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「うぅん……」
ルシィは〈カラスとオリーブの枝亭〉の二階の一室で、鏡に映る自分の顔を眺めていた。
柔らかく波打つ金髪の美女が写っているのだが――。
目の色がほんのりと煌めいて見えた。
目の色だけのことではない。ルシィは、自分の魔力が戻りつつあるのを感じていた。
完全に戻ったわけではない。けれど、日増しに力を感じるのだ。今ならば軽い魔法くらいは使えるかもしれない。
ためしに使ってみないのは、使ってみて空っぽになったら嫌だからだ。これが本当に自分の魔力なのかも自信がない。クリフからもらった魔力を勘違いしているのかもしれない。もう少し様子を見てみよう。
この時、部屋の扉がノックされた。
「ルシィ、入ってもいい?」
セイディだった。
「どうぞ」
鏡の前で振り返ると、セイディが小さな小包を持って入ってきた。
「ルシィ宛てよ」
小包がルシィに宛てて届く心当たりがなかった。はて、と首をかしげる。
「これ、王都の商店からみたいよ」
「王都? ……あっ、秤かしら?」
クリフに買ってもらった、精密な秤だ。色々とありすぎてすっかり忘れていた。
「そういえば以前、秤を探していたわね」
「そうなの。すぐにはないから、用意ができたら送るって話になっていたのよ」
ルシィは嬉々として包みの紐を解いた。油紙に包まれているのは小さな箱で、その中には本当に小さなミニチュアのような秤が入っていた。
「わぁ、ちっちゃい」
本当に小人サイズだが、0.1グリムを量ろうと思ったら仕方がないらしい。金色に光る秤を箱にしまい、ルシィは満足して微笑んだ。
「クリフにお礼を言わないとね」
「うん。クリフ様、あれから毎日ルシィの顔を見に来るものね」
ルシィがプロポーズの返事をしなかったせいだろう。
毎日、物言いたげな目を向けてくる。
あの一件があってから、シェブロンの町でルシィはクリフの恋人とされているので、他の男なんて寄ってこないのに。
セイディはからかうように笑っているが、目がほんのりと赤くなっていた。
「セイディ、寝不足なの?」
思ったままのことを口にすると、セイディは小さくうなずいた。
「う、うん。時々あるのよ。何か夢を見ているんだけど、朝になると覚えていなくて。でも、それは間違いなく怖い夢なの」
セイディは孤児だ。それも、ハンナに保護された時は魔族の襲撃で町は半壊していた。
火災や怪我人、怖いものはたくさん見たことだろう。もしかすると、親の亡骸も見ている。
その心の傷が夢になって時折現れるのかもしれない。
「じゃあ、よく眠れる薬を作るわね」
「ありがとう、ルシィ」
赤くなっている目で気丈に笑う。
けれど、長年続いているのなら、わりと深刻かもしれない。
完全復活とまでは言わないが、今のルシィなら、薬の効果も倍増させられる。むしろ、効きすぎて起きられないかもしれない。量を間違えないようにしなければ。
「ああ、そうだ、ハンナの膝の薬も作ろうかしら」
町の外に薬草が生えている。取りに行けば作れるが、勝手に行くと怒られるだろう。ルシィはこれでも学んでいる。
だから、トリスに頼むことにした。帰宅したトリスが一歩踏み入った途端に捕まえる。
「ねえ、トリス。薬草摘みに行きたいの。仕事の合間でいいから、町の外までつき合ってくれない? すぐ近くよ」
「……今度は何を作るの?」
笑顔で警戒された。臭い薬は家で作らないでほしいと願っているのだろう。
煮炊きにはまた領主館の庭を使うつもりだ。厨房の竈は使わないのに、とルシィはむくれた。
「セイディの寝つきが悪いみたいだから、よく眠れるお薬よ」
それを聞くと、トリスの表情が変わった。
「いいよ。明日だな」
つべこべうるさいことを言わなくなったのは、トリスなりにセイディを心配しているからだろう。
それが兄弟愛からだとしても。
「ええ、お願いね」
そんなやり取りをしていると、当のセイディが料理を運んでやってきた。
「今日はね、ホロホロ鳥の蒸し煮とサーモンパイ、アスパラガスのサラダ、クミンスープよ」
「あら、美味しそう」
こうして、何気ない日常が過ぎていく。
けれど、ルシィの魔力はやはり戻りつつあるのだ。着実に。




