しかし、実際にはそれさえ残らずに取り上げられてしまった。
ルシィが選んだことではあるが、直面してみるとショックだった。魔法が使えない以上につらい。
本当にルシィはただの人間になったのだ。これからは年も取り、人と同じほどにしか生きられないのだろう。
わんわんと泣いているルシィの背中をクリフは撫でた。そうして、人目を気にするでもなく抱き締める。
「それでも、戻ってきてくれて嬉しい。力を失ってもルシィが安心して生きられるように、ずっと護るから」
この言葉を疑うつもりはない。それは、ルシィがここで得たものだから。
これからルシィは、彼らとの絆でこの空虚を埋めていくしかない。
そこに喜びを見出し、人として生きていく。
涙を拭いて、ルシィはうなずいた。
そして見上げた、優しい双眸から溢れ出す感情を噛み締める。
魔女ルシエンヌはもういない。
ここにいるのは、人間のルシィだ。
魔女ルシエンヌの物語は幕を閉じ――ルシィの新たな人生が始まる。
この海風が吹く町で。
【 The end 】
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!
余談ですが、クリフには珍しくモデルがいます(*´▽`*)
・イメージカラーは赤と銀。
・強いのにカップラーメンが出来上がる時間くらいの持久力。
・クリフは巨大化できません。
さあ、誰だヽ(^。^)ノ(オイ)※冗談です
ルシィの感覚が雑なので、逆にやたらと繊細な人になってしまいました。




