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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ「割れ得ぬ鏡」

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72/73

◆20

 ルシィが寝かされているベッドのそばにはアンセルムがいて、さらにその後ろに医者らしき男女が控えている。


「起きたか」


 アンセルムが静かに言った。

 ひどく疲れているようだ。若々しかった顔がくすんで見える。


 ここはセーブルだろうか。

 よくわからないが、この部屋の内装は豪華で、あの船を思い出す。


「……成功したの?」


 仰向けに天井を眺めながら問いかけた。アンセルムは答えず、医者たちにルシィの状態を調べさせる。

 医者たちがうなずくと、アンセルムはようやくほっとした様子で医者を下がらせた。近くにあった、背もたれが盾形の椅子に腰かけてルシィと目線を合わせる。


「俺の術は掻き消え、魔界の門は塞がった。少なくとも、これであそこから魔族が出てくることはない。お前のおかげだ」

「あの術が消えたなら、あなたは別の召喚術が使えるようになったんじゃない?」


 この男は単体でも厄介なのだ。今のルシィにはもうアンセルムを抑える力はない。

 だからそれを聞いておきたかったのだが、アンセルムは複雑な笑みを見せた。


「召喚術はもう二度と使わない。こりごりだ。それに、俺はもうセーブルに馴染み過ぎている」


 オーアも滅び、召喚術の知識はアンセルムと共に葬られることになる。

 きっと、それでいいのだ。第二、第三とこういう男を生まないために。


「術が消えて、あなたも不死というわけではないのでしょう? 残りの人生はセーブルで生きるのね」

「あの術が消えた時、俺の命も潰えるかと考えていた。ところが、まだ生きている。今後のことは正直に言って考えていなかった」


 これは本音だろう。悲願が叶い、今のアンセルムにはまだ現実味がないのかもしれない。


 アンセルムはルシィのことをじっと見つめる。

 ルシィの目は、今、どんなふうになっているのだろう。あまり見られたくなかった。


「ルシエンヌ、本当にアジュールに定住するのか? お前の気が変わるなら、お前のことは俺が引き受けてもいい」

「結構よ。あなた、皇帝なんだから奥さんいっぱいいるんでしょう?」

「…………」


 黙った。半分冗談だったが、一体何人いるのだろう。


「私はあなたの恩人よね? 恩人の頼みよ。アジュールのシェブロンに連れていって」


 アンセルムはほんの少し寂しそうに見えた。それくらいで絆されたりしないけれど。


「この船はすでにシェブロンへ向かっている」

「あら、ここって船の中なのね」

「そうだ。お前が乗り込んできたあの船だ」

「早く着けるのならなんだっていいわ」


 あれだけ頑丈な船なのだから、少々の風に影響されることもなさそうだ。

 とにかく、早くシェブロンに辿り着きたい。クリフたちに会いたい。

 今のルシィの願いはそれだけだ。


 すると、アンセルムは苦笑した。その表情のわけはなんだろうかと考える。


「お前は変わったな。人間ごときのために大切な魔力を自ら手放し、命まで危険にさらした。何がお前を衝き動かした?」

「美味しい食事かしら」


 茶化してはいない。本気でそう思っている。

 もちろん、それだけではないが。


「私はずっと、人間って馬鹿な生き物だと思っていたわ。どっちが優れているかなんて、大差もないくせにいがみ合って争って、本当にくだらない。でも、人間って馬鹿ばっかりじゃなかったのよ。私が世間を知らなかっただけ。見返りも求めず他人に尽くしたり、幸せを与えてくれたり、優しく包んでくれたり――あの町でたくさんの感情を教えてもらったわ。あんなの、関わらないでいる方が勿体ないじゃない」


 ルシィの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのか、アンセルムは目を瞬いた。


「よい出会いをしたらしいな」

「ええ、とても」


 たくさん喋ったら疲れた。ルシィが目を閉じても、しばらくはアンセルムが立ち上がる気配はなかった。

 ルシィの寝顔を眺めていたのかもしれない。


 最後にひと言。


「どこにいても、お前の幸せを祈る。さようなら、ルシエンヌ。……ありがとう」


 ――そう、聞こえた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『魔女ルシエンヌの物語』読ませていただきました!             ☆ネタバレ注意です         ルシエンヌのさばさばとした気質や考え方ににんまりとしながら、すっかり五十鈴様の魔…
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