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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ「異端の森」

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42/73

◆5

 その翌日。

 あとはシェブロンまで帰るだけなのだが、せっかく王都まで来たのだからシェルヴィー家の皆にお土産を買って帰りたかった。


「ハンナは食べ物というか、香辛料とか調味料とか、そういうのがいいの。セイディは可愛いもの。トリスは……なんでしょうね?」


 宿を出る前にホールを歩きながら言うと、クリフは軽くうなずいた。


「トリスはなんにでも無頓着だから、食べて終わるものがいい」

「あらやだ、さすがハンナの息子ね」


 ルシィがクスクスと笑うと、クリフはとても優しい目をしてルシィを見ていた。本当に態度が柔らかくなったものだ。


「セイディは孤児だったって自分で教えてくれたわ。ねえ、あの二人、兄妹というよりお似合いだと思うのよ」


 これを言ったら、クリフは顔をしかめるかと思った。それくらい融通の利かない男だと。

 けれど、それはルシィの思い込みだったらしい。


「ああ、そうだな。トリスにはセイディくらいしっかりした娘がいい」


 ルシィの意見に賛同してくれた。セイディにとって心強い味方だ。

 そこでクリフは言いにくそうに切り出す。


「君は何かほしいものはないのか?」


 王都までつき合わせた礼に、何かプレゼントしてくれるつもりなのだろうか。

 しかし、王都まで来たのはルシィの恩返しであって、それを受け取るのはおかしな話なのだが、くれるならもらうつもりのルシィだった。


「あるわよ」

「それはなんだ?」

「精密な秤。1グリム以下を量れる……欲を言うなら、0.01グリムまで対応できるもの」

「…………」


 目が、ルシィの目を見ているようで見ていない。その精密な秤がどこへ行けば手に入るのかを考えている。


「君がほしいものはいつも予想不能だ」


 ぼやかれた。前に要求したのはチーズだったか。


「シェブロンにはないのよね。これがあると薬を作るのが格段楽になるのだけど」

「……探してみるか」

「それは私への贈り物ということ?」


 笑って問いかけると、クリフは予想通りのことを言った。


「王都までつき合ってもらった礼だ」


 照れながらそんなことを言われると、この人はルシィのことが好きなのではないかという気がしてくる。そうだとしても別に驚かないが。


「そう、嬉しいわ」


 と、答えてあげるのが親切というものだろう。

 クリフは目を細め、軽くうなずいた。それがどういう感情からか、言葉にしてこなければ曖昧なままだ。

 それでも、ルシィは多分、その感情を嫌だとは思わない。



 結局、ハンナには王室御用達の老舗の紅茶とキャラウェイ、フェネグリーク、ガランガルなどの香辛料セット、トリスには豚肉の燻製(料理するのはハンナだが)、セイディにはレースのついたケープをお土産に選んだ。


 ちなみに、ルシィの精密な秤は特注品ですぐには買えなかった。支度が出来次第送ると言われ、それで納得するしかない。ちなみにこの秤でも0.1グリムが限界らしいが。



 帰り道、馬車の中で会話が弾むこともなかった。かといって、静寂が気まずいということもない。


 ただ、ルシィが窓の外を眺めていると、その横顔をクリフが眺めているのがわかった。ふと振り向いてみても目が合わない。ルシィが前を向くと、クリフが外の方に目をやるからだ。これには笑ってしまう。


「ねえ、帰りは急ぐの? 私、あの森に行ってみたいわ」


 大きな森なのだ。きっと楽しいだろう。奥まで潜ったらなかなか帰れないかもしれないが、少しくらいなら寄り道してみたい。

 しかし、クリフは困ったように言う。


「魔術師団から人員を借りているから、遅れないように帰りたい。そんなに気になるのなら、また日を改めてきてもいいだろう」

「え? いいの?」


 ただ単に駄目だと言われると思ったから、クリフの提案に驚いた。


「ああ、この距離なら町に異変があればすぐにわかるから、少しくらいは行ける」


 魔族の襲撃があった時、すぐに駆けつけられる距離ということらしい。クリフはルシィと王都にいた時でさえ、きっとシェブロンの町のことを考えていた。人に任せてあるのだから羽を伸ばせばいいものをと思うのは、ルシィが責任とは無縁だからだろうか。


「そう。じゃあ約束ね」


 ルシィが微笑むと、クリフも柔らかく返した。



「ただいま!」


 ルシィが〈カラスとオリーブの枝亭〉に戻ったのは、その日、日が暮れてからだった。トリスとは門を通過した時に会ったから、馬車の窓から手を振っておいた。人気(ひとけ)のない食堂にいたのは、ハンナとセイディだけである。


「おかえり、ルシィ!」


 セイディが目を輝かせて迎え入れてくれた。


「クリフ様がご一緒だから大丈夫だとは思っていたけど、それでも顔を見るまでは心配で」

「嫌ね、もう怪我はすっかり治ったわ」


 普通にはあり得ないレベルで回復している。それが何故かは言えないけれど。

 セイディの心配も仕方がないことかもしれない。

 しかし、ルシィの背後からクリフがぼそりと言った。


「怪我の心配ではなくて、君が何か問題を起こす心配をしていたんじゃないのか?」

「あら? 私、とても行儀よくしていたでしょう?」

「そうだな、大体は」

「大体?」


 釈然としないが、クリフはルシィとのやり取りを切り上げ、ハンナに土産を手渡していた。


「貴重……かどうかはわからないが、働き手をしばらく借りてすまなかった」


 貴重に決まっているのに、失礼だ。

 ハンナはクスクスと楽しそうに笑った。


「ルシィが一緒でクリフ様も肩の力が抜けて丁度よかったでしょう」

「ああ、助かった」


 素直にそれを認めたから、さっきの失言は許してもいい。

 クリフはこれから魔術師団の者から留守中の報告を受けたり仕事が残っているのだろうから、あまり引き留めずに見送った。


 クリフが帰った途端、セイディに二階の部屋に引っ張っていかれた。肩を押され、ベッドの縁に座らされる。セイディも隣に座った。


「セイディ、お土産があるのよ」

「ありがとう。ねえ、お出かけの間、クリフ様はどうだった?」


 セイディはお土産の品よりも土産話を欲していた。ルシィは苦笑する。


「学友とかいう王子に会えて嬉しそうだったわ。でも、この町の領主だっていう男に絡まれたし、父親は冷たいし、いいことばかりでもないかもね」


 それを聞くと、セイディは眉根を寄せ、少し考え込んだ。


「領主って、太った嫌な人だったでしょ? クリフ様よりもあの人がいいなんて言う住人は、この町にはいないわ」

「そうでしょうね」


 あれは悲しいが誰にも選んでもらえない人種だ。そこに気づいて努力しない限りは。


「お父様も、昔からああで……」

「ええ、ちょっとやそっとでは改善できそうもないわね」


 それを言った時、セイディはじっとルシィの顔を食い入るように見た。


「ねえ、ルシィ。二人きりでいて、クリフ様に何か言われなった?」


 これには笑ってしまう。セイディもお年頃だから他人の色恋に興味があるのだろう。


「何かって、好きだとか愛しているとか、そういうこと?」

「う、うん」


 ドキドキと顔を赤らめているセイディは可愛い。ただし、ルシィの言葉でガッカリさせてしまう。


「言うわけないじゃない、あの人が」

「で、でも……」


 セイディから見てもクリフがルシィに恋しているように感じられるのだろうか。

 怪我をしたルシィにつきっきりだったせいか、クリフがわざわざ旅に同行させたからか。


「余程のことがない限り、どう思っていても言わないわよ」


 それが事実だとわかるからか、セイディはしょんぼりとした。


「そうかもしれないけど、あんなクリフ様は見たことがないのよ。クリフ様には幸せになってほしいって思うから、つい余計なことを言っちゃってごめんね、ルシィ」

「いいのよ。余程のことがあって、ちゃんと向き合う気になったら考えてあげなくもないから」


 ルシィが正直に言うと、セイディは冗談だと思ったのか、明るくコロコロと笑った。


「じゃあ、その〈余程のこと〉でも起こったらいいのにね。それで、ルシィがこの町にずっといてくれたらいいな」


 セイディがそう思ってくれるのは、ルシィも素直に嬉しい。魔力がある頃には縁遠かった町娘という人種がこんなに可愛いとは知らなかった。

 ルシィがセイディをぎゅうっと抱き締めると、セイディもくすぐったそうに笑った。


 ――そんな和やかな日は、それからしばらくして崩れることになる。

 それは、二人で罰当たりな発言をしたせいだろうか。

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