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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ「異端の森」

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48/73

◆11

 途中、町へ辿り着くよりも先に森が見えた。

 日差しを浴びて悠然と伸びやかな枝葉にルシィの心が躍る。風が吹くたび、森の匂いがした。


「あっ! あの森に今度連れていってくれるって約束だったわね」

「そうだが、寄り道をしている時間は――」

「どうして? 今の私たちが時間に縛られる必要なんてないでしょう?」


 どこへ行こうと、何をしようとすべて自由のはずだ。この自由を精一杯楽しんだらいい。

 しかし、クリフは道から逸れたがらない。


「いや、夜の森には獣が出る。危ないから」

「魔族と戦える力があるくせに、森の獣がどうしたっていうの? ねえ、動物は賢いのよ。自分よりも強い相手を襲ったりしないわ」


 それにルシィも動物と話せるから、遭遇しても安全にお引き取り願える。なんの脅威でもない。

 むしろ、人の方が今のクリフにはよくないのかもしれない。人がいないところの方が落ち着けるような気がした。人は異端を嫌うから、クリフはまた傷つく。


 クリフはルシィの希望を叶えてくれるつもりになったのだろうか。駄目だという顔はしていない。


「本気で野宿になるぞ?」

「そうしましょう。当分森で暮らしましょうか?」

「……何故か君が言うと冗談に聞こえないな」


 当然だ。本気で言っている。

 ルシィはクリフの腕を抱き込んだ。


「行きましょう」

「言い出したらきかないな」


 呆れたように言うけれど、抵抗しない。今の二人は、どこまでも自由だ。


 森の入り口は茂みに覆われていて、どこから入ろうかと悩んだ。しかし、クリフは足で適当な茂みを踏み締め、通れそうなところを探してくれた。

 スカートのルシィは裾を枝に引っかけないように気をつけた。


 夕日が森を赤く染める。この光景が懐かしくて、ルシィは胸がいっぱいになった。

 あの森に、今でもルシィの家はあるのだろうか。


 ルシィは楽しかったが、クリフがここで楽しかったかどうかはわからない。慣れない森歩きに気をつけているようだった。

 いつも転ぶのはルシィの方である。


「きゃっ」


 クリフの方が荷物を多く抱えているが、片手でルシィを受け止めてくれた。


「君は森育ちじゃなかったのか?」


 苦笑された。森育ちではあるが、いつも飛んでいただけだ。


「久しぶりだからよ」


 そういうことにしておこう。

 あちこちに気になる薬草はあるが、今日はやめた。また今度でいい。


「あそこなら少し開けているし、休めそうじゃない?」


 ルシィが一角を指さすと、クリフもうなずいた。


「そうだな」


 そこは大樹が生えていて、木の下にいれば雨風が防げそうだった。とはいえ、今は夏で雨量も少なく、凍える心配もない。そういう季節でなければ野宿はしないが。


「ねえ、焚火をしましょう」


 寒くはないが、火はあった方が便利だ。


「獣よけにな」

「それと虫よけね」


 枯れた枝を集めると、火をつけるのは簡単だ。クリフが腕を振るうだけで焚火は出来上がった。


「本当にあなたって便利ねぇ」


 褒めたのだが、こういう褒め方は嬉しくなかったのかもしれない。


「それはどうも。……ハンナが持たせてくれたものを食べようか」


 歩き詰めで空腹だった。ルシィは笑顔で答える。


「ええ、食べましょう」


 いつもならガツガツ食べるところだが、今は少々節約した方がいい。腹八分目で我慢しよう。


 荷物を開いてみると、中には水分量を少なくして日持ちを長くしたパンと、チーズ、燻製肉、ソーセージ(ヴルスト)、イワシのオイル漬けが入った瓶など。保存食の他に、その日すぐに食べられるサンドイッチが分けて入れられていた。木皿とカップも入れてくれてある。


「これが今日の分ね」


 二人、ハンナの手料理を味わって食べた。

 挟んであるゆで卵が美味しい。絶妙の茹で加減だ。

 食べ終えると喉が渇いたが、水は汲みに行かずともクリフが魔術で出した。やはり便利だ。


「火も水も自由に出せるんだから、あなたは野宿向きよね」


 思わず言うと、焚火に照らされたクリフは苦笑していた。

 ルシィは簡単に周囲を片づける。その間にクリフは荷物から折り畳まれたリネンを取り出していた。

 それを、焚火から少し離れた大樹の根元に敷く。


「君はここで休むといい」

「あなたは?」

「私はここにいる」


 と、大樹の根が盛り上がって出ているところに腰を下ろした。

 ルシィは、そんなクリフに背を向け、敷かれたリネンのところへ行く。

 しかし、それを通り越して近くの草を摘んだ。その草を、焚火の中へ放り込む。青臭い、嫌な臭いがした。


「な、なんだ?」


 クリフが顔をしかめた。臭いのだろう。


「虫よけの効果があるから、ちょっとくらい我慢して。すぐに慣れるわ」


 ルシィも森は好きだが、虫食いだらけにはなりたくない。それから再びリネンのそばへ行くと、リネンを拾って砂を叩き落とした。それを持って、クリフの隣に敷いて座る。


 狭いのでクリフはとっさに場所を開けようとしたが、ルシィはまったく気にせず、クリフに密着した。日が傾いて気温が下がってきたとはいえ、涼しくはない。暖を取るためにこの場所を選んだわけではなかった。


「……君は」


 何がしたいと問いたいのだろうか。

 もしくは、何故ついてきてくれたのか訊きたいのだ。

 ルシィにも知りたいことがたくさんあった。だから今、この距離を選んだ。


「ねえ、私に言いたいことがあるんじゃないの? ここには私たちの他には誰もいないんだから、思いきって言ってみたら?」


 これを言った途端、クリフはぎくりとしていた。触れ合っている肩から伝う振動でわかる。


「それは……」


 ルシィがじっとクリフを見ると、クリフは目を合わさないように逸らしていた。

 じれったくなってルシィは立ち上がると、座り直した。クリフの膝の上に。


「これでもまだ言えない?」


 腕をクリフの首に絡めた。顔を見なければ言えるのではないのか。

 クリフの手が、恐る恐るルシィの背中に回った。その手と同じくらい、声も探るようだった。


「……あの時」

「うん?」

「君が町の外でハミルトンに助けられた後のことだ」


 そんなこともあった。

 三ヶ月と少し。それなのに、もう遠い昔のようだ。


「あの時、君が男たちに襲われかけたと知って、私は自分でも異常だと思うほど感情的になっていた」

「そうね。結構な口論をしたわね」


 あれはルシィも言い過ぎたし悪かったと反省したのだ。

 けれど、クリフがこの話を蒸し返した先にある答えを知りたかったから、語るがままに任せた。


「君はハミルトンに助けられて、ハミルトンの上着を着て立っていた。私が差し出した上着なら、あの頃の君は意地を張って着なかっただろう。私だけでなく――トリスくらいは例外だとしても――誰に対しても君はそういう態度だと思っていたから、他の男の色に染まっている君を見て、冷静でいられなかった。それを認めたくなくて、君の顔を見られなくなった」


 苛立って見えたが、その理由(わけ)を知って意外に思う。


「あの状況で、誰の服だとか、そんなことはたいした問題じゃなかったわ」

「それでも、私は何も知らずに館にいて、ハミルトンは君を助けた。その事実も耐えがたかった」


 些細なことを深刻そうに言う。ルシィが笑ったせいか、クリフは急にルシィを強めに抱き締めた。


「あの後、自分の感情に折り合いがつけられず、君を避けていた。その隙に君は死にかけていて……全部私が、妬心を認めずに意地を張ったせいだと思った。そうしたら、君には私がなんでも自分のせいにすると言われたな」


 速い鼓動が伝わる。それがとても心地よい。


「そうね。あなた、なんでも自分が悪いみたいに言うもの。自分に関わると不幸になるとでもいいたいの? だから、私に本心を言えなかったの?」


 すると、クリフはルシィを抱き締めていた腕から力を抜き、ようやく正面からルシィを見据えた。


「君はそういう考え方が嫌いだろう?」

「ええ、とても」

「じゃあ、改める」


 素直な彼を可愛いと思った。それが伝わったのか、クリフは溜め込んでいたものを吐き出すようにして続ける。


「君の回復を嬉しく思ったのは本当だが、回復して出ていった時は複雑だった。君はなんの未練もなく去ったが」

「仕方がないじゃない。ハンナのご飯には勝てないわ」

「……女性同伴でないと示しがつかない場があるなんて、本気で言ったわけじゃない。王都に行く間、君のことを独占できる気がして、君の申し出に甘えただけだ」


 その頃にはもう、クリフの言動からルシィに対する想いが伝わってきていた。

 散々振り回した覚えしかないが、それでもクリフはルシィに惹かれたらしい。


「それから? 一番大事なことを言っていないわ。ねえ、アナグマくらいは聞いているかもしれないけど、彼らにはあなたの羞恥心なんてどうでもいいことよ」


 こんなにも二人、密着して抱き合って、けれどだからといって言わなくてもわかるだろうというのはいけない。ルシィは言わせたいのだから。


「……君のことが好きだと言ったら、君は知っていると答えるんだろう?」


 どこか不貞腐れたように言われた。

 ルシィはそんなクリフの頬を両手で包み込む。


「それでも聞かせてほしいのが女心でしょう?」


 クリフの太腿に膝を立てて向き合う。クリフの手はルシィの腰にある。ルシィの方がクリフを見下ろす形になった。


「私に触れられると動悸がするのよね? 今も?」


 悪戯っぽく笑った。今は魔力を吸っていないけれど。

 蕩けそうな目をして、クリフはうなずいた。


「触れられても、触れても、ずっとしている」


 その言葉がすべて吐き出される前に、ルシィはクリフの唇に口づけた。軽いキスの後に目を合わせて微笑む。すると、今度はクリフの方からルシィを引き寄せた。今までの想いを伝えるように、情熱的に唇を求める。

 手からよりももっとたくさんの魔力がもらえそうだと思いつつも、今はそんな無粋なことをすべきではない。


 力強く抱き締められ、主導権が奪われたような気がしてしまうのに、嫌ではなかった。どこか懐かしいような感覚と程よい疲れとで、ルシィは魔力を失ってから始めて、満たされたような気分だった。

ルシィはあんなこと言ってますが、


アナグマA「ちょっと奥様、今の聞きました?」

アナグマB「ええ、聞きましたとも。近頃のニンゲンと来たら」


木陰にデバガメなアナグマたちがいたりして(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 48話まで。 ああっ、遂に待っていたシーンが!(ドキドキワクワク) クリフもルシィも、冒頭のころを思い出すと信じられないぐらい、互いに対する態度が柔らかくなってとてもいいです。素敵~! 今…
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