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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ「割れ得ぬ鏡」

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◆12

 ルシィはかつての恋人の顔を穴が開くほど眺めた。


 三つの名を持つ男――アンセルムは、亡国オーアの人間だという。

 ルシィが口を挟むよりも、まずは彼にすべてを語らせた方が早い。


 知性を覗かせるあの目が好きだったけれど、今となってはまったくと言っていいほど心が動かない。

 もっと好きな色が他にできた。だから、クライグことアンセルムがルシィを懐かしむ目をしても、ルシィは信じない。


「……俺は、幼少期からオーアの学院で召喚術を学んでいた。才能があると自負はしていた。だから、国属の召喚師となってから王に命じられた通り、魔界の王を召喚するという話に飛びついた。褒賞が魅力だったというよりも、それができるのかどうか試してみたかった。その誘惑に抗えなかった」


 魔界の王など、生ける人間で目にした者はいない。おぞましい怪物だとも、この世の何よりも妖しく美しいとも勝手に語られるだけだ。

 アンセルムは召喚師として魔王を契約で縛り、従えてみたいという野望を抑えきれなかったと。


 ――抑えきれなかった召喚術は暴走し、その術から続々と魔族が這い上がってきて、結果としてオーアは滅んだ。

 これは彼が語らずとも、世界中の誰もが知っている。


「あの召喚術はあなたが?」


 国を滅ぼした召喚師が生きているとは思わなかった。術の暴走時に死んだとばかり思っていた。

 しかも、それがこの男だとは。


 アンセルムは、クッと自嘲するように笑った。


「そうだ。俺のせいだというのに、俺はあの術によって生かされている。あれからずっと、あの召喚術が魔界の門を開け放ったまま、魔族を地上に送り込んでしまっている。魔族が地上を行き来できる術の効力を引き延ばすため、召喚者の俺には魔族によって死ねない呪いがかけられた」


 その呪いをかけたのは魔王だろうか。もしくはかなり上級の。

 魔族はオーアの人々より一枚も二枚も上手だったということだ。


 魔族の力をもし召喚術によってオーアが使役し得たのなら、世界の均衡は崩れただろうが、生憎とその力は人に扱えるものではなかった。

 オーアは世界一の大国となるどころか滅亡した。欲を出した分、愚かであったと言うしかない。


 アンセルムは自分の才能と力に溺れた。

 ルシィも本当はその気持ちがわからなくはない。才長けた者というのはそうしたものだろう。己の力を試したくなる。

 ただ、他者を巻き込んでしまったと気づくのは事後だというのが虚しい。


「オーアは滅んだが、俺はまだこの世界に責任がある。あの術を消すためにできることをするつもりだ」


 国を滅ぼし、自らの行いを悔いながら生きてきたのだとしたら、そんな生に喜びはあるだろうか。苦しいだけだ。

 死にたかったかもしれないが、死ねないという。

 廃人のように生きることもできただろうが、世界が魔族に支配されるのだけは避けたいと誓ったらしい。


「俺はセーブルで魔科学を学んだ。それこそ、死に物狂いで。魔科学は学問だから、原理さえ理解できる頭脳があれば、どこの国の人間だろうと構わない。働きながら学費を稼ぎ、学んだ」


 もとは貴族の生まれだというから、常人よりもプライドは高く持っていただろう。それが労働者に紛れ、汗水垂らして働きながら稼いだと。

 そこまでしたのには、やはり本人が言うような責任が絡んでいるからだろうか。


 ルシィは召喚術に詳しいわけではないが、あの魔界の門を開いた術が成っている以上、アンセルムには他の召喚術は使えないままなのだろうと考える。


「学院で学ぶには遅い年齢だとされたが、それでも俺は学院で一から始めるしかなかった。……その当時、学院にはマーシャルという天才がいた。彼の頭脳は、俺も含めたどんな者よりも十年も二十年も先に進んでいた。彼ならば、あの召喚術を掻き消す兵器を開発できると、俺は望みを託すことにした。そのために必要なのは開発費の捻出と彼が研究に専念できる環境だ。俺は権力を手にすることでそれを解消しようと動いた」


 この男は国民の支持を得た。

 セーブルの民の目には、貧しいながらにも勉学に励み結果を出し続けた傑物に見えたのだろう。


 民に正体が見抜けるはずもない。

 大噓つきもいいところだが、ここ最近のセーブルを見ている限りでは悪い結果でもなかった。アンセルムなりに懸命に働いたのも事実だろう。


「マーシャルの研究は順調だった。俺はとにかく彼を奨励した。魔界の門が封鎖できてこそ、真の平和に繋がる。……マーシャルは〈祈り(プレケス)〉と名づけた兵器の設計図を書き上げた。当人が、これ以上ないほどに完璧だと言っていたが、事実はわからない」


 わからないのだ。つまり、兵器は完成していないということ。

 それができていれば、シェブロンの町も魔族の襲撃に悩まされることはなかったはずだ。

 その天才が完璧だと言ったのに、どこかに見落としがあったのだろうか。


「設計図には目を通していないの?」


 すると、アンセルムはゆるゆると首を振った。けだるげに、疲れて見えた。


「いない。聞いた話によると、消費エネルギーを大幅に抑えつつ、それでも出力を上げる仕組みだというが、どうすればそんなことができるのか、彼以外には誰にもわからない」


 その口ぶりだと、マーシャルという天才科学者には何かが起こったのだろう。

 設計図はきっと、失われたのだ。


「彼の研究は、俺の反対派勢力に狙われていた。彼も警戒していて、妻子が利用されてしまうという危機感を抱き、妻と幼い娘を隠した。しかし、設計図は裏切り者に盗まれた」


 手柄は横取りされるかもしれない。それでも、アンセルムはオーア跡地の召喚術が消えるのならばいいと思ったのではないだろうか。設計図を奪っただけで、反対派とやらは〈プレケス〉を製造しなかったのだ。


「その設計図を盾にしてあなたに退位を迫ったとか?」

「マーシャルはわざと盗ませたのだ。その設計図には探知機が仕掛けてあった。それで反対派を炙り出し、叩くために」


 セーブルにも己の利益しか考えていない者が大勢いるらしい。アンセルムやマーシャルの研究が国益であると認めず、己の立場を優先して物を考えたがる者がいて足を引っ張るのだ。

 どんなにかもどかしかっただろう。


「それで、反対派は潰したのね?」


 アンセルムはうなずいた。それにしては表情が晴れない。


「ただ、マーシャルは天才だからこそ、妬み、嫉みを一身に受けていた。発表した研究が盗用であった、改竄の跡が見られた――難癖をつけられたらきりがない。裁判、審議、研究、疲れ果てた彼は過労死した。……けれど、彼は私に前もって言い残してあった。盗ませた設計図は、完成前の写しであって、肝心なところはあえて描かずに頭の中だけに残してあるが、自分に何かあった時の保険として完成品は別の場所に保管してある。誰も手の届かない場所だと」

「あなたにまで在り処を言わないなんて、随分用心深かったのね。誰も手の届かない場所って、それを言わずに死んだのではどうにもならないわ」


 研究者というのは、それくらいでなくてはならないのかもしれないが。


「彼の不完全な設計図を、何人もの科学者が完成させようとした。しかし、十年以上経っても未だに出来上がらない。……彼の遺体は保存してあるが、蘇生技術は開発中で、未だに誰も蘇った者はいない」

「悪趣味なことはやめなさい」


 かつての盟友を惜しんだところで、マーシャルは死んだのだ。蘇ってほしいと願っても、そればかりは無理なことだし、生死は人間が侵してはならない領域だ。

 けれど、尊厳だの冒涜だの、そんな言葉が届かない程度にはこの男は狂い始めている。


「蘇生は不可能だが、彼の脳から情報を読み取ろうとした。その解析に十年以上かかっている。必要な情報を探し出すのは、海から真珠ひと粒を探し出すような作業だ。……だから、彼の娘に望みを繋ぐことにした」


 マーシャルの娘。

 幼い頃に避難していて、十数年経っているのなら、二十歳前後くらいだろうか。


「彼の脳から解析した情報の結果、アジュール行きの船に乗せたことはわかっている。シェブロンの町に伝手がある、そういう手紙のやり取りが脳に刻まれていた」


 シェブロンの町で、茶髪の同じ年頃の娘ばかりを集めた理由がこれなのか。

 そして、セイディはその条件にピタリとはまってしまったのだ。あれは魔女狩りではない。


 捜していたのは、マーシャルの娘だ。


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