◆8
脅威は空から降ってくる。
甲板の上の兵たちはそんなことも知らなかったらしい。
箒に乗ってきた美女と、童顔の青年。
屈強な男ならまだしも、兵士たちは唖然としていた。
魔女の顔を誰も知らない。これは雑魚ばかりだな、とルシィは思った。
「この町に、よくこんな無作法な訪問をしたわね。ねえ、あなたたち、海に落ちたい?」
ルシィが笑顔で言うと、軍服の男たちはざわついた。トリスはルシィの背後で緊張している。
「この女、まさか……」
そこでルシィの堪忍袋の緒がぶちりと切れた。自慢ではないが切れやすい。
「この女だなんて、その呼び方は頂けないわ」
一瞬で、ルシィを中心とした衝撃波がトリス以外の人間を吹き飛ばした。ここで眠っていた方が彼らにとっては幸せかもしれない。
トリスは甲板の上をきょろきょろと見回した。
「ルシィ、階段がある。下にいるのかな?」
「多分ね」
この船は要塞ほどに広い。さすがにルシィも甲板から二人の気配を探知することはできなかった。
二人はうなずき合い、いくつかある階段のうちの最も近いところから下りた。
船内は、陽は差さずとも暗くはない。魔鉱石の灯りが点々とある。階段を下りた先の廊下には毛氈が敷かれていた。
「こういう場合って、敵の親玉は最下層かな?」
トリスがそんなことを言った。
「親玉って、誰なのよ? 司令官?」
「わかんない。アージェントとセーブルの連合軍だろ? 誰が指揮を執ってるんだ?」
それにしても、あの二国はいつから手を取り合って何かを画策するほど仲が良くなっていたのだろう。
しかも、ルシィに察知されないように細心の注意を払っていたと思われる。返す返すもあんな手に引っかかったのが腹立たしい。
「アージェントの国王とセーブルの皇帝がいたりして」
いたら面白いが、さすがにそれはないだろう。
それでも、これだけの船を作るには長い歳月と巨額の資金が必要だったはずなのだ。その船を任されたのだから、かなりの高官がいるのは間違いない。
この船は、セーブルの技術の粋を集めて造られたのだろう。これほど頑丈であれば、魔族の襲撃に耐え抜いて航海ができる。
もしかすると、魔族を撃退できる兵器なども搭載されているのではないか。
それをアジュールに向けて使わないことを祈りたい。
「国王でも皇帝でも、他国の民間人に手を出すなんて、やっていいことじゃない」
トリスの言い分にはルシィも賛成だ。
途中、何度も兵士には出くわしたが、彼らは魔術師ですらない。物理攻撃ではルシィに近づく前に吹き飛ばされてしまうのだ。
力を取り戻したルシィは、まったくの疲れ知らずである。
侵入者二人はズカズカと船内を行く。
「ルシィ、誰か捕まえてセイディとクリフ様の居場所を吐かせた方が早くないか?」
「あら、それもそうね。トリスったら案外悪党に向いてるのかも」
冗談だが、嫌な顔をされた。
そうして、次に出くわした、まだ若いセーブルの兵士のことは昏倒させず金縛りにする。
首から下だけ。口はちゃんと動くはずだ。
「ねえ、町から連れてきた女の子たちはどこ? それと、この町の領主は?」
「な、な……っ」
「私が笑っているうちに答えなさいね」
そう言いながらも、目は笑っていないと自分でもわかっている。この状況で笑いたいわけがない。
冷ややかなルシィに若い兵士は命の危機と察したのか、喋った。
「お、女は2-3-3、領主の男は1-1-5に……っ」
正直に喋っているつもりだろうが、伝わらなくてイラッとした。
「なんて?」
ルシィの顔が怖かったのか、兵士は涙を浮かべながら慌てた。
「女はこの下の階の、階段を下りて右手側の部屋、領主は最下層で牢に入れられている!」
クリフのことは牢にぶち込んだと。魔力が桁外れに高い人物なだけに危険視した結果だろうか。
その牢は多分、魔術を使っても壊れない設計に違いない。
それでもルシィは破壊するつもりだが。
「そう、ありがとう」
感謝を込めて、そっと眠らせてあげた。
他の兵士たちは吹き飛ばしてきたが、この兵士には眠りにつくように魔法をかけただけだ。有益な情報をくれたので優しくしてあげた。
「トリス、ちゃんと聞いていたわね?」
「聞いていたよ。俺が行くのは次の階ってことで、ルシィとはそこで別れるんだな」
彼なりに覚悟を決めたようだ。唇を引き結ぶ。
「ええ。セイディが待っているわ。でも、女の子たちを保護したら無理はしないで、不利だと思ったらどこかに閉じ籠って待っていて」
「わかった」
何故彼女たちが捕まったのかは謎のままだが、そちらはトリスに任せる。
町娘たちは無害な存在だから、見張りの兵もそれほどいないはずだ。
ある意味、クリフの方がどう扱われるのかわからないところである。
ここを切り抜けて、無事に皆で帰りたい。




