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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ「割れ得ぬ鏡」

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65/73

◆13

「まさか、その科学者の娘を捜すために町娘を捕らえたの? 私のことを捜しているんだとばかり思っていたわ」


 不機嫌なルシィに、アンセルムは始めて困ったような表情を見せた。

 恋人だった時はこうした表情をさせられたら嬉しかったが、今は苛立つくらいだ。


「お前がアジュールにいるとは知らなかった。お前の力が手に入っていたら、マーシャルの娘までは捜さない」

「どういうこと?」


 この苛立ちを伝えたつもりだが、アンセルムはさらりと躱す。


「アージェントで採れる特殊な魔鉱石を魔力を吸うように加工し、お前のもとへ届けたのは俺とアージェント国王との会合の結果だ。お前の力が込められた石を使用すれば、不完全な兵器でも魔界の門を閉ざすだけのエネルギーが出せるかもしれない。この方法なら力と体を分けて、お前の命までは奪わずに済む」


 その場合、命は助かってもルシィには何も残らない。一方的に奪われて感謝などするはずもないのに、そこがわからないのか。

 世界のための犠牲としては最小のものだとでも言いたいらしい。


「勝手なことばかりね」


 本当に、どこまでも勝手だ。

 力を失くしたルシィを、アンセルムが側室として保護してやるつもりだったとでも言ったら、それこそ頭をかち割りたい。

 この男は、最初から勝手な生き物なのだ。


 ルシィの軽蔑を正確に受け取らないまま、アンセルムは言う。


「しかし、結果は失敗だ。お前の力が込められた石は見当たらず、お前の姿も消えた。力を吸いきる前に察知されないようにと離れて見守ったのが仇になった。こうして力を切り離せていないお前に再会した俺の落胆がわかるか?」

「ここ最近の私の苦労が、全部あなたのせいだってことだけしかわからないわよ」


 死にかけたことすらあるのだから、水に流してやろうとは思わない。しっかりと恨みを込めて睨みつけてやる。

 それでも、アンセルムはルシィの感情を受け止めない。


「お前の力が手に入らない、設計図も、マーシャルの娘も見つけられない。しかし、魔族は日増しに下層から湧いて出る。最初は雑魚ばかりだったが、ここ数年で見違えるほど強力な魔族が出てくるようになった。どちらかを手に入れ、早急に対処しなければ、オーア同様に世界は滅ぶ。それで、アジュールとの摩擦も承知で出航したのだが」

「乱暴にもほどがあるわね。でも、その娘を捜し出せたら設計図も見つかるのかしら?」


 可能性はある。妻か娘に持たせて国外に逃がしたとしたら。

 マーシャルもほとぼりが冷めたらまた家族で暮らすつもりをしていただろうから、呼び寄せて回収するつもりだったのかもしれない。


 けれど、その天才は用心深かった。

 遠く離れた妻が変節しないと信じきれただろうか。小さな娘に持たせて失くさないと思えただろうか。

 それとわからないように持たせておいた場合、情報が解析できる者に見つからなければ問題はないのか。


 ルシィなりに色々と考えてみたが、アンセルムの回答はひどいものだった。


「マーシャルの娘ならば優秀な頭脳を持っているだろう。その分野に進めばまた成果を上げるかもしれない。……ただ、その猶予がなかった場合、娘の脳を解析し、マーシャルと会った最後に取った行動がわかれば、あるいは――」

「だから、悪趣味なことはおやめなさい」


 死者が相手でも褒められたことではないのに、生きた人間になんてことをするつもりだろうか。

 もし、その娘がセイディだとか言い出したら、ルシィは躊躇いなくこの船を沈めてやる。


 アンセルムは、ルシィにそんなことを言われると思わなかったらしい。意外そうに目を眇めた。


「それから、アジュールは魔術の国。基礎魔力の高い国民が多くいる。強力な魔術師の頭数を集めれば、最悪、お前の力の代用品に使えないかとも考えた。ここの領主の男も保険として――」


 こめかみでブチリという音が鳴り、ルシィはアンセルムの言葉を遮る。


「最悪。私の命の心配はしても、アジュールの魔術師は魔力を根こそぎ奪われて死んでもいいわけね」

「彼らに恨みはない。申し訳なくは思っている」

「でも、やるのね」


 クリフたちは魔女ではない、ただのルシィ自身が手に入れた絆だ。

 彼らの犠牲によって召喚術を掻き消し、世界に平穏が訪れようと、決して安心できないということをアンセルムは気づかずにいる。


 もしそんな方法を選んだら――。


 彼らの命を奪ったら、ルシィが世界を滅ぼすから。


「……私、この半年間、魔法が使えなくなっていて、本当にただの女だったのよ」


 ルシィの押し殺した声に、アンセルムは片方の眉を跳ね上げた。

 彼が口を開く前に、ルシィは重ねる。


「素性が知れない、不器用で、世間一般の常識を知らない、ただの高飛車な女を、シェブロンの町の人たちは受け入れてくれたの。ねえ、人間ってもっと愚かで自己中心的な生き物じゃなかったの? 私、人間のことなんて少しも詳しくなかったのよ」


 森に住むルシィのもとを訪れる人々は、いつもルシィに要求するばかりだった。

 あれをしてくれ、これをしてくれるな、と。


 グレシャムのようなどうしようもない人間も確かにいる。けれど、それがすべてではない。

 なんの見返りも求めず、困っているからと手を差し伸べることができる、そんな人間もたくさんいる。それを、魔力を失って初めて知った。


 クリフのように、傷を抱えながらも善いことへ力を使おうとする人もいる。セイディのように、力はなくとも人を癒してくれる存在もある。トリスのように、自然な優しさもある。ハンナのような心地よいあたたかさも。


 セイディやハンナは、身を護る術すら持たないか弱い存在だ。それでも、彼女たちのことをルシィは尊敬しているのだと思う。

 ルシィが持たざる者となり果てたからこそ、知り得たこともあった。力を取り戻そうと、それを忘れることはない。


「ルシエンヌ、君は――」


 この時になってアンセルムに戸惑いが見られた。

 彼にとってルシィは、昔の面影のままなのだろう。人を見下し、気ままに生きる魔女のまま。


「シェブロンの領主を早く出して頂戴。彼に話があるのよ」


 ルシィはにこりと、先ほど見せた憤りを押し隠して微笑んで見せた。


 アンセルムがルシィのもとを去った時、ルシィは捜さなかった。戻ってきてほしいと願うほどの執着もなかった。

 共にいるのは楽しかったけれど、ルシィは彼のことを尊敬してはいなかったのだ。

 多分、ルシィとアンセルムは同類だったから。

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