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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ「割れ得ぬ鏡」

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◆5

 トリスは門を潜ろうとしていたが、兵士に止められていた。

 その兵士は町の自警団ではない。あれはアージェントの兵士だ。


 ルシィはトリスを助けに入ろうかと思ったが、トリスが正面を占拠した兵士を引きつけてくれているうちに別のところから町に入ることにした。

 港方面は駄目だ。それなら、墓地しかない。

 いきなり墓地にまで兵を差し向けてはいないだろう。あそこなら手薄なはずだ。


 ルシィは外郭の南側を進み、人がいないことを確認すると、呼吸を整えて念じた。ルシィの体はふわりと浮く。

 ほんの少し浮遊しただけだ。もう少し意識して体を浮かせ、外郭の縁に手をかける。

 よじ登るようにしながら顔を出すと、やはり墓地には人がいなかった。


 よし、とうなずいて、ルシィは外郭をスカートを引っかけないように跨ぎ、そこから飛び降りた。着地の際にはまた魔法を使い、衝撃を和らげる。

 久々に墓地の野ネズミに出会った。


『あれ? 久しぶり! 何やってるの?』


 感動の再会だが、長話をしている暇はない。あのチーズを平らげてぷっくら太った彼にルシィは苦笑した。


「チーズは美味しかったみたいね。今、ちょっと急いでるの。またね」

『ふぅん。ニンゲンってやっぱりよくわかんないなぁ』


 ルシィと一緒にされたら、他の人間の方が怒るかもしれない。



 ルシィがこっそりと町を見ると、町中にアージェントの兵士がうろついていた。これではろくに歩けないが、どうにかして〈カラスとオリーブの枝亭〉に行ってセイディとハンナの無事を確かめたい。

 兵士を魔法で倒したら騒ぎになってしまうし、どうするのがいいだろうか。


 そこでルシィは、今ある魔力でできることを考えた。

 すぅ、と再び深呼吸し、魔法で人目を遮断するヴェールを被った。長時間は持たないが、少しくらいなら行けるだろう。

 ルシィは足がもつれて転ばないように気をつけながら走った。



 〈カラスとオリーブの枝亭〉の外観に特に変わったところはない。けれど、嫌な予感がしてしまう。

 ルシィが扉を開けて中に滑り込むと、すぐに魔法を解いた。床にはハンナが倒れていた。


「ハンナ!」


 ハンナはどうやら脳震盪を起こしていたらしく、呼び声で目を覚ました。

 そして、しばらくぼうっとしていたが、状況を思い出したらしく、顔を強張らせる。


「セ、セイディは!」

「ねぇ、何があったの?」


 ルシィの顔を見ると、ハンナは目に涙を浮かべた。ハンナが泣くことなどめったにないのに。


「いきなり兵士みたいな男たちが来て、セイディのことを連れて行こうとするから、それを止めようとしたら突き飛ばされて……っ」


 セイディが倒れたハンナを放っておくわけがない。そばにいないのなら、そのまま連れていかれたということだ。


「若い娘を集めているみたいだったよ。ルシィ、あんただけでも隠れていなさい」


 ハンナはこんな時でもルシィのことを気遣ってくれた。それは嬉しいけれど、余計に隠れてなんていられない。


「ハンナは少し休んでいた方がいいわ。二階に行きましょう」

「でも……」


 セイディがどんな目に遭っているのかもわからないのに、休んでなんていられないと思うのだろう。

 それでも、ハンナにできることはない。本人が一番よくわかっているはずだ。


「セイディのことはクリフや自警団が助けてくれるわ」


 そう願いたいが、どうだろう。ハンナを安心させるためだけにそれを言った。ハンナは渋々うなずく。


 ルシィはハンナを支え、二階に連れていって寝かせた。

 そして、ハンナの部屋を出ると、ルシィの借りている部屋の扉を開く。やはり、セイディはいない。


 どうしようかと考え、部屋の鏡を覗き込んだ。ルシィの目の煌めきはまだまだ弱い。

 早く、早く、と焦るけれど、すぐには戻らない。しかし、この時ふと感じた。


 この部屋にいる時が一番、魔力の戻りを強く感じる。意識してみると、やはり間違いなくこの部屋の中に〈何か〉がある。


 まさか、と思ってルシィは貴重品を入れているカバンを開けた。ラウンデルの森から持ってきた薬瓶、ここへ来てから作った薬、宝石類――。


 ルシィはカバンの中をまさぐり、取り出した。

 その宝石は、薄い紫色をしていた。どちらかというと青みがかって見える。蛍石のような宝石だが、この形の石はひとつしかなかったはずなのに、色が違う。この小さく入ったヒビは、クリフに割ってもらおうとした時のものだ。


 間違いない。あの時の石なのに、色が変わっている。


 そこでルシィはようやく思い出した。

 魔力を失う前日に献上された宝石は水色だった。形はこれと同じだ。


 まさか、と思い、ルシィは宝石の亀裂に恐る恐る指を当てた。

 その途端にはっきりとした。涙が零れるほど、そこには懐かしい力が溢れていたのだ。


「こんなところに……っ」


 ずっとそばにあったのだ。ルシィの力は、この石に封じ込められていた。

 ルシィは思いきり、その宝石から魔力を吸い込んだ。魔力の逆流により、ルシィの体がカッと熱くなる。

 これはすべてルシィのものだ。ひとかけらも残さずに取り戻す。


 昂る感情を静めながら、鏡に映る自分の姿を見た。

 淡い金色に波打つ髪の美女がいる。服装こそ、夏になってから新調した涼しげなライトグリーンのワンピースだが、目は以前のように力を感じさせる色に染まっていた。


 ルシィは、ほぅ、と息をつき、握り締めていた石を見遣る。石は濁って、灰に似た白色へ変わっていた。ルシィはそれを粉々に砕き、憎々しい思いで窓から撒いた。もう二度と、ルシィの魔力を吸うことはできない。


 そのまま下を見ると、モーティマー通りにはチラホラと人がいる。それらはすべてアージェントの兵士だ。町の住人はいない。


 思えば、あの宝石を献上したのはアージェントの軍人だったのだから、あの国が無関係なはずはない。

 魔女であるルシィ当人と魔力を切り離し、ルシィを無力化して何を画策していたのかは知らないが、当人も魔力の籠った石のどちらも見当たらなかったのだから、彼らも焦ったことだろう。


 ここに到達するまでに半年近くもかかってしまったのは、無力化したはずの魔女がまさか海を越えたとは思わず、見当違いの方向ばかりを捜していたからに違いない。

 ルシィはあの時の自分の判断を褒めてやりたくなった。


 そして、ルシィは窓から飛び降りた。

 ゆっくりと、軽やかに、石畳の上に降り立つ。兵士たちは音もなく降りたルシィがどのようにして現れたのか見ていなかったようだ。


「こんなところにまだ――」


 そんなことを口走りながらルシィに駆け寄ってきた。

 だから、ルシィは兵士を吹き飛ばしてやった。手も使わず、詠唱もせず、念じただけで。


 吹き飛ばされた兵士たちは壁に背中を打ちつけ、息を詰まらせて転がった。

 全身を強打し、起き上がれない兵士たちを冷ややかに一瞥し、ルシィはモーティマー通りを門に向けて進んだ。

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