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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ「割れ得ぬ鏡」

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◇14

 セイディとトリスが廊下を戻りかけると、ウィシャート博士とかち合った。

 ウィシャートは、トリスを見るなり不機嫌な顔をさらに険しくする。


「なんだこの小僧は……っ」


 トリスは繋いでいたセイディの手を放し、剣を抜いた。ウィシャートも白い上着の下から鉄の塊のようなものを取り出し、トリスに突きつける。

 あれが危険なものだという気がするのはセイディの勘違いではないだろう。


 ウィシャートは軍人とは違い骨と筋ばかりで、若いトリスに敵うとは思わないが、嫌な予感しかしなかった。トリスとウィシャートとの距離もあり、トリスの剣が届く間合いでもないのに、主導権はすでにウィシャートが握っているような――。


「こんな小僧(ネズミ)に侵入を許すとは、我が国最強の軍艦もこれでは鉄屑だな」


 すると、トリスは怖気づくでもなく言い返した。


「人攫いが偉そうに。俺は返してもらいに来ただけだ」


 ウィシャートの手元のあれが危険なものであると、トリスは知らないのかもしれない。セイディにしてもどうしてそう思うのかわからないが、不安だけが募る。


「大事の前の小事だ。お前ごときが邪魔をしてよいことではない」

「あんたには小事でも、俺にとってはそうじゃない。セイディのことは絶対に連れて帰る」


 トリスの言い分がウィシャートには青臭く思えたのか、チッと忌々しげに舌打ちをした。しかし、彼の目が本当に厭うのはトリスではなくてセイディの方だ。


「マーシャルの娘は愚鈍に育ったようだな。これではどこにでもいる娘と変わりない。服や男のことしか考えていないのだろうな」


 チリ、とウィシャートの手元で音が鳴る。そして、トリスに焦点を合わせると、ウィシャートは光の礫を放った。

 強い光は、クリフが使う魔術に似ている。つまり、それだけの殺傷能力があるのだ。

 セイディは、そんなはずもないのに、その光がゆっくりと進むように感じられた。


 とっさにトリスの前に躍り出て、手を広げてトリスを庇う。死ぬかもしれないという恐怖はなかった。

 トリスが死ぬことよりも怖いことがこの世にはないから、そうならないためならなんだってできたのだ。


「セイディ!」


 トリスの叫びが背中から飛んだ。正面のウィシャートは、捜し出したマーシャルの娘が死んでも困らないのだろうか。白けた顔を垣間見せた。

 ただ、その光はセイディの胸元に当たり、そして天井に撥ねた。


 衝撃はあったが、思ったほど痛くはない。ウィシャートが持っているあれは、武器ではないのだろうか。

 トリスはセイディの肩を抱き寄せ、自分の方を向かせた。


「セイディ、どこに当たった!?」

「えっ? どこって……」


 セイディは自分の胸元を見て、そしてあの光が何に当たったのかを理解した。

 鏡のペンダントだ。光を反射しただけということなのか、鏡にはひび割れもしなかった。


 トリスはセイディが無事でほっとしたようだが、ウィシャートは安堵したのではなく、驚愕していた。この現象を一番正確に理解していたのが彼だからだ。


「その鏡は――そうか、そういうことかっ!」


 先ほどまで、どこまでも冷えきっていたウィシャートが昂る。そしてまた、あの武器を構えた。


「その鏡をこちらへ渡せ」


 この展開に、セイディだけではなくトリスも何かを察知したようだ。セイディを背中に庇い、再び剣を構える。


「嫌だ。あんた、どう考えたっていい人じゃない」


 その意見には同感だが、今、ウィシャートを煽り立ててもこちらが不利になるだけである。それでも、この鏡に何か秘密があるのなら、この人に渡してはいけない気がした。

 ただし、トリスの命には代えられない。


「お前のような小僧は死んでも構わん。そこをどけ」


 ウィシャートはさっきのように躊躇いなく撃つ。いけない、とセイディは焦った。


「トリス!」


 駄目だ。これを差し出せばトリスを逃がしてくれるのなら、仕方がない。渡そう。

 セイディはそれを決意したけれど、ウィシャートは短気だった。返答を待たずに撃つ。


 光はトリスを正面から捉えていた。一番恐れていたことが現実になる。

 嫌だと思うことをすべて避けられるのなら、セイディは孤児になどならなかったのだから。


 教会で祈りを捧げたら、死にかけたルシィは助かった。

 トリスの命も長らえるように祈るべきだったのだろうか。


 セイディが絶叫しそうになった時、トリスはヒュッと宙を切る音を立てて素早く剣を振るった。いつも速すぎて剣筋が見えないトリスの剣だ。

 それでも、剣で太刀打ちできるものではない――と思っていた。

 それが、ウィシャートが放った光は、ジッと焼け焦げるような音を立てて砕けた。


 何故か、トリスは驚いていなかった。最初からそれができると信じていたかのように。

 けれど、ウィシャートはそうではない。愕然と唇をわななかせる。


「け、剣で魔弾を斬るなど聞いたこともない。お前は何者だ!?」

「何者でもない。この剣に加護があるだけだ」


 そんなものはない。いつものトリスの剣だ。

 自警団から補助金をもらって用意した、町で買えるただの剣で、幻の名剣でもなんでもない。

 しかし、ウィシャートは信じた。


「加護だと……?」

「うん。ルシィの」


 ルシィの加護らしい。ルシィなら、そういうことを言ってトリスを励ましそうだ。

 そういえば、眠り薬を塗ってあるのだった。あれが加護か。


 ほのぼのとしている場合ではないが、少しだけ心が軽くなる。

 この時、トリスはセイディの手を引いて階段を駆け下りる。上ではなく、下へ。


 ウィシャートは、下へ向かった二人を追うが足は遅い。あの武器を使われるのでなければ振り切れるかもしれない。


 まだ女の子たちを逃がしてもいないし、トリスは逃げるつもりで階段を下ったのではないだろう。

 トリスといるのなら、どういう顛末も一人よりは受け入れられるとセイディは腹をくくった。

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